2859.2015年3月12日(木) 鳩山由紀夫元首相の奇妙なクリミア詣で

 案の定と言うべきであろうか、鳩山由紀夫元首相が政府及び外務省の強い反対を押し切ってロシアが強奪したクリミアを訪れ、現地でロシアのクリミア編入を肯定する発言をした。これに関して政府部内から厳しい非難の声が挙がっている。選りに選って鳩山氏は、クリミアのロシア編入は住民投票によりウクライナの憲法に則って平和裏に民主的に行われたと述べた。ロシアでも鳩山氏の行動に高い関心が集まっており、メディアでも報道された。昨日はロシア政府から日本・クリミア友好協会の設立を持ちかけられ、鳩山氏は安易にこれを受け入れた。クリミア共和国の要人とも会談した。懸念されていた通り、すっかりロシア側のペースにはまって行動している節がある。このような事態は日本政府の考え方とはまったく相容れない。これが、かつての日本国総理大臣の行動かと疑問視せざるを得ない。

 すっかり鳩山ペースでことを運ばれた原田駐ロシア大使は、すっかりおかんむりである。コメントするに値しないと強い不快感を示した。

 「イスラム国」問題が話題となった折に、シリアへ出かけようとした新潟県在住のフォト・ジャーナリストに対して、旅券を取り上げ、応じなければ検挙まで匂わせた外務省の強引な自由束縛の対応に比べて、元首相が相手となるとこうもその行動が違う。いくら国家にとってマイナスだと思えてもクリミア入国を思いとどまらせることができないものか。よほど世間知らずのわがままお坊ちゃまには手を焼いたとみえ、ただ良識に訴えてお願いするだけだったようだ。結果的にお坊ちゃまは制止を振り切って火中へ飛び込んでしまった。事態の深刻さが分からず、それでいて周囲のアドバイスにもまったく聴く耳を持たず、世話の焼けるご仁である。政府は帰国後鳩山氏に対してどういう対応をするのか。場合によっては今後の外交上にも悪影響を残すことになる。

 鳩山元首相のクリミア漫遊に比べて、同じ元首相でもパフォーマンス面で人気のあった小泉純一郎氏はシャキッとている。小泉氏は昨日震災の地、福島県喜多方市で福島第一原発廃炉問題についてきちんと誰もが納得できる持論を述べ、原発再稼働にはあくまで反対する立場を訴えた。ドイツのメルケル首相は原発再稼働から原発中止へ考え方を変えたが、当初小泉元首相も原発賛成派だった。だが、原発が安全ではないことが分かって、不安が残るうえに後々まで使用済み核燃料の処分や放射能問題の処理に展望が開けず、今後も貴重な資金と時間を投じることに疑問を感じた。小泉氏は福島事故を機に思い切って自然エネルギーの開発、そして核の廃絶、原発中止へ考えを変えて行った。これは小泉氏自身が強い信念として終生変わらないと公言している。あまりにも軽薄な鳩山氏とは人間的に大きな器の差を感じる。

 しかし、安倍政権にとっては鳩山氏も厄介だが、国民的人気のある小泉氏への対応はそれ以上に至難で苦慮しそうだ。小泉氏の論理は、分かりやすく国民が納得して受け入れられるものだからである。

 小泉氏は安倍政権の原発政策、及び首相談話について極めて批判的である。

 鳩山氏が近日帰国してから、どういう談話を出して、自らの偏屈な立場を主張して政府、国民を理解、納得させることができるか。それ次第ではすでに政治的命運は尽きた鳩山氏だが、人間としても致命的ダメージを受け、いよいよ命脈が尽きることになるのではないだろうか。

2015年3月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2858.2015年3月11日(水) 東日本大震災から4年

 昨日の東京大空襲70周年記念日に引き続いて、今日東日本大震災が発生してちょうど4年が経過した。あの日午後2時46分、書斎でパソコンを打っていた時だった。突然部屋が大きく揺れ、書棚から書物が落ちてきた。慌てて机にしがみついたが、ふと外を見るといつもの地震より電線が大きく揺れていた。早いもので、あれからあっという間に4年が経った。復興は福島第一原発の放射能漏れなど遅々として進まず、今も自宅へ帰れない避難住民は23万人もいる。

