2886.2015年4月8日(水) 天皇・皇后両陛下パラオ巡拝の旅へ

 今日冷え込むことは天気予報で承知していたが、その寒さがこれほどとは思わなかった。宇都宮のような北関東地方ならいざ知らず、埼玉や銚子、八王子でも降雪があった。都心部の正午の気温は、何と真冬並みの3.0℃だった。因みに一昨日は20.9℃、昨日は10.6℃だった。いかに急激に気温が下がったかが分かる。朝から雨も降っていた。

 この雨の中を六本木の全日空ホテルで開かれたアジア・大洋州各国協力によるチャリティーバザーに妻と車で出かけた。このバザーは、今年の委員長がミクロネシア連邦のフリッツ大使夫人でもあり、昨年に続いてミクロネシア連邦大使館から勧められて出かけたものである。今日の会場は昨年に比べても外は寒いが中は熱気がむんむんとして、押しあいへしあい人が溢れんばかりだった。2つの会場は想像を超えるほどごった返していた。ただ、中々珍しい試みでもあり、妻は結構エンジョイしているようだった。土産品販売屋台では顔見知りの女性大使館員が笑顔で応対してくれた。会場内のほとんどが女性だったが、女性には興味をそそるような物産を販売している各国の物産店がひしめいていたので、ちょっとした観光気分で気軽にショッピングしたり見学してみるのも面白いのではないか。ある面ではリラックスできた一日だった。

 さて、今日天皇・皇后両陛下がパラオを訪れた。早速パラオではレメンゲサウ大統領夫妻主催の歓迎レセプションが開かれた。今晩は窮屈な海上保安庁の巡視船「あきつしま」で宿泊され、明日ヘリコプターで最大の激戦地ペリリュー島へ飛び日米戦死者の霊を慰める慰霊祭に出席される。この両陛下巡拝は、天皇の強い希望で実現した。というのは、天皇には太平洋戦争について4つの忘れてはならない日があるという。それは、広島と長崎原爆投下の日、沖縄激戦の日、そして終戦記念日である。それほど先の戦争に強い感慨と思い込みのある天皇である。それだけに今日の巡拝は、天皇にとって念願叶った旅ということが言えるかも知れない。

 テレビ各局も両陛下のパラオ巡拝をあらゆる角度から伝えている。パラオには5回ほど、ペリリューへは一度だけ訪れたことがある。ペリリューでは民宿に泊まった。両島の戦争の名残りである朽ちた戦車や大砲を画面で観ると、現場を訪れた30余年前をまざまざと思い出させられる。今朝羽田空港で両陛下をお見送りした安倍首相には、戦没者を想い戦争はやってはいけないという天皇のお気持ちが、どれほど分かっているだろうか。

2015年4月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2885.2015年4月7日(火) 拙稿掲載を友人たちに知らせるべきか。

 小中陽太郎氏にきついことを言われてしまった。寄稿文が発表される度にHPへアップして知人、友人にメールで知らせて読んでもらえようお願いしているが、このような行為はプロとしてあまり好ましくないと言われてしまったのである。小中さんの言い分は、親切心から私の立場を考えてくれて、今や立派な作家(お恥ずかしいが・・・)だから、プロとして自分から読んでくれと言うのは媚を売るようなものであり、でんと構えていた方が良いとアドバイスされたのである。

 しかし、果たしてそういうものだろうか。泰然自若しているべきだろうか。私としてはどうも納得が行かない。媚を売っているわけではなく、ただ単に親しい人に拙稿を読んでもらい、できれば感想なり、コメントをもらいたいと思って知らせているだけなのである。

 でもよく考えてみると著名な作家の世界ではそうなのだろうかとも思う。それでもやはり折角精一杯書いた拙稿を親しい友人たちには何とか読んでもらいたいと思っている。

 そこでこう決めた。折角善かれとアドバイスしてくれた小中さんには申し訳ないが、これからもあまり押しつけがましくならないよう気を付けながら、拙稿を書いたら知らせる相手のことを考えて連絡し、相手へのメールの内容を斟酌しできるだけ読んでもらいたいと思っている。

