1443.2011年4月26日(火) 世田谷区長当選で社民党はどんなカードを切るか。

 目黒区議選トップ当選の須藤甚一郎さんから、謙遜だと思うが、3期連続トップ当選は予想外だったとメールをいただいた。一方世田谷区長に元社民党代議士・保坂展人氏を推された小中陽太郎さんからも、須藤さんのトップ当選を祝い、保坂氏の区長当選を喜んでおられるメールをいただいた。小中さんは保坂氏が将来都知事になられると英語で書いておられた。
 社民党もこのところすっかり落ち目となってしまった。保坂氏が2年前に3期務めた衆議院議員選挙で落選したのも、そもそも一時的な民主党ブームと社民党退潮の影響を受けている。保坂氏が偶々未曾有の原発問題の発生により脱原発を訴えたことや、自民党都連内の内輪揉めが保坂氏にとって有利に働いたこともある。
 それにしても社民党の長期低落傾向は止めようがない。それでも福島瑞穂・社民党党首は、保坂氏の当選と脱原発を「時代の流れだ」と些か浮かれ、脱原発構想を政策の柱にするようだ。社民党は統一地方選で推薦・公認候補者のうち当選者の割合は75.7%だったが、前回は78.6%であり、相変わらず低迷している。
 われわれの学生時代は「安保反対」の旗印の下に、総労働対総資本の対決となった労働運動の高まりとともに、社民党の前身・日本社会党は日本共産党とも手を携えて、そのパワーと熱気は時の政府を圧倒せんばかりだった。その後拡大した社会党は、1990年の総選挙では136の衆議院獲得議席を獲得した。その3年後の総選挙では、議席数は70と半減した。それが今や旧社会党たる社民党は、議席数は衆議院6、参議院4にまで減らし法案提出権もない小政党と成り下がった。
 社民党はこれからどうやって党を立て直していくのだろうか。今のビジョンも組織もなくなった姿を見ているとあまり希望は持てない。
 さて、一昨日本欄でアラブとアフリカの政治・社会情勢の混乱について触れたが、指摘した国々の他にどっこいシリアが問題になってきた。父子2代の世襲により40年間に亘って独裁体制を敷いてきたアサド政権が、反体制派のデモに対して一旦は政治改革を約束して譲歩の姿勢を見せ、21日には48年間続いた非常事態令を解除した。それが一転して、翌22日になり治安部隊がデモ隊に対して発砲し300人以上が死亡した。政権が無防備な自国民に武器を向け殺戮した残忍な行為は、ピレイ国連人権高等弁務官をして「常軌を逸している」と非難せしめた。リビア同様この自国民を殺戮する残虐行為は今後国際社会にも大きな波紋を投げるだろう。
 昨日はJR西日本福知山線列車脱線事故発生6周年、そして今日はチェルノブイリ原発事故発生25周年である。いずれも忌まわしい事故で、後者の場合は福島原発事故が今も継続中であり、殊更頻繁に採り上げられている。どうも気持ちが晴れない鬱陶しい事故である。福島原発は少しは良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのか、メディア報道だけではさっぱり分らない。これでは周辺住民はもちろん、国民はいたたまれない。

2011年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com