 震災の犠牲者に行方不明者と関連死亡者を合せると、その数は実に2万人を超える。

 今日は天皇・皇后両陛下をお迎えして国立劇場で東日本大震災四周年追悼式が挙行された。安倍首相も犠牲者の御霊に復興を誓っていたが、震災地の現状を見ると、引き続き復興に力を入れなければならないことは当然である。しかし、同時に自然災害の地震・津波災害対策もさることながら被災地に大きな爪痕を残した人災である原発を思い切ってストップした方が、よほど震災地の人々のためばかりでなく、将来の日本にとってプラスになると思う。

 昨日離日したドイツのメルケル首相が、最も影響を受けたのがあの福島第一原発の爆発と放射能漏れの映像だったという。当時メルケル首相は原発中止を決めていたわけではなかった。だが、福島原発事故の映像を見て直ちに原発中止を決めたと述べた。

 一方の安倍首相はどうか。相変わらず安全に充分配慮したうえで原発再稼働を進めたいと述べている。今朝の新聞に、他人のふんどしで相撲を取るような記事が出ていた。メルケル首相には昨日帰らずに、今日日本で震災について発言してもらえば、原発反対に一層の拍車がかかったのではないかと、なぜもう一日滞在を延長できなかったのかと都合の好い記事が掲載されていた。更にこんな下衆の勘ぐりのような記事も見られた。

 「メルケル首相の発言が、原発反対派を勢いづかせる恐れもあるので、安倍政権として今日は滞日しないスケジュールにしてもらった」とのコメントである。

 そんな他人のふんどしを当てにするより、自分たちで原発再稼働反対を貫徹するより堅実な方法はない。

 さて、少々平衡感覚が狂っているのではないかと思われている元総理の鳩山由紀夫氏が、またとんでもないことをやらかしてくれた。政府自民党、及び民主党のほか外務省や多くの良識ある人々の反対を押し切って、ロシアが不当に占領したクリミアを訪れたのである。元日本首相の肩書が、相手の思惑通りに利用されるのを承知のうえで、ロシアの術中にはまる愚を敢えて犯した。鳩山氏は、これまでも核開発問題で欧米から制裁を受けていたイランを訪れ、周囲の顰蹙を買ったばかりでなく、日本外交に汚点を残した。

 ロシアによるクリミア半島占領が、そもそもウクライナ問題の発端である。欧米諸国はもちろん日本政府もロシアの強引なクリミア半島のロシア領編入を強く非難し、経済制裁を課している。民主党の枝野幹事長や菅官房長官もその行動について軽率であり、極めて遺憾であると強く非難している。このように是々非々の判断力のない総理を戴いたことは、日本にとっても不幸だった。どうしてこういう奇妙奇天烈な総理大臣が誕生したのだろうか。結局は我々国民の民度が低いということになるのだろうか。やりきれない気分である。

 さて、朝日夕刊の連載小説「口笛鳥」が、今日ちょうど100回の短い連載で終わった。新聞連載小説で僅か100回というのは異例の短さだと思う。これまでも本ブログに書き込んだように、どうもストーリーが分かりにくく面白くなかった。今日の結末もなんだかよく分からない。憶測だが、朝日も読者の不人気を知り、連載打ち切りを作者の道尾秀介氏に申し入れて受け入れられ、連載中止を決めたのだと勝手に思っている。

2015年3月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2857.2015年3月10日(火) 東京大空襲70周年を迎える。

 終戦の年、昭和20年の今日東京大空襲があり、10万人を超える夥しい数の犠牲者を生んだ。数年前両国国技館近くの東京都慰霊堂にお参りしたことがあるが、その時度々お参りに来られたというご老人から、まだ犠牲者の全体像がつかめないと聞き、犠牲者の実態を把握することには並大抵ではない苦労があることを今更ながら知らされることになった。

 この大空襲の後しばらくして、私たち家族は藤沢市鵠沼の住まいから千葉県安房郡勝山町(現鋸南町)へ引っ越して、勝山国民学校初等科へ入学した。兄は通学していた藤沢市立片瀬国民学校から、私が入学した勝山国民学校へ転校することになった。晴れて国民学校1年生となって自宅の2階の窓から、房総西線の長い列車が米軍機から機銃掃射を受け黒煙を上げる様子を恐怖心を抱きながら呆然と見ていた。時々敵機来襲の警報で近くの防空壕に避難し、警戒警報解除の知らせがあるまで洞窟の中で家族や近所の人たちとじっと潜んでいたことを思い出す。そして8月日本は広島と長崎に原爆を落とされ、ついに降伏し終戦となった。

