1807.2012年4月24日(日) 鼻持ちならないほど不遜で品格のない官僚

 先日ワシントンで開催されたIMF会議後のセミナーで、日本テレビ‘ZERO’のキャスター村尾信尚氏が司会を務めた。そのさわりの場面が昨夜同テレビで放映された。壇上中央席に位置した村尾氏が並み居るIMF幹部を左右に侍らせ、大勢のメディアが注視する中でそつのない司会ぶりをしていたのが外国メディアにかなり好評だった。

 ところが、見ていて村尾氏の右隣に座った人物のあまりにも傲慢な態度に呆れ愕然とした。ダイジェスト化されて放映されたセミナーでは、その人物が発言するシーンは残念ながら見られなかった。世界中から注目を集める中で中央席に足を組みふんぞり返って、ニコリともせず憮然としてただ座っているだけの人物を見ている内に段々不愉快になってきた。あまりにも常識を欠いた偉そうな態度の田舎者は何と日本人だったのである。こういう場所を弁えない、周囲を不愉快にさせる田舎者がどうして世界でもトップレベルの国際会議でふんぞり返っていられるのだろうか。世界中に流されたであろう、あの傲岸不遜な日本人の姿はまさに国辱ものである。

 それが何とその鼻持ちならない人物が、今朝の朝日にも6段抜きの記事で紹介されているのだ。やはり大物なのであろうが、予想通り掲載写真でもニコリともしていない。たいした大物である。その国辱的人物とはIMF副専務理事・篠原尚之氏である。IMFのトップ、ラガルド専務理事に次ぐ№2の立場にいる大物のようだ。或いは、日本がIMFへ600億ドルの資本増強支援を行ったのもこの元財務官の隠れた力が与っているのかもしれない。前職は財務省財務官だというから、エリート街道まっしぐらの世間知らずの御仁だろう。

 山梨県立甲府一高から現役で東大へ進み1975年に財務省に入省した。プリンストン大学へ留学して国際金融畑を歩き、3年前の財務官時代にはローマで開かれた財務相会議で酩酊して失言し、大臣を辞任して間もなく亡くなった中川昭一財務相の傍にいながら、あの醜態を見て見ぬフリをして反中川派の評価を高め、出世街道を駆け上がっていったと陰ではとかくの噂のある人物だという。

 そんなプライバシーはともかく、わが財務省はなぜこういう国際金融畑を歩きながら国際感覚に疎い人物を大事なポストにつけ、重要会議にでかい態度でのさばらせ、挙句に日本人としての品格を貶めるような行動を取っているのを黙って見ているのだろうか。本人の人品骨柄や人間性もさることながら、こういう周囲に配慮できないような不遜な人間に国家の重要な役割を委ねることも問題だと思う。こんな世界の桧舞台にもまったく嫌な日本人がいるものだ。

2012年4月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1806.2012年4月23日(土) フランス大統領選挙を思う。

 昨日フランス大統領選挙が行われ、現職大統領で保守系国民運動連合(UMP)のサルコジ氏は社会党のオランド氏に遅れを取り第2位に甘んじた。しかし、両氏とも総投票数の過半数を抑えることができず、来月6日二人による決戦投票に持ち込まれることになった。

 1958年に第5共和制が発足してから再選を目指す現職大統領が第1回の投票で1位になれなかったのは初めてだという。強気のサルコジ氏の心情はいかばかりかと思いやられる。

 サルコジ大統領は、昨年のギリシャ、イタリアの債務危機以来ドイツのメルケル首相とともにその解消に向け強いリーダーシップを発揮して圧倒的な存在感を示していた。それでもなお国民の信頼を掴み取るまでには至らなかったようだ。

 5年ごとに行われる今年の大統領選で大きな争点になっているのは、悪化する景気とその引き金になったと論われている失業者の増加である。つまりフランスにとって外国の財政問題よりも身内の失業問題の方が大事なのだ。オランド氏28.63%、サルコジ氏27.08%に次いで第3位だったのは、18.01%を獲得した移民反対の極右・国民戦線女性党首ルペン氏だった。ルペン氏は経済不安の最大の要因は失業者の増加をもたらした移民の流入であると選挙前から指摘していた。ルペン氏は近年フランスへの移民の増加がフランス人の職場を奪ったとサルコジ大統領を厳しく非難しているが、これがかなりの支持を集めている。結果的に過去の大統領選挙において国民戦線として最大数の支持者を獲得し、極右票が決戦投票のキャスティングボードを握る可能性がある。因みに現職サルコジ氏もハンガリー系移民であるだけに、移民政策に対してあからさまに厳しい対応は取れず、社会党のオランド氏自身も社会主義を信奉する建前上移民政策に抑圧的なポーズも取れず、移民政策に関する両人の心中は複雑であり、対応は難しいだろう。

