目黒区議選トップ当選の須藤甚一郎さんから、謙遜だと思うが、3期連続トップ当選は予想外だったとメールをいただいた。一方世田谷区長に元社民党代議士・保坂展人氏を推された小中陽太郎さんからも、須藤さんのトップ当選を祝い、保坂氏の区長当選を喜んでおられるメールをいただいた。小中さんは保坂氏が将来都知事になられると英語で書いておられた。
社民党もこのところすっかり落ち目となってしまった。保坂氏が2年前に3期務めた衆議院議員選挙で落選したのも、そもそも一時的な民主党ブームと社民党退潮の影響を受けている。保坂氏が偶々未曾有の原発問題の発生により脱原発を訴えたことや、自民党都連内の内輪揉めが保坂氏にとって有利に働いたこともある。
それにしても社民党の長期低落傾向は止めようがない。それでも福島瑞穂・社民党党首は、保坂氏の当選と脱原発を「時代の流れだ」と些か浮かれ、脱原発構想を政策の柱にするようだ。社民党は統一地方選で推薦・公認候補者のうち当選者の割合は75.7%だったが、前回は78.6%であり、相変わらず低迷している。
われわれの学生時代は「安保反対」の旗印の下に、総労働対総資本の対決となった労働運動の高まりとともに、社民党の前身・日本社会党は日本共産党とも手を携えて、そのパワーと熱気は時の政府を圧倒せんばかりだった。その後拡大した社会党は、1990年の総選挙では136の衆議院獲得議席を獲得した。その3年後の総選挙では、議席数は70と半減した。それが今や旧社会党たる社民党は、議席数は衆議院6、参議院4にまで減らし法案提出権もない小政党と成り下がった。
社民党はこれからどうやって党を立て直していくのだろうか。今のビジョンも組織もなくなった姿を見ているとあまり希望は持てない。
さて、一昨日本欄でアラブとアフリカの政治・社会情勢の混乱について触れたが、指摘した国々の他にどっこいシリアが問題になってきた。父子2代の世襲により40年間に亘って独裁体制を敷いてきたアサド政権が、反体制派のデモに対して一旦は政治改革を約束して譲歩の姿勢を見せ、21日には48年間続いた非常事態令を解除した。それが一転して、翌22日になり治安部隊がデモ隊に対して発砲し300人以上が死亡した。政権が無防備な自国民に武器を向け殺戮した残忍な行為は、ピレイ国連人権高等弁務官をして「常軌を逸している」と非難せしめた。リビア同様この自国民を殺戮する残虐行為は今後国際社会にも大きな波紋を投げるだろう。
昨日はJR西日本福知山線列車脱線事故発生6周年、そして今日はチェルノブイリ原発事故発生25周年である。いずれも忌まわしい事故で、後者の場合は福島原発事故が今も継続中であり、殊更頻繁に採り上げられている。どうも気持ちが晴れない鬱陶しい事故である。福島原発は少しは良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのか、メディア報道だけではさっぱり分らない。これでは周辺住民はもちろん、国民はいたたまれない。
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1442.2011年4月25日(月) 前立腺は問題なし
10日前に前立腺の精密検査を受けて、今日その検査結果を伺いにクリニックへ行った。開口一番飯ヶ谷先生から「近藤さん、癌の心配はまったくありません。良かったですね」と言われてほっとした。目視で99%大丈夫でしょうとは言われていたが、実際に体液の検査をしてもらった結果だから安心である。前回画像を観ながら少々前立腺肥大の傾向があると説明を受けたが、それすら心配には及ばず、投薬の必要もなく、今後4ヶ月に1度ぐらいのペースで検査を受けることを勧められた。今回思い切って検査を受けて本当に良かったと思う。
偶々飯ヶ谷先生は、整形外科の松本先生のご紹介であるが、お2人とも慶応医学部のご出身であり、私にとっても学部こそ違え同窓生ということで、大分打ち解けた会話を交わせるようになった。以前にお会いしたことがある高校の5年先輩で、北里病院名誉院長の比企能樹さんが慶応ボート部時代にメルボルン・オリンピックへ出場した話になった。1956年メルボルン・オリンピックが開催された高校生の時、数学の竹下直之先生から、比企さんの他にもう1人先輩がメルボルン・オリンピックに出場していると伺った。比企さん以外のもうひとりとはサッカー日本代表チーム(慶応BRB)の小林忠生さんのことだった。
