ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。書き続けてきたおかげで、奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年の「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言を書き込んで、自分の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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4946.2020年11月26日(木) コロナ禍は拡大し、株価は上がる。

 今朝8時半に東京医療センターへ出かけて、20日に手術してもらった右足下肢静脈瘤の術後の状態を医師に診てもらった。経過は順調で今のところ問題はないとお聞きし、1か月後にもう1度診ていただくことになった。あの日以来右足に弾性ストッキングを履いているが、足にピタッと密着させるので、足が窮屈で履き方が中々難しい。それを後1か月ぐらいは日中毎日履いているようにとアドバイスされたので、当分の間面倒くさいことを続けなければならない。ただ、ホッとしたのは、下肢のことでもありしばらくは足に負担がかかるウォーキングは出来ないのではないかとお尋ねしたら、まったく問題ないので今まで通り続けて下さいと言われたことである。

 さて、新型コロナウィルス感染が拡大して、このまま勢いが止まらなければ医療崩壊につながると懸念されている。この間経済効果が表れてきた「GO TO キャンペーン」をこの期に及んでどうすべきか、政府、各自治体ともに苦悩している。昨日は札幌市と大阪市への「GO TO キャンペーン」は一時中止されると発表された。相も変わらずコロナ感染者は世界的に拡大している。今日現在のコロナ感染者は、6千万人を超えて6,025万人となり、死者は141万人を超えた。

 その一方で理解し難いのが、最近証券市場が活気を呈していることである。連休明けの一昨日24日には対先週末比638円高で、日経平均株価が26,165円高という、実に29年半ぶりの高値となった。更に昨日も131円値上がりして26,296円となった。これは現在の経済環境から推せば、理解し難いところだが、日本の株式市場はいつもながらニューヨーク・ウォール街のダウ平均株価に影響される傾向がある。実際24日にウォール街では、値上がりして史上初の30,000㌦台の30,046㌦となったことが大きな話題となった。翌25日には一旦収束して30,000㌦を割ったが、これが日本の株式市場に大きな影響を与えたわけである。

 アメリカ経済はコロナ禍の中を失業者が約1千万人と言われる中で、株式市場が好況なのは、アップル社をはじめとしてIT企業が好調なことに加えて、ここへ来て大統領選でトランプ大統領が敗戦を認めないながらも、連邦政府が政権移行手続きの開始を決め、投資家が積極的に動き出したこと、更にコロナ感染拡大の中でワクチン開発の進展により不安が和らいだことが影響している。その意味では日本経済は、良くも悪くも相変わらずアメリカ経済に振り回されているということが言えそうである。

 ここで話題をスポーツのビッグ・イベントに変えてみたい。昨日はサッカーのJリーグとプロ野球でコロナ禍の今年のチャンピオンチームが決まった。いずれの日本一決定戦も記録づくめだった。2年ぶりに3度目の優勝を決めた川崎フロンターレは、現行制度になって以来最も早くシーズン優勝を決め、年間勝利数、勝ち点ともに史上最多である。サッカー界では、昨日アルゼンチンのスーパースターだったディエゴ・マラドーナが60歳で亡くなった。選手としては超一流で、数々のワールドカップで大活躍する反面ドーピング検査で陽性とされ、大会から追放されるなど物議を醸す場面も多かった。しかし、国民からは広く愛され、アルゼンチン政府は3日間の服喪を決めた。亡くなった11月25日は、奇しくも4年前に亡くなったが、生前親しかったカストロ・キューバ元国家評議会議長の命日でもあった。

 他方プロ野球は、球界の盟主でありセ・リーグ覇者の巨人軍が、日本シリーズ史上稀に見る屈辱的な戦いの末、ストレート負けでパ・リーグの覇者・ソフトバンクの軍門に降り、昨年の日本シリーズと同様ストレート負けの完敗だった。4試合で巨人軍は最少安打数、最低打率、最少得点タイ記録と不名誉な記録とともに今年度のシーズンを終えることになった。巨人軍はかつては9連覇を成し遂げた常勝軍団だったが、セ・リーグで優勝したとは言え、日本一を決める決戦でこの体たらくでは救いようがない。昨年4連敗を喫した日本シリーズは、ラグビー・ワールドカップ人気に掻き消され、テレビ視聴率でも完敗して影が薄かった。今のままではプロ野球もサッカーや他のスポーツに人気を奪われてしまう。かつての熱烈巨人軍ファンとしては寂しい限りである。何としても捲土重来を期して日本一を奪回して欲しいものである。

