1412.2011年3月26日(土) いい奴だった西野正さん

 晴れない気持ちのまま、今日友人西野正さんにお別れを言うため桐ヶ谷斎場へ出かけた。桐ヶ谷斎場は今月に入って2度目である。地理的に割合近くて便利ではあるが、あまり来たくないところで何ともやりきれない気持ちに包まれる。

 久しぶりに昔仕事でお世話になったキャセイ航空の人たちに会ったが、みんな寂寞感は堪え切れないようだ。当時のキャセイ航空には付き合いやすい気さくな人が多かった。

 佐藤紘さんもご子息と一緒に来られた。ご子息はバンコックで生まれてからずっと西野さんにお世話になったと言っていた。西野さんは気に食わない奴とは口もきかなかったが、一旦心を許すと徹底的に付き合い最後の最後まで交流を深めていた。そういう人だった。それにしても66歳の人生は短い。

 私もいずれ極楽浄土へ参ることになるが、まだやり残していることが多いので、もう少し好きにやらせてもらっていよいよとなったら、極楽門の入口で西野さんに出迎えてほしいと思っている。西野さんのご冥福を心から祈っている。

 さて、東日本巨大地震の影響がどんどん拡大している。放射性物質漏洩もさることながら今度の被災では、物資の不足が取り沙汰されている。ガソリン、食料、医薬品等々に加え、放射能汚染の地区制限もあって物資の輸送が充分行き届かないために援助物資が偏していて、欲しいところに充分行き渡らない状態になっている。

 ごく最近になって開示された画像を観てみると東北地方太平洋沿岸部が津波で大きな被害を受けているが、茨城県と千葉県の太平洋岸も相当の被害が及んだ。今朝の新聞で紹介された千葉県旭市では海岸沿いの民家が流され、かなりの死者と流失家屋があったことはこれまで報道されていなかった。すでに震災発生後2週間を経過しているのにである。茨城県でも普段太平洋の荒波をかぶる大洗海岸では各種の施設を含めてかなり打撃を受けたようだ。確かに岩手、宮城、福島に比べれば全般的に被害は少ないと言えるかも知れない。しかし、茨城県や千葉県の惨状を報道しないのはメディアの怠慢なのではないかと思う。

 昨年11月に日立市の国民宿舎「鵜の岬」と大洗の「鴎松亭」に泊った。海辺りの「鴎松亭」のベランダの下には斬新な水族館があり、その水族館が大分被害を受けたと館長が話していた。臨海の施設から見た景色を思い出すと、あの時は静かな太平洋の海というイメージだったが、今はそうではない。荒れ狂う津波に変貌したのだ。あの松林も根こそぎ浚われてしまったのかと思うと何とも言えない気持ちである。

 中々難しいことかも知れないが、やはり報道機関としては万遍なく平等に報道することが大切ではないかと思う。

2011年3月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1411.2011年3月25日(金) 原発復旧作業に手抜かりはないか。

 東日本巨大地震発生以来今日で丁度2週間になる。死者もついに1万人を超えた。行方不明者を合わせると2万7千人を越えている。これは警察庁が公表した犠牲者の数で、今後も犠牲者は増加すると予想されている。

 振り返ると過去最悪の津波は1896年の明治三陸地震津波で、死者・行方不明者は2万1959人だったが、今回の犠牲者の数はこれを大幅に上回る約3万人と予想されている。明治以降近代日本になって最も悲惨で過酷な自然災害であることは間違いないと言えよう。毎日毎日復旧作業や避難住民の厳しい生活、更に原発放射線物質漏洩の生々しいニュースを観て被災者の胸の内を考えると気持ちが暗くなり、 どうにも堪らない。

 その中でテレビでは原子力専門家が、毎日危険が遠のいたと安心させたかと思いきや危険が増しただの、素人の気持ちを弄ぶかのように変幻自在の原発関連ニュースを流している。普通の生活情報ではなく、ことは国民の健康に障ることである。被災者の気持ちを慮ってもう少し報道の仕方を工夫してくれないものかと思う。それにどうして頭脳優秀な専門家が何日もかかってあの手この手で放射線物質漏洩を抑え込もうと努めているのに、それが出来ないのか。黙って見ているだけで何も出来ない国民は、乱発気味の情報に振り回されて右往左往するだけである。

 昨日とんでもない情報が走った。福島第1原発内で復旧作業に当たっていた作業員の内3人が被曝したのである。どうも作業に当たった際、作業員がくるぶしまで水に浸かっていたようだ。素足の状態で外気に晒すなど素人でも気がつきそうな常識以前の禁止事項を冒していたのではないか。しかも昨日に限って放射線量を測定し指示する放射線監視員が同行しなかったという。加えて放射線の強さを測定する線量計が警告を発したのに機器の故障だとして気にも留めなかったらしい。まるですべてがザルなのである。最も放射能に神経を尖らせなければならない人たちが、この場に臨んで緊張感がまったくなく、暢気に作業をやっていたようだ。流石に呆れた海江田万里・経済産業大臣は「基本的な作業の落ち度。基本的なミス」と断じている。

