573.2008年12月7日(日) 「椿姫」鑑賞とセルビア語版「古事記」

 半年に1回行われる浅草上野フィルハーモニー管弦楽団第45回定期演奏会の日で、妻とともに浅草公会堂へ出かけた。勿論狙いはゼミの1年後輩の赤松晋さんのチェロ演奏である。いつも比較的馴染みのない交響曲が演奏される傾向にあるが、今日の演目は名の通ったメンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」と、ヴェルディの歌劇「椿姫」ハイライトで、全般的に今までで一番良かった。特に「椿姫」の演出が良かった。浪曲師の玉川奈々福さんが語りを入れる珍しい趣向で、ヴィオレッタ、アルフレード、そしてジェルモン役歌い手の声量一杯の歌声が耳に心地よく、飯田ゼミの仲間はみな感銘を受けていたようだった。終ってから浅草寺へお参りして、いつも通り夫婦連れで「神谷バー」で会食となり久しぶりの交流をエンジョイした。

 今朝成田空港にいる山崎洋さんから電話を受けた。これからベオグラードへ帰るという。昨日彼からベオグラード大学院生3名と一緒に翻訳したセルビア語版「KODIKI」を郵便で受け取ったところである。382頁からなる貴重な日本古典文学資料である。先日富士霊園へ行く道すがら「古事記」翻訳に至る苦労話をいろいろ聞いた。ハードカバーの立派な装丁を見て、これだけの書物をどこからの援助もなくパイオニア的に仕上げるのは、汗の結晶以外には考えられない。この翻訳書の出版については、当初外務省を通じて現地大使館から助成金が支出される筈だったが、釈然としない理由で助成金は出なくなったという。古事記クラスでもセルビアあたりではその価値を中々理解してくれる人が少ない。しかし、せっかくここまで完成にこぎつけた翻訳作業を中途半端に無にするのは忍びないと、自腹を切って出版にこぎつけたと言っていた。表紙は伝説により天照大神の絵を伊勢神宮で保存されている屏風絵からカメラに収めたという。ところが、この天照大神伝説は古事記ではなく日本書紀だということから、屏風絵の絵から金鵄を外し、それは裏表紙で復活させることにしたと苦心のアイディアを語ってくれた。

 しかし、われわれも読んでいない古事記について、セルビア人の日本古典理解のために翻訳書を出されるとは、その努力に敬服するばかりである。山崎さんの健闘を祈るや切である。

2008年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

572.2008年12月6日(土) 「知の巨人」加藤周一氏逝く。

 2人の大きな人の死が悲しい。今朝作曲家の遠藤実さんが亡くなられた。数々の演歌を作曲して文化功労者にも選ばれた方である。口ひげがお愛嬌で優しく話す独特の語り口も人柄を表していた。「高校三年生」「くちなしの花」「北国の春」等々のヒット曲を後から後へ生み出した。家が貧しく高等小学校しか出ていないで、作曲はまったくの独学で自分で流しをやっていた経験と自分の感性だけで歌作りをやったというから凄い。どんな世界であろうとこういう苦労人がいるものだが、我慢を成長のバネにする点は尊敬してしまう。享年76歳だった。

 さて、いろんな意味で私自身大きな影響を受けた評論家のひとり、加藤周一氏が昨日亡くなった。学生時代に月刊誌「世界」を通してその気骨のある文体に触れて以来、そのリベラルで焦点が明確に定まった、卓越した論文を書かれる氏の姿をまぶしく見守っていた。確かベルリン自由大学教授をなさっていたころは、まだ東西冷戦の時代だったが、それだけに対立の接点に足場を置き、鋭い評論を発表したことに、私自身随分教えられたものである。私も参列した小田実氏の葬儀に加藤氏も参列され、小田さんは組織作りの名人であるというような弔辞を述べていたように記憶している。つい最近まで朝日新聞に毎月「夕陽妄語」というコラムを書いておられたので、お元気だと思っていたが今春「がん」が見つかって爾来療養されていたようだ。

