政権崩壊の道を辿っていたカダフィ大佐が姿を消してから、カダフィ大佐の三男がニジェール政府に亡命の意思を示したり、明日にも国民評議会による暫定政府擁立の動きが見えてきて、同時にキャメロン・英国首相とサルコジ・フランス大統領がともにリビアを訪れ、アブドルジャリル国民評議会議長とポスト・カダフィ政権について話し合いを始めた。これではいかに強気のカダフィ大佐がわめいても流れは止めようがないだろう。ここにも「奢れる者は久しからず」が映し出されている。いよいよカダフィ大佐も追い詰められた。リビア独裁政権崩壊の後で、次に崩壊するのは、イェメンのサレハ政権か、はたまた長らく父子で独裁を継承してきたシリアのアサド政権か。
日本の臨時国会は、会期が14日間延長されることに決まった。当初から会期がたった4日間と聞き、これでは野田首相の所信表明演説だけで終ってしまい法案決定は先送りだと思っていたところ、野党側の強硬な要求を受け入れ、野党要望の28日間をその半分の14日間に値切って延長することがいとも簡単に決まった。まったく朝令暮改である。そもそも4日間の会期に絞った理由を聞かれたある閣僚が野田内閣はまだ力足らずだからというような主旨のことをしゃべった。閣内に身内を信用していないことを軽薄に漏らす閣僚がいるとは恐れ入った。これでは野田首相としても危なっかしくて、超安全運転で進まざるを得ない。このような現状で問題山積の日本を仕切ることができるだろうか、心配である。
これにより予算委員会で復興予算を盛り込んだ今年度第3次補正予算について、与野党の議論が交わされる。円高対策を含む震災関連経費に、台風12号被害への対応経費を合せて、政府税制調査会が総額11兆円規模の増税案を決定した。問題はその11兆円をどうやって捻出するかということであり、今日時点では部分的に法人税と所得税、それにタバコ税を値上げする案が出ているようだ。今回も消費税値上げはないという話だ。小沢グループが消費税の値上げは考えないとしたマニフェスト遵守を主張しているので、野田首相が配慮したのではないかと思う。
しかし、ここは消費税の値上げを検討すべきではないかと思っている。震災復興のための費用の捻出には、国民的理解が得られると思う。それに引き換え、所得税は一般家計に響くのではないか。消費税論議は、不景気な折から盛んに話題にはなるが、まったく議論されることなく彼方へ押しやられている。外国の消費税率を考えても日本よりかなり高い。大きなお世話だが、IMFが日本の妥当な消費税率として17%を提言しているほどだ。今の消費税5%に3~5%の積み上げは、もっと真剣に検討されて然るべきだと考えている。
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1585.2011年9月15日(木) 日本ペンクラブは今一寸弛んでいる。
森喜朗・元総理が今日ニュージーランドへ出発したと秘書から連絡があった。同時に昨日意向を汲んで修正した文章のうち1ヶ所だけ訂正の要望があった。これは森さんの軽はずみな発言によるものであり、修正するのは吝かではない。
ところが、今日開かれたペンクラブ9月例会で理事の大原雄さんに昨日森さんと交わした話の内容を説明したところ、森さんの言い分はおかしいと言われた。やはり懸念していた通り、文章上「元総理」とすべきだとアドバイスをもらった。「前総理」という表現は菅直人前総理しか使えないとも言われた。森さんに「前総理」との肩書きを使うと約束した以上、「元」と「前」の区別が分る説明が必要だと考えている。それより何より、自由に筆を揮えるはずのエッセイに登場人物のエゴで表現を変えなければならないとは、相手がいかに元総理大臣とは言え少々釈然としない。でも、今回は森さんの言い分を引き受けてしまったので、不本意ではあるができるだけ不自然な表現にならないよう留意してまとめてみたい。
今日のペン例会は、暑さもあり欠席者が多かった。常連の小中さんも欠席された。浅田次郎会長以下多くの幹部も欠席していた。聞いてみたら幹部連はセルビアで開催中の国際ペン大会に出席したまま、まだ帰っていないという頓馬な回答だった。いずれの会合の日時も大分早くから分っていたはずなのに、どうして2つの開催日時をダブらせないような工夫ができなかったものだろうか。
