まあ驚いた。呆れ返った。フィリピン各地で収集された旧日本兵の遺骨の中に、フィリピン人の人骨が混じっていたというとんでもない事件が発覚した。昨日もテレビニュースで伝えていたが、今朝の朝日も日経もこの事件にかなりのスペースを割いて詳しく伝えている。フィリピンで散華された太平洋戦争戦没者遺骨収集に関する想像もできない疑惑である。
年々収骨数が減少して憂慮した厚労省が、民間団体に事業を委託して、その団体が現地で人骨を提供した現地の人たちに金を支払ったことが要因と見られている。昨年春にも問題になったが、同じ内容と理由で再び疑念が浮上した。ことがことだけにこのまま座視するわけにはいかないだろう。特に遺族にとっては許し難い屈辱的な事件である。
遺骨収集事業は、卑しくも戦没された方々の遺骨を戦没地で探し収集して日本へ奉還しようという厚生労働省が取り扱う尊い国家事業である。それがいつの間にか厚労省の手から民間NPO団体へ移っていた。先ずこの点がどうも気になる。
インターネットでWEBサイトを開いてみたら、本件に関する不満や非難が渦巻いていた。その中でも「脱藩浪士」とか、「江草乗」と名乗る人たちのブログにこの事業を請け負ったNPO「空援隊」に対する非難がぶつけられていた。どうもこのNPO団体の存在と理念が怪しい。このNPOのスタッフには本当に戦没者の英霊を敬う敬虔な気持ちがあったのだろうか。多分政治家かそれらしい人の口利きで厚労省へ入り込んできたのだろうと推測する。団体の事務局長はお寺の3代目だという。良い仕事ではないが仕様が無いからこの仕事に取り組んできたと傲慢な台詞をはき、およそ尊い国家事業、まして英霊に対する真摯な姿勢が見られない。登山家の野口健氏がここの理事であったことにはびっくりである。野口氏も巧みに広告塔として利用されたのではないか。この組織を厚労省に紹介した人物を調べてみることも大事ではないかと思う。
それにしてもどうしてこんなお粗末なことになってしまったのだろうか。私自身中部太平洋地域で20年近くに亘り、旧厚生省の指導下に緊張感を持って遺骨収集事業に関わってきただけにとても他人事とは思えない。脱稿したばかりの「トラック島の日系大酋長が見せた大和魂と謎」なるエッセイもそもそも遺骨収集に関わった時に、知りあったアイザワ大酋長について書いたものだ。当時何度も遺骨収集団で一緒になった日本遺族会の水落敏栄さんも今や参議院議員として、遺族のために活動し、先般も国会で質問されていた。あの生一本の水落議員はどう思っているのだろう。
この雑駁な事実をどう受け取ったらよいのだろう。こんな不祥事が起きて残念でたまらない。かつて、旧厚生省の監督指導の下で行われた遺骨収集に関して私なりの経験から言えば、今回のフィリピンの事業にNPO「空援隊」という組織が関与したこと自体理解できない。昨年度厚労省はこの「空援隊」に4,700万円を支払ったという。確かにそれなりに費用がかかることは分る。しかし、かつて国はもちろん費用は出すが、遺骨収集を手伝う団体はほとんどボランティア感覚だった。例えば、遺骨収集と言えば、中部太平洋地域では、厚生省を中心に日本遺族会、関係の戦友会、地域に所縁のある団体(南洋興発会社のOB親睦会「南興会」)、日本青年遺骨収集団(学生を主とするボランティア団体)、長野県山岳連盟(険しい岩山での収骨のため登山家の協力)等々、真剣に英霊を内地へ奉還するという崇高な気持ちが強かった。厚生省職員の中にも従軍経験や、士官学校出の戦争に関する専門家のような人たちが、献身的に取り組んでいた事業だった。時代の流れもあるかも知れないが、戦後66年が経過して事業そのものが風化しつつあることも大きく影響していると思う。
30年前ごろの一時期、いつまで戦没者の遺骨収集事業を続けるのかということが話題になったことがあり、国会でも議論された。その時の結論は、この事業に時効はなく、すべての遺骨を収集した時、或いは戦没者の妻と子が全員亡くなった時点で終了と途方もない話があった。そのように期限もなく事業を予算化することに反対する意見がある中で、「賢明」な知恵者が考えた「概了」という言葉が生まれた。当時まだ元気だった遺族らの中止することは容できないとの声に配慮して、「終了」とは言わずに継続するとの意味合いを込めて「発明」した造語である。それほど神経質に取り扱っていた遺骨収集事業が、どうしてこうも杜撰な扱いをするようになったのだろうか。私自身も出席したことがある千鳥ヶ淵の戦没者墓苑の納骨式において、外国人の人骨が納骨されていたとは驚きであり、遺族の神経を逆撫でするものであると思う。遺族や関係者を愚弄するこんなやり方を黙認していること自体おかしい。
