2889.2015年4月11日(土) 都庁役人の不誠実な対応にげんなり

 2020年東京オリンピック・パラリンピックに備えた事務局が、東京都庁内にある。その名を「東京オリンピック・パラリンピック準備局」という。3日前にスポーツ施設担当課長から電話があり、上司のスポーツ推進部長から私宛に手紙を郵送すると言っていたが、その速達便が昨日届いた。

 その手紙とは、1月来度々本ブログでも取り上げた事案とお詫びの内容である。そもそも事の発端は、自宅近くの駒澤オリンピック記念公園をウォーキングする度に公園内の屋内体育館入口の高さ4mはあろうかと思える大きな広告塔に、終了後1年以上も期限が過ぎたイベント企画が公告されていたことから、私が撤去するか、他の物と替えたらどうかとアドバイスしたことに始まる。それに対して一向に回答がなかったことから無言の戦いが始まった。止むを得ず最初はメールで、そして普通便を送り、あまりの無回答にしびれを切らして、ついには局長に宛てて書留で考え方について、都に誠意ある回答を求めた。それに対する局長の部下であるスポーツ推進部長からの返信だったのである。

 最初はともかく、次第に主題から離れて都庁職員が都民の質問を無視し、難しい問題でもないのに一向に応えてくれそうもないことに失望した。結局3度目のメールで、スポーツ施設担当課長から漸くメールの返信があった。だが、それに対する私の質問には一切応えてくれず、なしのつぶてだった。止むを得ず上司のスポーツ推進部長に手紙を出した。だが、これも無視された。個人名を書かなければ無視されると考え、ネットで名前を調べて更に上部の準備局長へ書留で手紙を送ったという経緯である。ここで漸く冒頭の話に辿りつくわけである。

 まあそれにしてもお役人が税金泥棒と言われたのは一昔前だったと思うが、残念ながらその言葉は今でもしっかり生き続けていると思う。こちらに正論があるなら徹底的に追及して役所に反省を促すべきだと今回のやり取りを通してつくづく痛感した。その前にこちらもきちんと正論を論理的に説明する必要がある。時間の余裕がないと中々できる芸当ではない。でも、役所というところは無駄なことをして、それを何とも思わない体質の組織である。内からの改革なんて当てにできない。改めてそれを感じた。失礼とは思うが、やはり外部から正してやらないと、いつまで経っても税金泥棒スピリットはそのままだろう。

2015年4月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2888.2015年4月10日(金) 増長する‘MR.GOMAN’安倍首相

 全国で国宝級の寺社が油のような液体で汚されている。一昨日奈良・飛鳥の寺で汚れが見つかって以来後から後へと各地の寺社でその被害が明らかになった。京都、奈良の世界遺産の寺社が被害に遭っていると気にしていたら、その被害は各地に広がり四国の金刀比羅宮や、関東の鹿島神宮、香取神宮、成田山新勝寺にまで拡大している。被害を受けた寺社では困惑するばかりである。参拝客も犯人が何を目的にこのような馬鹿げた行為を行っているのか憤慨している。今や全国で30近い寺社が被害の影響を受けている。困ったものである。

 さて、今日東京証券市場は、一時的ではあるが15年ぶりに日経平均株価を2万円台の大台に戻した。直ぐに売られて終値は2万円を割って対前日30円安となったから、この株価景気も一時的なものに終わりかねない。しかし、全般的には、少しずつではあるが、景気は確実に回復していると言えそうだ。株価上昇はアベノミクスの功績だとヨイショする輩がいるから始末が悪い。

 しかし、昨日成立した今年度の一般会計予算の支出は過去最大の96兆円である。税収がその半分と予想されるのに、支出は増大するばかりである。安倍政権になってこの傾向はさらに強まった。このままでは、いずれ国の財政が破たんすることは明白である。それにも拘わらず、「動物園の動物」と揶揄される政治家たちは問題を解決しようとしない。初めのうちは財政再建が声高に叫ばれ、時の財務大臣もその必要を強調していながら利権政治家のゴリ押し圧力に押されて次第に財布の紐が緩み過剰支出がなされ、赤字決算となる。こんな分かりきった悪循環を誰も止められないから不思議である。