 あの終戦から今年で70年になる。戦争の実体験はないが、その実情は

 60年安保闘争を経験したことや、厚生省の戦没者遺骨収集事業や戦没者慰霊巡拝団に関わって、厚生省職員や、戦友会、遺族の方々から生々しい話を伺ったり、戦跡地を訪れたことで大分知ることになった。そして現地の人々からも戦争の裏話なども聞いて戦争というもの、特に戦争は絶対やってはいけないということと、反戦ということについて曲がりなりにも自分なりの考え方を固めることができた。

 今夏発表される予定の首相談話が世界から注目されている。これまで安倍首相は自分の思っていることをそのまま発表する気持ちが強いようだが、周囲が周辺書庫の反応を斟酌し首相の独走を懸念し、有識者の意見を聴くことになった。その結果西室泰三・日本郵政社長以下16人の有識者を「70年談話に関する有識者会議」のメンバーに選んで、素案を作成させることにした。そのメンバーの顔触れを見る限り、首相寄りの人たちが多いが、昨日その座長代理を務める北岡伸一・国際大学長が思いがけなく「首相に『日本は侵略した』とぜひ言わせたい」と発言した。日ごろから保守的、というより右翼的言動の目立つ北岡氏が、首相が最も触れることを嫌う「日本の侵略行為」について前向きな発言をした。平静を装っている菅官房長官も、意見のひとつでいちいちコメントはしないと核心を避ける発言に終始した。

 これから終戦記念日が近づくに連れて、周囲は騒がしくなるであろう。 

2015年3月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2856.2015年3月9日(月) ビルマのパゴダを想う。

 経済紙である日経新聞に昨日珍しくビルマを大きく扱った記事が全2頁に亘って掲載された。それも経済関係のニュースではなく、いずれも仏教寺院を紹介したものである。1頁目は首都ヤンゴン(旧ラングーン)市内のエポック・メーキングな建造物、シュエタゴン・パゴダについて紹介した内容であり、もう1頁はビルマ中部都市パガンのアーナンダ寺院の記事である。これまでに何度も訪れた懐かしい観光スポットである。

 ビルマでは全国どこでもパゴダを見ることができる。中には崩れかけて雑草が生い茂っているものもあるが、人家の近くにあるパゴダは今でもほとんどが、信仰心の篤い人々によって大切に保存、管理されている。それらは昔からビルマ人の心の支えとなっている。中でもヤンゴンのシュエタゴン・パゴダは一段と聳え立つように建造され、遠方からでも眺望することができる。特に夜間は明るくライトアップされ、熱心に手を合せているビルマ人の姿は神々しいほどである。

 12世紀に栄えたパガン王朝時代に建立されたアーナンダ寺院は、パガン界隈の多くのパゴダの中でも代表的なもので、多くの観光客が訪れる。とりわけ日没前の赤く染まった光景は、えもいわれぬ美しさである。パガンのパゴダ群は実に見事なものだと思うし、静かな環境と相まって訪れる人々の心を打つ。いずれこの辺り一帯が世界遺産として登録されることは間違いないと思う。

 近年ビルマにとって残念なことは、先進国との経済協力とか、辺境の少数民族を排除しようとする政府軍の動きぐらいしか話題にならないことである。華があった反体制派のスーチー女史の活動もすっかり影を潜めてしまったかのようである。やはりビルマらしいのは、そういう国際社会から注目されるようなニュースよりも、貧しいながらも昔とあまり変わらない日常生活の中で古くからの伝統的で質素な生活を営んでいる地道な姿が綿々と続いていることである。

 さて、今日ドイツのメルケル首相が2日間の予定で7年ぶりに来日した。早速午後朝日新聞社と財団法人ベルリン日独センター共催で講演会が催された。実は私もぜひメルケル首相の話を聴いてみたいと思い聴講を申し込んだが、残念ながら抽選で外れてしまった。ドイツは同じ敗戦国として、またともに戦後復興を遂げた国として日本とよく比較されることがある。ドイツが他国と大きな諍いを起こすことなく平和と安定を享受しているのに引き比べて、日本には依然として近隣の中韓両国とのこじれた関係が続いている。昨日も中国の王毅外相が、反ファシズム戦争勝利・抗日戦争勝利70周年記念行事には、誠意さえあればあらゆる関係国の指導者を招待すると安倍首相に牽制球を送った。

