今夕7時過ぎ菅首相が突然記者会見を行い、中部電力に対して浜岡原発のすべての原子炉の稼動を一時停止するよう要請したと発表した。昨日海江田経産相が現地を視察して今月上旬内に停止か否かの結論を出すつもりだと語っていたが、日頃優柔不断の菅首相にしては想像出来ないほどの早業で結論を出した。
停止を要請した理由は、文科省内の専門家グループの予測により、向う30年間にM8程度の地震が発生する確率が87%もあり、しかも現在の浜岡原発が震源予想地の真っ只中に位置すると見られ、すでに防潮壁を建設し始めてはいるが、完成までに2年ほどかかり、その間の津波の襲来予想から安全策を採り思い切って決断したということである。
唐突な要請に中部電力は対応に追われ、取りあえず返事を保留しているようだが、中部電力としては5基ある原発のうち、すでに1号機と2号機は廃炉が決定している。停止中の3号機は検査を終え再開の合図を待っていたところだ。稼働中の4号機、5号機がともに停止となったら、経営への打撃は計り知れない。こうした1電力会社の経営問題だけに留まらず、懸念される電力供給問題、他の電力会社の原発の運用など、直ちに結論を出さなければ成らない問題が目白押しである。
さて、テレビ朝日が4月から衣替えした番組「モーニングバード」を観て「定年を迎えた元技術者が原発作業志願」のタイトルにはどきっとした。かつて実際に原発建屋内で作業を経験した人たちが中心となり、限られた時間の中でおっかなびっくり作業所に入る作業員の行動に、同情と不安を覚えて内部を知っている自分たちがその危険な作業を買って出ようというのである。驚いたのはこんな危険なプロジェクトに関与している知人が2人もいたからである。
彼らが活動しようとしているのは、その「福島原発暴動阻止行動プロジェクト」で東京・江戸川区の山田恭暉さんと仰る方が代表者となっていて、山田さんから度々メールを送信して頂いている。4月初めに同プロジェクト結成へ向けた次のような趣意書を送ってこられた。
① 暴発を防ぐためには、ホースによる散水のような一時的な処置ではなく、10年の単位の時間安定して作動する冷却設備を設置し、これを故障することなく保守・運転し続けなければならない。
②この冷却設備の建設・保守・運転は、すでに高度に放射能汚染された環境下で行わざるを得ない。
③もし、安定した冷却設備を建設・保守・運転できなければ、3000万人もの人口を抱える首都圏をも含めた広範な汚染が発生する可能性がある。
と現状報告と問題提起をして、現場の実態や原子力について知識のある自分たち経験者が、放射性物質を浴びる恐れのある危険な復旧作業の労を取ろうとのボランティアの申し出である。誰でも出来ることではない。こういうボランティアもあるのかと山田さんたちの試みに目を瞠った。
もう1人の登場者、佐々木和子さんもご主人とともにご自分の考えを述べられた。この佐々木さんには2年前山崎洋さんがベオグラードから一時帰国中に開かれたセミナーでお会いしたことがある。佐々木さんから早大生だった60年安保闘争のころ高校ラグビー部の先輩で当時の全学連書記長だった清水丈夫さんをご存知だったという話を伺って驚いたことがある。山田さんも、佐々木さんも私と同じ72歳の安保世代である。相変わらず、日本のため日本人のために身を削って自分たちの持っている能力を活かす運動をやっていることに脱帽である。
そのプロジェクトには実態が分らなかったためと、行動隊という勇ましい名を冠していたために?と考えてしまった。行動隊の条件が単なる被災地のボランティアとは大分異なる。
曰く「原則として60歳以上、現場作業に耐える体力・経験を有すること」。私自身膝が完治しない現状では行動は出来ないが、主旨には大いに賛成である。私には今すぐ行動でお手伝い出来ないが、この行動がどういう経過を辿るようになるのか、先行きを注目してみたい。
ただ、残念ながら現時点ではこのプロジェクトの行動に対して、関係当局から許可が下りていないそうである。
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1452.2011年5月5日(木) 原発は絶対に必要なものか。