幸いお二人の医師がよくご存知の比企さんの話から、飯ヶ谷先生とも大分親近感を抱いてお話し出来るようになった。
4ヶ月後に今度は気軽に診ていただきたいと考えている。
昨日行われた統一地方選で、世田谷区長に元社民党衆議院議員の保坂展人氏が激戦を制して当選した。小中陽太郎さんにメールで伺って見ると弟子のひとりということだった。道理で選挙公報に保坂氏の推薦人として小中さんの名前が載っていたわけだ。即日開票の目黒区議選では知り合いの須藤甚一郎さんが3期連続トップ当選を果たしてめでたし、めでたしである。翌日開票の中野区ではやはり知り合いの出井良輔さんが上位当選された。知人がそれぞれに栄冠を得てほっとしている。ところが、今回の選挙の投票率は戦後最低だそうだ。確かに投票所ではいつもの選挙に比べて閑散としていた。難しいとは思うが、出来れば先週の知事選とかみ合わせれば、もう少し上がったのではないか。因みに最年少30歳の若い市長を誕生させた、財政再生団体・夕張市の投票率は82.67%だった。
先週に続き全般的に民主党の退潮が目立ち、またぞろ菅首相の責任追及の声が高まっている。菅首相にリーダーシップが欠けているのは、すでに周知のことである。しかし、今この非常事態にあって政治家がやらなければならないこと、選挙の敗北の責任を追及して代表者を引き摺り下ろすことではないのではないか。しかも同じ政党内でトップの首の挿げ替えを目論んでいる醜態ぶりは、とてもまともとは思えない。今に始まったことではないが、呆れかえって開いた口が塞がらない。
今日行われたある女優の告別式に鳩山由起夫前首相が参列された姿を見た。個人的な関係があったのかも知れないが、散々菅首相の行動を槍玉に挙げて非難し、政治家として多忙である筈の国難とも言うべきこの時期に、前首相が時間を割いてまでとるべき行動だろうか。ちょっとセンスも神経もおかしいのではないか。政治家にはどうしてこうも空気が読めないトンチンカンばかり多いのだろうか。
1441.2011年4月24日(日) こんな非常時に政党助成金を平然と受け取る国会議員のモラルとセンス
世界を見ると今アラブとアフリカでは大きな政治混乱と社会変革のうねりが起きている。北アフリカのチュニジア、エジプトに続く独裁政権転覆への勢いはリビアに波及して、リビア国内ではカダフィ体制派と反体制派による激しい内戦状態が続いている。それがアラブ諸国へ飛び火して、イェメンとシリアではデモ抑圧のための発砲事件も多発し、数多くの犠牲者を出している。今夜のニュースによれば、イェメンの長期独裁政権・サレハ大統領が、ついにペルシャ湾岸6ヶ国で構成する湾岸協力会議の勧告を受け入れたという。その内容とは1ヶ月以内にサレハ氏が大統領職を辞職するとの約束である。しかし、権力者の地位に固執している大統領が果たしてすんなり約束を履行するかどうか予断を許さない。
西アフリカのナイジェリアとコート・ジボアールでは、新旧大統領の対立からともに国民を巻き込んだ無政府状態に陥っている。途上国ではいつも犠牲になるのは、底辺にいる生活の苦しい庶民である。
一方、国内では放射性物質漏洩問題が一向に収束する気配が見られない。対策本部が立ち上げられたが、雨後の筍の如く20近い復興関連の本部が出来て指揮系統が一本化されず、元々問題とされていた政府、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、東電ら4つの組織がそれぞれの立場で情報を公開するので、その流した情報をどの組織がどう活用し、整理して国民に伝えるのかというルートと責任の所在がはっきりしない。
話が飛躍するが、今朝の「天声人語」に政治家の党利党略、私利私欲について批判的なコメントが書かれていた。今年度最初の政党助成金が支払われたという。併せて80億円である。当初から共産党だけは主旨に反対して辞退しているので、その他の全政党を併せた合計金額がこの巨額に上る。年間に換算すると何と4倍の320億円になる。
