6929.2026年5月3日(日) 高まる憲法改正論議を懸念

 今日は「憲法記念日」である。いま憲法改正に関して賛否についていろいろな意見が述べられているが、その日本の憲法は、1947年の今日施行されて記念すべき施行後79年になる。

 現在の平和憲法は国家、国民の民主、自由、平等のために配慮されており、個人的には平和憲法はこのまま遵守すべきであると考え、改正までして日本を戦争のできる国へ変えようなんていうのはとても認めがたい。しかし、終戦から時間が経過するにつれ、戦争の怖さや恐ろしさが段々忘れられ、戦争が怖いものだという気持ちが消えつつあるのが現実であり残念でならない。肌で戦争の怖さを知っている世代の人びとには、流石に戦争に反対する人が圧倒的に多い。

 それは憲法第9条の精神にある。その第2章に戦争の放棄[戦争の放棄、戦力の不所持、交戦権の否認]として断固戦争に反対している。第2章第9条第1項に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と記されている。また、第9条第2項には、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と補足されている。

 ところが、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明確に約束した軍隊の不所持は、名称こそ自衛隊と呼んでいるが、軍隊と変わりない。今や陸海空24万人の自衛官を抱え、武器、兵器を備えて防衛費という名で年間防衛予算に9兆円余の国費を注ぎ込んでいる。憲法違反を重ねながら時の政府は、国防費を増やし続け、その間に「非核3原則」など戦争に一触即発の核兵器の持ち込みまでぎりぎりに抑制しながらもそのまま維持してきた。

 保守政治家の高市首相は、首相に就任するや自らの改憲論を実行に移すべく早々に動き出した。緊急事態条項の創設と憲法9条改正(国防軍の明記)を目に見える形で強力に推進する姿勢を打ち出したのである。先ずは、第9条に自衛隊の明記と、国連憲章が認める自衛のための戦力の保有を明記することを目指している。2027年春までに改憲発議のめどをつけるつもりである。

 政府がいくら改憲論議を進めようとも、国民が納得し同意しなければ、議論自体がまったく無意味である。今朝の朝日新聞に憲法改正に関する世論調査の結果が報告されている。憲法改正に「賛成30%」、「反対63%」で、この傾向はこの数年ほとんど変わりがない。だが、NHKの世論調査ではこれとは反対の世論が出ている。憲法改正に「賛成38%」、「反対20%」というのだから、本当はどちらだろうかと疑問を感じる。

 自民、維新は連立政権合意書に基づき、9条改正の条文案をつくる「条文起草協議会」を設置したが、自民、維新支持層の半数を超える層が、9条改正に反対している周囲の環境の中で如何に憲法改正を現実化しようというのだろうか。

 ところで、祝日にいつも通りウォーキングして近くの広い和風邸宅の前を通った時、庭でウグイスが鳴いた。この季節に2日ぶりでウグイスの美声を耳にすることができるとは幸甚である。だが、どこにも「日の丸」を掲揚しているお宅はなかった。3月に自民党は国旗「日の丸」を侮辱する目的で損壊するような行為を処罰する「国旗損壊罪」の創設しようとしているようだが、国民の「日の丸」に対する意識は分かっているのだろうか。

 序に4月の1日平均歩数を計算してみたら、これまでで最高の6,536歩だった。先ずはウォーキングは順調である。

2026年5月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6928.2026年5月2日(土) クマとイノシシの出没に、ウグイスの囀り

 昨年多くのクマが市街地へ出没して傷つけられた人が増え、大きなニュースとなった。今年も春になり暖かくなるにつれて、冬ごもりを終えたクマが市街へ姿を現すようになった。冬眠でまだ山にいるはずのクマが、早くも東北、北陸地方の市街地に出没している。青森、宮城、秋田、福島県では4月の目撃情報が昨年の4倍ほどに増えている。具体的には、青森が対前年比2.3倍の105件、宮城が同4.5倍の116件、秋田が同4.6倍の389件、福島が同3.9倍の112件とハイペースである。この他に富山では、去る29日に散歩していた女性がクマに襲われ顔や首などを負傷した。30日には、京都市内の世界遺産の仁和寺境内に現れ、寺では安全のため寺への入山を禁止した。今年になって東京都内でも多摩地域や町田市内にも出没している。

