1616.2011年10月16日(日) 隠蔽体質の電力業界の深い闇

 今朝のTBS報道番組「サンデーモーニング」で、毎日新聞編集主筆の岸井成格氏が番組終了直前に何気なく漏らした言葉が気になった。実際には実現しなかったが、放射性廃棄物の廃棄場所の候補地として日米両国がモンゴル政府と交渉していたようだ。結局モンゴル政府から受け入れを断られたという。秘かに進められていた交渉だったが、やはりそうだったかと言うべきだろう。途上国へ経済支援を口実に何でも押し付けようとする日米原発大国のわがままは通らなかった。
 それはそうだろう。放射性廃棄物の受け入れが、いかにモンゴルが大荒野を有し土地が空いていて経済的な助けになるとは言え、10万年もの長い間他所から持ち込まれた放射線漏れのリスクを背負うことについて国民的な見地から考えて納得できるはずもない。
 しかも、モンゴル人は自分たちの住む大地を掘って土地を傷つけることを潔しとしない。だからこそ農民が田畑を耕すようなことをせず、自然をあるがままに受け入れて自然に恵まれた土地を求め放浪する遊牧業を生活基盤にしている。日米の首脳が無理をお願いする相手国について、その長い歴史ある伝統と風習をまったく学んでいなかったことは少々お粗末で、むしろその浅学ぶりには唖然とする。これでは外交なんて口先だけのものになってしまう。つまり目先の危機回避に追われて相手の立場を深く考えることを忘れているのだ。
 それより何より、こういう話がなぜメディアを通して伝えられないのかわれわれとしては些か不満である。この交渉過程には放射性廃棄物の処理に困惑している実態が浮き彫りとなっている。それだけ廃棄物の処理が大きな問題となり、今や世界的に深刻になり、われわれ現代人が解決のために喉元に匕首を突きつけられているのだ。
 その一方で、原発の事故原因隠しや、安心安全論の啓蒙活動が行われようとしている。先般問題となった九州電力の「やらせメール」事件に関わる第3者委員会の調査結果に対して、九電はそれを容認しない最終報告書を提出した。そもそも調査結果では、「やらせメール」はシンポジウム前に古川康・佐賀県知事から賛成意見を出すよう求められたことがその実行に決定的な影響を与えたと指摘していた。これに対して九電は最終報告書でやらせ実行は認めたが、県からの関与はなかったとして第3者委員会の指摘を事実上否定したのである。知事をかばい、自分たちも落ち度を認めようとしなかった。このお互いにかばい合う佐賀県と九電の蜜月関係の中に、隠蔽体質と安全軽視の本質が隠されている。弁護士で元第3者委員会委員長の郷原信郎氏は、九電の最終報告書は形だけ再発防止策の提言受け入れを強調することによって、一連の問題に対する社会的批判をかわそうとしているとその不遜な姿勢を厳しく批判している。
 電力業界には福島原発でこれだけ大きな事故を起して、なお原発に関する都合の悪い情報を隠そうとする姿勢がありありである。これでは、仮に原発を再稼動しても、再び大きな事故を起す可能性は限りなく大きい。これだけ世界中に不安を与え、世間に迷惑をかけていながら反省もなく、どうして懲りないのだろうか。
 さて、今日は横浜駅西口の「キャメロット・ジャパン」で湘南高校同期生会が開かれた。卒業して54年が経ち400名いた同期生のうち、すでに66名が亡くなった。今日の出席者は68名だった。まだ、現役で働いている者もそこそこいるようだが、大半は「健康」をテーマに余生をできるだけ楽しもうとの気持ちが強い。ラグビー部の仲間でも今年2月にスタンド・オフだった蓮池雄策くんが亡くなり、同学年部員8人のうち半数の4人がすでに黄泉の国へ旅立ち大分寂しくなった。世の倣いとは申せ年齢を重ねてくるに連れて、ひとり去りふたり去ると段々寂しくなるものだ。私だっていつまで元気に参加できるか分らないが、元気でいる限りは同じ学び舎で学んだ仲間といつまでも楽しくお付き合いしていきたいと願っている。

2011年10月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1615.2011年10月15日(土) ビルマの微妙な変化は何を意味するのか。

