800.2009年7月22日(水) 皆既日食を見た!

 代々木の歯科へ行く手前のビルの広場で大勢の人たちが空を見上げ、携帯カメラや観測用黒メガネを空に向けていた。11時15分頃だった。同じ方向を見上げると欠けた太陽が見えた。直前まで皆既日食のことを忘れていたが、薄い雲の中に下部が黒く、上部が三日月のような皆既日食が確かに見えた。天候はぱっとせず、小雨さえ降っていたが、それが反って目を保護することなく自然に空を見る姿勢になれたのだと思う。東京都内は70%の部分日食と言われていたので、全体的に周辺は明るくそれが曇りの中でも日食がはっきり見えた原因である。勿怪の幸いと言うべきだろうか、運良く日食を鑑賞することが出来て感動した。敢えて言えば、偶々日食に遭遇したと言える。ついてもいた。

 それにしても、全国的な皆既日食フィーバーとなったが、その中心地・悪石島では風雨が強く目では見られなかったようだ。こう言っては悪いが、やはり島の名前も良くなかったのではないか。期待していた観測者には気の毒だったが、それでも10時53分には島周辺は夜のように暗くなったので、日食の感覚は些かなりとも味わうことが出来たのではないだろうか。

 構想日本から、日本青年会議所が総選挙に際し、各党、各候補者へマニフェスト討論会を仕掛ける「第45回総選挙全国一斉マニフェスト型公開討論会」記者会見の案内をもらったので、どんなものか後学のために見学させてもらおうと平河町の青年会議所会館へ出かけた。

 30分程度の普通の記者会見だったが、出席者は安里繁信・日本青年会議所会頭、北川正恭・早大教授、加藤秀樹・構想日本代表、そして友人で前鎌倉市長だった、竹内謙・日本インターネット新聞社長だった。

 要は総選挙の300小選挙区の立候補者へ公開討論会に参加を呼びかけるものである。すでに193選挙区から受け入れるとの連絡があり、今後も参加は増えるだろうとの話だった。各社から質問があったが、初歩的なものとしてマニフェストがまだ決まらない現状を指摘していたが、そのマニフェスト採用に道を開いた北川氏は、やはり発表の遅れを酷評していた。各党が他党のマニフェストを参考にしようと様子を窺っている点をついて、今後は早めにマニフェストを発表すべきだと厳しく応えていた。マニフェストとは別問題だが、公示後に候補者がHPのHPを変更することは公職選挙法に抵触するとは知らなかった。

 これからはマニフェストをじっくり注目してみようと思う。

 竹内氏から「またこんなところに出没している」と冷やかされたが、「どこにも出没するよ」と応えておいた。開始前に彼と新聞社の最近の経営について話をしたが、コスト高が足を引っ張っている点で意見が一致した。給料カットは難しいらしい。

 鉄道作家の野村正樹氏から、先日の取材内容の件につき今朝メールで問い合わせたところ、夕方になってわざわざ電話があり、親切に回答していただいた。これで行き詰まっていた疑問が解消され原稿が仕上げられる。野村さんは親切だなぁ。

2009年7月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

799.2009年7月21日(火) 衆議院解散

 衆議院が解散された。数日前から噂に上がっていたが、政権発足以来のらりくらりしていた麻生首相も遂に腹を固めた。解散とは言っても9月に任期満了なので、ほとんど任期を全うしたようなものである。自民党が4年前の小泉郵政選挙で圧勝したおかげで、現在議席の過半数を自民党が占めているが、今度の選挙は極めて旗色が悪い。地方選挙で連戦連敗の挙句の衆議院選挙で民主党も波に乗っているだけに、今度は民主党が過半数を獲得するかどうかが総選挙の焦点である。投票日は8月30日と決まった。

