397.2008年6月14日(土) 東北地方に大地震発生

 日朝会談について昨日以上のシークレット情報は公表されなかった。朝刊にも目新しい解説記事は載っていない。北朝鮮がどの程度譲歩して、どれだけ日本国民を納得させる実利的材料を提供することができるかということにつきる。それが、仮に拉致被害者家族を100%満足させるものでないとしても、6カ国協議の中で関係国から理解を得られ日本としての立場を主張できるなら、それも日本としては充分受け入れ可能として検討すべきであろう。しかし、何と言っても交渉相手国が、これまで散々手古摺らされた北朝鮮だけに、これからまとまるまで一筋縄ではいかないのではないかと思う。

 午前中に東北地方で大きな地震があった。「平成20年岩手・宮城内陸地震」と名づけられた地震は、「マグニチュード7.2」だった。つい1ヶ月前の中国・四川大地震があまりにも甚大な被災者を出したので、ショックの度合いはそれほどでもないが、「M 7.2」というのは最近の国内地震の中でも、阪神・淡路淡路大震災と2000年に起きた鳥取県西部地震の「M 7.3」に次ぐ規模である。

 死者は現時点では6人だが、土砂の下敷きになっている人の救助が遅れているので、これから更に増えそうである。

 今度の地震で初めて気が付いたのは、被災地の地勢を空から鳥瞰的に見ると山岳地帯がどかんと崩壊して落ち込んだことで、こんなことはこれまでの地震ではなかったのではないかと思う。そのため、山間部を切り開いて走っている舗装道路や橋が途中で所々落ちて想像できないくらいの寸断ぶりである。専門家が、近くのダムに貯まった水が地下水となって山の地下へ浸水し、地盤を緩める結果になったのではないかと話していた。考えてみれば当たり前のことだが、あまり考えられることはなかった。それは、いままで日本の地震が平野部か沿海部で起こり、山間部で地震があっても大きな被害がなかったからではないかと思う。しかし、そんな話は最早通用しなくなった。日本では地震学が国際的にも進んでいると見られていたが、地震学会としては、こんな基本的なことがないがしろにされていて、少々恥ずかしいのではないのだろうか。

2008年6月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

396.2008年6月13日(金) 北朝鮮の変化をどうとらえるか?

 昨日北京で行われた日朝外務省実務担当者による公式協議の内容が、今日町村官房長官から公式表された。政府発表によると、①拉致問題は解決へ向けて再調査をする、②よど号ハイジャック事件犯人を送還する、の2点を北朝鮮は日本に伝えてきた。これだけ見れば北朝鮮が頑なに主張していた「拉致問題はすでに解決済み」より一歩前進したように思える。

 しかし、①はこれまで北朝鮮が何度も言ってきて、その挙句に拉致問題はすでに解決済みとはねつけた一項にからむ点で、この期に及んでよくも過去の言い分を変えてきたものだと思う。北朝鮮の意図は、アメリカのテロ支援国家指定の解除にあり、そのためには不本意だが日本と妥協することもやむを得ないと考えている。妥協は便宜的なものに過ぎない。案の定、拉致被害者家族会は北朝鮮の提案を額面通りに信じていない。むしろ政府の対応が変化したと反発している。政府は一定の前進と評価した声明を出し、即座に経済制裁一部解除の発表をしたが、家族会は反発している。やはり家族会の考えとはミスマッチである。

 難しいところだが、政府と家族会の考えは根底で微妙にずれている。家族会は黒白の二元論で考え、政府に訴え政府は了解していた。ところが、政府としては口ではそうだと言いながら、6ヶ国の事情も考慮しつつ総合的な北朝鮮問題と捉え、6ヶ国協議を睨んで前進させなければならない。お互いの主張にどうしても齟齬が生じる。

 コメンテーター・鳥越俊太郎氏や重村計智・早大教授らは、上記二つの問題以外にも合意事項があるのではないか、例えば拉致被害生存者やよど号事件の犯人の送還予定者名などを知らされたのではないかと推測する。そうでなければ、窓口となった斉木外務省大洋州局長が判断を求めるために、わざわざ帰国して首相や政府要人に報告した後に官房長官談話として発表されるようなことはない筈だと語る。今日夕方の公式発表なので、夕刊記事には間に合わず、詳細は明朝刊になるが、相手がしたたかな北朝鮮であるだけに、軟弱なわが国の外交力で果たして暗闇に光を灯すことができるだろうか。

