2849.2015年3月2日(月) 久しぶりに江の島と鎌倉へ

 今年の読売文学賞を受賞された山崎佳代子さんの夫で、友人の洋さんが明日ベオグラードへ帰る前の束の間の一日の今日江の島と鎌倉巡りを楽しむことを約束していた。

 心配していた天候は、昨日は雨だったが今日は幸運にも朝から晴れだった。しかも明日は雨の予報に、我々はきっと晴れ男なのだろうとニタリ。ゼミの長谷川くん、山崎さんと小田急新宿駅で待ち合わせ、冬の間は午前中唯一の江の島行ロマンスカーで江の島へ向かった。ロマンスカーに乗るのも久しぶりだが、友人2人にとっては初めてのようだ。

 江の島では一応観光箇所は見て、鎌倉は寺社を中心に時間、疲労具合と相談しながら適宜スケジュールをアジャストしようと考えていた。江の島内をぶらつくのも子どもが小さい頃連れて来て以来である。江島神社で弁財天を拝み、展望塔へ昇り真白き霊峰富士山を正面に眺め、ありきたりだがつくづく富士は日本一の山だと痛感する。その後洞窟内の岩屋に入り、ここが江の島の発祥の場所であることを知った。正に真白き富士の嶺 緑の江の島~の通り、かつては地元だったこの湘南海岸の醍醐味を満喫させてもらった。

 昼食は希望通りさざえの壺焼きとシラスを食することができた。流石に地元の特産は旨い。江の島では、気になったことが2つあった。ひとつは、昔展望塔下で羽根を広げてくれたクジャクが残念ながらもういなかったことである。係員に聞いてみるともう飼育していないということだった。もうひとつは、珍しいことに桜が早咲きであちこちに咲いていたので、不思議に思ったところ伊豆・河津地区で今咲き誇っている「河津さくら」ということだった。

 その後江ノ電に乗りこれまで訪れたことがなかった長谷寺へ行きお参りした。梅の花がちょうど見ごろだった。初めて見た観音像はその立ち居姿が威厳のあるもので、神々しい印象を受けた。欧米人が三々五々訪れていたが、彼らにとっても随分興味深そうな様子に見えた。

 その後鎌倉駅から小町通りを歩いて鶴岡八幡宮へ向かいお参りした。帰路は若宮大路を歩いて来たが、何と大路を貫いている中央部分の桜の遊歩道が板張りされ、道路の反対側の商店や歩道の様子も皆目分からない。どんな工事をしているのか外からはさっぱり分からない有様である。今まで桜並木が鎌倉のチャーム・ポイントのひとつだっただけに、この工事の行方が気がかりであ る。今度この近くに住んでいる高校の友人に尋ねてみようと思っている。

 2人の友人とは横浜駅で別れて6時には帰宅したが、すでに万歩計は2万4千歩を記録していた。朝からかなり歩いたし、江の島内ではアップダウンも激しかったので、ふくらはぎが少々痛くなりかなり疲労を感じた。

 しかし、好天下に気の合う友人と天下の名勝・江の島と鎌倉を思うがままに歩き、食べたいものを食し、貴重な文化遺産に触れることができて幸せな一日を過ごせたと思っている。

 遥々セルビアからやって来た山崎洋さんも小学校時代に江の島を訪れて以来だと言って喜んでくれたので、それだけでも充分である。いずれゼミの仲間たちと異なったスケジュールでこんなのんびり旅行をまた楽しみたいと思っている。今日は少々疲れたが、これからゆっくり休いたい。

2015年3月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2848.2015年3月1日(日) 59歳の坂東三津五郎に続き、58歳作家・火坂雅志逝く。

 3月弥生の月を迎えて庭の白梅も見事に咲いている。だが、今日は滅法寒い。朝から雨もしとしとと降り続いている。そう言えば、今ごろになると毎年聞かれるうぐいすの啼き声は今年まだ聞いていない。

 先日59歳で亡くなり歌舞伎ファンを落胆させた坂東三津五郎に続き、26日また若い作家の火坂雅志氏が冥界へ旅立たれた。享年58歳だった。

 この作家の著作は特に多く読んでいるわけではないが、昨年日経新聞夕刊に「天下 家康伝」を連載していたので、その頃毎日楽しく読んでいた。それまで知らなかった家康の一面を知ることにもなった。大名としての武人家康を描く一方で、私人、家庭人として家康を描きだし家康を複合的に紹介した興味をそそられる小説だった。年齢的に見ても、まだこれからも骨のある歴史小説を期待されていたのに、実に惜しいという気がしてならない。

