1385.2011年2月27日(日) 岡本太郎生誕100周年の催し

 今年は岡本太郎生誕100周年に当たることから、岡本太郎に関する催しやプレゼンテーションが各地で広く行われるようだ。偶々岡本太郎さんは、妻の父・川手一郎と慶応義塾幼稚舎から普通部まで同級生として、歌手の藤山一郎さんや作家の野口富士男さんとともに竹馬の友として親しく交わり、終生交流が途絶えることはなかった。岳父からも太郎さんの話は度々聞かされていたこともあり、親しい4人の交流について私自身エッセイも書いた。

 その岡本さんは明治44年2月26日生まれで昨日丁度満百歳を迎えたことになる。実は岡本さんは藤山さん、野口さん、岳父らと同じ明治44年生まれであるが、岡本さんだけが早生まれで本来ほかの3人よりも1学年上級の筈だった。ところが1人っ子だったせいもあり、中々地元川崎の学校に馴染めないという家庭環境もあって、幼稚舎に転入してきた。その時1年遅れて3人と同じ学年に入ってきた。幼稚舎に編入してからは学校の環境が気に入り、友だちとも仲良くなり幼稚舎生活をエンジョイしたようである。現在幼稚舎は渋谷区恵比寿、つまり天現寺地区に在るが、その当時は大学と同じ三田にあって川崎から青山へ引っ越してきた岡本さんは、自宅から三田までの通学を楽しまれたと仄聞している。

 昨日岡本さんがまさに百歳になった誕生日に岡本さんをモデルにした「TAROの塔」という4回シリーズのドラマ第1回が、NHKで放映されたので、妻と期待しながら観た。もとよりドラマであるので、ある程度の誇張は許されるが、ドラマでは学校名は明かされなかったが学校の寄宿舎生活で悩んでいたように描かれていた。その中で幾分変わった子という印象を与えたように描かれていた。まだ豊かでなかったあの大正時代に寄宿舎があったような小学校はほとんどなかったと思う。岡本さんは悪戯坊主だったが、学校生活をエンジョイしていたと岳父から聞いたし、幼稚舎の卒業アルバムの集合写真を見ても、腕白坊主の表情ありありである。

 寄宿舎云々は決定的な間違いというほどではないが、間違いは間違いなので、一応NHKにはメールでそのように知らせた。受信したとの通知があったので、あるいは明日にでも返事があるかも知れない。

 さて、昨日2.26事件が近年マス・メディアでほとんど報道されないことついて触れた。それが効いたのかどうか、今朝の朝日社説に2.26事件について堂々と朝日の意見を開陳している。しかも普段の2倍のスペースを割いている。

 社説論旨は2.26事件を歴史の分水嶺と断定している。その理由は、事件以前は軍部にたてついてまで正論を主張しようとする気風があったが、以降は軍部の言いなりになったというものである。それは、現在の国債大増発の流れに警告を発したものだ。軍国時代にも関わらず高橋是清蔵相は軍事費削減の主張により陸軍の権威に屈しない強い信念を訴えたからである。あまりこういう側面は紹介されないが、2.26事件を譬えに、日本が危機に立ち向かった時代の空気を伝える義務が、今日のメディアにはあるのではないか。

2011年2月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1384.2011年2月26日(土) アメリカ、リビア制裁を発動

 昭和11年の今日、2.26事件が勃発した。11日の建国記念日と同じように、今ではマス・メディアはほとんどこの歴史的事件を報道しない。珍しく朝日夕刊に死刑を執行された青年将校が刑務所看守に宛てた新たな遺書が発見された事実を記事にしていた程度である。2.26事件については、松本清張「昭和史の発掘」シリーズに詳しいが、今日の遺書はこれまで明らかにされていなかったものである。評論家の松本健一氏は「貴重で大切な資料だ。地方出身の看守にとって、将校は自分たちの貧苦や不平等を救おうとした者と映り、心を通じ合わせたのだろう。事件は昭和の日本人の胸に刺さり、今も抜けないトゲといえる」とコメントしている。だが、メディアを始め、学会や政治家たちはそのトゲを抜こうともしない。

