552.2008年11月16日(日) 地域おこしのひとつの見本

 今朝日経新聞のコラム「春秋」を読んでいてあれっと思った。千葉県大網白里町の野老(ところ)真理子さんについて書かれていたからだった。昨年お会いして別荘にも泊めていただいた。「春秋」にはこう書いてある。

 「千葉県の中規模な町にある地元不動産会社。平日午後、社員は事務や接客に余念がない。雰囲気が一変するのは夕刻だ。『ただいまー』。学校帰りの子供たちの声が響く。宿題の合間にお茶を出し、不要の紙を切りメモ用紙を作るなど大人の手伝いをこなす。野老真理子社長が社屋で学童保育を始めたのは、自身や社員の必要性からだ。親が不在なら他の社員が目を配る。後に近所の子も預かり始め、夏休みには大人数での料理教室や野外活動も開催。保育以外の市民活動にも会社として協力するようになり、今は地域とのつながりが本業にもプラスになっているという。・・・・・」

 地域おこしに力を注いでいる野老さんらしいやり方だ。知り合いの土屋雄二郎さんから頼まれて、昨年5月に野老さんの会社で講演したことがある。その時の印象では、ここまでは分らなかったが、普通の会社とは少々違う、地域のコミュニティのコアのような存在になっていると感じた。野老さんも土屋さんを炊きつけて、地域おこしに巻き込んだようで、今や町全体に輪が広がっているようだった。他にも野老さんの考えに共鳴して町おこしに協力する人が増えてきた。その地道な活動を営々とやってきた。毎月行っている講演会も着実に実績を重ねてもう30回近くになっている筈である。

 野老さんの素晴らしい点は仕事をきちんとこなしたうえで、会社内の施設、設備を一般の人のために活用していることである。会社の業務を終えるとテーブルを移動して、スペースを作りその場を公的なイベントに使う。私の講演の場もそこだった。しかし、講演会場として一風変わっているように思えるが、雰囲気がアット・ホームで周囲がガラス製のため明るい。洒落た公民館という感じである。

 こういう試みはよほど中心人物がしっかりした考えを持っていないと出来ないと思う。また長続きもしない。その点で野老さんの存在感は今後も益々高まるだろうし、これからの活躍も大いに期待されていることと思う。

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551.2008年11月15日(土) 山崎さん、セルビアから一時帰国

 見知らぬ方から書状を受け取った。国分寺市にお住まいの音楽プロデューサー・野口真一郎さんと仰る方で、電話をかけて尋ねてみたところ、19日に国分寺市立いずみホールで国分寺に所縁の深い作曲家・信時潔氏の曲に因んだ音楽会を開催するが、その後のトークショー(というべきかどうか)に何と友人の山崎洋さんが映画監督・篠田正浩氏と対談するという。山崎さんから私に連絡をするようにと言付かったという話だった。その山崎さんは今日成田へ着いたということである。

 実はそろそろ「慶38」第3号の原稿締め切りになることもあって、編集作業を一手に引き受けている杉田士郎さんに昨日やっと拙稿を送ったところだった。山崎さんには9月末までと期限付きで原稿を依頼したのだが、まだ届いていない。多分忙しくて書く余裕がないのではないかと杉田さんと話し合ったばかりだった。偶然というか、不思議なタイミングである。19日には国分寺へ駆けつけいろいろ話をしてみたいが、序に原稿の方はどうだろうかこれも尋ねてみようと思う。

 それにしても、篠田氏には6月に明治大学で開かれたセミナーで、山崎さんに関してこっそり質問をしたことがあった。不思議なご縁だと思っている。

 ゼミの仲間に連絡して、出来ればひとりでも多く参加してくれればよい。

 ところで慶応義塾塾歌の作曲家・信時潔が「海ゆかば」の作曲者だったとは知らなかった。思想に関係なく、この歌は国内のみならず、海外で戦没者追悼慰霊祭の都度必ず聞かされていた。こころの底に訴えるような随分悲しい曲である。

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550.2008年11月14日(金) 迷走する定額給付金の取り扱い