2020年11月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4945.2020年11月25日(水) 三島由紀夫逝って早や半世紀

 50年前の今日作家の三島由紀夫が自決した。ちょうどその日アメリカ人講師から英会話を習っていて途中から教室に入室した女性が、今三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で亡くなったと驚いた顔で話してくれた。私を含め数人の受講者はもう英会話も上の空だった。何といっても死に方が衝撃的で異常だった。この現代という時代に武士と同じ切腹で自らの命を絶つとは恐れ入った。三島の死については、当時各界各層の人があれやこれやと感想を述べていたが、死人となった三島の本心は端で臆測するしかない。

 昨晩NHK「アナザーストーリー」で市ヶ谷の自衛隊司令部で、当日その死の現場にいた元毎日新聞の徳岡孝夫記者が感慨深げに語っていた。三島から信頼されていて死の直前に盾の会のメンバーから手渡された三島からの最後の手紙を紹介していた。この死を誤解されないよう世間にありのまま伝えて欲しいという三島の願いだった。徳岡氏はその後「サンデー毎日」に三島との交流を手記として発表した。

 三島の師だった川端康成が日本人として初めてノーベル文学賞を受賞したが、その前年辺りから日本の文学界と三島は、三島自身が最初の受賞者になると期待していた。徳岡氏の話では、三島は事前に授賞後の対応も考えていたというから相当確信があったようだ。受賞者発表前に殺到するだろうメディアから逃れるためにタイまで逃れ、当時タイ支局に駐在していた徳岡氏と会ったという。

 結果的に三島はノーベル賞受賞を逸した。かなり失望したようだが、それが自決の理由ではないと思う。彼の考え方としては、戦後日本は経済復興こそ果たしが、日本人は浮かれて日本のあるべき国のありようを忘れていると嘆いていた。意外だと思ったのは、あれほど右翼的な言動をしていた三島が、昭和天皇に対して敬意の気持ちを抱かなかったことである。そこには、天皇が三島の考える日本という国とは異なる言動をしたことに失望したのだ。それはマッカーサーの前で天皇が人間宣言をしたことであり、その点を非難すらしていた。

 彼は身体が軟弱とのコンプレックスに苛まれた末に、肉体改造を行い筋肉隆々の身体にした。それでいながら昔風の切腹という時代離れした儀式で「盾の会」のメンバーを道ずれにして、世間を大いに騒がせた。決して褒められるような所業ではない。作家としては、大作を次々と書き、多くの読者層を広げたが、ひとりの大人の行動としては残念な結果になった。

 私自身「金閣寺」と「潮騒」の僅か2冊しか読んでいないので、大きなことは言えないが、いずれも興味深い作品だった。天才肌の作家だったと思う。それにしても真の死因も分からないまま惜しい作家を失ったものである。

 さて、亡くなったと言えば、昨日元茨城県高校野球の監督として、春1度、夏2度全国制覇した木内幸男さんである。享年89歳だった。木内さんが初めて甲子園で優勝したのは、県立取手二高を率いた1984年夏の甲子園だった。当時茨城県教員海外研修団の事前研修会を県庁内で行っていて、優勝直後には県庁内に大きな優勝祝賀の垂れ幕が掲げられ、県の先生方も喜んでおられたことが強く印象に残っている。その時のエース石田投手のサイン入り色紙をその後、研修に参加した石田投手の恩師からいただいたことを懐かしく想い出す。

2020年11月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4944.2020年11月24日(火) 厚顔政治家の狡さとメディアへの政治的圧力