 今朝の朝日に「日本の文化の特色として取り出されたのは、『今=いま』を重視する部分主義だった。それは決して悪いことばかりではない。柔軟な現実主義に通じ、明治の近代化や戦後の経済復興を生んだ。しかし、それは内向きな思想につながり世界全体を見渡すことが苦手で、例えば、無謀な戦争の推進力となった」と加藤氏の考えを的確に解説している。文章はやや難解ではあったが、全体に一本筋が通っており氏の文章を読み通すことがノルマを果たしたような気にさせてくれたものだ。

 加藤氏の思想には、根底に「自由」があった。それが氏に進歩的知識人の憧憬するマルクス主義と距離を置かせる、氏独自のリベラルな立場へのこだわりとなった。「知の巨人」と呼ばれるに値する実績を残された。不遜にも「知の狩人・知の旅人」を自称する私自身はとても加藤氏の足元にも及ばないが、せめてその考え方を積極的に取り入れ、一歩でも近づきたいと考えている。いずれ名著「羊の歌」を再び読み返してみたいと思う。享年89歳だった。心よりご冥福をお祈りしたい。   合掌 

2008年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

571.2008年12月5日(金) 拙著販売促進に歩く。

 このところ不況ニュースのオンパレードである。昨日は派遣社員の首切りで、自動車会社が槍玉に挙げられていた。自動車、電機、工作機械等の製造業を中心に非正社員の大規模な削減が相次いでいる。日ごとに増えて来年3月までに非解雇者は約3万人になるという。益々雇用問題が深刻さを加えている。麻生首相が経団連の御手洗会長を官邸へ呼んで、非正規雇用の維持を求めて間もなく、御手洗会長の会社キャノンの子会社である、大分キャノンが同社で働く請負会社の従業員を年内に1,100人も削減する見通しとなった。

 派手なのは野村HDがロンドン支店従業員を約1,000人解雇する。その中にはリーマン・ブラザース欧州支店社員だった者もいるから驚く。今日夕方入ったニュースでは、自動車産業の不振から、ついにホンダが来年以降F1レースから撤退することを社長が公表したことである。それにしてもこのF1を維持するのは、大変だったらしい。もちろんプラス面も大きいが、維持経費が年間500億円から600億円もかかると聞いては、ホンダ経営陣の苦渋の決断が分るような気がする。

 昨日小田急電鉄の鈴木正俊常勤監査役を訪ねて、小田急OXストアの店舗内書店「ODAKYU BOOKMATES」で拙著を販売してもらえるようお願いした。今朝鈴木さんから電話がありコンタクトすべき担当者の名前が分ったので、直接連絡をとるようアドバイスいただいた。早速10月に完成したばかりのOXストアの本社(小田急商事)へ伺い、担当の筋野さんに前著の焼き直し版と新刊の説明をして、同社7書店で2つの作品を販売してもらえるようお願いした。筋野さんは好意的に聞いて下さり、直ぐにでもトーハンを通じて仕入れして、全店舗で平積み販売しましようとまで言っていただいた。実にありがたい。こんな時、古巣の会社が大きな商業施設展開をしているのは心強い。先日も小田急百貨店内の三省堂書店で販売していただけるよう山田尚相談役にお願いしたが、うまく行けばいいなあと願っている。やはり著者がその気になって一所懸命売らないとなかなか販売数は伸びないと思っている。

2008年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

570.2008年12月4日(木) ツアー企画者の気持ち

 友人と出雲方面のツアーに参加した妻を早朝羽田空港まで車で送った。このツアーのパンフレットを改めて見てみると、僭越だが、ちょっと手抜きではないかと思えるくらい情報伝達方法が稚拙である。あまり顧客の求める形になっていない。

 実は、ケースは違うが最も大切な連絡事項としてではなく、付属的な情報として伝えていたということを私自身もやったことがある。完璧ということはないというのは言い訳であって、事前の旅行情報としてはやはり完璧であるべきである。ましてやソフト面ではなく、ハード面の情報の場合ではことさらそうである。過去の例の場合は、後に自分でこうすれば良かったという反省が残り、顧客に大きな迷惑をかけることはなかったが、後々まで気になって仕方がなかった。