 ビルマ政府が一部の受刑者を釈放した最近の動向を考えると、あの非民主的なビルマ軍事政権も少しは心を開いてきたのかと期待していた。ところが、そうは問屋が卸さないようだ。確かに軍事政権が民主化と名づけた選挙の結果、一応「軍事」の鎧こそ脱いだが、旧来の態勢固めのために、国会議員の1/4は軍人にして残りの8割も軍政が母体の連邦団結発展党(USDP)が占めて実質的には軍事政権と何ら変わらない。当然前軍事政権路線を引き継ぐと見られていたが、ニュアンスがちょっと変わってきた。6月にメディアの検閲緩和の方針を示し、8月には閣僚が民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんと度々会見したり、スー・チーさんがティン・セイン大統領と会ったり、彼女が堂々と地方遊説に出かけたり、これまでの締め付けムードが一転した。今月に入って、集会やデモを容認する法案が可決され、11日には6千人以上の受刑者の恩赦を発表し実施された。まさにオヨヨ!である。
 あれほど民主化勢力を毛嫌いして、弾圧排除し、政府批判を許さず、デモ隊を片っ端から検挙していた一連の動きからすると呆気にとられるほどである。
 ビルマ政府のその狙いは、日欧米など先進諸国からの経済制裁解除を求めていることと、初めて外交の場で主役を演じるべく、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議で2014年の議長国を希望しているからだとされる。
 過去にどうしてここまで意固地になって民主化の動きを弾圧するのかと思うほど、ビルマ政府は民主化勢力の排除に血眼になっていた。その意味では少しは期待できる新政府の対応である。
 だが、ビルマ政府のこれまでのパフォーマンスがあまりにも強圧的で悪評だったが故に、諸外国から心底信頼されているわけではない。釈放を発表された人の中に政治犯と言われる人たちが極めて少ないことと、実際に釈放された人の中には著名な指導者が含まれていないことに政府の腹の内が読めそうだ。指導者層の釈放は、急進的な改革を求める反政府デモにつながりかねないとの懸念から釈放対象を選別しているのではないかと見られている。以前に釈放された人たちには、「解放後は政治活動をしない」と一筆書かされた例もある。ビルマ政府の方針の変化には、まだ判然としない点も多く、アメリカ議会では依然として懐疑的な見方が多い。
 こういう動きの中でビルマの外交政策も注目しておく必要がある。西側からの経済制裁を受けて困っている隙につけ入って、中国がビルマに積極的にアプローチしてこれまで数多くの支援活動を行ってきた。ビルマ北西部のミッソンダム建設工事も中国資本によって行われていた。それが自然環境破壊であると周辺住民から強い反対運動が起きるや、意外にもビルマ政府は5年間の工事凍結を決めた。当然中国は怒った。恩義ある中国に対して思い切った行動に出た意図はどこにあるのだろうか。これだってビルマの国土を借りた体のいい中国のためのダム建設だったのである。中国はこのダムで発電された電気を自国へ送る予定だった。その自己本位の策略?もあてがはずれたのである。
  これと相前後してビルマ政府はインド政府と資源開発で協力を確認した。中国との関係が悪化し、疎遠になっているインドへ接近する辺りにビルマのしたたかな戦略の変化が読み取れるような気もする。ベトナムもインドと接近している。東アジアの中で中国との関係が芳しくなくなりつつある国々が、中国を離れインドに接近しつつある姿がビルマを通して透けて見えてくる。

2011年10月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1614.2011年10月14日(金) 中国問題について専門家の話を伺う。