 クマの姿が数多く見られるようになった大きな原因は、地球温暖化により彼らのいる山岳地域に充分な餌が得られなくなったことが大きいようだ。駆除するうえで、困るのは彼らの行動が予想されるような出没ではなく、巣穴から出てどこへ行くのか、その行動パターンが予測できないことのようである。

 中学生時代に京都市内に住んでいて卒業直後に、仲の良かった友だちと2人で嵐山近くの松尾山中へ野鳥を捕獲に出かけ、唐突にイノシシに出会ってびっくりしたことがある。突然銃声が聞こえた後に、「あっちだ!」という人の声が聞かれ、しばらくしてバタバタという音が聞こえたと思ったら、我々が歩いていた小径の後方からイノシシの姿が見えた。友だちが「逃げろ!」と怒鳴って走り出し、小径に沿った草付きの掘割に駆け上り、後を追っていた私に「コンちゃん!早くここを登れ!」と声をかけてくれた。何とか掘割をよじ登った。その直後に野生のイノシシが目の前を真っすぐ走り去って行った。しばらくして元の小径へ降りてイノシシの血痕が飛び散っているのを見た時、手負いのイノシシは暴れて怖いものだということを想い出したことと、イノシシは「猪突猛進」の言葉通り、直進するものだということを実感したことだった。

 今出没しているクマはぶらついてどこへ向かうのか見当もつかないようだが、イノシシはまさに直進するのだ。そのイノシシが最近出没し始めたらしい。

 結局、クマが異常に多く出没し始めたのには、いろいろ原因があるだろうが、前記の通りその大きな原因は地球温暖化がその最たるものである。

 唐突ではあるが、今このブログを綴っている最中に不意にウグイスの美声がすぐ近くから聞こえてきた。2羽のウグイスが囀り合っている。5月という季節外れに珍しく何度も何度も「ホーホケキョ!」と啼いてくれる。今年はウグイスが啼いてくれないと寂しい気持ちになっていたが、今日はやはり心が安らぐような気持ちになった。真っ青な空の下にいつまでも囀って、世の憂さ晴らしをしてくれる。クマとイノシシの出没、トランプ馬鹿殿様の行動や、高市極右首相の言動に、浮かぬ気持ちになっていたところだが、ウグイスはその憂さ晴らしをしてくれる。

2026年5月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6927.2026年5月1日(金) メーデーに際し、今の若者の考えと言動を想う。

 今から74年前の今日皇居前広場で「流血のメーデー」と言われた学生らと警官隊との衝突が起きた。サンフランシスコ講和条約が発効して僅か3日後のことである。デモ行進により集まった市民3万人と3千人の警官隊が衝突して2名が亡くなり、2千人以上の負傷者を出した。

 これは本来労働者による第23回メーデーの集会の筈だった。主催者が皇居前広場の使用許可を申請したが、政府は認めず、このため神宮外苑で行われることになった。神宮外苑から解散地の日比谷公園までデモ行進を行っていたが、日比谷公園へ近づくにつれデモ隊の動きが激しくなり、一部の参加者が皇居前広場へ流入し、暴徒化して警察隊と衝突する騒乱事件となった。戦後最大級の労働運動流血事件となった。

 私も若かりし頃は、メーデーのデモに参加したことはあるが、あの当時と比較して今では、労働運動も下火となり、学生らはあまりデモに参加する気配が見られず、全般的に熱気が冷めている。あの頃は、労働運動の主流は、旧国鉄労働組合の国労と国鉄動力車労働組合の動労だった。学生の中心はもちろん全学連だった。多くの労働組合をまとめていたのが、所謂「総評(日本労働組合総評議会)」で、賃上げを求めて毎年春に春闘と言い、産業ごとに大小のストを試みていた。その中で社会へ一番強い影響を与えたのが、国労と私鉄総連の電車ストだった。特に国鉄のストは社会的にも影響は計り知れず、大学入試の季節とも重なり、受験生も頭を痛めていた。

