日経紙夕刊の連載コラム「明日への話題」の水曜欄にこのところドイツ文学者・池内紀氏がエッセイを執筆していて 毎度頷かされる。先週も若者の内向き志向についてご尤もなお説を披露されていた。昨日は「無知、怠慢、欺瞞、罪」について、日本人の福島第一原発事故と原 子力に対する後ろ向きの姿勢に批判的なコメントと反省を書いておられる。
原子力に専門外のドイツ文学者である池内氏が、敢えて指摘する4つの大罪とは、第一に原子力に無知であったことである。第二に原子力が巨大な費用がかかる ことに耳を傾けなかった怠慢である。第三はマイナス面を知っていながら知らないふりをしてきた欺瞞である。第四は以上3点をそのまま無視する方が利益にな ると考えた罪であると説いている。いちいち納得できることであるが、われわれとしては第一に指摘された「無知」が最も反省すべきことであると思う。原子力 とは難しく、専門家以外には理解しにくく知ろうとせずに、彼らに一任しようと考えてきた傾向がある。実際これまで高度な専門的知識を学んだ専門家と原子力 村と呼ばれる特異のエリート集団にすべてが委ねられてきた。専門家はこれまで原子力について学校で教えようとせず、絶対安全と言い、経費はかからず、その うえ二酸化炭素ガスを排出しない利点があると主張して自分たちに任せておいてくれれば安全だと傲慢な態度を取り続けていた。
しかし、今度の福島原発事故では、いかに彼らはデタラメな専門家集団かと思いつくづく思い知らされた。知っている資料や情報を国民に公開することもせず、 自分たちだけですべてを仕切ろうとする思い上がりには、がっかりさせられた。マス・メディアももっと情報を公開して、原発はあらゆる角度から検証して是か 否かを議論する場を提供するべきである。そうして、これまでは原子力についてまったく関心もなかった人々に原子力の知識や情報を与えて、喧々諤々の議論を 戦わせ国民的合意を得られるような議論百出の場作りを提言してほしいと思う。
今朝の朝日に全国の知事から得た原発アンケートに関する回答が載っていた。これだけの大事故を惹起せしめたにも関わらず、脱原発を明言した知事は全国で たったの二人である。それが全国で僅か3人しかいない女性知事のうちの2人、吉村美栄子・山形県知事と嘉田由起子・滋賀県知事である。
一番の被害者である佐藤雄平・福島県知事が無回答というのも理解できない。あれだけ、政府に原発のせいでえらい迷惑を蒙ったと政府の原子力政策に恨みつら みをぶつけていたくせに、このていたらくである。結局原発というのは麻薬のようで、止めたらこれまで得ていた補償金がまったく期待できなくなる。
突き詰めると原発をスタートさせる時点で何らの議論も行われなかったツケが今になって喉元に突き刺さっているのではないかと思う。
1491.2011年6月15日(水) また厄介なオスプレイ配備問題が持ち上がっている。
東日本大震災の復旧と福島原発の収束がまったく見通しが立たず、そこへ菅首相の退陣発言に対する民主党内部の、或いは与野党間の中傷合戦が嵩じて今国会の会期延長の賛否に関して、それぞれ非難の応酬である。まるで子どもの喧嘩である。まったく程度が低い。
10日被災地で酪農家の男性が遺書を残して自殺したが、原発に対する恨みつらみが書かれていた。親族も被災者の悲惨な状況下で国会内で内輪揉めばかりして被災者のことを少しも考えていないと手厳しく非難していた。まったく遺族の言う通りである。
その政権与党・民主党が地盤沈下していく中で、また新たな問題が急浮上した。以前から日米間の協議事項になっていた沖縄・普天間基地に新輸送機を配備する問題である。配備されるのは、ヘリコプターと輸送機を兼ね備えた新型垂直離着陸輸送機「MV22オスプレイ」と呼ばれる機種である。開発段階で度々事故を起こして、その安全性が懸念されていた。加えてオスプレイの騒音問題がある。
