ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。書き続けてきたおかげで、奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年の「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言を書き込んで、自分の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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4889.2020年9月30日(水) アメリカ大統領選テレビ討論会始まる。

 上半期の最後の日、決算日である。1964年の9月から69年まで期末になると経理部門で帳簿とにらめっこをしていた。その頃はパソコンもなく毎日夜遅くなるまでソロバンを手に数字合わせをしながら残業していたものである。会社を出てから自宅へ帰り着くまで1時間半以上もかかったので、時には終電に間に合わず、近くの旅館に泊まったこともしばしばだった。厳しい時代だったが、今思い出すと妙に懐かしい。

 さて、昨日死者が百万人を超えた新型コロナウィルスは、今年1月に中国武漢市で最初の死者が出てから僅か9か月の間に、かくも多くの尊い生命が奪われたことから、21世紀に入って突出した人類史上の大事変と考えられている。かつて、疫病が流行して時代の人びとを恐れさせたことはあるが、今年のコロナほど急速に流行して人間の生命を奪い去る事象には、恐怖感を覚える。14世紀のペストでは5千万人以上、16世紀に流行った天然痘では5千6百万人が命を落としたという。更に、20世紀初頭のスペイン風邪の流行では、5千万人以上が亡くなった。その犠牲者の数は、第1次世界大戦の2千万人、第2次大戦の6~8千万人にも匹敵、否それ以上である。

 それにしても過去の大災難に比べて、科学も医学も急速に進歩した現代において、なぜこのようにウィルスの侵入を防ぎ根絶することが出来ないのだろうか。これは人間が生きて行くうえで一番大切な分野に、資金も研究も投資されていないからではないだろうか。宇宙開発、核開発など切羽詰まって必要とは見られていなかったり、人類を滅亡させる可能性の高い分野に国家の面子を賭けお互いに競合していながら、肝心要の生命尊重・維持に関しては、各国が真剣に考えていないということである。皮肉にも現在核を保有している国々は、現実にもコロナ犠牲者の数が多い。感染者数、死者ともにトップのアメリカをはじめ、インド、ロシア、フランス、イギリス、中国等を見れば分る。今年中には根絶するのは難しいと見られているが、もし終息したら今度こそ各国が真剣に今後の医療制度と対策について共通の理解を持ち、力を合わせて立ち向かうよう強く望みたい。

 ところで、日本時間の今日アメリカ・クリーブランド市で共和党トランプ大統領と民主党バイデン前副大統領によるアメリカ大統領選・テレビ討論会が行われ、全米、また世界中に中継された。これまでにないほど両候補者の非難合戦となり、次元の低い論戦に終始した。バイデン氏がトランプ氏を史上最悪の大統領と正面切って罵倒するや、トランプ氏は再三バイデン氏の発言を遮って司会者から度々注意されながらも無視する強引さに、これまでにない後味の悪さが残る子供じみた討論会となった。多くの人びとが観ているのだから、もう少し2人とも冷静になれないものだろうか。こんな調子では、真面な大統領が生まれっこない。

 冒頭司会者からテーマとして①お互いの過去の言動、②最高裁判事の指名、③新型コロナ、④経済、⑤人種問題と暴力、⑥不正のない選挙、などが示された。しかし、興奮した両人はわが道を往く有様だった。市民からはどちらも勝者ではないとの声が多かった。しかし、これは2人の大統領候補者だけがいけないのではなく、この2人をトップの座を争う地位にまで押し上げた「アメリカ第1主義」的アメリカ社会とアメリカ国民の考え方に問題があると思う。来月マイアミ(フロリダ州)とナッシュビル(テネシー州)でも行われるが、この次元の低いテレビ討論会が繰り返されるのだろうか。アメリカの未来が改めて心配になった。

2020年9月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4888.2020年9月29日(火) コロナの感染死者百万人に