本年度第1次補正予算が2日参議院本会議で珍しく全会一致で可決、成立した。この補正予算は東日本大震災の復旧対策を盛り込んだ総額4兆153億円から成っている。
一方で、福島第1原発事故に伴う損害賠償をめぐる政府内の試算が明らかになったが、これが第1次補正予算とほぼ同額の4兆円だそうである。その半分を東電の負担として、電力各社が今後10年間に亘って負担する内容になっている。東電が負担するのは当然としても、他の電力会社にとっては「想定外」の負担になり辛いところである。過分な負担に耐えつつ、現状の電力供給量を維持しなければならない。更に今後茨の道が予想される原発建設問題にどう対処すべきか、出来るだけ早い機会に結論なり、方向性を示さなければならない。
大震災直後に石原慎太郎・東京都知事が原発に代わるべき代替エネルギーは他にはないと断言した。福島原発事故のどさくさにも拘わらず石原知事に同調する声が強まりつつある流れの中で、一昨日作家・高村薫氏がNHKの取材に応えて原発を止めなければならないと不安な気持ちを話していた。こんな危険で費用がかかるエネルギーは失くすべきだと持論を述べていた。
われわれはこれまで原発についてほとんど無知だった。金子みすヾの詩ではないが、「『安全』と言われれば『安全』、『無事故』と言われれば『無事故』」と信じてきた。今回の事故によって初めて他の科学的な設備は根元さえ押さえれば、すべての動作は止められると信じていたことが、原子力だけは不可能だと教えられた。後輩の元理系大学教授から原子力はそうは行かないと諭されたことは思いがけないショックだった。更にその元教授が「放射能は煮ても焼いても無くならない」と言っていた。放射性廃棄物、つまり核のゴミは捨て場所がなく、いつまでも消滅しないということを知ったことは大きな衝撃だった。そのせいだろうか、その処理方法が先日観賞した映画「100,000年後の安全」のテーマとしても取り上げられた。
この処理のためには危険、不安、時間、資金等々の問題が山積している。そうだとすると原子力発電は経済的だと言われてきたが、決してそうではなく高村氏が言っているように、原発は危険でお金がかかり過ぎることが分った。原発の新規計画は今後慎重であるべきだし、既存の原発も場合によっては逐次廃炉の方向へ進め、自然エネルギーの開発と節電へ進むべきだとの考えも理解出来る。
実際今回も賠償額だけで4兆円もの大金を支払わなければならないとするなら、計画段階から完成までの過程で投資される資金などを含めて考えれば、高村氏の主張するように、ここは一旦立ち止まり、あらゆる資料をたたき台にして提示された選択肢を徹底的に検討し、国民合意の下でわが国の原子力政策、またエネルギー政策を考えてみることが重要であると思う。
今日海江田万里・経済産業大臣が中部電力浜岡原発を視察した。運転停止している3号機の再開について結論を出すため現地を訪れたのだ。川勝平太・静岡県知事は充分な安全策が講じられていないとの立場から現時点での再開に否定的である。
浜岡原発の地元・御前崎市では歳入の42%が原発に伴う国からの交付金で賄われているという。これまでの安全神話が結果的にこの原発城下町を財政的にも苦しめ悩ませる原因となっている。ここにも「建前反対・本音賛成」のムードがある。住民の悩みは深い。
1451.2011年5月4日(水) ウィキリークスのびっくり箱
今朝の朝日新聞1面を見てびっくりした。とかくの話題を提供したウィキリークスから入手した日米関係の公電を分析公表したのである。見出しは「米軍グアム移転費水増し」とある。まったく腹が立つ。沖縄の米軍駐在経費は以前からその2/3は日本側負担というのが、公然の秘密とされていた。今回明らかになったことは、米軍が一部移転するグアム島の軍用道路建設費を日本側の66%負担を米側負担の水増しによって、日本側の負担が60%を割る59%に見せるという姑息なやり方を炙り出したことである。こんなことまでして日米両国は日本国民を欺きたいのだろうか。
このような生易しいい程度ではまだ収まらない。8、9面全面を使って日米間のいやらしい外交交渉がすっぱ抜かれている。やれ「自民 顔を使い分け」だの、「民主 県外案『形だけ』」だの、肝心な沖縄を蚊帳の外において過去の自民党、現在の民主党が毀誉褒貶の言辞を弄して都合の良い体裁だけの日米同盟を構築してきたのである。日米双方に不信感が溜り、これではお互いに腹を割った話し合いによる外交成果など期待出来よう筈がない。そこには国家間の外交なんかまるでなく、村衆の寄り合い感覚がある程度なのである。