 さて、昨日に比べて今日は気温が急降下した。雨も降っており北海道などでは雪も降ると予報が出ている。明日も出かける予定があるが、気温は低くなりそうだ。まだまだ春風駘蕩とは行かないようだ。

2015年4月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2884.2015年4月6日(月) 入学式シーズンを迎える。

 満開の桜もそろそろ散り始めている。自宅周辺には駒澤公園の他に、今では暗渠になった呑川に沿って桜並木があるので、通りすがりの花見を楽しむことができる。そんな桜咲く季節に合せて各地で入学式が行われている。

 わが家でも奈良県生駒市に住む長男宅の長男と長女が、昨日日曜日にも拘わらずそれぞれ高校と中学の入学式に出席して長男夫婦も同席したと聞いた。自宅の周辺の目黒区立小学校でも1年生が両親ともども新しい制服を着て桜の下の校門を入って行った。

 振り返ってみると私が小学校というより、当時の国民学校初等科に入学したのは終戦の年だったので、今年でちょうど70年になる。あの時は房州・勝山町に引っ越したばかりで、知り合いもなく地理も不案内で東京育ちの母は相当悩んでいたようだった。近所に住んでいた父の会社の人に学校へ案内してもらった。ある時校外授業で生徒たちが田畑を歩いていた時、突然米軍機が襲ってきた。女性担任の青木先生が慌てて「皆さん!伏せなさい!」と大きな声で叫んだことが強く印象に残っている。終戦までの5ヶ月間は米軍機の空襲に不安を感じたり、防空壕に逃げ込んで警戒警報が解除されるのを待ったことなどが忌わしく思い出される。

 あの当時から考えれば今では表向きずっと平和になったと言える。だが、実際はどうだろうか。近年戦時中の軍国主義の匂いが紛々と漂ってきているのではないだろうか。これからの子どもたちが安心して豊かで平和な生活を送れる保証は年々希薄になっていると思う。

 今日信州大学でも入学式が行われた。新入生を前に山澤清人学長は、歓迎祝辞の中でスマホの使用について「スイッチを切って本を読み、友だちと話し、自分で考える習慣をつけ、物事を根本から考えて全力で行動することが独創性豊かな学生を育てる」と述べた。スマホを止められるか、信州大生を止められるか、とも問いかけた。スマホの過剰利用をセーブし、もっと大学生としては考える習慣を身につけるよう求めたものである。私自身普段スマホを使用しないので、その利便性は活用していない。しかし、その便利性だけは理解できるので、簡便に作られた情報を得ることにばかり振り回されて自分の頭で考える習慣を身につけることを忘れてしまうことを心配する。その点では、山澤学長のメッセージに賛同するものである。

2015年4月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2883.2015年4月5日(日) 新聞連載小説に思う。

 4月に入って朝日新聞朝刊では林真理子の連載小説「マイ・ストーリー」が終わり、新たに沢木耕太郎の「春に散る」が始まった。前者は出版業界の現状に自費出版を素材にして男女のさやあてをからませたストーリーで、連載中に小中陽太郎氏が「出版ニュース」昨9月中旬号に拙著「南太平洋の剛腕投手」について書かれた書評の中で、この作品についても描写されていた。

 後者の沢木氏の作品は冒頭からフロリダ州マイアミのアメリカ合衆国最南端・キーウェストへタクシーで向かう設定で、これまで「深夜特急」などを通して海外各地の臨場感溢れる特異な旅を描いた筆者らしい構想にいやがうえにも興味が湧いてくる。「深夜特急」は3巻のかなりの長編だったが、私自身訪れた土地も多く、列車やバスで移動しているので、読書中に随分興味を惹かれたが、このキーウェストも訪れたことがありどんな展開になるのか今から楽しみにしている。

 これらの連載小説とは別に昨年4月から始まった夏目漱石ものの再連載は、1日からは「それから」が始まった。もちろん学生時代に読んだ作品であるが、これまで再連載された「こころ」「三四郎」と同じように、若いころ読んだ時とはちょっと味わいが変わり読者にとっては受け入れ方が違うように思う。一気に読み通すのではなく、限られた活字数を毎日コツコツと読み続けることが、新聞小説の面白味なのであろう。「それから」も新聞販売店から「それからノート」を購入して一日一日分を整理し、添付して別の楽しみ方を探そうと思っている。

