1512.2011年7月6日(水) 深刻で考えさせるテレビ番組二つ

 3日前の夜NHK・ETV特集で「大江健三郎・大石又七-核をめぐる対話」という1時間半に亘る中々密度の濃いトーク番組が放映された。偶々昨日駒沢大学の講座で片山正彦講師が、この番組のあらすじについて解説された。
 大江氏は言うまでもなくノーベル賞作家で誰もが知る著名人であるが、一方の大石氏については一部で知っている人を除いてあまり著名な方ではない。1954年にビキニ環礁で死の灰を浴びた第五福竜丸の元乗組員である。二人は初対面であるが、大江氏がすでに大石氏の著作「死の灰を背負って」を読んだうえで第五福竜丸展示館内の船の上で話し合った。
 二人は今度の福島原発事故はこれまでの大国の原水爆実験、及び国際的な原子力開発競争の延長線上で起きた事故であると言われる。80歳に近い二人が話されるので、やや会話の歯切れが悪く聞き取りにくかったが、その中にはいくつか感銘を受ける言葉があった。
 大江氏は子どもの頃に大人の話す言葉について母親に度々質問して、感銘を受ける言葉とは真面目な言葉で悲しみの伴った言葉であると学んだという。一方、大石氏は23名の乗組員のうち亡くなった14名 はほとんど白血病と甲状性癌によるもので、事件以来放射能に怯え、地元・焼津の人たちの謂れなき噂話や中傷に追われるように上京した。自分たちは死の灰に よって苦しめられたのに、事件がどんどん忘れ去られていくことに無性に腹が立ったと言い、それが自分に書を書かせた動機であり、世の無関心に警鐘を鳴らす きっかけになったという。 
 その当時ソ連の水爆実験により原子力が兵器開発に向けられるのを恐れた、アメリカのアイゼンハワー大統領がビキニ水爆実験の前年、1953年 に原子力平和利用を訴えるステートメントを発表した。その翌年のビキニ環礁水爆実験に反対する国際世論の高まり、とりわけ被害者である日本国内の強力な反 原子力運動を抑えるために日米両政府が原子力平和利用について取引して協定を結び、それ以降反原子力の声は小さくなった。この舞台裏を当時のフィルムを交 えて説明してくれた。
  国内では政府と実業界の間に原子力政策を推進する協調路線が確立され、当時の読売新聞社主・正力松太郎氏が自民党・中曽根康弘氏とともに政界、及び経済 界、文部科学行政において原子力推進の仕掛けをした。それ以来わが国の原子力政策は原発推進を中心に据えて止まるところを知らず、今日のエネルギー政策に 至っている。この福島原発事故を導く結果となった、わが国の原子力政策を推進した人たちは誰も責任を取らないだろう。それは太平洋戦争を引き起こした罪に 対して、誰も責任を取っていないのと同じ図式である。
 この間ビキニ環礁周辺では66回もの核実験が行われ、多くの放射能被災者が生まれ、今日では実験こそ中止されたが、未だに後遺症は残っている。大石氏は2004年このビキニ環礁内にあるロングラップ島へも出かけ、被害を受けたジョン・アンジャイン元村長を始め島民とも交流を深めているが、ここにも放射能の影響は残り、彼らは島から移送され別の島で暮らしている。
 幸い大石氏は紹介者がいて結婚することは出来たが、生まれた子どもは死産だった。死の灰の影響を受けたことをいつまでも気にして心は休まらない。都内に開店していたクリーニング屋も寄る年波で昨年閉店した。前向き志向の方ではあるが、20歳以降死の灰の恐怖に取り付かれ、一日たりとも死の恐怖を忘れたことはなかったという。
 こういう貴重なフィルムは、原子力推進派にも見せて、自分の問題として考えることをもっとPRしたら良いのではないかと考えた次第である。
 今日の駒沢大学の講義では、清田義昭講師が裁判員制度について問題提起をした。昨年放映のビデオを観賞して考えることになった。
 「『死刑裁判』の現場」と題する気の重くなるビデオである。元東京高検検事で弁護士の日大教授・土本武司氏が、 検事時代にただ一度だけ求刑した死刑により処刑された犯人との生前の交流を描いたドキュメント作品である。裁判で自分が極刑を求刑し、死刑が確定していな がら犯人の人間性と母親の息子への愛に、少しずつ極刑を求めた気持ちに迷いが生じ心が揺らいでいく。手紙を交換する過程で次第に減刑を求める気持ちが強く なり上司に「個別恩赦」の相談をする。まったく矛盾した気持ちを上司に突かれ、その気持ちを絶つ。鬼になりきれなかった自分を情けないと嘆いて、今でも心 に引っかかるのを何とも仕様が無いと言い、死刑制度はない方がよいとも言う。
 しかし、清田講師が個人的に知人から聞いたところでは、土本氏は必ずしも死刑制度廃止論者ではないという。だから分らない。人間の生死がかかっているだけに、簡単には結論は出そうもない。見終わって考えさせられもし、また気が重くなったドキュメントである。