最も悪質なのは、小池百合子・元防衛相の国民への裏切りというより、国民騙しの論理である。彼女はアメリカが容認しようとしない辺野古滑走路を海側へ50mずらす計画を、その計画を切望する仲井真沖縄県知事に対して非公式に認める約束をした。それを知ったアメリカがその事実確認を求めたところ、小池氏は「2009年までには違う政権が出来ているから、我々が仲井真知事にこれまで何を約束したかは問題にならない」と欺瞞的な返答をしたというのである。開いた口が塞がらない。本心からこんなふざけたことを国家を代表する担当大臣が外交で言っていたとは・・・。小池氏の他人を見下し愚弄するような態度は、真剣に住民のためを考えて話し合おうとする知事ら沖縄県民に対してあまりにも失礼であるし、誠実さの欠片は一片も見られず、知事を始め国民を舐めきっている。
これはひとつの例であるが、小池氏のパフォーマンスを考えてみると、この人は過去にいくら大臣を務めた人物だったとしても、もう人間として誠実に話の出来る人ではないということははっきりしている。過去において度々所属政党を変え、また選挙区も何度か変更して無節操、変節の人という印象が強く、目立ちたがり屋の元テレビキャスターであるが、沖縄県の知事が真剣になって県民の安全、駐留米軍との妥協を探っている点について、どこ吹く風とばかり平気の平左で陰でべろを出しているのだ。
WEBサイトの英語版‘PROJECT SYNDICATE’に、小池氏は達者な英語を駆使して度々寄稿して国内より海外へ向けて持論を発信している。最近では3月28日付寄稿に東日本大震災被害について小泉八雲作品から津波に対する警告の民話を紹介するなど「お馬鹿さん」政治家とは一線を画するほどの教養も見せている。だが、些か危うい保守思想の持ち主で、このように信念に欠けた筋の通らない人が、衆議院当選6回、環境大臣・防衛大臣を歴任して、今では自民党総務会長の要職に就いているのだから、わが国の政治レベルの低さには慨嘆せざるを得ない。
こういう不届き千万なお騒がせ政治家が、微妙な日米懸案事項の最前線で交渉に当たっていたとは、国民をあまりにも愚弄しているし、アメリカにも礼を失しているのではないか。小池氏の存在自体がわが国の外交に大きな損失を与えている。直ちに国会議員を辞職すべきだと思う。
無能な政治家が幅を利かすのも許し難いが、すべてを承知のうえで国民を騙し大きな顔をして、国民の代表みたいに特権を振りかざしている小池百合子のような、3流政治家の化けの皮が剥がれたことで慰めとするしか仕方がないのか。
このウィキリークスには、まだ暴露されては困るシークレットがかなり埋もれているようだ。コメントしないとか、知らぬ顔の厚顔無恥の政治家や官僚が大分いるらしい。
朝日にはぜひこれら悪辣な国会議員どもを徹底的に叩いてもらいたい。さもなければ公表した意味がない。
1450.2011年5月3日(火) ビン・ラディン殺害は国際法上問題ないか。
憲法記念日なのに今年は表立った憲法関連イベントが開かれない。憲法改定と言えば、即ち「9条」問題である。戦争反対、再軍備と来れば自衛隊となる。ところが、今回の東日本大震災の被災地における自衛隊の献身的な支援活動ぶりを見ていると、再軍備反対論者にとっても微妙な感情が流れるのではないか。
しかし、震災復旧が一段落したら、わだかまっている憲法改定問題については、徹底的に議論を戦わし進むべき方向性だけでも示す必要があるのではないかと思う。
今朝の新聞のトップニュースは、昨日報じられたウサマ・ビンラディン殺害事件である。今日凡その全体像が明らかになった。4機のヘリコプターで夜間にウサマ・ビンラディンが潜んでいる建物を電撃的に襲撃したらしいが、どうもひとつ疑問が残る。パキスタン政府に事前通報はなかったというが、建物の周囲にはいくつものパキスタンの軍事施設があるという点を考えると、米軍特殊部隊が何の妨害もなく「ジェロニモ作戦」を実行出来たのは奇跡に近いと思う。秘密裏に事前の通達があったのではないか。