2008年6月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

395.2008年6月12日(木) 福田首相、衆議院では内閣信任決議

 朝から時折激しい雨が降っていた。気温も低い。6月に入ってこの寒さは少し異常である。一方、ニューヨークでは異常なくらいに暑く、すでに連日35℃を超えている。改めてこの世界的な気象異変は、地球温暖化が多分に影響していることを窺わせる。

 昨日参議院で福田首相問責決議案が可決された。この参議院の問責決議案に対して自民党と公明党は対抗手段として、衆議院では内閣信任決議案を賛成多数により可決した。予想通りである。これによって自民党は、「憲法上首相の選任権は衆議院にある」を錦の御旗に、福田首相を適任と看做してこのまま内閣を継続する。いまや法案提出も山積みで、首相交代などをやって時間を浪費している場合ではないが、与野党の腹の探りあいで相変わらずの国会ドタバタ騒動である。国会の権威の失墜は歯止めがかからない。

 さて、今日の多摩大講座は、講師がオウム事件で名を売った、江川詔子さんだった。先週明石康講師の質疑応答の際、あまりにも煩い学生の私語に対して、ご意見番の蛮声一喝効果が表れたのか、割合静かだった。江川講師の講義は「新聞の読み方」だったが、ニュース・ソースについて注意点、留意事項を分かりやすく話してくれた。その中で、いくつか参考になったのは、①事象に対して視点が変われば情報も変わる、②マス・メディアを通じて最も求められているのは「分かりやすさ」、③情報源は常に確認する、ほかである。②については、マス・メディアはすぐ二元論とか、対決構造へ導きがちであるとの話が面白く興味を持った。つまり、話にアクセントをつけて煽るために、白か黒か、YES or NO、善か悪か、となりがちで、その典型として山口県光市の母子殺人事件の原告と弁護団の対立の例を話された。江川講師はニコニコしながら、時間いっぱいまで話し続けた。今日の講義なら内容がハイレベルで分からないと嘆いていた、多摩大1年生にも理解できるのではないだろうか。

 今日中国・四川省大地震発生以来1ヶ月目になった。中国側の発表によれば、死者6万9千人、行方不明者1万7千人、被災者8百万人というのだからすごい。8百万人と言えば、オーストリアの人口にほぼ匹敵する。現地では未だに余震があり、ダムの決壊を恐れて住民は安全な場所へ避難したが、生活設計はまったく立たないようだ。チベット事件以来中国政府はことさら外国のメディアを意識して、従来には見られなかったくらい外国メディアに対して情報公開やら、被災地視察を認めていたが、ここへきて突然閉鎖的な対応をとるようになった。やはり本質は閉鎖社会であることが分かる。恐らく中国政府にとって都合の悪い事態が進捗しているのだろう。私の勘では、被災地近くの核関連施設に放射能漏れなどがあるのではないかと外国記者団に疑われ、挙句に騒がれることが心配になってきたのかも知れない。実際、核で騒ぎにならなければよいのだが、少々気にかかる。

2008年6月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

394.2008年6月11日(水) 憲政史上初の首相問責可決

 岡村輝人くんの通夜に出席して永遠の別れを告げた。奥様にもご挨拶して弔意をお伝えした。私とは同じ年だが、これも寿命というべきか、どうしてもセンチメンタルな気持ちと追悼の思いがよぎる。同じ同期入社で研修期間中に町田駅でともに見習い駅員をやっていて、退職後故郷大分へ帰った古庄醇二くんにも電話したところ、やはりがっかりしていた。お互いに言うことは、健康に気をつけようということである。

 今日参議院本会議で野党から福田首相問責決議案が提出され、採決可決された。戦後初めての椿事である。過去首相に対して問責決議が提出されたのは、27回もあるそうだが、少数野党が提出したものですべて否決された。今日のケースは、ねじれ国会のせいでもあり、今後政府与党と衆議院の対応はどうなるかということに関わる。ただ、問責決議には法的拘束力はないので、この後与党は衆議院でどういう対応をするのか。この結果をまったく無視するのか。無視するなら当然それなりの対策はある筈である。さもないと野党議員のとった行動は、政府与党によって考慮するに足りないと解釈されたことになり、国民の声を無視することにつながるからだ。