 今回妻が手にした2枚の「説明書」では、2枚とも表面はまったく同じ内容で、1枚の裏面はスケジュール表、そしてもう1枚の裏面には宿泊旅館が書かれている。どうしてこういうムダな書類を作るのか。それでいて留守宅用のスケジュール表と宿泊旅館リストがない。当方でコピーをせよということなのだろうか。もしそうだとするならせービス業としては失格である。2枚の説明書を作成するくらいなら、同じ内容は要約して1枚にまとめて参加者用と留守宅用にすべきではないかと思う。参加者は非効率な書類に不信感を抱き、必要な書類を誰が、どういう手順で作り、誰が承認して参加者へ送り届けるのか疑問に感じると思う。特に、留守宅では参加者と同じスケジュール表が欲しいものだ。どうして留守宅用のコピーが送られてこないのか。また、このツアーのスケジュールでは松江市内で中途半端な自由時間をとっているが、それでいて肝心な松江城の観光が入っていない(経費的な問題ではないと思う)。主催会社はどういう意図でこのツアーを企画したのか、少々理解に苦しむ。

 長い間旅行会社でツアーを企画していた立場、また顧客にツアーを販売していた立場からすると、やはり気になるツアーである。まあトラブルになることはあるまいが、自分ならツアー内容をもっとアップして、もっと分りやすい説明書を作成することができるとつい思ってしまう。

 まあ昔の思い込みはこのくらいにしておこう。それにしても明日の松江地方は雪が降るらしい。

2008年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

569.2008年12月3日(水) 米自動車産業の不振に資金供給か?

 日本車もそうだが、本家アメリカの自動車産業も不景気の真っ只中にある。むしろアメリカの方が悪いくらいである。日米自動車会社の売り上げは前年に比較してほぼ30%強の売り上げダウンである。トップ企業、GMに至っては2ヶ月連続で対前年40%以上の売り上げ減少である。ついにアメリカのビッグ3は政府に金融支援を要請することになった。GMの1兆7千億円を含めてビッグ3だけで、その総額が何と3兆2千億円というから凄い。自由経済市場を建前にしているアメリカ経済界は、政府による民間会社支援に対しては批判的であり、かなり壁が厚い。すでに先月第1回の公聴会が開かれたが、3社の経営トップに対しては議員から厳しい質問がなされた。支援要請の前に、自社の具体的再建策を明示し、コスト削減を明らかにせよとの厳しい要求があった。そのコスト削減もトップが公聴会出席のためにワシントンへ自家用機でやってきたことを取り上げ、贅沢な自家用機を処分するかどうかまで突っ込んで質問する有様である。経営トップの高待遇も非難される大きな要因である。日本とは桁違いの高給取りばかりで中には年収100億円というのもいるというから、これでは国民の税金で賄われる支援資金を素直に、企業に提供するというわけにはいかないだろう。

 定期購読している「選択」12月号に「『民主党内閣』を予想してみると」という3頁からなる気を持たせる記事が掲載されている。具体的な閣僚名簿まで書かれている。特ダネというか、3人の写真入りの抜擢人事が特別目に付いた。誰あろう、寺島実郎、笹森清、榊原英資の3氏が名を連ねていたからである。次の選挙では、自民党が敗北することを想定したうえで、現実的な民主党閣僚名簿を挙げているのだ。それは、これまでの「シャドウ・キャビネット」とか、「影の内閣」という話題つくり内閣とは異なり、そこからは誰も選ばれていないことでも現実味を帯びている。

 実際どこまで現実的なのか分らないが、確かに興味をそそる。ちなみに寺島氏は「経済財政担当兼金融担当相」であり、前連合会長の笹森氏は「国土交通相」、榊原氏は「財務相」である。笹森氏が適任であるかどうか分らないが、寺島氏と榊原氏は適任かも知れない。ただ、最近寺島氏の空気に接する機会が多いことから考えると寺島氏は、多摩大学の学長含みという期待を背負わされておられるので、果たして政治家を引き受けるだろうか。しかもかつて北海道知事選立候補への自民党からの要請を断った経緯もある。