遺骨収集団のお供で毎年サイパン島へご一緒した厚生省職員やご遺族、戦友会ら関係者の皆さんも今ではほとんど他界されてしまった。この椿事を冥界でどう嘆いておられることだろうか。
さて、今日2つの大きなでき事があった。ひとつは、陸山会事件と言われる政治資金規正法違反で小沢一郎・民主党元代表の初公判である。小沢氏は全面的に否認したばかりか、厳しく検察を批判した。政治家であるにも関わらず世論に耳を傾けず、自己主張の繰り返しである。来年4月に予定される判決までいろいろ厳しい声が上がることだろう。
もうひとつは、アメリカのコンピューター・ソフト会社「アップル」のスティーブ・ジョブス前CEOが56歳の若さで亡くなったことだ。現代のカリスマと言われ、アップルを創業し、マッキントッシュを発売し、スマートフォン、iPod、 iPhone、 iPad等々多くのアイディアを商品化し成功させた。多くの人々にありあまる希望を与え、ソフトバンクの孫正義氏の如きは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」と例えた。言いえて妙である。現代のダ・ヴィンチの冥福を祈るばかりである。
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1605.2011年10月5日(水) 水俣病を考える。
駒沢大の清田講師の講座で、昨年放映されたNHKドキュメンタリー番組「水俣病と生きる-医師・原田正純の50年」のビデオを見せてもらった。中々歯応えのある作品だった。水俣病の底知れない悲惨さを訴えるとともに、水俣病に患者とともに立ち向かって闘っている、熊本の原田医師の生き方と医師としての信念を映し出し、水俣病患者に添い寝しながら、献身的に患者のために活動する姿に感銘を受けた。
戦後日本の3大公害病といわれたカネミ油症、水俣病、イタイイタイ病のうち、先週はカネミ油症事件に関するビデオを観たが、今日は水俣病である。3つの公害病の中で最も被害が大きく今もなお引き摺っている。カネミ油症の因果関係と同じように、水俣病もチッソ工場から有毒物を廃棄された不知火海の魚を食べた人たちと、その子どもにも症状が表れることが証明されている。子どもは胎児性水俣病と呼ばれ、ある時から突然体調が悪くなり、それが年々悪化して、ついには歩行すら困難になるケースが多い。いろいろな症例を原田医師が追跡し、患者の立場に立ってともに考える。
しかし、ひとりの医師の個人的な努力だけでは限界があると思わざるを得ない。原田医師のように大学病院などで出世しようとの気持ちを捨て、自分で研究したいテーマに自ら取り組む姿勢がないと、前例がない症状を臨床医学的に解明するところまで到達するのは至難だと言わざるを得ない。実際原田医師は熊本大学では定年まで助教授のままだった。しかし、原田医師は自由に研究できたということが生きがいとなり人生観となったようだ。患者のために手伝ってともに病と闘おうとする気持ちが強くなっていった。夫人も原田医師の生き方に共鳴し、励ましていることが、医師の闘う気持ちがひるまなかった原因であると思う。
それにしても、まだまだ隠れた水俣病患者が大勢いる。彼らは世間の目を気にしながら水俣病患者と認定されることを避けようとしてきた。漸く認定を受けようとの気持ちになったが、肝心の国が中々認めようとしない。昨年やっと水俣病救済特別措置法が国会を通ったが、申請期間は3年間に限定されている。現在認定を受ける気がなく、将来その気になった時には期間失効ということもある。原田医師はその点を心配している。
一方で水俣病の元凶、チッソ㈱が会社を分社化することによって、穿った見方をすると加害者としての責任を逃れようとの陰湿な動きもある。この会社は社長が水俣病の桎梏から解放されると浮かれた文を社内報に書いて顰蹙を買っている。水俣病が公害病と認定されたのは昭和43年で、第1次損害賠償訴訟が起されたのが、その翌年である。すでに半世紀近い時間が経過している。しかし、まだ根本的な解決には至っていない。この病も深く長く潜行している。なんともやりきれない思いである。