加えて、東日本大震災について折角分り易い報告をされた吉岡忍理事の講演は、その講演中に自分が常務理事から専務理事になったと何気なく語っていたが、正式には本人ではなく然るべき担当理事が新人事として報告すべき事柄ではないかと、ペンクラブの軽薄な非常識には些か呆れている。大体昨年の国際ペン東京大会赤字決算について、約束したのに未だに説明が成されていないのもおかしい。しかも、杜撰な赤字決算の責任をとるべき吉岡氏が専務理事に昇格しているのも常識では考えられない。そのご本人がノーテンキな発言である。今日の講演でも折角気の利いた話をしたのに、明治三陸沖津波が発生したのが明治29年で、日露戦争の後だなどととんでもない事実誤認をしゃべったので、パーティの席上で本人に間違いを指摘してあげたが、ちょっと気持ちが弛んでいるのではないだろうか。
来月の例会では浅田会長の国際ペン大会の報告、赤字決算報告、新人事などについて、明確な説明がされるものと期待したい。
1584.2011年9月14日(水) 森喜朗・元総理と電話で小議論
先日「楽天市場」へインターネット注文していた「冒険ダン吉(2)」(少年倶楽部文庫)が予定より1日遅れで送られてきた。文庫サイズでちょっと本物臭くないが素朴な絵で、内容もダン吉が南の島の王様になったという単純な設定は、今どきよくある陰惨とか、残虐、欺瞞とかいうような暗い内容とかけ離れて、子どもの夢を誘うようなストーリーで微笑ましい絵物語だ。原作者・島田啓三の「あとがき」が面白い。それを読むと作者自身南方の熱帯地方とは密林に猛獣や野鳥どもが横行し、黒い首狩り人種が住む所という先入観があり、動物もアフリカ、インド、南米、ボルネオ産などがゴチャゴチャに登場して回が進むにつれて、ダン吉島の所在がどの辺りなのか自分でも見当がつかなくなってしまったと打ち明けている。オランウータンはスマトラかボルネオに棲む類人猿でゴリラといっしょにするのはヒドイとか、ダン吉の舞台はアフリカらしいが、アフリカにはカンガルーはいないとか、外野からいろいろな声が聞こえてきたという。
いま取りかかっているトラック島アイザワ大酋長のドキュメントにこのダン吉を登場させている。大酋長が冒険ダン吉のモデルとも言われる森小弁の孫を妻として迎えているからだ。象、カバ、らくだ、ライオンまで登場する「冒険ダン吉」は、作者が言うように小さな南の島ではあるが、通常島にはいない動物ばかり活躍している点でトラック島ということ自体無理があるようだ。作者はダン吉のモデルは実在しないと言っている。いずれにせよ、「冒険ダン吉」はとにかくゆったりと気持ちが落ち着ける絵物語で、今の時代にこそ読む価値があるように思う。
このドキュメントに関連して昼前に森喜朗元総理から電話をいただいた。事前に長谷川秘書から昨日午前中に森さんから電話をいただけると知らせてもらっていたが、ご多忙でそうも行かなかったようだ。明日日本ラグビー・フットボール協会会長としてニュージーランドで開催中のワールドカップへ出かけ、16日の対オールブラックス戦で日本チームを応援するという。その合間を縫って電話をいただいた。細かい修正要望は配慮したいと考えているが、難しいのは森さんの肩書きの表記である。肩書きに対する思い込みがわれわれ庶民とはちょっと違うように思う。「元総理」「前総理」「元官房副長官」と本ドキュメントでは3通りの表現がある。元官房副長官はかなり昔のことで、時代が分るから私としてもあまり気にすることはないと思っているものの、「元総理」と「前総理」の使い分けが難しい。私は現在ドキュメントを読む人の立場上あまり複雑にしたくないと思い、「元総理」という表現に統一させてほしいとお願いしたところ、森さんは実際に「前総理」として活動した時のことははっきり「前総理」と表記してほしいと譲らない。面倒なことになったと思いながらも、かつての日本国総理大臣と言い争っても仕様がないので、「元総理」のご意見を受け入れて不承不承「元総理」と「前総理」の二刀流でまとめようと思っている。