 さて、ここまで書いてきて気がついたがNHK、民放テレビの夕方のニュースでは、現憲法下で初めての首相問責可決というショッキングなニュースがトップニュースにならず、3日前の秋葉原17人殺傷事件がトップだった。夕刊記事は、さすがに首相問責可決をトップ記事にしていたが、テレビは話題性があり、誰にも分かりやすいニュースがトップにある。国家にとって、国民にとって最も大切な情報は何か。速報性ということを考えれば、秋葉原事件はすでにかなり時間が経ちこの間相当詳しく報道されている。今日時点でニュースの取り上げ方として、どちらを優先して報道するべきだろうか。記録の新聞、記憶のテレビと言い伝えられるが、ニュースの重要度ということが最も大切で、斟酌されるべきではないのか。来週駒沢大で受講の折りに尋ねてみようと思う。

2008年6月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

393.2008年6月10日(火) 日本のマス・メディアの報道姿勢は?

 JAPAN NOW観光情報協会の定例企画会議が、いつも通り麹町の海事センターで開かれた。主たる課題は、今年度のスケジュールに関するものだ。各地で支部総会を開催するが、7月の九州大会、9月の北陸大会、11月の北海道大会と目白押しで、お手伝いすることが中々できないが、担当する人はご苦労さまである。現時点で参加できるかどうか分からないが、出来れば九州大会には出かけてみたいと思っている。

 会議の後、そのまま駒沢大へ向かう。今日は2時限だが、いずれも関心のある科目なので楽しみにしていた。菱山郁朗講師の「報道メディア概論」では、「マス・メディアの歩みと特性」について話されたが、特にラジオについては関東大震災を引き合いに、停電の場合の「情報の空白」について述べられた。

 菱山講師の最初の授業の際、私なりにマス・メディアの責務とジャーナリズムの報道姿勢を根幹の問題と捉え、今年1月7日韓国のソウル市郊外利川で起きた倉庫爆発事故の不明瞭な報道と報道忌避について質問した。40名もの死者を出し、その翌日には不自然にも取材記者のPCが発火煙硝するという不可解な事件は、その晩一部のテレビで報道されながら、翌日以降日本ではテレビ、新聞はもとより、すべてのマス・メディアから一切報道がなされなかったことが不可解で、疑問と不信感を抱きつつマス・メディアはどう考えているのかとマス・メディアの現場で取材された講師に尋ねてみた。菱山講師も大分気にされていたようで、お応えしたいとは仰っていたが、失礼ながら事件の概略の掌握がまだできていないのではないかと思った。今日受講後改めて質問を確認し、念のためにインターネットからコピーした「朝鮮日報」紙の事故の記事、写真、地図をお渡しした。この次の授業の際には、お考えを聞かせてもらえると思っている。

 さて、その韓国内で大きなデモ騒ぎが起きている。ソウル市内に繰り出したデモ隊は8万人を超え、李明博大統領弾劾、退陣を求めている。主催者の発表に拠れば、デモ参加者数は百万人に達したという。李大統領が就任してまだ僅か3ヶ月で、就任直後の支持率は76%台だったものが、ここ数日で急落し、17%台にまで落ち込んだ。今日韓昇洙首相以下全閣僚が辞表を提出した。原因は、韓国経済の低迷にしびれを切らした国民が、その槍玉としてアメリカ産牛肉の輸入に反対を唱え、政府に輸入法案撤回を求めているのだ。驚くのは、インターネット運動と言ったらよいだろうか、小中高生までもが集会に参加して、李大統領退陣を叫んでいる様子である。どこまでことの本質が分かっているのか不明だが、日本ではとても考えられない。

2008年6月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

392.2008年6月9日(月) 会社の同期生、岡村輝人くん逝く。合掌

 会社同期入社の岡村輝人くんが今日癌で亡くなったと、同じ同期の牧野博保くんから連絡があった。私と同じ年の69歳だ。われわれが昭和38年に入社したときの学卒同期生は13名だった。その内途中退職者が2人、1人が亡くなったので、残り10名が最後まで務め上げた。いまも現役で働いている山田尚くんのような人物もいる。山田くんには、いつまでも小田急百貨店社長のような要職にいると、楽しかるべき余生がその分短縮されて人生が楽しくなくなると憎まれ口を叩いていたが、今月から社長を退き相談役になるという。