 確かに現場でこんなイージーな作業をやっているようでは話にならない。厳しい言い方をすれば、一事が万事この有様では原発事故を抑え込んで国民が安眠出来るようになるのは、まだまだ遠い先のことだと思わざるを得ない。

 福島原発の事故は、放出された放射能の推定量からみて、国際評価尺度で大事故に当たる「レベル6」に相当することが分った。これはスリーマイル島の「レベル5」を超えた。残念ながら過去最悪のチェルノブイリの「レベル7」に次ぐ大事故になったことになる。災害と言いたいところだが、人災の要素も含まれているのではないかと思えてきた。

2011年3月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1410.2011年3月24日(木) またひとり友が逝った。

 今朝元ホテルマンの佐藤紘さんから訃報を受けた。今月に入って3人目の訃報である。みんな同年代でいずれも私より若い。今度は西野正さんである。私より5歳ぐらい年少だったと思う。しばらく連絡がないなと気にかかっていたが、昨日弟さんが西野さんの自宅ですでに亡くなっていた彼を見つけられたという。生涯独身だったので、連絡がつかないことを不審に思った弟さんが自宅を訪れ、西野さんの遺体を発見したようだ。従っていつ亡くなったのか今のところ分らないらしい。

 思い返せば、西野さんとの付き合いはもう30年以上になる。キャセイ航空バンコック駐在員だった頃に、初めてバンコックで会った。大学が同じということと、彼の幼少期の住まいが現在の私の自宅の近くだったということから親しい付き合いが始まった。私を先輩として立ててくれて、航空座席の手配などでも随分配慮してもらった。根っからの酒好きで結婚もせず、晩年は酒びたりの生活でやや不摂生だったことが寿命を縮める原因になったのではないかと思う。

 しかし、性格的には曲がったことが嫌いで正義感が強く、妙に気があった。時には呼び出されては自由が丘駅周辺の居酒屋で飲んだものだった。話が面白く、人を逸らさない話しぶりと呑み方で楽しい飲み助だった。人間的にも信頼出来る人物だった。

 先日しばらく連絡がないので、こちらから電話してみようかと思っていたが、彼はすでに自宅の固定電話を解約していた。携帯番号を私が記録していなかったためにそのまま今日を迎えてしまったことが残念である。最近では彼から電話があると午前中でもしどろもどろの口調で、もう一本空けましたとご機嫌だった。きっと寂しかったのではないかと思うと、もっと気を配って声をかけてやれば良かったと悔やまれる。われわれも健康に暮らしていても段々置いていかれるようになるのだろうか。ついセンチメンタルな気持に捉われてしまう。

 あれは20年以上も前に佐藤紘さんの結婚式で私たち夫婦が媒酌人を務め、西野さんが司会進行役を務めた時のことである。佐藤夫人が全日空の今でいうキャビン・アテンダントだった関係で当時のスチューワデス仲間が大勢披露宴に出席してくれた。航空会社の内情を知る西野さんが司会者席からその仲間らと丁々発止と鞘当てをしていた光景が懐かしく思い出される。

 さて、東日本巨大地震は、相変わらず地震それ自体より津波と原発の影響が爪跡として色濃く残っている。太平洋沿岸の町では、町役場がそっくり流され職員も資料も流失して町の機能がストップしてしまったところもある。

 昨日公表された東京23区内の水道水に含まれる放射線が基準値100ベクレルを超え、210ベクレルを記録した。それが、1日で基準値以下の79ベクレルに下がって、取りあえず安全な数値に戻った。それにしても水道局の当事者が慌てふためいている様子が目に浮かぶ。しかも地域的に東京23区の水道水と発表されたが、今朝の新聞によると23区の東部に限られ、世田谷区や目黒区は含まれないと書かれたり、基準値が安全な数値にまで下がったのに、乳児を抱える家庭に無料でミネラルウォーターを提供するとか、どうも一貫性がない。

 それでもわが家は一日で要注意地域から解放された。ほっとしたが、いつまた同じ事態がやってくるか分らない。まだ当分の間いらいら、ひやひやさせられることになりそうだ。

2011年3月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1409.2011年3月23日(水) 大地震の影響は首都圏にも