 毎月開催される「JAPAN NOW観光情報協会」の観光立国セミナーで、今日は「野田内閣に望む外交政策」と題して中国人の専門家、社団法人日中科学技術文化センター理事長で、日本でも福井県立大学名誉教授をされている凌星光先生が講演された。
 凌先生の論旨は、①日本人の一般的な考え方は現在の中国の力と中国の成長性を過小評価している、②過去2000年の歴史を見ると国際政治は歴史的地殻変動期にあり、そろそろ東洋の時代である、③覇権国家の終焉、つまり覇権主義の超大国はなくなる④日中両国民に心理的調整が必要、特に尖閣諸島問題、⑤日本外交軍事戦略は日米重視ではなく、アメリカは後退してオフ・ショア・バランシングを行うことと6ヶ国協議を制度化すること、等々大変率直に日本人の近視眼的な戦略と中国現状と潜在力について話されたように思う。
 ただ、これまで中国の中華思想的発想や、覇権主義に振り回されてきたわれわれ日本人としては、先生の仰ることを額面通りに受け取って良いものか気になるところである。
 しかし、質問者に対する回答も含めて、いま世界から非難されている中国の非人道的、非民主的、言論抑圧等々について充分納得できる説明はされなかったし、最近の高速鉄道事故についての弁明的な説明は少々不満だった。例えば、後者の説明で、日本の新幹線は開業以来50年に対して、中国は高速鉄道を運行してまだ日は浅いので止むを得ない。いずれ50年も経てば中国も事故がなくなるというような論理は理解し難い。こういうような例え話で話すこと自体論理にずれがあり、疑問に感じた。
 凌先生は日本生まれで一橋大学を中退して母国中国の大学を出られただけに、日中両国の諸問題に造詣が深い。これまで日本に関する知識を中国で生かし、論陣を張って中国上層部に持論を伝えることができたようだが、個人的な見解もあるが、すんなりとは納得できない。中国の知識人の中にはこういう考え方の方が多いのだろうかと思うと日中間の誤解を解くのは容易ではないと思う。
 さて、母校湘南高校の前同窓会長・天野武和さんからメールをいただいた。それによると今年創立90周年を迎えた母校に建設中の「湘南・校史資料館」の展示企画のひとつとして「湘南大樹」というプロジェクトを計画しているが、そこに過去90年間に輩出した卒業生250名前後を紹介するコーナーを設ける計画であるという。そしてそこに湘南大樹を描き、その木の葉の1葉に私を推薦し紹介してくれるという、大変光栄なお申し出をいただいた。大したことはやっていないが、海外における破天荒なひとり旅の体験が後輩たちを勇気づけるものと好意的に受け取っていただいたのではないかと勝手に解釈している。後輩たちを激励する意味でこういう先輩がいるということを知らせる試みのようである。石原慎太郎・都知事やノーベル賞受賞者・根岸英一博士、指揮者・大野和士氏ら並み居る大物に混じって私ごとき小者を取り上げてくれるということに感激した。回答を求められたので、即座に‘YES’と回答した。まだ先のことではあるが、有難いし大変名誉なことであると考えている。

2011年10月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1613.2011年10月13日(木) 問題だらけの原発を性懲りもなく推進する気か。

 昨日突然のようにわが地元の世田谷区内で放射線量が測定された。毎時2.7マイクロシーベルトの数値は、計画的避難区域の福島県飯館村の毎時2.1マイクロシーベルトを上回る。不思議なことにその地域だけが高い。専門家はややくぼ地になっている点を考えると、雨水が集まった結果線量が高くなったと考えられると言っていた。この地域だけが突出して数値が高いというのはどうも理解できない。現場が区立松ヶ丘小学校近くということから地図で調べたところ、わが家から直線にして約3kmの至近距離だ。風向きによってはわが家にも放射能が飛んでこないとも限らない。
  そこへ昨日首都大学東京の福士政広・放射線学科教授が計測したところ、ラジウム226が検出されたという。福士教授がこれは福島原発が原因ではないと明言した。そして今日午後になってその場の民家の床下にある瓶の周辺から、高シーベルトが検出されたと保坂世田谷区長が公式に発表した。まだ専門家の説明を待たなければならないが、福島からの放射能が飛んできたのではないことがはっきりした。ともかく一安心である。
  放射性物質漏れについては、いろいろな意味で新たな問題を提起し、国民は頭を悩ませている。最大の問題は福島第1原発の放射能漏れがまだ収束できないことである。次いで放射性廃棄物の処理が世界的にまったく未解決であるということである。今まであまり関心を持たれなかった廃棄物の問題が、これから大きな課題として突きつけられることになろう。
  そして今日、「エネルギー白書」(2010年度版)が発表された。前年度版まで盛り込んでいた「原発推進」の言葉が削除され、原発関連の記述が大幅に減らされているという。本来なら6月に公表されるべきものだが、震災の影響で大幅に遅れ、しかも内容的に大きな方針変更があった。
  因みに前年度版と比べてみると、原発推進の表現が完全に消え後退している。例えば、『原発の位置付け』は「基幹電源と位置付け前進」→「削除」、『核燃料サイクル』は「推進することを国の基本方針とする」→「削除」、『拘束増殖炉』については「環境負荷の低減という観点からも開発意義が高い」→「削除」となっている。大事なことはみな削除されている。更に最も関心を持たれている『原発の安全性』は、「地震、津波等に対しても十分な対策がなされている」→「原子力の安全確保に関する課題が浮き彫りになった」と捉えているが、十分な対策がなされていたとの記載について反省は一言もない。
  ある教科書では、エネルギー資源でダントツに安全と表記され、最もコストがかからないと紹介された原発が、問題になっている。事故が発生した場合のコストが巨額に上る原発について記述がまったくないからである。
  問題だらけの原発であるが、今朝の朝日に「電力支配」と題する記事が掲載されている。これも北海道電力と元経産省役人だった高橋はるみ知事との密接な関係を暴いている。これでは高橋知事も北電の原発を止められまい。北海道では原発推進の方向にあるが、震災前とは打って変わり原発の恐さが分った今では、原発推進派の人々は原発の危険性を承知のうえで国を破滅に向わせるようなものではないか。