「天声人語」氏はこう書いている。「被災者に尽くすべき者が炊き出しに並んでいるような違和感を覚えた」「国会議員は歳費カットでお茶を濁さず、定数を削るべし」「今回だけでも遠慮するデリカシーを永田町に望むのは、どうやら自販機にスマイルを期待するがごとし。民に耐乏を訴えながら示しがつかない」などと相当厳しい。それも当然だろう。はっきり言ってどの面さげて、この厳しい財政状態の中で自分たちだけ国庫から金を融通してもらおうというのだろうか。
政党助成金の申請が出されたのは、偶々著名人が義捐金として私財を提供した総額が1000億円を突破した時だから余計皮肉っぽく受け取られる。政治家にはその時、義捐金を提供しようとの考えなんかまるで眼中になく、ひたすら脇目も振らずに国民の税金である国庫から少しでも資金をいただこうとのさもしい気持ちに駆られていたのである。本稿でも政治家も少しは被災地の人々に対して、税金からいただくサラリーを辞退し、義捐金へ回すような行動を起こしてみてはどうかと何度も訴えたが、現在までにただひとりとして賛同する国会議員はいないようだ。こういう利己的で自己中心的な人々に政治を担わせることが、国民にとってはどれだけ不幸なことだろうか。
今日は統一地方選の後半戦で、自治体としては山梨県、佐賀県に次ぐ84万人の人口を抱える世田谷区長選挙と区会議員選挙が行われた。投票した候補者の当確は、夜11時現在各候補が競り合っていて結果はまだ分らない。一方、わが国唯一の財政再生団体の北海道・夕張市長選挙では、夕張市へ派遣されていた30歳の東京都職員が全国最年少市長に選ばれた。他にも意外性と話題性のある首長が生まれる可能性がある。
1440.2011年4月23日(土) 孫の成長を願う。
高層ホテルから市内を見下ろすとそのランドスケープから新潟という都市が何となく分ってくる。今日は新潟へ転勤中の息子の誕生日でもあるが、大安吉日でもありメインの演目は孫のお食い初めのお祝いである。11時半までホテル内で息子が車で迎えに来るのをぶらぶら待つ。
初めて孫を新潟市内の新潟総鎮守・白山神社という実に伝統ある誉れ高い神社にお参りさせていただいた。随神門という木造の門は、存在感と貫禄からして相当な歴史を感じたが、資料によると永禄年間と天正年間の2度に亘る火災ですべてを焼き尽くし、その謂れもはっきりしないという。それでも2つの説があり、建立は延喜年間(901~922)とも、寛治年間(1087~1094)ともいわれるくらいだから、一見門構えからして鎌倉時代の建長寺に匹敵すると想像したのもそう見当違いでもないと思う。他に本殿で3人の赤ちゃんが一緒に祝詞をあげてもらった。みんな両親やその家族はわが子の行く末の幸せと健全な成長を願っているのだ。
白山神社は1万坪とも言われる広大な白山公園の中にあるが、その白山公園は今が盛りとばかり桜が満開だった。週末ということもあり、大勢の人が出て華やかな雰囲気を醸し出していた。
孫の「健太」も健康そうで中々愛想も良いので、このまま素直に、ただ健康に育ってほしいと願っている。
和食レストラン「梅の花」でお祝いした食事の席で、両親を前に嫁の「すみれ」にノーベル賞受賞者根岸英一博士のすみれ夫人から、先月18日にお会いした時お預かりしたメッセージを伝えた。「押し花のすみれから若いすみれさんへよろしく」というものだった。嫁のすみれは大感激だった。
夜帰宅してみると、偶々「知研」会員の石川均さんから送っていただいた4月20日付神奈川新聞が届いていた。同紙文化欄に母校・湘南高校のある同窓会が取り上げられていたのである。根岸英一博士と同期生の「華の二八回」同期会で、これは私がお会いした18日の1週間前の3月11日に開かれた、同期生会を話題にしたものだと思う。その席で根岸博士は得意の喉で布施明の「シクラメンのかほり」を歌っていた最中に、東日本大震災の突然の揺れにより歌うのを止めたと根岸博士から伺った。そんなエピソードもあり、18日にお会いした時は、今日は歌わないから地震はありませんとジョークを交えて話しておられた。
いずれにせよ、すみれ夫人から若いすみれへ温かいメッセージを伝えられて良かった。
1439.2011年4月22日(金) 孫のお食い初め儀式のため新潟
二男の子どもの明日のお食い初めのお祝いに「ホテル日航新潟」にチェックインした。昨年から度々新潟へ来るようになった。地方都市というのは東京のような大都市とは一味違った良さがあるものだが、新幹線開通によって都市計画が整備されたせいだろうか、新幹線沿線の都市はみな同じようで、面白みも個性的なところもない。新幹線開通によって街を2分され、それを受け止めたうえで街づくりデザインを作ったためだろう。