 それはともかく、他の大臣候補を見渡しても中々魅力的で、実行力のありそうな人を選出している。小沢一郎の総理大臣は当然として、官房長官に岡田克也、外務大臣に自民党を離脱する?加藤紘一、厚生労働大臣に長妻昭、経済産業大臣に国民新党の亀井静香、環境大臣兼少子化担当相に社民党の福島瑞穂、行革担当大臣は菅直人、地方分権担当相は新党日本の田中康夫という顔ぶれである。世間話としても面白い。

 でもこの内閣なら少なくとも現在の内閣より重量感もあり、期待も持てる。

2008年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

568.2008年12月2日(火) バンコック空港占拠解放へ

 まさにどんでん返しの決着である。膠着状態だった反政府デモ隊によるバンコック空港占拠問題が急転直下解決の様相を見せてきた。軍部や警察が2つの空港を占拠していたデモ隊を力で排除したわけではない。また、デモ隊側に含むところがあって、自発的に身を引いたわけでもない。思わぬところから「神の手」が飛び出してきた。

 現在チェンマイに滞在中のソムチャイ首相と「国民の力党」を含む与党3党が前の選挙で犯した違反が憲法裁判所から断罪され、党は解党を、また首相は5年間の被選挙権停止を命じられた。これによってソムチャイ政権は空中分解して崩壊した。意外な結果でソムチャイ首相退陣を要求していた民主市民連合(PAD)の要求が通った形になり、デモ隊は首相府、2つの空港から退去することになった。

 詳細は実際のところよくは分らないが、双方とも憲法裁判所の考え方や、この事態を想定できなかったのだろうか。ところが、現地筋の伝えるところでは、ソムチャイ首相は失脚することになっても、政党解党は別の時点で新党を結党して解党された与党議員が新党に加入すれば実態は変わらないことになる。実際どうも政府側にはタクシン元首相派が裏で暗躍している節がある。また、タクシン派と反タクシン派の駆け引きやら、政争が繰り返されるのだろう。取りあえず空港占拠は解放されるであろうが、次期首相をどう選出するのか、しばらくは目を離せない。タイ政界は一寸先は闇との感じがしてきた。

 闇と言えば、日本経済の先行きも闇である。今日の東証株価は533円も下がり、日経平均でまた7,000円台(7,862円)まで下がった。日銀が中小企業融資として3兆円も支援しようと決断したのに、本家本元の政治がガタガタだから一向に足場が固まらない。3月に福田前首相が道路確定財源は、一般会計へ繰り込むと明言したにもかかわらず、道路族が抵抗して元の木阿弥、福田発言を反故にしようとしている。自分に有利な利得だけを考えて行動する国会議員なんて、どだい話にならない。

 先週の血液検査の結果、CRPが3.33まで低下したのがせめてもの慰めである。3月に2.22だったのだが、その後上がりっ放しで8月には8.01まで達した。松本先生と相談しながら、0.3以下まで下げる努力を続けている。このままの状態が継続されるようだと血圧を上げる結果につながる薬剤を飲み続けなければならない。

2008年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

567.2008年12月1日(月) ベテラン・ジャーナリストによる岩波市民セミナー

 今日から毎週月曜日に岩波市民セミナーを神田神保町の岩波アネックスビルで連続4回受講する。講師は原寿雄・元共同通信社長で、駒沢大片山正彦講師から絶対に役立つからぜひ聴講されると良いと勧められたものだ。

 第1回は「軍国少年からジャーナリスト」と題して生い立ちからジャーナリストとしての考え方まで淡々と、しかし分りやすく説明してくれた。驚いたのは、大正14年(1925年)生まれで、今年83歳になられるが、お年には見えないほど、顔の色艶もよく内容的にも興味の沸く話で2時間の予定が質問を交えて2時間半になってしまった。そつのない受け答えは相当ジャーナリストとして自信をお持ちであることを窺わせてくれた。