 メルケル首相は今日の講演で、ドイツがヨーロッパで和解を進められたのは、ドイツが過去ときちんと向き合ったことと、隣国フランスの寛容さもあったと述べた。わが国に敷衍すれば、大東亜戦争の反省と関係諸国への謝罪を示すことである。これはすでに20年前の村山談話に盛られたことでこれをもう一度安倍首相談話として公表することである。問題は隣国、中国と韓国の日本に対する寛容さである。果たして対日強硬策を取り続けることが、自国民の愛国心を高め、国家を治める最も効果的手段だと思っている、頑なな姿勢の中国と韓国が寛容さを示してくれるだろうか。

2015年3月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2855.2015年3月8日(日) お彼岸前にお墓参り

 お彼岸を前に早々にお墓参りを済ませた。横浜の二男家族とともに、妻の実家のお墓がある多磨墓地から、近藤家代々のお墓のある中野の宝仙寺へ廻った。奈良に住む中三の孫が志望高校に入れるようお祈りしたほかにも、ご先祖様にいくつかのお願いごとをした。

 早朝から小雨交じりの気象で何となく寒々しい。救いは元気の好い2人の幼い孫である。もうしばらくすると花見で知られる多磨墓地内には桜の花が咲き誇り、訪れる人の目を楽しませてくれるが、流石にこの時期にこの肌寒さでは開花もせず、散歩する人もほとんどいない。多磨墓地でお参りを終えて中野の宝仙寺へ向かう途中でランチタイムになったので、甲州街道に沿った「味の素スタジアム」に隣接するファーストフード・レストランに入ったところ、サッカーJリーグ2部の試合ではあったが開始前ということもあって、多くのファンで混みあっていた。

 サッカー人気はともかくとして、ひと頃に比べて日本サッカーの実力は一頓挫しているように感じている。前々回のワールド・カップ南アフリカ大会では予選リーグを突破して、ベスト16に食い込んだが、昨年7月のブラジル大会では期待に反して早々に敗れた。次回大会に向けて新チームがスタートした途端アギーレ新監督がスペインチーム監督時代の買収疑惑によって解任された不幸もある。つい先日漸く後任にボスニア・ヘルツェゴビナ出身のバヒド・ハリルホジッチ氏が決定したところだ。だが、今アジアカップに日本から出場している4つのJリーグチームの戦いぶりは芳しいものではなく、久しぶりにアジアの王者奪還を目指す日本サッカー界には、憂色が漂っている。Jリーグ加盟チームが増え、サッカー人気は高まっているとは言え、日本のサッカーはヨーロッパに比べて歴史も浅く、力もまだ不安定である。いくら投資しても一朝一夕に強くなるものではないことを思い知らされる。

 さて、昨日と今日の2日間に亘って民放テレビでシベリア大陸のドキュメンタリー番組が放映された。延4時間の長編なので、ずっと観ているわけにはいかなかったが、これまでに2度シベリアを訪れているので懐かしく楽しむことができた。特に、雪の中を走るシベリア鉄道の車窓外風景と車内光景が殊更懐かしかった。初めて訪れた1991年10月はまだ雪は見られず、バイカル湖水も青く透明だった。学生時代にトルストイの「復活」を読んで感激し、「復活」をトレースしながら一度シベリア大陸を横断してみたいと思っていた。できればシナリオ通り雪の季節に旅してみたいと願い、2003年3月のまだ積雪の多いシーズンにシベリア鉄道で広大な大陸を横断してみた。雪の白樺並木を走り、「復活」のシーンを彷彿とさせる光景にカチューシャこと、カチェリーナ・マースロヴァを追う青年士官ネフリュードフにイメージを重ねてネフリュードフの懺悔と愛情を思い出して感慨に耽ったものである。

 今日の番組では、雪と寒さに閉ざされた広大な大陸を雪以外に何も見ることができないような単純な景色の中に、シベリアの奥深い魅力を描きだしてくれたように思っている。

2015年3月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2854.2015年3月7日(土) 極右街道まっしぐらの安倍首相

 現在安倍政権は、国会における圧倒的に優位な一強多弱を背景に、憲法改正に的を絞り右翼的な政策を着々と実行に移そうとしている。ただ、いくら閣僚だけで閣議決定したにせよ、必ずしも与党の足並みが揃うわけではない。「平和の党」を自称する公明党が、政府自民党の考えに異を唱え、議論を煮詰めている最中である。

 しかし、これはそう簡単にまとまりそうもない。新たな安全保障法制を巡る点で7分野にも亘って論点があるからだ。閣議決定に見られるように、そもそも政府の決定へのアクセスは、取り敢えず閣議で決定しておいてその後になし崩し的に決定、実行してしまおうとの計略的な気持ちが強い。アメリカに顔を向けてアメリカの海外戦略に少しでも力になろうという意向が働いているようだ。そのためには自衛隊を海外へ派遣させ、危険地域であろうとも同盟国であるアメリカを支援できる法制にしようと些か功を焦り過ぎている。