 世界中に猛威を振るっている新型コロナウィルスの死者の数が、今日ついに百万人に達した。感染者は実に3千3百万人を超えている。この勢いは一向に衰えを見せる様子がない。世界中から1日も早い開発が望まれているワクチンは、まだ臨床実験段階で現実化していない。世界の景気を冷えさせ、多くの人びとを不幸に陥れている病原体を根絶しない内は、心から気持ちを休めることが出来ない。下手をすると我々高齢者は、このままコロナ禍の中に人生を全うすることになってしまうのだろうかと浮かぬ気持ちにさせられる。1日も早いワクチンの開発が期待される。

 さて、近年若者たちが間違った日本語をよく使うと話題になることがある。若者に限らず、多くの日本人がその穴にはまり込んでいる。自分自身も間違えて使っている日本語がかなりあるので、あまり批判がましいことは言えない。

 特に最近「メチャクチャ」という言い方が、良い意味で使われることが多く煙に巻かれることがある。「メチャクチャ」と言えば、ずばりメチャクチャでダメだと言う風に思っている。ところが昨今はそうばかりも言えないようだ。「メチャ好い」は「すごく好い」という使い方で若者たちが話しているからだ。

 今朝の朝日新聞「天声人語」にも困惑するような表現の例がいくつか紹介されていた。「全然大丈夫」という表現を例に挙げている。「全然」は否定形につく言葉だと考えられているが、言語学者の言によると「全然+肯定」の用法は江戸時代から使われ、明治になっても珍しくなかったという。知らなかったが、漱石の「坊ちゃん」にも「全然悪るいです」の台詞が出て来ると解説している。

 間違って使われている言葉のリストに「敷居が高い」が載っている。これは、普通「高級過ぎたり上品過ぎて入り難い」という風に考えられがちだが、実は「相手に不義理などをして行き難い」というのが正しいらしい。もっと驚いたのは「元旦」の正しい意味である。元旦と言えば、1月1日の24時間だと思っていたところ、元日の夜明けから明け方までの時間帯を表す言葉のようで、1月1日の日中や、夜は「元旦」とは呼ばないとは初めて知った。どうにも信じ難く思って手元の「大辞林」を引いてみたところ「元旦」とは「1月1日の朝、元日の朝」と書かれていた。やはり「元旦とは1月1日の朝」が正当なのだ。他にも「微妙」「姑息」「甘党」などの意味を知って唖然とした。それらは、順次「趣深くなんとも言えない美しさがある様子」「一時しのぎ」「甘いものより酒好き」というのが正しい意味だそうだ。いずれも本当だろうかと首を傾げる。よく使われる「甘党」なんかは「辛いものは苦手でその代わり甘いものには目がない」という風にこれまで考えていたが、完全に間違っていたようだ。「複雑骨折」や、「割愛」なども普通に使われている用法は、本来の意味とは大分かけ離れている。

 また、よく使われる言葉に「檄を飛ばす」という言い方があるが、これは一般的に使われる「激励する」という意味ではなく、「自らの主張を強く訴える」ということだそうだから、誤解されやすい。「情けは人の為ならず」という文言があるが、これも通常理解されている「他人に甘い情けをかけると、本人のためにならない」ではなく、「人に情けをかけると、巡り巡って自分に返ってくる」という意味で、むしろ他人に情けをかければ、回りまわって自分に還元されるという具合に、情けをかけると自分が得することになる。通常使われている言葉の逆の意味であることが判る。よくよく考えてから使うよう気を付けたいと思う。 

2020年9月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4887.2020年9月28日(月) 元首相の葬儀に税金1億9千万円を拠出