 今では、かつての総評に替わって全労が主導権を握っているが、今ひとつその行動は迫力に欠ける。その分社会全般に荒波のように押し寄せる迫力が失われている。その点で保守系の政治団体にとっては、御しやすくなったのではないだろうか。

 社会学者の仁平典宏・東大教授は、学校教育で「多様性」や「対話」を学んでリベラル化した筈の若者が、先の衆院選では保守的な自民党を選択したと指摘している。同時にルールの厳格な運用を求める意識が高まっていることも原因ではないかと考えておられる。若い世代の「ルール遵守」は、教育関係者が若者に接しているとある程度理解できるという。昔はあまりなかったが、細かいルールを真面目に守り、同時に人にも守ることを要求する傾向が見えるという。

 しかし、これでは若者たちは、保守的な行動を取るようになっていくだろう。ルールは守る。これは当たり前のことである。だが、ルールも時代に合わなくなって時代遅れのまま社会に置いて行かれる運命にあり、「ルール遵守」に拘り過ぎると時代とは合わなくなってくるのではないか。時代への適応性を失ったルールは、作り替える必要がある。その意気とエネルギーを失ったら、極端に言えば、人は世間に取り残され「生きた屍」とも成りかねない。

 そういう意味では、現在の若者らの現状維持志向は、社会にとって発展の阻害要因とも成りかねないと思う。それを考えると現在の若者らの保守的傾向は将来にとってマイナスになると思う。

2026年5月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6926.2026年4月30日(木) お世話になった方の「お別れの会」

 今日は早くも4月のつごもりである。1年の1/3が過ぎ去ったわけである。

 今日、丸の内の東京会館でサラリーマン時代に仕事上大変お世話になり、2月2日に亡くなられた方の「お別れの会」が開かれ、出席した。享年94歳だった。ステンレスの中間卸業会社を長年に亘り経営し、業界の会長を務めるなどしてステンレス業界では、かなり名が知られ活動されたA氏だった。私がA氏と知り合ったのは、旅行業界に務めていた当時、海外の工場視察旅行などを計画、斡旋、添乗業務でお世話になったからである。特に、海外のステンレス業界の現場見学という特殊な視察旅行でお世話になったことである。アメリカ、ブラジル、南アフリカ、ヨーロッパへの業界視察団をまとめてくれ、私が添乗員として同行するというパターンで普通では訪れないような都市を訪れ、現地のステンレス会社・工場の現場を視察した。そのお陰で、アマゾンを訪れたり、南アの金鉱山地下1,799mまで潜ったり、世界3大瀑布のヴィクトリアの滝の水を被ったり、ブルートレインで南アを縦断する経験もさせていただいた。まだ続いていた黒人差別のアパルトヘイトを生々しく実感することもできた。

 A氏の仕事面とお人柄に人間的な奥深さなど感じて、敬意を抱いた次第である。氏は平成16年には、国から旭日小綬章を受賞された。そのお世話をしていただいたA氏がご高齢とは言え、亡くなられたのはショックだった。

 実は今日の「お別れの会」の概要を知らされず、広い宴会場では大勢の人がおられたが、A氏の会社の知り合いは少なくなり、残念ながら今日はひとりも会うことがなく、会場でひとりA氏の写真が飾られていたので見ていたり、スクリーンに映されるA氏の生前のインタビュー画面を観ながら立食をして頷いていたものだ。そして1時間以上も立ち続けていたために、少々疲れを覚えてまだどなたも挨拶もされない内に、会場を失礼した。

 実は、この東京会館は、結婚式場などでは名門のひとつで、事実弟もここで式を挙げている。ここでは、これまで芥川賞、直木賞の受賞式や記者会見が開かれたことがある。そのため毎年日本ペンクラブが年に1度の総会を開いていたのもここだった。2015年にリニューアル工事に入り、4年後の2019年に3代目東京会館として再デビューを果たした。地上12階、地下5階建てだったが、リニューアル後は、隣の老朽化した富士ビル、東京商工会議所ビルと東京会館ビルの3つの建物が合体して、地上30階建て、地下4階の高層ビルとなり「丸の内二重橋ビル」と名付けられた。東京会館は、本業が宴会場、結婚式やレストランなので、今日の会場内の雰囲気でも全体的な会の運営でも手慣れた感じだった。