 ことの是非は別にして、ひたむきで純真だった青年将校たちの気持を今の政治家たちも少しは見習ってはどうか。

 さて、心配していたリビア情勢がまた過激に動いた。首都トリポリへ向けて進んでいた反政府勢力に対して政府治安部隊と外国人傭兵が銃撃し、ある外国メディアによれば2千人以上の死者が出たという。カダフィ大佐は狂信的に反政府勢力に攻撃を仕掛け、トリポリ周辺では修羅場となっている。

 在リビアのアメリカ人が1人残らず国を離れたことを確認して、アメリカ合衆国政府はリビアに対する制裁を発動した。同時に国連安保理事会でもリビア制裁について検討し、近日決議採択することになった。これによってカダフィは手足をもぎ取られるような窮状に陥り、少しは根を上げるだろうか。

 それにしてもこういう緊急事態に際して、日本の存在感が薄いのは毎度のことだが、いつもわが物顔に登場して国際世論に反対を唱える中国が声ひとつ上げないのも不思議である。これには、大きな理由がある。中国はいま微妙な立場にあり、下手をすると現体制にとって命取りになりかねないのだ。チュニジア、エジプトに始まった中東の独裁国政権の崩壊により、中国共産党独裁政権下でもマグマが爆発する可能性があるからだ。中国各地では集会が禁止され、数人集まればすぐ身柄を拘束されてしまう。昨日は、北京市内で集会騒動があった場に偶々通りかかった駐中国アメリカ大使が、デモを煽っていたと報道されるほど、中国公安当局は集会や、中東情勢に神経を尖らせているらしい。

 まだまだ当分の間目が離せない。

2011年2月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1383.2011年2月25日(金) カダフィの暴発が心配だ。

 ニュージーランドでは地震発生後72時間の生存分岐リミットが迫り、懸命の救出作業が続けられている。日本人の不明者はその後1人増え、現在28人の所在が分らない。いつになったら不明者の安否がはっきりするのだろう。天候も不安定で余震も続く中で、国際的支援協調の下に緊急援助隊は昼夜を分かたず、ひたすら1人でも多くの人命を救助しようと捜索に当たっている。

 その一方で北アフリカのリビアでは、人命が軽視され独裁者・カダフィ大佐が正気の沙汰とも思えない、国民を殺戮しようとする行動で世界中から厳しい非難を浴びている。それでも一切聞く耳を持たず、各地から首都へ向かって押し寄せる反政府勢力に対して、徹底的に押さえつけようと残虐な殺戮作戦を開始する構えである。

 このリビアには、正式な名の元首や権力者がいない。憲法もなく、国会もなく、内閣もなく、俗に言う「大統領」や「首相」も当然ながらいない。国家と称しているが、まるで国家の体を成していない。ひたすらカダフィ個人が個人的に「大佐」の呼称を認めさせ、独断的に権力で国家を支配しているだけである。任意団体か個人商店のような国である。カダフィに歯向かうことは死を覚悟せねばならず、今まで強権的に国民を押さえ込んでこられたのは、彼らの恐怖政治への国民の怯えに他ならない。

 テレビから流れてくるニュースから察すると、カダフィは本気で反政府勢力をやっつける気でいるようだ。遠からず相当激しい戦いが首都トリポリ周辺で行われるに違いない。現在首都以外の都市はほぼ反政府勢力に制圧された。彼らは一斉にトリポリに向かっている。カダフィと彼を支持する政権側は外国人傭兵を含めて、首都で反政府勢力を迎え撃つ態勢であり、血で血を洗う戦闘により多くの犠牲者が出ることが懸念される。

 それにしてもカダフィのやり方は、国民を獣扱いである。首都で武器を持たない国民と重装備の政府軍が争った後には、一体何が残るのだろう。こんな内部分裂のような内戦はこれまで聞いたことがない。アメリカを始め先進国もことの重大さに不安を憶えている。とりわけ狂信的なカダフィが「核」使用に踏み切らないか。極めて事態は深刻である。ニュージーランドとは別の点で心配だ。