もうひとつ気になるのは、他国における主権の侵害である。アメリカのウサマ・ビンラディン殺害は国際法上認められるだろうかということである。国際法上は認められるかどうかは微妙との意見が強い。国連の旧ユーゴスラビア戦犯法廷で判事を務めた、多谷千香子・法政大教授は今回のやり方を例に、「アメリカにとって危険人物なら誰でも殺して良いことになってしまう」と批判的である。
殺害せずに身柄を拘束して裁く道はなかったのかとの疑問がある。
ところが、驚いたのはこの「ジェロニモ作戦」はホワイトハウス内で、オバマ大統領、クリントン国務長官以下政府要人が作戦実行をリアルタイムで見ていたのである。従って殺害と同時に国民への誇らしげな発表となった。話によれば、拘束しようとビンラディンの部屋に侵入したところ、ビンラディンが手元の自動小銃で立ち向かってきたために特殊部隊が殺害したということが判明した。
近ごろ稀に見る派手な大立ち回りである。昨日ニュースを聞いた時には、ほっとしたと書いたが、冷静に分析すると心情的には私も国際法を犯した気分になっていたということになる。何の同情や慈悲もなく虫けら同然に殺し、情緒的な感情がまったく感じられないとしたら、相手が極悪人だとしても、あまりにも冷淡な現代社会になったということになる。その点では、大震災に付き添うように支援の手が差し伸べられている東日本大震災の情景は救いである。
1449.2011年5月2日(月) 「アル・カイーダ」の首魁、ウサマ・ビンラディン殺害される。
高校の先輩で旧南洋群島のひとつ、トラック島酋長だった故相澤進さんにまつわるプライバシーとエピソードを伺うため藤沢市内の相澤さんの身内の会社を訪ねた。トラック島で相澤酋長に初めてお会いした際相澤さんから藤沢市内に親戚が不動産業を営んでいるので、機会があったら訪れてほしいという話を聞かされていた。相澤さんは長年に亘って厚生省が主管する太平洋戦争戦没者遺骨収集事業に協力されてきた。終戦と同時にトラック島から藤沢へ父親とともに引き揚げられ、その後プロ野球で活躍された4年間を併せても日本にいたのは12年ほどで、再び母親のいるトラックへ戻り、そこで事業を起こされたので、日本にはプロ野球選手としての記録以外に取り立てて足跡が残されていない。相澤社長の祖父三治さんと進さんの父正太郎さんが兄弟で一緒にトラック島へ移民したが、元々相澤家は藤沢市の出身だと伺った。身内である相澤土地㈱相澤光春社長は相澤家には家系図のようなものはなく、あまり詳しい系図はご存知ないということだった。今日は写真を1枚拝借し、そのほかに毎日オリオンズ時代のユニフォーム姿と酋長の正装姿の写真は、貸し出しても良いかどうかをトラックにいる進酋長の長女・ナンシーさんにお伺いをたてるということでお借りするのはペンディングとなった。
トラック島の相澤さんの様子については、生前兼高かおるさんを度々案内され親しかったので、兼高さんに伺ってみてはどうかとのアドバイスもいただいた。タイムリーにも25日の日本旅行作家協会総会で会長から名誉会長になられる兼高さんにお会い出来ると思うので、兼高さんから見た相澤酋長の話をお聞きしてみたいと思っている。
相澤社長には日本ミクロネシア協会に資料がある筈だから照会してみてはどうかとのアドバイスもいただいた。来週高橋ユニオンズ時代のチームメートだった、同じく高校先輩の佐々木信也さんにお会いするので、佐々木さんからも個人情報を伺えれば大分助かる。
亡くなられた人の周辺情報を探るのは中々大変だとノンフィクション作家のご苦労が思われる。
さて、藤沢から真っ直ぐ帰宅してテレビで衝撃的なニュースを観て驚いた。オバマ大統領が、9.11同時多発テロの黒幕である、あのウサマ・ビンラディンをパキスタン国内でアメリカ軍特殊部隊が殺害したと日曜日の深夜に公表したのである。このニュースは一瞬にして世界中を駆け巡った。アメリカ国内では大々的に歓迎され、アメリカ国内は沸きかえっている。このフィーバーぶりは、いかに憎き殺人鬼をやっつけたとは言え少々異常な感を受けるほどである。意外だったのは、パキスタン領内に潜伏していたことだった。時間をかけて住まいを転々としていたらしいが、最も精度の高い情報としてアフガンとパキスタンの国境周辺に潜伏しているとの噂が流れていた。それがパキスタンの首都イスラマバードの北方僅か50kmのアボタバードというリゾートだという。