 シビリアン・コントロールについても少しでも形骸化させようという気持ちが強い。制服組、実戦部隊の意向を反映させようとの強い気持ちがある。それでいて中谷元防衛大臣ですら、戦後憲法に文民統制が確立された背景について、戦争の反省からきちんと決められた文民統制についてご存じないお粗末ぶりである。防衛省の文官を格下げして武官と同じ地位に並ばせて、ともに文民である大臣を補佐するという防衛省側なりの意向はあるが、今や中谷大臣自身が自衛隊出身であるが故に、制服組の次官クラスと組んだら、現場を知らない文官の意見なぞ聴くわけがない。そうなると制服組暴走である。自衛隊出身の大臣が誕生した時点で、すでに自動的に文民統制は崩れていると言わざるを得ない。

 これに加えて心配なのは、多くの政治評論家が気にしているように、あまりにも積極的平和主義の名の下に暴走している安倍首相の言動である。担がれたお神輿に乗って右翼志向の自分と少しでも波長が合えば、示し合せて突っ走る。

 「選択」3月号によれば、自民党としては珍しいリベラル派の村上誠一郎議員がこう言っている。「昔首相になる人は、旧制高校や陸士、海兵の出身で、基礎学力があり偏差値が高かった。刻苦奮励しながら知性と教養を磨き、役所の局長、次官のキャリアを積んでいた。漢籍に通じ文学への造詣も深かった」。そのうえで、安倍首相には残念ながらそれがない。政治家二世で永田町の人として、永田町の楽屋裏には詳しかったが、哲学論争や旧制高校的教養を身につける場がなかったと厳しい決めつけ方である。言うまでもないことであるが、安倍晋三氏を知る周囲では、誰もがまさか首相にまでなれるとは全く考えてもいなかったという。我々もそう思うし、結果的に安倍長期政権の可能性が強くなったことは国民にとっても不幸の極みである。

 ともかくできるだけ早く現在の安倍政権の暴走に何とか歯止めをかけなければ、将来的に日本を戦争に巻き込み、再び国土を焦土と化し原発放射能漏れによって豊かな土地を荒廃させることになることは想像に難くない。嫌な予感がする。

2015年3月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2853.2015年3月6日(金) 「後期高齢者」って何?

 「私たちは人生の『後期』を迎え『興起』して、『光輝』溢れる『高貴』高齢者となりました」。

 今月23日の高校クラス会で幹事役を務めるので、参加者に手渡すチラシにユーモアを交えて書き出した文言である。われわれ昭和13年、14年生まれの同級生がいわゆる「後期高齢者」となり、われわれのほとんどが、今年めでたく喜寿を迎える。それらをもろもろもじったジョークであり、揶揄でもある。同級生たちが何と言うかは分からない。

 「後期高齢者」という言葉自体は、これが発表された時からかなり批判的に受け取られていた。だが、お役所はそんな批判は歯牙にもかけず、その言葉を強引に制度に取り入れた。実際現在厚生年金支給額から所得税とともに天引きされる費用の一部は、「後期高齢者医療保険」などと称されている。実態は新しい社会保険制度の中で高齢者を総称する言葉として「発明」され普及された言葉であるが、一般的にいかにも老い先短い高齢者をイメージさせるようなニュアンスが込められている印象である。

 それにしてももう少し優しい表現を「発明」することができなかったのだろうか。まぁ発想の貧しいお役人では難しいかも知れない。

 さて、今年の読売文学賞の評論・伝記賞を受賞した富士川義之氏は、高校1年生時に同クラスにおられたが、他校へ転校したのか卒業時には見かけず、同期生卒業名簿にも名前が載っていない。ところが、母校同窓会名簿の我々の2年下級生の名簿に富士川氏の名前が載っていることが分かったのである。確認のためラグビー部の2年後輩に尋ねてみたところ在籍していたとの確証を得られた。体育はほとんど見学していたというから、やはり長期療養をしていて2年間留年することになったのではないだろうか。これでやっとすっきりした。