 それでいてアベノミクスの成功のお陰であるとひとり悦に入っている安倍首相以下取り巻きは、傲慢にもそのアベノミクスの報道を巡りテレビ局に圧力をかけたことが、今問題視されている。テレビ朝日の「報道ステーション」のアベノミクスに関する報道で自民党が「公平中立な番組作成」を要請する文書を出していた。どういうことか。自民党報道局長名で「アベノミクスの効果が大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかの如く断定する内容」と批判したのである。こんなことを言われたら何もしゃべれないではないか。むしろ報道の自由、言論の自由を止めさせようとしているのではないか。これは明らかに一種の報道管制である。先の総選挙前にも自民党はメディアに圧力をかけた。

 一強多弱を楯に政府自民党にとってはもう怖いものなしなのである。傲岸不遜の言動も留まるところを知らない。

 更に安倍首相は昨日参議院予算委員会で、国立大学の入学式や卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱が実施されるべきだと述べた。学問の自由を実現する大原則の「大学の自治」なんかまるでくそ食らえと言わんばかりである。昨日ペリリュー島で示された天皇の戦没者に対する想いや、戦争は絶対やるべきではないとのお考えとは、まったく相容れない。こんなことでゴーマン・アベさん、大丈夫ですか?

2015年4月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2887.2015年4月9日(木) 両陛下激戦のペリリュー島で戦没者を慰霊

 天皇・皇后両陛下はパラオ・コロール島近くに停泊している海上保安庁の巡視船「あきつしま」からヘリコプターで、玉砕の島ペリリューの「西太平洋戦没者の碑」を訪れた。この慰霊碑は私が訪れた30余年前にはまだ建立されていなかった。両陛下は生き残った元兵士や遺族が見守る中を、日本から持っていかれた白い菊の花を供えて戦没者の霊を慰められた。同時に目の前に見えるアンガウル島に向って拝礼もされた。

 今日は波静かでアンガウルまでわけなく行けそうに見えたが、私がスピード・ボートを操縦する青年と2人で島へ向かった時は曇天で海は荒れ狂い、揺れに揺れて今にもひっくり返り海底へ呑みこまれるのではないかと恐怖感を憶えたくらいだった。アンガウルへ着くと偶々波止場の土手の上に当時のエンドウ村長が待っておられ、これから海が荒れると波が一層高くなり帰れなくなる恐れがあるので、今直ぐにペリリューへ引き返しなさいとアドバイスされ、アンガウルへ上陸することもなく、大波の中をペリリューへ戻って来たことも懐かしい思い出のひとつである。夕暮れ近くなった海面上をトビウオの群れが飛びまわっているシーンに、トビウオというのは魚類というより鳥類ではないかと思ったほど波の上で群れを成して旋回している姿が強く印象に残っている。これもペリリューのもうひとつの思い出である。

 アンガウル島は1150名の日本人戦死者を出した小島であるが、画像で観る姿は平べったい何事もないような平和な島に見え、こんなところで多くの人が殺し合ったのかと思うとまたぞろ戦争の恐ろしさが甦って来る。

 パラオには、隣国のミクロネシア連邦のモリ大統領夫妻とマーシャル諸島共和国のロヤック大統領夫妻もやって来られ、昨夜晩餐会に出席された。できることなら、両陛下には更に御苦労を強いることになるが、この機会にこの両国にも訪れてもらいたかったというのが本音である。両大統領も多分そう願っていたのではないだろうか。拙著「南太平洋の剛腕投手」にも紹介したように、アイザワ大酋長の存命中天皇が最初に巡拝されるのは、ミクロネシア連邦(旧トラック諸島)だと信じられ、一時は読売新聞にも報道されたほどである。それを思えばミクロネシアのモリ大統領や島民にとってはさぞや残念な思いがしていることだと思う。

 両陛下はペリリューでは米軍戦没者の慰霊碑でも花輪を捧げてアメリカ人戦没者の霊を慰められた。今夜9時過ぎに両陛下は羽田空港へお帰りになった。お疲れ様でしたと申し上げたいと思う。