2000年にパキスタンを訪れ北部地帯のペシャワール、ラホール、イスラマバードを歩き、特にアフガンとの国境であるカイバル峠に至った時、その手前の集落で9.11テロにつながる不気味な空気を察して、ひょっとするとアメリカ国内で大きなテロがアル・カイーダによって引き起こされるのではないかとの言い知れぬ不安のような気持ちに襲われたことがある。結局その1年半後に9.11テロは引き起こされた。そんなことを思い起こさせてくれるウサマ・ビンラディンとアル・カイーダである。そのラディンがアメリカ当局によって殺られたのだ。アメリカ政府とアメリカ国民にとっては、溜飲の下がる思いであろう。彼の死によってしばらく散発的な騒ぎは起きるだろうが、いずれテロ活動が収束へ向かうことを望んでいる。
ただ、家族を失った人たちにとって、ラディンが殺されようが逮捕されようが、ラディンの口から本心を聞かなければ心が休まらなかっただろう。その意味では遺族にとっては、1件落着との心境にはなれないだろう。
アメリカにとってもう1人の目の上のタンコブ、アラブの暴れん坊・カダフィ大佐だが、一昨日リビアの大佐の住まいがNATO軍の空爆により破壊され、大佐の息子たちのうち1人が子どもと一緒に亡くなった。アメリカにとってはこのニュースも内心ちょっぴり嬉しいのではないか。リビアに対するNATO軍の介入に関しては、必ずしも国際的な同意が得られているわけではなく、アメリカですら腰が引けていた。しかし、最近になって体制側の攻撃により反体制側が形勢不利となり、軍事力において圧倒的優位に立つ体制側の攻撃により反体制側が押し捲られている。そこでNATO軍も軍事施設への攻撃に限定して空爆を続行していたが、その状況下でカダフィ家が直撃されたようで、今後の成り行きがどうなるか予断を許さない。
このようにアラビアンナイトの世界やイスラム過激派の世界では、相も変わらず理解不可能な出来事が起きる。これからもどうなるか分らないが、取りあえずほっとしている。
1448.2011年5月1日(日) 原発建設推進か、反対か。今後展開される議論
日本で開催予定だった世界フィギュアスケート選手権は東日本大震災の影響を考慮して日本が開催を返上し、代替会場としてモスクワで開催された。昨日華の女子フィギュア・シングルで安藤美姫選手が4年ぶりの優勝を果たした。優勝は浅田麻央選手か、韓国のキム・ヨナ選手だと予想していたが、浅田が6位という期待外れの中で、今年は調子の良い安藤がキム・ヨナを抑えて世界チャンピオンになった。男子シングルでは一足お先に小塚崇彦選手が銀メダルを獲得し、初めて表彰台に立った。暗いニュースの多い中で日本人選手が活躍してくれるのは頼もしく嬉しいものだ。
さて、昨日の市民講座で原淳二郎氏が懸念していたように原発推進派と反対派の対立が静かに潜行しているようだ。今回の福島原発事故で推進派は沈黙を守り、反対派は勢いづき考え方の対立の収束は長引くだろうと言われ、また柴田鉄治氏は国民投票の実施を希望されておられたが、すでに原発建設を予定している地域では住民投票がスケジュール化されている。
鹿児島県串間市では今月10日に予定していた賛否を問う住民投票を急遽無期限延期した。建設反対派では、意外にも今度の事故をそれ見たことかと攻勢を強めようとは考えていないようだ。推進派の弱みにつけこむような運動の進め方では反って反発を買うと考えているのではないか。
山口県上関町では2018年の運転開始を目指す中国電力の原発建設をめぐり、推進派・反対派のせめぎあいは30年間も続いているという。同じ地域に住む住民同士が、不幸にして敵・味方に別れて対立し、結局地域を二分してしまう。深刻な対立が長く続けば、両者の溝は深まるばかりで、結局どちらに決まっても住民同士の感情的な対立は残ったままで地域全体の一体感にキズをつけ、お互いの心を蝕む。今や原発問題を地域に持ち込むことが、経済面では地域を支援することになるにせよ、地域にとって厄介なトラブルとなる可能性を孕んでいる。原発とは別の観点から問題は複雑化し面倒なことになる。それだけに建設、反対どちらに決まるにしてもきめ細かい住民対策が欠かせないということを最近の原発建設は教えてくれる。