 家康と言えば、家康を題材に扱った印象深い作家として、もうひとり池宮彰一郎がいた。池宮は魅力的な作品「島津奔る」や、「遁げろ家康」などであまり世間に知られていない家康の一面を描きだすことに成功した作家である。「遁げろ家康」は、朝日の連載小説として愛読したが、司馬遼太郎の「覇王の家」と類似点が多く盗作問題に発展し、その時自ら進んで筆を措き自著の販売停止を申し出て、以降作家活動から完全に身を引いた。他方でこんな釈然としない例もある。それは2度までも盗作事件を引き起こし、師松本清張からこっぴどく叱られ一旦は執筆を休止すると宣言しながら、清張死すやその言葉を翻し、あるまいことか批判された清張を逆に非難し文壇に復帰した山崎豊子である。山崎に引き比べて、池宮の方が遥かに潔いことは認めている。残念ながら池宮は2007年83歳で亡くなった。脚本は書いていたが、小説は70歳を過ぎてから書き始めた遅咲きだった。その上前記のように晩年の作品でケチを付け、その意味では晩年は不遇だったと言えよう。池宮が戦時中パラオ・ペリリュー島に軍人として派遣されたことはあまり知られていないようだが、その数少ない激戦地の生き証人でもあった。

 今年4月戦後70年を機に天皇・皇后両陛下が同島へ巡拝されるのに伴い、多くの犠牲者を出したペリリュー島が脚光を浴びることだろう。ペリリュー島を隅から隅まで知っていたであろう元軍人池宮が彼の目で70年の時間差を描いたドキュメンタリーを読んでみたかった。

2015年3月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2847.2015年2月28日(土) 川崎市内の中学1年生殺人事件の犯人逮捕

 この一週間大きな話題となっていた川崎市の中学生刺殺事件の犯人3人が昨日逮捕された。いずれも未成年の18歳のグループ・リーダーと17歳の2人の少年による犯行だった。あまりにも非道な殺害に対して世間の目は厳しい。だが、すでに事件は起きてしまった。事件の原因は何だったのか、今関係者の間で慎重に事件の分析と原因、そして再犯防止策が検討されつつある。こんな卑劣で残虐な事件はもう2度と起こして欲しくない。

 ところが、海外でも衝撃的な殺人事件が起きたのである。ロシアの野党党首でかつてエリツィン大統領の下で第一副首相を務めたボリス・ネムツォフ氏が、昨深夜クレムリン宮殿近くの橋の上を友人と歩いていた時に走行してきた車から銃で狙い撃ちされ殺害された。明らかにネムツォフ氏であることを知ったうえで殺害したことから、政権側が反政権デモを企画している同氏を抹殺しようと企んだと見られている。

 特に明日3月1日にモスクワ市内で反政権デモが計画されていた。事件が起きたのは正にその直前のことである。同氏はクリミア半島のロシア併合に反対していた。プーチン大統領にとっても目の上のタンコブだったようだ。その辺りにプーチン派によるネムツォフ氏殺害の疑いが浮上してくる。プーチン大統領は直ちに犯行を非難する声明を発表し、殺害は暗殺との見方を示し、特別捜査本部を設置し自らの直轄とした。しかし、果たして事件の真相はどうなのか。どうもプーチン大統領の周辺には、濃い霧が発生しているようだ。

 それに比べると一昨日初来日されたイギリスのウィリアムス王子の爽やかな笑顔は、人間味を感じさせてくれほのぼのとする。王子は今日東日本大震災で大きな被害を受けた福島を訪れた。滞日4日間で京都、奈良などの観光地へは行かず、日本人の魂に触れることができる震災の地へ敢えて向かった。