 一応政府は全国民に対して定額給付金を支払うことに決めた。これで2兆円という大金を支出するのだ。2兆円という金額は生活保護者への補助金予算と同額だという。にもかかわらず、この大金支出を担保する法案が、細かいところまできちんと決められていない。手取り収入が1,800万円を超える人は辞退して欲しいというのが政府の希望である。実に好い加減なのである。法律であるにも拘らず、きちんとルールを決めずに現場に丸投げして曖昧さを残したままだ。そもそもこれが混乱の素である。取扱方を各市町村に任せたために、そうでなくてもこれから多忙な年末に向かう矢先に多くの事務作業を負わされた地方自治体の反発は烈しい。

 言い出しっぺの麻生首相は、緊急金融サミットに出席するため訪米してしまった。20カ国首脳が出席するサミットで、日本はIMFに資金を投入する。お金だけでインパクトを与えるような主張は期待されていないらしい。毎度のことに好い加減うんざりする。20カ国の首脳なら、世界のリーダーではないか。少しは自国の意見を主張したらどうか。尤も、麻生首相には日本語も満足に読めないらしいから期待することが無理かも知れない。「踏襲」を「ふしゅう」と読んだり、「未曾有」を「みぞうゆう」とか、「頻繁」を「はんざつ」と読み違えたり、まともな高校生なら苦もなく読める漢字を満足に読めない。これが経済大国日本の総理大臣の国語力なのである。国語力も充分ではない首相が、国際舞台の場でどれだけ自分の考えていることを相手に伝えることが出来るか。

 また、役人天国を象徴する嫌なニュースが公にされた。団塊の世代が定年退職期を迎え、退職金を支払いきれなくなった自治体が、地方債を発行してその原資を賄おうとしている。つまり、将来の世代にこれから辞める公務員の退職金を負担してもらおうというわけである。全国47都道府県のうち、起債しないのは東京都、島根県、鳥取県の3自治体だけである。専門家も予測されていた事態に何の対策も対応も取らなかった自治体にきついお灸をすえている。今年だけなら、まだ何とかなるかも知れないが、将来もこんな杜撰な長期計画を練っているとしたら、毎年赤字が累積していくばかりだ。せこい役人根性はどこへ行っても、いつまで経っても直らないのだろうか。

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549.2008年11月13日(木) 魅力的な中村桂子講師

 井戸敏三・兵庫県知事が関東大震災云々発言を撤回し言い訳を付して謝罪した。一方、持論に頑なに拘って主張を変えようとしないのは、自衛隊を定年退職した田母神俊雄・前航空幕僚長である。井戸知事は軽率で役人馬鹿であるから形成不利となれば、態度を変えるが、田母神氏はすでに退職し論文も自分の信念だから曲げようとしないだろう。

 さて、2週間ぶりに多摩大学講座に出席した。今日の講師は今までの講師陣とは幾分タイプが異なるJT生命誌研究館館長の中村桂子氏である。分子生物学者というタイトルをお持ちで、早大教授も歴任された方である。登壇された時と講演中の様子を見ているととても72歳には見えない。精々50歳前後にしか見えない。お名前は承知していたが、「生命誌」って一体何だろう。お仕事は何を研究しておられるのかよく分らなかったし、今でも本当のところはよく分らない。話を伺っていると人間の生命と自然界、科学との関わりと環境問題を研究している研究機関のようである。

 信念のように抱いているモットーは「人間は生き物であり自然の一部である」であると仰った。講義の核心は、人間が生きることに改めて目を向け、考え直そうと提言しているとみた。そのためには自然と人間との共生、そして人工的なものとの融合、混在に目を向けようと訴えておられた。

 パワーポイントで映写された図が簡潔に整理されていて分りやすかった。生命誌の「誌」は、「史」であることにも気づかされた。1枚の図の中に沢山の動物が描かれていたが、大小あり、昆虫が1番大きく、象が1番小さいのは生存数だという。地球上にはそれだけ虫類が多いということだ。

 中村講師は持論も披瀝された。先進国について、その定義は①一極集中していない、②食糧自給率が少なくとも80%以上である、そうである。これでは日本は完全に失格である。講師は自然の破壊を強く警戒しておられる。虫一匹が他の動物とも関係がある。ともに共生していかなければならないと仰った。日本の地勢や季節感の素晴らしさは、「源氏物語」「堤中納言物語」によく表現されていると言って話を結ばれた。