 今朝カメラ・メモリーの復元を頼んでいた「データ復旧センター」(正式名は『㈱DATA OK』の『データ復旧研究センター』)から復元作業が完了したので、どうやって引渡しをしましょうかと連絡があった。もちろん直ぐ受け取りに伺いますと返事をして、妻と外神田・地下鉄銀座線末広町駅前のオフィスまで実物を受け取りに出かけた。

 ピクチャーカードに復元されたのではなく、CDに復元されている。オフィスで画像を見せてもらって、確かに自分自身が撮った懐かしい写真が画面へ次から次へ現れた。宝物でも扱うように急いで自由が丘駅傍のDPE屋へ出向きプリントしてもらった。ほっとするとともに、記録が消失しなくて良かったとつくづく思う。

 早速心配をかけた友人・知人に何枚かの写真をスキャンしてJPEGにして、お詫び文を添えて送信した。まったく思いも寄らぬチョンボで無駄な時間と費用を費やしたものだ。でも、不幸中の幸いと言えるのは、友人が本当に頼りになるということ、写真が復活出来たこと、そしてメモリーが消えても復元出来ることを知ったことである。しかも復元のためのソフトまで市販されているとは意外だった。今回は良き紹介者がいたことで緊急事態発令から連休を含めて僅か4日でトラブルは解決した。この年齢になっても、特殊なジャンルで新しいことを経験し、学ぶことがあるものである。

 さて、東日本巨大地震の影響はひたひたと住民に忍び寄り住民の生活を蝕みつつある。福島原発の放射性物質漏れの危険が未だに抑え込めない中で、新たな問題が住民を直撃している。昨日来茨城県産ほうれん草や、福島県産の原乳が放射線の安全基準値を超えるという理由で、政府は生産農家に対して摂取制限や出荷制限を行った。その上いよいよその影響は首都東京にも表れた。東京都水道局は都内23区と都内多摩地区5市の水道水の中に、乳児の許容限度を超える放射線物質が含まれていると発表した。ついに地震の影響は首都圏に及んできたのである。早くもミネラルウォーターの買占めが始まっているようだ。ついにわが家の水道水にも影響が及んできた。乳児を除けばそれほど危険な数値ではないとは言いながら、やはり気になる。場合によっては、これから長期的に飲料水をどうやって確保するかを考えなければならないかもしれない。他人事ではなくなった。

 本来なら華やかに報じられる選抜高校野球が今日から始まり、テレビ放送を観る限り、心なしか例年になく地味な開会式で観客も少なかった。こればかりは現在の社会状況を考えればやむを得ないだろう。

 しかし、問題はプロ野球である。プロ野球の開催日については、最終決定されたわけではない。明日臨時オーナー会議で改めて検討し直すという。パ・リーグはともかく、セ・リーグの3月29日開催、4月5日からの東京ドームでのナイター実施、更に東電管内で4月中に開催されるナイター23試合は、政府や一般からとても受け入れられるものではない。星野仙一・楽天監督を始め、メディアからもコミッショナーが指導力を発揮せよとの強い声がある。今日の朝日に読売巨人軍の滝鼻卓雄オーナーの発言が採り上げられていた。ゼミの仲間で親しかった滝鼻くんも最近は忙しそうで、ゼミの会合には出てこなくなった。彼の発言とは「プロ野球の開催はお上が決めることじゃない」と不快感を示したとある。彼らしからぬ馬鹿なことを言っている。滝鼻くんの発言は良識ある世間の声に背を向けるもので、渡辺恒雄・読売グループ会長とまったく同じである。どうしてこんな分りきった世間や政府の意見が読売グループの上層部には分らないのだろうか。自称ポール・ニューマンの滝鼻くんも、すっかりナベツネに取り込まれて世間の空気から乖離するようになった。まあどう転んでも所詮娯楽のプロ野球のことだからと無視することも出来ないところが辛い。それにしてもナイター1試合分の電力消費量は一般家庭の4,000軒分に該当するという。それでも世間に逆らって押し切るつもりか。どうするプロ野球界? どうする滝鼻?

 今朝カメラ・メモリーの復元を頼んでいた「データ復旧センター」(正式名は『㈱DATA OK』の『データ復旧研究センター』)から復元作業が完了したので、どうやって引渡しをしましょうかと連絡があった。もちろん直ぐ受け取りに伺いますと返事をして、妻と外神田・地下鉄銀座線末広町駅前のオフィスまで実物を受け取りに出かけた。

 ピクチャーカードに復元されたのではなく、CDに復元されている。オフィスで画像を見せてもらって、確かに自分自身が撮った懐かしい写真が画面へ次から次へ現れた。宝物でも扱うように急いで自由が丘駅傍のDPE屋へ出向きプリントしてもらった。ほっとするとともに、記録が消失しなくて良かったとつくづく思う。