しかし、配備以前に普天間基地の移設問題がまだ解決していない。昨年5月には、普天間基地を海外、或いは最低でも国内の県外へ移設すると無責任にも約束し た鳩山由起夫・前首相が、ついにさじを投げ沖縄県民に謝罪して総理職を辞したばかりである。その後も普天間基地移設問題をウヤムヤにしていた民主党政権 は、大震災の影響下に遂にアメリカ側の公式発表により行き詰まり、今日沖縄県内で反対デモが気勢を上げる中で中途半端な結論を出さざるを得なくなった。
何とも節操のない好い加減な説明かと驚くばかりである。北澤防衛大臣の説明とは、オスプレイは現在使用中のCH46中型輸送ヘリに比べると、10万時間飛行当たりの事故率は1.28回で、CH46の1.37回 に比べると低く、騒音も少ないとアメリカからの情報を精査することなく鵜呑みにして応えているだけである。こんな誠意も中身もない回答では、基地自体の存 在に反対している沖縄県民が納得するわけがない。これはオスプレイ配備問題だけに留まらず、米軍沖縄基地使用問題であり、普天間基地移設問題であり、日米 地位協定の問題でもあり、その後ろにあるのは日米同盟の問題である。今の民主党では、とても荷が重くて解決は難しいが、それにしても政治家はもう少し自分 たちの責任を感じて、真面目に仕事をやってほしいものである。
1490.2011年6月14日(火) イタリアが原発にアリベデルチ
注目されていたイタリアの原発再開の是非を問う国民投票の結果が判明した。イタリア国民のほとんどが「脱原発」を選択した。この国民投票制度は分かりにくいが、全投票数が有権者の50%を超えたことがはっきりした時点で、中身を判定する。今回は暫定投票率が約57%に達した時点で開票し、約3割を開票した結果94.5%が原発凍結賛成票だった。現在停止中の原発を再開することを目指していたベルルスコーニ首相も「イタリアは原発にさよならを言わなければならない」と白旗を掲げざるを得なくなった。
これでスイス、ドイツに次いでEU域内でイタリアも原発停止国となった。これにより現在も消費電力の15%を輸入に頼っているイタリアは、引き続き自国内で生産出来ない電力を輸入する方法を選択するしかない。
日本はどうかとなると、浜岡原発は停止と決まった。出来るだけ自然エネルギーに代替していく方針は打ち出したが、原発を廃止とは言い切っていない。一度吸った麻薬の味はそう簡単には忘れられないということなのだろう。
しかし、トータルで考えると原発は絶対廃止しなければいけない。経済が停滞しようが、不便を我慢しコストがかかろうとも、原子力制御に人間の全知全能を傾 注しても時間とコストがかかり、解決の手段が容易に見つからないとするなら、原発は断じて廃止すべきである。原子力ほど不安な近代科学はない。福島原発の 事故まではコスト的に原発有利と考えられていたが、たった一回の事故でどれだけ費用がかかり、不経済で危険であるかということを思い知らされた。今や「絶 対無事故」、「絶対安全」というまやかしに騙されてはならない。原発を停止したら、他に代替エネルギーがないとの声も聞くが、専門家の飯田哲也氏が原発に よる供給は半分を自然エネルギーで、半分を節電でと提言している。
それよりもっと貴重な資料が明らかになった。先日の日本ペンクラブ環境委員会研究会で西尾漠氏が「原発の現実」と題して語られた時、委員長の中村敦夫氏が配布したグラフ「発電施設の設備容量と最大電力の推移」である。
藤田祐幸氏が1965年度から2007年 度までの発電量と消費量を「エネルギー・経済統計要覧」から毎年数値を拾い上げ、個人的に作成したグラフである。それによれば毎年発電能力は消費量を上 回っていることを示している。しかも、原子力発電量を必要とするまでもなく、取りあえず電力消費量を水力と火力発電で賄っている。もちろんこれだって精査 する必要があろうが、それにしてもどうしてこういう原発反対派にとって有利で重要な資料が表に出てこないのか。
今月から始まった駒沢大学マスコミ研究所の公開講座に今年初めて出席した。3年前に受講した菱山郁朗講師の「現代メディアと報道論」と片山正彦講師の「報 道メディア論」を改めて受講することにした。明日も清田義昭講師「映像を通して現代を考える」を受講する。各講師は今もメディアの前線で取材に当たり、新 鮮な情報を話してもらえるので、それを肉としたい。