 さて、所属するNPOの隔月刊機関紙に毎号エッセイを寄稿しているが、3月号には「イスラム国」について書いた。いつも通りこれをHPにアップして友人たちに知らせたところ、間髪を入れずに読んだと言い感想を送ってくれた2人の女性がいる。それが2人とも海外在住者なのだ。ひとりはセルビアで活動しているバイオリニストで、もうひとりはイスラエルのツアーガイドさんである。お二人ともアラブ諸国はもちろん世界各地を歩いているので、危険に直面することもあり、平和に暮らしている日本人とは大分感度が違うのではないかと思う。そしてやはりと言うべきであろうか、私の臨場感重視について賛意を示してくれる。臨場感の大切さは日ごろよりアピールしている。少しずつではあるが、理解をしてくれる人が増えたように感じている。これからも「臨場感」の大切さをPRしていきたいと考えている。

2015年4月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2882.2015年4月4日(土) 天皇・皇后両陛下のパラオ慰霊巡拝

 桜は今が満開であるが、今年は幸い雨に打たれることもなく、ただ風に吹かれて花弁が落ちるだけで本当に素晴らしいお花見シーズンになったと思う。日本人のみならず、外国人観光客も大分花見を楽しんだようである。

 今日は京王線仙川に小中陽太郎氏が理事長を務めているプラザ財団でワインをご馳走してくれるというお声がかかったので、その前に調布の野川縁でお花見をしようということで、10名ほどの同志が集まった。川幅は狭い野川ではあるが、両岸辺に植樹された桜は見事なものだった。土曜日の午後ということもあり、テーブル、或いはシーツを敷いてグループで宴会を楽しんでいるサラリーマンらしいグループも多くいて、それはそれなりに見ているだけで楽しかった。久しぶりにアルコールを楽しむことができた。

 初めてお会いした人の中に、幕末の志士・清河八郎の子孫である斎藤わか奈さんがおられた。その他にも珍しい方がおられた。池田さんと仰る86歳の前衛画家が予科練に入り特攻隊として出撃を待機していたが、終戦を迎えたと話された。最近軍隊経験のある方とお会いする機会が少なくなったが、今日はその意味でも懐かしい気持ちになったから不思議である。

 折も折今朝の朝日新聞に今月8日、9日に天皇・皇后両陛下のパラオ巡拝について大きく頁を割いているが、国民も終戦70年目の今年、両陛下の巡拝を心から喜び、パラオ国民も温かい気持ちでお出でを歓迎しているようだ。今回はこれまでの天皇の巡拝では考えられなかった海上保安庁巡視船に宿泊されることなど異例づくめである。これはホテルの施設、及び警備上の問題があるようだ。実際現地の最上級のホテルに宿泊を予定するにしても、卑しくも天皇をお迎えするにはハード上少々問題があるような気がしていた。それは旧トラック島でも同じことで、トラックが巡拝計画から長らく外されたままでいるのは、こういう宿泊上の問題があったからである。それがパラオ巡拝に大きな支障や、問題がないことが理解されれば、今後故アイザワ大酋長が生前熱望していた両陛下のトラック島巡拝にも大いなる可能性が生まれる。日本人の熱意も併せて、何とか故人の念願を叶えさせてあげたいものである。

2015年4月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2881.2015年4月3日(金) 神宮再開発でラグビー場は後回し

 昨日国立競技場周辺のスポーツ施設の建て替え計画が明かされた。国立競技場が新たに建設されることは承知していたし、実際すでに今までのスタジアムは解体中である。だが、その他にこれほどの大プロジェクト工事が計画されていたとは寝耳に水である。

 まず驚いたのは、秩父宮ラグビー場が2017年に解体され、2020年東京オリンピック・パラリンピック後に建て替えられるということである。東京ではオリンピックの前年19年にラグビー・ワールドカップが開催されることになっている。日本各地で分散開催されるにせよ、秩父宮殿下のお名前をいただいた日本ラグビーのメッカを最も重要で、利用される前に解体消滅させてしまうことはとても理解できない。都内で主会場として他に使用されるべきラグビー場がないわけではないが、ラグビーのメッカではないし、地域的、設備的には及ばず、名実ともにネームバリューで遥かに劣る。