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2886.2015年4月8日(水) 天皇・皇后両陛下パラオ巡拝の旅へ

 今日冷え込むことは天気予報で承知していたが、その寒さがこれほどとは思わなかった。宇都宮のような北関東地方ならいざ知らず、埼玉や銚子、八王子でも降雪があった。都心部の正午の気温は、何と真冬並みの3.0℃だった。因みに一昨日は20.9℃、昨日は10.6℃だった。いかに急激に気温が下がったかが分かる。朝から雨も降っていた。

 この雨の中を六本木の全日空ホテルで開かれたアジア・大洋州各国協力によるチャリティーバザーに妻と車で出かけた。このバザーは、今年の委員長がミクロネシア連邦のフリッツ大使夫人でもあり、昨年に続いてミクロネシア連邦大使館から勧められて出かけたものである。今日の会場は昨年に比べても外は寒いが中は熱気がむんむんとして、押しあいへしあい人が溢れんばかりだった。2つの会場は想像を超えるほどごった返していた。ただ、中々珍しい試みでもあり、妻は結構エンジョイしているようだった。土産品販売屋台では顔見知りの女性大使館員が笑顔で応対してくれた。会場内のほとんどが女性だったが、女性には興味をそそるような物産を販売している各国の物産店がひしめいていたので、ちょっとした観光気分で気軽にショッピングしたり見学してみるのも面白いのではないか。ある面ではリラックスできた一日だった。

 さて、今日天皇・皇后両陛下がパラオを訪れた。早速パラオではレメンゲサウ大統領夫妻主催の歓迎レセプションが開かれた。今晩は窮屈な海上保安庁の巡視船「あきつしま」で宿泊され、明日ヘリコプターで最大の激戦地ペリリュー島へ飛び日米戦死者の霊を慰める慰霊祭に出席される。この両陛下巡拝は、天皇の強い希望で実現した。というのは、天皇には太平洋戦争について4つの忘れてはならない日があるという。それは、広島と長崎原爆投下の日、沖縄激戦の日、そして終戦記念日である。それほど先の戦争に強い感慨と思い込みのある天皇である。それだけに今日の巡拝は、天皇にとって念願叶った旅ということが言えるかも知れない。

 テレビ各局も両陛下のパラオ巡拝をあらゆる角度から伝えている。パラオには5回ほど、ペリリューへは一度だけ訪れたことがある。ペリリューでは民宿に泊まった。両島の戦争の名残りである朽ちた戦車や大砲を画面で観ると、現場を訪れた30余年前をまざまざと思い出させられる。今朝羽田空港で両陛下をお見送りした安倍首相には、戦没者を想い戦争はやってはいけないという天皇のお気持ちが、どれほど分かっているだろうか。

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2885.2015年4月7日(火) 拙稿掲載を友人たちに知らせるべきか。

 小中陽太郎氏にきついことを言われてしまった。寄稿文が発表される度にHPへアップして知人、友人にメールで知らせて読んでもらえようお願いしているが、このような行為はプロとしてあまり好ましくないと言われてしまったのである。小中さんの言い分は、親切心から私の立場を考えてくれて、今や立派な作家(お恥ずかしいが・・・)だから、プロとして自分から読んでくれと言うのは媚を売るようなものであり、でんと構えていた方が良いとアドバイスされたのである。

 しかし、果たしてそういうものだろうか。泰然自若しているべきだろうか。私としてはどうも納得が行かない。媚を売っているわけではなく、ただ単に親しい人に拙稿を読んでもらい、できれば感想なり、コメントをもらいたいと思って知らせているだけなのである。

 でもよく考えてみると著名な作家の世界ではそうなのだろうかとも思う。それでもやはり折角精一杯書いた拙稿を親しい友人たちには何とか読んでもらいたいと思っている。

 そこでこう決めた。折角善かれとアドバイスしてくれた小中さんには申し訳ないが、これからもあまり押しつけがましくならないよう気を付けながら、拙稿を書いたら知らせる相手のことを考えて連絡し、相手へのメールの内容を斟酌しできるだけ読んでもらいたいと思っている。

