2672.2014年9月6日(土) 原発廃炉の動きは強まるか。

 第2次安倍改造内閣発足で経済産業大臣に就任した40歳の小淵優子氏は、経済政策通といいうわけでもなく、変動の激しい日本経済のかじ取りを担うのは、少々荷が重いのではないかと懸念していたが、アメリカの「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙も早々に不安感を表した。そして、そんな声を意識したのか、小淵氏は川内原発再稼働に前のめりの考えを述べた。

 ところが、昨日、今日の新聞を見ると小淵氏の原発再稼働の意に反して、原発の廃炉問題が大きく取り上げられている。関西電力では、美浜原発2基の廃炉を検討しているという。この2基は稼働以来すでに昨年国が決めた「原則40年」を超過した。これを「最長20年間の延長」は可能であるが、新たな基準に基づく地震や火災などの追加対策で、巨額の設備投資が必要になる。延長した20年後を考えると相当な経費がかかることが考えられ、この際廃炉の道を選ぶことも検討するに至った。

 だが、問題は一筋縄でいかない。それは廃炉にかかる費用が馬鹿にならないことである。これまで廃炉に向けた大きな動きはなかった。現状では電気料金から積み立てた廃炉のための費用の捻出が考えられるが、とてもそれでは足りない。仮に今後廃炉が次から次へと続けば、とても廃炉の費用はとても賄いきれない。更に面倒なのは、現在でも散々話題になっている廃炉で生じる大量の廃棄物の行方である。使用済み燃料から原子炉内の部品まで最終的な行方が決まっていないことである。

 これまでは原発再稼働へ向けた議論ばかりが目立っていたが、これからは廃炉を国民的目線で議論することが必要である。

 それにしても福島第1原発事故発生前は、原発は費用がかからないと言われていたが、これほど高い買い物はないということを今更ながら思い知らされることになった。

 さて、現在西アフリカで猛威を振るっているエボラ出血熱がじわじわと広がりを見せ、近代医学では根治できないのではないかと憂慮されている。日本でも最近になってデング熱感染者が表れ、都内の代々木公園で感染したという若者が現れたが、今度は新宿西口公園でも感染者が現れた。いずれもかつての勤務場所に近く、しばしば公園内を歩いたものである。今年は異常気象だと言われているが、このデング熱患者が発生したのも何と70年ぶりだそうだ。

 どうしたって人間は自然には勝てない。例え自然をコントロールしたと思っても、そのツケは事故や人類が考えられないしっぺ返しとなって痛めつけられる。

2014年9月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2671.2014年9月5日(金) 懐かしいスエズ運河を描いた絵画

 これは終戦間もない小学生の頃の記憶である。絵本でスエズ運河の絵を見て、何となくスエズの景色に憧れた。その頃小松崎茂が描いた同じような絵物語に夢中になっていた。その後そのスエズ運河が頭の中にインプットされたまま、1967年第3次中東戦争直後にスエズ運河に出かけ、運悪く警察に身柄を確保されるていたらくとなり、押し込められたホテルの裏窓を破って忍び足で屋根伝いにスエズの街へ出かけて行ったことが走馬灯のように甦って来る。

 ところが、現実のスエズの街は戒厳令下にあり、かつて描いたイメージとはまったく変わっていた。それは時代の経過があまりにも大きかったことから無理もないことでもあった。

 実は、日経紙によると子どもの頃絵本で見たような気がしたスエズの景色と称する本物の絵画が、113年ぶりに発見されたのである。近代日本画の巨匠、竹内栖鳳が1901年にヨーロッパから帰国してすぐ描いたもので、美術展に出品後行方が分からなくなっていたが、広島県廿日市市の美術館が所有していたことが、先月末明らかにされた。

 110年前の絵は、私が実際に訪れて自分の目で見たスエズ運河とは、60年近い日時を経たせいもあり似ても似つかないものだったが、絵の中でスエズ川の畔に見られるラクダや砂漠、ヤシの木は110年前のスエズの情景をほうふつとさせるものだった。この絵に強烈なインパクトを与えられ、私の魂が揺さぶられるような気がした。47年前訪れたスエズは戒厳令が敷かれた物々しい町だったわけだが、あれから少しは落ち着いたスエズがもう一度呼んでいるのだろうか。

 スエズを訪れた時、イスラエルの空爆で市街地から市民は避難して市内には若い男だけしかいない異常な状況だった。でも、運河縁で相撲のような遊びをしていた男たちは、気さくに話しかけてくれた。難しいだろうが、戦争の危険のなくなったあのスエズ運河にもう一度行ってみたいものだ。その前にできれば、廿日市市の「海の見える杜美術館」で今秋展覧会に公開される郷愁の本物の絵画「スエズ景色」を観てみたいものである。

2014年9月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2670.2014年9月4日(木) 韓国人の反日感情の起源は?