 早速心配をかけた友人・知人に何枚かの写真をスキャンしてJPEGにして、お詫び文を添えて送信した。まったく思いも寄らぬチョンボで無駄な時間と費用を費やしたものだ。でも、不幸中の幸いと言えるのは、友人が本当に頼りになるということ、写真が復活出来たこと、そしてメモリーが消えても復元出来ることを知ったことである。しかも復元のためのソフトまで市販されているとは意外だった。今回は良き紹介者がいたことで緊急事態発令から連休を含めて僅か4日でトラブルは解決した。この年齢になっても、特殊なジャンルで新しいことを経験し、学ぶことがあるものである。

 さて、東日本巨大地震の影響はひたひたと住民に忍び寄り住民の生活を蝕みつつある。福島原発の放射性物質漏れの危険が未だに抑え込めない中で、新たな問題が住民を直撃している。昨日来茨城県産ほうれん草や、福島県産の原乳が放射線の安全基準値を超えるという理由で、政府は生産農家に対して摂取制限や出荷制限を行った。その上いよいよその影響は首都東京にも表れた。東京都水道局は都内23区と都内多摩地区5市の水道水の中に、乳児の許容限度を超える放射線物質が含まれていると発表した。ついに地震の影響は首都圏に及んできたのである。早くもミネラルウォーターの買占めが始まっているようだ。ついにわが家の水道水にも影響が及んできた。乳児を除けばそれほど危険な数値ではないとは言いながら、やはり気になる。場合によっては、これから長期的に飲料水をどうやって確保するかを考えなければならないかもしれない。他人事ではなくなった。

 本来なら華やかに報じられる選抜高校野球が今日から始まり、テレビ放送を観る限り、心なしか例年になく地味な開会式で観客も少なかった。こればかりは現在の社会状況を考えればやむを得ないだろう。

 しかし、問題はプロ野球である。プロ野球の開催日については、最終決定されたわけではない。明日臨時オーナー会議で改めて検討し直すという。パ・リーグはともかく、セ・リーグの3月29日開催、4月5日からの東京ドームでのナイター実施、更に東電管内で4月中に開催されるナイター23試合は、政府や一般からとても受け入れられるものではない。星野仙一・楽天監督を始め、メディアからもコミッショナーが指導力を発揮せよとの強い声がある。今日の朝日に読売巨人軍の滝鼻卓雄オーナーの発言が採り上げられていた。ゼミの仲間で親しかった滝鼻くんも最近は忙しそうで、ゼミの会合には出てこなくなった。彼の発言とは「プロ野球の開催はお上が決めることじゃない」と不快感を示したとある。彼らしからぬ馬鹿なことを言っている。滝鼻くんの発言は良識ある世間の声に背を向けるもので、渡辺恒雄・読売グループ会長とまったく同じである。どうしてこんな分りきった世間や政府の意見が読売グループの上層部には分らないのだろうか。自称ポール・ニューマンの滝鼻くんも、すっかりナベツネに取り込まれて世間の空気から乖離するようになった。まあどう転んでも所詮娯楽のプロ野球のことだからと無視することも出来ないところが辛い。それにしてもナイター1試合分の電力消費量は一般家庭の4,000軒分に該当するという。それでも世間に逆らって押し切るつもりか。どうするプロ野球界? どうする滝鼻?

2011年3月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1408.2011年3月22日(火) 今のところ骨粗鬆症の心配なし

 長い間抗生物質を服用しており骨粗鬆症になる恐れがあるので検査してみる必要があるということから、通院している松本整形外科で今月初めに検査してもらった。

 今日その診断結果について松本先生に説明してもらった。骨密度というカルシウム量は0.796g/㎝で、これは同年齢の平均骨密度と比較して114%、若年成人の平均骨密度と比較しても103%で、骨が多く同年齢者の中では最上位クラスに入るとのことだったので、安心するとともに健康体に産み育ててくれた、今は亡き両親に今更ながら感謝の気持である。

 さて、しばらく北アフリカのリビア情勢から目を離している隙に、リビアのカダフィ政権側が反政府側を空から攻撃し続け、一旦は反政府側が抑えていた都市を奪い返し、更に空軍機により反政府側拠点を激しく空爆して政府側が断然優位に立った。空軍を持つ政府軍の優位は圧倒的で、反政府側は追い詰められている。人道上の見地から反政府側の声を受けた国連は、安保理事会でリビア上空の飛行禁止空域の設定を決議した。カダフィ政府に対して攻撃中止を要求し、従わない場合は政府軍機の航路制約を行うと警告した。それでも政府軍の反政府側に対する攻撃は止む気配がなく、遂に一昨日から欧米などの国連多国籍軍は政府軍の拠点へミサイル攻撃を行った。