1583.2011年9月13日(火) 野田首相の所信表明演説に対する口汚い野次
臨時国会が今日から4日間開かれる。冒頭野田首相の所信表明演説が行われた。首相が語った①震災復興と財源、②原発事故対応とエネルギー戦略、③経済財政と成長戦略、④外交、の4項目はこれから難しい問題を抱えることになる。野党は官僚論文だの、具体性に欠けて中身がないだのと、いつもながら批判ばかり繰り返している。いつもは原稿を見ないでスピーチを行う野田首相が、今日は文章を読むことに汲々としていた。そんなことも官僚作文といわれる所以だろう。
その中でテレビも新聞も「正心誠意」という言葉を、野田首相の性格そのままだと取り上げていた。ただ普通は「正心誠意」ではなく、「誠心誠意」ではないのか。妻もおかしいと思ったようで、「正心」ではなく「誠心」ではないかしらと尋ねたので、普通は「誠心」だと応えておいたところ、テレビで「正心誠意」は幕末の国難の中にあって時代をリードした勝海舟が好んで使った言葉だと説明があった。現在日本が国難の真っ只中にあるとの認識から出た言葉であろう。とは言え、簡単な前置きを加えた方がよい。突然こういう紛らわしい使い方をされると、ごく普通に学校教育を受けただけでは咄嗟には分らなくて困る。仮に中学校の入試で「セイシンセイイ」を漢字で書きなさいと問題が出されたら「正心誠意」と書く受験生が現れるのではないか。最近言葉を間違えて使う人が増えている。気配りの首相としては、誰にも分り易いように、もう少し表現に気を配った方が良いと思う。
それにしても野田首相が演説をしている間、議場から首相へ浴びせられた声高で口汚い野次は少々度を超えていた。国会議事堂内であれだけ下品な野次を飛ばすのは、自分たち国会議員の品位を下げ国会の権威を汚すことにはならないのか。下品な野次を止めさせるための手段はないものか。今日は特に酷かった。
一昨年民主党政権が発足するや電光石火で、「八ッ場ダム」建設工事の中止を当時の前原誠司・国交相が公表した。その後工事を続けるか、中止するかの精査、検討を行うこともなく2年間が無駄に過ぎたが、今日国交省役人を交え、関係する1都5県の自治体の知事、市町村長、専門家が会議の後でダムを建設した方が他の方法より経済的との結論を発表した。つまり現在工事ストップになっているダムを完成させた方が安上がりだという結論だ。どうして全国的に専門家や関係者を集めた公開の場で喧々諤々の議論を戦わせて結論を出さないのだろうか。この結論だって、自分たちにとってあらゆる面で有利だから計画通り工事続行との結論を出したのではないかと考えてしまう。
この動きに対して前原・現政調会長はえらくご立腹である。前原氏もいい加減ほったらかしにしておいて今更よく言えたものだと思う。これだって元はと言えば、身勝手な前原・元国交相自身のやりっぱなし、無責任がもたらした自業自得ではないのか。
さて、いま日経朝刊の「私の履歴書」に室伏稔・元伊藤忠商事会長小伝が連載されている。今日の冒頭にこんなことが書かれている。「誰しも記憶に鮮やかに残り、人生の進路を決める記念碑的な仕事があるはずだ。私には『ゼネラル・モーターズ(GM)-いすゞ自動車提携』がそれである」。私にも確かに思い当たることがある。1972年に企画実行した「加藤隼戦闘隊ビルマ慰霊巡拝団」である。その企画のために当時まったく情報がなかったビルマへひとりで行き、体当たりで交渉窓口を見つけ、何とか交渉をまとめてツアーを企画し成功させることができた。それが幸い他の戦友会の慰霊巡拝団の道を拓くことになった。そして厚生省の「太平洋戦争戦没者遺骨収集事業」獲得へつながった。それは今日も遺産として、元の会社に残っている。もうお世話になった方々はほとんど亡くなられたが、懐かしく楽しい思い出であり、今でもやりがいがあったと思っている。いろいろ珍しい思い出を作ることができたことを幸せだと心から思っている。室伏氏が書いているように仕事をしていれば、これは誰にでもあることだと思う。
1582.2011年9月12日(月) フランスで核施設爆発、放射能漏れは大丈夫か。