例えば、新潟市にも福島市にも昔からの越後の国とか、会津の国という特徴があまり感じられない。寂しい限りであるが、多分これは東日本大震災によって復興なった場合の三陸地方の都市にも同じことが言えるようになるかも知れない。
丁度いま息子のマンションのベランダの目前にある桜並木が絶景である。もうすでに遅いかと思ったが、中々見事な咲きっぷりで、遅ればせながら花見を楽しむことになった。今日は夕食を息子家族とともにした。長男の3人の子どもに比べて、二男の息子は元気がよくて性格的にも大分違うようだ。孫も1人ひとり個性的で中々一括りにするのは難しい。まあ元気そうなので安心だ。
さて、一昨日のWEBサイトを見ていて東京電力が放射線被害者の補償金支払いの一環として、社員の給料を平均で10%削減するとの意向を漏らした途端、ネット上に一斉にブーイングが起き、相当辛らつなものもあった。それらの非難を受け止めたのかどうかは判然としないが、昨日になって20%削減をメドに検討を始めたようだ。高給取りの東電社員ですら、これで600億円の捻出にしか過ぎないが、それでも倫理的な観点からすれば、当然であろう。東電はこの外にも保有株式の売却や不動産売却によって補償金の原資を産み出そうとしている。
これとは別に、東電は昨日柏崎刈羽原発に津波対策として標高15mの防潮堤を設置すると発表した。今頃になって慌てて安全策を実行に移すことを決めた。ここにも「日本海側には津波は来ない」との想定がある。それを敢えて想定外の対策で備えることにしたのである。では、中部電力の浜岡原発はどうするのか。ここにも防潮堤はない。しかも東海沖地震の可能性が秘められている。浜岡原発は防潮堤を設置することが当然想定内にあるはずではないのか。今もって浜岡は危険に晒されている。
結局電力会社、政府、原子力保安委員会、原子力安全・保安院のいずれも学者を含めて、安全についての想定が甘いと言わざるを得ない。彼らなりにあの手この手を打っているようだが、原発の根っ子をコンロロール出来ない人たちが、自分たちのための防潮堤の中で原子力を操っているとの印象が否めない。
1438.2011年4月21日(木) 男気を感じる石原軍団のボランティア活動
大震災の被災地で多くのボランティアの活動が光っている。その中で映画の石原軍団と呼ばれるグループが石巻市で行った炊き出しのパフォーマンスが頗る評判がいい。その活動の一部をドキュメント風に紹介していたが、渡哲也、館ひろし、神田正輝ら7人の有名俳優を中心に、スタッフ30人とボランティアらが、冷蔵車、冷凍車を含む車28台で特性の釜、全自動炊飯器、食事1万5千食分を運び、彼ら自身が自らの手で料理して多くの被災者に元気を与えている。彼らの考えと姿勢がいい。しかも、その期間が1週間と長く腰を据えて、風呂にも入らず寝袋で泊りながら心から被災者の気持ちに応えようとする精神は素晴らしいと思う。映画俳優とかタレントと云われる人たちは、とかく派手な一面だけが取り上げられがちで、実際そういう派手なパフォーマンスばかり追う人もいるが、この石原軍団を見ているとむしろ派手な面を捨てて、自分たちも被災者と一緒になって元気を与えようとしている。
15日から昨日21日まで毎日決まって続けられた炊き出し行為に対して、市民から感謝の気持ちが伝えられていたが、それに応える俳優たちのスピーチに心が篭っている感じがした。
特にリーダーの渡哲也は、自分自身が淡路島の出身で、阪神・淡路大震災の折りに初めて炊き出しを行って感謝された経験から、今度は積極的に仲間とともにボランティア活動を起こした。
その渡がお別れの素晴らしい挨拶の中で、被災者に温かく励ましの言葉をかけ、ハーモニカで「故郷」を奏した。それを聞きながら涙を流している老人がいた。その光景は感動ですらあった。
この石原軍団の行為には心を打つ感動的なインパクトがあった。
それに比べて相変わらず政治家たちの行動は遅いし、何をどうやろうとしているのか試行錯誤を通り越してもうメチャクチャである。