 さて、岡村くんは温和な性格で、彼を見ていると攻撃的になりがちな自分を抑制できるような気がしていたものだ。彼がグループ会社の流通視察団員として、アメリカへ派遣された時添乗員を務めたこともあった。彼とは5年前同時に辞めたが、そのとき以来ついに会うことはなかった。いまとなればもっと会って、いろんな話をすれば良かった。友人が亡くなるのは寂しいものだ。通夜か告別式には何とか列席して最後の別れを告げたいと思っている。

 テレビでは朝から晩まで、昨日秋葉原で起きた残忍な通り魔事件について報じていた。朝刊は休みだったが、夕刊はカラー写真をふんだんに載せて増ページで事件の異常さを報道している。過去10年間で死者7人、負傷者10名は通り魔事件としては最悪だそうだ。しかも昨日は大阪教育大付属池田小学校で入り込んできた男に児童8人が殺害されて丁度7年目に当る。

 どうしてこんな残虐な大量殺人事件がいとも簡単に起こってしまうのだろうか。時代性と時代環境、教育、特に家庭教育の問題等があって一概には言いがたいが、それにしても若者がすぐキレる一種の現代病は、低学年時から周囲で生命の大切さということをしっかり教えこまないと、ちょっとやさっとのことでは防げない。評論家の大宅映子さんも現代社会が犯罪防止の抑止力を失っていると嘆いていた。

2008年6月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

391.2008年6月8日(日) 役人とは期限付き雇用契約を

 アメリカ大統領選民主党候補者は、今日ヒラリー・クリントンが敗北を認め選挙戦から正式に撤退を表明した。これによりバラク・オバマ氏が共和党候補者のマケイン氏と11月の本選で雌雄を決することになった。われわれ日本人でも随分長い選挙戦だと思っていたので、アメリカ国民、いや民主党支持者にとっては、さぞ長い選挙戦だと感じ、ことさら疲労感も強かったのではないか。このまま本選でもオバマ氏が勝つようなことになると、アメリカ連邦政府の幹部職員は民主党系の人々に取って代わられるようになる。

 そこで日本でも同じ発想の下に、官公庁役人の定期的な入れ替え制度導入を考えてみてはどうだろう。日本は議会制民主主義制度を導入しているので、首相が替わるたびに入れ替えをやっていたのでは、2年に一度ぐらいの割合で公務員が入れ替わることになり、そうもいくまいが、その代わりに一定の期限付雇用制度にしてはどうか。例えば、役人は政府と10年間の雇用契約を結ぶ。仕事の内容は国家的業務であるので給与は保証される。国家事業で責任は重大なので、悪事がばれたら本人を含め2階級上まで即クビである。その10年間の期間が過ぎたら、退職金も払ってさっぱりする。その後再契約を結ぶかどうかはそれまでの勤務成績評価によって改めて話し合う。こうすれば、もう少し役人にも緊張感が生まれ真面目に仕事をするようになるのではないか。いまの役人にはあまりにも緊張感が足りない。世間知らずのくせに世間を舐めている。その典型的な悪事が明らかになった。

 一昨日公になった財務省を主とする役人のタクシー会社からのキックバックなんか、呆れて開いた口が塞がらない。5年間に200万円近いキックバックを得て、毎晩タクシーで通勤していた財務省役人のやった行為は、税金のキックバックと捉えると収賄行為に当るのではないか。前から噂になっていて「居酒屋タクシー」と言われていたというから呆れ果てるばかりである。日本ではどうしてこうも悪徳役人がいばり、悪事を重ね、国民を欺き、それでいて高待遇を受けられるのだろう。あまりにも役人天国で、一般の国民との待遇に差があり過ぎるのではないか。何とも納得できない。よくもまあ悪事の屋上屋を重ねてくれる。いまの役人には、「罪と罰」という言葉がないかのようだ。公僕として一番堅持しなければならない「役人としての志」「役人としての矜持」が、金輪際感じられないのだ。

 いまの公務員制度では、はっきり言って役人は贅沢三昧、国民に甘えるだけ甘えて、国民を見捨てて国を自分たちの思い通りに好き勝手に動かしている。そこには、国民のため、また国家のために奉仕するという基本的で高邁な理想が微塵も感じられない。