1489.2011年6月13日(月) 非常時に内輪揉めでまったく仕事をしない国会議員
福島原発事故が収束見通しの立たない中で、原発推進派が声を大にすることはないが、昨日から今日にかけて2日間イタリア全土で原発再開の是非を問う国民投 票が行われている。イタリアではチェルノブイリ事故の後国内4ヶ所の原発をすべて閉鎖している。ベルルスコーニ現政権はこれを見直し再開を目指している。
政権にとって福島原発事故はタイミングが悪く、思いがけないマイナス・イメージとなって、電力が不足する中ではあるが、原発再開を訴えにくくなった。イタリア国内でも福島以降「脱原発」の動きが活発になってきた。
結果はどう出るか。原発推進派、反対派ともに注目している。
さて、連日嫌々ながらつき合わされているニュースに、「菅首相退陣」と「退任時期」という非建設的な話題がある。菅首相が退任をほのめかしたことで、一気 に「いつ辞める」の不毛の議論が進行している。そこへ要職にある与党議員が、自分の思惑だけを軽率に語るものだから、益々混乱して何がどうなっているのか まったく道筋が見えない。それでいて退陣を迫る議員には、次の総理の候補者として誰を推すのか腹案がない。メディアでも次期総理の話題がほとんど報道され ない。漸く今日になってNHKニュースで前原誠司・前外相、野田佳彦・財務相、石破茂・自民党政調 会長らの名前が挙がってきたが、彼らとて絶対的な候補者ではない。この次の日本のリーダーは一体誰になるのか。本来「辞任」と「就任」はセットで検討され るべき事項ではないか。日本のリーダーを決める議論をやっているのではなく、今のリーダーは気に入らないから早めに辞めさせて、その後で仲間内でまとめ役 として「無難な奴」に、リーダーを一定期間任せようという「村の寄り合い」と同じ発想なのだ。これだけ日本の政治は地盤沈下を起こし劣化しているのだ。
亀井静香・国民新党代表がうまいことを言っていた。曰く「殿が切腹しようとしているのに、周りの家来どもが介錯は俺が、俺がといきり立っている」。
呆れたテレビ朝日の古館キャスターも番組の中で永田町にも瓦礫の撤去が必要だと番組の中でしゃべっていたが、図星である。
1488.2011年6月12日(日) 講義では教材と機器を自分で準備すべし
今日は台東区生涯学習・ラーニングスクェア「世界の都市を知る」シリーズで、先々週のイギリスに続き、第3回「フランスの魅力といろいろな都市を知る」の講師を務めた。この数日精力的にパワーポイントUSB用画面作成に取り組み、写真をふんだんに使い、テクニックを駆使して31枚のスライドを使い、まずまずの教材に仕上げたつもりだった。ところが、会場に準備されたプロジェクターとPCがどうも持参のUSB画面の効果を引き出して機能してくれない。折角受講者から喜んでもらえるような画像を作ったと内心悦に入りながら、それが思っていたように機能してくれない。
PCにダ ウンロードされたパワーポイントのソフトがどうも古いのではないかと思う。見出しも文言もそれなりに、スピード調整して意外性とか面白みを持たせたつもり だったが、すべて同じスピードで同時に表示される。全然面白みがない。担当者に申し入れてもソフトの問題だからその場ではどうにもならない。不本意ながら そのまま映写を続けることにした。今日の講義のスライドは過去最大容量185MBまで使用して精一杯作成したものだった。これだけ力を入れて作成したスライドは初めてである。それだけに狙い通りの効果が表れないのが残念である。
取り入れた写真を参考にしてフランス旅行に関する勘所を説明するのだが、やはり今ひとつぴりっとしない。受講者には多少言い訳を言いつつ、一応最後まで主 旨にあった内容について説明したので、熱心に聴いてもらえたとは思う。しかし、折角作成した資料が思うように使えないという点では悔いが残る。やはり個人 用の機器を所有していることでもあり、会場の機器をあまり当てにしない方がよいと思った。今後は自分なりにケースバイケースで対処したい。
3週間後に最後の講義があるが、今日のように施設のPCとプロジェクターを使用すると効果半減の恐れなしとしないので、この次は自前のものを持参することで主催者側の了解をもらった。