 コワモテのままマイペースでしゃべる講義ではなく、時折ジョークも交えながら終始魅力的な語り口で飽きさせなかった。中々面白い発想の話で、失礼かも知れないが話しぶりも中々チャーミングな講師だった。

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548.2008年11月12日(水) 物事を決められない首相と軽佻浮薄な知事

 漸く「定額給付金」の形がちょっとばかり見えてきた。しかし、相変わらず細かい点は先送りにし、国の政策であるにも拘らず事務手続きを地方自治体に丸投げし、地方に負担をかけることになる。決まったのは支給金額だけで、細かい点、特に高額所得者の所得制限枠を決めるのは地方に委ねるという。まだ法律すら通っていないが、こんな法案は見たことがない。トップの麻生首相に確たる哲学や信念がないから、法律ひとつを作り実行するにしてもふらふらしている。まだ「定額給付金」を支給すると発言しただけに過ぎない。安倍元首相に勝るとも劣らないお粗末ぶりである。

 またひとり馬鹿な知事が現れた。兵庫県の井戸敏三知事である。何が井戸知事を馬鹿と言わせるか。近畿ブロック知事会議で「関東大震災なんかが起これば(首都圏は)相当ダメージを受ける。これはチャンス。首都機能を関西が引き受けられる準備をしておかないといけない」と駄弁を口にした。こういう他人の不幸を喜ぶような無神経な人間は人の上に立つ資格がない。ましてや兵庫県は阪神・淡路大震災で大打撃を受け、全国から支援の手が差し伸べられた経験があるはずである。やはり言うことが元役人である。人の弱みが分らない。石原都知事がいみじくも言っていた「役人の浅知恵だな」と。井戸知事は自らの暴言に対して、反省はするが謝罪はしない。見上げた図々しさである。他県の知事からも批判的な意見が寄せられている。こういう人を知事に選ぶことは、何と言おうと兵庫県の民度の低レベルを表していることになるのではないか。

 この井戸知事にしろ、田母神前航空幕僚長にしろ、いずれも傍から注意され、批判されても一向に気にしない。強情というより唯我独尊である。こういう個性的で自己主張の強い人間が、人を指導するようになると余程注意を払って監視していないといけない。この馬鹿な知事にも監視人がいたのかどうか。

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547.2008年11月11日(火) 田母神・前航空幕僚長の歪んだ考え

 先日来政府見解と異なる論文によって物議を醸し、その職を解かれた前防衛省航空幕僚長・田母神俊雄氏の参考人招致が参議院外交防衛委員会で行われた。久しぶりに出席した駒沢大学公開講座でも講師は田母神氏に対して批判的だった。この田母神氏は偏った持論に凝り固まり過ぎており、その持論をどうあっても取り消そうとの気持ちはないようだ。それが間違いであっても自分は正しいと信じていると述べる点を考えれば、元々こういう人を責任あるポストに就けたこと自体がエラーであったと看做されても止むを得ないのではないか。また、自衛隊幹部の中には田母神氏擁護論もかなりあるという。これもまた問題である。中には「歴史論争の一方の側の主張なのに、それをけしからんという方がおかしい。思想統制につながる」との声もあるやに聞く。個人の思想や主義より、国家の文民統制の方がより大事だということが軍人としてよく分っていない。結局は幹部教育が作戦とか、戦術などの事例研究がほとんどで史実を学ぶことが不十分であることを露呈した。

 しかし、それにしても田母神氏の歴史観はおかしい。間違っている。「日本が相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない」等の主張に対しては、現代史家の秦郁彦氏がこう切り替えしている。「思い違いだ。『満州事変はどうだったのか』と反論するだけで崩れてしまう論理だ」。更に「満州事変は日本の関東軍の謀略で鉄道を爆破し一方的に始めた戦争だ。謀議者から実行部隊の兵士まで、すでに関係者の多くの証言がある。当時の軍首脳も政府も追認し、予算も支出している。日中戦争も大東亜戦争も相手国の了承なしに始めた戦争だ」と強く田母神論を非難している。この一点だけ見ても田母神氏の考えがおかしいことは分る。

 他の自衛隊幹部にもこのような考えに共鳴する者がいるとするなら、また似たような問題が起こる可能性は否定出来ない。このところ不祥事続きの自衛隊であるが、ここは世間から隔離された自衛隊だからこそ、腰を据えて国民と同じ教育を受けられるような手立てを考える必要があるのではないかと思う。

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546.2008年11月10日(月) 定額給付金は一体どうなるのか?