福島原発事故が世界のエネルギー政策に大きな議論を呼び起こしたが、同時に世界中の原発建設地、並びに建設予定地にも大きなショックを与えている。ドイツでは建設計画が延期されたし、カナダでも都市の原発建設について反対の声が盛り上がってきた。まったく知らなかったが、カナダでは既存の原発の他に5大湖のひとつ、オンタリオ湖畔に新たに4基の原発を建設する計画があるという。それが今では建設すべきか、中止すべきかで激論となっている。これも明らかに福島原発事故がもたらした影響である。
1447.2011年4月30日(土) 福島原発事故を検証する市民講座
朝日新聞社会部OB会が主催する市民講座が亀戸文化センターで開かれたので、期待感を抱いて出席した。昨年初めて外務省機密漏えい事件の西山太吉さんからお話を聞く機会を作ってくれ、その時信念を貫き通す西山さんの姿勢にいたく感銘を受け、とても良い企画だと思ったので今年も案内をいただいて直ぐ参加を申し込んだ。出席者50名ぐらいのうち、そのほとんどが朝日を中心とするジャーナリストだったようだ。
テーマは今世間の耳目を集めている「東日本大震災と福島原発事故を検証する」と題し、朝日のOBと現役がメディアの立場からかなり専門的な話をされた。
講師は現役の尾関章氏、OBの原淳二郎氏と柴田鉄治氏だった。冒頭尾関氏は東海村に初めて原発が稼動した際朝日が「『原子の火』ともる」と社説に持ち上げて取り上げたこと自体が、結果的に日本の原子力政策を後押しすることになったと反省の弁を述べられた。OBのお2人はいずれも東大工学部で学ばれ、原氏は原子工学を、柴田氏は地震学を専攻された専門家でもある。特に柴田氏は海外駐在員としても活躍され、私も随分特派員便りを読んだものだ。朝日を退職されてから子会社社長や国際基督教大学教授も務めたと伺った。
原氏は原子力が安全と言われ続けて、その風潮に反対するのは理論的には無理な環境にあったと話された。今度の事故で反対派が勢いを増すと思うが、推進派と反対派の対立を収束するのは難しいとも話され、特に強調されたのは原発に頼らなくても良い社会を作ることであると話された。ITは電力を消費し過ぎるし、事故は必ず起きる。テロリストによる原発内への侵入などを例に挙げ、脱原発を志向することが必要だと主張された。
津波は想定外ではない。日本は地震国であり、原爆被爆国でもあり原子力について充分な備えをするべきであり、今回の原発事故は想定外なんかではあり得ないと柴田氏は力説された。今度の事故は最初の安全対策がダメだし、テレビ報道などを観ていると全体の司令塔が分らないと手厳しく批判された。メディアが原発のマイナス面を主張しなかったのもメディアの責任であり、所詮原発は廃棄物処理が出来ないことは分っていたはずだと仰った。今後原発の賛否について国民投票まで持っていってほしいと要望された。特に、メディアも国民の胸に沁みるような意見を提案してほしいと結ばれた。
質問などを聞いていると中々原子力全般に詳しく識見の高い人が多く、原発問題について考えさせられる有意義なセミナーだった。原子力について論じる場合、こういうような機会を出来るだけ多く得て、少しでも専門的な知識を身につけておくことが必要であると痛感した。
1446.2011年4月29日(金) ウィリアムズ英王子結婚
今日は昭和の日ということになっているが、かつては昭和天皇誕生日として皇室関係最大の式典の日だった。今朝の朝日新聞コラムが江戸城再建について取り上げている。私も所属するNPO「江戸城再建を目指す会」の小竹直隆理事長のコメントも取り上げられている。論調もどちらかと言うと「『国内最大』再建なるか」との見出しもあり、再建に期待を抱かせるような内容のように感じられる。元の天守閣の跡地が、皇居内東御苑に完全に空いていて上屋が建てられるのを待っているように思える。仮にお城が復元されるとするなら東京スカイタワーを遥かに優るインパクトを与えるのではないか。