 江戸時代茨城県高萩市が生んだ偉人に、長久保赤水という地理学者がいたと知った。今まで茨城県教育庁をはじめ、県の教育機関を随分訪れたが、その名を聞いたことはついぞなかった。水戸藩の儒学者で、日本で多くの情報を集めて初めて緯度と経度を記した日本地図を作成したことで知られ、それは国の重要文化財に指定されている。代表作として、「改正日本輿地路程全図」がある。そこには中国との間でもめている尖閣諸島が日本領土として記載されているそうだから、その地図を中国に見せてやったら好い。実際に日本中を歩いて測量し日本地図を完成させた伊能忠敬より42年も早かった。高萩市では高萩駅前に赤水銅像の設置以外にも、市内のマンホールの蓋に上記の赤水の地図を描いて市民、並びに市を訪れた人々にその名をPRしている。シーボルトらも参考にしたとの話もある。今朝のNHKニュースで紹介していたが、隠れた偉人がまだまだどこにいるかは分からないものだ。

 さて、安倍前首相在任中のスキャンダルと言われ、今も理不尽だと追及されている晩年の3つの不祥事件のひとつ、「桜を見る会」会計処理の不透明さが明かされそうだ。ホテル・ニューオータニのようなデラックス・ホテルで開かれた前夜祭の会食費用が、参加者ひとり当たり5千円という低価格自体理解に苦しむ。かねがね不審に思われていた会食費用の差額は安倍前首相サイドから支払われていたのではないかとの疑念に対して、前首相側は参加者がすべて支払っていたと言い逃れていた。それが虚偽の答弁だったということになる。安倍前首相は国会でも補填した事実はないと答弁していたが、差額を支払った領収証をホテルが作成していたことはないと言っていたが、実際に作成していたことが判明した。これにより東京地検は公設秘書から任意で事情聴取をしているが、政治団体の収支の記載を義務づけた政治資金規正法違反の疑いが出てきた。

 安倍前首相については、森友学園問題でも国有地払い下げに介入して不当に安く払い下げられたとの疑念を抱かれ、更にその決裁文書の改竄をして近畿財務局職員を自殺にまで追い込んだ。衆議院調査局の調べでは、2017~18年国会で事実と異なる答弁を139回も行っていたということまで分かった。

 また、加計学園問題では、同学園に格別の便宜を図って国家戦略特別区と指定された愛媛県今治市内に同学園岡山理科大学獣医学部を新設させた疑惑もある。

 いずれもこれまで野党や、弁護士団体、市民団体の抗議を無視して自分流の考えを押し通し、疑念を残したまま総理を辞任した。今新たに疑惑が暴かれて今後の行方は不明であるが、疑惑にそのまま蓋を被せて逃げおおせたと思われていただけに、特捜部にはこの際すべての疑惑を改めて洗い出し、逃げ得を許さず毅然と対処して欲しいと願う。前首相も晩年を汚すことになるのではないだろうか。

 それにつけても政治家に対する批判は、例え道理のある正論であっても彼らはリベンジや機会を捉えて仕返ししてくると聞いている。2年前に亡くなった元毎日新聞の岸井成格氏とその前年にペンクラブのパーティで立ち話をした時、テレビで発言したことについて官邸からその情報の出所をしつこく追及されると聞いた。東京新聞の望月衣塑子記者は、度々鋭い質問をするので、官邸から敬遠され質問は受けないと嫌がらせをされるなど、相変わらずメディアの発信に神経質なほど警戒されると官邸の対応に失望していた。

 偶々今朝の朝日紙上に、朝日新聞社の文書の開示請求に応えて、首相官邸の内閣広報室がTVコメント記録を開示した内容が載っていた。それによるとテレビのニュース番組やワイドショーの発言内容と発言者の名前が書かれていた。政府の見解に異を唱えれば、修正、訂正するようイチャモンをつける。これについて以前テレビ朝日「報道ステーション」コメンテーターだった共同通信社の後藤謙次氏は、「政府に批判的な報道に対応するための危機意識があるのだろう。記録をもとに政権から何かを言われても、番組づくりで忖度などしないという強い心構えが必要」と語っている。果たしてメディアは、政府の圧力に耐えて言うべきことを言い続けられるだろうか。我々もそういう姿勢を支援していきたいと思う。