2011年10月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1612.2011年10月12日(水) スロバキアが欧州金融安定基金を否決

 ギリシャの金融不安からヨーロッパの大手銀行「デクシア」破綻を引き起こした。それに伴いEUはヨーロッパの債務危機の拡大を防ぐため欧州金融安定基金の強化策を講じたが、昨日スロバキア議会がこれを否決した。強化策とは基金の規模を増やしてユーロ経済圏内の金融機関に資本注入したり、加盟国が発行した国債を買い入れたりできるようにすることだ。EU27加盟国ではなく、ユーロ圏(通貨ユーロ流通)内17加盟国のうち、スロバキアを除く16カ国はすでに承認した。ところが、唯一の未承認国・スロバキアが昨日議会で「ノー」の結論を出したのである。原案は全加盟国一致が原則である。こうなるとギリシャ支援策のみならず、ヨーロッパ金融支援策が宙に浮いてしまう。
 スロバキアの反対理由は分らないこともない。他の16カ国だって苦しい中で止むを得ず「小の虫を殺して大の虫を生かす」選択をしたのだ。だが、スロバキア国民は、自分たちより経済規模が大きく金持ちの国を貧しい自分たちがなぜ援助しなければならないのかと素朴な疑問をぶつけたのである。実際EU27加盟国平均の国内総生産(GDP)を100として、債務危機で支援を受けたギリシャが「88」、ボルトガルが「81」に対してスロバキアは遥かに下回る「74」なのである。この数字を見る限り、貧しい自分たちがなぜ金持ちを助けなければならないのかという主張にも一理ある。
 ただ、スロバキアにはあくまで突っぱねるとEU内における自分たちの存在が今後危うくなるとの思惑もあり、近々否決から可決賛成に転じると見られている。事実昨日の否決は、出席議員122人のうち賛成が55人で、残りは反対9人、それに併せて棄権60人というのが曲者だ。虚々実々の駆け引きの末に棄権した野党が次の舞台では賛成票を投じるらしい。
 まあ次の出方により債務不履行や経済停滞が救われ、経済が回復するなら一歩後退二歩前進ということになる。
 スロバキアの首都ブラチスラバを訪れたのは、社会主義体制が崩壊する以前だったが、ドナウ川を渡りバスでハンガリーのブダペストへ向った当時が懐かしい。
 さて、今バンコックが洪水で大変なことになっている。特に、バンコックの北方アユタヤには日系企業団地があり、それらが大きな被害を蒙り、トヨタ、日産、パナソニック、ソニーなどの工場が生産停止に追い込まれて、輸出にも影響が出ている。この世界遺産都市・アユタヤへも何度か行った。あのチャオプラヤ(メナム)川の辺りも人力車で随分彷徨ったこともある。特に、初めて訪れた外国の都市が、バンコックとアユタヤだった。また、新婚旅行も行き当たりばったりにアユタヤを訪れ、スリン空軍大佐の家庭を突然再訪して驚かせたが、歓待され、良い想い出を作ることができた。
 タイのお隣の「私の最も好きな国」ビルマでも動きが見られた。あれほど偏屈に民主化を押さえ込んでいたティン・セイン大統領が、本質は変わらないと思うがどういう風の吹きまわしか、大分軟化したようだ。外国からの経済制裁解除を求めて政治犯をはじめとして受刑者に恩赦を今日実施した。このところアウン・サン・スーチーさんの希望を受け入れたり、北西部のカチン州に中国が建設中のダムを自然環境破壊反対運動派に配慮して工事を中止したり、一時の頑なな姿勢が急激に変わってきたように思う。元々国民性の素晴らしい国だけに、時間はかかるかもしれないが、ビルマの再生を期待したい。