 一昨日国会を通過した公務員制度改革法案の精神は結構だが、どうせ小賢しい公務員は抜け道を見つけてごまかすに決まっている。それより、公務員にはお灸をすえる意味でも、彼らが嫌がるだろう秘蜜の部分を全部引き剥がすことが重要だ。

 悪い奴の序でに別の悪人の例を挙げておこう。今日都内の秋葉原で通行人を手当たり次第にナイフで刺して、7人を殺し、10人を傷つけたとんでもない若者が現れた。誰でもいいから、人を殺したくなったと無責任なことを口走っていたらしいが、直接の殺傷事件を起さないにしても、役人のやっていることは考えようによっては、これよりもっと酷いのだということを役人どもは認識してほしい。

 最後に明るいが複雑なトピックを話題として挙げておこう。水泳の北島康介選手がジャパン・オープン最終日の200㍍平泳ぎで5年ぶりに世界記録を破った。しかし、イギリス・スピード社製のパンツをはいた結果である。このパンツを身に付けた選手が、一昨日5つ、昨日5つの日本記録を作った。1つの世界新、16の日本新のうち、スピード社製パンツをはいた選手が16人だったというから、その効果はあるのだろう。日本選手は、現段階では契約の関係で次の北京五輪ではこのスピード社製のパンツを着られないという。あと2ヶ月余りに迫った五輪を前に、水連も選手も困惑の体である。力がなければ良い記録が出るわけがなく、スピード社製のパンツを着たところで勝てるという保証はないが、現実に力のある選手がそれを着て泳ぐと次々に記録を更新するから、パンツとの相関関係を考えみんな悩んでしまう。

 まあこれは前向きな話し合いで解決できるし、役人の悪事とはまったく次元が異なるので、ずっとすっきりしている。でもできるなら、できるだけ早く水連のお偉いさんが選手の苦悩を取り除いてやる姿勢を見せないと、あくどい役人と同レベルということになる。

2008年6月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

390.2008年6月7日(土) ゾルゲ事件関連シンポジウム

 昨日の「オットーと呼ばれる日本人」に続いて、今日は駿河台・明治大学リバティータワーで開かれた「尾崎秀実と中共諜報団事件」と題するゾルゲ事件関連のシンポジウムに出席した。いずれもゼミの友人・池田博充くんに案内をもらったものだが、読売新聞に告知されただけあって参加者が殺到して、今日になって大学内の会場を変更したほどである。

 中共諜報団事件というタイトルも穏やかでないし、いままで聞いたことがない事件だ。参加者は研究者や運動家等、専門的な学習者が多いようで、ほとんどが高年齢層である。若い人はほとんどおらず、70歳以上の人が多かったように見受けられた。

 この諜報団事件というのは、中心になって活動していたのが中西功、西里タツオだった。いずれも上海・東亜同文書院卒業者であるが、中西氏の娘さんの準子さんとは高校の同級生で一年生の時は同じクラスだった。高校生のころは、父上は共産党の参議院議員だった。準子さんも頭脳明晰で横浜国大工学部、大学院で学び、東京工大と横浜国大で教授を務め、いまも公益の財団法人で活躍しているはずである。

 講師の渡部富哉氏(社会運動資料センター代表)は、まもなく80歳になろうというのに大きな声で信念を持ってメリハリの効いた話をされた。朝鮮戦争当時は日本共産党の幹部として華々しく活躍していたようで、官憲による弾圧にも負けず、初志を貫徹されたことから自分の信念と行動に自信を持ち、転向者とか、裏切り行為に対しては厳しい立場をとっていた。

 特に、川合貞吉に対してはその言動に対して、とりわけ厳しく絶対許すまじとの姿勢で、徹底的にその行動を糾弾していた。木下順二の「オットーと呼ばれる日本人」も、川合貞吉の「ある革命家の回想」を下敷きにしているために嘘が多いという。特に、芝居の中の名台詞、名場面はことさら嘘が多いと手厳しい。単にそう言うだけではなく、それらには整合性が伴わないという。スメドレー女史を交えた会合でも、その時期にスメドレー女史が実際に上海に滞在していなかったことは証明されているとも言っていた。