 皆既日食が明日に迫り、一番見やすい悪石島、クルージングで海上から見る観光客、上海で見ようとする人、等々46年ぶりの皆既日食に国をあげての大フィーバーである。46年前の皆既日食を調べてみたら、1963年7月に北海道地方で見られたらしいが、まったく記憶にない。当時は、まだほかほかの新入社員として玉川学園前駅に勤務していたころのことで、昼間は先輩とたった2人で小さな駅の大忙しの駅務掛として動き回っていたか、或いは明け番となり解放されて前夜の睡眠不足を自宅で補っていたか、のどちらかでいずれにしろ皆既日食どころではなかった。

 気になるのは空模様で、どうも快晴は期待出来そうもない。少しでも雲が切れて半世紀に1度の皆既日食を楽しみにしている人々を失望させないで欲しいと祈らざるを得ない。時恰も西日本で豪雨が襲い、山口県防府市を中心に鉄砲水が流れ込み、老人ホームにも土砂が入り込み死者も出た。テレビ画面に映る崩れ落ちて凄惨な光景には言葉もない。

 妻はコーラス仲間と伊豆方面へ1泊旅行に出かけた。

2009年7月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

798.2009年7月20日(月) 新聞業界の落日

 今日は連休最後の祭日であるが、「海の記念日」であることはあまり知られていないようだ。ましてや雨でも降っていれば祭日が海とリンクしているなんて想像外だろう。

 それより今日をもって早くもアメリカのオバマ大統領は就任半年になる。若さと行動力が好感を与えて支持率は60%前後と人気は上々のようだが、アメリカ経済に一向に回復傾向が見えず、失業者も益々増え経済対策に少しずつ不満がわだかまってきている。

 そんな折NHKで「マネー資本主義」というドキュメント放映が、アメリカの金融工学について説明していたが、アメリカ政府の経済対策が充分功を奏していないことを厳しく突いていた。自由主義経済は法律に触れない限り、いかなる利益活動にも責任を負わなくてもよいという市場主義優先的な考えがある一方で、FRBが取った長期低金利政策によりバブルがもたらされた責任を負うべきだとする意見が対立している。それより意外だったのは金融界へ優秀な人材が流れた結果、数学、物理学の科学者まで金融部門へ流れていたそうだ。金にさえなれば何でも許されるというのは、科学学会にも共通しているのだろうか。

 経済不況のとばっちりを受け、近年新聞業界が低迷してきている。駒沢大学・岩崎宇雄講師の現代広告論でも、新聞とテレビ界の広告減少、経営不安について話があった。

 今年2月には、コロラド州デンバーで2ヶ月後に創立150年記念事業を控えていた‘ROCKY MOUNTAINS NEWS’が倒産した。同社は伝統あるメディアで、2000年のコロンバン高校銃乱射事件の報道や、2005年には「最後の敬礼」と称して、イラク戦争の最後の犠牲米兵士を報じた記事、2008年核施設の汚染を追求した「致命的な否定」ドキュメントでピューリッツァー賞を受賞した。それより驚くのは、創立の1859年4月23日号には日本の開国に関する記事が掲載されたそうである。最終号は創刊号と同じスタイルだったというのが泣かせる。デンバー市内には、ライバル社‘THE DENVER POST’もあったが、こちらは一足先に倒産している。倒産の原因はいずれもインターネットによる新聞ばなれであることは明確である。読者が減り、広告も減っていながら真剣に再生への対策が成されなかったことに忸怩たるものがあると思う。これでついにデンバー市内には地元新聞社がなくなった。今後この「インターネットが新聞を駆逐する」傾向は日本にも及んで来ることだろう。私にとっては、新聞のない日常なんてとても考えられないが、若い人たちが増えてくるとその傾向に拍車がかかるのだろうか。

2009年7月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

797.2009年7月19日(日) 旧社会主義国の深刻な失業問題

 このところ全国的に天候が荒れている。北海道トムラウシ山の遭難事件の際の悪天候を始め、今日は全国的に雨が降っていたようで、悪天候による水死者も出ている。そんな中で22日に46年ぶりの皆既日食が見られるというので、最良の観測点、トカラ列島の悪石島では今日早くもツアー客が上陸してきた。島民人口68人の島にツアー客だけで220人も押し寄せては、とてもインフラ整備が間に合わず、緊急の必要品を事前にツアー客に負担してもらう形で入島を認めるという異例の対応をした。飲料水が不足しているので、給水、食料手配、仮説シャワー設置、簡易トイレ設置、電源配備等、相当な準備がなされたようである。