 これには、2つの理由がある。ひとつは、母故ダイアナ妃が慈善事業に熱心だった影響が大きい。もうひとつの理由は、事前に在日イギリス大使館が、日本人にどの都市を訪れて欲しいかアンケート調査をしたところ、一番訪れて欲しい都市が東北大震災被災地だったという。それを王子は受け入れた。王子も気苦労が絶えないであろうが、あまりそんなことは顔には出さず、気さくに東北の人々と交流していたところがお人柄であろうか、好感度が益々高まっているようだ。こんなニュースは微笑ましくてほっとする。

2015年2月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2846.2015年2月27日(金) ブラジル人アミーゴの消息

 昨日目黒区内に住む高校時代の友人からメールをもらった。ブラジルから帰国した、その直後にわざわざあるプライベートな報告をしてくれたのである。

 実は先日の本ブログにこの2年間ほどブラジル人友人のアーリンド・フルタードさんからXマスカードやバースデイ祝いの手紙が来なくなったので、心配していると書き込んだ。アミーゴはラテン系らしからぬ筆まめで、世界のどこへ旅行しても度々楽しい手紙を送ってくれた。特に20年前の阪神・淡路大震災発生当日に私と家族の身を心配して地球の裏側からすぐ安否を確かめる電話をくれたほどである。独身で今や80歳を超える高齢から推して健康を害したとか、或いは最悪の事態を予感し心配していることを書き込んだのである。それを見た友人が気に留めてくれ、近日リオに友人(私も知っている高校の友人)と出かけるので、時間が取れればアミーゴの様子を見てきてあげると温かい申し出があったのである。そこで一度訪ねたことのあるコパカバーナのアパートの住所と名前を友人に話して、時間的な余裕があれば訪ねてみてもらえれば有り難いと伝えていた。

 友人はアパートを訪ねてくれ、管理人を通してアミーゴと話をすることができたということだった。セキュリティ上の問題だろうか、友人はアミーゴに会うことはできなかったようだが、インターフォンで話したところでは、私宛に手紙を出したそうだから近々アミーゴからその手紙を受け取れることだろう。取り敢えず元気でいてくれたと知りほっとした。

 さて、現在通常国会開会中であるが、閣僚の極めて怪しい献金問題が次から次へと明るみに出ている。先日西川公也・前農林水産大臣が林野庁所管の補助金を受けた企業から寄付を受けていたとして辞任した。その直後に望月義夫・環境相が国の補助金決定の企業から同じく寄付を受けていた。更に留まることなく今日の朝刊によると下村博文・文科相が政治規制法違反として週刊誌に取り上げられたことを野党から追及された。そして夕刊で上川陽子・法相が望月環境相と同じ企業から寄付を受けていたと報道された。上川氏に至っては昨秋辞任した松島みどり・法相の後釜に就任したばかりである。

 よくもまあ次から次へと金銭疑惑や法律に抵触する事犯が出てくるものだ。これだけ同じ内閣の閣僚の間から疑惑が噴き出すのは、安倍首相に金銭感覚が疎い点があるからだと思う。大体自らの立場上民間から寄金を受けること自体、その意図を考えれば相手の意向はミエミエである。もらったが、疑念が出たので即座に返したというような言い訳はまったく納得できない。これは自民党、更に言えば政治家の体質ではないか。今回表沙汰になった事案は、氷山の一角かも知れない。まだまだ怪しいお金の問題が表れるかも知れない。次元の低い話ばかりで呆れるばかりだ。

2015年2月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2845.2015年2月26日(木) 国民が忘れてしまった2.26事件

 昭和11年の今日、月日の通り2.26事件が起きた。ここ数年メディアではほとんど2.26事件を報道することがなくなった。わが国近代歴史上あれだけのクーデターは後にも先にもない。もし事件が成功したらきっと日本の歴史も大きく変わったであろう。2.26事件は中高生時代に必ず学んだ事件である。にもかかわらず、あれほど世間に驚愕を与えた衝撃的な事件をメディアがまったく報道しないというのはどういうことだろうか。実は、昨年も一昨年もそうだった。このブログでも毎年のように、2.26事件をメディアが伝えないことを指摘している。