 この欧米軍の介入により、カダフィ政府軍は苦しい戦いを強いられることになったが、反政府軍制圧のため陸路を進軍中である。現時点では、欧米軍はリビア国内への上陸は行わず、その効果は限定的であるが、戦いが長引けば、いずれ多くの犠牲者と甚大な被害が増大することは明らかである。それにしても殺人鬼カダフィの下に長らく統治されていたリビア国民の運命を思うと気の毒でならない。

 一方、国内で目こぼれしそうになったニュースは、石原慎太郎知事の都知事4選出馬宣言に次いで、東国原英夫・前宮崎県知事の都知事選への立候補表明である。4月10日の東京都知事選に、昨日東国原前宮崎県知事が名乗りを挙げた。派手なパフォーマンスでメディアでは話題の人物で、その動向が注目されていたが、幸か不幸か、東日本巨大地震報道ラッシュの中でその出馬はひっそりと伝えられた。宮崎県知事へ再出馬しないと発表した前後から、東京都知事職へは色気充分だったが、はっきり立候補宣言を行わずに都知事選の出馬は、多くの選択肢のひとつと煮え切らない発言に終始していた。果たして正式な出馬宣言にはいかなる思惑があるのか、大震災の陰の報道では選挙戦術としてそれほど効果があったようには思えない。しかし、それも東国原氏の作戦だったとするなら、今ひとつすっきりしない出馬宣言である。

2011年3月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1407.2011年3月21日(月) データ消去も復元可能

 カメラ写真のピクチャーカードから記録をすべて消去してしまったミスについて、復元のためのお知恵を拝借したいと昨日メールで友人・知人にお願いしたところ、早速20名近い友人から有益なアドバイスをいただいた。

 一番力づけられたのは、高校の友人からもらった、ズバリ「復元は可能」の一言だった。その前にカメラ店店員から携帯メールと違ってサーバーを通していないので、個体から消去してしまったら証拠が何も残らないので復元不可能と冷たくあしらわれてしまっていたからである。

 ある理系の大学教授だった友人は、自分たちの世界では一度作成した記録装置が消えてしまうとの認識はないと言って、詳しく処方箋を教えてくれた。こういう場合の救急対応として復元ソフトが市販されているというのも初耳だった。やはりこれまでに相当数の被害者がいたことを表している。

 ある友人が「データ復旧センター」と称する専門の組織を紹介してくれた。事情を話してあるので、すぐ連絡するようにと親切な電話をもらった。電話をかけると、担当者は即座に復元は可能と言ってくれた。

 同センターに復元をお願いしたのは、市販のソフトなどでは消去の後に試し撮りのように重ねて撮ってしまうと復元出来ないとほかの友人から聞いたが、このセンターにその点を質したところ2枚ぐらいなら大丈夫という話だったからである。私は消去後に2枚ほど試し撮りをした。まあこれでひとまずほっとした。折角ノーベル賞受賞者・根岸英一博士とのツーショットや、ノーベル賞記念メダルを手に撮った記念すべき写真などが、再び復活する可能性が現実化してきた。やや落ち込んだ気持に少し光が射してきた。それにしても直ぐに役立ってくれる親切な友人がいてくれてありがたいし幸せだと思う。彼らには心から感謝している。

 さて、東日本巨大地震は広い分野でその影響を与えている。数日前から福島第1原発の放射物質漏洩に対して取られている処置により、国民は安心したり危機感を抱いたり、発表される情報に毎日振り回されている。現状はともかく現在の危険な状態を早く終息させて、次のステップへ進んでほしいと思う。

 次のステップへ向かう前に今度の福島原発は国内外に微妙な難題を投げかけている。国内的には郡山市長が第1原発の原子炉廃止を言い出したことであり、これは今後の原発建設計画に難問を投じることになる。全電力のうちその約3割を原子力に頼っているわが国としては、そう簡単には他の代替エネルギーに頼れない悩ましい事情があるからである。

 他方、海外ではアメリカのペンシルヴァニア州スリーマイル島原発周辺住民に与えたショックである。念には念を入れて幾重にもバックアップ態勢を取った福島原発が彼らに不安を抱かせたことで、アメリカの原発計画にも今後影響を及ぼしかねないと危惧されている。

 フランスでも、ドイツでもいま立ち止らざるを得なくなった。中国はこのまま原発建設を進めていくようだが、世界のエネルギーを各国が今後どう生産調整し、需要をいかに万遍なく補っていくのか、岐路に立たされている。

2011年3月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1406.2011年3月20日(日) 開幕近いプロ野球界の愚