 6日の第2回決戦投票で雌雄を決することになるが、昨日の投票後に行われた世論調査ではオランド氏がサルコジ氏を9ポイント引き離しているそうである。国際社会でそれ相当の存在感とリーダーシップを示していたサルコジ氏もついに正念場を迎えたことを意識したのか、最後のキャンペーンではいつも通り強気のスピーチの中にも「私を助けてください」などと気弱なセリフも吐いていたようだ。

 それでも日本の指導者を決める総選挙の投票方式や、政党内の話し合いで決める内輪の論理に比べて、彼らのシステムがいかに民主的で透明性があるかを考えると羨ましいかぎりである。

2012年4月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1805.2012年4月22日(日) 校歌再往とコンサート鑑賞

 今月15日付本ブログで校歌について考えの一端を述べたが、その校歌について昨日の朝日新聞土曜版「be・うたの旅人」欄に岩手県立盛岡一高校歌の歴史的背景が紹介されている。あまりにも意外なメロディと校歌決定の経緯について、こう言っては失礼かもしれないが、野次馬的な興味を持った。どこがどう意外なのか。

 盛岡一高は創立以来130年以上に亘って質実剛健の気風と伝統を継承し、石川啄木や宮沢賢治ら不世出の歌人を数多く輩出した県下きっての名門校だが、文武両道の誉れが高く、1968年には硬式野球部が夏の甲子園大会に出場した。その時1回戦で徳島代表校・鴨島商高に勝って校歌がグランドに鳴り響いた。その途端スタンドがどよめき、爆笑が広がったという。私自身その時の盛岡一高の甲子園出場は知っていた。試合をテレビで観ることはなかったが、何でも校歌演奏の時奇妙な光景が展開されたらしい。その原因は校歌のメロディにあった。何とそれは軍国主義華やかなりし時代に国民が散々聞かされた勇ましい「軍艦マーチ」だったのである。

 前記ブログでは母校の校歌、北原白秋作詞の歌詞について些か違和感を覚えたことについて触れた。盛岡一高の歌詞はもちろん「守るも攻めるもくろがねの~」の「軍艦マーチ」とは異なるが、旋律は完全に軍艦マーチである。宮古港に大きな船が出入りする度にこの「軍艦マーチ」が流れ、日清戦争直後だったのでそのまま勇ましいマーチが伝統校の校歌のメロディに拝借されたようだ。いかにも田舎ののんびりした当時の様子が目に浮かぶが、今ならさしづめ中国常習の知的財産権侵害で学校も作曲者・瀬戸口藤吉サイドから訴えられるところだろう。

 奇縁と呼ぶべきだろうか、同高校には伝統的に軍国主義ムードが醸成されていたのだろうか、総理大臣になった米内光政・海軍大将、更に戦没者遺骨収集事業でお世話になった参議院議員・板垣正氏の父親で戦犯となった板垣征四郎・陸軍大将ら名だたる大物軍人を輩出している。それにしても「軍艦マーチ」が名門校の校歌とは、恐れ入った。

 さて、校歌とは別に、今日は新橋のドイツ・レストラン「アルテリーベ東京」で開かれた音楽会を妻ともども楽しんだ。大学ゼミの先輩利光さんご夫妻からお誘いをいただき、同じゼミの島田さんご夫妻、そして音楽に造詣の深い島田さんの高校後輩野上さんご夫妻らとともに、ソプラノ歌手・山口道子さんのランチ・コンサートで素晴らしいアリアと食事をたっぷり味わった。私自身音楽を聴くのは、音量が高いだけで煩いだけの現代音楽を除けば何でも好きだが、格別詳しいわけではない。偶々妻がコーラスを習っているので、付いていっただけだが、他の人たちはクラシック、ジャズ、シャンソン、タンゴ、ポピュラーなど幅広いジャンルに精通していて感心するほどである。心配ごともなく、気楽に聴いているだけなら、心を落ち着かせリラックスできる音楽は、老年期に入った人間には欠かせないものだと最近になって特に思う。

2012年4月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1804.2012年4月21日(土) IMF資本増強に割り切れなさ

 借金だらけのわが国が苦しい財政事情の中で、思い切って国際通貨基金(IMF)資本増強のため、加盟国の中でユーロ圏諸国合計拠出額に次ぐ大判振る舞いの600億ドルを拠出することになった。ギリシャ、イタリアに続いてスペインの財政状況も怪しくなってきた。経済危機がヨーロッパ中に拡大することを恐れたIMFが基金強化を打ち出していたが、それに即座に呼応したものである。

