2906.2015年4月28日(火) 日米首脳会談に先立ち日米2+2会談

 22日に無人機「ドローン」が首相官邸屋上に墜落しているのが見つかり、外部からの侵入に対する無防備ぶりを曝け出し、泥縄式に警備体制を見直そうとしている。そんなことより法律によって入手方法や、使用に規制を加えれば良さそうなものなのに、その点の動きはのろい。

 その後福井県小浜市内に住む元自衛官がドローンを飛ばしたと名乗り出た。どうもその人物が操作したらしいことが分かり犯人探しはあっけなく終わった。その理由を元自衛官はドローンから放射能が漏れ出ていることを根拠に、原発反対を訴えたかったと述べた。ことの是非は別にして一応それはそれで説明がつく。ところが、一昨日辺りから、その男から自己嫌悪的な発言が目立ち、自らの生き方に疑問を感じたようなことを話し始めた。こうなると少なからず精神面の問題が問われるようになる。この男が精神異常者とは言わないまでも、こんな危険な飛行物体が仮にもそういう人々の手に入ると何が起こるか分からないことを示唆している。それだけにこの種の飛行物体の使用については、国全体としてトラブル防止のために早めに手を打つ必要がある。その点で今の政治家、警察は何と感度が鈍いのだろうか。やっと腰を上げたところである。

 さて、安倍首相は日米首脳会談のため訪米中であるが、昨日の日米外務、防衛相による2+2会談で、日米安保条約のガイドラインが見直され、表向きは改めて日米の結束が強化されたと言っているが、どうだろう。カーター国防長官は日米がアジア太平洋地域と世界中で協力が可能になったと日本側ともども自画自賛している。岸田外相に至っては、普天間基地移設については辺野古への移設が唯一の解決策と沖縄の気持ちとは全く逆の考えをアメリカに伝えた。自衛隊の海外派遣が何の抵抗もなく行われるようになり、アメリカの防衛の肩代わりをする危ない橋を渡ることを確約する場になった。完全に憲法違反である。

 今日の朝日夕刊「素粒子」欄にはこうある。「まず米国との合意あり。憲法より国会より法律より。ガイドライン改定。国民の意思は最下位の逆立ち民主主義。」

 サンフランシスコ講和条約が発効して今日で63年になる。その時本土は主権を回復し、沖縄だけが切り離されて米軍の支配下に入った。まさに沖縄にとって今日4月28日は屈辱の日と言われている。今日の日米会談ではそんな沖縄県民への思いやりは一切見られない。ここまで持ってきた安倍首相を始め、右翼政治家と右寄りの国民の非情なしたたかさには驚くばかりである。

 いまのところ絵空事のように考えているようだが、実際にいざ戦争となった時、こういう憲法違反に加担した政治家や一部の右翼国民は率先して戦地へ赴き、敵と戦う覚悟があり、命を落としても納得づくなのだろうか。

 つい最近横浜市内の県立高校生に、その辺りを質してみた。彼は国家の防衛上軍備は必要だし、敵が攻めてきたら守る必要があると応えた。気持ちは安倍首相と同じだ。だが、実際に戦争になったらどれだけの悲劇が目の前に展開されるのかということはピンと来ていないようだった。これだから困る。戦争に巻き込まれることは、自分の生命、家族の生命を投げ出すことに繋がることがよく分かっていない。こういう教育を学校だけでなく、社会的にメディアなどを通して若い人たちに教えることが大切だと痛感した。

 今晩安倍首相はアメリカ上下院議会でスピーチを行い、オバマ大統領と日米首脳会談を行う。日本人のみならず、ニューヨーク・タイムズなど安倍首相に辛辣なアメリカ人、反日的な中国人、韓国人が注目している。

2015年4月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2905.2015年4月27日(月) ネパールの地震被害が拡大

 ネパールの地震は、その後被害が拡大して人的被害のみならず物的な損害も大きい。首都カトマンズにある世界遺産、ダルマール広場の寺院や塔も崩れ落ちるように倒壊し無残な姿を晒している。犠牲者の数も日に日に増え、今日現在3700人を超える人々が命を落としている。エベレスト登山のベースキャンプも地震から雪崩、落石を呼び、日本人1人を含む登山者17人が亡くなった。元々貧しいネパールだけに災害者を助けようにも資金的にも、物質的にも充分な余裕がないうえに、インフラが寸断され援助物資が届かず、各国へ援助の要請をしている。ところが、カトマンズ空港が混雑して一時的に使用できなくなったために日本からの救援隊が予定通り到着できず、インドへ寄ってからカトマンズ入りする有様である。散々な目に遭っている。