今日菅首相が再び被災地・福島を訪れた。被災者にお見舞いの言葉をかけるつもりが、足早に立ち去ろうとした建物の出口で被災者のひとりから呼び止められ、対応の悪さについて詰問される有様である。
また、福島第1原発から20㎞圏内を、災害対策基本法に基づいてこれまでの避難区域から「警戒区域」に指定した。立ち入り禁止となり、犯せば罰金を課せられるという。これは放射線の危険を考えれば、ある程度やむを得ない対応かも知れないが、伝達の方法があまりにも唐突過ぎる。
その他にも、これまで被災者に対する補償について東電が支払い、不足分を国が支払うという考えが支配的だったが、今日になって新たなアイディアが浮上した。電力料金を上げて、その値上げ分から支払うというものである。これは、東電管内だけで対応したのでは東電に負担がかかり過ぎるので、沖縄を除く全国の電力会社が同じように負担して値上げする案である。
ともかく何をやっても考えがひとつにまとまらないのだ。何事にせよ情けないことだが、政治のトップにはリーダーシップがないということだけは間違いない。
今日高校時代のラグビー部の仲間、蓮池雄策くんの奥様から蓮池くんが2月に亡くなったと手紙をいただいた。青春時代をともに燃焼したラグビー仲間の死は辛く、悲しい。高校ラグビー部時代はスタンド・オフでキッカーも務めてくれた。チームの司令塔として活躍してくれ、卒業後は東京商船大学から日本郵船の北米航路の船長として定年を迎え、その後は名古屋港で水先案内人を務めていた。近年は体調を崩して、昨年3月以来入院していたが、力尽きたようだ。心よりご冥福を祈る。 合掌
1437.2011年4月20日(水) エネルギー政策に専門家以外の国民の関与を
相変わらず大小の余震が続く。少しずつではあるが、明るいトピックも聞かれるようになった反面、まだ暗い話も数多く耳に入ってくる。他方で政治が決めることは一向に前へ進まず、日本の政治にはまったく期待が持てない。
先の見通しが立たない中でまだ真剣な議論が起こっているわけではないが、落ち着いたら最初に採り上げられなければならない最重要課題のひとつは、将来わが国が原子力発電を電力供給の柱としてこのまま開発、発展させていくべきか否かということであろう。
現在までにわが国が稼動した原発は54基ある。今後新たに建設が予定されている14基を加えるとわが国は原子力立国の道を歩んでいくのではないかとの心配もある。しかし、原子力発電が全電力供給量の約3割を占め、いくらこれまで恩恵を蒙ってきて、今後も供給を受けられるとは言え、今回の放射性物質漏洩による悲惨な実情を考えると、現状のエネルギー政策をこのまますんなり推し進めるというわけにはいかないだろう。
13日朝日新聞文化欄に「原子力からシフトを」というコラムが載っていた。飯田哲也・環境エネルギー政策研究所長が提案した論稿である。以前から代替エネルギーを研究している飯田氏がエネルギーを原子力に頼っていてよいかとの一般的な問題意識の高まりに合わせて公表したものである。
論文が主唱する「戦略エネルギーシフト」の主旨は、原子力に電力の約3割を依存する体制から自然エネルギーなどへ比重を移し、エネルギー全体のバランスを漸進的に変えていこうというものである。具体的には、現在10%程度の水力、太陽光、風力、バイオマス、地熱発電などの自然エネルギーの割合を2020年までに30%、50年には100%に上げることを目標にしている。
それと歩調を合わせるかのように、今朝の朝日社説でも「原発をどうするか」と問いかけている。その内容はドイツの原子力政策転換の決断に力を得て、はっきりと「脱原子力依存」を訴えている。取りあえず現在のエネルギー基本計画によれば、2030年までに原発14基の新増設が計画されているが、この計画の事実は不条理にも国民がまったく与り知らない秘密事項なのである。
朝日新聞は提言している。今回の事態に有効な手が打てなかった原子力安全委員会、原子力安全・保安院といった組織のあり方も抜本的に見直し、自然エネルギーの推進者や原発に懐疑的な識者も交えた、開かれた場で議論を深めてほしいと提言している。まったくその通りだと思う。こんな大事な国の政策に、一般国民がまったく関与出来ないということ自体不自然であると言わざるを得ない。
暗いニュース。今日で東日本大震災の死者は1万4千人を超えた。