 今日の午後から夜にかけてトップ・ニュースは何と全米テニスで錦織圭選手がベスト4に進出したことである。優勝ではない。まだ準決勝進出である。それでいてこの大騒ぎである。

 昨日は第2次安倍改造内閣発足で夜遅くまで気難しい特集を組んでいたのに、この豹変ぶりである。しかも世界的にはエボラ出血熱の蔓延、イラク北部の「イスラム国」の残虐な行為、ウクライナの戦闘、パレスチナ内戦、等々ニュースはいくらでもある。ただ、残念ながらこれらはみんな暗いニュースばかりである。

 そこで明るいニュースを積極的に取り入れて報道したと言えなくもない。

 錦織選手の準決勝進出は、実に96年ぶりだそうである。しかし、錦織選手にはこれまでの日本選手とは一味異なる力強さがある。「誰とやっても勝てないとは思わない」との発言は、かつての日本人選手には見られない自信たっぷりなものだ。2日後に行われる世界ランク№1のジョコビッチ(セルビア)との準決勝で真価を問われる。期待したいと思う。

 さて、今NHK大河ドラマで「軍師官兵衛」を放映しているが、日経夕刊連載小説で火坂雅志「天下-家康伝」が時代的に同じころを描いている。2つを比較しながら読み解いていると中々面白い。ここで小説が先行したが、秀吉が日本海を渡り朝鮮遠征の描写となって攻め込んでいたが、苦戦し、結局退去するシーンになる。

 今でこそ日韓関係悪化の原因として、①歴史認識と②従軍慰安婦問題が取り沙汰されているが、それ以前は実は、この秀吉の朝鮮出兵が当時の朝鮮の人々に強い反日感情をもたらせていた。今から40年ぐらい前に初めて韓国を訪れた時、韓国のあちらこちらで軽く反日的なことを言われた。それは豊臣秀吉が韓国で乱暴狼藉を働いたというものだった。その時は、その歴史的事実はもう大分昔のことなので、好い加減に勘弁してもらいたいと韓国のガイドさんに笑いながら謝ったことがある。今ではターゲットは秀吉から慰安婦に代わってしまったが、それでも韓国人の心の奥底には、大なり小なりずっと反日的な気持ちがあるのだということを感じた。それが、偶々昨今の新聞小説で当時の印象を甦えさせられたわけである。

2014年9月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2669.2014年9月3日(水) 第2次安倍内閣発足

 第2次安倍改造内閣が発足した。一昨年12月の総選挙で自民党が第一党にカムバックしてから安倍内閣としては、初めての内閣改造である。自民党幹事長だった石破茂氏が、安倍首相との間の確執を思わず曝け出し、結局希望していなかった新しい大臣、地方創生大臣に就任することになった。あまり国民的人気はないようだが、政策通であり、防衛問題にも精通し、自民党地方議員の間では人気が高いようだ。腐らず初心を貫いて欲しいものである。

 18人の大臣の中で、荷が重いと考えざるを得ない人が何人かいる。引き続き経済成長を目標にすると言いながら、経済産業大臣に経済にそれほど識見、経験があると思えない最年少40歳の小渕優子氏を充てたことである。素材さえ良ければ何とか経験不足をカバーして全うできると思える大臣職は他にもある。にも拘わらず、国の経済政策を立案し、国際経済の動きに注視しつつ日本経済をリードして行かなければならない経済官僚を導くためには、経験不足の小渕氏で果たして大丈夫だろうかという不安が拭えない。結局二世議員ということが利いているのではないだろうかと下衆の勘ぐりが消え去らない。

 新閣僚がどう実力を発揮するのか、これまでとそれほど変わらないだろう。ひとつだけ評価したいのは、靖国神社参拝を続けていた古屋氏、新藤氏、稲田氏が揃って退任したことだ。彼らの言動が中韓両国を刺激していたことは間違いない。安倍首相は常々中韓両国に対して、対話のドアはいつも開かれていると公言していたが、自らを含む閣僚の行為がその扉を閉めさせていたことには気づいていない。