2011年7月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1511.2011年7月5日(火) 松本龍復興担当相ついに辞任

 「松本復興相が辞任-被災地発言で引責・首相に早期退陣圧力・就任9日目」(日経)、「松本復興相辞任-被災地での放言引責・就任9日目『言葉荒かった』」(朝日)は、今夕刊トップ記事の見出しである。
 当然と言えば当然だろう。「言葉が荒かった」ではなく、人と接する心がけや腕組みしながら話す態度、横柄な口の ききかたなども悪かった。先日復興基本法が成立してできたポストで初代大臣が僅か就任9日目にして辞任とは、被災者もいまでは匙を投げている。それにして も随分軽いという印象は否めない。
  今日駒沢大学講座でも、ジャーナリズム出身の菱山郁朗講師から松本大臣のパフォーマンスと暴言について、これは大臣の自爆だろうし、辞任もやむを得ないと の話があった。これで益々政治が停滞するのではないか。野田佳彦・財務相は、今年度予算執行のために予定されている赤字国債を発行するためには、8月中に 特例公債法が成立しなければ、9月以降予算執行を抑制せざるを得ないと述べた。これでは何としても特例公債法案を通さなければなるまい。海外から日本の政 治は三流と揶揄されるわけである。
  世界にも多種多様な国があるが、その中でも今年1月にはブラジルで初めての女性大統領・ジルマ・ルセフ氏が就任した。昨日はタイでもタクシン元首相の妹イ ンラック氏が初の女性首相に選任された。今まで保守的で強権的な社会体制が堅持されたり、動乱などで政治的に荒れることはあったが、体制が変わるドラス チックなことはそんなに数多く起きているわけではない。それが今年に入ってアラブ諸国の政変が頻発し、これまでの殻を破った新しい民主化と体制変革の芽も 息吹いてきた。ブラジルやタイの他にもペルーの大統領選挙でもフジモリ元大統領長女が最後まで大統領選で戦った。世界ではそんな元気の良い女性が新しい風 を吹かせている中で、男が政治を牛耳る日本では相も変わらず政治は停止し、震災復興は遅々として進まず、お互いに足の引っ張りあいばかりだ。
 松本復興相の辞任で、任命権者である菅首相の求心力は益々低下し、風当たりも一段と強くなり、首相辞任を求める声が強くなるだろう。ところで菅さんの後釜はいるのだろうか? 