 一昨日の当ブログに取り上げたことであるが、来月行われる故中曽根康弘元首相の閣僚・自民党葬に政党交付金から9千6百万円を拠出するということだったが、その後もっと怪しげな情報が分って来た。その程度の金額ではなく、驚くべきことに支出は1億9千万円だそうだ。デラックスホテルの葬儀会場費だけで5千5百万円だというから呆れ果てた。私が大学1学年の時の国家予算1兆4千億円のほぼ0.01%になる。そんな大金、税金を元首相の葬儀のために使うことに葬儀委員長の菅首相は何も感じないのだろうか。このコロナ禍にあって、自粛するならともかく、コロナ対策として参列者の規模を縮小し、参列者同士の間隔を充分に開けるなどと妙な気遣いをしているから、噴飯ものである。また、閣僚たちもデラックス葬儀と国税投入に何らの疑問も感じないのだろうか。しかも、元首相が101歳の天寿を全うしたのは昨年11月で、翌12月には都内で子息の中曽根弘文参議院議員が喪主となって葬儀はすでに済ませておられる。はっきり言ってこれは税金の無駄遣いではないだろうか。国民にきちんと事情を説明すべきである。どうも菅首相には「桜を見る会」の反省が充分出来ていないようだ。これからこの種の無駄遣いをし続けるとしたら、とても見過ごすわけには行かない。メディアも望月衣塑子・東京新聞記者だけに任せず、税金の使い道についてもっと厳しく精査し糾弾すべきではないか。

 さて、来月上梓予定の拙著の表紙デザイン原案3枚が先日提案され、その内1枚を選んで若干希望を伝えたところ昨日それらを採り入れたうえで、新たに3枚の新デザインを制作して呈示してくれた。大分私のイメージに合ってきているが、まだ細かい部分で物足りなさが残り、改めて注文をつけたところである。もう直自分の本が出来上がるというのは、想像するだけでも愉快で気持ちがワクワクするものだ。自著としては5冊目になるが、今度ばかりは自由奔放に書き、装丁から写真も一般の読者が見たらびっくりするような作品になっていると思う。あの冒険作家・椎名誠さんが読んで気に入ってくれ帯に推薦文まで書いてくれたので、きっと友人たちも驚くだろう。友人たちからも期待されているが、私自身が一番楽しみにしているというのが本心である。

 ところで、先日左眼白内障の手術を受けてから視界がくっきりと開けて気持ちも明るくなった。術後2度目の検査のため、今朝も早く東京医療センターへ歩いて出かけた。執刀医師との話し合いの前に、視力や眼圧の検査を行ってくれる。医師からは大分状態は良いとお墨付きをいただいたが、風呂で顔を洗ったり、洗髪することは術後1週間は待つように釘を刺された。頭がかゆくて仕方がない。左右の目をつぶって比較してみると手術した左眼の方が色ははっきりして鮮明である。医師によれば、右眼も大分疲れてきているので、しようがないとのことだった。まだ2度ほど相談に乗っていただくことになっている。

 とにかく手術をして良かったというのが率直な気持ちである。

2020年9月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4886.2020年9月27日(日) アメリカを劣化させたトランプ大統領

 アメリカ大統領選が近づくにつれ、大国アメリカの弱点と劣化があらゆる面で浮かび上がってきた。民主主義のお手本のように言われたアメリカであるが、実態は正にその真逆で、民主主義の旗印である「民主」「自由」「平等」が、年々、否日々消滅しつつあることは、悲しいことである。民主性においてもアメリカはパワー・オブ・バランス(或いはバランス・オブ・パワー)の崩壊を曝け出している。

 特に、4年前トランプ大統領が当選してからアメリカの言動は、保守的になり、強引な行動で大きく変わった。極端に右寄り、保守的になったと同時に、アメリカ国内にアメリカ固有の社会問題を吹き出させて、国内のみならず世界中を騒がせる結果にもなっている。

 アメリカの本質的な弱点は、例え悪いことだと分かっていても、それを一向に解決しようとしないことである。典型的な似非人格の例は、人種差別と銃砲所持の2つに見られる。その背景には「アメリカ第1主義」がはびこっていることである。国造りの大きな担い手であった黒人・異人種を邪魔者扱いして人種差別化していることである。また、手に持てば危険であることが判っていなから銃の所持を認めているのも、西部開拓時代の自らの身は自らの手で守るとの頑なな気持ちと全米ライフル協会からの献金に大きく頼っているため止められないからである。古いしきたりに拘るのは、大統領選挙制度の仕組みにも残っている。多数決を謳いながら、1人ひとりの1票よりも多くの選挙人を獲得した候補者が勝利するという変則的な制度のせいで、それは仮に国民の半数の賛成を得ても否定されることがあるということである。