 警察庁が発表した本日現在の東日本巨大地震による犠牲者の数は、死者が8,277名で行方不明者と合わせると2万人を超えるという。とっくに阪神・淡路大震災の被害を上回っている。連日救援と復旧活動が行われている一方で、いま最も気がかりなのは、福島第1原子力発電所の放射物質漏洩の危険である。ここ数日は、自衛隊、警察庁、消防庁の特殊放水車が原子炉へ向けて放水活動を行っている。注水すれば冷却されるとの神話じみた解説に頷いていると、それが案外うまく行っていなくて依然として危険な状態にあると言われる。いつになったら安全な状態にしてくれるのだと聞きたい。避難者が1番知りたいことではないだろうか。

 被災地では燃料、食料、水、医薬品が不足しているうえに、輸送手段が遅れている。避難所では電気も制限され暖房は効かず、被災者は疲れ切っている。それでもイライラが講じてエキサイトしないのが、日本人、というより東北人の我慢強いところだろうか。

 そんな中で、まもなく春本番の野球シーズンがやってくる。23日から開催される選抜高校野球は時節柄一時開催が危ぶまれたが、予定通り開催が決まった。被災地からも若鷲が甲子園に向かった。

 その一方で、プロ野球も開幕を迎える。25日にセ・パ両リーグ・ペナントレースは同時開幕を予定していたが、地震被害を考慮して、特に仙台市に本拠地を持つ東北楽天イーグルスのホームグランド被災も考慮して、4月12日まで開幕を延期することになった。ところがセ・リーグは当初の予定で開催を決定した。それが周囲の顰蹙を買い4日間開催を延期することにした。だが、これでもセとパの開催日に2週間のずれがある。

 諸般の事情を考えると、ここはセ・パともに揃って大幅に開幕を延期すべきではなかったか。セとパのチーム間には交流試合が組まれている。お互いに歩調を合わせないと最後までスケジュール上に支障を来たすのではないか。シーズン終り近くなって日本シリーズの日程調整にも影響が出てくるのではないだろうか。

 選手会もセ・パ同時開催、開幕大幅延期を決議し、コミッショナー、両リーグ会長に対して要望書を提出した。にも関わらず、選手は経営に口を出すなの傲慢な姿勢に抑え込まれた。ここはプロ野球界の最高責任者である元駐米大使の加藤良三コミッショナーが常識的にして、世間が納得する決断を下すべきである。

 しかし、日本プロ野球機構から雇われている弱い立場上経営側に強い態度に出られず、本音が聞かれない。

 さらに日本プロ野球機構が非常識な判断をしたのは、開幕試合の次週には電力を大量に消費するナイトゲームを開催し、全般に電気量消費の少ないデーゲームの開催が少ないことだ。まったく地震被害のことなんか考えていない。常識的には考えられない。流石に経済産業省、文部科学省も、国民一般に計画停電をお願いしている過程で良識的な判断をしてほしいと苦言を呈している。

 これから1波乱も2波乱もあるかも知れないが、こんな社会から理解を得られない反社会的な行動がスポーツの世界で堂々と行われることに当事者が、何の後ろめたさも感じていないことが不思議でならない。新(あたらし)セ会長はヤクルト常務で、経営的判断で引き受けているだけで、プロ野球の発展や、野球ファンのことなんか、まるで考えていないように見える。

 プロ野球界とは何とアホな組織なのだろうか。八百長騒ぎが解決出来ない日本相撲協会と何ら変わらないではないか。これではファンがどんどん離れていくのが目に見えるようだ。

2011年3月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1405.2011年3月19日(土) ガクッ! 大チョンボ

 昨晩根岸英一博士の講演を聞き、博士ご夫妻ともフランクに話し合ってすっかり好い気分になって帰宅した。帰り道自由が丘駅まで一緒だった大塚武夫くんとも今日は良いパーティだったと話して別れた。

 それが一転してギョッとなった。折角あれだけ多くの記念写真を撮ったのに、手違いですべての写真を消去してしまったのである。今朝になって慌ててしばしば利用するカメラ店へ電話で尋ねてみたところ、一旦消去したら復元は出来ないと厳しい沙汰があった。もうがっかりである。昨日は講演会の前に博士とロビーの入口で話しながらサインまでいただいている様子を、大塚くんがいろんな角度から撮ってくれ、その出来映えが気に入っていただけに残念である。さらに講演の様子や講演の後に博士が見せてくれたノーベル賞記念メダルを持たせてもらい写真に納まったし、博士とのツーショット、奥様とのツーショット、メダルをアップした写真、加えて一昨年インド旅行した時の200枚を超える写真など記念すべきメモリーをすべてパーにしてしまった。パーティ会場ではラグビー部後輩で元鎌倉市長の竹内謙くんから、先輩を使って申し訳ないけれど一枚撮ってほしいと要望されナイスショットが撮れた。それらがすべてダメになってしまった。撮ってくれた大塚くんにも申し訳ない。早速ご両人にお詫びのメールを送った。即座に元市長から返信があった。「了解しました。大兄にも失敗があることを知り、失敗ばかりの小生にとっては旧人類の同類感を感じる次第です」。