 以前にA氏の鎌倉のご自宅を訪ねたこともあるが、A氏が1度拙宅に立ち寄られたこともあり、その時玄関に掲げられていた絵画のひとつであるミヤンマー人の著名な画家が描いた川べりで洗濯する女性の画を大分気に入っていただいた。その時は差し上げる気なぞなかったが、その後私も好みの画だったが、A氏に差し上げようと考えたまま実行しなかったことが悔やまれる。

2026年4月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6925.2026年4月29日(水) 「昭和の日」が平和であり続けられるか。

 今日はゴールデン・ウィークの初日「昭和の日」である。かつては昭和天皇の「天皇誕生日」としてお祝いしていた日である。1989年昭和天皇が崩御されて「天皇誕生日」は「みどりの日」となった。だが、その18年後の2007年「みどりの日」を「昭和の日」に変更し、「みどりの日」は、5月3日「憲法記念日」と翌々日の5日「こどもの日」の間の4日に入れて、そのまま「みどりの日」となって今日残っている。

 それにしてもどうして格別の支障もなく収まっていた「みどりの日」を、「昭和の日」に変更までやったのだろうか。「激動の昭和時代(1926~1989年)を振り返り、復興を遂げた歴史を顧みて国の将来を考える日」と歴史的な意義を重視したとしているが、中国大陸へ侵攻して日中戦を起こし、太平洋戦争へのめり込んだ結果原爆による被爆国となった悲しい過去の歴史を偲ぶ思惑もあったのではないかと思う。ところが、今日自宅周辺を3㎞余ウォーキングしたが、1軒として国旗「日の丸」を掲げている家はなかった。この限りでは昭和は益々遠のいてしまったような印象である。

 昔話になるが、戦前は「天皇誕生日」を「天長節」と呼んでいた。明治天皇誕生日を「明治節」と呼び、いかにも天皇制国家であることを象徴していた。私は終戦の年に国民学校へ入学したので、まだ戦後しばらくは戦時色の習慣が残り、新年、紀元節には学校でそれぞれの歌を歌い、そして天長節には「天長節の歌」を歌ったことをおぼろげに覚えている。

 ♪今日の吉き日は 大君の 生まれたまひし 吉き日なり~♪

 戦後「天長節」が「天皇誕生日」へ、そして「みどりの日」へ、加えて私の誕生日でもある「明治節」は「文化の日」へ変更され、暦の上で天皇制との関係は感じられなくなった。それが昭和天皇への敬愛の要素を含む「昭和の日」が制定されたことにより、戦争の匂いが残る昭和時代を想い出すようになった。今日も政府主催で日本武道館において天皇・皇后両陛下ご臨席の下に「昭和100年記念式典」なるものを開いていた。昭和時代を国民に馴染ませようとしている思惑が窺える。。

 現在高市政権は、憲法改正を目指しながら、「昭和の日」を利用して少しずつかつての保守・右翼社会への復帰を目指しているように思える。

 さて、「昭和の日」の行事の一環として、春の受勲で3,969人の人びとが受賞した。中でも最高の名誉ある賞とも言うべき「旭日大綬章」受賞者は、ほんの10人しかいないが、その大半の7人が元内閣の大臣である。他には元最高裁判事1人、元知事2人である。民間人は誰もいない。民間から政治家に対しては何のご褒美もないので、国が政治家にできるだけ殊勲賞を与えようと考え政治家に賞を授賞しているような印象が強い。結局政治家にならなければ、国からご褒美はいただけないということが分かる。

2026年4月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6924.2026年4月28日(火) 日本はNPTに真剣に取り組むのか。