 これにより一時的にせよ、ヨーロッパの経済危機が遠ざかるならそれで善しとすべきだろう。今回のIMFの拠出要請に対しては、最大の拠出国であるアメリカが国の逼迫した財政事情から議会の了承を得られず、当初から資金を出さないと発表していた。これに対して日本は比較的早い段階で相当な拠出をすると匂わせ、日本が主導権を取ったせいで全体の目標である、5千億ドルに近い4千3百億ドルを集めることができたとラガルド専務理事はすっかりご機嫌である。

 日本の多額の拠出は大きな国際貢献には違いないが、どうもすんなり納得することはできない。それは、世界最大の経済大国であるアメリカがこの追加資金を出さなかったことと、同じく第2位の経済大国である中国が渋々拠出にOKサインを出したが、その金額は未定であり、国際社会で毎度強い発言権を発揮する両国が、新興国がなけなしの財布をはたいてまでも拠出する中で他国の経済危機に際して後ろ向きの姿勢を取っているのはいかがなものか。

 この中で日本の安住財務相はかなり早くから拠出を明言していた。どこまで話を詰めて結論を出したのか分からない。いい顔を見せるために率先して苦しい財布からひねり出したと思えてしようがない。もちろん狙い通りとなったラガルド専務理事は日本を褒めちぎっているが、それを受けて安住氏は20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で「日本が先駆けて資金拠出を表明した成果があった。大きな貢献を果たせた」と述べた。この言葉にもやや引っかかる。その通りではあるが、大臣は日本の財政も逼迫して、借金では先進国中最悪であることを忘れている。

 日本は資金拠出は拠出として、それよりアメリカを説得して拠出させるなり、金満国家のくせにいつも資金を提供しようとしない中国を、もっと思い切った資金提供をしてくれるよう説得することに一層力をつぎ込むべきではなかっただろうか。それがベビー・ギャング、安住財務相のなすべきことではないのか。そうした外交努力は残念ながら、まったく見られなかった。

 

2012年4月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1803.2012年4月20日(金) 大学生はもっと社会と関わりを

 最近の学生があまり新聞を読まず、勉強もしないということは耳にする。論争でも外国人学生に中々勝てないともいう。ディベートなどを通して起承転結の論理構成力を早くから鍛えられる外国人学生に比べて、日本人学生はロジカルにじっくり物事を考える習慣が身についていないせいだろう。

 そこへ外国人留学生が日本の大学に入りにくいとか、また日本人の外国の大学への留学が減少傾向にあるというハードルを越えるために、大学の秋季入学が今東大を始め各大学で真剣に検討されている。こればかりではない。実は、もうひとつのささやかな大学改革が実行されようとしている。

 寡聞にして知らなかったが、東大ではこれまで9つの学部の授業開始時間がそれぞれバラバラだったという。どうしてこんな非効率で不都合なことがあったのだろうか。それが今春漸く改革された。どうも歴史的な背景があるようだ。外から見ると簡単そうな改革に見えるが、元々東京法学校、農学校、工部学校などの組織が集まって発足した東大には、各学部の独立性が強かった。他の国立大学でも同じような傾向があるらしい。それでも昭和にまで遡るこの改革の機運が具体化したのは、官僚的な国立大学としては一歩前進だろう。今後は各学部の人的な交流、流動化を進めて横断的な連携を取る必要があるのではないかと思う。

 取り敢えず、こうして外国の大学と同じようにシステムとしてすっきりしたなら、これからは教育の中身と学生の意識の改革が勝負である。とりわけもう少しどうにかならないかと思うのは、大学生たちの社会への関わり方である。一部にはボランティア活動を通して社会との接触を深めようとする学生たちがいる一方で、周囲の社会にまったく接触しようとしない学生も数多い。社会に存在する無法、理不尽、不公平などを打ち破る力として時代の若者、特に大学生たちのエネルギーは大きな力となる。彼等には社会の制度やしきたりを変えるだけのパワーがある。我々が経験した60年安保闘争は、最終的には国家権力の前に挫折させられたが、社会へ大きな「改革」の風を吹き込んだと自負している。