 一方で、再建される神宮球場はラグビー場の跡地に建設され、完成後に現球場を取り壊し、そこへ新ラグビー場を建設するという。これまでの野球場とラグビー場の土地交換を行うのである。従って、神宮球場ではプロ、学生野球を問わず試合は休むことなく行われる。ちょっとこの計画はあまりにもラグビー界にとって厳しく残酷なものではないか。

 野球なら東京ドーム、マリーン・スタジアム、西武球場、駒澤球場などを運用すれば、さほどの問題なしに実施できると思う。それにも拘わらず、国際的な大会である19年ワールドカップ、そして20年のオリンピック・パラリンピックでも7人制ラグビーを行うのに最も新国立競技場に近く便利な場所にある秩父宮ラグビー場を取り払ってしまうことである。両大会とも秩父宮ラグビー場を使用してから、計画を進めればよいのではないか。これはラグビーファンならずとも首を傾げるところではないだろうか。その点でプロ及び学生野球界はラグビーに比べて遥かに厚遇されている。

 そもそもこの発想とアンバランスな思考はどこから生まれたのだろうか。現秩父宮ラグビー場を訪れた往年の名ラガーマンがテレビで寂しいと語っていたことが印象的である。ラグビー協会ももう少し異議を申し立てても良かったのではないか。

 2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長である森喜朗元首相は、日本ラグビー・フットボール協会会長でもある。森元首相には拙著「南太平洋の剛腕投手」上梓に関して随分お世話になったが、これについて強く意見を述べなかったのであろうか。そう言えば、森氏はつい最近肺がんの手術をされたそうである。ご健康であれば良いのだが・・・。

2015年4月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2880.2015年4月2日(木) 高野山で開山1200年目の大法衣

 今年は弘法大師が、嵯峨天皇から真言宗高野山に真言密教の道場を開くことを許されてから1200年目に当たる。今日から50日間の大法衣に入った。横綱日馬富士も午前中に伽藍中門前で土俵入りを奉納した。寺や地元では行事に集まる参拝客を受け入れるための準備に忙しいようだ。ここには高校の修学旅行で1度訪ねたきりであるが、近くにいるだけで深山に入り込んだような気がする。わが家の宗派も真言宗豊山派であるので、開山へもう少し訪れなければ、弘法大師様には申し訳ないと思っている。

 大法衣中は普段より大勢の参拝、観光客が訪れると予想されているが、地元・高野町の人口は僅か3300人である。その小さな町へこの50日間に30万人がやって来ると予想されている。だが、50年前の1150年目の大法衣では、もっと多くの47万人が訪れた。今年の大法衣では日本人、特に若い人たちの観光客が落ち込む一方で、外国人が増えるのではないかと期待されている。これは2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてこのエリアが世界文化遺産として登録されたからである。

 だが、すべてが万々歳というわけではない。時折「世界遺産」について講師を務める機会があるが、その際この世界遺産について触れることがある。ところが、最近問題になっている点がある。東洋研究家のアレックス・カー氏が取り上げ、ユネスコの世界遺産委員会でも問題視し出している。それは遺産の対象となっている長い「参詣道」に沿った両サイドの木柱が、疑似木柱、つまり石柱に巧妙に代えられていると指摘されていることである。オリジナルを軽々に人工的なものに造り変えてはいけないという理念に抵触しているのだ。軽視していると遺産登録が取り消しされる恐れもある。高野山側も承知している筈であるので、上手に対応していくと思うが、大きな問題になってお祝い行事にミソをつけないで欲しいものである。

2015年4月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2879.2015年4月1日(水) 「京都新聞」に中学時代の同窓会掲載

 今日から2015年度に入った。新社会人のスタートの時である。入社式で堂々と誓いの言葉を述べる新入社員が清々しく見える。国はいつも前年度中に新年度の国家予算が決まらず、新しい年度に入ってから法案が国会を通過するのが当たり前のようになっていたが、今年度は何とか間に合った。執行予算以外にも問題は山積しているが、取り敢えず善しとすべきだろう。