 それにしても「悪石(アクセキ)島」とは、よくも名づけたものである。学生時代に南アルプス全山を縦走した折に、静岡県側の悪沢岳(3141m)を登頂したが、これは「ワルサワ」と呼称されている。名前が良くないのか、今では東岳と呼ばれることが多くなった。悪石島には、それなりに伝説や民話でもあるのだろうが、「良石島」とはならなかったのだろうか。

 今日入島したツアー客を島サイドで歓迎する小学校行事は、素朴だがTVで見る限りおもてなしの雰囲気が表れていて、ツアー客の評判も上々のようだった。皆既日食は僅か6分余のショーだが、天候に恵まれることを願う。46年前の記憶はほとんどないが、皆既日食といえば、むしろ1999年に皆既日食直後のトルコを訪れ、そこでM7のトルコ大地震に遭遇した印象の方がよほど強い。

 今日午後、NHK衛星1で東欧革命20周年を記念した「1989年から出発」を約4時間興味を持ったり、退屈しながら観た。4つのドキュメンタリーを50分ずつ見せてくれたが、1989年という社会主義が崩壊した時の東欧諸国の悩める内実を国ごとに紹介してくれた。

 4部作は「ポーランド大国支配からの脱出」「ルーマニア民主国家への苦闘」「ふたつの道・チェコとスロバキア」「旧東ドイツ・英雄都市」に分かれていて、それぞれに面白かった。押しなべて言えることは、ソ連の社会主義体制の強い締め付けによって民主化を押さえ込まれていた、東欧各国が自らの強固な意志と団結で体制派を打ち破り、ソ連の楔から抜け出た、社会主義体制の崩壊を時系列で映し出したが、新たな問題が表出して今日も社会問題化していることをドキュメントは描いていた。

 共通したその新たな問題とは他ならぬ失業問題である。ある中高年者のごときは、社会主義時代にはなかったことだと昔を懐かしんでいた。私自身あの時代にルーマニアにも、チェコスロバキアにも、そして英雄都市・東ドイツのライプチッヒをも訪れたことがあるだけに、何とも言えずもどかしく気の毒に思う。今や雇用問題と福祉問題、老人問題は想像も出来ないくらいゆるがせにできなくなった。どうしたら、国民がかつてより良い生活を送ることが出来るだろうか。人々が解決しなければならない永遠の課題だろうが、深く考えさせられた。

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796.2009年7月18日(金) ピラミッド建設にまつわる新説

 先日取材した野村正樹氏の原稿起こしをしているが、騒音が聞こえる忙しないロマンスカー内での会話のやりとりを正確に言葉として拾い上げることの難しさを思い知らされた。また、度々話題を変えたり、会話を途中で一時中止したこともあり、全体的な会話の流れという点でもまとめることは中々難しい。締め切りまで少し余裕を持ってもらっているが、正確性を期するために、改めて野村氏へ照会する必要があるかも知れない。

 NHK・BS「ピラミッド発掘」でピラミッド建設方法について、建築家の視点から最近になって内部トンネル説を公表したフランス人建築家・ジャン・ピエール・ウーダン氏の説を紹介していた。何せ4700年前の話である。

 ギザのピラミッドは、私自身世界文化遺産の中でも最も価値ある建造物であると考えている。最近の鎌倉と小金井の「世界遺産を訪ねて」講演でもギザのピラミッドを最も価値があり、最も好きな文化遺産として紹介した。今までは大きな石を外から傾斜路の上をロープで引き上げ、それを上で積み重ねていくものだとばかり理解していた。今日のTVはその常識を覆す新説である。TV画面を見ながら何となく納得したような気になったが、あれほど大きな石積みがウーダン説のようにそう上手くいくだろうか。しかもトンネル内をトロッコのようなものに60トンの石を乗せ、上から人力によって引き上げていた。公開しているピラミッドのトンネル内に2度ばかり入ったことがあるので、感覚的には理解出来るが、実際にこの内部を数多くの大きな石をトロッコで引き上げるには相当のエネルギーを要したことだろう。