 さて、昨日に比べて今日は気温が急降下した。雨も降っており北海道などでは雪も降ると予報が出ている。明日も出かける予定があるが、気温は低くなりそうだ。まだまだ春風駘蕩とは行かないようだ。

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2884.2015年4月6日(月) 入学式シーズンを迎える。

 満開の桜もそろそろ散り始めている。自宅周辺には駒澤公園の他に、今では暗渠になった呑川に沿って桜並木があるので、通りすがりの花見を楽しむことができる。そんな桜咲く季節に合せて各地で入学式が行われている。

 わが家でも奈良県生駒市に住む長男宅の長男と長女が、昨日日曜日にも拘わらずそれぞれ高校と中学の入学式に出席して長男夫婦も同席したと聞いた。自宅の周辺の目黒区立小学校でも1年生が両親ともども新しい制服を着て桜の下の校門を入って行った。

 振り返ってみると私が小学校というより、当時の国民学校初等科に入学したのは終戦の年だったので、今年でちょうど70年になる。あの時は房州・勝山町に引っ越したばかりで、知り合いもなく地理も不案内で東京育ちの母は相当悩んでいたようだった。近所に住んでいた父の会社の人に学校へ案内してもらった。ある時校外授業で生徒たちが田畑を歩いていた時、突然米軍機が襲ってきた。女性担任の青木先生が慌てて「皆さん!伏せなさい!」と大きな声で叫んだことが強く印象に残っている。終戦までの5ヶ月間は米軍機の空襲に不安を感じたり、防空壕に逃げ込んで警戒警報が解除されるのを待ったことなどが忌わしく思い出される。

 あの当時から考えれば今では表向きずっと平和になったと言える。だが、実際はどうだろうか。近年戦時中の軍国主義の匂いが紛々と漂ってきているのではないだろうか。これからの子どもたちが安心して豊かで平和な生活を送れる保証は年々希薄になっていると思う。

 今日信州大学でも入学式が行われた。新入生を前に山澤清人学長は、歓迎祝辞の中でスマホの使用について「スイッチを切って本を読み、友だちと話し、自分で考える習慣をつけ、物事を根本から考えて全力で行動することが独創性豊かな学生を育てる」と述べた。スマホを止められるか、信州大生を止められるか、とも問いかけた。スマホの過剰利用をセーブし、もっと大学生としては考える習慣を身につけるよう求めたものである。私自身普段スマホを使用しないので、その利便性は活用していない。しかし、その便利性だけは理解できるので、簡便に作られた情報を得ることにばかり振り回されて自分の頭で考える習慣を身につけることを忘れてしまうことを心配する。その点では、山澤学長のメッセージに賛同するものである。

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2883.2015年4月5日(日) 新聞連載小説に思う。

 4月に入って朝日新聞朝刊では林真理子の連載小説「マイ・ストーリー」が終わり、新たに沢木耕太郎の「春に散る」が始まった。前者は出版業界の現状に自費出版を素材にして男女のさやあてをからませたストーリーで、連載中に小中陽太郎氏が「出版ニュース」昨9月中旬号に拙著「南太平洋の剛腕投手」について書かれた書評の中で、この作品についても描写されていた。

 後者の沢木氏の作品は冒頭からフロリダ州マイアミのアメリカ合衆国最南端・キーウェストへタクシーで向かう設定で、これまで「深夜特急」などを通して海外各地の臨場感溢れる特異な旅を描いた筆者らしい構想にいやがうえにも興味が湧いてくる。「深夜特急」は3巻のかなりの長編だったが、私自身訪れた土地も多く、列車やバスで移動しているので、読書中に随分興味を惹かれたが、このキーウェストも訪れたことがありどんな展開になるのか今から楽しみにしている。