昨年上梓した共著書「そこが知りたい 観光・都市・環境」の中で、江戸城が再建されれば、東京駅に近い好立地だけに観光のランドマークとして外国人観光客にとっての絶好の観光スポットとなるので、出来るだけ早い時期に世論を結集して再建すべきであると私なりの持論を書いた。昨年溝畑観光庁長官にお会いした時、長官自身積極的に再建計画を応援したいと仰っていた。再建上の問題は、①建設資金、②全国民的賛同・合意、③宮内庁許可などであろう。普通なら一番問題なのは資金だろうが、本件に関しては何と言っても頑として管理権を主張する宮内庁の石頭が問題だ。宮内庁職員が皇居内はすべて自分たちの財産であるかの如き錯覚に捉われていることである。どうも役人は思い違いをするから困る。彼らには皇居内敷地が国民の財産であり、国の財産であるとの気持ちが欠落している。朝日記事でもどうもその点を慮っている様子が窺える。
皇室行事というより今日世界的に注目を集めたのは、イギリスのウィリアムズ王子の結婚式である。世界中でテレビ中継を観た人の数が20億人と言われている。NHK・BSの中継放送を4時間近くも観続けてロンドン周辺に想いを馳せた。結婚式場のウェストミンスター寺院からバッキンガム宮殿に至る馬車パレードの道に沿って懐かしく思い起こしながら観ていた。
イギリスの王室人気は近年少し持ち直している。一時は最悪で、いつの日か王室はなくなるのではないかという世論が支配的だった。不祥事続きの英王室がダイアナ妃の事故死後チャールス皇太子が不倫相手のカミラ夫人と結婚した頃がどん底だった。人気回復に今日のウィリアムズ王子の結婚が貢献することだろう。残念ながら東日本大震災に鑑み、日本の皇室は招待を辞退して誰も皇族が出席されなかった点が少々寂しかった。
日本ではまだ当分の間慶事を素直に祝福するムードにはなっていない。しかし、人生の新しい門出をお祝いする英王室の伝統的な式典でもあるし、昔から日英皇室の間には強い絆もある。震災は震災としてお祝いに駆けつけることぐらい認めてあげた方が良いのではないかと個人的に思考するが、いかがなものだろうか。
1445.2011年4月28日(木) 復興計画は本当に軌道に乗るだろうか。
東日本大震災による被災者への義捐金呼びかけが、全国各地で手広く行われていることを知り、心が和む。連日報道される被災地の悪魔の爪あとや、そこで暮らす人々の声を聞いていると可哀相で、家族が別れて生活したり、避難警戒地域に住む人々の悩みは、元を辿れば人災とも呼ばれるべきものであるだけに心が痛む。
数日前の新聞記事によれば、全国の刑務所に収容されている受刑者から2千数百万円の義捐金が集められたという。受刑者1人当たり1万円弱の金額が寄せられたことになるらしい。法律を犯した罪深い人たちでさえ被災者への憐憫の気持ちがある。ところが、国会議員を始めとして政治家集団から、義捐金が寄せられたという話はまったく知らない。或いは政治家として法律に抵触するケースでも恐れて、秘かに個人的に資金を提供した政治家がいるのかも知れないが、現在のところ尊いお見舞いの心情を義捐金として表した政治家は耳にしていない。
端的に言えば、政治家が被災者に対して抱いている憐憫の気持ちとか義侠心というのは、罪を犯した受刑者より劣るということなのだ。
そんな中で支援・復興プロジェクトの全体像が確立されず一向に前へ進まないのは、力強く復興を後押しする組織の一本化と、それを支える財源ファンドが決まらないからである。2週間前に復興構想会議が立ち上げられ、早速委員も決定して、五百旗頭真議長が復興振興税構想なるものを口にした途端、外野から大ブーイングである。新税を即増税と捉えて「増税反対包囲網」が出来つつある始末である。増税に異を唱える人は「景気にマイナスを与える増税論議であってはいけない」と国民の声を背負ったようなことを言う。復興構想会議は本来、政治的な縦割り組織から離れて大所高所から意見を言える立場である筈なのに、権限も何もあったものではない。こうして新しい組織は他の似たような名前の組織と同じように機能せず埋没していくことになる。
ならば、愚かな政治家たちに伺いたい。復興のための財源をどうやって手当てしようというのか。被災者のことを考えようともせず、私利私欲で仲間内の足の引っ張りあいばかりして、新しいものに馴染もうとせず、つぶすことばかり考えて事態を停滞させているだけではないのか。一向に解決策が生み出されていない。