張り切って事前の準備に力を注いでいただけにちょっと悔いが残る今日の講義だった。
さて、東日本大震災復興計画は依然としてもたもたしている。現場では福島原発事故の解決見通しが立たず、他の被災地では街の復興計画がいまだ緒に就いてい ない。政界は、菅首相の退陣を巡って特例公債法案も、第二次補正予算も先が見えなくなってきた。そこへ復興構想会議の第一次提言の骨子案の中で復興財源に ついて基幹税の増税を検討する声が内部で挙がっている。一方で、復興財源に消費税を充てる点については枝野官房長官が否定している。復興するには莫大な費 用がかかると思われるが、それをどう工面するかという第一歩が未だにふらふらして決まらない有様である。まったく政治は何も出来ない。政治家は空理空論の 鞘当てばかりやって、建設的なやりとりが一向に見られない。最近でも稀に見るほど機能不全の政治ではないか。ついに日本の政治は落ちるところまで落ちたと いう印象がしてならない。
1487.2011年6月11日(土) 日本はどうしていつまでもアメリカの言いなりなのか。
今日の朝日夕刊第一面に、日本がアメリカに押しまくられたトピックスが二つも掲載されている。
ひとつは東電福島第一原発で非常用発電機を地下に設置する米国式設計を採用したことにより、結果的に今回の事故の被害が大きくなったことが分ったというお粗末ぶりである。1号機はGE社 製でアメリカの企業が全面的に工事を仕切った。なぜ臨海の福島原発の非常用発電機を地下に設置する必要があったのか。われわれ原子力村の外に住む人間だっ て首を傾げたくなる。そもそもアメリカと日本では気象条件や立地が、まったく違うではないか。そんな基本的なことが斟酌されなかった。アメリカでは竜巻や ハリケーンに備えて発電機を地下に置くという。福島ではそのアメリカ方式を踏襲して、地下に置かれた発電機が流入してきた津波を被ってしまった。発電機は 水につかり全電源を失った。これにより1号機が冷却機能を失ったことは度々メディアでも報道されている。何と軽率で、思慮のないことか。
記事によれば、福島原発の後設の2号機以下は東芝、日立の日本製であるが、これもほぼ1号機を踏襲したそうである。実際福島原発1~6号機の非常用発電機13台の内、主要10台が地下に設置された。通産省の元幹部の言うことがふざけている。「米側の仕様書通りに作らないと安全を保証しないと言われ、言われるままに作った」だと。まるで怯えた小学生の言うことと変わらないではないか。その挙句に結果は少しも安全と言えるようなものではなかった。
これでは日本の原発ではないのではないか。政治家、役人、東電幹部らこれら非常用発電機の導入、設置に関与し、杜撰な設計に関わった人物の名前を公表して、厳しい罰を科すべきではないか。知ったかぶりをして陰でアクドイことをやっている奴が、相変わらず後を絶たない。
流石に評論家の内橋克人氏も呆れてこう言っている。「戦後日本の技術開発は、他国に学んで自主開発を目指すケースと、他国におんぶに抱っこで技術を導入す るパターンがあった。福島原発は後者の典型で自然条件の違いを考えずに米国の設計を丸呑みした。日本の技術の宿命的な落とし穴」。これにはまったくがっか りさせられる。
もうひとつのトピックは、日本が負担する沖縄の駐留米海兵隊のグアム移転費814億円の内758億円が使われずに塩漬けになったままだったということである。アメリカにもそれなりの理由があったとは思うが、これだっていかにも杜撰ではないか。グアム移転費は沖縄の過重な基地負担を日本も分かち合うための費用として、日本もやっと2009年から日本側が全経費の約6割を負担支出していたものである。こんな日米間の重要問題を放ったらかしにしてしながら政争に明け暮れていて、一体全体国会議員は、何の呵責も感じないのか。
アメリカも酷いが、アメリカの言いなりになっている日本は、これで本当にアメリカの手から離れ独立したと言えるのか。
1486.2011年6月10日(金) 脱原発発言相次ぐ。原発の今後は?