1604.2011年10月4日(火) ノーベル賞受賞者が直前に死亡
昨日今年のノーベル医学生理学賞が米仏の3人の学者に授与されることが決まったが、その直後にその内のひとりが3日前に亡くなったことが分った。ノーベル賞は死者には贈られないことになっていたが、発表時点ではまだ亡くなったことが分かっていなかったために、今日規定通り受賞を認めると発表した。従って副賞の賞金も支払われる。それにしても死者にノーベル賞とは異例である。故人は黄泉の国でどう見ているだろうか。その該当者であるアメリカ人のスタインマン・ロックフェラー大学教授は9月30日膵臓癌により68歳で亡くなった。4年前から癌を患い自分で考えた免疫療法を受けていたという。ノーベル賞の念力をもってしても自らの病は克服できなかった。
それにつけても、いつも高齢にして現役医者としてその元気な姿がよく紹介され、話題になる聖路加国際病院・日野原重明名誉医院長が、今日満100歳の誕生日を迎えられたとはおめでたい限りである。日野原先生の驚嘆すべきは、高齢にしてなお現役で活躍されていることである。一層のご健勝を祈念するばかりである。
ノーベル賞については日本人として昨年の化学部門の根岸博士と鈴木博士に続き、京都大学山中伸弥教授が最有力候補者としてその受賞が期待されていたが、今年も逃してしまった。期待は残念ながら来年以降に持ち越しとなった。
さて、駒沢大の今日の講座では、2つの講座ともウォール街のデモについてだった。昨日は700人が逮捕されたが、アメリカ国内でこれだけ派手なデモがあったのは、恐らくベトナム反戦デモ以来ではないかと思う。デモは徐々に広がり、今日は西海岸のロサンゼルスでもデモが行われ、アメリカ各地に伝播しつつある。デモの理由は高失業率、格差の不満と経済政策の見直しである。ジャスミン革命と称される北アフリカのデモとは違う。北アフリカのデモは独裁政権打倒と、自由及び民主化を求めたものであり、アメリカの経済問題に関するデモとは本質的に異なる。不況に伴う不安定感はヨーロッパでもいよいよ深刻になってきた。特に、ギリシャの信用不安から全ヨーロッパ中がおののいている。日米欧の景気回復が成らないとなると、今や発展途上国の経済状態より日米欧の先進国のどん詰まりの方が心配である。ユーロ圏の財務相会議で底なし沼に陥ったギリシャ追加支援が真剣に検討されている。株価も世界的に大幅な下落続きである。まったくいつになったらこの地球規模の不況から脱することができるのだろうか。
1603.2011年10月3日(月) 首相は多忙なのか、暇なのか。
野田首相は今日多忙の中でスケジュールを差し繰り朝霞へ視察に行った。何を視察に行ったかと言えば、国家公務員官舎の建設地を視察に行ったのである。再三国会でも追及され批判された案件である。
しかし、この視察はどうだろう。この忙しい最中に国のトップが無理をしてまで「たかが」官舎の建設現場を視察するまでもないと思う。写真や資料と充分な説明だけで、ある程度トップの判断は下せるのではないだろうか。例えば、企業の社宅を建設するのにわざわざ社長が現場を見に行くだろうか。大体この案件は一昨年の事業仕分けで凍結と決まったものである。それを首相が財務大臣だった時に、当時の財務省3役が「談合」で予定通り建設しようとこっそり決めて工事に入ったところである。この辺りに情報を公に知らせることなくこっそり事を運んでしまおうとする、役人の狡さと身勝手が表れている。
野田首相は視察の結果、どういう結論を下すのだろうか。じっくり考えて国民が納得のいくよう慎重に判断すると言って判断を示さなかった。野田首相は首相就任早々、いま国家にとって最も喫緊の課題は、震災からの復興と経済の回復だと述べたばかりである。その中で敢えて朝霞へ「たかが」官舎の建設現場へのこのこ出かけて行く必要があるのだろうか。何かトンチンカンな印象が拭えない。どうも5年間凍結の結論という腹を固めたようだ。