 テレビで崩壊現場を観ていると、1999年8月に20世紀最大の地震と言われたM7.5のトルコ地震に遭遇した時、チャナッカレの現場で目の当たりに見た崩壊現場より大分酷いように思えた。

 貧しい人たちがいつも、どんな所でも恵まれず思うように援助を受けられないのは、最早当たり前となっている。

 さて、昨日行われた統一地方選後半戦の結果は、先の前半戦や直近の国政選挙同様に選挙民の間に不投票の傾向が著しく高まり、このままの状態では民主主義の崩壊へ繋がる恐れが表れてきた。その最たる傾向は、懸念されていた投票率の下落である。全選挙区で過去最低の投票率を示した。市議選の全平均投票率は48.62%で、前回より2.2%も下がっている。これと連動するように、無競争当選選挙区が多くなり、これでは住民が候補者の考えや意見を聞く機会を失うことであり、民主主義の根底が崩れて行くことになる。

 一方で、大阪都構想の是非を問う住民投票が今日告示され、来月17日に住民投票が実施される。橋下徹大阪市長が府知事に就任した時からの念願である。これまでこの種の住民投票が行われたことがなかったので、知名度やその実施の主旨と方法がよく住民に理解されているようには思えない。その目的は、大阪府と大阪市の二重行政を解消し、特に無駄を取り除きたいという狙いである。ただ、1カ月足らずの短い間に住民に理解を求めるのは難しく、後顧に憂いを残さなければよいと思う。橋下市長が代表を務める大阪維新の会は、当初から都構想を推進しているが、自民、公明、民主党らは反対している。私自身ひとつ疑問がある。大阪府立大と大阪市立大の両立をどのように調整するのか。これからどういう道筋を辿って行くのだろうか。大阪市有権者211万人の責任は重い。

2015年4月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2904.2015年4月26日(日) ベトナム戦争終結40周年集会

 統一地方選挙の後半戦、世田谷区長選と区議選が行われたので、午前中いつも通り東深沢小で投票を済ませ、やや早い昼食をしてバスで東京タワーのある芝公園へ出かけた。集合は「複眼的報道の塔」という新聞協会が建てたちょっと分かりにくい場所にある時計塔だった。交番と東京タワー案内所の2か所で尋ねて漸く探し当てた。元ベ平連の小中陽太郎さんのセンチメンタルな思いから、ベトナム戦争終結を振り返り、現在の沖縄問題に関する日米両政府の対応に対して抗議する試みである。集まったのは、いつものペンの仲間とベ平連関係者約15名だったが、デモの許可を得ていないので街頭を行進することができず、塔の前で参加者がそれぞれコメントを言い合い、台石の上でシュプレヒコールを繰り返し気勢を上げた。

 1965年4月24日にベ平連が叫んだのは、「アメリカはベトナムから手を引け!」「ベトナムはベトナム人のものだ!」「日本政府はアメリカに協力するな!」だったが、今日我々は「アメリカは沖縄から手を引け!」「沖縄は沖縄のものだ!」「日本政府はアメリカに協力するな!」「日本政府は『殺すな!』」を叫んだ。最後の『殺すな!』はベトナム戦争時にワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙に反戦広告を掲載した時の標語で、主旨に賛同された岡本太郎に書いていただいた文字である。

 静かな場所で全員声高にシュプレヒコールを上げた。通りがかりの日本人や外国人が興味深そうに我々を見ていたが、久しぶりのデモ的行動で少しは政府の右翼的姿勢に対する鬱憤が晴れた。メディアを通した訴求度は弱いものかも知れないが、それでも、The Japan Times社の論説室顧問・川畑泰氏とベトナム通信社東京支局長ブイ・フー・タン氏が取材に来られた。タン氏のご両親は戦時中北ベトナムのハノイに住んでおられ、枯葉剤による後遺症が今も残っているという。タン氏には僭越ながら私の経歴に大変興味を持っていただき、10分近くテレビ取材を受けることになった。ベトナム戦中、戦後にベトナムを訪れた体験、ベトナム反戦への考え、現在の反戦行動、安倍政権の保守というより右翼的言動、反戦に対する意識等々について忌憚なく持論を述べた。終戦記念日の今月30日にハノイから放映されるそうだが、残念ながら画像を観ることはできない。