2011年2月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1382.2011年2月24日(木) かたや大地震、こなた政治の無為無策

 クライストチャーチ地震の救援活動のため、日本からも緊急援助隊が現地入りした。早速救助活動に携わった。まだ余震があるため思い切った作業とはいかないようだが、実績のある援助隊だけに大きな力となってくれることを期待したい。

 市内中心部に近い日本人語学研修生がいたCTVビルが倒壊したが、映像によると周囲の建物に比べてこのビルだけが完膚なきまでにつぶれている。今日はビルの建物構造上に問題があるのではないかと、地震と建築の専門家がいろいろな角度から耐震性について解説していた。そのビル跡から今日47人の遺体が発見されたという。まだ、70人以上が閉じ込められているらしい。遺体の国籍も性別も分らないようだが、恐らくその内の何人かは日本人研修生ではないかと心配である。更にニュージーランド側の救援責任者はビル滞在者の生存の可能性は少ないとまで発表した。

 それにしてもこれだけ多数の日本人が海外で遭難したのは、2001年の9・11同時多発テロに次ぐケースだと思う。何ともやりきれない。学生の家族も続々と現地入りしているが、この先も悲惨なドラマが待っているのではないかと気がかりである。

 さて、国内の政治関連ニュースでは、今日民主党の小沢一郎元代表に近い松木謙公・衆議院議員が農林水産政務官を辞任した。明らかに民主党の小沢氏に課した党員資格停止処分に対して抗議をしたものだ。また、新たな内輪揉めである。1週間前の16人の党内会派離脱に続く不祥事である。先の16人と松木氏のパフォーマンスは、何らの正当な理由も見当たらない。党幹部と反旗を翻した議員らの行動と論理には一片の道理も見られない。むしろ国家の正常な運営に対する冒涜ですらある。こういう酷い政治家たちが、国民不在のまま私利私欲に駆られて内輪揉めをしているだけである。

 いま世論は菅政権に呆れている。しかし、後継者に適任な人物が見当たらないだけに、このままずるずる民主党政権が続くのではないか。総理大臣の首のすげ替えが非難されるが、現在の菅首相と民主党のていたらくでは、国会解散、そして総選挙で改めて新内閣が誕生するのを期待するしかないのではないかとつい暗い気持になる。

2011年2月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1381.2011年2月23日(水) 同級生が半世紀遅れで同窓生に

 4年ぶりに湘南高校2年時のクラス会が藤沢市内の「銀座アスター藤沢賓館」で開かれた。当時担任だった春原淳三先生はその時のクラス会にご出席の後半年後に亡くなられた。90歳を超えてもクラス会にはいつも出席されていたが、晩年は体も不自由のご様子だった。

 クラスは51名だったが、すでに10名の仲間が鬼籍に入った。在校時には高校野球の県内強豪校として知られ、甲子園も狙ったが準決勝で敗れて叶わず、その野球部の部員がクラスには4人もいた。その内レフト、センター、ライトのレギュラー外野3人組がみんな逝ってしまった。センターの伊藤秀男くんは放課後の練習ではいつもラグビー部と背中合わせの形で練習していて特別に気があったし、日産のセールスマンとなってサラリーマン生活をスタートした時には、最初にブルーバードを買ってあげたことが思い出されてくる。

 今日出席した仲間から話を聞いてみると大病を患ったり、手術をしたり、五体満足な人は案外少ないようだ。その点では、多少部分的に具合が悪いところはあるが、外泊出来たり、時によっては海外まで行けるのは、72歳にして「健康体」の部類に入るのではないかと有難く思っている。それにしてもこのように15人も出席出来たのは、それぞれに幸せなことだと思う。