明日で東日本大震災に襲われてからちょうど3ヶ月になる。地震、津波被災からの復旧の道のりは遅々としている。言うまでもなく東電福島第一発電所事故の影 響である。地震より津波の方が恐ろしいと言われているが、それに輪をかけて恐ろしいのが放射能漏洩である。福島原発事故がいつ収束されるのか、全国民が固 唾を飲んで見守っている。
そこへ昨日政府の地震調査委員会が、将来起きる地震の規模や確率の予測手法を改めると発表した。専門的なことは分らないが、大震災のM9を予測した警報とそれに応じた対策を立てるということである。
つい最近読んだ吉村昭著「三陸海岸大津波」(文春文庫)によると、著者は明治29年発生の明治三陸地震、昭和8年発生の昭和三陸地震、更に昭和35年 のチリ地震による津波の記録を検証し、生き残りの人たちにインタビューして津波の怖さを精査、分析しているが、当時の被災地を見てみるとほとんど今度の被 災地と同じである。津波は同じ場所を再び襲うことがこれによってもよく分る。つまり、天災は突然襲ってくるのではなく、ある程度似たような傾向を持って突 然やってくる。予想される天災に備えることは当然学者や行政などの専門家が考えなければならない。今回M9の想定外の地震が起き、原発が壊れたとするなら、今後M9以上の地震の再来を考えて今まで以上の備えをすべきだろう。その点では、科学者よりも作家の方が正確な視点で、正しい予測をしていることが理解できる。
昨9日スペインのバルセロナでカタルーニャ国際賞を受賞した作家・村上春樹氏が「核に対する『NO』 を叫び続けるべきだった」と自らの反省を込めて述べた。授賞式後のスピーチの一部がテレビ朝日「報道ステーション」で放映され、それに寺島実郎氏がコメン トされた。寺島氏は村上氏が敢えて「核」という言葉を使ったことに深い意味があると分析された。それは平和利用の「核」と軍事用「核」をひとつに捉えてい ることだと言われた。つまり軍事用なんて考えるべきではないと主張していると分析された。
同じく9日ローマ法王ベネディクト16世は「人間を危険にしないエネルギーをサポートし、環境に優しいライフスタイルを実現することが、政治経済の優先課題だ」と述べ、福島原発事故後の脱原発の動きを意識した発言と受け取られている。まともな世界、まともな人の間では脱原発の動きが進みつつある。
最近行われた原発県・青森県知事選挙で原発推進派の三村知事が再選されたが、これから日本の原発はどうなるのだろうか。福島原発で散々痛い目に遭っているはずだが・・・。
1485.2011年6月9日(木) 内向き志向の現代若者
昨夕の日経紙にドイツ文学者の池内紀氏のエッセイが載っている。若者が外国へ行きたがらない傾向を心配して、最近の若者気質にご自分の考えを綴っているものだ。何でも30代 の大学准教授に、今のうちに留学したらどうかと勧めたが、意外な返事が返ってきたと嘆いている。件の准教授はその必要は少しもないというらしい。理由はド イツの文献はメールで送ってもらえるし、雑誌類はPCで読める。ドイツへの旅行は学生時代に済ませたと言ったそうである。ふ~んと考えてしまった。
池内氏も少々がっかりしたらしく、外国文学を専攻している人間がその国へ行くのは、言葉を学ぶためもあるが、読んだり、書いたり、話すだけではなく、その土地や人や歴史や風土や習慣と密接に結びついているからだとごく当たり前のことを書いておられる。
翻って若かったころの自分自身を思い起こしてみると、とにかくどこでも良いから外国へ行ってみたかった。それも発展途上の国々へ無性に行ってみたかった。 外国旅行に限らず、今の若者は自分で周囲の溢れるばかりの情報をあらゆる手段で取り寄せ、それを活用することに長けている。そしてそれで満足し充分だと理 解しているようだ。他人から直接情報を得たり、自分の五感で知識を得たり、臨場感溢れる現場で情報を掴みとってこようとの発想はあまりないようだ。