 集会を終えて近くで買い込んだ缶ビールを仲間同士で飲み語らう。小さいながらもこんな楽しい反戦メモリアル集会もない。これも小中さんのお人柄と行動力、あくなき反戦への思いによるところが大きい。まもなくベトナム終戦40周年がやってくる。

 さて、昨日ネパールで起きた地震の被害は拡大して、犠牲者は2千人を超えた。日本人の犠牲者も見つかった。M7.8と揺れも大きかったが、建物が煉瓦構造というのが被害を大きくしたようだ。それに山岳地帯なので地震とはあまり縁がないと思っていたが、これまでも5年に1度くらいの割合で大きな地震が起きている。それにそもそもヒマラヤ山脈も地殻変動によってできたものだ。それほど地震の巣窟のようなところだ。まだまだ心配である。

2015年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2903.2015年4月25日(土) 知研久恒理事長、八木会長と久しぶりに懇談

 午後パソコンの不具合でITコンサルタントの小糸さんに自宅まで来ていただいた。調べたうえで、いろいろトライした結果、パソコンと電源をつなぐコードが傷んでいることが原因と分かり、今日のところは初期療法をやってもらいゴールデンウィーク明けに内蔵バッテリーも再び取りつけてもらって一件落着ということになる。

 その後京王線調布駅で人と待ち合わせして居酒屋に入った。NPO「知的生産の技術研究会」の久恒啓一理事長と八木哲郎会長が、私のためにわざわざ激励会をやってくれることになっていたのである。実は一昨日も浜松町の世界貿易センタービル内のクラブでゼミの仲間が同じように激励会をやってくれたところだ。まだ、他にも励ます会を開いてくれるという友人もいるが、どうして私を激励することになったのかという肝心な点については、来る6月22日の本ブログに書き込むつもりである。シークレットというほどのこともないが、一応ことの次第が公表されるまでは書きにくい。お許しいただきたいと思っている。

 それより何より今日初めて伺い、感銘を受けたのは、久恒理事長がこの4月から多摩大学副学長になられたということである。今までも学部長兼任教授として八面六臂のご活躍をされてこられたが、これからは海外出張やテレビ出演、講演などで平素ご多忙な寺島寿郎学長を補佐しながら、益々ご活躍されることを祈念している。八木会長も80歳を超えたにも拘わらず、矍鑠としてお元気なのに安心した。お二人とは、率直な話ができて楽しかった。

 ところで、40年前の今日はこれまでのわが人生の中でも振り返って画期的な一日だった。あの忌わしいベトナム戦争終結の日である。40年前の今日北ベトナム軍兵士が戦車に乗って、当時の南ベトナムの首都サイゴンに笑顔を見せながら入って来た印象的な姿を思いだす。これで漸く戦争は終わるとの思いでほっとしたような気持ちになった。戦火の激しい中をひとりでサイゴンにも出かけ、良い意味でも、悪い意味でも怖い体験をした。それは今自分の仕事面、生き方において大いに力となっている。それにしてもこのエポックメークな終戦記念日について、どのメディアもまったく報道しないとはどういうことだ。今沖縄米軍基地が問題となっているが、その沖縄から米軍機が続々とベトナムへ飛び立っていた現実があったではないか。そんなことなどきれいさっぱり忘れてしまっている。メディアもだらしないし、情けない。

 明日は芝公園で集会がある。「ベトナムに平和を 市民連合」、通称「ベ平連」で小田実さんらと主導的役割を果たされた小中陽太郎さんのお誘いである。もう戦争は嫌だが、それを身体に染み込ませる意味でも明日は集会に出かける義務があると思っている。

 さて、夜帰宅してテレビ・ニュースでびっくりしたのは、ヒマラヤの麓、ネパールで大きな地震が起きて、現時点で876人が亡くなったということである。地震国日本に住んでいる我々としてはとても他人ごととは思えない。もっと被害が広がっていないか心配である。

2015年4月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2902.2015年4月24日(金) 身の回り品の突然のトラブルに困惑