 6月にインタビューしたドイツ証券副会長・武者陵司氏から、古代エジプトのピラミッド建設目標とメリットを伺ったが、雇用の創出であり、拡大であると仰っていた。武者氏は現代でも雇用創出のために現代ピラミッドの建設の必要性を力説しておられた。このピラミッド解明プロジェクトでも、当時近くに労働者たちが集って住んでいたことをCGが写し出していた。

 CGにより分かり易く説明してくれたので、理解し易く中々興味深い力作番組だった。フランスでは国民的話題を呼んでいるらしい。

 ところで、ベトナム戦争中毎日のようにCBSキャスターとして、TVで独特な語り口と鋭い観察眼で個性的な存在感を示していたウォルター・クロンカイト氏が亡くなった。92歳だった。昨年亡くなられたTBSの筑紫哲也氏が、番組「ニュース23」の最後にいつも「では、今日はこんなところです」と言ってフェードアウトしていたが、これはクロンカイト氏の最後の言葉‘That’s the way it is.’の受け売りだったとはまったく気がつかなかった。

2009年7月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

795.2009年7月17日(金) 北海道で中高年登山者が大量遭難死

 駒沢大学春季公開講座は今日が最終日である。大学はすでに夏休みに入っている。そのため元々出席者が少なかった現役駒大聴講生は誰も出席しなかった。柴野京子講師は、出版周辺の現状について今日まで話を続けられたが、秋には他の講師と交代するということで最後の講義になった。普段あまり意識しないテーマについて出版界内部から現状をじっくり説明された。今日のテーマも「書棚と平台」という珍しい内容だった。今日までの講義で、とりわけわが国の出版業界における岩波書店の大きい存在感が印象に残った。

 さて、北海道大雪山系のトムラウシ山(2141m)周辺を登山中のツアー参加者の中高年者が遭難して、近くで亡くなった別の登山者を合わせ計10人が亡くなった。強風雨による天候悪化で体力を消耗し、バタバタと倒れたらしい。ツアーで全国から参加した人たちは、その死者の出身地をみても広島、岡山、愛知、静岡からの参加者で、普段はお互いに知らない人たちが、まちまちに北海道の山登りのために集まってきた。

 これは東京のアミューズトラベルという旅行会社が主催したもので、以前からかなり登山ツアーを企画、販売していたようだ。根本的な原因は今後明らかにされるだろうが、天候判断を誤ったとか、引き返す決断がなかったとか、今にして思えば反省点はたくさんあるだろう。 

 しかし、遭難原因以前の疑問点として、お互いに知らない者同士が一緒にパーティを組んで登山することに問題はなかったかどうか。トムラウシは作家・深田久弥が「日本百名山」の中で「威厳があって、超俗のおもむきがある。あれに登らねばならぬ」と畏敬の気持ちを抱いた名山である。日帰りのハイキングならともかく、北海道最高峰の残雪の大雪山山中の山小屋に2泊もするというハードスケジュールである。よほどチームワークがないと他人のことまで気が廻らないだろう。遭難した人も数箇所に分れて亡くなっている。普通ならパーティから離れること自体がおかしい。普段から一緒に行動を共にしているパーティなら、絶対取らない行動である。厳しいことを言うようだが、1人ひとりがバラバラでお互いを助け合う気持ちがなかったようだ。登山は気持ちが通じる仲間とともに登ってこそ、頼りになり楽しい思い出となる。

 登山ブーム、特に高齢者登山ブームといわれているが、実際には高齢者の登山による遭難者の数は年々増えている。この辺りで浮かれることなく、高齢者登山について真正面から問題点を探し出し、真剣に検証する必要があるのではないだろうか。