 案の定今日の新聞にも1行も書かれていない。テレビでも報道しないと思っていたら、NHK・BSで1時間番組「2.26事件に倒れる高橋是清・決死の攻防軍事費拡大を許すな!」が放映された。どんな中身か期待して観たが、やや思惑外れだった。2.26事件の中心である陸軍皇道派と青年将校の対立から青年将校が決起し高橋是清蔵相らを殺害したドキュメントを追うのではなく、それ以前の高橋の財政政策が焦点となっていた。結局高橋は国債を発行せずに財政的に軍部の要求に応えなかったことが、軍部の怒りを買った。しかし、この事件をきっかけに翌年日本は盧溝橋事件を引き起こし中国戦線を拡大し、やがてあの太平洋戦争へのめり込んで行くことになる。

 2.26事件がマスコミで報道されないことに今のところ政治的な意図はないと思うが、今年は戦後70年ということもあり、太平洋戦争に関するイベントや、政治的な行事が行われると思う。

 折も折しばらく鳴りを潜めていた自民党憲法改正推進本部が活動を再開した。船田元・推進本部長が「憲法改正に向けた環境整備がほぼ整ってきた。この通常国会からいよいよ中身の議論を鋭意進めて行く」と語った。何やらキナ臭い匂いがするというより、憲法改正へ向けてまっしぐらではないか。

 それにしても2.26事件は今や遥か彼方へ消え去ってしまった。

2015年2月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2844.2015年2月25日(水) 悲惨な川崎市中学生惨殺事件

 今年も確定申告の季節になった。毎年のことなのである程度申告方法は承知しているが、今年も1月から時間をみてはパソコンを使わず手書きで青色申告用紙に書き込む準備をしている。毎日のように金銭出納簿に書き込んだ金額と使用用途を、領収証と突き合わせて金銭元帳に几帳面に書き移す必要がある。きょうはその作業の最終段階で科目別、月別の総計表を作成し、検算をして概ね作業を終えた。一両日中に玉川青色申告会へ出向いて係員に資料を提出して相談しながら申告表を作成してもらう。これで税務署へ書類を提出すれば、私にとって目の前の暗雲がすっきりと雲散霧消してジ・エンドとなる。

 さて、5日ほど前川崎市の多摩川河川敷で中学1年生の男子が刺殺され、裸のまま遺体が放置されているのが発見された。まだあどけない中学生のあまりにも残虐な殺人事件には目を覆いたくなる。近年まではあまり見られなかったような残酷な殺人事件が最近は頻発している。この事件も遠からず犯人は検挙されるだろうが、それにしてもまだ幼い男の子が夜間1人で外出して惨殺されるとは、あまりにも残酷である。警察も必死になって犯人発見に努めているようだが、周囲が中学生という教育環境なのであまり目立った動きを見せられないようだ。

 この事件は異様だと敢えて言いたい。中学1年生が毎晩のように外出すること自体すでに異常である。しかも今年に入ってから一日も学校へ登校していないという。気になるのは、学校も、家庭も、友だちも、地域社会も地元の不良グループらしい上級生に捕まって動きが取れずにいる少年に、何らかの関わり方をするなり、救いの手を差し伸べるような素振りがまったく見られなかったことである。そんな風に悩み苦しんでいる少年を助けるために果たすべき、個々の役割がほとんど機能しなかったのは、今日の教育制度とか、地域や家庭に問題があったのだろうか。

 レアケースとは言え、こんなに簡単に子どもが殺されてしまうようでは、子どもたちを安心して学校へ通わせることもできなくなってしまうではないか。ここは一日も早く警察は犯人を取り押さえ、再発防止策を地域社会、警察、学校、家庭ともども綿密に精査して2度とこのような悲劇を繰り返さないで欲しいものである。

2015年2月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2843.2015年2月24日(火) 安倍内閣は防衛省の文官統制を止めるのか。

 安倍首相の右翼的言動が目立つようになったことを、ひとつの程よいきっかけと見たのか、防衛省では密かに組織の改編を考えているようだ。その最大の要である文官統制が見直されようとしている。国防のトップである防衛大臣が選挙で選ばれた文官であることに変わりはないが、大臣と現場の制服組トップの間にいた文官背広組の事務次官、各局長、官房長を格下げして、彼らを制服組の各幕僚長と同格にし現場制服組の意見が大臣にストレートに伝わりやすいシステムに変更することを考えているらしい。尤も今では防衛大臣にしても自衛隊出身の中谷元氏である。