2011年7月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1510.2011年7月4日(月) 被災者の気持ちが分らない松本龍復興担当大臣

 一昨日本欄に書いた松本龍・復興担当相について、芳しくない風評が飛び交っている。大体震災の復興という地道で 期間限定の職務が不満なのか、異常な言動が目立ち始めた。わがまま仕放題に育った世間知らずのお坊ちゃんが、ついに馬脚を表したような印象である。復興計 画が前進し、被災者の気持ちが癒されるのであれば多少のオーバーパフォーマンスも許されるが、松本大臣の場合はむしろ自らの感情の赴くままに暴論を吐い て、被災者の気持ちを傷つけている。今朝の朝日新聞第2面には、全頁の1/6を割いて昨日の松本大臣のスケジュールを追跡報道している。
  昨日訪れた岩手県庁前では出迎えた達増拓也・知事目がけてサッカーボールをキックしたり、仮設住宅の要望をしようとする知事に「仮設はあなた方の仕事だ」 とか、「国は進んだことをやっている。そこに追いついてこないといけない。智恵を出したところは助けるが、智恵を出さないやつは助けない」だの、「九州の 人間だから、東北の何市がどこの県とかは分らない」などと本気とは思えないようなことをしゃべって周囲の顰蹙を買っている。これほど乱暴な言葉をわめき散 らす低レベル大臣も珍しい。所詮親抱えの世襲議員の成れの果てである。被災した県を助けようとの気持ちより、言うことを聞いたら助けてやると言わんばかり で、一体全体自分は何様だと思っているのか。大臣のポケットマネーで支援しようというなら、まだ言い分も理解できないことはないが、支援金の出所は国民の 税金だ。よほど自分が偉いと思っているのではないか。勘違いも甚だしい。
 次に訪れた宮城県庁では、応接室に後から現れた村井嘉浩・知事の握手を拒み、自分が先に入ってから客を呼べと威 嚇してみせたり、しっかりやれよと恰も上司が部下に言う台詞を使ったり、とても常識ある大人の対応ではない。村井知事もよほど腹に据えかねたか、国と自治 体は主従関係にあるのではないと不快感を露にした。大臣としてというより人間としての品格を疑わざるを得ない、その態度は「傲慢」の一言に尽きる。多分こ ういう不遜な人間は、何をいくらやっても問題は片付かないだろう。
 この人が戦後社会党議員として長年部落解放問題に心血を注いできた「部落解放の父」、松本治一郎参議院議員の 孫だったのかと思うとそのあまりに大きな落差に愕然とする。言うことが雑で誠意のない言動を知ると、他に民主党には大臣を務められる国会議員がいないのか と情けなくもなる。
 近年日本の政界には人材難現象が表面化しているが、居並ぶ大臣の中でもこの松本大臣のように、高いところから他人を非難ばかりしているような人間がのさばるようでは、原発事故処理も外交問題も当分お手上げか。それにしても酷い政治家ばかり揃ったものである。
 さて、先月28日 (火)にドキュメント「トラック島の日系人大酋長が見せた大和魂と残した謎」初校を関係者3人へ送ったところ、今日早速佐々木信也さんから校正文を送り返 していただいた。流石にトップバッターとして活躍しておられただけにされることはスピーディである。校正で知ったのは、新人選手として1シーズン全試合全 イニングに出場した佐々木さんの記録は、2年後の長嶋茂雄選手を合せても歴代たった二人しかいない大記録だったということである。そのほかに高橋球団の高 橋龍太郎オーナーが大変な野球好きで、毎日試合を観ては佐々木さんの打率を気にかけていたということも知った。
 あとは相澤さんのご親戚と森喜朗・元総理からしばらく返信を待つことになる。お二人は何と言ってこられるだろうか。

2011年7月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1509.2011年7月3日(日) とりあえず講義終了、しばらく充電