2009年7月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

794.2009 年7月16日(木) 暑い中を日本ペンクラブ例会に出席

 中国の外貨準備高が2兆ドルを超えたそうだ。日本円にしてざっと200兆円である。あれよあれよと言う間の貯蓄ぶりにはただ唖然とするばかりである。ドル備蓄は人口が多く経済的な奥行きの深さが寄与しているのだろう。4月~6月のGDPの伸び率は7.9%と回復基調に向かった。その他の先進経済諸国が軒並み停滞しているのに引き換え、中国の立ち直りは他国に対して無言のプレッシャーである。中国は2006年2月に日本を抜いて世界一のドル保有国になった。今や日本の2倍超に達したうえに、アメリカ国債の保有額も日本を上回り世界一になった。あまり国際社会から評判の良くない低い人民元相場を保つために、人民元売りとドル買いの市場介入を続けた結果、ドルが積み上がったという側面もある。これらのドルを背負って、これから中国はサミットや、国際協議の場、国際金融市場で一段と存在感を強めそうである。

 直近の日本人平均寿命が発表された。男79.29歳、女86.05歳だそうである。寿命が延びること自体は、慶賀すべき事柄である。誰しも長生きして人生をもっと楽しみたいというのは究極の願いである。にも拘わらず、現実はそう単純に喜ぶべき状況にはない。テレビで街中のインタビューを見ていても、健康なら良い、年金で生活が保証されるなら歓迎とか、全面的にWELCOMEというわけではない。それにしても男の平均寿命が80歳となると、健康、生活費のほかに、生きがいがなくては楽しい人生というわけにはいかない。高齢者医療、年金問題がつまずいている中で、不安は益々募るばかりである。今のままだとやはり個人で身を守るしかないのではないか。このことは突き詰めれば、厚労省職員は必要ないということになる。彼らにかかる諸々の経費分を税金から差し引いてもらいたいものである。

 いつも通り日本ペンクラブ例会が東京會舘で開かれた。昨日開高健についてお話をしてくれた事務局長・吉澤一成氏に挨拶したところ、昨日開高について話をしたことは、すでに吉澤氏の浦和高校先輩の轡田隆史さんから聴いたそうである。何のことはない轡田さんには私が話した。もう1人、常務理事で国際関係担当の堀武昭氏は慶応同期生雑誌「慶38・39」の冒頭に「この頃になって考えること―戦争と平和」なる文章を書いてくれた。堀さんは慶応の1年後輩である。その点を話したところ、飯田ゼミに関する拙稿もよくご存知だった。海外出張も多いので、山崎洋さんとも面識があるとの話だった。ベオグラードで山崎さんにお会いしたとのことだったので、山崎さんが次回来日の際に一緒に会おうということになった。須藤甚一郎さんが新入会員のひとりとして壇上で紹介されたが、流石にかつて芸能レポーターとして活躍していただけあって多くの会員がご存知のようで引っ張りだこだった。

 瀧澤洋子さんの旦那さんも新入会員として紹介されていた。中川五郎さんに昨日の会合に長老山中さんが脳梗塞で来られなかったとお話したところ、驚いておられた。西山貢さんから2次会に誘われたが、他に相棒がいなくて止めた。名古屋へ出張中の小中陽太郎さんはご欠席だったが、今日は北岡忠義さん、野村正樹さん、穂高健一さんもお見えではなかった。暑いせいだろうか、今日は国際ペンのゲストが多く出席された一方で、日本ペンの出席者はやや少なかったようだった。

2009年7月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

793.2009年7月15日(水) 開高健の思い出話を聞く。

 4月以来の「酒のペンクラブ」例会出席である。浅草の「鍋茶屋」は私にとって初めての会場だったが、中々料理も良く気に入った。この次の飯田ゼミの会合に使えそうなので、その旨女将に話をしておいた。

 今日はいつものメンバーの中で会長格の長老山中さんが来られなかったのが、些か寂しかった。脳梗塞で体調が悪いとのことだった。お人柄も良く存在感もあった方なので、やはり柱が欠けたような寂しい気分である。1日も早いご回復をお祈りしたい。