これはわざわざ首相が現場に行って決めるまでもなく、局長クラスの視察で充分ではないだろうか。ましてやたった15分間の視察である。こんな程度で建設、否中止の判断ができるのだろうか。往復の時間を合せれば、随分無駄な時間を浪費している。
こんな時にハーバード大学ライシャワー日本研究所長のアンドリュー・ゴードン氏がインタビュー(「選択」10月号)に応えている。日本の首相在位は回転扉のように速い回転だとアメリカで皮肉られているが、それを避けるために任期制にしてはどうかと提言しているのだ。イギリスやドイツのように同じ議院内閣制でも各党が行動原則の明確な政策に従えば、日本のような異様な事態は起こらないはずだと指摘している。外国では日本の首相の腰が定まらないことを皮肉たっぷりに揶揄しているのだ。
異論はあろうが、この際思い切って首相の任期を2年間、或いは3年間の期間に限ってみることも検討してはどうだろうか。
1602.2011年10月2日(日) パ優勝チームのホークスは、日本シリーズに出られるか。
昨日福岡ソフトバンク・ホークスが昨年に続いて今年のプロ野球パ・リーグ優勝を決めた。今年はシーズン初めにもたついたが、シーズンが深まるとともに圧倒的な力を発揮して、5月に入るや勝ち続け、6球団のうちトップでテープを切った。何年か前なら、これでパ・リーグの覇者として、一方のセ・リーグの覇者と日本シリーズで日本一を争うという図式だった。
それがいつの間にか、日本シリーズの前に上位3チームで日本シリーズ出場権を争うクライマックス・シリーズ(CS)という、正当性が感じられない茶番試合をやることになった。こうなるとリーグ3位であっても日本一になれる可能性がある。実際昨年の日本チャンピォンチーム、千葉ロッテ・マリーンズはペナントレースでは3位だった。それが一旦波に乗るやCSを勝ち抜き、日本シリーズでもセ・リーグの優勝チーム・中日ドラゴンズを破り日本一の座に就いた。2つあるリーグの一方のリーグで3位だったチームが日本一となったのである。実際どのチームが強いのか分からない、釈然としないおかしなプロ野球になる。ホークスのパ・リーグ優勝はぬか喜びに過ぎなかった。このシステムだと、仮にペナントレースで勝率が5割以下であっても日本一になれる可能性がある。
こういう摩訶不思議なシステムをどうして実行しなければならないのだろうか。全体の機構、ルールを複雑にして、どこのチームが一番強いのか分らなくしてしまった。実際昨年の日本一チーム・マリーンズが今年はびりっけつである。
この辺りにプロ野球の人気が止まり、収益も上がらなくなった大きな原因があると思う。優勝を目指す喜びに水を挿し、制度を複雑怪奇にして、何のために戦っているのか分らなくしてしまった。プレイする目的が何が何だか分らなくなってしまったのだ。これによってプロ野球はつまらなくなり、自ら身を滅ぼす因を作ってしまった。
昨今のプロ野球は確かに面白くなくなった。その日の試合だけに目を向けることによって、シーズンの長丁場ペナントレース全体に目を向けなくなったら、ペナントレースなんかやる意味がないのではないかと思う。
だが、目先の利益を追う経営者は、そのほとんどが赤字経営だが、プロ野球人気の凋落に目を注がず、抜本的な改革に意欲なく、目先の細事で手のかからないことばかりにお熱を上げる。こうして、プロ野球は益々面白くなくなり、ファンは離れ、経営が行き詰まる。そろそろ気がついて良いはずなのに、性懲りもなくCSを前に浮き足立っている。
これはプロ野球界だけの問題ではない。似たようなことは在野にいくらでもある。こういう奇妙キテレツなパフォーマンスはいずれ立ち行かなくなると思うが、周囲だけしか見ていないといつの間にか本丸をやられているということがある。
プロ野球界もいずれ壁に突き当たり、衰退の道を辿るのでなければ良いが・・・・。
1601.2011年10月1日(土) 沖縄密約文書裁判について思う。
一昨日沖縄密約裁判で東京高裁が原告に逆転敗訴を言い渡したが、どうして1審判決を取り消して逆転敗訴となったのか。どうもその理由と経緯がよく分らない。1審ではほぼ原告の全面勝訴と言われた判決文に、それを否認するような新たな証拠が顕われたわけでもなく、1審で認めた原告の言い分を追認しているような経過を辿った末に、最後になってまさかの逆転判決である。