 台東区生涯学習ラーニングスクェア講座「世界の都市を知る」の第6(最終)回で講師を務め、漸く担当した3回分 すべて問題なく終了し責任を果たすことが出来た。第1回はイギリス編、第2回はフランス編だったが、最終回ということもあり受講者の希望をとったところ、 「クロアチア」「チェコ」「北欧」「ロシア」方面など4つの要望が提案され主宰者が決定しかねてその決定を委ねられてしまった。それで若干「帯に短しタス キに長し」になる心配はあったが、4つともまとめて一辺に講義しましょうということになった。
  クロアチアはユーゴスラヴィアから分離独立した経緯、チェコは「プラハの春」と「ビロード革命」について、その間にスメタナと彼の作曲した「わが祖国・ヴ ルタヴァ」について話した。北欧は主にソグネ・フィヨルドにハンス・アンデルセン、シベリウス、グリーク、モンクら芸術家について、そしてノーベルとノー ベル賞について根岸英一博士とのツーショット写真を紹介しながら、浅薄な知識を披露した。全体2時間のうち後半の半分はロシア人とロシアという国の特異 性、及びシベリア鉄道について話をした。55枚のパワーポイントのスライドもかなり時間と力を入れ込んで作成したもので、良い仕上がりになったと思う。
 民芸品もつくつか持参して参考に展示した。ノルウェイのトロル人形、フィンランドのアラビア焼、チェコの写真衝立、ボヘミアンガラス、マトリョーシカなどで珍しがって手に取ってもらえた。
 今日の懸案は、パワーポイントのプロジェクターがスライドをこちらの狙い通りスクリーンへ映し出してくれるかどうかだった。前回主宰者のプロジェクターとPCを 使用したところ、こちらの意図した通り機能しなかった。時間差をつけて5段階で放映されるべきところを時間差をつけずに一度に映し出され、折角のテクニッ クがスクリーン上に表現出来ず、少々悔しい気持ちになった。プロジェクターのソフトが旧式ではないかと心配して、今日は私のプロジェクターと昨日電源がつ ながらなくなったPCを持参した。主催者と話し合ってトライしてみたところ、主宰者側のPCが私がUSBにメモリーした内容をこちらの意図に沿って機能しないことが分った。PCがかなり古いようだった。結局プロジェクターは主宰者のものを、PCは私が持参したものを使うことにした。
  とにかく今日は前回とは異なり、幸い私の希望通りパワーポイントを駆使することが出来た。思う存分自分の希望のままに講義することが出来て、まずまず満足 出来た。主宰者からもお礼を言われたし、受講者の何人かは残って話をする機会があった。これで1ヶ月半の間に5回の講師を務めてやや慌しかったが、これか ら秋までしばらく講義から解放される。
 好きなように講師をさせてもらって、講師冥利に尽きる。好きな仕事を思い切って出来ることは本当に楽しく、幸せなことである。これからも更に精進して多くの組織や団体から信頼されるよう切磋琢磨していきたいと思う。

2011年7月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1508.2011年7月2日(土) 震災復興と原発事故対策に真剣に取り組め!