 東京株式市場の日経平均株価の終値が、昨日初めて6万円台の60,537円となった。終値が6万円を上回ったのは実に初めてである。最近でもこれまで取引途中で6万円を超えることは何度かあったが、終値が6万円を超えることはなかった。

 ということは、その株価だけを見れば、景気は良いということになる。だが、アメリカ軍のイラン攻撃によって石油価格が急騰し、それが他の物価にも大きく影響して全体的に物価高騰となり、生活環境は厳しくなるばかりで好景気感がない。原油価格の高騰の影響下に比較的小さい人工知能(AI)・半導体関連銘柄が、全体の株価を引っ張ったと見られている。更に広い銘柄を含む東証株価指数(TOPIX)も続伸したが、上げ幅は0.5%で日経平均株価ほどは上がっていない。東証プライム市場で値下がりした銘柄が半数以上の53.2%を占め、AI・半導体を中心とした4割強の銘柄が全体の株式を押し上げる効果を示したと思われる。

 いずれにしても「6万円! 6万円!」と空騒ぎをするほどのことはない。景気は依然としてパッとしないのだから。

 さて、今日から国連では1970年に発効した核不拡散条約(NPT)の再検討会議が約4週間の予定で開かれている。ロシアのウクライナ侵攻やアメリカのイラン軍事攻撃など地球上から核不拡散の動きは薄くなるばかりである。冒頭にグテーレス国連事務総長が演説したが、その後の副議長選でイランが選出されたことにアメリカが反発し、穏やかでないスタートとなった。最も世界中から期待されている被爆国日本から高市首相以下、主要閣僚は出席せず、政府代表者として国光文乃外務副大臣が派遣され、「NPTという国際協調の枠組みをより強固な形で次世代に引き継げるよう、その維持・強化が必要だ」と訴える意向だ。唯一の戦争被爆国として国際社会における被曝の実態への理解を広めたい考えで、国光代表自身学生時代に広島で過ごした経験を話し、そのうえで長崎の永井隆博士らを紹介するという。

 しかし、唯一の被爆国である日本政府はNPTで主導的立場に立とうとの気持ちが弱く、会議の焦点である最終文書も採択されるかどうか不透明である。すでに、過去2回(2015、2022年)連続して採択できなかった。

 会議開催に先立ってその前日世界の平和団体のメンバーら約300人がニューヨーク市街地で戦争反対と各廃絶を訴えるパレードを行った。日本からはノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)や、原水爆禁止日本協議会(原水協)などが参加した。彼らが掲げたプラカードには‘NO more HIROSHIMAS NO more NAGASAKIS’と書かれていた。固有名詞である「広島」と「長崎」が複数になっていたのは、広島と長崎をもう2度と繰り返さないと言う意味ではないだろうか?

 残念ながら今の高市政権は、アメリカの核の傘の下にいるので安心とばかりトランプ大統領に追従して、NPTにあまり前向きな姿勢を示していない。

2026年4月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6923.2026年4月27日(月) 山林火災はその地域だけの問題ではない。

 昨晩トランプ大統領に関する驚くべき、しかしまたかというニュースが入って来た。私も1度宿泊したことのあるワシントン・ヒルトン・ホテルにおけるホワイトハウス記者会主催の夕食会で、武装したひとりの男が侵入し発砲した。大統領はシークレット・サービスに保護されて会場から無事出ることができた。男は発砲して職員に傷を負わせたが、その場で取り押さえられた。夕食会は直ちに中止されたが、実に2,600人も出席していたという。

 トランプ大統領が狙撃、或いはその直前で狙われたのは3度目で、この他にもマイアミの別荘に容疑者が侵入した事件がある。アメリカでは銃の所持が認められているので、大統領ともなると容易に命を狙われることがある。今回の容疑者は、工科大学を出て専門学校で講師を務めていた所謂インテリである。よほど大統領の言動が腹に据えかねたのではないだろうか。特に、最近のトランプ氏の言動は、世間一般の常識ある人びとから歓迎されるようなものではない。同じようなトラブルを再び発生しないことを願うだけである。