東京高裁は密約文書があったことははっきり認めている。外務省が肝心のその文章を紛失(廃棄処分)したことも承知している。それに対して原告が情報公開法に基づく開示や損害賠償を求めたことに対して‘NO’と言っている。それがよく分らない。つまり「ないものは開示できない」と子どものように駄々をこねているだけだ。これを原告の西山太吉氏は司法の独善と手厳しく反論している。作家の澤地久枝さんも怒っている。一方で、藤村修・官房長官は請求対象文書を保有していないということが認められたとコメントした。官房長官になったばかりであまり本件に詳しいとも思えない理系の人間が、本当に外務省が重要文書を紛失したことに責任がないとでも思っているのだろうか。山口壮・外務副大臣にしても「ないものはないからすみませんという話だ」とまるで人を馬鹿にしたようなコメントをしている。そんな無責任が通ると思っているのだろうか。ご両人ともちょっと軽薄過ぎる。
密約文書の存在を認めながら、廃棄処分?したから資料として提出できないのは仕方がないという裁判所の論理に対して、原告はアメリカが保有している文書を取り寄せて開示することを求めたが、裁判所は認めなかった。この点が私にもよく理解できない。他に方法があるなら頭を下げてもそうすべきが、社会通念ではないか。ましてや国がウソをついているかどうかを追求している問題だ。
大体の様子は分る。密約文書は実際に存在した。外務省がそれを廃棄した。原告は探して開示しろと言った。外務省と裁判所はないものはないと突っぱねた。重要資料は紛失しても許される。まあこういうことだ。結局行政が司法と一体となって糺すべきことを回避したということになるのではないか。何となく司法に騙されたような気がしてならない。
原告団のおひとり、小中陽太郎氏から昨日メールをいただいた。判決は逆転敗訴となったが、言い分はほぼ認められたと書いてこられた。いろいろな考え方があると思うが、真意を汲み取り、それをどう解釈するかが大事だと思う。都合が悪くなったら重要書類でも黙って処分して構わないと天下に公言したお上の言い分には私は強く抗議したい。
一昨日購入した「『冒険ダン吉』になった男・森小弁」を読み終えた。一応書き終えた拙稿に、小弁の活動とトラック島における日本人の活動について若干加筆すべき必要を感じたので、付け加えたいと思っている。
1600.2011年9月30日(金) ここ2日間で納得の行かないこと
このところ気に食わないことが多い。昨日厚生労働省の審議会は公的年金の減額に向けて検討を始めた。年々悪化する年金財政を立て直すために、「税と社会保障の一体改革」のプロジェクトの中で、将来に向け健全な運営を図るための対策を練る検討会である。現在のような経済環境では年金基金をいくら上手に運用しても、確かに収支的には厳しい。それを若い世代の負担を極力減らそうとの試みは理解できないことはない。そこで約2.5%分余計にもらっていると判断される現在の年金を調整しようというものだ。当然減額される年金に対して、受給者から反発が予想される。私も受給者のひとりとして一言言いたい。収入はともかく支出面でこれまでに無駄は無かったのか。現状無駄な支出はないと自信を持って言えるのか。数年前解体された旧社会保険庁の杜撰だったあのザマは何だ。よくよく反省のうえに立って検討してもらいたいものだ。
次に好ましくないこととして、今日人事院が今年度の国家公務員の平均年収を引き下げる勧告を提出した。平均で0.23%の引き下げだという。民主党マニフェストに沿って政府が通常国会に提出した給与カットは平均7.8%である。このギャップは何だ。人事院の言い分がふるっている。公務員の月給は民間平均より899円高く、ボーナスは0.04ヶ月低かったという。これを以って月給を少々下げ、ボーナスは減額しないという。この民間会社というのは、景気の良い大企業のことだろう。こういうのは民間平均とは言わないものだ。同じ国家公務員である人事院職員は、自分たちに都合の悪いことを提案するわけもなく、できるだけ防波堤を高くしようとする。国家公務員の給与の査定を内々の公務員が行うこと自体おかしい。