 そもそも現在の文官統制の仕組みができたのは、戦前軍部の暴走から歯止めが効かなくなり、戦争へ駆り立てる原因になったとの強い反省があったからである。それが戦後70年も経つとそんなことはけろっと忘れて、戦前の軍国日本と同じ制度へ先祖返りしようというのだから、反省も何もあったものじゃない。これは憲法改正へ向けて突き進む安倍極右政権のほんの一里塚に過ぎない。

 その内にわが国でも武器を保有している軍部がクーデターを起こし、軍人が首相になる恐れがまったくないわけではない。最近でもエジプト大統領やタイ首相に就任した軍部クーデターの暴虐的な例を見るまでもない。

 大体中韓両国から強い批判を浴びながら、罪もなく命を落とした一般市民への慰霊をあるべき形で考えるわけでもなく、性懲りもなく戦犯を祀った靖国神社参拝を繰り返したり、集団的自衛権行使容認をいとも簡単に閣議決定したり、自衛隊の海外派遣を検討したり、安倍政権の右翼的な傾向は強まる一方である。そこには、現在の政治家には戦争体験がないことが大きいが、それより何より戦争の残酷さをまったく理解しようとしない戦争に対する無関心と無知、そして戦争そのものへの理解の淡泊さがある。

 果たしてこのような右翼的なスタンスで、平和憲法を守り、戦争に巻き込まれないと自信を持って言えるだろうか。安倍政権が進軍ラッパを吹きならしひたすら戦争へ走りだしていることはまぎれもない。恐ろしい世の中になってきたものだ。

2015年2月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2842.2015年2月23日(月) 歌舞伎役者・坂東三津五郎、膵臓がんで逝去

 歌舞伎役者の坂東三津五郎が膵臓がんのため亡くなった。まだ59歳の働き盛りで急死されたのはいかにも惜しい。2012年12月には中村勘三郎が57歳で、その2カ月後には12代目市川団十郎が66歳で亡くなった。それぞれ幅広い役をこなし個性的な芸で知られていたが、三津五郎は踊りの名手でもあった。それにしても看板役者の早世は惜しみても余りある。

 一昨年5月新歌舞伎座が竣工し、これから歌舞伎も発展の一途を辿るものと期待されていただけに、歌舞伎関係者にとっては大きなショックだろう。

 私自身幸いにも新歌舞伎座の杮落し興業で、三津五郎の芸を見る機会があった。お披露目興業では、三津五郎は「菅原伝授手習鑑」で菅原道真の家臣「武部源蔵」を演じた。久しぶりの歌舞伎鑑賞で、しかも杮落しの新歌舞伎座だったので、ストーリーの内容よりその場の華やかな雰囲気に呑まれ見惚れていた。

 昨年は納涼歌舞伎升席で三津五郎を観賞して良い思い出を持つことができた。今年も納涼歌舞伎でリフレッシュしようと思っていた矢先に、三津五郎の訃報を聞いた。納涼歌舞伎は三津五郎と勘三郎が、若手の育成を念頭に始まったものだと言われている。納涼歌舞伎もそれなりの評判を得た一方で、その舞台の縁の下の力持ちだった主役が揃って彼岸へ旅立つとは運命は皮肉である。歌舞伎は世界に誇れる日本文化と日本の伝統であるだけに、心よりその発展を祈るとともに、坂東三津五郎丈のご冥福をお祈りしたい。

 さて、今日は皇太子殿下の55歳の誕生日である。ちょうど55年前のこの日、大学の登山仲間とともにスキー旅行をしていて新鹿沢温泉へ向かう途中ラジオで誕生のニュースを聞いた。皇太子誕生だ!男の子誕生だ!と嬉々として伝えるアナウンサーの声が強く印象に残っている。その皇太子も今や今上天皇が即位された時と同じ年齢になった。ヨルダンやサウジアラビアのような君主国家ではないため、政治にはタッチせず政治的な責任は負わないで済むが、近年国際社会との交流が益々高まる中で皇室外交の責任は一層重くなりそうだ。あまり過度な責任とお役を皇室に押し付けるのは、きついスケジュールとともに再検討した方が良いのではないだろうか。

2015年2月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2841.2015年2月22日(日) ビルマ人の商業活動