 さて、昨日の本ブログに記した岩手県大槌町の山林火災は、一向に鎮火の兆しが見えない。学校や住宅地にも延焼し、新たに同じ町内の長井地区に避難指示が出されている。道路も一部通行止めになっている。

 去る8日に山梨県上野原市と大月市にまたがる山林で発生した火災は、発生から17日目の24日に漸く鎮火となった。他の地域でも随分山林火災が発生している。福島県喜多方地方でも山林火災があった。また、新潟県長岡市山古志に昨日午後発生した火災は降雨のためほぼ鎮火となった。また、同県魚沼市でも旧スキー場で発生した火災は今朝未明からの雨で火の勢いは収まり、まもなく鎮火状態になるという。

 それにしても今年は山林火災が各地で度々発生している。従来は火災発生と同時にその地域や、場合によっては近隣の消防隊の支援により消火対策を立てていた。しかし、これほどあちこちで火災が頻発し、多くの消防隊員を動員して鎮火までに日数を要するようだと、先日も提案したように国として火災対策について組織、並びにシステム的に国が関与して体制を整備すべき時に来ていると思う。被災地区では住民たちは気になりながらも傍観視するだけだったが、どこの自治体も自衛隊を含めて自分たちの問題として、この山火事鎮火について考えるべき時ではないかと思う。

 今夏は炎暑の「酷暑日」が予想され、地球温暖化傾向は益々我々に身近な問題となってきた。今年はこれから山林火災発生のニュースも度々耳に入ってくるのではないだろうか。

 更に本来なら冬ごもりで地上に姿を見かけないクマが、冬の合間に早くも地上に姿を現し、最近では街中へ出没して人を襲っている。警察官が襲われたくらいである。東北地方などではしばしば日中から路上にクマの姿を見ることになり、身の安全のためにこちらも警察の指導の下にクマの駆除を行っているが、住宅街に歩き出したりすると人が襲われるケースもあり、地元ではどうすべきか頭を痛めている。

 どれもこれも従来はその地域の問題と決めつけていたが、他の地域に影響が及ぶようだと、放っておけない。広域的に取り組み解決すべき問題だと思う。

2026年4月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6922.2026年4月26日(日) 米国人に日本の憲法精神は分からない。

 22日岩手県大槌町の山中で発生した山林火災は、手を尽くして消火作業を行っているが、その後も勢いを増して鎮火のメドが立っていない。自衛隊を始めとして、近隣自治体からも応援の消防隊が消火に協力しているが、生憎現地ではこのところ雨が降らず、空気が乾燥しているところへ強風が吹いて山火事が収まる気配が見られない。このまま拡散していくと大きな災害に発展する可能性がある。今朝6時時点で林野庁が公表したところによると、焼損面積は1,373㌶に広がり、昨年大船渡市で焼損した3,370㌶に次ぎ、平成以降で国内2番目の規模となった。

 地震対策と合わせて、山林火災についても、政府は地元の自治体だけではなく政府が国の防火対策の一環として、主体的にこの山林火災防止対策をそろそろ検討する時期に来ているのではないかと考えている。

 さて、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃の行方がはっきりしない中で、先日朝日新聞に紹介されたことだが、湾岸戦争時(2010~11年)に日本の高校生の投書がアメリカで話題になったことがある。イラクへの攻撃に際して30か国以上が参加して多国籍軍が結成され日本も参加を要請された。しかし、日本は自衛隊を派遣せず、資金援助130億㌦と掃海艇派遣、PKO協力法の制定などで協力したが、当時国際社会からは批判にさらされた。アメリカ人兵士は、日本はカネだけだと非難した。この発言をテレビで知った高知県の高校生が、著名なアメリカ人コラムニストへ「ひとりの兵士も湾岸に送らない理由がある。日本国憲法第9条である。私たちは1945年以来、戦争を放棄している」と書いた手紙を送った。湾岸戦争はあっという間に終わったが、その直後にコラムニストはシカゴ・トリビューン紙に「無邪気過ぎると思うアメリカ人もいるかも知れないが、日本の小中学生は憲法9条を学びながら成長している」と書き、終わりに文通をしたいという高校生の住所を書いたところ瞬く間に100通を超える航空郵便が高校生に届いたという。それらが日本語に翻訳され、彼の在学した高校に冊子として保管されている。