 実際4年前の大統領選ではヒラリー・クリントン氏が、トランプ氏より3百万票近くも獲得しながら選挙戦では敗れた。こういう多数決に反する制度を改革しようとの気持ちが今日のアメリカ人には些かも見られない。アメリカ人の心情は、基本的に保守的で利己主義的なのである。銃砲所持についても、銃砲の所持を禁じることによって大量殺人などの残虐な事件を防止出来るにも拘わらず、気持ちは西部開拓時代のままである。野放図な銃の所有を認めている国は、世界でも珍しい。アメリカ人というのは、今では善悪の区別がつかず、悪いことを抑止する能力がなく、反省心も欠けているのではないかと考えたくなる。

 国際的にも地球環境を悪化させる二酸化炭素の使用を抑制しようとの各国の声を、経済活動を低下させるからと二酸化炭素抑制には科学的根拠がないと一方的に無視し、折角結んだ協定から離脱した。科学的根拠を示さず行動するのは、むしろ最近のトランプ流のやり方なのである。また、トランプ大統領の選挙基盤であるキリスト教福音派を取り込むために、敢えてイスラエル寄りの外交を展開することにより国連で承認されているパレスチナ協定を無視して、イスラエルの首都を一方的にテルアビブからエルサレムへ変更し、大使館をエルサレムに移転させるなど、独自の見解でやりたい放題である。

 今アメリカ国内で大きな問題となっているのは、西海岸に拡大する山火事である。すでに東京都面積の7倍が焼失した。カリフォルニアの山火事は今や恒例となった。多くの生命、財産を失う自然災害にも拘わらず、根本的な防止対策がこれまでまったく行われてこなかった。宇宙開発も必要であるが、当面山火事防止プロジェクトでも興して生命、財産の損失を防ぐことを考えた方が得策ではないか。今月中旬に現地を訪れたトランプ大統領は、そのうち涼しくなるとして心配ないと語った。大統領がこんな無責任な発言を行うようでは、来年以降も山火事は絶えないだろう。これによっていくら貴重な財産を失うことになるか、愚かな大統領は考えたことがあるだろうか。

 先日リベラル派の連邦最高裁判事のギンズバーグ氏が87歳で亡くなった。その名前は寡聞にして知らなかったが、彼女は‘NATIONAL GEOGRAPHIC’8月号の特集「私たちの心の声が届くまで」の写真32人の中のひとりとして載っている。今年アメリカは女性が参政権を得て以来百年が経った。彼女はその中でそのために活動した人物として紹介されている。そのギンズバーグ氏の後任にトランプ大統領は、民主党の反対を押し切ってリベラル派ではなく保守派の48歳のエイミー・バレット連邦高裁判事を指名するという。これで一層保守化が進むだろう。更に理解出来ないのは、この最高裁判事といのは終身制であることで、判断力が衰えた場合、またその判断に国民から不満が生まれた場合はそれでも続けるということなのだろうか。アメリカの司法制度もおかしい。

 新型コロナウィルス感染者が世界で一番多いのも、大統領が暖かくなれば自然消滅するなどと無責任な発言をして初期対応が遅れたからである。

 とにかく、今日のアメリカは、国民が我が儘で非科学的なトランプ大統領に操られ、きちんと国家を安定的に管理する術に欠けている。こういう国と最良の同盟国として、「奉仕」している日本の将来はどうなるだろうか。

 さて、今日大相撲秋場所千秋楽を迎えて、関脇正代が13勝2敗で初優勝を遂げた。熊本県出身者で、また東京農業大学卒業者で優勝したのは、初めてである。めでたしめでたし。