1436.2011年4月19日(火) 忙しない一日
今日は朝から忙しい。まず「小田急ホテルセンチュリー相模大野」で開かれた本年度小田急社友会パーティへ参加した。その後JAPAN NOW観光情報協会事務局、名刺印刷屋、新宿武蔵野館、JR新宿駅ビルと忙しなく移動した。社友会では懐かしい何人かの知人にも会えた。みんな好い熟年になっている。旅行会社発足当時、ともに苦労した先輩との話がやはり身に沁みて懐かしい。小田急電鉄大須賀社長、山木副社長ともいつも通り気軽に話し合うことが出来た。小田急電鉄も東日本大震災の義捐金として1億円を贈ったとの報告がなされた。新宿武蔵野館へ向かったのは、その後に「知的生産の技術研究会」の久恒理事長、八木会長、杉澤監事に会うまでの時間を映画でつぶそうと思ったからだ。
伝統ある映画館・新宿武蔵野館も環境が変わり場所を探すのに少々戸惑った。昔に比べて随分周囲の様相が変わった。ビルの3階に武蔵野館と名づけられた映画館が3つもある。そのうちのひとつで、今年のアカデミー賞4部門、作品賞、監督賞、主演男優賞、オリジナル脚本賞を獲得した評判高い「英国王のスピーチ」を観賞した。客席が198席のこじんまりした映画館だが、最近はこんなタイプの映画館が増えてきた。
映画自体は、生来吃る癖があって演説の苦手な英国王ジョージ6世が、吃音矯正士の指導の下にそれを克服する姿を追ったもので場面がほとんど屋内だった。そのために些かドラマの行動範囲が狭くて心理描写が多く、ストーリーとしての大きな広がりがなく自然の景色もほとんど取り入れられず、スケールの点で少々物足りなさを感じた。着眼点は異色で確かに面白いが、もう少しロンドン市街や郊外風景のシーンなどを見せてほしいものだと感じた。4部門でグラン・プリを獲得したほどだから、素晴らしい映画かということになると何とも言えない。
その後待ち合わせ場所の新宿駅ビルでしばらくぶりに「知研」の幹部諸氏に会った。久しぶりに懇親を深める目的で会ったのだが、酒を酌み交わしながらそれぞれ思い思いに話し合って楽しいひとときを過ごすことが出来た。やはり話題は東日本大震災とそれに伴う放射能漏れである。
久恒理事長は以前県立宮城大学教授として長らく仙台市内に在住しておられたので、教え子に犠牲者がいないかどうかをお尋ねしたところ、幸い亡くなった教え子はいなかったと伺い、良かったと思った。
高校の先輩でもある杉澤監事のイギリスに関する考察は、永年の研究と生活体験に基づいたもので傾聴に値する。
それにしても八木会長が今年80歳になるというのに、昨年高尾山に数回登り、しかもロープウェイに乗らずに歩いたというから、そのタフネスぶりには脱帽だ。かつてのように痛飲というわけにはいかなかったが、今日は気持ちよく酔うことが出来た。最近は飲酒回数が減っているが、数えても今月に入ってアルコールを飲んだのは今日で僅か2度目である。久方ぶりにほろ酔い気分で自宅へご帰還することに相成った。
1435.2011年4月18日(日) 原発事故収束に6~9ヶ月
連日東日本大震災の話題ばかりで恐縮だが、ご容赦いただきたいと思う。東京電力は政府のサジェスチョンを受け地域住民や全国の人々からの不安に応えて、今後の事故収束へのあらましの工程表を示した。同時に原子炉を安全な状態で停止するのに6~9ヶ月かかるとの見通しも明らかにした。これに基づき、避難中の住民が帰宅出来る日は、6~9ヶ月後になると見られている。原発関係者にとってはこれからも苦難の道のりが続くことになるが、降って湧いたような災難に襲われた避難住民にとっては、それ以上に厳しい茨の道である。因みに長期避難民と想定される住民は9万人を数えると言われている。
付け加えれば、東電のこの計画はあくまで希望的「計画」であり、すべての作業が予定通り進むことを前提にしたスケジュールである。まだ難しい作業が山積しており、勝俣恒久会長自ら「計画は100%出来るというものではない」と厳しい語り口で語っている。シナリオ通りに行くかどうかはまったく予断を許さないのだ。