 今朝一番に電話で八木哲郎・知研会長に韓国でのシンポジウムの様子について報告した。うまく出来たとの報告にホッとしたと仰っていた。やはり事前にシンポジウムの様子を充分に把握出来なかったので、どんな結果になるかと心配されていたようだ。まあ期待を裏切らない結果だと思うので、私としても一安心だった。

 いくつか頼まれていた原稿が溜ってしまったので、今日から執筆に気合を入れている。「慶38」第3号の編集、発行をすべてひとりでやってくれている杉田士郎くんから不意に電話があった。9月中に原稿を送るはずだったのだが、つい遅れたままに韓国の資料作成に注力してしまった。約束を大きく遅らせてしまったが、あまり遅れたことがないのに連絡もしなかったので杉田くんとしては、もしやと思ったらしい。元気だと思っていたら亡くなっていたという例が結構多いので、私もその1人かとも考えられたらしい。原稿の遅れが余計な心配をかけることになって申し訳ないと思っている。

 さて、帰ってみると政府が考えている陳腐な経済対策の一環である定額給付金の支給方法がまだ決まっていない。所得制限を設けるか設けないかというバリアが浮上している。麻生首相と与謝野財政相の考えが一致しない。自民党内でも言いたい放題の発言をする議員もいて一向に決まる様子がない。所得を把握するのは、大変で自治体にとってはその作業に費やす労力は身に余るというのが自治体の考えだ。それに押されて、毎度のことながら腰の定まらない麻生首相の考えがくるくる変わっている。自分自身の確たる信念の下に出した提案ではなく、選挙対策用にお手軽に周囲が考え出した案であることが明白である。まるで朝礼暮改で、首相はこれに一体どうケリをつけるのか分らない。好い加減にしろと言いたい。

 9日にイスラエルの聖墳墓教会内でアルメニア正教とギリシャ正教の聖職者同士の殴りあいの様子をテレビは生々しく伝えていた。あの黒い聖衣を身にまとった聖職者と青い聖衣の聖職者が殴りあうとは呆れ果てて言葉もない。もともとこの聖墳墓教会はイエス・キリストの遺体が埋葬されているということから、キリスト教各宗派がその所有権を主張して、問題になっているところである。それにしてもその地下で眠るキリスト様もえらく落胆していることだろう。

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545.2008年11月9日(日) 充実した韓国3日間の滞在

 昨晩はぐっすり眠れて目覚めがよく起床した。今日の予定を急遽変更した。献身的にフォローしてくれた桂さんがもうひとつ私が希望していた、ソウル市内の世界遺産「昌徳宮」を案内してくれることになっていたが、そのためには束草を6:30発のバスでソウルへ向かわなければ難しいので当初の予定を取り止めることにした。昨日の成功で気分を良くして桂さんと、ゆっくり金浦出発までの少ない時間を有効に楽しむことにした。

 それにしても韓国政府は韓国内の500万人の高齢者に対して金銭的な支援を行い、地下鉄のフリー乗車に限らず、老人関係の社団法人への助成により高齢者の活動にその成果が表れていることが印象に残った。韓国国内に「大韓老人会」という社団法人組織が各市町村に設置され、政府がそれぞれ補助金を出している。それによって活動の幅を広げることが出来ている。ただ、年金とか、定年後の再雇用には課題が沢山残されているようでもある。

 バスセンター6:30発でソウルへ向かった。所要時間は4時間である。高速道路へ入ってからKARPの朱会長から桂さんの携帯へ電話が入り、昨日のシンポジウムで私たちの話がずば抜けて良かったと誉めてくれ、パワーポイントをコピーにして欲しいと要望された。ここで2人、75歳の桂さんと古希を迎えたばかりの私が子どものようにまた喜び合った。講演がうまく行ったことを主催者がはっきり認めてくれたわけである。実に愉快な気分である。ソウルには途中1回15分の休憩を入れてほぼ11時に到着した。その足で高麗人参を物色に「ソウル薬令市」へ出かけたが、周囲一帯が漢方薬の匂いに満ち溢れている。軒並み薬がらみの店舗が軒を並べていて、やはり歴史と伝統という、古来の環境整備はすごいなあと感じた。

