今日は昨年1月に約束したお二人のジャーナリストとの食事会を、1年4か月ぶりに実施することができた。昨年約束の日時が近くなってから、唐突に下腹部に痛みの症状が現れ、とても食事をともにすることはできないと、急遽お二人に連絡して予定をキャンセルしてもらった。その後改めて日時を決めようとしていたが、どうも体調が思わしくなく今日まで食事会が伸び伸びとなってしまった。
それでも今日予約していた二子玉川のホテル・レストランで、予定通り食事をともにすることができた。お二人を以前から知っている私が、お二人をお引き合わせした形である。おひとりは、元民放テレビ局の政治部長で政治ジャーナリストとして活躍しておられ、もうおひとりは自衛隊から軍事アナリストとして以前よくテレビに出演しておられたが、現在は大学の特任教授である。そして、教授は私にとっては偶々母校・湘南高校の先輩・後輩という間柄でまさに奇遇だった。その後輩の教授が、母校が昭和24年夏の甲子園高校野球大会で優勝したことを話題にした時、元政治部長はその年は、下山、三鷹、松川の国鉄3大ミステリー事件が発生した暗い年だったと言われたので、僭越ながら湘南の甲子園初出場初優勝、湯川秀樹博士日本人初のノーベル賞受賞、水泳の古橋広之進選手の全米大会1500m自由形で当時の世界新記録樹立など、明るいニュースもあったということを笑いながら話し合った。
お二人とも政界に広く通じておられ、高市首相をはじめ、国会議員の人たちを良く存じており、話題は尽きず2時間を有意義に、且つ充実した気持ちで過ごすことができた。また、遠からずお会いしましょうということでお別れした。次回また会えるのも大きな楽しみである。
さて、昨年11月国会答弁の高市首相のやや軽薄な「台湾有事」発言以来、日中関係が悪化して各方面に影響が及んでいる。中でもこのほど明らかになったのは、中国の大学が日本への交換留学生の派遣をこのところ止めていたことである。
高市発言以降、中国による日中間の人的交流の制限が次のように目立つようになった。①中国外務省が日本への渡航自粛を呼びかけ、②教育省が日本への留学の慎重検討を通知、③文化観光省は日本への旅行自粛を求め、④中国の航空会社による日中間の航空便減便、⑤日本人アーティストのコンサート中止、等々が相次ぎ、中国政府はここに至って大学生の留学にまで制約を課したのである。
2012年9月に日本政府が尖閣諸島国有化に踏み切った際、翌10月から13年2月までの5か月間に訪日中国人は34.1%減ったが、今回の中国人対日渡航自粛は更にこれより10%も減っている。加えて中国経済も現在あまり芳しくなく、この渡航中止状態が続けば、立ち直るまで相当な時間が必要となるだろう。
しかし、長い両国間の外交関係や、歴史、文化の交流をこの期に断ち切ろうというのはいかにもナンセンスである。いつまでこのような対立による交流の断絶が続くのか見当もつかない。しかし、両国の交流が途絶え、両国経済にとっても大きな影響が出ている状況に加えて、アメリカのイラン攻勢の影響も無視できず、経済の立ち直りには難問が山積みである。
それにしても現在の状態を両国政府はいつまで放っておくつもりだろうか。日本には、高市首相を始め、自民党重鎮らには行き詰まったこの事態を打開しようとの気持ちが見られない。両国の良識ある対応が求められる。