 大塚くんからは「大塚問題よりインドの写真が深刻ですね」と反って気を遣ってくれる。

 まあわが人生にとって最大の大失態のひとつに入る。カメラ店には、先般のお相撲さんの携帯のメール削除では復活出来たので、写真もうまくすれば復元出来るのではないかと淡い期待をぶつけてみたが、カメラ店によると携帯電話はサーバーに記録が残るが、それがないカメラのピクチャーカードでは無理だと言われてしまった。ちょっと軽率に取り扱ったかも知れない。記念すべき記録をこうして台無しにしてしまった。あ~、こんなヘマをやった自分に腹が立つ。

 さて、毎日大々的に報道される地震については、福島第1原発の放射物質漏洩を恐れ、格納容器の冷却化のために外部から特殊車両を使用して注水しているが、安定したとの確定的な効果はまだはっきり表れていない。もしかしたら放射線漏れがあるのではないかと今や疑心暗鬼の各国政府は、自国民の帰国を促した中国や、福島周辺から80㎞圏外への避難を促したアメリカ政府のようにそれぞれ独自の対応をしている。まだまだ心配である。

 一方、昨日まで円高に推移していた円が一転して円安になった。一時史上初めて76円台を記録した。なぜこういう日本、及び日本企業の存亡を問われかねない事態にも拘わらず、日本円が買われるのか。かつて学んだアダム・スミスの近代経済学理論と完全に矛盾している。結局以前には考えられなかった世界を股に駆ける投資家などという輩が暗躍して経済原則や経済理論に逆らっているのだ。この傾向に懸念を示した先進各国政府は急遽G7で、ケインズ理論に逆らう円安誘導への協調介入をした。結果的に漸く円安にシフトした。この種の国際的な協調介入は初めてのことである。

 今後地震災害からの立ち直りを含めて、日本の経済力を証明する円もそれなりの数字を示してほしいものである。

2011年3月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1404.2011年3月18日(金) ノーベル賞受賞者・根岸英一博士の講演を聞く。

 大分前から楽しみにしていたノーベル賞受賞者・根岸英一博士の講演会を兼ねたパーティが、六本木・アークヒルズ37階ラウンジで母校湘南高校OBからなる「東京湘南有志会」の主催により開かれた。ここ1週間の地震騒ぎで実施されるかどうか気にかかっていたが、一昨日になって事務局から予定通り開催されると手紙で連絡をもらった。

 しかし、計画停電などの影響により交通事情が予測出来ないので、講演開始時間午後6時の2時間前をメドに会場へ来て欲しいとの要望だった。

 湘南同期生の大塚武夫くんと4時に渋谷駅で待ち合わせ、大分早く会場へ着いたが、応接室でほかの先輩と雑談しながら時間を過ごした。

 実は昨年11月開催の定例有志会に根岸博士ご夫妻が出席されると伺っていたが、ストックホルムでのノーベル賞授賞式直前のタイミングといい、度重なる各種の祝賀会出席といい、ハードスケジュールによる疲労のため結局会場には来られなくなった。

 今日改めて有志会の強い希望と、同期生の森稔・森ビル㈱社長ら幹事の方々のお骨折りもあったのだろう、幸いにして講演会が実現した。テーマは専門的なクロス・カップリングに関するもので、門外漢にとってはその内容は少々難しかったが、何となく分ったような気にさせる話しぶりだった。でも本当のところは、元国土庁次官で、理系から文系へ転じた吉居時哉さんが話されていたようによく分らない。

 昨年上梓した共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊行)の拙稿の最後に、ダライ・ラマ14世の言葉とともに、根岸博士の言葉「若者よ 海外へ出よ!」を引用させていただいたので、博士にその経緯の説明をして、私の外向きの考えにも共感していただいた。その共著と2008年に書き下ろした「停年オヤジの海外武者修行」(早稲田出版刊行)を博士にお贈りした。博士はテレビで拝見するだけでも優しくお人柄の良さそうなところが見られたように、実際奥様ともども偉ぶるようなところがなく、とても気さくな感じの方だった。最近出版された博士のご著書「夢を持ち続けよう!」(共同通信社刊行)にもサインしていただいたし、ノーベル賞記念メダルも持たせてもらい記念写真も撮らせてもらった。

 昨年結婚した二男の家内の名前は「すみれ」と呼ぶが、偶然にも博士の奥様が同じ名前で、奥様はほかに平仮名の「すみれ」という名前のお知り合いはおられないと仰って驚かれ、話が弾んで奥様から「若いすみれ」さんによろしくお伝えくださいとのメッセージを承った。