2011年10月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1611.2011年10月11日(火) 日本という国は融和と協調性がなく、本当はバラバラではないのか。

 ギリシャの財政不安から懸念されていたEUへの影響が、ついに先週末EU内の大手銀行破綻という形で表面化した。フランス・ベルギー系銀行の「デクシア」は、同行を分割して売却する方針を決定し、両国政府もその決定を受け入れ「デクシア」を国有化することに決めた。この処理を防波堤にして今後連鎖破綻を防ぐことができるのか、或いは他の金融筋に影響が出るのか、予断を許さない。
 さて、震災前まで、わが国は原子力発電技術と施設をパッケージで輸出販売することを国策のひとつとしてその実現に意欲を示していた。ところが震災により事態は一変した。それにも拘わらず経産省は厚顔にも既定方針通りベトナムや他の途上国へ原発を売り込むつもりでいる。
  そんな折地球温暖化対策を話し合う国連気候変動枠組み条約のパナマ作業部会で、国際環境NGOでつくる「気候行動ネットワーク」が交渉で最も後ろ向きだった国に贈る「化石賞」に日本を選んだ。何とも恥ずかしく皮肉っぽい話ではないか。彼らは日本が事故を起した原発をその処理すらできないのに途上国に輸出するのは倫理的におかしいと言っている。自分の頭の蝿も追えないのに他所に対して何を言っているんだと言わんばかりである。確かに筋が通らないと思われても仕方があるまい。
  これらを考えると今やわが国の国際的な立場は、震災と原発事故への同情はあれ、率直に言って日に日に追い詰められているのが実情ではないか。前記のヨーロッパの金融不安にしても、おかしな話がある。ヨーロッパ金融機関の資本増強に対してこっそり日本へ支援を求めてきているとの噂がある。当然相当な金額に上がるだろう。そして、こういう「こっそり」のおねだりは、政治家ベースではなく実務者、つまり財務省が「こっそり」と請け合い、支出するケースが多い。巨額の支出をどこから捻出するのか。これも目の利かない国民や政治家にめくらましをかませて、こっそり役人が特別会計から引っ張り出すことになるようだ。
  こんな話を聞いていると、何とかしてこの実態を暴き実情を公開させるよう努めなければいけないと思う。それにしても国政に無関心な国民がズルイ役人と愚かな政治家に舐められ、「こっそり」騙されているというのが今の日本の実態ではないか。哀れなのはあまり物事を深く考えようとしない国民である。あな恐ろしいことである。

2011年10月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1610.2011年10月10日(月) 辛亥革命から1世紀、中台それぞれの思惑