 ところで、昨日の本ブログで朝日夕刊の連載小説の唐突な終了には何か特別な理由があるのではないかと、連載「口笛鳥」の慌ただしい終わり方に疑問を抱いて取り上げた。その真相と舞台裏は不明だが、今夕の件の小説はピッチが急に早くなった。主人公の小学生が、中学へ進学し、高校へ進み、大学で学び、就職して事務機器メーカーの営業職に就いた。たった一日のうちにすさまじい急展開の進み方である。作者の道尾秀介氏は憶測するところの朝日の要求に屈したのだろうか。慌てて店仕舞いしようとしている。これでは結局面白味のない小説だったということを証明することにならないだろうか。

 繰り上げて次に連載される吉本ばなな氏の作品が、もっと魅力的な作品であることを期待している。

2015年3月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2852.2015年3月5日(木) 確定申告を済ませる。

 1月の終わりごろから準備をしていた平成26年分確定申告書の申請を終えてほっとしたところだ。毎年恒例となったとは言え、申請手続き書類の作成にはめんどうな手間がかかる。パソコンで書類を作成するのは2、3年前に諦めて、時間をかけて手作業で領収証と突き合わせしながら1件1件慎重に、丁寧に書き込むことにして今年も何とか申告のための材料を揃えた。

 実は、すべての書類と資料を持って一昨日玉川青色申告会事務所へ最後の申告書を作成してもらおうと出かけたのだが、午後一番だったにも拘わらずすでに締め切っていた。

 今日はその意味でも出直しで朝9時前に事務所へ出かけた。すでに先着15名がおられたが受け付けてもらい、カフェで時間をつぶした後に事務所を訪れ係員に相談することができた。書類は漏れなく揃えていたので、係員には申告書を作成し易いと言ってもらった。1時間半ばかり時間をかけて、最終申告書を作成してもらい、そのまま事務所の裏手にある玉川税務署へ廻り、正式に確定申告書を提出して手続きを終了した。これで1年間の大きな仕事のひとつをクリアしたことになる。やれやれである。

 さて、最近いただく書物が増えて中々読破する時間がないが、それでも新聞の連載小説はまめに読んで楽しんでいる。朝刊と夕刊を併せて4つの連載小説を読んでいるが、大手新聞でも中にはつまらない小説もある。現在朝日夕刊に連載中の道尾秀介の「口笛鳥」がまったく面白くないし、筋が分からなくなることがある。どうしてこんな小説が大朝日新聞に連載されるのか、当初から首を傾げていた。数日前にとうとう読む気がしなくなり、読むのを止めたところ、何と昨日の夕刊に次の連載小説の広告が掲載された。現在連載中の「口笛鳥」がまもなく終了するという。昨日時点でまだ100回にも達していない連載小説が終了とは、少し早過ぎやしないかと思った。と同時に、これは小説自体がつまらないとの声が多くの読者から寄せられ、編集部としても見切りをつけて打ち切りに踏み切ったのではないかと勘ぐらざるを得ない。それにしても、朝日は夏目漱石の連載を始めとして、有名作家の数々の小説を連載してきたおかげで文壇にも影響力を行使できたのではなかったか。それが、近年はむしろ意味の分からない三次元の世界を扱った小説等に視点を移して、ストーリーが分からない小説を取り上げたことが一再ならずあった。

 午後になってショッキングなニュースが韓国ソウルから飛び込んできた。リッパート駐韓アメリカ大使が、突然刃物を持った韓国人の男に襲われ負傷した。この男は5年前にも当時の重家俊範・日本大使に石を投げつけた前科がある。アメリカに対しては、現在行われている米韓合同軍事演習は、朝鮮半島統一のためにならないと反対を唱えていた。また極く最近シャーマン国務次官の発言が、韓国国内で日本寄りとの批判が出ており、それとの関係も取り沙汰されている。それにしても警備体制がちょっとお粗末というか、隙だらけでこれではいくら自己防衛しても防げまい。いずれ警備当局から今後のより厳重な警備体制について説明があることだろう。

 1月の終わりごろから準備をしていた平成26年分確定申告書の申請を終えてほっとしたところだ。毎年恒例となったとは言え、申請手続き書類の作成にはめんどうな手間がかかる。パソコンで書類を作成するのは2、3年前に諦めて、時間をかけて手作業で領収証と突き合わせしながら1件1件慎重に、丁寧に書き込むことにして今年も何とか申告のための材料を揃えた。