 積極的平和外交と言いながら、対話のドアを閉めるようなことばかり行ってきた第一次内閣とは異なって、謙虚に、かつ自明の行動を起こしてもらいたいものである。

 さて、午後森喜朗事務所とミクロネシア大使館へ行き、出版記念会の案内状をお渡ししてきた。長谷川秘書の話では、森氏は喜んで出席されるということだった。大使館では、偶々入口で外出しようとするフリッツ大使にばったり会い、丁度モリ大統領が訪日されるのでその日程次第であるが、日程さえ調整できれば出席したいと言われた。

 ぼちぼち案内状を送る作業を始め出した。

2014年9月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2668.2014年9月2日(火) 元読売記者の北岡さんと会う。

 珍しく旧知の北岡和義さんからぜひ拙著を読んだ感想を含めて会って話をしたいと電話があった。望むところであり特別の用事もなかったので、自由が丘で食事方々話をすることになった。北岡さんも40年前にミクロネシアとパラオなどを訪れたこともあり、戦争について知る人たちが少なくなっていく現状を嘆いていた。

 来年終戦70周年を迎えて日本人の間に、一気に戦争への関心が薄れていくのではないかと心配しておられた。まったく同感である。北岡さんは読売新聞記者を経て横路代議士秘書を務めた後にロスアンゼルスで日本人向けテレビ局を立ち上げ、更に沖縄密約事件でも支援者として活動してこられた熱血ジャーナリストで、ともにビルマに関心があることでも共通点がある。

 肩の凝らない会話をして、11月の拙著出版記念会で会いましょうということになった。

 さて、その拙著であるが、今日小田急百貨店境野専務から町田の久美堂書店では明日から平積みできる準備が整ったと連絡があった。たまたま北岡さんに会う前に自由が丘駅前では電話中の目黒区議須藤甚一郎さんにばったり会った。その時何と小中陽太郎さんと話している最中だったが、代わって話してみてはと促され、小中さんと話すことになった。拙著の販売の様子を聞かれ、有名店に平積みを依頼していることを話したところ、喜んでいただいた。更に今拙著について某誌に某氏が書評を書き明後日発行されると聞いたが、小中さんが「出版ニュース」に書いておられることを出版ニュース社清田社長から現代書館菊地社長が聞いたと先日菊地社長から私自身伺ったばかりである。

 皆さんがいろんな意味で協力してくれる。その点が嬉しいし、有り難いと思っている。

2014年9月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2667.2014年9月1日(月) セルビアのバイオリニスト豊嶋めぐみさんと会食

 セルビアから年末の沖縄公演の打ち合わせのため一時帰国中のバイオリニスト・豊嶋めぐみさんと、ゼミの赤松さんとともに新宿でランチを共にした。ハンガリー人の夫イムレ・カールマーン氏とともにセルビアのノヴィ・サド大学で教授として勤めながら国際的に演奏活動をしている。

 今日は音楽の話はあまりせず、やって来られなかった山崎洋さんの話題を中心に食事を楽しんだ。ハイアットの和食「佳香」で、食事をしたのも初めてだったが、定食でありながら手間と工夫を凝らした和食弁当が中々珍しく、美味で、豊嶋さんも喜んでおられた。

 詩人である山崎さんの奥さん(山崎佳代子さん)から最近発刊された「ベオグラード日誌」を豊嶋さんを通していただいた。私からも約束通り豊嶋さんと山崎さんへ拙著を贈った。

 帰りに新宿の三省堂を覗いたが、依然として拙著は平積みされておらず、元の場所にそのまま置かれていた。帰宅したところ現代書館の菊地社長から、その三省堂と町田の久美堂から平積み用に注文があり手配したので近々平積みされるだろうとメッセージがあった。更に小田急百貨店の境野専務からも平積みの手配を済ませたと連絡があった。他方、鎌倉に住む弟からも7月に我々3人が行った鼎談を掲載した「江ノ電沿線新聞」が今朝の朝日に折り込みとして入っていたとメールがあった。

 幸いグッド・ニュース続きで嬉しい気持ちになる。

 昨日全国高校軟式野球大会決勝戦が行われ、岐阜・中京高校が神奈川・三浦学苑を2-0で破り2年ぶりの優勝を飾った。しかし、ここに至る前の準決勝戦で優勝校が広島・崇徳高校と闘った死闘が大きな話題を提供して日に日に注目を集めていた。