 51人の内女子生徒は僅か4人だったが、みな優秀だった。その中でも昨年先輩のノーベル賞受賞者・根岸英一さん、後輩の指揮者・大野和士さんとともに文化功労者に推された中西準子さんは、とりわけ目立っていた。残念ながらお忙しいらしく欠席だった。アメリカに渡った渡辺玲子さんはそれ以来出席していない。秋本さんと渡井さんは毎回出席して主婦業なりの苦労話をしてくれる。このクラス会が、1年時でもなく3年時でもなく、中途半端?な2年生時であることが珍しいと思っている。すでに先生はお亡くなりになったのに依然として続いているのは、一にかかって名幹事のきめ細かいお世話のお陰である。その幹事だった林功くんはクモ膜下出血で倒れたが、大分経過は良いようで今日も出席してくれた。快気祝いとして僭越だったが、昨年上梓の拙著を差し上げた。今年は後継者山口重裕くんがよくまとめてくれた。どんな集まりでもそうだが、そこには必ず縁の下の力持ちがいるものだ。わがクラス会がいつまで続くか分らないが、幸いにして来年も今日23日に行うことが決まった。

 仲間のひとり、図師征治くんが最後にエネルギーに火をつけるようなスピーチをしてくれたが、みんな彼の話に感心して聞き入った。昨年10月から通信教育学生として慶応義塾大学経済学部へ入学したという。卒業年次目標は、77歳の喜寿だと笑いながら述べていた。私の52年後輩にあたることになる。

 彼は高校時代も優秀だったのに、家庭の事情だろうか大学へ進学せず、当時の三井銀行に入行した。彼の周囲はエリートの学卒者ばかりだったという。真面目な性格だったので、高卒者なりに銀行員人生を全うし海外でもニューヨーク支店に3年間も勤めた。だが、こう言っては失礼だが、やはり学歴社会では後輩にどんどん追い抜かれて行って、コンプレックスにも取り付かれ、内心忸怩たるものがあったのではないだろうか。卒業後に新卒学生として職に就くことは考えていないと言っていたが、先輩?としてサジェスチョン出来るようなことがあれば、僭越だが無事卒業出来るよう協力してあげたい。

 先月原稿を送った国民生活センターから、昨夕校正ゲラをメール送信してくれた。取り急ぎ手直しをして再送した。中々良い仕上げになっている。来月の発行が楽しみである。

 さて、昨日クライストチャーチで発生した地震は想像以上に大きな被害をもたらしている。語学研修中にその建物が全壊して、未だに日本人語学研修生の生死不明者が10人もいる。瓦礫の山となって、それを取り除く作業が大変のようだ。他の不明者を併せて日本人でまだ生死が分らない人が27名もいるという。今日救助された男子学生は、右足を切断のうえ助け出された。向学心が強かっただろう学生の胸の内を思うと、切ない気がしてならない。

2011年2月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1380.2011年2月22日(火) クライストチャーチで日本人生徒が大地震に遭遇

 ニュージーランドのクライストチャーチ周辺でマグニチュード6.3の大きな地震があった。クライストチャーチはフラワーガーデン・シティと呼ばれるほど清潔で綺麗な街である。富山市内の外国語専門学校生が語学学習中の校舎が倒壊し完全に壊滅してしまった。不幸にして学生と引率教師が教室内で災害に巻き込まれたらしい。彼ら生徒21人と教師2人の消息がはっきりしない。夜10時現在まだ11人が不明である。その他にもかなりの数の日本人語学留学生が滞在していて安否がはっきりしないようだ。テレビ画像を見ていても語学学校が入居していたビルは、崩落して瓦礫の山となった。1904年に完成して街の象徴だった大聖堂の崩壊した姿が痛々しい。その背後にミレニアム・ホテルが見える。1997年秋に妻とニュージーランドを旅行した時に宿泊したホテルだ。

 私自身1999年8月にイスタンブールでトルコ大地震に遭った時は、早朝でまだ眠っていたが、突然の衝撃と激震に大いに焦り慌てた。その時外国で自然災害に遭遇した時の恐怖を味わわされた。