不謹慎な発言で辞任した鉢呂吉雄・経産相の後任は、枝野幸男・前官房長官に決定した。菅政権の下で原発事故に対応していたことが、原子力を担当する大臣として現状では最も適任と見られたようだ。もう軽薄な発言をして政治と震災復興を遅らせるようなことがないよう望みたい。
さて、今夜は中秋の名月、しかも6年ぶりの満月という静かな夜であるが、フランス・プロヴァンス地方のマルクールで原子力核施設が爆発し、1名が死亡、4名が負傷したとの気になるニュースが入ってきた。現時点では放射能漏れはないと言われている。しかし、こと原子力については専門家の言葉はあまり信用できない。
それは、福島原発事故に関する事故原因究明のため、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員会が東京電力に提出を求めた、事故発生後の対応マニュアルを東電が中々提出せず、求めに応じて渋々提出した書類12頁のうち、9頁が真っ黒に塗りつぶされていたことでも分る。これでは意味を成さないし、そもそも国会に提出する資料が3/4も使えないようでは、国会を軽視していると受け取られても仕方があるまい。こういう隠蔽体質を許している監督官庁もおかしいのではないだろうか。大体経産省と東電は毎度できレースをやっている。どうも東電には隠蔽体質があるらしく、都合の悪い事実や機密事項は公にしない。これに同調する原子力専門の御用学者らにも責任がある。自分たちのチョンボで犯した事故を解明しようとすることに対して、頑なに拒もうとする。これでは自分たちは責任から逃れるばかりで、問題は一向に解決しない。
果たしてマルクールの核施設に放射能漏れは本当にないのか。機密事項を隠したがる原子力専門家もついに隠しきれずに、後になって漏洩はあったということにならなければ良いが・・・・。当分目を離せないし、気を許すわけにはいかない。
フランスの原子力政策というのは、徹底している。福島事故発生の際にも、断固として自分たちの安全な原発政策を推し進めるとの固い姿勢を崩すことはない。しかし、万が一マルクールで放射能漏れが発生したら、フランス政府はどういう対応を取るだろうか。事故があっては困るが、揺ぎないフランスの原子力安全神話も、絶対ということはあり得ないと思う。気になるところである。
1581.2011年9月11日(日) 東北大震災発生6ヶ月とNY同時多発テロ発生10年
今日は東北大震災から丁度半年を迎えた。と同時に、あの忌まわしい9.11同時多発テロから奇しくも10年目に当たる。新聞紙上は勿論、テレビでも大震災とテロに関する番組が目白押しである。
大震災では地震と津波のほかに、原発事故関連の情報が多い。地震と津波は目に見える瑕であるが、原発は人の目に映らないだけに面倒である。家屋、土地が傷ついていなくてもそこに流れる空気の中に目に見えない放射性物質が含まれているから厄介だし、その空気を避けて自分で避難するより手段がない。
先日茨城県の知人から秋の味覚「梨」を送っていただいた。その梱包の中に収穫した農園から1枚の用紙が封入されていた。「当園の梨の放射線試験結果は別紙の通りです。放射線ヨウ素、セシウム134、セシウム137、放射線セシウム(Cs-134、137合算値)のいずれも検出せずとの報告でした」と書かれていた。農家の方もこんな専門用語や数値はあまりぴんと来ないのではないか。このように書きなさいと言われたので、自分たちの商品が安全だと知らせるために書いたわけで、気の毒になった。勿論私にはその梨が衛生上安全だと分っているので美味しくいただいているが、その専門的な表示はやはりよく分らない。
同時多発テロにしても、発生から丁度10年目の節目と考えると感慨深いものがある。その2日前に妻の母が亡くなり、お寺で通夜の合間にテレビで知った。あの衝撃的なシーンはあまりにもショックだった。現実に起こったとはとても信じられない光景だった。こんな大騒ぎでは亡くなった義母もすんなりと冥界へ行けなかったのではないだろうか。一瞬これはえらいことになったと思った。同時に、やや不謹慎と受け取られかねないが、やはりこれがそうなのかなと何となく感じていた「予感」が現実に起こったと思ったのも本当のところである。