 原講師の生まれた大正14年は、普通選挙法が生まれる一方で、治安維持法も施行された。民主的な法律と非民主的な法律が同時に実行された。大正デモクラシーの終わりであった。小学校に上がったのは、満州事変の年であった。貧しい農家に生まれたので、子どものころから農業の手伝いをやらされた。東京に近いとはいえ、小作人の家では軍国少年になるのは自然の流れであった。

 ジャーナリストとして感じたのは、「良い答えは良い質問からしか生まれない」ということだ。また、新聞記者で名文家は従軍記者となったが、従軍記者は戦争犯罪人ではないかと思った。

 原講師の話の中で2つの点が特に印象に残った。1つは、日本では戦争責任をきちんとつけていない。特に天皇の戦争責任があいまいで、昭和天皇が亡くなったことによって決着をつけずにうやむやにしている。もう一点は、国家の発展とともにジャーナリズムも大きくなる。ジャーナリズムは頭の中では国籍をも超える。しかし、果たしてジャーナリズムは戦争を抑えきれるか。そうだと言いきれるか。例として、朝日新聞の「新聞と戦争」プロジェクトについて、この執筆記者たちが、満州事変当時にいたら、果たして関東軍の謀略を暴露できたか、という点で疑問である。ジャーナリズムも既成事実には弱い。満州事変のように再び朝日が「一歩遅れて転向する」ことはないか。以上の仮題を、実際朝日の出版記念会で話したそうである。中々骨のある話で面白かった。流石に記者としても、新聞連盟の専任労組幹部としても、また経営者としても実績のある方だけに、淡々と話される自分史は期せずして昭和史を語り、ジャーナリズムの歴史をも語っていると感じた。残りの3回が待ち遠しいほどである。

2008年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

566.2008年11月30日(日) テロとサルコジ人形、世界もいろいろ

 ムンバイのタージ・マハール・ホテルを占拠して最後まで抵抗していたテロリストたちは、発生から3日経って完全に制圧された。明らかになった死者は195人を数えるという。まだ真相は解明されていないが、犯人たちは相当訓練されていたらしい。タージ・マハール内部は爆弾が爆発し、激しい銃撃戦の跡もあり、入店テナントは完膚なきまでに破壊されていた。外からは分らないが、内部の破壊は度を超しており、元の姿に戻るには相当の時間がかかるようだ。とにかくたった一度きりではあるが、ホテル内の格調高い雰囲気を味わった者としては残念でならない。インド人もムンバイの名所のひとつと考えていた1903年建造の名門ホテルが無残な姿を晒しているのを残念がっている。

 犯人は10人ほどが射殺された中で、1人が身柄を拘束されている。パキスタンを拠点とするイスラム過激派「ラシュカレトイバ」ではないかとの疑いが強まっている。この組織は同じムンバイで2年前に連続列車爆破テロを引き起こし、200人の死者を出している。インド・パキスタンの外交関係や、カシミール帰属問題、イスラム系地区独立問題もからみ、問題の複雑化がネックになっている。しかし、インド政府としてはパキスタン政府が何と言い逃れようと、自国のメンツを賭けて原因を突き止めねばなるまい。

 一方、ムンバイ・テロより一足早く事態を混乱させていた二つのバンコック空港占拠事件は、今日も解決されず、昨日からついにウタパオ空軍基地内の滑走路を使用してチャーター機を飛ばすことになり、日航も直行便で日本人旅客を帰国させている。それにしても反政府団体・民主主義市民連合(PAD)が、完全に空港内を管理している今回のデモの様子には驚きを禁じえない。空港内への立ち入りは、PADのチェックを受けるという本末転倒の事態になっている。今のところ軍によるクーデターの危険はなさそうだが、いつまでこんな異常事態がもつのか。ソムチャイ首相の意向を受けた警察がPAD代表と話し合いを始めたが、どうも決裂したらしい。観光客が敬遠し、経済活動も制約され、国際的な信頼も失いつつあるタイは、そろそろ目覚めないと折角の経済上げ潮ムードが反転、急降下しかねない。こういう世界の注目を集め、その難題を解決しなければならないリーダーは大変だが、その点では日本の首相なんて、これらの国々に比べれば経済は安定しているし、国家的なテロ事件は起こらないし、気楽なことである。この気楽さが、放言、失言の大連発になるのかも知れない。