2020年11月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4943.2020年11月23日(月) 首相の言う「自助」とは、国民を苦しめることか。

 菅内閣が発足してから早や2か月が過ぎた。安倍前政権の考え方と施策を引き継ぐと言って、菅氏ならではの個性溢れる政策は公表されていない。ただ、首相所信表明演説では「自助」「共助」「公助」を訴え、「自分で出来ることは、まず自分でやってみる」ことだと述べた。言葉尻を捉えれば、当然のことであり、学校教育でも教えられる基本的なテーマである。いかがわしいと誤解されかねないのは、首相は国民にまず自己責任を求めることであると言いつつ、本音は社会保障費を削減しようとの腹の内が見え隠れすることである。

 政府内に骨太の方針の下に改革を具体化するための成長戦略会議(議長・加藤勝信官房長官)が、このほど発足した。そのメンバーのひとりに小泉内閣で総務相、経済財政担当相などを歴任した竹中平蔵氏がいる。戦略会議では現在の社会保障を削減・縮小することを考えている。そこで中心となって動いているのがこの竹中氏である。かねがね言われていたのは、高齢者の社会保障費負担が将来世代にしわ寄せされるとの観点から、75歳以上の高齢者の窓口負担を現状の1割から2割へ負荷することが、内閣府、厚生労働省内で検討されている。その空気を意地悪く受け止めたのが、「自助」の発想である。

 ザックリ言って、竹中氏の考えは、現在の年金を含めて社会保障を削減、縮小したうえで、低所得者に毎月7万円を補助するというものである。その代わりにそれ以上の支出がある場合は、自分自身で働くなりして一本立ちせよということのようだ。年金をもらえなくして生活保護もしてもらえず、医療費補助も大幅に削られて高齢者はどうやってこの世に生き延びていくのだ。「公助」という発想はどこにあるのか。金の亡者でパソナ会長に収まっている竹中氏に庶民の気持ちは分からないだろう。どうも国民全員に毎月7万円を給付して、高齢者への年金や、生活保護者への費用をなくすことが出来ると考えているらしい。社会保障ということについて間違えて理解しているようだ。しかも、ある基準を超えた高額所得者には給付しないという現状の制度を根本的に破壊したうえで、国民を苦しめるためだけの政策としか思えない。こういう国民の生活面を考えない人物が、自らの抽斗の中にしまっていた理論を引っ張り出して国民に押し付けるのは、絶対に止めて欲しい。竹中氏も竹中氏だが、菅首相も菅首相で、自分で考えるのではなく、他人の褌で相撲を取って国民を苦しめようとしている。何が「共助」「公助」だ。

 さて、このところ明けても暮れても新型コロナウィルスから目が離せなくなった。「GO TO キャンペーン」が不安視されている中で、各地の観光地では「GO TO TRAVEL」に便乗したのか、コロナを気にしないのか、多くの人出があったようだ。4月の緊急事態宣言が発令された時に比べて、昨22日の各観光地では、観光客が片瀬江の島海岸198.8%、箱根湯本527.1%、京都嵐山779.9%、渋谷センター前107%、新宿歌舞伎町34.2%も増加する有様だった。この様子では、強制力のある宣言を発令でもしない限り感染者の勢いは衰えそうもない。

 世界に目を移すと大統領選後のごたごたでコロナ対策を後回しにしているアメリカが、感染者数、死者ともに圧倒的に多く他の追随を許さない。日本時間今日現在で感染者数は、1,224万6千人、死者は25万6千人である。世界では、感染者が5,864万9千人、死者は138万8千人に上っている。ワクチン開発の情報があちらこちらから入っているが、いつになったら具体的に活用出来るようになるか、まだはっきりしない。ひたすら「待つ」。

 ついては、今晩NHK「ファミリーヒストリー」という番組で、漫才「ハリセンボン」コンビの近藤春奈さんの家族の歴史を観ていたところ、父方の祖父は戦時中少年飛行兵だったが、戦後小田急電鉄へ入社して長後駅長まで務めたことを知った。昭和24年に入社して車掌などを務めた後、新宿駅助役を経て昭和49年に駅長に昇格したという。私が駅員をやっていたころにどこかで接点があった筈である。しかも同姓だったので、知っていればお近づきになっていたかも知れない。不思議な縁があるものである。