更に、人事院の許せない点は、先月7日の本ブログへ書き込んだように国家公務員の定年後の優遇措置を、この人事院勧告とセットでこっそり提案しようとしていることである。つまり公務員は定年後65歳まで毎年退職時の7割を給与として受け取れるそうだが、公務員の給与削減が強く言われている中で、こんな自分たちだけ好待遇を受けるということについて、公務員自身良心の呵責を感じないのか。できるだけひっそり、こっそり甘い汁を吸おうとしている。根源的には現在の人事院制度の在り方に問題がある。こういう公務員に甘い論理だけで、公務員の待遇を決定するずるい決済方式は止めるべきではないか。まったく日本の官僚は国民を出汁にして楽に、厚遇を受けようと悪辣なことばかり考えている。
もうひとつ納得の行かない事案がある。昨年4月東京地裁で下された1審判決を、昨日東京高裁の控訴審で原告側の訴えを退ける逆転判決がなされたことである。あまりにも有名になった沖縄返還の際日米政府が交わした密約をめぐる情報公開訴訟である。密約文書は過去にあったが、今は紛失したので、公開できないというごまかしを裁判所は認めたわけである。裁判では密約文書があったこととそれを廃棄した可能性に言及した点で、実質的には西山太吉氏ら原告側の主張を認めたのである。それでも形式上逆転敗訴となったことが理解できない。原告側は上告を検討しているらしいが、当然であろう。これまでの経緯を見てみれば、原告側の主張こそ筋が通って正しいことははっきりしている。それにしても国のしらばっくれた隠蔽行為と、ばれたら誤魔化そうとする態度は許せない。
1599.2011年9月29日(木) 「冒険ダン吉」画コピーを講談社諒解
一昨日「知的生産の技術研究会」八木哲郎会長からメールで、いま執筆中の原稿に掲載しようと思っていた島田啓三画「冒険ダン吉」の絵の掲載を講談社からクレジット付で了解を得たと連絡をいただいた。古本の少年倶楽部文庫「冒険ダン吉(2)」からコピーするが、講談社からは表紙のコピーだけOKとの条件で、早速その表紙を原稿に挿入してみた。一応文章は脱稿したので、写真と地図を挿入して組み版してサンプルをコピーして八木会長に送った。ただ、まだ最終原稿として完全には仕上げていないので、もう1~2度目を通して完全なものにしたい。
ところで、今日偶々自由が丘駅前の不二書店で将口泰浩著「『冒険ダン吉』になった男・森小弁」を見つけ、早速購入した。今年初めから半年間産経新聞朝刊に連載されていた作品だが、先日森喜朗・元総理からもお話を伺ったばかりである。この小弁については拙稿にも頁を割いているので、確認のためにも本書を通読して内容を精査し修正すべき点があるなら修正して、納得してから最終原稿にしたいと思っている。
さて、女子サッカー「なでしこジャパン」の活躍に刺激され、男子チームも背中を押され、U22代表チームもオリンピック予選を順調に滑り出した。ところが、サッカーとよく比較されるラグビーの成績がどうもぱっとしない。折角2019年のワールド・カップ日本開催が決まり、森元総理も日本ラグビー・フットボール協会会長として第7回ワールド・カップが開催されたニュージーランドへ日本代表チームの応援に駆けつけた。にも拘らず、日本代表チームは予選グループで4戦1分3敗の成績でグループ最下位となり散々だった。強敵フランス戦とニュージーランド戦では最初から負けを覚悟していたが、カナダとトンガにはうまくすれば勝てるのではないかと秘かに期待していた。ところが、トンガには敗れ、カナダには前半リードしていながら追いつかれ引き分けてしまった。
どうも日本代表には、協会、チーム首脳らの間に多くの点で意見の食い違いがあったようで、作戦的にも、また選抜メンバー選出の仕方にもカーワン・ヘッドコーチと協会スタッフとの間に齟齬を来たしていたようだ。これではいかにカーワン氏がラグビー界の超大物だったにしても、首脳陣の間に内部分裂の可能性のあるチームを率いては勝てる筈がないと思った。試合以前の問題で最下位に甘んじたのではないかと残念である。案の定カーワン氏は大会後ヘッドコーチを退くという。カーワン流儀でそこそこの成果を挙げていただけに、惜しい気がする。
1598.2011年9月28日(水) カネミ油症事件が引き摺る後遺症