 今朝の朝日に面白い記事が載っていた。「呪いのサルコジ人形」が売り出され、大統領が発売元に回収を求めた訴訟で、パリ控訴院は大統領主張の一部を認め、発売元に対して人形が違法だと掲示することを求めた。そもそもこの人形が裁判沙汰になったのは、サルコジ大統領の布製人形に針を刺すというサド的で、大統領個人を侮辱したものだったからである。しかし、裁判の過程で大統領が発売元に回収を求めたことに対して、一審では「表現の自由とユーモアの範囲内」とした。それに対して大統領側が上訴して、今回控訴院は、人形が大統領の尊厳を損なうと判断した。だが、商品回収までは行過ぎとしている。この流れの中にはフランス人のサルコジ大統領への気持ちや考えが表れている。昨日山崎さんはサルコジがフランス人の間で不人気だと言って「猿誇示」と読んでいたが、なるほどと思う。あれだけ外交分野で活躍して実績を挙げても、即人気とは行かないものだ。その点でも日本の首相は楽なもんだ。

2008年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

565.2008年11月29日(土) ブケリッチ家(武家利一家)のお墓参り

 セルビアの友人、山崎洋さんと富士霊園へ彼のご母堂の墓参に行った。今日は偶々明治大学でもゾルゲ事件のセミナーが開かれることになっている。山崎さんはそちらからも講演依頼をいただいたようだが、当初の予定通り母上のお墓参りに行くことになった。私とは自由が丘駅前で待ち合わせて車で出かけ、富士霊園までちょうど2時間だった。

 行く道すがら車内でいろいろ話をしたが、やはり昨日の麻生・小沢党首会談について内容的に情けないという点で意見の一致をみた。また、彼が母上の強い希望で学んだ玉川学園小学校時代の自由な校風について語ってくれた。玉川学園と言えば、玉川学園駅が社会人としての最初の仕事場だったところで、その後業務上も玉川学園と関係を持つことが出来た奇しき因縁がある。何でも母上は山崎さんが苛められないような教育環境の良い学校を選んだそうで、その意味では確かに玉川学園は贅沢なくらい、自由で立地も自然に恵まれ初等教育の教育環境としては理想的だったかも知れない。ただ、あまりにも自由な教育に、母上が今度は進級・進学について心配され、中学は玉川学園には進学しなかった。終戦直後の貧しい生活の中で母上のしっかりした教育観には敬服せざるを得ない。

 富士霊園は季節的に紅葉もまだ残っておりシーニックビューという点では申し分のない環境だが、近くの富士スピードウェイから時折聞こえてくるレーシングカーの轟音が、折角晩秋の季節感を匂わせてくれる雰囲気をぶち壊しているのが惜しい気がする。

 墓地は山崎家と親戚のお墓がサイド・バイ・サイドで3つ並んでいる。2つのお墓はご親戚のものである。山崎家の墓石には、「武家利一家の墓」と刻字してある。父上ブランコ・ド・ブケリッチ氏が存命中から使用していた日本名だそうだ。名前の下に床しそうな紋章がある。聞いてみると父上の親戚が得たオーストリア貴族の称号だそうだ。あの恐れ多いハプスブルグ家の紋章である。一昨年五月にご母堂が亡くなられ納骨する際、かつて夫であったブケリッチ氏から多量のラブレターをもらい、それを大切に保管し、一緒に埋めて欲しいとの遺言があったので墓石の下に母上の遺骨と一緒に埋めてあるそうである。生前母上は私にもそんな話をされておられた。ともに生活した期間は短かかったが、お2人は深い愛情によって結ばれていたのだろう。それが死後の世界でも一緒にいたいという気持ちにさせるのだろう。心打たれる愛情物語である。私も母上の墓前に額づき心からお参りさせていただいた。