大震災によって観光業は大きな打撃を受け、ホテル・旅館業、そして各地の観光施設は軒並み利用者のキャンセルに泣いている。仮にも新しい経済成長戦略の柱と位置づけられ、観光庁も力を入れていた観光産業である。その中でも大きな期待をかけられていた外国人観光客が大幅に落ち込んで、当分外国人観光客の訪日復活は期待薄である。私自身昨年11月に共著として上梓した「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊)の中で、今後の外国人観光客の増加に触れたし、更に伸び行く観光のジャンルのひとつとして「医療ツーリズム」についても一項目書いたが、その医療ツーリズムもまともに影響を受け、日本で医学治療を受ける外国人の数がめっきり落ち込んだ。
日本人の国内旅行、海外旅行もともに大きく取り扱いが減じている。各旅行会社も3月以降の成績は前年に比べて大幅なマイナスである。
原発の必要性について、16、17日両日に朝日と日経が世論調査を行ったが、今後エネルギー源として原発を減らすべきか、或いは廃止すべきかという問いに対しては賛成が41%である。今回の事故により4年前の調査より確かに13%増えた。しかし、その一方でこれだけ大きな被害を出しながら一気に原発廃止の声が盛り上がらない理由のひとつとして、現在のわが国の電力の内約3割が原子力に頼っている背景があるからだが、もうひとつの理由として、原発所在地では今や原発が経済、雇用の面でその土地とは切り離せない抜き差しならない関係となっており、止めたくても止められない事情があるからのようだ。
いずれにせよ、今後原発設置の必要性について今回の事故を検証したうえで国民的議論が起きるだろうし、ぜひそれらを踏まえて、わが国のエネルギー政策としてあるべきビジョンをしっかり考えてほしいものである。
1434.2011年4月17日(土) 見ちゃいられない政治家の怠慢ぶり
東日本大震災の影響は広い分野で表れてきた。福島第1原発の放射性物質漏洩の直接的な被害は、住民を居住地から避難させる事態となっている。それも強制避難、屋内避難、一時避難、計画避難、自主避難、等々いくつものカテゴリーに分けられ、それぞれの住民自身にもどうやっていいのかまったく分らない。そこへ一方的に避難のカテゴリーが変わったりする。しかも、ほとんどが自分の責任において住処を離れることになる。いつ自宅へ帰れるかは分らない。もちろん土地と結びついていた仕事は手放さなければならない。第1次産業である農業、漁業などは悲惨である。
そういう町村の住民に直に実情の説明と、説得をしようと昨日福山副官房長官が、今日は枝野官房長官が計画避難をしている村へやって来た。
生きるか死ぬか必死になっている村民を前に、政府首脳がいくら説明しても議論はすれ違うばかりで、村民は納得出来ない。県外へ避難した住民は、そこで新たな問題に直面する。住宅問題、子どもの教育問題、将来の生活設計、等々が住民を落胆させ意欲を減退させる。フレームとしては、復興構想会議が発足したが、避難生活の現場はそう簡単には収まらない。
例えば、漸く東電が住民に保証金を仮払いすることを伝えた。1所帯に100万円、単身所帯に75万円だそうである。しかも当面はごく一部の住民に対するものである。ところが、その支払い場所が市町村役場となったから、普段でも復旧作業に追われている市町村役所がそんな業務をやる時間も職員もいないと言いだした。段々ストレスが溜って空気もすさんでくる。この先殺気立つようなことがなければ良いがと思う。
そんな殺伐としつつある空気の中で、芸能人やスポーツ選手がいろいろな形で支援運動を繰り広げている。こういう動きは、若者のボランティア活動とともに阪神淡路大震災の時から表面化してきた。ところが、これまでにも度々指摘してきたが、政治家の被災地への支援活動というのがどうも影が薄い。否むしろ、ほとんど活動をやっていないと言った方が良いだろう。政治家というのは、住民から預託を受けて住民に成り代わって政治の場で住民の声をアピールし、それを反映させることが第一義的な仕事である。当然住民のために活動して責務を果たさなければならない。それにも拘わらず、政治家が住民のために精一杯汗を流している様子は残念ながら伝わってこない。選挙の時だけ、政見を公表して約束ごとのポーズをとるだけで、住民が困った時には動いてくれはしないものである。この辺りに不誠実な政治家の本性が表れて見えるものだ。
今度の大震災は、罹災者の苦悩を伝えている一方で、政治家のウソツキぶりと怠惰を明らかにしてくれたことは間違いない。