 昨日突然愛用のPCの電源が切れてしまった。前日にも電源が入っていたにも関わらず、原因が分らないまま電源不足を知らせるライトが点滅したので、嫌な予感がしていた。実際に電源が切れたが原因が分らず、このままにしておくわけにもいかず、取り急ぎ1月まで習っていたPCの波田野講師へSOSを求めた。講師は多分PCへ電気を送るアダプターが故障しているのではないかと、ご自分で使用している同じ機種のアダプターを持参して待ち合わせのうえ自宅へ来ていただいた。まさに「案ずるより生むが易し」で講師の言うようにアダプターの故障だった。早速それを使用させてもらい、HPをいつも通り操作することが出来た。一時はどうなるかと心配したが、やれやれ一安心である。素早い処置を取ったことにより、毎日読んでいただいている友人にいつも通りブログを読んでもらうことが出来る。
  さて、昨日のブログが中途半端になってしまったが、原発を従来通り推進するのか、或いは廃止するのかの国民的議論を戦わすことなく、一首長の出された回答 で結論が出されるのは問題ありだと思う。一般の空気としては、これまで原子力発電に頼って日本経済が支えられてきたとの認識と評価する声はある。経済的で あり、安全であり、排気ガスを排出しない、代替エネルギーがない、等々推進派にとっては絶対優位にあった。しかし、震災からほぼ4ヶ月近く経とうとしてい るのに、はっきりとした収束の見込みも立たず、福島原発事故以降、これまでの原発安全神話は完全に崩壊した。経済的と言われていたが、一旦事故を起こした らその補填のための費用が想像以上に大きいことが分った。経済的とか安全説は完全に覆った。確かに代替エネルギーを完全な形で補充することは現状では難し い。しかし、一部には供給量は消費量を賄うだけのボリュームがあるという。排気ガスを排出しないという点では、当たっているのかも知れない。でも、原発に は大きな問題があることを今まで国民はあまり知らされていなかった。使用済核燃料の処分方があまりにも軽率に取り扱われ、使用済核燃料の危険性が国民に充 分知らされてこなかったことは事実であり、永遠に処分方法が解決しない以上新たに危険なプルトニウムなどの使用済核燃料を生み出すことはあまりにも危険で あり、とても賛成することは出来ない。
  さて、東日本大震災発生以来時間は経過しているが、原発事故の収束へ向けて事態が依然好転しない。補償問題を含めて事故の処理を迅速に処理するために対策 本部やら、担当大臣の任命をやっているが、新大臣も口では立派なことを言っているが、本心で解決しようとする気があるのか疑わざるを得ない。その言動は目 に余る。
 環境大臣から復興担当大臣に就任した松本龍氏の如きは、「民主党も自民党も公明党も嫌い」とまるで小学生のよう に駄々をこねていたが、3日後にはサングラスをかけて陳謝するお粗末ぶりである。更に悪乗りして、アメリカのフォーク・グループの持ち歌にひっかけ、記者 団に謎かけをして正解者がいたら1万円差し上げると言い出す始末である。この時期に担当大臣が言う冗談かと不信感を覚える。震災のすさまじさと被災者の気 持ちが全然分っていない。こんな大臣の下で復興の音頭とりが出来るのか。この御仁は祖父以来三代に亘る国会議員で資産家だそうだが、こういう国民と政治を 舐めているような人物が政治家になると国民のためには何のプラスにもならない。
 とんでもない世襲政治家が復興担当大臣になったものだ。確か民主党は世襲政治家を減らすことをマニフェストに掲げていたのではなかっただろうか。

2011年7月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1507.2011年7月1日(金) 本日はPCの不調により中断

 昨日海江田万里・経産相が古川康・佐賀県知事のもとを訪れ、県内の九州電力玄海原発の再稼動をお願いしたところ、政府の安全検査が大方保証されたとして再 稼動容認と受け取れる回答をした。これに同席した玄海町長も一日も早く再稼動をしてほしいと今どき考えられない要望をした。海江田経産相はすっかり機嫌を 良くして帰京したようであるが、原発を動かすことに行政の長の利己的な判断だけで「イエス」と言っても良いものだろうか。
 今や玄海町は、原発城下町となり、原発なしには夜も日も明けぬ、がんじがらめの町となってしまった。そのこと自体は、玄海町の事情もあり決め付けることは出来ないが、そういう町にしてしまったことに国と県は心苦しい気持ちが湧いてこないのだろうか。
  玄海町は西を海に面しているが三方を唐津市に取り囲まれている。立地上は独立した自治体であるが、自分の町だけで処理されるわけでもない放射能漏洩を隣の 唐津市の事情を斟酌せずに、決めることはどうだろうか。万が一玄海原発が放射能漏れ事故を起こした場合、唐津市にも大きな影響が及ぶ。元々古川県知事は自 治省(現総務省)から派遣され、自民党支持の元に知事になった人物であり、原発推進派であることは論を俟たない。
 今回の福島原発事故の検証もせずに、危険な原発を書類上だけで安全だと県民の目を誤魔化して原発を再稼動、推進することは、他n(本日ここまでタイプしたところでPCアダプターの不調により電源を得られず中止)