今日経済産業省が3月の鉱工業生産指数を発表したが、前月比15.3%も低下して過去最大のマイナスとなった。わが国の国債の価値がまた下がったのは、震災によって悪化するであろう財務状況が悲観的に見通されているからである。
さて、WEBサイトに「はてなアンテナ-犬のアンテナ」というのがあり、著名人の提言を取り上げている。以前にも本稿をそっくり取り上げてくれたが、昨日の映画「100,000年後の安全」鑑賞に関する本稿全文を早速評論家・加瀬英明氏の提言の後に取り上げてくれた。僭越だが、ある程度内容を評価してくれたのだろうか。そうだとすれば嬉しいことである。以前にも日本赤軍議長・塩見孝也氏の作文と並列して掲載してくれていた。
ただ、昨日の拙文の最後に14日の文章の一部をくっつけて、その時のやや刺激的な見出し「大阪をどうするのか、橋下知事。日本をどうするのか、愚かな国会議員たち」を加えられたのは、全体の論調を変更する恐れがあるし真意が伝わらない心配もあるので、載せるならキッチリ分けて全文を掲載してほしい。一応自分で書いた文章が真意を曲げられないよう今後注意深くチェックしていきたいと思っている。
1444.2011年4月27日(水) 放射性廃棄物の処理を取り扱った映画
一風変わったと言えば言いすぎかも知れないが、珍しい映画を渋谷の自主上映館のような小さな映画館「UPLINK」で観た。移動自由な椅子席が、その時は約60席ほどだった。先日一部のテレビで紹介され、その翌日日経紙にも紹介された「100,000年後の安全」という奇妙なタイトルのフィンランド作品である。原子力放射性廃棄物を取り扱い、深刻に考えさせる現代人の意表を突く問題作である。福島原発の放射性物質漏洩が世界中の注目を集めているこの時期を狙い、年末公開の予定を繰り上げ今月になって急遽公開上映されたたものである。
原発から排出される大量の高レベル放射性廃棄物の処理を巡る、気の遠くなるような長いスパンの埋蔵計画を取り扱った作品だ。そもそも10万年もの長い時間をずっと誰の手からも触れられず、外へ漏れることもなく放射性廃棄物を地下深く埋蔵しておこうという奇想天外にも思える実話である。寡聞にして知らなかったが、フィンランド政府はすでにこの計画を実行に移して、工事を進めている。
フィンランド語で「隠れた場所」を意味する埋蔵地 「オンカロ」は、首都ヘルシンキの西方240㎞のオルキルト島の岩盤の固い地下500mに建造されつつあり、完成は何と100年後だという。この遠大な計画自体は納得出来るにしても、映画の中で訴えているのは、「オンカロ」が10万年後まで誰にも破壊されず、放射能も漏らさず、現代人のメッセージを理解してくれるだろうかということである。われわれ現代人がある程度予測出来る後世の人間の生活や文化は、精々500年止まりで、過去の文化でもそれ以前になると未だに解明出来ないことが多い。ピラミッドにまつわる創世記の文化や建立の目的などは今もって謎だらけである。それを10万年後の人々に埋蔵地の存在と目的、留意事項などをどうやって伝えるのか。果たして危険な埋蔵地があらぬ誘惑に駆られた不届き者によって触れられるようなことはないのか、その辺りの話し合いが単純に続けられるが、これが案外面白い。
原発問題とこのオンカロを考える知識として、字幕翻訳者でもある須永昌博・スウェーデン社会研究所長が書いた1枚の解説紙が論点と内容を分り易く整理していてかなり参考になる。
映画の提示するテーマとして、
①放射性廃棄物とは何か。
②なぜ、フィンランドなのか。
③原発に賛成、反対の人々との調整
④将来の人類とのコミュニケーション
⑤日本ではどうなのか。
等々を挙げている。
確かに上記について考えてみると難しいものだ。
それにしても原子力が人類にとって福音をもたらした一方で、これほど厄介な棘を残したことは、これまであまり深刻に捉えられていなかった。原発は絶対安心であるとの神話に騙されていたわけだ。現状の収束作業を見ていると、とても安心できるものではない。
この映画はいくつかの論点を提供したと思う。鑑賞に充分値すると思う。今は目前の大事を座視出来ないが、いずれ原発問題については真剣に議論して、わが国のエネルギー政策の方向性を見出してほしいものである。