 今朝の朝日新聞に興味深い記事が載っている。「札束払いの国・ミャンマー」というもので、ミャンマー(旧ビルマ)の日常の経済生活を紹介したその内容とは、ビルマ人が日常の経済取引にほとんど銀行を介在せず、現金払いをするという今時の社会では考えられない実態である。ちょっとした大型の取引には、売買の当事者はたくさんの札束を持ちこむというから、受け取ってもその札束を数えるのが大変だと思う。銀行間の信用取引もほとんど為されず、国民も銀行に口座を持たず、当然銀行には預金が集まらない。ほとんどが企業内銀行というのだから、その存在感と影響力は推して知るべしである。普通の銀行も先進諸国のように金融資本として隠然たる力を発揮するどころか、融資に回せる資金の余裕がなく、それが経済活動にも制約を加えて経済成長の足かせになっているようだ。

 他のアジア諸国に比べてもビルマの銀行預金残高はかなり低い。今天然資源が埋蔵されていることからその将来性は海外資本から大いに注目され、発展途上国の中でもビルマには過大な期待が寄せられている。だが、これから進出を狙う日本企業にしても戸惑いが見られるようである。

 ビルマへの戦没者慰霊団を何度もお世話して、度々下見や添乗員として現地へ出かけた。1970年代初頭には、ビルマ航空へ支払う団体の国内線航空運賃や地上費もすべて現金でも持ちこみ、到着日早々に現金を受け取りに来た経理のマネージャーに、現金を支払ったことを思い出す。1団体分の支払額をすべて現金で持って行ったのだが、日本を出国する際申告しなかったので、考えてみるとあれだけ多額の現金を持ち出すことは外為法に違反していなかっただろうかと些か後ろめたい気持ちになる。

 我々が度々訪れたあの時代に比べてあまり進歩がないようだ。ただ、政治情勢が不安定のため経済が未だに遅れているが、国内には多くの資源が眠っている。いつの日にか、大手銀行が立派な店舗を構えて国内経済も活発に発展することを期待している

 それにしてもしばらくビルマへ出かけていないが、素朴なビルマが懐かしい。

2015年2月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2840.2015年2月21日(土) 安倍政権の危険な極右的兆候

 海外では「イスラム国」に対する掃討作戦が考えられている。だが、その正体を掴めないため思うように彼らを追い詰めるというわけにはいかない。しかし、現状のままでは彼らを勢いづかせるばかりである。「イスラム国」が仕掛けたと思われる殺戮事件が、リビア北部を始め中東各地で頻発的に起きている。

 この難しい時に際し、ついにアメリカが「イスラム国」を殲滅させるため、これまで有志国とともに行っていた彼らの拠点を狙った空爆に加えて、地上軍を投入する戦略に踏み切った。イラクから駐留米軍を撤収させて以後、米軍を海外基地へ派遣することにやや消極的だったオバマ大統領も議会多数派の共和党や、一部国民保守層の声に押されて地上軍の投入を決断したようだ。これで「イスラム国」の力が削がれ壊滅に向うなら喜ばしいが、取らぬ狸の皮算用にならなければ良いがと思う。

 そんな海外、特に中東周辺の油断ならない状況の中で、日本国内ではあるまいことか、不安を駆り立て騒ぎを起こそうとする怪しい動きが高まっている。

 今政府与党は集団自衛権の行使以来、自衛隊の海外での活動を大幅に拡大しようと考えている。すでに憲法を改正しようとの目的のため、あの手この手で法の盲点を突いて本丸を落とそうとしている。そもそも「閣議決定」という国民の目を素通りした悪魔の技を使い出してから、味をしめた政府は今ではやりたい放題なのである。盟友・公明党も自民党のあまりに強引な手法に手を焼く始末であるが、安倍首相以下政府首脳、自民党幹部は絶対多数のこの絶好の機会に、日本の法制を自分たちの思い通りに改正し、憲法改正、再軍備、海外派兵、海外戦闘参戦、そして戦争というおぞましいステージへ持ち込もうとしている。

 不思議なのは、この安倍政権への支持率が各メディアで行うアンケートで軒並み50%を超えることである。戦争へ向けてまっしぐらに突き進む安倍反動内閣への支持が、国民の半数以上になるとは思いも寄らなかった。残念ながら戦後一貫して平和国家だった日本も、戦後70年の今年再び破滅への道へ一歩踏み出したのだろうか。

2015年2月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com