 実は、すべての書類と資料を持って一昨日玉川青色申告会事務所へ最後の申告書を作成してもらおうと出かけたのだが、午後一番だったにも拘わらずすでに締め切っていた。

 今日はその意味でも出直しで朝9時前に事務所へ出かけた。すでに先着15名がおられたが受け付けてもらい、カフェで時間をつぶした後に事務所を訪れ係員に相談することができた。書類は漏れなく揃えていたので、係員には申告書を作成し易いと言ってもらった。1時間半ばかり時間をかけて、最終申告書を作成してもらい、そのまま事務所の裏手にある玉川税務署へ廻り、正式に確定申告書を提出して手続きを終了した。これで1年間の大きな仕事のひとつをクリアしたことになる。やれやれである。

 さて、最近いただく書物が増えて中々読破する時間がないが、それでも新聞の連載小説はまめに読んで楽しんでいる。朝刊と夕刊を併せて4つの連載小説を読んでいるが、大手新聞でも中にはつまらない小説もある。現在朝日夕刊に連載中の道尾秀介の「口笛鳥」がまったく面白くないし、筋が分からなくなることがある。どうしてこんな小説が大朝日新聞に連載されるのか、当初から首を傾げていた。数日前にとうとう読む気がしなくなり、読むのを止めたところ、何と昨日の夕刊に次の連載小説の広告が掲載された。現在連載中の「口笛鳥」がまもなく終了するという。昨日時点でまだ100回にも達していない連載小説が終了とは、少し早過ぎやしないかと思った。と同時に、これは小説自体がつまらないとの声が多くの読者から寄せられ、編集部としても見切りをつけて打ち切りに踏み切ったのではないかと勘ぐらざるを得ない。それにしても、朝日は夏目漱石の連載を始めとして、有名作家の数々の小説を連載してきたおかげで文壇にも影響力を行使できたのではなかったか。それが、近年はむしろ意味の分からない三次元の世界を扱った小説等に視点を移して、ストーリーが分からない小説を取り上げたことが一再ならずあった。

 午後になってショッキングなニュースが韓国ソウルから飛び込んできた。リッパート駐韓アメリカ大使が、突然刃物を持った韓国人の男に襲われ負傷した。この男は5年前にも当時の重家俊範・日本大使に石を投げつけた前科がある。アメリカに対しては、現在行われている米韓合同軍事演習は、朝鮮半島統一のためにならないと反対を唱えていた。また極く最近シャーマン国務次官の発言が、韓国国内で日本寄りとの批判が出ており、それとの関係も取り沙汰されている。それにしても警備体制がちょっとお粗末というか、隙だらけでこれではいくら自己防衛しても防げまい。いずれ警備当局から今後のより厳重な警備体制について説明があることだろう。

2015年3月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2851.2015年3月4日(水) 金塗れの政治家たち

 今年は戦後70年の節目の年に当たり、戦後50年の村山談話、60年の小泉談話に続き、安倍首相によって70年談話が終戦の日に公表される予定である。すでに、昨年辺りからどういう内容にまとめるかということで政府・自民党では知恵を絞っているようだ。現在の空気から推すと村山談話や小泉談話とは幾分中身が異なるのではないかと思える。安倍首相は村山談話から大きく外れないようなことを言いながらも、独自色を出したい願いから、「持ち味」である右翼志向を表したいとの気持ちがあるように感じている。中韓両国もどんな談話を発表するのか、注視している。内容次第では両国が一層反発し、両国との関係は険悪になる恐れがある。アメリカは中韓とは異なる考えであるが、中韓両国と日本との外交関係が悪化するのを以前から憂慮しており、できる限り中韓を刺激しないようなステートメントを日本政府が発表するよう注文をつけている。

 そんな折に政治家に関する献金疑惑がクローズアップされた。悪質とまでは決めつけられないが、軽薄というか、もらえる金なら何でも手を出すさもしい根性には、品性も何もあったものではない。

 今朝の朝日新聞一面に、国の補助金交付決定通知を受けた企業から政治献金を受け取っている政治家の名前が列記されている。安倍首相以下、麻生財務相、菅官房長官、甘利経産相、林農水相、宮沢経産相の閣僚らの他にも、岡田民主党代表、片山維新の党参議院会長ら大物が揃って企業からの献金を懐に入れているのである。その他にも政治資金規正法違反を疑われるような献金を受けていた大臣に、下村文科相、上川法相、望月環境相らがいる。これでは安倍内閣総倒れである。政治家は金には目がないものだということをPRしているようなものではないか。政治家には二世で、金亡者がなるものだと言われるようでは当人たちもあまり好い気持ちがしないのではないか。