 これらの連載小説とは別に昨年4月から始まった夏目漱石ものの再連載は、1日からは「それから」が始まった。もちろん学生時代に読んだ作品であるが、これまで再連載された「こころ」「三四郎」と同じように、若いころ読んだ時とはちょっと味わいが変わり読者にとっては受け入れ方が違うように思う。一気に読み通すのではなく、限られた活字数を毎日コツコツと読み続けることが、新聞小説の面白味なのであろう。「それから」も新聞販売店から「それからノート」を購入して一日一日分を整理し、添付して別の楽しみ方を探そうと思っている。

 さて、所属するNPOの隔月刊機関紙に毎号エッセイを寄稿しているが、3月号には「イスラム国」について書いた。いつも通りこれをHPにアップして友人たちに知らせたところ、間髪を入れずに読んだと言い感想を送ってくれた2人の女性がいる。それが2人とも海外在住者なのだ。ひとりはセルビアで活動しているバイオリニストで、もうひとりはイスラエルのツアーガイドさんである。お二人ともアラブ諸国はもちろん世界各地を歩いているので、危険に直面することもあり、平和に暮らしている日本人とは大分感度が違うのではないかと思う。そしてやはりと言うべきであろうか、私の臨場感重視について賛意を示してくれる。臨場感の大切さは日ごろよりアピールしている。少しずつではあるが、理解をしてくれる人が増えたように感じている。これからも「臨場感」の大切さをPRしていきたいと考えている。

2015年4月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2882.2015年4月4日(土) 天皇・皇后両陛下のパラオ慰霊巡拝

 桜は今が満開であるが、今年は幸い雨に打たれることもなく、ただ風に吹かれて花弁が落ちるだけで本当に素晴らしいお花見シーズンになったと思う。日本人のみならず、外国人観光客も大分花見を楽しんだようである。

 今日は京王線仙川に小中陽太郎氏が理事長を務めているプラザ財団でワインをご馳走してくれるというお声がかかったので、その前に調布の野川縁でお花見をしようということで、10名ほどの同志が集まった。川幅は狭い野川ではあるが、両岸辺に植樹された桜は見事なものだった。土曜日の午後ということもあり、テーブル、或いはシーツを敷いてグループで宴会を楽しんでいるサラリーマンらしいグループも多くいて、それはそれなりに見ているだけで楽しかった。久しぶりにアルコールを楽しむことができた。

 初めてお会いした人の中に、幕末の志士・清河八郎の子孫である斎藤わか奈さんがおられた。その他にも珍しい方がおられた。池田さんと仰る86歳の前衛画家が予科練に入り特攻隊として出撃を待機していたが、終戦を迎えたと話された。最近軍隊経験のある方とお会いする機会が少なくなったが、今日はその意味でも懐かしい気持ちになったから不思議である。

 折も折今朝の朝日新聞に今月8日、9日に天皇・皇后両陛下のパラオ巡拝について大きく頁を割いているが、国民も終戦70年目の今年、両陛下の巡拝を心から喜び、パラオ国民も温かい気持ちでお出でを歓迎しているようだ。今回はこれまでの天皇の巡拝では考えられなかった海上保安庁巡視船に宿泊されることなど異例づくめである。これはホテルの施設、及び警備上の問題があるようだ。実際現地の最上級のホテルに宿泊を予定するにしても、卑しくも天皇をお迎えするにはハード上少々問題があるような気がしていた。それは旧トラック島でも同じことで、トラックが巡拝計画から長らく外されたままでいるのは、こういう宿泊上の問題があったからである。それがパラオ巡拝に大きな支障や、問題がないことが理解されれば、今後故アイザワ大酋長が生前熱望していた両陛下のトラック島巡拝にも大いなる可能性が生まれる。日本人の熱意も併せて、何とか故人の念願を叶えさせてあげたいものである。

2015年4月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2881.2015年4月3日(金) 神宮再開発でラグビー場は後回し

 昨日国立競技場周辺のスポーツ施設の建て替え計画が明かされた。国立競技場が新たに建設されることは承知していたし、実際すでに今までのスタジアムは解体中である。だが、その他にこれほどの大プロジェクト工事が計画されていたとは寝耳に水である。