実はその1年半前にアフガニスタンとパキスタンの国境、カイバル峠を訪れた。その峠の手前にパキスタン領内最西部の集落ランディ・コタールがあり、そのほとんどが商店だったが、寂れた商店群の中に際立って流行っている商店が何軒か建ち並んでいた。その商売繁盛の商店を見ているとすべて銃砲店だったことに気付き、アレッと思うと同時に、何やら納得がいったような、変な予感めいたものを感じたのである。詳細は拙著「停年オヤジの海外武者修行」に書いてあるが、その当時頻発していた反米テロを時系列で追っているとそろそろ新たな反米テロが起きる頃ではないかと思っていた。その最中にタリバンが支配するカイバル峠近くで武器商売が繁盛している現実を見て、取引された武器がタリバンに流れてテロに使用されるかも知れないと思った。もしやと感じたことが同時多発テロと結びついたのである。そんな恐ろしい類稀な経験を思い出した。
自然災害は避けようがないかも知れないが、それでも万全を期した備えが惨事を軽減し防ぐことにつながる。一方テロは、理屈はともかく人間が意図的、無差別に無謀な大量殺人を犯す許すべからざる犯罪である。国際的な連携と警戒を強めて、絶滅を期さなければならない。
夜遅くなって現地、ニューヨークのグラウンド・ゼロの追悼式典の実況中継を観ていると止め処もなく嫌な妄想が浮かんでくる。この世から果たしてテロを絶滅させることは本当に可能なのだろうか。
1580.2011年9月10日(土) 早くも野田新内閣に綻び
夜になって臨時ニュースが流れた。実に馬鹿馬鹿しいニュースである。今月2日に就任したばかりの鉢呂吉雄・経産相が野田首相に早くも辞表を提出して受理されたのである。辞任の理由は、東日本大震災による被災地を死の町と呼んだり、取り巻く記者に放射能をくっつけちゃうぞと脅かしたり、あまりにも子どもじみた行為に呆れてしまう。何とまあレベルの低い理由で辞めたものである。野田内閣で危なっかしい大臣のひとりだった。元々社民党員だったが、離党して民主党に加わった。これまでもあまり重要法案の立案に関わったとか、建設的なプロジェクトに関与したという話は聞いていない。北大農学部を卒業して地元の農協に勤めた程度の業務歴である。それなのにどうしていま原発問題で注目されている経済産業大臣に指名されたのか、これも不思議である。かつて年金未納問題とか、北海道教職員組合から違法な献金を受けていたとのスキャンダルにも塗れていた。こんな人物が、よくも経産相になったものである。
それにしても野田内閣は早くもその一端がほころびてきた。危なっかしい大臣がほかにもいるので、爆弾を抱えているような内閣だ。そうなるとまたも短命内閣に終る可能性もある。この非常時に好い加減にしてほしいところである。
さて、このところ、女子サッカーチーム・なでしこジャパンのロンドン・オリンピック予選やら、男子チーム、・さむらいブルーの次回ワールドカップの第1次アジア予選やらが脚光を浴びている中で、今日からニュージーランドではラグビーのワールドカップが始まった。第1回大会以来日本は毎回参加しているが、過去6回の大会で、ジンバブエに勝った僅か1勝止まりである。体格が勝負を決めるラグビーでは世界の強豪を相手に勝ち越すのは中々難しい。
今日は午後から日本対フランス戦の実況中継をちょっと観ていたが、優勝候補のひとつ、フランスを相手に日本は食い下がり一時は21-25と4点差まで迫った。最後には日本にミスも出て21-47と突き放されてしまったが、予想以上に善戦である。
16日には優勝候補の筆頭であるニュージーランド・オールブラックスとの対戦が控えているが、どこまで善戦してくれるか、頑張ってほしいものである。
以前に比べれば日本の実力は確実に向上している。ただし、その大きな原因は外国人選手の加入によるものであり、勝つのは嬉しいが、それが外国人選手の活躍によるものなら日本人の気持ちとしてはちょっと複雑である。男女サッカーチームが世界の中で実力をつけ、大和魂や大和撫子の結束力をチームの求心力にして力をつけてきただけに、人気の点でこれからサッカーに敵わなくなるのではないかという心配もある。まもなく国内では関東大学ラグビーが始まるが、ワールドカップと並んで楽しみだ。