2020年11月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4942.2020年11月22日(日) ビートルズのジョン・レノンを懐かしく想う。

 昨晩NHK・BSで「奇跡の名曲イマジン(ジョンとヨーコ・発掘映像と貴重な品々が語るふたりの激動の人生)」というタイトルのジョン・レノン夫妻の活動をレポートする1時間半のドキュメントを感慨深く観せてもらった。ジョン・レノンは、世界的な人気を誇ったボーカル・グループ、ビートルズで数々の名曲を作曲し歌った歌手であることは言うまでもない。特に♪Yesterday♪や、♪Let it be♪は好きな曲であるが、その型破りの生き方には驚かされる。とりわけ日本人アーチストのオノ・ヨーコと結婚して以降、軽井沢を度々訪れたり、日本語を覚えたり、ヨーコの影響で日本に強い関心を持ったようだ。裸でベッドから自由と平和をアピールした「愛のベッド・イン」と称するパフォーマンスをやったり、アメリカに移住してベトナム戦争に反対し、当時のニクソン大統領の怒りを買い国外追放を言い渡されるなど、常に世界中に話題を提供していた。ベッド・インの映像を初めて知った時はあまりにも衝撃的だった。そのベッド・ルームには記者やカメラマンが入れ代わり立ち代わり入っては、多くのメディアが質問していたが、中には意地の悪い記者もいてジョンに向かって金儲けのためにやっている売名行為だとか、捨て台詞を吐きながら自ら部屋を出て行った者もいた。国外追放の件では、結局ニクソンがウォーターゲート事件で大統領を辞任したために、幸い国外追放は免れ逆にアメリカの永住権を得たという皮肉な結果にもなった。オノ・ヨーコがジョンがのめり込むほど才能ある芸術家であるとは、ついぞ知らなかったが、ジョンとはよほど気持ちが通じたのだろう、2人で離れず生活をともにするようになってから反ってビートルズの他の3人とは気持ちが離れて、ビートルズ自体が解散することになった。

 「イマジン」は、好きな曲のひとつであるが、これがジョンだけの作詞・作曲によるものではなく、ジョンとヨーコの共作であると言い続け、2017年になってそのことが漸く認められるようになったことは初めて知った。

 1980年12月8日、ジョンはニューヨークの住まいだったダコタ・ハウス前で売名目的のひとりの青年に銃撃され死亡した。ちょうどその時偶々旧文部省の教育視察団とともにフランスのマルセイユを訪問中だったが、マルセイユ駅近くを歩いていた時、号外で彼の死を知った。しばらくはマルセイユ市内でも大きな話題になっていた。その翌年ニューヨークを訪れた時、悲劇の舞台となったダコタ・ハウス前を通ってジョンの死を悼んだことがある。テレビでは、そんなジョンの特異な生きざまが紹介され、知らなかった一面も合わせて彼の人となりを知ることが出来た。ロカビリーやポップス・ミュージックについては、まったくの門外漢で知識もないが、ビートルズの曲は大好きだし、ジョンが作った「イマジン」はとりわけ好きで時折口ずさんでいることがある。その後、 SIMON & GARFUNKEL の ♪明日に架ける橋♪ に魅せられ、よく聴いた。だが、彼らも子どものころからの友だち同士だったのに、その後解散してしまった。残念である。もう一組気に入った兄妹デュオがいた。そのデュオこそ CARPENTERS であり、 ♪Yesterday once more♪ が特に好きだった。これも妹が若くして亡くなり、今では聞かれなくなった。歌の上手い歌手もグループを組むと不運に襲われるようだが、その点でジョンとヨーコは好い線を歩んでいたのに、変り者に運命を奪われてしまった。歌手自身、ファンも皆自らの希望と願いを全う出来ずやりきれない気持ちではないだろうか。

 当時40歳だったジョン・レノンが亡くなってから早いもので間もなく40年になる。久しぶりにビートルズとジョン・レノン夫妻の消息を画像で観て、しばし懐旧の想いに浸った。

2020年11月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com