ほとんど忘れかけていた「カネミ油症事件」が起きたのは1968年である。ベトナム戦争真っ盛りだったので、事件は知っていたが、それほど強い関心は向かなかった。それが今日駒沢大学の清田義昭講師の講座で、事件を取り扱った「背負いし十字架」と題するビデオを観賞し、講師の解説を聞いた。その後に講師から感想を求められたので、私見を申し述べた。
水俣病やイタイイタイ病については全国的に普く知られているが、カネミ油症はやや地味で、残念ながらそれほどの訴求力はないと思っていた。しかし、治療法も見つからず、補償も充分でないだけに余計に問題の根が深いと思う。患者に取り付いた菌は悪質で、はっきりした病名も治療法も解明されていない。九州地方、主に五島列島を中心にごく一部の地域で発生したせいもあり、また食用米糠油(高給白絞油)を製造、販売した加害者のカネミ倉庫が北九州のさほど大きくない企業のため充分な補償ができない。同時に公的補助もなされていないことが患者の負担を重くさせ、解決を長引かせ医学的にも病状解決の曙光が見えない状態にある。
ビデオで症状の実態を伝えていたが、外見で判断できる吹き出物や肌が黒ずむ点ばかりでなく、より危険なのは内臓器官が破壊され、癌とか遺伝的な要素が残ることであり、認定患者を憂鬱にさせている。カネミ倉庫の製造工程でPCB、或いはPCDFが混入したために、カネミ油を食した人の身体に毒素が入り込んだと言われている。だが、国も県(長崎県)も患者に対して公的援助を行うことに消極的である。患者の中にはカネミ油症認定患者と認めてもらえない人が多い。これまで14,000人の申請に対して、僅か1,900人しか認定されていない。
番組は2009年に九州朝日放送が制作したもので、地元の深刻な問題として捉え、これまでにも何本かのドキュメンタリー番組を作った。地方の人たちが被害者であるだけに、泣き寝入りする患者も多く、理不尽とは思いながら自分たちの不幸を諦めようとしている点が不憫でならない。問題は、これが子々孫々末代に至るまで同じ症状のDNAが遺伝する恐れはないのか。自分たちの子どもの身体に同じ症状が顕われるのを見て、悩んでいる親も多い。
これはいま福島県を中心に外へ流れ出ている放射線物質が同じように子孫に遺伝しないのかという問題と同次元の話ではないかと思う。文明の進歩は、ある面では大きな福音をもたらしてくれたが、他方でとんでもない害毒を運んできてくれたものである。つくづく考えさせられた。
1597.2011年9月27日(火) 福島県内の温泉地は閑古鳥
先週休んでしまったので、今日が駒沢大学公開講座2学期最初の講座である。2人の講師がそれぞれ昨日の東京地裁における、小沢一郎・民主党元代表の元秘書3人の有罪判決について解説された。共同通信出身の片山正彦講師は、裁判官が検察に配慮した判決を下したので、或いは小沢氏については「無罪」判決が下される可能性があると言われたのには驚いた。メディアの報道を見ているとどうあっても元秘書3人が有罪、しかもある検察幹部が「ほぼ満額の回答」と認識している以上、彼らの親分である小沢氏の有罪は免れないと思っていたが、どうもそうでもないらしい。今日3人が揃って判決を不満として東京高裁に控訴した。来月6日に小沢氏の第1回公判が開かれるが、どういう結果になるか。
秋の観光シーズンを迎えようとしている中で、福島県の温泉地は風評被害に苦しみ、観光客の足も遠のいている。経営破綻する旅館も大分あるようだ。今日の朝日夕刊社会面では、1例として土湯温泉街の寂れようを報告している。土湯温泉は「こけし」の生産地としても知られ、福島市の奥座敷として交通至便で、最盛期には団体客を中心に多くの湯治客が訪れ賑わった。
13年ほど前福島県県職員対象の「図解」講師を務めた時、土湯温泉に八木哲郎・知研会長とともに宿泊したことがある。いかにも田舎の温泉町という風情が何とも言えず気に入って、改めてのんびり行ってみようと思っていた矢先に、東日本大震災勃発で2度と行くことが考えられなくなってしまった。震災前には土湯温泉に22の旅館・ホテルがあったが、震災後5軒が廃業した。更にその後5軒が廃業した。ほぼ半数の旅館が生きる術である旅館業を止めなければならなくなった。悲痛であり、気の毒でもある。この傾向が拡大しないことを祈りたい。東北地方では世界遺産に登録された平泉を抱える岩手県は、幸い観光客が増えているが、その他の地域では見通しは暗い。