 その準決勝は、延長15回戦の末0-0で引き分け、サスペンデッド・ゲームとなり、翌日延長16回表から開始され、1点でも取ればその時点で試合終了だった。だが、両校ともに得点がなく、延長30回闘って無得点で、改めてサスペンデッド・ゲームとなり、更に31回表から試合が再開され、結局45回を終えて勝負がつかなかった。そして3度目のサスペンデッド・ゲームは46回表から開始され50回で決着がついた。こんな伯仲した試合は初めてである。後世長く高校野球史上に残る素晴らしい戦いとなった。お互いに1人の投手が投げ切ったということから、疲労、引いては若い肉体の健康問題が議論となり、新たなルール作りが検討されることになった。残念ながら軟式大会だったがために、当初あまり注目を浴びることはなかったが、あまりにも劇的な展開を見せたことにより、耳目が集まった。

 高校時代のハードワークがその後疲労蓄積となって新たな身体的故障を生むことが、つい最近のヤンキース田中投手の肘の故障の例でも騒がれている。今のうちに根本的な対応策を考えることが必要であると思う。

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2666.2014年8月31日(日) 大学生の就職試験で考えたこと

 今日深刻な報告を聞いた。ゼミの恩師のお孫さんが新聞記者を目指し、新聞社を受験したいと言っていた。昨年11月初めて自由が丘で会った時に強い希望を聞いた。中々真面目な好青年で、勉学にも励み、部活もワグネル・ソサイエテイに参加して精一杯やっているようで、きちんと応対する姿勢に好感が持てた。

 今日の報告によると、筆記をパスしていた朝日とNHKが結局面接でダメだったようだ。本人はどうしても新聞記者になりたいと両親の了解を得て1年留年することに決めたという。ただ、来年は背水の陣で取り組む心構えを求められていることを自覚し、他の産業も就職の対象とすることを考えていると言っていた。それはそれで良いと思う。いずれにせよ、1年間の方針は決まった。時により相談に乗って考えられるアドバイスを与えてきたが、今年は成果が出なかった。彼も覚悟を決めて新しい1年間に向けてスタートを切ることになる。

 来年こそは努力が報われるようであってもらいたい。そのために私もできる限り相談に乗ってやりたいと思っている。

 それにしても我々のような50年以上も前の時代と就職環境や条件が大分様変わりして、受験生も中々大変なようだ。

2014年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2665.2014年8月30日(土) A級戦犯を殉難者と考えている安倍首相

 昨日の朝日新聞「社説」を読んで、またかと思った。タイトルは「A級戦犯法要-聞きたい首相の歴史観」というものである。これまでとかく話題になり、中韓両国から批判されているのは、終戦記念日に安倍首相が先の大戦で尊い命を捧げられたA級戦犯を含む英霊に対して尊崇の念を捧げるとの主張一点張りだったからである。それでは、その尊い命は誰が起こした戦争によって落とすことになったのかと安倍首相に問いたい。A級戦犯の絶対的な言動によって一兵卒から民間人まですべての命が失われることになった。

 実は今年4月高野山真言宗の奥の院にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要があり、首相は哀悼のメッセージを送っていたことが分かった。この碑は連合国による戦犯処罰を歴史上世界に例を見ない苛酷で報復的裁判だとして、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立されたものである。この碑に対して安倍首相は愚かにも「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」気持ちを表したのである。その一方で首相が靖国神社へ参拝する際、戦争で命を落とした普通の兵隊さんや、民間人に対して捧げる言葉とほとんど同じである。流石にコピペの安倍である。言うなれば、普通の犠牲者の霊を悼みながら、その一方で彼らを死に追いやった加害者とも言うべき戦犯の霊をも悼んでいる。朝日社説でも指弾しているように、東条英機ら14名のA級戦犯は極東国際軍事裁判において平和に対する罪を犯したとして有罪判決を受け、更に日本がサンフランシスコ平和条約を締結し、国際社会に復帰を認められたのは、これを受け入れたからである。