 4時に今回講師を務めるきっかけを作ってくれた八木哲郎・知研会長の幼少時代のご友人、李愚伯さんに指定の韓国料理店で初めてお会いしてご馳走していただいた。今も元気にして忙しく会社の経営に当っておられ地域でも活動しておられる。一連の内容と結果について桂さんと一緒に報告したところ、喜んでいただき労苦を労っていただいた。桂さんとは良い関係で仕事をうまくマネージすることが出来たし、2泊3日の旅は充実して実りが多く、楽しいものだった。桂さんには本当にお世話になった。これからも人生の先輩である桂さんとはいつまでも切磋琢磨して自分を磨くための師匠としてお付き合い願いたいと思っている。

 帰りの日航機内でも気分よく休むことが出来た。

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544.2008年11月8日(土) 講演はまずうまく行った。ウッヒッヒ。

 待望の講演当日である。どうなるか半信半疑なところもあるが、まあ準備はある程度やってきたのであまり心配することもない。

 講演会という形ではなく、実際はシンポジウムである。それも「国際老人福利交流文化祭」(6日~9日開催)行事の一環として、アカデミックなシンポジウムが企画されたことのようだ。会場の「ドン・ウ大学」講堂へ向かうフリーのシャトルバスの中で隣席にいた大連外国語学院で日本語を教えている朴扮玉さんという女性から声をかけられ、このイベントに日本のグループが参加していないことが残念だと言われたが、実際私が唯一の日本人参加者で、全体を通してみても日本から参加者がいれば歓迎されるだろうと少し惜しい気もした。

 韓国隠退者協会(KARP)会長でシンポジウム主催者である、朱明龍氏にお会いしてご挨拶したが、朱会長は在米30年で上手なアメリカ英語を話される。今日はシンポジウムのコーディネーターも務めて大童の活躍ぶりである。

 シンポジウムは、「高齢者の生活と今後の生き方」というような統一テーマであった。日本、韓国、中国、アメリカからのパネリストが30分弱の時間内に自国の現状を説明し、その後4人のパネリストが通訳ともども登壇して会場からの質問に答えるスタイルで進められた。会場の参加者が約300人でその6割が中国人だったが、半分ほど進んだところで、朱会長から中国人が多いので、彼らに理解しやすいように韓国語を桂さんに通訳してもらい、次いで中国人の通訳を付けて話をして欲しいと注文があった。この期に及んでという気もしたが、一方でそれもそうだと思い了承した。

 配慮により私を最後のパネリストにしてくれたので、急遽桂さんと効率的な通訳方法とその内容について簡単に作戦を練り直した。私がパワーポイントを操作し説明しながら、言葉を極力短くする。それを桂さんが簡潔に韓国語に直し、新たに付いた中国人通訳の女性がそれを中国語にして伝えた。結果的にはその後の質疑応答も含めて実に良いタイミングで的確に説明し、質問にも答えることができたと思う。終っての感触は成功だと確信した。顔を覚えられたせいか、参加者の接する対応が急に人懐っこく、好意的になった。写真を一緒に撮って欲しいとか、移動用のバス車内でも座席を譲ってくれたりした。桂さんともうまくいったとお互いに喜び合った。大連の先生も理解しやすかったと述べてくれた。ホテルへ戻ってきてからエレベーターの中でも中国人の女性からお褒めの言葉をもらった。まずまず八木会長の期待を裏切ることもなく役目を果たせてほっとした。

 午後市立体育館で行われた民族舞踊の多彩なショーは中々見ごたえのあるものだった。各出し物が3時間に亘って次から次へと展開され、飽きることもなく珍しい民族舞踏を堪能させてもらった。内モンゴル自治区、吉林省、黒龍江省、北京、済州島他中国と韓国各地から多くの人たちがやって来てお国自慢を披露していたが、心から楽しめるものだった。

