高市内閣の保守・右翼を通り越した軍国主義志向を大分懸念している。昨日国会の承認を得るまでもなく、国家安全保障会議(NSC)で武器輸出を規制する防衛装備移転三原則の運用方針を改定した。「救難・輸送・警戒・監視・掃海」に限っていた「5類型」を撤廃し、殺傷能力のある武器の輸出を全面的に解禁したのである。終戦後これまで戦争放棄・戦力不保持の平和憲法の下に認められていなかった武器輸出を安易に行うことになった。
そもそもNSCは、首相、官房長官、外相、防衛相の4大臣会合を中心に運営されているものだが、昨日はこの他に大臣5人が出席して官邸主導で開かれ、武器輸出を承認した。これまでの方針をガラッと変えて戦闘機や、護衛艦、潜水艦、ミサイル、弾薬など殺傷能力のある武器の輸出を、いとも容易に可能としているが、これに歯止めをかけていた過去の首相らの考えを無にするような判断に、相済まないとの気持ちはないのだろうか。また、一番肝心な国民への理解と納得を得ることをまったく考えなかったのだろうか。この決定には、国会の関与は為されていない。国会に通知するという形式的な行為だけでこのNSCの決定は承認され、武器輸出は止めるわけには行かない。はっきり言ってこれまで許されていなかった重大な決定事項である武器輸出を、9人だけの合意で決定したことになり、あまりにも国民軽視であると言わざるを得ない。
政府の軍国主義化は益々エスカレートしている。この日、防衛装備移転三原則の改定も閣議で決定された。メディアからは、「高市政権は、十分な議論もないまま武器輸出の政策を大転換させた」と批判されている。確かに三原則も運用方針も法律ではなく、国会審議は必要ないとされている。だが、それだけに、改定の方向性を決める上で与党の協議が必要である。かつて2023~24年の武器輸出政策に関して与党自公政権では11カ月間に27回も協議が行われた。だが、今回は4カ月間にたったの3回しか行われなかった。正に、与党高市政権にとっては「善は急げ!」の感覚である。過去の歴史を遡っても武器輸出の制限は、1967年佐藤栄作内閣が、①共産圏、②国連決議で禁じられた国、③国際紛争当事国、などへの輸出を禁じる「武器輸出三原則」を決めた。そして、76年には三木武夫内閣が、事実上全面禁輸の方針を示した。その後中曽根内閣、民主党野田内閣が三原則をやや緩和した。ところが、これを大転換したのが安倍晋三内閣だった。2014年新たに防衛装備移転三原則と運用指針を閣議決定し、5類型などの条件付きで輸出を認めた。そして、昨日高市首相は師だった安倍元首相が決定したその5類型を撤廃し、全面的に武器輸出を解禁したのだ。当時ユーモアの気持ちで受け取られたのは、三木内閣宮沢喜一外相の「我が国は兵器の輸出で金を稼ぐほど落ちぶれていない」の発言だった。実際日本経済が行き詰まって失業者が溢れ、生活が困窮した大不況に襲われようならまだしも、防衛産業を拡充するような国策は不必要ではないか。
これから高市政権が何を仕出かすのか不安でならない。偶々タイミング悪く、昨日大分県の陸上自衛隊演習場で戦車の砲弾が暴発して、3人の自衛隊員が死亡した。こんなことは自衛隊にとっても初めてのことである。段々防衛関連事象が騒がしくなる。究極的には、日本も戦争に参戦するようになるのではないだろうか。