 先日マイカーのエンジンがかからなくなって販売店に車を預け調べてもらっていたが、どうしてもその時エンジンが始動しなかった原因が車の製造、販売店ですら分からないという。これではどうしようもないが、自社の製品の欠陥が解明できないとは常識的には考えられない。エンジンは今ではかかるようにはなったが、いつまた突然エンジンが作動しなくなるかも知れない。このまま預けっ放しにするわけにもいかず、不承不承取り敢えず引き取ることにした。だが、どうにも腑に落ちない。

 そうしたらどういうわけだか2台のパソコンも具合が悪い。特にノートパソコン‘LENOVO’が先日来言うことを聞かない。加えて机上の蛍光灯ライトも点灯しなくなった。一度に原因不明のトラブルに見舞われて些か困惑している。

 車は午後販売店へ行き、あまり納得の行かない説明を聞いて引き取って来た。

 不調のパソコンについては平素世話になっているITコンサルタントに相談した。PCにスイッチを入れても起動したり、そうでなかったり、その都度電源が入るかどうか分からない不安感がある。先日ひとまず機能しなくなった内臓バッテリーを取り外して引き取ってもらい、新しいバッテリーと交換すべく待っている最中である。これまでならスイッチをONにすれば直ぐ起動したが、今のところPCは電源を入れないと起動しない。そのPCも元々はIBM社製だっだが、今や中国製品となったため、バッテリーも中国から取り寄せなければならない。取り敢えず、代替品のPCを借りている間に修理してもらうことになった。成り行きによっては、あまり使いにくいようだったら日本製品に買い替えようかと考えているところである。

 蛍光灯は8年前に小田急百貨店で机と3つの書棚とセットで購入したもので、最近までは問題なかった。ところが、先日不意に真空管が点灯しなくなり、不便を感じるようになった。机に洒落た形で付設された蛍光灯は、特殊な形と配線がなされていてちょっとややこしいと思ってはいた。案の定洒落た形をしていてどこにでも売っているような代物ではない。机と蛍光灯に張り付いていた登録番号をネットで調べて製造会社へメールで連絡し、何とか在庫があることを確認し、製品を送付してもらうことになった。

 車、PC、特殊な蛍光灯、それぞれ普段は気づかずに使い大分恩恵を受けているが、いざ機能しなくなるとたちまち往生する。それがタイミング悪く一遍に重なると地獄に突き落とされるようなものである。

 私なんかこの程度で往生してしまうが、もっと身の周辺を近代器具に取り巻かれている人はさぞや大変なことだろうと、つい現代機械文明の風潮に一抹の不安を感じてしまう。

2015年4月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2901.2015年4月23日(木) 危ない飛行物体ドローンの自由放任

 昨日「ドローン」というヘリコプターと竹トンボの中間のような空飛ぶ機械物体が、こともあろうに総理大臣官邸の屋上に墜落しているのが見つかった。セキュリティ上厳戒態勢が敷かれている官邸に空から侵入とは恐れ入った仕業である。しかもこの物体がいつ官邸へ墜落したのかもとんと分からないというから防犯上大きな問題である。

 ドローンは人間の手が届かない場所や、危険な場所から写真を撮ったり、立体的に空撮したり現代社会で増えてきた難しいニーズに対応してくれ、今後その用途は大いに拡大するものと期待されている。特に、軍隊では無人航空機の操作をすることにより、無駄な犠牲を防げる点が高く評価され、すでに海外では実戦で使用されている。わが国でも防災対策上その出番が増えるのではないかと期待されている。

 日本の社会が一般的に規則で行動を縛り過ぎる傾向があることが時折問題になるが、このドローンの使用についてほとんど何の制約や規制もないのが逆に極めて憂慮すべき問題を提起している。僅かに地上250m以下の飛行とか、航空運航地域では150m以下とかの飛行制約はあるが、それ以外はほとんど自由奔放で、一般人が何の許可も要らずに購入できて自由に使用できるというから随分鷹揚なものだと思う。

 機種も値段もいろいろあるようだが、仮にもこれは空を自由に飛来するものである。空中権なんてまったく問題にしていない。操縦士はライセンスも要らないとするなら、ちょっとしたことで空から落下する危険は当然考えられる。仮にそのドローンの下を人が歩いていたら怪我をすることは明らかである。大きな事故を発生させる可能性もある。こんな危険なものを操縦するのに、所有者の自由に任せるというのは少々乱暴だと思う。何らかの規制は必要ではないか。昨日今日始まったことではなく、すでにドローンが日本人の間でも使用され始めたことはある程度知られている。それなら交通関係を取り締まっている警察庁がなぜ事前に事故防止のための手を打たないのか、些か怠慢の誹りを免れない。はっきり言って無責任である。