2011年7月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1506.2011年6月30日(木) 日本遺族会が九段会館閉鎖のうえに職員9割を解雇

 今年認定登録された世界遺産のリストを探し当てた。昨日本稿に書いたように中国の「杭州西湖の文化的景観」が認定されたが、その他に1968年 訪れたことがあるケニアの「モンバサのフォート・ジーザス」も登録認定されていた。随分懐かしいメモリーである。首都ナイロビから夜行列車で東海岸のモン バサへ行った。夕方フォート・ジーザス近くを散歩中、親切なインド人夫婦に怪しげな男が尾行しているようだからこの場を早く立ち去った方がよいとそっとア ドバイスをもらい、幸い危険な目に遭うようなことはなかった。その翌日望み通りではなかったが、路線バスで四苦八苦しながら長い時間をかけてナイロビまで 戻ってきたことを懐かしく思い出す。そのフォート・ジーザスが登録され、私の世界遺産訪問暦も159番目となった。世界遺産も印象の強いところとそれほど焼きついていないところがある。その点では、このフォート・ジーザスは40年以上も前のことだが、今でも強く印象に残っている。早速HPを修正した。
 今朝の朝日新聞を見て驚いた。「日本遺族会職員を130人 中9割解雇へ-九段会館閉鎖の影響-」と書かれている。九段会館が日本遺族会の持ち物で、スタッフは遺族会の職員によって運営されていることは百も承知 だったが、ついにここまで来たかと感慨深いものがある。東日本大震災で天井が崩れて2人の利用者が亡くなられた。飯田ゼミの会合で毎年利用していたのも、 遺族会でお世話になった人が九段会館へ異動となったからである。厚生省の戦没者遺骨収集団、遺族会主催の戦友会、その他にも戦友会の慰霊団などで打ち合わ せ、結団式でしばしば九段会館を利用した。それが大震災のあおりを受けたとは言え、建物の底が抜けて耐震性と耐久性に問題を生じ、ついに建物の再建を諦め た。これには、日本遺族会の組織、立場、影響力がある。年々遺族会の構成員である遺族が減少し、基盤が弱くなったことは間違いない。かつては圧力団体と取 られかねないほど政治力が強かった遺族会も、それを支える遺族が少なくなっては影響力も落ちる。その遺族会に中部太平洋戦没者遺骨収集団では随分お世話に なった。
 朝日記事によると日本遺族会職員は130名全員を解雇し、その内1割ほどを再雇用してその人たちで事務を続けるようだが、果たして戦後続いていた各方面への遺骨収集事業を実施することが可能なのか気になる。年とともに各戦跡で収骨数も減っている。それがNPO団体への丸投げ遺骨収集団となって問題を起こした。今後戦没者の遺骨収集事業は、われわれが大勢で恭しく行っていた時のように、引き続き細々ではあっても堅実に国家事業として行っていくことができるのだろうか。気になるところである。
 午後突然雷雨が激しくなり、日本財団で開かれた「構想日本」のセミナーを欠席した。原発被災地の菅野飯館村長が来られる予定だったので、残念なことをした。

2011年6月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1505.2011年6月29日(水) マレー鉄道の魅力、終点駅がなくなる。