 NHK「ニュースウォッチ9」では、1時間のうち大半の40分を費やして報道していたが、心配なのはまだ生死不明の人たちが数多くいることである。

 さて、リビアのカダフィ大佐が無茶をやってくれた。無防備の反政府デモに対して軍隊と外国人傭兵を使って軍用機とヘリで銃撃したのである。自国民に対する虐殺行為である。当然多数の死者が出た。カダフィにはデモ隊を制圧出来るとの自信、というより過信があったのだろう。しかし、征服者が自分に対していくら気に入らない人びとの集団であるにせよ、狙ったのは自分が守ってやらなければならない自国民である。狂気の沙汰としか言いようがない。味方に弓を引いたカダフィ体制はすでに崩壊していると考えざるを得ない。政権内部にも離反する人が後を絶たない。これからどういう戦略で反政府行動と国民を押さえ込み、その後国家を統治していこうというのか。今やカダフィには残されたカードはないと思う。なお前進して玉砕するのか、はたまた少ない可能性であるが国を強制統治して国民を痛めつけるのか。それにしてもわが国の近くにいる裸の王様同様、ここにも自らのためには国民を犠牲にしても厭わない人物がいるのだ。酷いものだ。

2011年2月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1379.2011年2月21日(月) カダフィ大佐よ、リビアをどうする?

 ここ数日メディアではパンダが中国からやって来るニュースで持ちきりである。そして今晩2頭のパンダがやってきた。成田空港から実況放送するほどのバカ騒ぎである。聞くところによると、中国からのレンタル料金が10年契約で年間約8千万円、運送費が約4千万円だというからびっくりである。しかも食事代が1日1頭15,000円だというから、2度びっくりである。ここまでして上野動物園でパンダを飼育する必要があるだろうかと考えてしまう。上野商店街では、早くから町興しの起爆剤にしようと周辺住民ともども手ぐすねを引いて楽しみにしている。パンダの経済効果も約200億円と予想されているそうだ。

 さて、中東のデモはいよいよ本丸へ迫ってきたという印象が強い。絶対権力を行使していたカダフィ大佐のリビアでも、国内各地でデモが拡大してきた。ベンガジで始まったデモが首都トリポリへ飛び火して押さえつけようとした軍部が発砲し、多数の死者が出た。

 リビア、或いはカダフィ大佐と聞くと多少深刻に考えた出来事を思い出す。ひとつは、1973年7月の日航機ハイジャック事件で日本赤軍と別グループが日航機をドバイでハイジャックした事件である。日航機はその後ダマスカスからリビアのベンガジへ着陸して犯人が乗客を避難させた後爆破し、犯人はカダフィ大佐の黙認の下に国外逃亡した事件である。その時偶々アフリカへ出張中でカイロ市内のホテルでベンガジからやって来た若い日本人からハイジャック機の生々しい様子を聞いたことがある。

 もうひとつの事件は、1981年9月チャウシェスク独裁政権下のルーマニアに文部省教員海外派遣団の添乗員としてお供した際、首都ブカレストからウィーンへ発つために空港へ向かっていたところ、突然国賓カダフィ大佐が到着したため空港と市内の唯一の道路が一時閉鎖されると検問所で知らされ、一瞬大慌てしたことを昨日のことのように思い出す。結果的に女性通訳を介してドライバーに何とか田んぼ道を案内させて時間前に空港へ辿り着くことが出来て、ほっとした。あの時どんな道でも良いから空港へ走ってくれとお願いした時、当惑した通訳さんがドライバーと相談してわき道であるガタガタの田んぼ道を急いでくれたことで事なきを得たことがある。その時はカダフィ大佐を恨んだものだったが、いま思い出すとわが旅行人生の中でもセンセーショナルな出来事だった。そのカダフィさんの屋台骨もどうやらぐらついてきたようだ。住民に発砲したことは、デモ隊に対して言い訳の出来ない残虐な行為を冒したことになる。もし政権が転覆したら厳しい責任を取らされるのは明らかである。今もリビア情勢は刻々と悪化しているようだ。