先日読んだ山口誠著「ニッポンの海外旅行」(ちくま新書刊)によると、1996年には20代若者の海外旅行者は約463万人だったが、2008年には約262万人にまで落ち込むほどの激減ぶりである。実に43.4%も減っている。20代女性は5割も落ち込んでいる。尤も全体の旅行者数、人口の減少などを勘案するともう少し実質的な減少幅は減るが、それでも10余年の間に2割程度漸減していることははっきりしている。
若者の海外旅行への奨励とその効用については、3月に高校の先輩である、ノーベル賞受賞者・根岸英一博士にお会いした時にもよく話し合い、お互いの考え方に意気投合したばかりである。
この若者の内向き志向現象について断言は出来ないが、最近の若者には冒険心と自己啓発心が些か欠如しているのではないかと思う。この傾向が続くといずれ四角四面のマニュアル人間ばかりの嫌な世の中になりそうな気がする。
さて、今日佐賀県玄海町長が、九州電力に玄海原発再開を求める要望を行った。何ゆえに日本国中で原発再開に対する消極的な空気が漂う中で、このような結論を出したのか。
町長は今日1時間半ばかり玄海原発を見学して安全であることを確認したという。そのうえで、原発再開の要請をした。古川康・佐賀県知事は再開するか否かに ついては慎重で、結論を先送りしている。肝心な町民の気持ちはどうなのか。原発推進か反対かは、どうも原発立地の自治体の泣き所でいずこも頭を悩ませてい る。玄海町の場合だと、今では町民の1割が原発に勤め、町の歳入の約7割を原発に頼っているという。こうなると放射能の心配どころか、原発なしの街づくり が破綻し生活自体が成り立たない。「安心・安全」のお上の説得によって、町に原発を受け入れざるを得なくさせた責任は、国にも、県にも、電力会社にもある のではないだろうか。仮に国として原発停止や廃棄とでもなったら、こういう原発立町はどうやって生きていくのだろうか。その回答を政府は原発を抱える自治 体に示す義務があると思う。
1484.2011年6月8日(水) アラブ諸国は長期政権で非難され、日本は短期政権で信用を失っている。
来年5月に開業する東京スカイツリー展望台の入場料金が発表された。あまりに高い料金にびっくりした。ふたつの展望台のうち低い方の第1展望台が大人2000円で、高い第二展望台は3000円だという。あまりひとりで昇る人はいないだろうから、仮に夫婦やカップルで昇れば6000円の出費である。これに家族連れで小学生の子どもを2人でも連れて行けば2800円加算され、家族全員で8800円となる。これではおいそれと気軽に見学というわけにはいかない。他の塔でもこれほど高い(料金も高さも)ところはないのではないか。
どうしてこんなにも高い入場料金となったのだろうか。建設費用がかなり高額だったことが入場料が高額になった最大の原因と考えられるが、オーナーの東武鉄 道が高い前人気に便乗して料金を高めに設定したのではないかとも思う。自分としては、必要なら昇ることも考えるが、今のところ昇ってみようという気分には なれない。
さて、ポルトガルの大統領が交代したが、注目されていたペルー大統領選挙の結果は、戦前から話題を集めていたフジモリ前大統領の長女が僅かに対立候補ウマーラ氏に及ばなかった。
一方、国際社会の批判を浴びながら延命の綱渡りをしているリビアのカダフィ大佐がまだ音を上げない。ドイツのメルケル首相と会談したオバマ大統領は、大佐の退陣は時間の問題だと語った。カダフィ政権の閣僚や幹部軍人が次々と離反していることと、NATO主導の軍事行動に成果が表れているからである。
もう1人、民主化勢力から非難され、周辺諸国からも退任を突きつけられているイエーメンのサレハ大統領も、官邸へロケット弾を射ち込まれ負傷して隣国のサウジアラビアへ治療と称して国外脱出中である。いずれも長期政権による独裁政権による膿が政権内部に蔓延っている感じである。