 今年認定登録された「世界遺産」が日本の小笠原諸島と平泉を含めて25ヶ 所だということがやっと分った。手を尽くしてインターネットで調べて分ったのだが、マス・メディアは日本の2ヶ所について報道するだけでなく、もっと外国 のどこの何が世界遺産として登録されたと報道すべきではないだろうか。今までもその年に認定された世界遺産を調べるのにかなり時間を費やした。
 今年認定された25ヶ所を併せて世界には「世界遺産」が936箇所ということになる。中国で今年認定された世界遺産の中に「杭州西湖の文化的景観」があった。ここへは2度行ったことがあるので、私の個人記録として訪問世界遺産は158ヶ所になった。早速HP上の「訪問世界遺産」を修正する必要がある。まだほかにも、他の国で過去に私が訪れた都市の中に今回認定された世界遺産が含まれているかも知れない。楽しみにしてこれからのんびり調べてみようと思っている。
 今夕の日経紙に「マレーシア国有鉄道-シンガポール部分廃線」と書かれていた。記事によるとマレーシア側最南端のジョホールバールからコーズウェイを渡ってシンガポール領に入りシンガポールの駅・タンジョンパガーまでの20kmの土地を、マレーシア政府はシンガポールに返還することになった。これによりこの20km部分は廃線となるわけである。シンガポール政府がこれまで主張してきたように、他国の国鉄が自国内の真ん中を貫通する異常事態を解消することになった。
 私自身この鉄道の始発駅、(タイ鉄道)バンコックから2000km近 く走って旅に終りに近づくこの区間に感じる何とも言えないノスタルジックなムードに魅力を感じて、度々シリーズ・ツアーを計画し、多くの参加者を得て大い に盛り上がったものだ。当時の会社もこのツアーの人気によって社員の士気が上がり、大いに潤った。私も5度ほど搭乗し、ジョホールバールから山下奉文大将 の名を轟かせたブキテマの丘を通りシンガポールへ入線する時間が好きだった。
 これでマレー鉄道は全長が約20kmばかり短縮される。目的地の最後の目玉でもあり旅の究極の魅力が無くなり、タイ、マレーシア、シンガポール3ヶ国を貫通する鉄道のイメージも2ヶ国となり、南方の鉄道の旅イメージが消えることになり、随分夢と思い出を与えてくれただけに、残念な気がしてならない。
  今中国の高速鉄道の技術特許が問題となっているが、スピードだけに拘るとそういう尖った話になる。マレーシア・シンガポール両国同士の話し合いの末に解決 されるのなら、傍からぶつぶつ言うのも憚られるが、それでものんびりと低速で走り、列車の旅を楽しませてくれたマレー鉄道の、最後の最後の魅力が削除され るのはちょっと寂しく、残念で仕方がない。

2011年6月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1504.2011年 6月28日(火) コップの中の大騒ぎ、政治ごっこは好い加減にしろ!

 菅首相の延命を図るかのような姑息で不適切な内閣改造を行ったが、これが民主党内、特に党幹部にとっても極めて 不評、加えて自民党議員を一本釣りしたために自民党からも批判を浴び、菅首相としては益々四面楚歌に陥った感じである。首相は性懲りもなく、辞任の条件と して3つの法案成立を明言した。第一に第二次補正予算、第二に再生可能エネルギー特別措置法案、第三に特例公債法案である。これが国会を通らないなら辞め ないとの強気の意思表示でもある。
  ところが、その前提として行った大臣の取替え作業が、よく分らない。震災復興と原発事故対応にばかり担当大臣がこね回すものだから、実に分かりにくい人事 であり、担当大臣である。新たに作られた原発事故収束・再発防止担当大臣に細野豪志・首相補佐官を当て、復興担当相に松本龍・環境相兼防災担当相を起用し た。これだけでも目まぐるしいのに、蓮舫行政刷新相を首相補佐官にし、行政刷新相は枝野官房長官が兼務して、松本氏の環境相は江田五月・法務相が兼務す る。
 一番酷いのは消費者庁で、2年間で大臣が6人目だそうだ。主婦連合会事務局長も呆れ果て、いつも大臣が兼務で短命とぼやいている。確かにこれでは、消費者政策も腰を据えてできるわけがない。消費者行政が軽視されているのは言わずもがなである。
  さて、今は株式会社の株主総会が真っ盛りである。今日は各地の電力会社で総会が開かれた。話題の東京電力の株式総会も都内のホテルで開催された。出席株主 数が過去最大、総会開催時間が過去最長である。各メディアもその様子を伝えるためにあの手この手で実況しようとしている。当然原発反対の動議も出された が、すべて否決されたようだ。それはそうだ。東電のような大企業の大株主は、ほとんどが経済を減速させるような手段を善しとしない大金融機関とか、東京都 である。個人株主の声なぞ所詮ごまめの歯軋りにしか過ぎない。東電も謹慎程度のポーズはとるが、総会自体はすべての案件が可決されることを織り込み済みの うえ乗り切った。
  ところで、一向にわが国のエネルギー政策に関する議論や意見が盛り上がってこない。確かに福島原発を収束させることに全力をあげる時期ではあるが、そろそ ろ次のエネルギーについて真剣に議論しないと間に合わなくない、結局安易に原発しかないという政府にとって思う壺の政策へ収束されていくことが恐ろしい。
 やはり、この際マス・メディアが世論を動かしていかなければいけない。その点でメディアの責任は重いと思うがどうだろう。