 今日京都から大型封筒が郵送されてきた。差出人にも覚えがないので、半信半疑で開封してみると「京都新聞夕刊」が1部入っていた。開いてみると「旧交歓談」という全頁の一部に、昨秋出席した京都市立上桂中学校卒業60周年記念同窓会の集合写真が解説付きで掲載されていた。幹事がわざわざ送ってくれたものだ。他にも京都府内の学校を卒業した同窓会の写真が3校あったが、それらは他の中学校、高校、国民学校だった。都内の大手新聞はほとんど全国紙なのでこういう地元密着の企画はあまり見られないが、その点京都はまだ身近なコミュニケーションの中に温かい気風を感じる。

 そう言えば、今日選抜高校野球決勝戦が行われ、福井県の敦賀気比高が北海道の東海大四高に3x-1で勝ち、福井県勢として春夏を通じて初めての優勝を飾ったが、昨年の決勝戦では、京都市内のもうひとつの母校平安中の付属高・龍谷大平安高(当時平安高)が選抜初めての優勝を飾ったものだ。

 京都には1年半しかおらず、それでもその間2つの中学校へ通った。いずれも楽しい学校生活で、勉強なんかほとんどせず、放課後になると日が暮れるまで友だちと山野を駆けまわり野鳥を追っかけていたことが懐かしい。

 もうひとつびっくりしたのは、今日ブラジルの友人アーリンド・フルタードさんから手紙を受け取ったことだ。2月に高校の友人・呉忠士さんがわざわざリオのアーリンドさんを訪ねてくれたが、風邪でインターフォンでしか話すことができず、アーリンドさんは折角訪ねてくれた呉さんに会わなかったことをしきりに謝っているのだ。今年83歳でその時体調はあまり良くないと書いているので、それも致し方ないと思うが、高齢でもあるので独身者としては心細いのだろうか。今では1年をリオと南部都市で半々に生活しているという。今では大分健康を回復したというので、もっと前向きに元気になって欲しいと心から願っている。

 もっと不思議に思ったのは、彼がこの手紙を投函したのが2月24日であり、今日受け取るまでに1カ月以上もかかっていることだ。先にもらった手紙も1カ月半以上もかかっている。いずれも航空便なのにどうしてこれほど時間がかかっているのだろうか。ブラジル経済は今やどん底らしいが、まさかその影響を受けたというわけではあるまい。

 いずれにしろ今日はささやかな喜びと驚きがあった。

2015年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2878.2015年3月31日(火) 見事な千鳥ヶ淵の桜

 実に見事なものである。し分ない。千鳥ヶ淵の桜がとにかく素晴らしいのだ。ここ数日千鳥ヶ淵がお花見季節の風物詩として、その艶やかな夜桜がテレビ映像で流されたり、新聞でも報道されている。都内には他に上野公園や代々木公園、駒澤公園、隅田川、目黒川の桜などもその華やかさで知られているが、場所柄、風景、雰囲気などから考えても皇居のお堀端にある、この千鳥ヶ淵が圧巻だろう。

 今日妻とその千鳥ヶ淵の桜見物に出かけた。地下鉄半蔵門駅からお堀へ向かいイギリス大使館前を通ったが、カメラを手にした花見ファンがあちこちで見られる。内堀通りに出て広大な敷地のイギリス大使館前を通りに沿って歩いた。大使館正門前には幕末に対日条約締結で活躍したアーネスト・サトー公使が桜の植樹に貢献されたことを紹介した石碑が建っていた。

 イギリス大使館と言えば、ふと感慨深く想い出すことがあった。あれは1967年11月だった。翌68年1月11日アデン(現イェーメン)が独立する当日に入国しようと、入国ビザ申請のために宗主国イギリスのこの駐日大使館へ出頭した。ところがアデンは突然日時を繰り上げて慌ただしく11月に独立してしまった。従って私がアデンへ入国した1月11日は、アデンはすでに独立国「南イェーメン人民共和国」となっていた。結局このイギリス大使館が発行してくれたビザは無効となってしまった。私は空港で新独立国のビザを発行してもらい、入国係官から独立後最初に入国した日本人と呼ばれた。そのこと自体はちょっと誇らしい気持ちだった。あのイギリス大使館があの当時も立派な建物ではあったがこれほどとは思わなかった。しかし、ビザ取得に夢中になっていてそれほど強い印象はない。いずれにせよ、あのアデン行きは、いまの私にとって大きな成長の素となった。忘れられない旅行であり、忘れられないイギリス大使館でもある。