 いつも思うことだが、こんな時天下泰平のわが日本は、パンダで大騒ぎし、国会は緊迫感もなしに揚げ足取りにうつつを抜かしている。

2011年2月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1378.2011年2月20日(日) 田園調布に白人撫子

 孫のひとりがヤマハ音楽教室のエレクトーン発表会で友だちと演奏するというので、妻と横浜・関内大ホールへ出かけた。会場内は保護者らの熱気で盛り上がり、そのフィーバーに些か圧倒された。今の子どもたちの校外学習のエスカレートぶりには、遊びまわっていた自分自身の子ども時代を照らし合わせるととてもついて行けない。長男の子どもたち3人もそれぞれ塾やお稽古であまりのんびり出来るような学習環境ではないようだ。親にとって経済的にも大変だし、特別子どもが好きなら別だが、無理やりそのように仕向けることにはあまり賛成出来ない。

 幸い孫はお稽古が気に入っているようなので、後は息子夫婦が経済的に賄えるなら、それはそれで良いと思っている。

 彼ら小学生のアンサンブル演奏は皆日頃の腕前を発揮してその熱演ぶりは見事なものだった。よく知られている「エル・クンバンチェロ」や「剣の舞」合奏などはリズミカルで迫力もあったように思う。それにしてもエレクトーンがいろいろ多彩な音をひねり出すことが出来るのには驚いた。偶にはこういう子どもたちのイベントに顔を出すだけでも、子どもたちの演奏を通して現代音楽の傾向を知ることも出来る。

 その帰途東横線・田園調布駅で下車して、田園調布駅前から渋谷行のバスで帰ってきたが、いつも利用する自由が丘駅の隣の駅なのに、改築工事が終ってからこの駅を一度も利用したことがなく、今日は新田園調布駅完成以降初めて利用したことになる。自由が丘とはよく比較されるが、まったく雰囲気は別だ。田園調布の静かな駅前の住環境は、奇妙な話だが、1月に目黒で老人夫婦宅へ押し入った殺人強盗犯が、金持ちを狙うターゲットとして挙げた高級住宅街だけあって駅前周辺も落ち着いた佇まいで、流石にわが国最高級の住宅街だけのことはある。

 今日その田園調布駅前で1組の背の高い碧眼のカップルを見た。件の女性は何と和服姿で着こなしもきっちり決まっている。妻に聞くと持っているバッグも趣味が良く、その着物にぴったり合っているそうだ。和服女性としては歩き方も地についている。こういう和服の女性、しかも白人女性が周囲を気にすることもなく自然体であることに感銘を受けた。日本の若い女性が段々和服を着なくなって、偶に着てもしっくりいかなかったりして、大和撫子が消えつつある。それが図らずもわが国の高級住宅地の田園調布で異人撫子を目撃することになるとは、時代も変わったものだと思う。

2011年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1377.2011年2月19日(土) ラグビーのテレビ・マッチ・オフィシャルについて

 今シーズンは1度も観戦しなかったラグビーもシーズンの終わりが近づき、来週には日本選手権の決勝戦を迎える。今日は準決勝2試合をたっぷりテレビで観戦した。すでに今日までのトーナメントで2つの大学チームとクラブチームの代表は社会人チームに一蹴され、勝ち残ったのは昨年同様社会人強豪チームだけとなった。かつては、慶応と早稲田が社会人チームを破り日本チャンピォンになったことはあるが、今では社会人チームと大学チームの実力の差は歴然として、大学チームが社会人チームを降すことは望むべくもない。

 その社会人チーム同士の準決勝で、4連覇を目指す三洋電機と拮抗した力の東芝戦は、三洋が後半に逆転して決勝戦へ勝ち進んだ。もうひとつの準決勝戦はこれまた熱戦の末、サントリーが神戸製鋼を振り切った。いずれも好ゲームで久しぶりにラグビーの面白味と楽しさを堪能することができた。