 安倍首相の言動は、いずれにも反対の意を表したことになる。首相の行為は世界の常識にも著しく反している。朝日の社説はこうも言っている。戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。当然である。国民は戦争指導者、つまり戦犯を戦争指導した極悪人と考えている。安倍首相の腰巾着、菅官房長官は、首相の行為は私人として行ったものであり、論評するに当たらないと考えているようだが、このご仁もまったく分かっていない。こんな加害者と被害者を一緒くたに考えるような私人では、困るのだ。影響力のない普通人ならともかく一国のトップの地位にある人物がこんな非常識な行為を行い、周囲が知らんぷりではあまりにも鈍感に過ぎるのではないのか。

 朝日は、首相は堂々と自らの歴史観を語ってほしいと言い、首相にはその責任があるとも述べている。私も首相の本音をぜひとも聞きたい。

2014年8月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2664.2014年8月29日(金) 首相と幹事長の‘オレが オレが’の思惑

 一強多弱の国会の中で、一強の自民党内で内閣総理大臣と党幹事長の駆け引きが熾烈を極めている。元々党内の力関係では石破幹事長が安倍首相を上回っていた。或いは今でもそうかも知れない。偶々その石破氏が仕切って圧倒的に勝った総選挙により、安倍氏は首相の座に就くことができた。それから一強多弱の中で安定政権を確立した安倍氏は、石破氏らの後押しで今日の地位に座り続けることができることを忘れてしまったようだ。ただ、対決すると安倍首相にしてもどうにも勝てそうもない。そこでごますり取り巻きの口車に乗って石破氏の力を削ぐことを考えた。それが石破氏に幹事長を辞めさせることだった。その辺の事情を百も承知の石破氏はその策には乗らず、代わりに安倍首相が新たに用意した安全保障法制担当大臣を断った。そしてあくまで幹事長職に拘った。石破氏を支持するグループもそれを求めて場合によっては、無役も納得していた。

 それが今日の安倍、石破会談で、石破氏はあっさり撤回して安倍首相が提案した地方創生担当相を受ける見込みである。

 この両者のやり取りでは自分たちだけのことしか念頭にないことは明白である。ましてや安全保障担当大臣にしろ、今日初めて出てきた地方創生担当大臣にしろ、首相としては幹事長職を外す石破氏のおしゃぶりとして急遽新しいポストを用意したという印象である。まるで政治を遊びとしてしか考えていないと言ってもいい。こんな利得勘定だけで政治を司られたのでは、国民は堪ったものではない。相も変わらずお粗末なショーを演じている。ばかばかしい。

 さて、今日午後小田急百貨店で境野光行・専務取締役営業本部副本部長にお会いした。境野氏は同百貨店新宿店の三省堂書店と町田店久美堂書店で拙著を平積み販売することを両店に話してくれることを約束してくれた。昨日のブックメーツの販促に続く好感触である。

2014年8月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2663.2014年8月28日(木) 拙著販売が順風に乗った?

 今日自他の行動が拙著の販促上プラスになっているのではないだろうか。

 まず、森喜朗事務所の長谷川秘書から森氏のメッセージとして、①11月10日(月)に予定している拙著出版記念会にぜひ出席したいと言っておられ、②拙著も100冊購入して下さる、と森氏からの意向を伝える電話があり、すぐその旨現代書館に連絡した。

 そして昨日から連絡を取っていながら話ができなかった小田急商事の藤浪社長と午後話し出した途端、社長は昨日私が伝言として同社社員に伝えていた主旨を理解して下さり、すでに手を打っていただいていたことが分かった。小田急商事が経営している書店「ブックメーツ」で拙著を50冊仕入れることにして東販に注文したと言っておられた。ブックメーツの5書店はすべて小田急線駅構内というベスト・シチュエーションにある。そのことも早速現代書館に伝えた。

 明日は小田急百貨店12階の三省堂書店に拙著を平積みで置いてもらうことについて、百貨店専務と話合うことになっている。関係の皆さんが皆好意的に協力してくれるので大変有り難い。この三省堂の件についても現代書館では喜んで評価してくれた。

 更に私自身独自の販促として高校時代の同級生とラグビー部関係者に4日間で360通の販促ハガキを郵送した。これも身近な点を強調したので、効果があると期待している。

 一方で、現代書館菊地社長からメールをいただき、出版ニュース社が発行する旬刊誌に清田同社社長が小中陽太郎さんに拙著の書評を書いていただくお願いをしたと知った。小中さんも先日どこかに書こうと考えていると仰っていたが、多分このことだったのだろう。

 今日のところは少し前途が開け、状況は段々良くなって行くような気がしている。この調子で早く重版を出したいものである。

2014年8月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com