 まず驚いたのは、秩父宮ラグビー場が2017年に解体され、2020年東京オリンピック・パラリンピック後に建て替えられるということである。東京ではオリンピックの前年19年にラグビー・ワールドカップが開催されることになっている。日本各地で分散開催されるにせよ、秩父宮殿下のお名前をいただいた日本ラグビーのメッカを最も重要で、利用される前に解体消滅させてしまうことはとても理解できない。都内で主会場として他に使用されるべきラグビー場がないわけではないが、ラグビーのメッカではないし、地域的、設備的には及ばず、名実ともにネームバリューで遥かに劣る。

 一方で、再建される神宮球場はラグビー場の跡地に建設され、完成後に現球場を取り壊し、そこへ新ラグビー場を建設するという。これまでの野球場とラグビー場の土地交換を行うのである。従って、神宮球場ではプロ、学生野球を問わず試合は休むことなく行われる。ちょっとこの計画はあまりにもラグビー界にとって厳しく残酷なものではないか。

 野球なら東京ドーム、マリーン・スタジアム、西武球場、駒澤球場などを運用すれば、さほどの問題なしに実施できると思う。それにも拘わらず、国際的な大会である19年ワールドカップ、そして20年のオリンピック・パラリンピックでも7人制ラグビーを行うのに最も新国立競技場に近く便利な場所にある秩父宮ラグビー場を取り払ってしまうことである。両大会とも秩父宮ラグビー場を使用してから、計画を進めればよいのではないか。これはラグビーファンならずとも首を傾げるところではないだろうか。その点でプロ及び学生野球界はラグビーに比べて遥かに厚遇されている。

 そもそもこの発想とアンバランスな思考はどこから生まれたのだろうか。現秩父宮ラグビー場を訪れた往年の名ラガーマンがテレビで寂しいと語っていたことが印象的である。ラグビー協会ももう少し異議を申し立てても良かったのではないか。

 2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長である森喜朗元首相は、日本ラグビー・フットボール協会会長でもある。森元首相には拙著「南太平洋の剛腕投手」上梓に関して随分お世話になったが、これについて強く意見を述べなかったのであろうか。そう言えば、森氏はつい最近肺がんの手術をされたそうである。ご健康であれば良いのだが・・・。

2015年4月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2880.2015年4月2日(木) 高野山で開山1200年目の大法衣

 今年は弘法大師が、嵯峨天皇から真言宗高野山に真言密教の道場を開くことを許されてから1200年目に当たる。今日から50日間の大法衣に入った。横綱日馬富士も午前中に伽藍中門前で土俵入りを奉納した。寺や地元では行事に集まる参拝客を受け入れるための準備に忙しいようだ。ここには高校の修学旅行で1度訪ねたきりであるが、近くにいるだけで深山に入り込んだような気がする。わが家の宗派も真言宗豊山派であるので、開山へもう少し訪れなければ、弘法大師様には申し訳ないと思っている。

 大法衣中は普段より大勢の参拝、観光客が訪れると予想されているが、地元・高野町の人口は僅か3300人である。その小さな町へこの50日間に30万人がやって来ると予想されている。だが、50年前の1150年目の大法衣では、もっと多くの47万人が訪れた。今年の大法衣では日本人、特に若い人たちの観光客が落ち込む一方で、外国人が増えるのではないかと期待されている。これは2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてこのエリアが世界文化遺産として登録されたからである。

 だが、すべてが万々歳というわけではない。時折「世界遺産」について講師を務める機会があるが、その際この世界遺産について触れることがある。ところが、最近問題になっている点がある。東洋研究家のアレックス・カー氏が取り上げ、ユネスコの世界遺産委員会でも問題視し出している。それは遺産の対象となっている長い「参詣道」に沿った両サイドの木柱が、疑似木柱、つまり石柱に巧妙に代えられていると指摘されていることである。オリジナルを軽々に人工的なものに造り変えてはいけないという理念に抵触しているのだ。軽視していると遺産登録が取り消しされる恐れもある。高野山側も承知している筈であるので、上手に対応していくと思うが、大きな問題になってお祝い行事にミソをつけないで欲しいものである。

2015年4月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com