 然るに今日社会で大学生が社会人として社会の不合理や不平等に対して、異を唱えることはほとんど目につくことがない。学生は表面に出ることなく、自分たちだけの仲間内の社会に入り込み、自分たちだけの生活を送っているだけである。専門性が強すぎて「たこつぼ」化した大学で、たこつぼに潜んだ学生がマイペースで生活を営んでいる構図が見えてくる。はっきり言って、社会から恩恵を受けながら唯々諾々として甘んじて自由を享受しているのだ。もう少し学生は目を見開き、社会の一員として現実の社会と関わったらどうかと言いたい。そうでなければ、思考停止しながら「金正恩第一書記、万歳!」と繰り返すだけで、存在感のまったくない北朝鮮の大学生と何ら変わらない。

2012年4月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1802.2012年4月19日(木) 東京都が首都直下型地震の被害を想定

 一昨日ワシントンで東京都の石原爆弾が炸裂した。そして昨日東京都は首都直下型地震発生に伴う被害想定を公表した。これもまた爆弾的なショックだった。2006年に算出した想定を見直し、東京湾北部地震としてM7.3をベースに算出した。結果的に地域も拡大し死者も約2割増えた。倒壊や火災による建物被害は耐震化が進んだとして15%程度減少したが、帰宅困難者や避難生活を送る人の数は大幅に増えた。

 昨日のテレビニュースは各局とも被害予想地図を示し、被害予想を克明に解説していた。今朝の朝日新聞では、16頁に亘って細かく説明している。他人事ではないので、自分が住んでいる世田谷区の被害予想図を見てみる。だが、朝日はどういう編集方針か分からないが、関連頁を参考に保存しようとすると頁がばらばらに散らばっていて見にくいし、保存が面倒である。どうして、左右見開きにするなりして、もう少し目配りをした組版ができないものかと思う。

 今日も昨日に引き続いて東北地方では地震があった。最近は頻繁に地震が起きるが、それだけにこういう情報に目を背けているわけにはいかない。地震には多少慣れっこになりがちだが、ベトナム戦争中に休暇で日本に来た米兵と話した時、ベトナムで一番嫌なものは「蚊」で、日本では「地震」だと言っていたことが思い出される。

 さて、今日インドが長距離弾道ミサイルを打ち上げ成功した。軍事力の強化を志向しているようだが、その裏には中国を意識していることはミエミエである。早速中国が牽制球を送った。中国の我がもの顔の侵略行為もどきのパフォーマンスによって反って他国が警戒心を強め、各国が対応策を考え実行するようになるといかに中国が傍若無人の振る舞いを行っても、その内国同士が共同戦線を組んで中国に対抗するようになるのではないか。インドの核開発がいよいよ中国を射程内に捉えるようになったが、現状は北朝鮮の核開発を始めとして核開発競争は拡大の様子さえ見せてきた。そろそろ本気になって軍縮、核拡散防止を考えなければいけないと思う。

 今日一ヶ月ぶりに肛門科で前回2度目のジオン注射後の患部の診察を受け、一応今回の一連の診察については終止符を打つことになった。大分具合は良くなってはいたが、これで終わりと言われて思わずエッと聞いてしまった。まあ喜ぶべきことであるので、具合が悪くなれば、また診てもらえば良い。取り敢えずホッとした。

2012年4月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1801.2012年4月18日(水) 石原都知事の過激発言に国中てんやわんや

 昨日石原慎太郎・東京都知事が米国ワシントンで話した尖閣諸島を東京都が購入するという話が大きな波紋を呼んでいる。母校(湘南高校)の先輩がまたやってくれたかという思いである。知事のパフォーマンスにはどうも唐突な言い回しと強引な手法が多いので、とかく誤解されがちであるし、勇み足もある。

 今度の知事の言い分は「尖閣諸島はこのまま置いておくとどうなるかわからない。中国が日本の実効支配を壊すため過激な運動をしている。ゆゆしき問題だ」と、政府が一向にこの領土問題の解決へ向けて動こうとしないのでしびれを切らしたと言わんばかりのコメントを発表した。この発言に対して中国政府は抑制的ではあるが、「古来中国の領土であり、中国は争いのない主権を有している」と従来と変らない中国の立場を表明した。

 また厄介な外交問題に発展しかねない問題が浮上した。困ったことである。しかし、石原都知事が言うまでもなく、尖閣諸島が歴史的にも領土的にも日本固有の領土であることは疑う余地もない。この点を抑えたうえで、あまり外交関係に支障を来たさない言動を取るのが、政治家としての対応だと思う。