 さて、今日も午後駒澤公園にウォーキングに出かけたが、いつもと違って目黒区寄りの入り口から入った。世田谷区ではなく、目黒区の一角に小庭園がある。そこに1本だけ桜の木が色鮮やかなピンクの花を咲かせていた。桜の木の前にひとりの老婆が佇んでいた。しきりに首を傾げているので、お節介と思ったが声をかけると「これは彼岸桜でしょうかねぇ」と尋ねられたので、「これは河津桜だと思います。一昨日江の島の島内庭園で普通の桜はまだ蕾でしたが、これと同じように河津桜が数本きれいに花を咲かせていたのを見ました」とお話したところ、なるほどと納得されお礼を言われた。偶々江の島で河津桜を観て、伊豆の河津で百花繚乱の麗しい姿を見せている河津桜に初めて接して感動したが、それが近くの公園で見ず知らずのご婦人のお役に立てるとは嬉しい限りだ。こんなこともあるものだ。

2015年3月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2850.2015年3月3日(火) 好漢田渕守くんの死を惜しむ。

 先日ブラジルへ旅行した近所の高校時代の友人にコンタクトをお願いしたブラジルのアミーゴから待ちに待った手紙が届いた。アミーゴは友人に対して私に宛てた手紙を送ったと言ってくれていたが、その手紙は1月11日付きで13日消印のものであり、航空便にしては投函後1カ月半以上も経過して随分時間が経っている。この遅れでは友人がアミーゴのアパートを訪れた今月中旬には、アミーゴは私の手元にすでに件の手紙が届いていたと信じていただろうことは推察できる。それをわが友人が消息を確かめるかの如く唐突に自宅を訪れることになったので、或いは戸惑い不審に思ったかも知れない。でもインターフォンで会話を交わすことができて、元気であり手紙を投函したことを伝えてくれたのである。ともかく手紙の文面を見ると83歳ではあるが、普段は元気であり、今月10日からは南部都市にショート・ステイに出かけると書いてある。お互いに地球の裏側に住んでいるので、そう頻繁に連絡があるわけではないが、細い糸が今もつながっていることが分かってやれやれ一安心である。

 一方で、あっという間に亡くなったナイスガイがいる。高校の10年後輩で会社の同僚であり、友人でもあった田渕守くんが、先月11日に突然彼岸へ旅立ってしまった。この友人の人生には厳しいドラマがあった。癌が判明して手術を繰り返し、その後定期的に検査を行って大分安定していると聞いていた。

 11月の拙著出版記念会にも出席してくれ、その時やや太り気味でとても癌患者とは思えないほど一見健康体に見え、束の間ではあったが話し合うことができた。10日程前会社の元同僚からその田渕くんが亡くなったと聞いて愕然とした。彼は入社の経緯が異色で、学卒なのに高卒資格で中途入社し、加えて彼の組合における言動が会社と組合にも受け入れられず、一匹オオカミ的な立場に追いやられ我々の目から見ると不遇をかこっていたように思えた。公開の株主総会でも満場の中を挙手起立して質問し、会社側を慌てさせていた。在職中は生涯一現場社員に拘って出世欲は捨て去り働きやすい現場の職場作りに力を注ぎ、退職後も行政書士の資格を得て、働く者のために事務所を開いて相談に乗ったり、講演活動を行っていた。

 彼の他界を知ってご遺族に最後の様子をお聞きしようと思い、何度か電話をしたが、いつも留守電だった。止むを得ずFAXに私の気持ちを書いて送ってみたが、これにも何の反応もなかった。あれだけエチケットを弁えていた彼にしてはおかしいなと思っていたところ、今日になって不意に見知らぬ弁護士から手紙を受け取った。そこには田渕くんから遺言執行を依頼されていて自宅点検に訪れた時、私が送ったFAXを読んで私に手紙を送ったと書かれていた。田渕くんは若い時に離婚してそのまま独り住まいだったので、身辺整理をする人がおらず、葬儀で喪主を務めた妹さんも仙台に住んでいて最近の兄の生活やプライバシーがまったく分からないということだった。私のFAXには、ご遺族がお望みなら、彼と私が話しているシーンが映っている出版記念会のDVDをお送りするがどうですかとも書いた。これは遺族が何も言って来なければ、そのままそっとしておいた方が良いのではないかと思っている。

 田渕くんとは最近そう度々会うことはなかったが、在職中から親しい後輩で、頭も切れて信頼できる人柄だった。思うことを率直に何でも話すことができた、数少ない友人のひとりだった。彼の永眠は早過ぎる。実に残念でならない。心から好漢田渕くんのご冥福をお祈りしている。  合掌

2015年3月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com