1581.2011年9月9日(金) 前原誠司・民主党政調会長の勇み足
今日は五節句のひとつ「重陽」である。中国にも日本にもそれなりの故事来歴がある。そもそも奇数月日が重なるのは本来あまり良いことではないとされてい る。日頃から敬愛している小中陽太郎氏は偶々重陽の節句に誕生され、お名前も重陽に因んで「陽」太郎と名づけられた。今朝早速誕生祝いのメールを送ったと ころ、誕生日が昭和9年9月9日なので三重苦(9)ですとユーモアのあるご返事をいただいた。
そう言えば、個人的にも1976年 9月9日の重陽の節句が印象深い。文部省教員海外派遣団の添乗員として、初めて欧米へ1ヶ月間の長期視察旅行へ出かけた。ところが出発する直前に、羽田空 港でビッグニュースを聞かされた。当時世界に現存した最高の大物、毛沢東・中国国家主席が亡くなったというのである。世界を駆け巡ったこのホットニュース については、その直後ストックホルム市内で学校訪問の間にも現地の教育委員会関係者から、度々話があったことを思い出す。そのくらい毛沢東の死は影響力が あり、衝撃的なインパクトを与えた。それ以来「偉大なる」?毛沢東の没年月日を忘れることはない。
今年の重陽の節句はどうか。原発事故で夏の電力不足が心配され一応の目安として15% の節電を目標にし、実施していたが、幸いその目標は達成されそうで、今後極端に電力消費量が増える可能性はなくなったということから、今日前倒しでその節 電要請を解除することになった。取りあえず一難去ったが、各地の原発が停止したり、再稼動を中止したりして今後供給電力の絶対量が不足することが予想さ れ、今冬電力消費が増える時期に再び節電要請を受け入れるようになるのではないか。
さて、昨日アメリカ・ワシントンで民主党政調会長の前原誠司氏が軽はずみな公式発言をした。しかも、PKO活 動の自衛隊の武器使用基準緩和、武器輸出三原則の見直し、その他にも中国関連の発言をした。内容そのものよりむしろどうして権限のない前原氏が公式の場で こういう発言を行うのか、それ自体が問題である。前原氏が軽いのは、偽メール事件に見られるように今に始まったことではない。前原氏の発言は、外交問題に 抵触し、防衛問題にも関わっている。つまり、彼の業務の範疇ではないのだ。彼の行為は、本来の外交ルート、防衛ルートを差し置いて越権行為を犯している。 元々関係の玄葉外相や一川防衛相はおの分野の素人で、あまり専門的な知識、人脈は持ち合わせておらず、些か執行能力が気になっていたが、そこを前原氏に見 透かされたのか先手を取られてしまった感がある。当該の二人の大臣は不快感を示しながらも格別目くじらを立てているわけでもなさそうだ。これではまた前原 氏のめくらましにやられそうだ。前原氏が独自に先取り発言したのは、早めに自らの存在をアメリカ政府首脳に売り込んで、ポスト野田のポジションを確立した いとの思惑があるのではないか。
こういうパフォーマンス症候群の輩が現れると国家の政治も、行政もメチャメチャになることが本人には分らないのだろうか。相変わらず若気の至りが直らない困ったお人である。
1580.2011年9月8日(木) 「冒険ダン吉」をインターネットで見つける。
ドキュメント「トラック島の日系大酋長が見せた大和魂と謎」に取り掛かっているが、その中に「冒険ダン吉」が登場する。ダン吉のモデルと称せられた森小弁 について触れた箇所があるからである。実際には原作者・島田啓三が冒険ダン吉にモデルは実在しないと言っていたので、後になって森小弁を取り巻く周囲の人 が、その生き方が冒険ダン吉に似ているからとダン吉を騙らせたのだろう。それでも今も断固として小弁こそ冒険ダン吉と思い込んでいる人も少なからずいるよ うだ。その小弁の孫を妻として迎えたのが、拙稿の主人公アイザワ・ススム大酋長である。そんなことから冒険ダン吉が拙稿に登場することと相成った。