 ご夫妻は相変わらずご多忙のようで、2月に日本に来られてから、この先上海、インド、スペインへ寄り、4月21日にアメリカのご自宅へ帰られるというお話だった。

 講演会が終ってから別室のパーティ会場でも、参加者全員同窓生ということもあり、先輩、後輩が一緒になってお互い気軽に話し合い、とてもアトホームな雰囲気で、実に有意義で愉しい集まりだった。最後に全員で北原白秋作詞、山田耕筰作曲による母校校歌を声高らかに歌い、根岸博士が益々ご活躍され、2度目のノーベル賞を受賞されることを祈念してお開きとなった。

2011年3月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1403.2011年3月17日(木) 鉄道作家・野村正樹さんを偲ぶ。

 今朝の新聞で野村正樹さんの訃報を知る。肺がんにより亡くなられたことに胸を突かれるようなショックを受けた。少々健康を損ねたと漏らしておられたが、私より6歳も若かった、あの野村さんがあっという間に黄泉の国へ旅立ってしまった。サントリー社員時代にミステリー作品でデビューしてサラリーマン作家として名を売ったが、一方で鉄道作家の顔も持っていた。私には鉄道作家としての野村正樹さんにより親しみを感じる。ペンクラブに入会してから野村さんが鉄道オタクで、大学の先輩・後輩という間柄でもあり親しくお付き合いをしていた。私の2度の出版記念会にも出席していただいた。最近では健康が勝れなかったためだろうか、ペンクラブの例会にもほとんど姿を見せられず、気になっていた。

 しかし、何といっても野村さんとの交流で一番印象に残っているのは、一昨年暮「知的生産の技術研究会」編著の「知の現場」(東洋経済新報社刊行)を上梓する過程で野村さんをインタビューしてまとめた取材記である。

 同書の中で取材した論壇人は21名だったが、唯一野外で取材したのが野村さんだった。敢えて取材場所として野村さんが提案されたのは、デビュー直後の小田急の新型ロマンスカー展望車の先端・展望席だった。いかにも鉄道ファン野村さんらしいアイディアで、今にして思うと新鮮にして強烈な思い出である。

 提案をいただいた後早速指定のロマンスカーの展望車座席の先端半分を特別にリザーブした。小田急に関しても、元小田急マンだった私より遥かに専門的な鉄道知識を身につけておられ、薀蓄を傾けた知識をベースに沿線風景や離合する別のロマンスカーの予定時間などを適切に解説してくれた。走るロマンスカーの中でジェスチャーを交えて、並々ならぬ鉄道への愛情を示してくれた。野村さんは「鉄道と二宮尊徳が『知』の原点」と言って憚らなかった。

 野村さんと相対してインタビューする取材は、主に新宿駅から小田原までの車中で行われたが、野村さんは二宮尊徳を深く尊敬しておられ、小田原で下車してから取材班一行は二宮尊徳を祀る報徳神社へ連れ立って訪れた。その時宮司の講話などの手配も自ら事前になされた。温かいお人柄で、誰からも好かれ、話していて心の和む素晴らしいお人柄だった。野村さんは「知の現場」の仕上がりを喜んでくれ、昨年の年賀状には「『知の現場』ではありがとうございます。いい本になりましたネ!!」と書き添えてくれた。中々良い装丁に仕上がり、野村さんの話はロマンスカーの宣伝効果もあり、小田急電鉄・大須賀頼彦社長にも気に入ってもらえたので、今日も野村さんをよくご存知の大須賀社長に野村さんの訃報を伝えた。

 小中陽太郎さんと、ロマンスカー取材にも同行された「知的生産の技術研究会」の八木哲郎会長にもお知らせした。お2人とも大変驚き、野村さんのご逝去を惜しんでおられた。

 わが書棚には購入したもの、いただいたものを含めて野村さんの著書が10冊ばかり置いてある。その中でも出色は大分前にいただいた自費出版の処女作品2冊である。サントリーへ入社した新入社員時代に出された限定版「ウルトラ70*逸楽のルンバ」と「5時から5時のブルース」である。ぱらぱらっと頁を捲っていると、人懐こい野村さんが今にも後から覗き込んでくるような気がしてくる。

 今年いただいた年賀状には昨年夏に撮った、JR品川駅の名物ポスト「0kmポスト」の脇に立つ元気な姿の写真があり、今年は新境地の大作2冊に挑戦するとポジティブなメッセージが書かれていたので、楽しみにしていた。残念でならない。

 あの優しい野村さんの笑顔をもう見ることが出来ないのかと思うと寂しい。心より野村正樹さんのご冥福をお祈りしたい。          合掌

2011年3月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com