 今日10月10日はちょうど100年前に中国で辛亥革命が起こった日である。世界史では随分習ったエポックメーキングな事件だ。長く続いた清王朝が倒れ、孫文率いる中華民国が成立した。結局これがアジアで最初の共和国家となった。
 昨日辛亥革命を記念した式典を行った中国では、死亡したと一時噂のあった江沢民・前国家主席が姿を見せた。その場で故錦濤・国家主席は数千年の専制君主制を終らせた革命を評価し、中国共産党が革命の継承者であると述べた。理想を実現するためには中国の特色ある社会主義の道しかなく、核心の力は中国共産党であり、党の指導はあくまで堅持すべきであると、共産主義と中国共産党を高く評価するスピーチを行った。悪い意味の中華思想そのものである。世界でも旧ソ連を始め社会主義国家が崩壊して今や社会主義は亡霊となったし、進境著しい中国の経済も資本主義的思想を取り入れたからこそ成長したのではないか。相変わらずいつに変わらぬ大中国の教条主義である。これでは、いずれ中国も経済発展が止まり、グローバル時代の中にあって孤立していくのではないだろうか。
 辛亥革命を評価する一方で、それを実現した孫文の評価は、1949年共産国家・中華人民共和国を実現させた毛沢東に比べれば遥かに低い。毛沢東の肖像画が天安門広場に掲額されているのに反して、孫文のそれは式典の1日だけである。孫文は蒋介石ともども台湾へ逃れ、台湾では孫文の主唱した三民主義は金科玉条のように崇められているが、現代中国では三民主義は影も形もないと言ってもいい。中台関係は一時より歩み寄りが見られるものの、辛亥革命に対する中台の対応と評価を見ていると、当分の間は「1つの中国」は難しいように思える。
 台湾では今日辛亥革命100周年記念式典を行う。日本からも式典出席のため麻生太郎・元総理が訪台している。中国とは異なる意味合いの祝い方である。日時も1日ずらしている。台湾では双十節と称して1911年の今日を建国の日と決めている。台湾暦では今日が100年10月10日ということになる。私の母が生まれたのは辛亥革命の4日後だから、存命ならまもなく満100歳になるところだ。
  今自家用車用に使っているキーホルダーが台湾所縁のものである。台湾の阿里山森林鉄道に乗車した時、乗車記念として当日の日付を彫ってもらった嘉義~阿里山間の往復乗車券を模したキーホールダーだ。日付は67年1月20日と刻印されている。つまり西洋暦に換算すると1978年ということになる。あの当時阿里山に2度ほど訪れたが、今では随分設備も改善され、環境も変わってしまっただろう。朝早く朝靄の中を阿里山展望台から遥かに玉山(旧新高山、標高3952m)のご来光を仰いだことを思い出す。
  また、もうひとりの辛亥革命の主要人物、蒋介石が亡くなる前に彼の一行と台中周辺で遭遇したことがある。蒋介石の姿を見ることはできなかったが、割合至近距離で黒い防弾ガラスの高級車の2台のうちのどちらかに乗っていた。小高い岡の上には兵士が見張っていた緊張した光景を思い出す。
 今では遥か昔になってしまったが、何とも懐かしい。

2011年10月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1609.2011年10月9日(日) 民主党「結論先送り」内閣は大丈夫か。

 腰が低く周囲とトラブルを起さないよう気配りする野田首相の姿勢が、結論を先送りする時間のかかる政局運営になっている。トラブルは引き起こさないが、事態が中々前進せず問題解決は成らず結論は先延ばしされる。首相は小沢一郎・民主党元代表の裁判についても発言はされなかった。
 昨日前田武志・国交相が工事を再開するのか、或いは事業を中止するのか結論が出ないままの群馬県八ッ場ダムの工事現場を視察し、群馬県庁で大沢知事ら地元の関係者と会見したが、工事の再開を求める知事らの早く決断をとの求めに対してはっきりした回答をしなかった。民主党と野田政権の得意技である先延ばしである。
 そもそも混乱の原因は、2年前の総選挙に際して鳩山民主党が打ち出したマニフェストに、「コンクリートから人へ」と大見得を切って公共工事の中止を訴え、その後民主党政権になって最初の国交相・前原誠司現党政調会長がマニフェストに沿い中止の線を打ち出してから揉め出した。すでに住民の9割がダム完成を見越して転出し、相当の費用を捻出した後の方針変更、つまり事業中止の決断である。ダムが造られることを念頭に土地の整備やら事業計画を練っていた地元にとっては、恨めしく耐え難い中止の宣告である。それが今日まで燻っている。
 前原大臣に続いて国交相に就任した馬淵氏、大畠氏、そして現在の前田氏らが結論を出すことに躊躇している。結局今年の秋までに最終結論を出すと馬淵、大畠両大臣は約束した。だが、彼らは辞めてしまった。困ったのは現在の前田大臣である。言葉を選びながら漸く今年12月中には、工事再開か中止かの答を出すとのニュアンスを口に出した。
 確かにマニフェストを作成した頃は、水力発電がなくても原発で賄うとのエネルギー政策だったから、八ッ場ダムがなくても他のエネルギーで補うことができると計算していたはずだ。その目論見は東日本大震災で大きく狂った。原発に替わって他のエネルギー資源を求められるようになっただけに、水力発電への要望は一層高まった。しかも、すでに相当な資金を投入し、工事も半ばにかかっている。これを中止することは難しい。
 どうも民主党は積極的に決断を下すのを避けている。揉め事は避けたい、敵は作りたくないとのイージーな気持ちだろうが、決断できないようでは政治家とは言えないのではないか。野田政権の前途に益々暗雲が立ち込めている感じである。

2011年10月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1608.2011年10月8日(土) 日野原先生のお元気ぶりにあやかりたい。