2020年9月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

4885.2020年9月26日(土) 食わせ者・菅首相の化けの皮が剥がれた。

 走り出してから早くも10日が経った菅政権であるが、週刊誌には「アベスガ内閣」と現政権を揶揄するような表現が見られる。安倍政権は、森友・加計学園問題、桜を見る会、公文書偽造・隠蔽問題など悪質な問題を頬被りして世の批判を浴びていたが、一向に説明責任を果たそうとしなかった。これをそっくり引き継いだ菅政権は、疑惑に応えることなく「桜を見る会」を今後中止すると語ったが、疑惑の説明もせず止めれば良いというものではあるまい。反社会的な悪事を行った前首相とそれを誤魔化し隠してきた現首相は、いずれにせよ似たようなものだ。その辺を気にしたのか、菅首相は疑惑から国民の気持ちを逸らすため、官庁の組織をちょっといじって、河野行革大臣と平井デジタル担当大臣に、はっきりと効果を上げる施策を考えるよう要望した。これが一部には、受けているようだ。

 さて、その菅首相のやり方だが、かねがね内閣官房に剛腕の官僚を配置して官邸官僚として手なずけて各省庁官僚に睨みを利かせていると評判だった。その結果ここへきて表面化してきたのは、地方銀行の再編問題である。確かに近年金融自由化による金融緩和で低金利が浸透し、どこの金融機関もアップアップの状態である。実際バブル期には13行だった都市銀行が5行に集約され、地方銀行は132行が102行に減少した。それでも地方銀行が多過ぎると考えているのか、「地方銀行が多過ぎる」と声を発した。これにショックを受けた地方銀行からは反発の声も上がっている。

 しかし、よく考えてみると銀行のような金融業は、最も資本主義的な業態である。資本主義的経済体制の下では、経営者に自由に経営を委ねて国の介入は極力避けなければいけない。いかに「大首相」が、それは間違っているので、こうあるべきだと国が民間業種に口を出して介入することは、絶対避けるべきである。スタートでそれなりの評価を得たとしても、多少のアドバイスならともかく、介入して再編に口を出しては、これから第2、第3の露骨な民間企業への口出しが続く恐れがある。それに、これは財務省、金融庁が直接タッチすべき問題で、首相が直接影響力を与えるような印象を与えるのは好ましくない。尤も担当の麻生太郎財務相は、ほとんど管轄の財務省の業務が理解出来ていないようだから、仕方がない面があるのかも知れないが、首相が直接民間企業の営業にまでプレッシャーを加えるようだと、日本は自由経済、また民主的な資本主義国家と言えるのか、疑問を抱かせることになる。

 菅首相の言動が少々気になっていたところへ、今日以前から菅首相から嫌われている東京新聞の望月衣塑子記者がツィッターに「コロナ禍で元首相への葬儀に9千6百万円の税金支出。雇用悪化と景気後退なのになぜ?菅政権は『無駄撲滅』ではないのか」と書いて厳しく批判している。元首相とは、昨年亡くなった中曽根康弘氏である。内閣・自民党合同葬の経費として支出することを閣議決定したのだ。いくら元首相とは言え、国葬でもない政党主宰の葬儀に、国民に理解も得られないような税金の使い方をするのは、理不尽でやり過ぎではないか。葬儀は、死去されてほぼ1年後の10月17日に豪華な「グランドプリンスホテル新高輪」で行われ、巨額の支出を容認した菅首相が葬儀委員長を務めるという。

 これで完全に菅首相の化けの皮が剥がれた。恰好好いことを言いながら、本音は国民や国のことなぞまったく考えてもおらず、無駄遣いのし放題で身内のご機嫌取りに夢中なのだ。やはり安倍前首相を継承しているだけのことはある。いずれにせよ2代続いて首相には食わせ者が就いたということだ。国民としては、今後心していかなければいけない。

2020年9月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com