 首相官邸のドローンについては、捜査当局が今躍起になって犯人を探しているようだが、かと言ってルール作りを早急にやろうという様子が窺えない。現状では各施設でそれぞれ独自にルール作りを考えさせているようだ。こんなことでもし大事故が起きたらどうするのか。

 これは警察庁にとって珍しい大チョンボだと思う。自衛隊の海外派遣などを考えることより、国民の身の回りの危険物の除去に手抜かりがないか、予防策や安全策を講じたり、一部規制なりを考えるのが政治家やお役人たちの責務ではないだろうか。これでは危なっかしくて外もおちおち歩けやしない。

2015年4月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2900.2015年4月22日(水) 朴槿恵・韓国大統領の不安定なリーダーシップ

 今お隣の韓国では朴槿恵大統領の人気が大分下がっている。支持率が僅か34%だという。そこへ2月に就任したばかりの李完九首相が、自殺した建設会社元会長から収賄の噂が広がり辞意を表明した。1年前に沈没したセウォル号を行方不明者がまだ9名も残されているのに未だに船体を引き揚げられないことに、遺族や国民から大分厳しく非難されている朴大統領は、これで一層窮地に追い詰められることになる。大統領はセウォル号遭難者1周忌行事に出席もせず、前日国際会議に出席のため10日間の長い南米への旅へ出た。どうもやることがちぐはぐで、優先順位が少しおかしいのではないかと首を傾げざるを得ない。それにしても朴大統領の韓国国内での人気挽回策の唯一の方法が、反日的なパフォーマンスを行うことだそうだから彼女が大統領職に留まっている限り友好的な日韓関係は望み薄である。

 一方同じように反日言動を続けている中国の習近平・国家主席と安倍首相は、インドネシアのバンドン会議に出席し、半年ぶりに首脳会談を行った。会議では首相は先の戦争に対して反省のスピーチを行った。今年終戦70周年の節目の年を迎えて、過去には50周年で村山談話が発表されたり、60周年でも小泉談話が発表された。村山談話は戦前わが国がアジアの国々へ侵略を行い彼ら国民に多大な犠牲を強いたことを深く反省し謝罪するというものであった。

 安倍首相は会議で過去の戦争へ加担したことを反省すると話した。だが、謝罪までは言わなかった。先に首相は村山談話を踏襲すると言い、その傍ら村山首相が談話で述べたことについては、繰り返して話す必要はないとまた強気で中韓両国を刺激しそうなコメントを残していたが、どういう談話になるにせよ、相手が要求するなら相手の気持ちを損ねない思いやりが欠かせないと思う。安倍首相にはその辺りの心配りが足りない。

 さて、今日鹿児島地裁が川内原発再稼働につき、住民が運転差し止めを求めた仮処分の申し立てを却下した。これにより九州電力は1号機の再稼働を7月に予定している。裁判長は耐震設計については安全上の余裕は確保されていると判断した。

 問題は先に福井地裁が高浜原発の再稼働については運転を禁じる仮処分を出しており、今日の鹿児島地裁の判断と相反するものになったことである。住民側は福岡高裁に即時抗告する方針である。

2015年4月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2899.2015年4月21日(火) 繁栄の陰に世界的な恥部

 日本ではこれまでほとんど話題にもならなかったが、貧しいアラブ、アフリカ諸国から恒常的にヨーロッパへ向かう難民船が転覆して多数の犠牲者を生んでいることが欧米社会にショックを与えている。つい先日もリビアからイタリアへ向かった船舶が沈没して700人もの死者が出たと伝えられたばかりである。日本のメディアでも急に大きく取り扱い出したが、この遭難事件は今に始まったことではなく、2011年にリビアでカダフィ政権が崩壊して国内が混乱し、テロリストが跋扈し出してから目につくようになったようだ。昨年だけでも22万人近くの難民が地中海を渡りヨーロッパへ、他方で少なくとも3500人が死亡しているというから凄まじい。その勢いは納まることもなく、今年に入って少なくとも3万人以上がイタリアとギリシャへ渡ったという。先日の沈没船による遭難はありきたりの事故だったようだ。