 お堀端に近づくにつれ満開の桜が眼いっぱいに飛び込んで来る。それらはほとんどが咲き誇ったソメイヨシノだが、中にはまだ緑の葉が濃く見られる桜もあり、それらはソメイヨシノとは別種の桜だろう。半蔵門から皇居内へ入り石垣上の散歩道を桜の景観を楽しみながらほぼ半周して北の丸公園内へ入り、ここも石垣上の小道から堀を隔てた桜並木の景観に満足感を覚える。これまで偶にはお堀端を訪れることはあってもこれほどお花見シーズンに観桜を楽しんだことはない。食事を持ちこみシーツを敷いてピクニック気分でゆっくり観桜すれば、もう少し気持ちが落ち着いたであろうに、その点で少々惜しいことをしたと後悔の気持ちがする。

 それにしても大勢の花見客がやって来るものだ。熟年の花見客も多く、彼らのほとんどは大型のカメラを手に撮りまくっている。ランチタイムにぶつかったこともあり、近隣のオフィスに勤めているビジネスマンらしい小グループが、茣蓙を敷いて背広姿で弁当を食べている姿が何とも微笑ましい。仕事の合間に彼らもお花見を楽しんでいるのだろう。

 この他に、特に目立ったのは、外国人の姿だ。花見がこの時節の日本らしい象徴的シーンと見て、自分たちもご相伴に与かろうというものであろう、その姿が特に多く見られたように感じた。

 北の丸公園から武道館前を通り田安門から靖国通りへ出て、再び地下鉄で渋谷へ出て「ヒカリエ」で遅い昼食を済ませて帰って来た。万歩計はこの時すでに1万2千歩ほどを記録していた。これには少々驚いた。夢中で歩いていたことになる。

 千鳥ヶ淵のお花見は初めてだったが、心身ともに久しぶりに満足感を味わうことができた。

2015年3月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2877.2015年3月30日(月) 追い風参考、桐生選手陸上100mで10秒突破

 驚いた。日本選手が追い風参考記録とは言え、陸上短距離100mで10秒を切るとは考えてもいなかった。昨日アメリカ・テキサス州の記録会で東洋大の桐生祥秀選手が、偉大な記録、それもほんのちょっとだけ10秒をクリアしたのではなく、堂々たる9.87秒でアメリカ人オリンピック入賞者たちに走り勝ったのである。

 現在の日本記録は10.0秒だが、われわれが子どもの頃は長い間‘暁の超特急’吉岡隆徳選手の10.3秒の記録が燦然と輝いていたものだ。その記録は1964年東京オリンピック開催年に飯島秀雄選手が10.1秒を記録するまで29年間に亘って日本陸上史の金字塔だった。

 今日もテレビで多くの評論家が桐生選手が出したこの記録を高く評価し、追い風参考などではなく、近い将来に必ず日本記録を破る9秒台の記録を出してくれるだろうと大いなる期待感を込めてコメントしていた。

 嬉しい話である。桐生選手には一日も早く日本新記録を打ち樹てて欲しいものである。

 さて、昨日のブログで安倍首相の暴走ぶりについて書いたところだが、昨日慌ただしくシンガポールへ日帰りで元首相の国葬へ出席した安倍首相は、とんぼ返りしたばかりである。今日は早速2015年度国家予算承認の決議のため参議院議会に出席した。その首相が、過日ワシントン・ポスト紙に従軍慰安婦について「人身売買」と発言したことが新たな問題となっている。韓国政府が早くも反応しているが、大きな問題にならないことを願う。

 それにしても、最近の首相の言動はどうも危なっかしくて見ていられない。立ち止まって考えるということをせずに、思い切って自分の感じるまま、思うままに行動するからである。世間知らずのお坊ちゃんらしく、手間がかかり世話の焼ける総理大臣である。これでは、今後も首相をハラハラして見ていなければならない。

2015年3月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com