 ところで、今日の試合で「テレビ・マッチ・オフィシャル」制度が実際に採用された場面を現実に観ることになった。トライかどうかの微妙なシーンを前者の試合で3度も観ることになった。このシステムは2年前から大きな大会やトーナメントで採用されるようになり、レフェリーが瞬時にプレーを判定しにくかったり、際どいプレーが死角のポジションにいて判定出来なかったケースに、タッチジャッジに尋ねることはあるが、それでも自信を持って判定出来ない場合に、ビデオ画面を観たうえでレフェリーがジャッジするものだ。

 今日の3つのシーンでは、確かにそれなりに納得出来る判定とはなった。ただ、このシステムが万能とは言い切れない点と、ラグビー・スピリットから考えるとこの制度の採用には疑問も感じる。ひとつは、ゲームが盛り上がった時点でプレーをストップするもどかしい空白の時間である。もうひとつは、ラグビーはレフェリーに全権限を委ね、お互いの信頼の元にゲームが行われ、レフェリーのジャッジに対して一切アピールは出来ないとの紳士的了解の下に試合を行っているからである。

 時代の変遷につれて、試合以外でもルールが変わり、ジャージーと云われるユニフォームも変わり、試合の展開に合わせて選手の交代を行う戦術にも多少の違和感を感じるが、これも時代と言ってしまえばそれまでだ。だが、昔の素朴なラグビーを知るものにとっては一抹の寂しさを感じるのも事実である。

 近代スポーツとして衣替えして、テレビ放送向けに派手で目立つユニフォームに変わり、コマーシャリズムが入り込み、外国人選手も多くなり、選手たちの気持やパフォーマンスも人の目を意識するものに変わってきた。果たしてこれが良いことなのかどうかは分らないが、アマチュアイズムの権化のように言われたラグビーにも明らかにプロ化の風が吹き込み、時代の波に晒されていることは間違いない。

2011年2月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1376.2011年2月18日(金) トップを首にしたい民主党幹部

 「首相代えてもいい」今日の朝日夕刊トップ記事の見出しである。よりによって与党民主党幹部が野党である公明党幹部に打診した秘かな囁きである。国民の菅政権支持率低下と並行して、最近の政局の動きからいよいよ菅政権の命運が尽きる日が近づいているとも言える。昨日の造反議員の行動は一般の受けは良くなく、あまり意味がないと思うが、それでも心情的に賛同している同志は少なくないようだ。

 一方で、囁きは首相がやる気はあるのに、首相の首と引き換えに予算関連法案に賛成してもらおうとの一部幹部の裏取引であると捉えられている。まったく腰が据わらない菅首相の政権運営だが、これだけ周囲に舐められ、周辺が喧しくなってくると、いよいよ退任もやむを得ないと諦めるよりしようがないか。

 夜の「報道ステーション」でもこのニュースが最初のトピックとして取り上げられた。

 民主国家のわが国では、今や血で血を流す闘いはなくなったが、政権の座をいとも簡単に禅譲しようとする古い考えが未だに残っていることに危機感すら憶える。

 海外では民主化を獲得するために激しいデモが繰り広げられているのが現実である。一時的にデモが納まっていたイェメンでも再び騒ぎが拡大している。北部地区とアデンを中心とする南部地区と分裂の可能性も出てきた。バーレーンのデモでは、治安部隊が鎮圧に乗り出し死傷者が出て、反って民衆の反政府感情に火を点けている。リビアも酷い。40年以上に亘るカダフィ大佐の独裁統治によって民主化運動が弾圧されたリビア国民は、ついに堪忍袋の緒が切れた。これっぽちも反政府デモが表面化したことがなかった「カダフィの国」に、少なくともデモが発生した。昨日現在13人の死者が出たとの情報がある。このように海外、特に中東諸国で自由を獲得するために身体を張った民主化デモが起きているのに、国内では民主化を獲得していながら非民主的な取引で上へ下への大騒ぎをしている。この平和ボケと無責任な政局にはほとほと愛想が尽きる。

 日本という国には、本当の民主政治はまだ生まれていないのではないか。

2011年2月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com