 今日は一日楽しい日程の中で自分の責任を果たすことが出来て、それが何より嬉しい。それは、桂さんも同じことのようですっかりご機嫌を良くして楽しかったとお互いの健闘を讃え合った。会場が市街から離れていることもあり、市民とは親しく交流することは出来なかったが、今日一日は爽やかな一日でもあった。今夜はぐっすり眠れそうだ。

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543.2008年11月7日(金) 講演のため束草(ソク・チョ)へ向かう。

 早朝起床して妻に車で羽田まで送ってもらい、予定通りソウル金浦空港に着いた。3日間ずっとお世話になる桂明洙さんに出迎えられ簡単な打ち合わせの後、地下鉄で鐘路3路に出て、国一館の韓国料理店で昼食をご馳走になる。29年ぶりの韓国の変貌に感慨に耽っていると桂さんが「韓国では10年で大きく変わります。30年経つと別世界です」と言われたが、その通りで私が知らなかった地下鉄にも多くの点で驚かされた。

 地下鉄は65歳以上の高齢者は無料だというのにまずびっくりした。実際駅員が申告者の顔を一目見ただけで疑うこともなく乗車券を発行してくれる。外国人である私にも躊躇なく切符をくれる。元鉄道員としては、車両の幅が広いのと、座席がすべてアルミ製なのが珍しかった。車内で行商人が商売をやるのにも少々驚いた。ソウル市内を縦横に走っている地下鉄ネットワークもすべて右側通行だが、1号線だけが左側通行というのには妙な感じがした。

 昼食後に桂さんが気を遣って世界遺産「宗廟」を案内してくれるという願ったり叶ったりの提案をしてくれた。今回は諦めていた世界遺産の見学であるが、桂さんの好意により拝観させていただくことになった。宗廟は市内の賑やかな一角に朝鮮風の庭園とともにある。朝鮮王朝歴代の国王と王妃の位牌を祀り、祭祀を執り行ったところで1495年に造営された。正殿に太祖をはじめとして49位を、近くの永寧殿には34位が祀ってある。朝鮮宮廷色の建物と庭園とのバランスが見事で、ちょうど紅葉の見ごろでもあり渾然一体となった造形美は、流石に世界遺産と云われるに相応しい。敷地面積があまり広くないのも私のようなショート・ビジターにとっては好都合である。これで世界遺産見学は143箇所目になる。

 この後再び地下鉄に乗り市内数箇所にあるバスセンターの中で最大のバスセンターから15:30発の高速バスで束草(ソク・チョ)へ向かう。韓国の市街地と農村を車窓からじっくり見ることができて、中々楽しいバスの旅だった。景色は日本の地方風景に似てほとんど違和感はないが、高速道路はやたらにカーブが多かったり、中央センターライン寄りにブルーのバス車線専用レーンがあったり、車線変更にもウィンカーを出さなかったり、日が暮れてくると外灯があまりなく全体に暗い感じがあったり、これもお国柄だろう。270kmの道のりを約4時間かけて束草へ到着した。聞けば、束草市は江原道の中心都市であるが、国境線38度線より北に位置していて、敢えて言えば北朝鮮領土内である。それが1952年朝鮮戦争休戦協定の際、西側の開城(ケソン)が南にあるのに北側へ編入されたのと同時に、束草が南の韓国領へ入れられたという話だった。今は一時盛んだった漁業も不漁で寂びれ、人口も8万人程度に減少してしまったという暗い話だった。

 宿泊施設は「SORAK PINE RESORT」と云われて外観は立派だが、ソフト面と内部のハード面はイマイチであまり感心できるものではない。済州島の高校生が修学旅行で宿泊していた。近くの観光地「雪岳山」を観光基地として、市当局とともども新たな発展を計画しているように見受けられた。ここの宿泊部屋はすべてオンドル形式になっていて、桂さんと同じ部屋に宿泊することになった。夕食は近所の韓国料理店で食べることになったが、すべて豆腐料理店で焼肉店がない。レストランは豆腐料理で競っていることと、値段がソウルに比べて1割方高いと桂さんは言っていた。

 夕食後明日の講演について、パワーポイントのスライドを見ながら桂さんと打ち合わせて、初めてオンドル部屋で休んだ。

2008年11月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com