 生活苦や治安の悪さから難民ばかりではなく、国内が内戦状態で混乱しているシリアからトルコを経由してイタリア、ギリシャへ密航してくる難民も多い。流石に受け入れ国では、自国民に対する対策ばかりではなく予想外に彼ら難民にも対応せざるを得ず、根を上げているのが実態である。危機感を募らせているのは、密航船が後を絶たず、転覆などで過去最大規模と見られる犠牲者を出す事故も相次いでいるためである。イタリアのレンツィ首相は、難民たちを密航業者から救うべきで、イタリア一国だけに頼らないでヨーロッパ全体で取り組むべきだと訴えている。実際イタリアでは沿岸警備隊がこの1週間だけで1万人以上を救助したほど異常な状態になっている。

 難民船(密航船かも?)を写真で見ると、甲板上に立錐の余地もなく乗船させられた難民は、全員文化も異なり肌の色も異なる民族であり、彼らが事前に住む家や働く場所がないまま市街に放り出されるとしたら、どういう事態になるのか大凡の想像はつく。日本人には、ベトナム戦争中の難民船を思いだす向きもあるかも知れないが、距離的に遠く、海洋も荒れて現実にはあまり多くのベトナム人難民は日本にやっては来なかった。従って我々日本人にとってはこの異常ではあるが、ヨーロッパ人が感じる当惑は実感としては中々分からないと思う。ただ、異常なでき事であることは想像がつく。

 ところで今日のNHK「クローズアップ現代」は中国国内の誘拐事件をドキュメントで伝えていた。ここにも異常な事件がある。中国では近年幼い子どもの誘拐が頻発していて、1年間に実に20万人の幼児が誘拐され、そのほとんどが未解決であるという冷酷非道な事件である。これも根本的には都市と農村の経済的な格差が生んだ事件のようだ。背景には少子化で子どもが少なくなり、農村では働き手として使われ、老いては年金も少なく、子どものいない老人は将来を心配して子どもを買うという。不思議なのは、子どもとは言え、人身売買が行われていても法律的には厳しい処罰がないことで、闇の組織がひとり当たり100万円単位で取引しているというから、この悪弊は当分なくなりそうもない。中国の社会体制の歪みや膿は、各所に見られるが、いかに経済大国になろうともこういう前近代的な悪習が蔓延っているようでは国際社会で大きな顔はできないのではないだろうか。

2015年4月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2898.2015年4月20日(月) リンカーン大統領死して150年

 昨日エンジンがかからなくなって預けた車について、販売代理店からエンジンはかかるという連絡があった。ただ、一時かからなくなった原因が不明のままでは、この先不安でもあり、もし不便な場所でエンストでもしたら往生すると思い2,3日徹底的に検査してもらうことにした。普段は気づかないが、便利な道具が故障すると不便は倍加されるのではないかと思った。

 さて、昨日告示された統一地方選後半戦が始まり、小雨の中を街宣車が自宅周辺で候補者の名を連呼している。これから当分の間耳障りな音を聞かされることになるが、これも一時的なことでもあり仕方がない。先週の前半戦でも懸念されていたが、今度も無競争による当選者が多いことが気になる。89市長選のうち、27市長が無競争で当選という。県庁所在地の長崎市長や津市長がそうだ。候補者が見つからず無競争選ということは自分たちの意見や要望が具現できなくなることである。同時に選挙の争点がなくなり住民は知らず知らず身近な問題から離れて行くことになり、それは民主主義の崩壊にも繋がりかねない。そこには、政治への無関心が大きな原因ではあるが、平成の大合併以来小さな町村が大きな都市に吸収され、地域が広がり同じ身内の都市内でもお互いをよく知らず、他人事のような気持ちになる地方住民の事情がある。

 ところで今年はアメリカの第16代大統領エイブラハム・リンカーンが暗殺されて丁度150年になる。1865年4月14日妻とともに観劇中に撃たれたリンカーンは、その当時国中を悲しみのどん底に陥れた。リンカーンの葬送列車が首都ワシントンから数週間をかけて弁護士としてスタートしたイリノイ州スプリングフィールドまで2500㎞を走り、悲しみにくれる国民から哀悼と感謝の別れを告げられた。沿線で列車が通り過ぎるのを見送った国民は数百万人に上ったという。