2011年6月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1503.2011年6月27日(月) やっとドキュメントの初校脱稿

 2ヶ月近く取り掛かっていたエッセイというか、ドキュメントをやっと書き上げた。構想と文体が中々決められず時間がかかってしまった。まだ初校なので、こ れから何度か推敲を重ねる。今回は森喜朗・元総理も絡んでいて、先月佐々木信也さんに連れられて出向いた衆議院議員会館で森さんに会って、辞去する時に内 容に間違いがあるといけないので、下書きを見せてほしいと言われている。
 「トラック島の日系大酋長が見せた大和魂と残した謎」と題し、副題を「元プロ野球投手・相澤進が元チームメート・佐々木信也、元総理・森喜朗と結んだ絆」と名づけた。A4判で18枚 のボリュームで、予定より少々長くなってしまった。内容的にはトラック島の大酋長の相澤さんが所属した高橋ユニオンズのチームメート・佐々木さんの交友関 係、また戦時中トラック島に駐留し戦後捕虜になった元総理の父親のトラック島との関係について若干プライバシーを交えながら書いたものだ。遺骨収集団でト ラックへ行った時、初めて相澤さんに会い、そのスケールの大きい個性にびっくりさせられたが、佐々木さんから話を伺うと私が聞いた話と佐々木さんの話が正 反対だったり、不可解で謎のような話が多くて書いていて???と首を傾げてばかりいた。それだけに話としては面白い。先日も相澤さんが生前親しかった兼高 かおるさんにもお話を伺ったが、やはり南方人の思考回路に疑問を抱いていたようだった。
 明日相澤さんのご親戚、佐々木さん、森元総理へ初校ゲラをお送りしてチェックしていただくことにしている。原稿は「知研フォーラム」7月号に掲載してもらうことになっていたが、時間的に難しいので10月号になる。まあ内容的には面白いと思うので、取りあえず書き上げてほっとしている。
  さて、政治が行き詰まり、与党内、与野党間でぐじゃぐじゃ揉めている。菅首相の退陣時期を巡ったものだったり、震災復興に向けた法案だったり、その結果内 閣を改造するという話が出てきた。今日になって奇妙な内閣小幅改造と見られるような人事が発表された。最近よく名前が出る人物が、横滑りで新担当相になっ たり、浜田和幸・自民党参議院議員を復興担当政務官に任命して、民主・自民党間に新たな火種を蒔いたり、何か手当たり次第に政策を進めんがため、何でもあ りの状態になってきた。日本には構想力の乏しい政治家が多いが、これだけ国民を抜きにして勝手な思いつきだけで、内閣改造や他党の人物を一本釣りしたり、 このまま放置するとこれからどうなるのだろうか。いよいよ末期症状になったか。

2011年6月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com