 川合が尾崎に世話になっていながら、特高に供述したことは、尾崎の逮捕、それと引き換えに自分自身の減刑につながり、とても許せないと声高に話していた。川合貞吉と彼の著書についてあまり知らなかったことは恥ずかしい限りであるが、ゾルゲ事件に対してまた新たな暗闇に入り込んでしまったようだ。

 映画監督だった篠田正浩氏も映画「スパイ・ゾルゲ」を撮った体験を話された。そもそもゾルゲに対する関心を持った経緯、波乱の昭和という時代と岐阜という故郷についてご自分とのつながりを話された。

 篠田氏の話の中で印象的だったのは、戦前は売国奴とまで呼ばれた尾崎が戦後は一転して殉教者のように崇められたことだという。更に、昭和7年から23年までの足掛け17年間で、7人の総理大臣が非業の死を遂げた昭和という時代は異常であり、それだけ昭和が激しい時代だったということを納得させられたと述べたことであった。

 個人的には、紙に書いて質問した。山崎洋くんから聞いたが、彼の母上が初めて能楽堂でブケリッチ氏に会った時は洋装だったが、映画では和服を着ていた。これについて、かつて小中陽太郎さんへ事実を話した。小中さんから折り返し篠田氏の答えが返ってきた。篠田氏もそう思ったが、衣装担当の森英恵さんが和服に拘ったのでそうなったと。今日改めて聞いてみた。森英恵さんのことは話されなかったが、山崎さん母子からそう言われた時、自分も洋装だと思ったと言い、笑いながら良い思い出だったと話された。

 この2日間は、偶々ゾルゲ関連の事象に触れてしまったが、奥の深い事件だったように思う。

2008年6月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

389.2008年6月6日(金) 「オットーと呼ばれる日本人」を観劇

 昨日の多摩大生とのやりとりについて久恒啓一教授にメールでお知らせした。早速丁重に大学事務局とも相談されるとのご返事を頂戴した。私の一喝ぶりも見てみたかったと軽いジョークも添えてあった。

 木下順二作「オットーと呼ばれる日本人」を新国立劇場で鑑賞した。なかなかの力作に会場も盛況で、先日の日経、朝日夕刊紙上にも好意的な演劇批評が載っていた。初めて上演されたのが、1962年だから「60年安保闘争」直後である。新国立劇場の中劇場というのは、初めて入ったが入口へのアプローチといい、劇場内の作りといい、さすがに国立劇場だけに立派で、中々格式もあり雰囲気も洒落ている。

 主役を吉田栄作と紺野美沙子が演じているが、いままでのイメージから考えると吉田はカッコいい青年という一面だけが強かったが、想像していた以上に演技派で案外やるものだ。

 宇野重吉、瀧澤修、清水将夫らによる初演以来半世紀近くの間に、幾度が上演され、「夕鶴」と並んで今や木下順二の代表作となった「オットーと呼ばれる日本人」だが、やはり一言で言って「重い」という印象は拭えない。戦前の暗い時代におけるスパイ事件の裏面史を辿っているので、ある程度それもしようがないか。九分どおり埋まった観客は、あらすじを理解したうえで劇場に来ていると思うが、上演時間の長さ(3時間40分)もあり、居眠りと中途退室を見て少々残念な気がした。周囲の男女学生は例によって幕間はおしゃべりに興じていたが、つにに最後まで我慢していられずに席を立った。

 ゾルゲ事件と言えば、友人、山崎洋さんの父上(ブランコ・ド・ヴケリッチ氏)の名がしばしば挙がることもあり、私自身大いに関心を持っている。そのゾルゲ事件をモチーフにしており、登場人物や時代背景、ストーリー性等は充分理解しているので、どういう展開になるのかを楽しみにしていたが、珍しい舞台操作と使用機材がユニークで中々面白かった。結末にジョンソン(ゾルゲ)の逮捕や、絞首刑に言及することもなく、日本人としての矜持を持ち続ける、吉田扮するオットー(尾崎秀美)が、「ぼくは、オットーという外国の名前を持った。しかし、正真正銘の日本人だったということだ。そして、そのようなものとして行動してきたぼくが、決して間違っていなかったということ、そのことなんだ」と叫ぶ台詞に木下順二の気持ちと、この芝居の訴えるポイントが凝縮されていると感じた。