 夕べからどうもすっきりしなかった痔だが、今朝になっても一向に落ち着く気配がない。明日、明後日と連休なので、早めにチェックしたい。かかりつけの森内科で診てもらうために妻に車を運転してもらって森医院へ出かけた。以前からやや痔が気になっていたので、森先生にも以前にお話はしてあった。森先生の専門は内科であるが、肛門科も扱うので困ったら相談してくださいと仰っていたので、あたふたと出かけたわけである。
 尾篭な話で恐縮であるが、イボ痔が肛門から出ていて押し込んでも戻らない状態である。症状は「カントン痔核」というのだそうで、早速ベッドに横になり先生に出っ張った痔を中へ押し込んでもらった。肛門周辺が弛んで力を入れると出てしまうようで、あまり座るのは良くないと言われたが、パソコン操作上座らないわけにはいかない。座り方に気をつけパソコンをセーブしながら使うようにする。
 今日、明日はできるだけ排便しないようアドバイスをいただいたが、まあそれは無理だろう。今日はともかく明日まで我慢できるだろうか。こうなったら排泄物を溜めないよう、今日は食事をできるだけ取らないようにしようと思っている。
 さて、夜になってNHKでスペシャル・ドキュメンタリー「日野原重明100歳 いのちのメッセージ」と題する75分ものを観た。日野原先生と言えば、元気の良いお医者さんとして知られ、今もバリバリの現役である。4日前に満100歳の誕生日を迎えられた聖路加国際病院の名誉医院長の1年間の動きを追ったドキュメントである。そのお元気ぶりが羨ましい。果たして日野原先生の場合、痔はどうだっただろうかなどと下らないことを想像してしまう。
 とにかく日野原先生の活動的なのには頭が下がる。1年間のうち約100日は東京を離れて講演活動をされておられる。東日本大震災の被災地で被災者を慰めたり励ましたり、広島では小学生にいま生きている命の大切さを説明したり八面六臂の大活躍である。さすがに職制上の医院長としての責務からは解放され、残り少ない人生を送っている患者と安らかな死を迎えるよう優しく話をされる。患者は笑みを湛えながら死を迎える。このドラマチックな舞台を淡々として演じている。その心の奥底には、クリスチャンとしての信仰心があるのだろう。92歳の静子夫人の健康状態が今ひとつの中で、介護をしながら仕事をこなす神業的な日常には驚愕である。私も痔なんかで悩んでいられないか。

2011年10月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1607.2011年10月7日(金) 小中陽太郎氏新著出版会

 小中陽太郎さんが新著を出版された。日頃から親しい人たちが都内江戸川橋でささやかな出版記念会を開いた。「いい話グセで人生は一変する」(青萌社刊行)と題する書である。1冊いただき、署名していただいた。
 このブログも書き続けて1,700回を超えたことを先日お知らせしたところ、早速「すごい迫力」とメールをいただいたばかりである。そのブログにかこつけて小中さんから新著に「ブログの王」と書き添えて署名していただいたのには恐縮した。小中さんを敬愛する人々が集まり、楽しい雰囲気の中で2次会にまで発展した。「知的生産の技術研究会」からも久恒理事長、八木会長、遅れて秋田事務局長が参加された。
 「エノケン」に対抗して「エノケソ」と仰る芸人の方や、タレント世志ぼん太さん、寅さんの雰囲気を備えた「渥美清」そっくりさんが寅さんの衣装道具で挨拶されて中々楽しいものだった。皆さん芸人が多くて中々話が面白い。エノケソさんは余命が来年6月までと言っておられた。世志ぼん太さんも女剣劇浅香光代の6人目の亭主と言って憚らない。それでも結婚前は3ヶ月も続けば上できと冷やかされたが、夫婦関係は17年間も続いていると些か得意気に話しておられた。

 小中さんを慕う多彩な顔ぶれが揃い、小中さんのお顔の広さとお人柄を改めて知った。出版業界の人たちとも名刺を交換しながらお話したが、中々有意義で楽しい集まりだった。ご近所の須藤甚一郎さん、小中さん父娘と深夜近くにタクシーでご帰還となった。

 ところで、どうも痔の調子が良くない。今日は今月に入って初めての飲酒だったが、酒の飲み過ぎが良くなかったのかも・・・・・。

2011年10月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com