その点わが国の政権は、批判される長期政権とは真逆である。それがあまりにも短期間で、実績をほとんど挙げないうちに渋々退陣して、こればかりは諸外国からもう少し長い間トップにいてくれないと誰とトップ会談をやってよいのか分らないとぼやかれる始末である。
短いとばかりに非難されているわけではない。短か過ぎるのだ。アラブの長期政権とはまったく反対なのだから冗談にもならない。今日のニュースは、小泉元首相以降の各首相はほとんどが在任期間がたった1年前後だったという事実を伝えていた。
今日で在任366日の菅首相の後釜に誰を据えるのかの議論が、すでに与野党の幹部の間では進められている。まったく不毛の話し合いである。目の前に大震災復興という大問題を抱えながら、今日も小粒の政治家が国家、国民を忘れ去って首相選びに狂奔している世紀末的ドラマである。
1483.2011年6月7日(火) ドイツの脱原発に敬意
日本ペンクラブの反原発セミナーに出席していた昨日、ドイツでは2022年までに国内のすべての原発を閉鎖することを正式に決定した。原発の運転延長を決めたばかりだったにも拘わらず、思い切った脱原発決定の背景には、圧倒的な国民世論があった。
メルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟は元々原発維持を唱えてきた。中道左派の社会民主党主体のシュレーダー前政権が決定した脱原発政策 を昨年秋に変更し、運転延長を決めたばかりである。州議会選挙対策と見られていたこの変更も虚しく、連立与党は選挙で惨敗を喫した。その一方で反原発を掲 げて戦った「緑の党」が大躍進した。そこへ福島の事故で世論が一気に反原発に傾いた。メルケル政権は「緑の党」をこのまま拡大、飛躍させるわけにいかず、 先手を打つ形で当初のスローガンを思い切って変更したのだろう。
とにかくドイツ人の理念と実行動力には端倪すべからざるものがあるし、その決断にもスピードがある。わが国では メドがついたら辞めるとの言葉を取られた菅首相が、のろのろと辞任の時期を先延ばしにしているとばかりに与野党で喧々諤々の言い争いになり、一応の観測で は今月中か、8月中に辞めてもらうことを前提に手打ちのための駆け引きをやっている。
そこへ急に「大連立構想」が現実味を帯びてきた。その前提に政策合意、衆議院解散時期、首相辞任時期などを斟酌 して次の総理候補者がまとまらなければ前へ進めない。最大の壁となっているのが、民主党のマニフェストの修正だそうである。次いで解散時期、そのうえで次 期首相に誰がなるかという点だそうで、自民党は谷垣総裁を推し、民主党は衆議院議席数から考えても、首相を自民党からという話はないと駆け引きが始まって いる。相変わらず政局がらみの腹の探りあいで一向に建設的な話し合いにならない。
こういう状況下で福島第一原発の汚染水が溜った問題について、はっきりした対策も行動をとっていない。どうして、こんな大事なことがいつも後手後手となってしまうのか。政治家も原子力科学者も今もってすべて他人事の感覚で利己的に動いているからだ。
ところで昨日ペンクラブ・大原雄理事と話していて、先日のペン総会の紛糾について話が及んだ。厳しい質問をした須藤甚一郎さんと小中陽太郎さんの間に座り ながら質問は控えていたが、理事席に着席されていた大原さんから、「近藤さんは『言い訳を言うな!』と野次を飛ばしていましたね」と完全にお見通しされて しまっていた。ちょっといらいらしてつい大声で某理事の発言を野次ったことは事実であるが、そこまで証拠を掴まれていたとは知らず迂闊だった。これからは よくよく尻尾を捕まれないように、また下品な野次はセルフ・コントロールしないといかん。