 初めて参加された方の中に、須藤甚一郎さんと北岡和義さんがおられた。冒頭に日本ペンクラブ事務局長・吉澤一成氏が「開高健と酒」と題して30分ばかりお話をされた。現在茅ヶ崎にある開高健記念館の館長職を務められ、生前は特別に親しい関係だっただけにエピソードを交え、他人が窺い知ることが出来ないような話をされた。最近アラスカへ仲間と釣りにもでかけ、生前開高が面倒をみたネイティブとともに大きな鮭を釣り上げたことを話された。他にもベトナム戦争に関わった開高についても分かり易く説明された。

 お開きになってから、小中陽太郎さんと須藤さん、北岡さんと近くの飲み屋の2次会へ流れた。小中さんが北岡さんをもっとテレビ局へ売り込んで出演してもらおうと言い出された。皆さんそれぞれに個性派で、話を聞いていても中々面白い。

 小田実さんが亡くなられて間もなく3回忌を迎える。べ平連のこと、小田さんのこと、外務省外交機密文書漏洩事件のこと、西山太吉記者のこと、話は止め処もない。結局今の政治家の世襲制による劣化現象と役人の横暴に話が行き着いた。

 今の状態に誰も満足しているわけではない。愚痴になるが、なぜか倦怠感が感じられてならない。

 渋谷・紀伊国屋書店でNATIONAL GEOGRAPHIC社の「世界を変えた100日」という分厚な書を購入する。過去150年間における歴史的事件となった瞬間を捉えた100のストーリーを紹介したものである。100の中でも、私自身が影響を受けたり、現場に近いところで聞いたニュースがいくつかある。ベトナム戦争終結、第3次中東戦争、ソ連軍のプラハ侵攻、ダイアナ妃の死、9.11テロ事件、イラク戦争勃発、等々は思い込みもあるが、自分にとっても大きな影響を受けた。今後はもう個人的にこういうことはまずなくなると思うが、若かりしころの些かはみ出た行動がノスタルジアのように懐かしい。

2009年7月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

792.2009年7月14日(火) 外務省機密文書処分が明らかに

 外務省の外交機密文書破棄の件で、衆議院外務委員長・河野太郎氏が元外務事務次官・村田良平氏に会い、村田氏から「密約」と噂された外交文書の存在をはっきり確認した。河野議員はよくぞやってくれたと思う。やっとまともな政治家がいてくれたという思いである。

 ところが、終始一貫密約はないと主張していた政府は、河野議員が密約はないと主張する政府見解の修正を求めたことに関連し、麻生首相が「密約はずっとなかったと申し上げている。改めて調べるつもりはない」とにべもない。河野議員は政府答弁は虚偽だと批判しているが、河村建夫官房長官も「歴代首相、外相は密約は存在しないと明確に否定している。政府方針に変わりはない」と首相の談話を補足した。

 政府や外務省にとっては、実際にあった事実より事実だと信じることの方が遥かに大切だと非教育的なことを外聞もなく言い続けているのである。あまりにも不条理ではないだろうか。

 今後外務省は事実関係についてどう対応し、説明するのかはっきりしないが、半世紀の長きに亘って世間に疑惑を持たれた事件だけにきちんと説明し、国民を納得させるべきであるし、それが国の外交を預かるものの最低限の責務である。

 昨日北康利氏から伺ったところでは、白洲次郎が旧通産省を造り上げるうえで吉田茂の手を借りて計画立案を進めたが、現在の経済産業省の記録を調べてみると白洲の名前はたった一行しか書かれていなくて失望したそうだ。つまり役所というところは、外部から意見を聞いて、ことが成功することが、結果が良くても内心では快く思わないのである。

 このことは、結果が悪く自らに汚点となることなら尚更認めることを回避する傾向がある。今回の密約事件のように国民を半世紀に亘って騙し続けて、いざ事実が明るみに出そうになるや証拠を廃棄処分してしまうがごとき言語道断の行為は、とても普通の神経では実行出来るものではない。犯罪行為である。