 3月に日米首脳会談を開催した折、高市首相はこのストーリーは別にして、トランプ大統領に「法律の範囲内でできること、できないことがある旨を伝えた」という。だが、トランプ大統領は「日本は助けてくれなかった」と今回のイランへの軍事攻撃をめぐり、日本への不満を口にした。湾岸戦争時と同じ受け止め方だった。

 純真な高校生の気持ちが、傲慢な大統領には分かってもらえない。その大統領の国アメリカの言いなりにならされているだけである。純粋な若者の気持ちは、汚れた政治家の心の奥には中々届かないようだ。

 例えイラン戦争が終わっても、その後のアメリカとの外交は中々難しいものになるのではないかと心配である。

2026年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6921.2026年4月25日(土) 高市軍国主義政権、大将、大佐、大尉を復活

 少し前にこのブログに取り上げた事象であるが、ついに政府は自衛隊幹部の階級の呼称を旧日本軍と同じ呼称にすると決めたようだ。平和憲法に抵触しつつ軍事国家への道を一歩一歩歩んできた自民党政権が、ここで極右の軍国主義者・高市首相が思い切って自衛隊幹部の幹部呼称を変更することを決断した。

 その呼称は、想像がつくであろうが、戦時中の旧日本軍将校とほぼ同じものである。現在の航空、陸上、海上自衛隊幕僚長は大将、将官は中将。将補は少将となり、1、2、3佐は大佐、中佐、少佐、1、2、3尉は大尉、中尉、少尉となり、准尉以下の呼称は変更しないという。准尉以下には多くの兵士がいて、彼らに旧上~3等兵の旧軍当時のイメージが良くないので、このクラスは今まで通りにしてそのまま変えないそうだ。変更の言いぐさが奮っている。国際標準化に合わせたいからと言うが、英語では今までだって「一佐」を「大佐」と呼び、「一尉」を「大尉」と訳していたではないだろうか。「名誉と誇りを持って働ける環境」と政府高官は述べているようだが、軍人としてのプライドを持つということなのだろうか。自衛隊自体が益々旧日本軍に似た組織となり、いち早く憲法改正、そして再軍備化し、自衛隊を軍隊として米軍の従属部隊化ということになるのだろうか。

 どうも気がかりなのは、高市首相を始め、政府要人らは揃って戦争の怖さを知らないことである。戦争を机上の戦いのように考えている節が見られる。戦中生まれの国会議員も麻生太郎・自民党最高顧問以下僅か6名しかいない。彼らも戦時中はよちよち歩きで戦争の恐ろしさを知っているわけではない。彼らが戦争に反対したことは聞いたことがない。だが、かつて稲田朋美・議員は防衛大臣当時、自衛隊員が中東へ派遣された際、実際に戦争現場に立ち会い、砲弾に腰を抜かし恐ろしくなり30分で現場を立ち去り短期間で帰国したことがある。本物の戦争の恐怖感に居ても立ってもいられなかったと思う。

 高市首相にしても60年安保反対闘争の翌年61年生まれで65歳になったばかりである。稲田議員とほぼ同年齢であるので、戦争現場に身を置いたら怖気づいて戦争は止めなければダメというに違いない。今のところ戦争が怖いものだなんて考えたこともなく、戦争をゲーム感覚で見ているのではないだろうか。

 高市首相の今以て人気が高い理由が分からない。不審なケースがしばしば明かされる。今怪しげな宗教法人から、資金を集めた問題である。前々から旧統一教会との関係にも疑問があったが、今度は奈良市内に拠点がある別の宗教法人「神奈我良(かむながら)」が、首相が代表を務める「自民党奈良県第2選挙区支部」へ2024年3千万円、総額にして1億4千3百万円の寄付を集めていたことである。毎日新聞が政治資金規正法に則りチェックしようとしたが、裏付けとなる資料が明かされず、ブラックボックス化していたという。どうも身の回りも怪しい資金の噂が絶えない。本人も充分気を遣っているようには見えない。

 でも高市早苗は日本の総理大臣である。高市は女性として初の総理大臣である。

2026年4月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6920.2026年4月24日(金) 若者よ!海外へ飛び出せ!