2008年6月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

388.2008年6月5日(木) 学生を一喝! 明石康・元国連事務次長の講義を聞く。

 多摩大公開講座第7回は、明石康・元国連事務次長の「アジアにおける紛争解決と平和」だった。明石さんは、かつて東京都知事選に出て惨敗した。そのときの演説ぶりや、討論会の質疑応答などを見ていて、ちょっと失望したことがあった。事務次長としてカンボジア内戦に深く関与して終息させ、その当時明石さんの見事な外交交渉ぶりは世界から脚光を浴びた。しかし、その後関わったユーゴスラヴィア紛争では思い通りに事態は解決できず、一部では無能呼ばわりされたほどだった。都知事選挙運動中でも、はっきりした物言いはせず、応援していた人たちをがっかりさせた。そういう意味では、失礼ながらあまり大きな期待をしていなかった。

 ところが、与えられた1時間半の間自分が関わった外交交渉から、最近の紛争事例、一般的に知られている国際紛争について、さすがと思える解説をしてくれた。やはり政治の分野では、持ち味が発揮できなかったのではないだろうか。今日の講義でも国際的外交官の面目躍如たる存在感を存分に発揮された。

 ビルマと中国の最近の自然災害に対する諸外国からの援助に対する両国政府の対応にも触れた。中国には少しずつ開かれているという印象はあるが、ビルマはまったく取り付く島がないので、国連も困惑していると率直に述べられた。

 そのほかに、印象に残っているのは、①アチェ、ネパール、ミンダナオのように、アジアの難問は少しずつ解決している。②外国との戦争より、内戦の方に被害が多い。例えば、スペイン内戦、カンボジアのポルポトによる犠牲者の数が、対外戦争を上回っている。③サイクロン被害に伴うミャンマー政府の援助を受け入れない頑なな対応から、国際的にもこのまま国民を見殺しにしてよいのかとの議論が起きている。つまり、国の援助が見込まれない時、あえて人道的介入をして「保護する責任」を果たすべきではないかとの世論も挙がっている。これに対しては、インド、中国を始めアジア、アフリカから反対の声が挙がっている。④日本の平和憲法維持のために、日本はその努力と対価を払っているか、と疑問を呈された。

 その後2人の受講者から質問を受けた。丁寧に明石さんが応えていたとき、学生たちの私語があまりにも声高で煩くなり、聞き取りにくくなった。真面目に応答されていた明石さんにも失礼であるし、前方の座席の一般人も迷惑そうな表情をしていた。

 前2列目に座っていたご意見番の私も堪えていたが、ついに我慢できなくなり、年甲斐もなく学生席へ向け「ガクセイたち! うるせぇぞ!」と思わず怒鳴りつけてしまった。学生たちはしゅんとなって声が出なくなった。明石さんは一瞬当惑したようだったが、質問に答えて講義は終わった。明石さんにも申し訳なかったと思っている。周囲の受講者からはよく言ってくれましたと言われ、てれくさい気がした。しかし、先週寺島講師が散々煩いからと警告したにも関わらず、この騒がしさである。われわれには有益で、面白くて素晴らしい講座だと思っているが、これほど私語が止まないのは、学生たちにとって授業が退屈で苦痛なのではないだろうか。

 そんな折りも折り秋田英澪子・知研事務局長、大分の永留浩さんとともに多摩大キャンパスを出て駐車場へ向かう途中で、一人の多摩大生に話しかけられた。Tくんと言い、この講座を社会人の方はどう思いますかと唐突に尋ねられた。私がうるさいと怒鳴った本人だと名乗ったところ、この講座は1年生には難しくて分からない。かなりの学生は講義が始まると居眠りしている。大学生になったばかりの1年生に授業として、レベルの高い講義を聞かせる目的は何でしょうと聞かれて反って面食らってしまった。私語は私語として、学生は学生なりに悩んでいるのだ。確かに高校を卒業したばかりでは、このレベルの内容はとても理解できそうもないと思う。公開講座はこれで素晴らしいが、せっかくの企画が意図を汲まれないのではもったいないと思う。高学年生ならともかく、確かにこのTくんの言うように、この講義内容は1年生には少々荷が重く難しいと思うので、大学もこの辺りのことを、次回には検討してみてはどうだろうか。

2008年6月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com