そこで何とか「冒険ダン吉」の漫画を一コマでも良いから拙稿に取り入れたいと思ったが、昭和8年から14年まで「少年倶楽部」に連載された古い作品で、簡単に手に入るような代物ではない。いつも利用する八雲中央図書館に電話で聞いてみたら、目黒区内の全図書館にも「冒険ダン吉」は在庫としてないということだった。幸いインターネットで調べて、今日漫画1冊だけだが1000円 で楽天を通して購入することが出来た。この漫画本には何枚かは気に入る漫画があるだろうから、それを拙稿に掲載させてもらいたいと思っている。それにして もこのアイザワ大酋長を追っていくとトラック島の大物の人脈にぶつかる。大酋長夫人はミクロネシアのモリ現大統領と従姉再従兄弟の関係であるし、トシヲ・ ナカヤマ初代大統領の兄と大酋長の姉が結婚している。トラック島では相当名誉ある家系らしく、大物量産家系にはいやはや驚ろかされる。「冒険ダン吉」は小 学生のころ少しは見たことはあるが、今見たらどんな感じがするだろう。楽天からどんな漫画本が送られてくるのか、楽しみである。
さて、民主党の新閣僚人事を見ていると、大丈夫かなと思うような些か頼りない大臣が何人かいる。安住財務大臣と玄葉外務大臣が心配だと駒沢大学の菱山郁朗 講師にメールしたところ、その他に山岡国家公安委員長と平岡総務大臣も心配だと返信をいただいた。小宮山洋子・厚生労働大臣の如きは畑違いのタバコ増税を 発言して、安住財務相から担当は自分だと釘を刺されている。果たして任期を全う出来る大臣はどのくらいいるだろうか。
一方、党内人事もわけが分らない。特に、幹事長に小沢グループの輿石東氏が就任したが、幹事長が部 下を統括して選挙対策や陳情窓口、国会対策、政策担当などを配置して仕切る考えのようだが、輿石幹事長の下に筆頭副幹事長、副幹事長、幹事長代行、幹事長 代理等々が取り巻いて序列すらよく分らず、まるで伏魔殿である。大体代行と代理はどっちが順位は上なのか。命令系統は大丈夫か。こんな複雑怪奇なことをや るから、党内でも混乱するのではないか。この様子を見ると何事もすぱっと決められない民主党という未熟な政党の体質が透けて見えてくる。
1579.2011年9月7日(水) 台風12号による被害は平成になって最悪
紀伊半島を襲った台風12号が平成になって以来最悪の被害を出している。今日現在死者は53人、行方不明者54名 という状態である。被害を蒙った地域は山間部のため、土砂崩壊、洪水に襲われ集落が孤立している。ライフラインが寸断され、特に断水により病院で点滴も充 分行えない状態である。今度の台風被害で原因が分析されているが、初めて聞く言葉が多い。山が深く崩れたのは、スピードののろい台風の停滞のために降雨が 底深くまで浸み込み、丸ごと土砂を崩した深層崩壊というのだそうだ。これまでの表層崩壊とは大分違うようだ。
それにしてもわが国では自然災害に遭う運命にあるようだ。自然災害は想像もできないことが起こる。想定外だらけなのである。これからは、少しでも可能性があるなら、あらゆる対策を考えておかなければならないと思う。
さて、リビアのカダフィ大佐と彼が支配する政府軍が姿を隠して以来、どこへ逃げたか、捕り物帳的な 見方をされている。今やカダフィ軍復権の希望は考えられず、いつ、どこで幕引きをするのか、いま世界の目はそこへ集まっている。昨日になって、カダフィ一 行はリビア国境を越えアルジェリア経由でニジェールへ入ったとの報道がなされた。アルジェリアとの亡命交渉はアルジェリアに断られた。カダフィ政府は亡命 交渉をしながら国外へ脱出し転々と彷徨い出したらしい。リビア中央銀行から持ち出した大量の金塊と現金を車列に積んで移動している。ニジェールで留まるこ とをせず、更に旅は続けられている。その行き先がどこか。噂ではニジェールの南西隣国のブルキナファソ共和国へ入ったという。ブルキナファソなんて国は知 らなかった。世界が大きく動くと今まで知らなかったことを知ることが出来る。このブルキナファソもそうだ。これからカダフィはどこへ落ち延びるのだろう か。身から出た錆びとは言え、あれだけ権力を乱用していた独裁者としては哀れというしかない。こうなると、他の国の独裁者も心中穏やかではあるまい。父子 で40年に亘り独裁政治を敷いてきたシリアのアサド大統領も今やデモ騒ぎが頻発して、カダフィ追放劇をのんびり対岸の火災視しているわけにはいくまい。もうどんな国家であっても独裁国というのは、そう長続きしないと支配者は悟るべきである。