 間もなくゴールデン・ウィークがやって来る。内外を問わず旅行者が増えることだろう。最近テレビを観ていると観光地には外国人の姿が多く、日本人より多い所もある。今や観光業は日本にとって欠かせない産業になったと言える。国家の財政上も多くの外貨を稼ぎ、国としても外国人様はホクホクである。

 今インバウンド業のお陰で外国人の数が増えたが、その一方で日本人の海外旅行者も増えた。だが、外国人訪日客に比べれば、その伸びは小さい。

 1964年東京オリンピック開催の年に、日本人の海外渡航が自由化された。その年の訪日客は35万2千人で、日本人海外旅行者はほんの12万7千人程度だった。外国人旅行者の方が3倍も多かったのである。私が初めて海外武者修行に飛び出したのは、翌々年の66年でその年の日本人海外旅行者はまだ21万2千人しかいなかった。それが訪日外国人、日本人旅行者のいずれも減った年もあったが、大体年を経るごとに増え続けて、コロナ化が蔓延しだした2019年には、訪日客は3,188万人にまで増えた。しかし、21年にはインバウンドはどん底となり訪日外国人は僅か24万5千人にまで減った。コロナ化が解消すると再び増え始め、23年には2,500万人にまで回復し、昨25年には過去最多の4,268万人となった。こうなると問題点もいくつか現れ始めた。近年話題になっているように、ヴェネチアのような外国の有名観光地でもオーバーツーリズムと言われて、その地の受け入れキャパシティを超える観光客の訪問により、地域住民の生活が脅かされる深刻な問題が発生している。観光客の多い京都市内でも同様で、市内バスなどに市民が乗れず、市民生活に影響が表れている。京都市では、外国人に宿泊税を課税することを検討している。

 他方日本人海外旅行者も、19年には2,008万人まで増えたが、翌20年から減少に向かい、21年には僅か51万人にまで減った。それが、回復したとは言え、25年は1,473万人である。まだ元へ戻るには少々時間がかかるようだ。

 最近海外旅行について体験記を書く機会がしばしばあるが、私が初めて海外武者修行へ飛び出したのは、自由化の2年後66年だった。訪問国だけを決めて後はすべて現地に着いてから目的地や宿泊地を決めるやり方だった。現地の人に勧められて、ここが面白いとか、こういう興味深いものがあると聞いて、長距離列車、或いは長距離バスで出かけた。当時を想うとよくぞこんなことが出来たものだと思うこともある。戦争が止んでもまだ戒厳令が解かれていないことを知らずに、その真っ只中へ飛び込んで軍隊に身柄を拘束されたとは少々迂闊だった。でも、自分なりに長距離列車や、長距離バスで移動した時に車内で、土地の人びとから珍しがられて話が弾み大いに盛り上がり、彼らに招かれて彼らの自宅を訪問したことなども度々あった。旅行は出来るだけひとりで見知らぬ土地を尋ねるスタイルが気に入っていて、大いにひとり旅の武者修行をPRしている。

 外国人、日本人を問わず、訪れる人を土地の人が温かく迎えることが、広い意味で友好、そして外交関係の発展になると思っている。

 実は、今年7月から旅券発行手数料が大幅に引き下げられると知り、諸物価高騰の折に珍しいこともあるものだと、偶々海外旅行に熱中した経験から関心を抱いた。政府の意向は、コロナ化などの影響もあるが、日本人の旅券取得率が下がり、若者の海外旅行を促進する目的があるようだ。10年有効の旅券発行手数料が、現在16,000円だが、これを何と7,000円も引き下げ9,000円にしようというものだ。

 こういう機会を捉えて若者が世界へ出て未知のものを知り、真実とは何かを知ってもらいたい。そしていかに戦争が多くの人びとから忌避されているかを悟って、戦争防止についても考えてもらいたいものである。

2026年4月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com