 150年前の明日4月21日にワシントンを離れたリンカーンの遺体は、北上した後西に方向を変えてオンタリオ湖に沿いインディアナポリス、シカゴを経てスプリングフィールドへ辿った。その間ニューヨーク・マンハッタンで行われた別れのパレードは当時立体写真が作られ臨場感を以って市民に伝えられたという。この列車のルートはリンカーンが大統領就任式のために通った経路である。私もリンカーンの立志伝については中学時代に伝記を読み、随分感銘を受けたものである。

 かつて文部省の教員海外派遣団のお供で何度となく欧米の学校を主に教育施設を訪問したが、このルートの中でもニューヨーク州の小さな町ユーテイカを訪れたことがある。その時、やはり葬送列車と同じようにニューヨークから列車でゆっくり現地へ向かったが、リンカーンはあんな地味な町まで行ったのかと考えると妙に愛おしく想い出されてくる。

 リンカーンが死の1年半前にゲティスバーグで演説した「・・・人民の、人民による、人民のための政治を地上から消滅させてはならない」というあまりにも有名な言葉は、今や右傾化して国民の声を軽視する安倍首相の言動を思うにつけ、決して忘れてはならないと思う。

2015年4月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2897.2015年4月19日(日) ヒトラー著「わが闘争」再販か。

 今日ガレージから車を出そうとしたところ、どうしてもエンジンがかからない。何度トライしても起動しない。一昨日外出から帰りいつも通りガレージ内に駐車させて特別変わったことはなかった。愛車フォルクスワーゲン・ポロは8年近く乗り、距離にして約4万4千m走っているが、平均的な走行距離からすれば格別酷使しているわけでもない。だが、エンジンがかからなかったことはこれまでなかった。突然子どもに駄々をこねられた感じである。過去に遡っても半世紀以上車に乗っているが、こんなことは初めてだ。困った末にワーゲンの販売店に連絡したところ状態を尋ねられたうえで、車を運んで来て欲しいという返事だった。損保会社か、JAFに頼んでみて欲しいとのことだったので、ゴールド会員であるJAFに連絡したところ直ぐレッカー車で引き取りに来てくれ、ワーゲン販売店へ運んでもらった。今晩修理工場で検査ができれば、明日には届けられるとのことだった。一昨日まではまったく問題なく車庫入れも問題なかった。それが今日になっていざエンジンをかけようとしたらダメだった。これは車自体に欠陥とも言える、何らかの故障の原因があると思う。思わぬハップニングに翻弄された一日だった。

 さて、日本同様に先の大戦の敗戦国であるドイツのある問題について考えてみたい。日本人は同じ敗戦国のドイツ人に比べて、一部に先の戦争についてあまり反省していないとか、きちんと謝罪していないという話をしばしば耳にする。特にドイツ人がアウシュヴィッツ収容所で犯したユダヤ人に対する残虐行為を戦後深く反省し、それが一部には世界中で敗戦国としての謝罪や反省のモデルであるかの如く考えられている節がある。例えば、中国では何かにつけてドイツの謝罪方法を例に挙げて、日本はドイツを見習うべきであると強要し当のドイツも戸惑うような謝罪を日本に要求することがある。

 今朝の朝日新聞によると、ヒトラーの「わが闘争」が、今年ヒトラー死後70年が経過して著作権が切れるのに伴い、ドイツ国内で同書を再発行しようという動きがある。同書は戦前1千万部以上が発行された、今でいうベストセラー書だった。内容は巷間伝えられているように、反ユダヤ主義を煽り、今もイスラエル国内では目の敵にされている特異な書である。

 だが、戦争責任の取り方について、国際的に許容され、中国の如く日本への見せしめにドイツの対応を評価する国にとっては、この書が再販されれば、上げた拳を振り下ろす場がなくなる。当然のように反対の声がドイツ国内から挙がった。いずれそうなれば被害を受けたイスラエルを始めとして戦勝国から非難の声が上がるだろう。ドイツは人種差別を煽るような表現を刑罰で禁じている。だが、有害図書扱いは逆に負の魅力を与えるとして、成熟した民主国家に禁書はあるべきではないとの声があるのも事実である。結論として極右による悪用を防ぐためにも適切な版が必要として、来年1月に5千部が発行されるという。これがまた新たな紛争の火種にならなければいいがと思う。

2015年4月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com