 先日もそうだったが、昨日も北氏は一方で役人擁護の言葉も述べた。それは、役人を責めたり、引き摺り下ろすようなことではなく、もっと役人の良い点を誉めてあげないと誰も馬鹿らしくて真剣に働かなくなると同情的に言っていた。ご尤もであるが、役人に良い点なんかほとんどなくて、最初から高待遇に胡坐をかいていて、やることは一部の人間が全権を行使して国家を危うくするような行為までする。一民間人が成すこととは違うのである。あくどい限りの悪行を行ったとすると、これは最早全体責任であり、弁護のしようがないと考えるが、いかがなものだろうか。

 外務省の外交「密約」文書事件は、全外務省職員が辞めてもらうに匹敵するほどの大罪だと思う。これが厳しいとなれば、この世に法律なんか要らない。救いようがないからである。

 さて、昨日不通だったPCの無線回線が、やっと通じるようになった。NTTの専門窓口に聞きながら何度も何度もテストを繰り返して、漸く以前の状態に戻すことが出来た。細かい質問なので、時間はかかるし、分かりにくいので相手も嫌になることも多いと思うが、根気よく受け答えしてくれて気分良く30分近い時間を付き合ってくれた。私のような短気なものには、とても出来る仕事ではない。大型電気店の配送係には、概して程度の低い係員が多いが、その中でもごく僅かではあるが親切な係員も見られる。日曜日に機器設置に来られた電気係員と、今日電話で応対してくれたNTTサポートサービス係員の親切な対応に、久しぶりに涼風を感じたような気がした。

2009年7月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

791.2009年7月13日(月) 8月30日総選挙投票日で決まりか?

 昨日の都議選自民党惨敗の結果を受けて政界では今朝から右往左往している。遂に麻生首相も21日ごろをメドに解散を決意して、総選挙は来月30日に行うことを与党内で合意したようである。岡目八目というように、政治家よりも政治記者の方が実態や裏話については本当のことを知っているだろうから、これからきっとマス・メディアも喧しいことだろう。

 知研セミナーを虎ノ門の日本財団で予定していたので、夕方になって出かけた。今日の講師は3月に取材させていただいた評伝作家・北康利氏である。タイトルは「白洲次郎のプリンシプル」で、北氏が惚れこんだ白洲次郎をいろいろな角度から語られた。大雑把に言えば、白洲は日本人としての確たるプリンシプルを持っていた人物ということに尽きる。白洲が影響を受けたのは、何と言っても福沢諭吉である。「国を支えて国に頼らず」と独立自尊の精神を体現した福沢の日本人らしからぬ考え方と行動規範は、終戦直後に日本の進むべき道を示唆した白洲次郎の生きざまに大きな影響を与えたと話を続けられた。概略は取材の折に伺ってもおり、格別目新しい点はなかったが、いつの時代にも必ず道しるべとなる偉大な人物がいるものだと改めて感銘を深くした次第である。

 昨日光フレッツの担当者が来て、先日購入したデジタル対応テレビの光フレッツ対応、つまりアンテナを必要としない機器(ひかり電話対応ホームゲートウェイ・ルータ)を旧来の機器と置き換えて、いよいよ我が家でもアンテナなしのデジタル画面を楽しむことが出来るようになった。しかし、PCに関しては、ことはそう簡単にはいかない。

 PC機器に改めてIDとプロバイダーのパスワードを記入してインターネットの環境設定をしなければならない。昨日はパスワードの抽斗を失念していて、それが出来なかった。今日NTTへ電話で問い合わせしながら、改めて見つけ出したパスワードを打ち込み何とか起動することが出来た。しかし、問題はまだ解決されたわけではない。2台あるノートPCがインターネットを受信しないのだ。その内の1台がホームページの工房でここからホームページとブログを発信しているので、毎日発信しているブログが発信出来なくなる。これは困ったとPC上で調べると「LANケーブルが接続されていない」と表示された。昨日まではこれら3台のPCは無線で接続されていたので、「これはおかしい」と考えながら止むを得ず、LANケーブルでつないで何とか受発信出来るようになったが、これでは無線の意味がないし、困ってしまう。結局問題を先送りするようになってしまった。

 しかし、なぜ無線が流れなくなったのだろう。また、誰かに相談しなくてはならない。

2009年7月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com