 その後少々早かったが昼食をしようと近くの富士小山ゴルフクラブのレストランへ立ち寄ったところが、ゴルフクラブのメンバーでないからと断られてしまった。仕方がないので、御殿場へ向かった田舎風のレストランへ立ち寄ったが、ここで「麦とろ」をいただき、久しぶりに珍しい昼食にありついた。権威主義のゴルフ場のレストランから拒絶されて反って日本的なものを、山崎さんにご馳走することが出来てむしろ良かった。

 オバマ次期大統領、グルジアとロシアの関係、コソボ問題、北オセチアと南オセチアの帰属権、等々について山崎さんの考えを聞かせてもらった。やはりグルジアや、オセチア問題については私がとても知ることが出来ないくらい情勢を深く把握しており、こういう民族問題はやはり近くにいないと真実を知ることは難しいということを実感した。彼は相変わらずよく勉強している。

 先日山崎さんがセルビアから書いてくれた手紙に、「古事記」のセルビア語訳が完成直前に、約束の資金を外務省外郭団体が支出してくれないことになったことを嘆いていたが、そのセルビア語訳版が完成して、その実物を見せてもらった。ベオグラード大学セルビア人大学院生3人の協力を得て、山崎さんが責任監修された。ハードカバーの中々立派なものである。表紙の絵は、わざわざ伊勢神宮所蔵の大きな屏風絵を撮影した。天照大神が背後に金鵄を従えた、よく知る絵である。外務省があまり乗り気でない日本文化の紹介をバルカン半島のセルビアでしようという、一種の草の根運動が挫折しないよう願うばかりである。

 それにしても外務省というのは、本業でも充分国民の期待に応えていないが、こういう地道な文化事業にもあまり熱心でない。それに対して地道に活動している友人を誇りに思う。山崎さんは奥さんのお里である静岡へ向かうので、御殿場駅へ送ってからいろいろ考えながら東名道を帰宅した。深く考えさせられた思い出深い一日だった。

2008年11月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

564.2008年11月28日(金) 実りのない党首討論

 ムンバイの同時テロが漸く終息に向かい出した。少しずつホテル内に閉じ込められていた人質が解放されている。不思議なのはテロ標的のひとつ、トライデント・ホテルを下からも、屋上からも軍の特殊部隊が1部屋1部屋調べていったところ、テロリストはすでに姿を消しホテルはもぬけの殻だった。こんな間の抜けたマンガチックなシーンがこの緊迫した場面で現出されるとは思いも寄らなかった。タージ・マハール・ホテルはまだ銃弾戦をやっていて死者は150人をすでに超えた。日本人は勃発直後1人の犠牲者を出したものの、その後は死傷者がなくまずまずよかった。ただ、完全にテロリスト集団が制圧されたわけではなく、余燼が燻っている。

 午後麻生首相と民主党小沢一郎代表との党首討論が行われテレビで中継された。僅か45分程度ではさほど突っ込んだ討論にはならないと思っていたが、案の定衆議院解散問題、補正予算、首相の言葉の軽さぐらいしか話題にならなかった。肝心な外交問題、防衛問題にまで触れなかったのは、時間不足だけではなく、お互いに勉強不足だったからに違いないが、折角のチャンスなのに実に惜しいことをした。結論的に言えば、どちらもどちらという印象で、小沢代表も張り切っていた割りには内容に鋭さがなかった。どうも小沢氏は話が下手で、考えていることの半分も言えないのではないか。いずれにしろお互いにメリハリの利かない、つまらない、実りの少ない討論だった。回数を重ねていけば、徐々に良くなってくるのだろうが、時間の無駄という感じもする。

 しかし、政治家なんていうのは丁々発止の議論ができなくては政治家とは言えまい。2人ともどうも要領がよくない。平素の政治活動は何のためにやっているのか。いつも狭い部屋の中で仲間内の政局論争ばかりやっているからではないか。がっかりした。

 来年2月に出版記念会を開催するが、その案内状を送り終えた。昨日と今日で330通ばかりお送りしたが、何人の方にご出席いただけるだろうか。その拙著の発行に際して、友人たちから書店で購入してくれたとか、書店で逆にPRしてくれたとか、友情はいつもながら有難いことである。

2008年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com