 1884年に福岡県出身の古賀辰四郎氏が魚釣島を探検し、95年に明治政府が沖縄県の所轄として標杭を立て、日本領とすることを決定した。以降古賀氏が無償貸与を受ける認可を受け、これらの島で古賀氏がカツオブシ事業などを行い、最盛期には250人ほどが居住していた。太平洋戦争により1940年から人が住まなくなって無人島となったが、戦後米軍の占領下に置かれ、1972年の沖縄返還により日本へ返還された。かつて毛沢東国家主席は尖閣諸島が日本領土であることを認める発言をしたこともある。こういうはっきりした日本領土である経緯と証拠がありながら、中国が尖閣諸島を自国領と主張するのは、周辺海域に海底資源や豊富な漁場があることが判明したからである。覇権国家中国は経済的にゆとりができたせいもあって、1970年以降になって、強引に自国領土と主張し出したのだ。その言い分は、ソ連の不法な北方領土占領、実効支配と50歩100歩である。

 この中国側の一方的な主張に対して、「尖閣諸島は古来の領土」と主張するだけで、何ら解決へ向けた手を打たなかったこれまでの政権に対して、タカ派の石原知事はいよいよ黙っていられなくなり行動に及んだというところだろう。領土問題は国レベルの問題であり、一自治体が国の領土帰属を云々すべき範疇にはない。しかも、実際東京都が買うとなるとその購入のための財源は、私たち都民の税金である。クリアすべき問題は山積している。

 石原知事が事ここに及んで唐突に過激な発言をしたのは、尖閣問題に限らず、何事も自ら決められない今の政府のやり方に大いなる不満を感じたからだと思う。懸念されるのは、今後このようなタカ派的なパフォーマンスを見習う輩が次々と現われ出てこないとも言い切れない点である。

 だからこそ、知事の気持ちは分からないでもないが、やはり国の外交は政府が行うべき責務だと思う。石原知事は直接行動を起こす前に、国に対して言うべきで、もし国がやらなければ、その時は東京都が実行すると担保を取ってから行動を起こすべきだと思う。

 今回の発言も下手をすると大きな外交問題に発展する可能性を含んでいる。これがエスカレートして日中間にただならぬ対立の空気を醸成しては、これまで地道に外交関係を育んできた関係者や日中友好に献身的に努力をしてきた人々の行為を無にしてしまうのではないかと心配である。

2012年4月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1800.2012年4月17日(火) 原発再稼動に腰が定まらない野田政権

 このところ福井県の大飯原発の再稼動について考えが揉めている。安全と公表した政府に対して、周辺自治体、特に京都府、滋賀県、そして大阪市が安全対策は拙速で不十分と主張し、更なる万全なる安全対策を行うよう求めている。地元の福井県は県の専門家の意見を聞いたうえで回答すると表明、原発所在地のおおい町は本音では原発再稼動を願いながら、自らの考えを言い出すことを差し控えている。これだけ反対派の意見が強くなってきたら、ひっそりと声を潜めているより手がないとも言える。

 問題は政府と民主党執行部の夢遊病者のような言動である。「原発ありき」を腹に収めて行動しているから、強い反対派に会うと一瞬折れたような印象の返事をする。どうも考えがふらふらしている。それがまたぶれているようなイメージを増幅させてどうも腰が定まらない。特に監督官庁である経済産業省の枝野幸男大臣に至っては、大飯原発を訪れたり、西川一誠・福井県知事を訪れたりと、安全であるので再稼動に同意して欲しいとしきりに訴えているが、すっきりと色よい返事がもらえない。

 その枝野大臣の発言が物議を醸している。当初は再稼動に慎重だった大臣はいつ再稼動に積極的になったのか。

 1月には、「再稼動を急ぐ気持ちはまったくない」「原発がまったく稼動しない状況でも、昨夏のように産業へ影響を与えない範囲で乗り切る可能性はある」と再稼動に慎重な意見を述べていた。4月に入っても2日の参議院予算委員会では「現時点では再稼動に反対」と応えていた。それが急転直下翌3日には君子豹変したのである。前日の発言に対して、積極的な反対ではないのかと問われ、「違う」と応えた。つまり、積極的には反対しない、言い換えれば賛成と取れないこともない。どうもこの一両日の間に心境の変化があって微妙にぶれ出したようだ。それが13日には「原発への依存度を最大限ゼロの目標に引き下げるのは政府の明確な方針だ」とまたまた慎重論へ戻る。そして翌14日に西川一誠・福井県知事との会談では、「日本経済の現実を考えると原発を今後とも引き続き重要な電源として活用することが重要だ」と再び再稼動へ積極的な考えに変化する。あまりの起伏の激しさに国民はとてもついていけない。

 そして、問題発言が出た。5月5日に全国の原発54基中唯一稼動している北海道・泊原発が定期検査のため稼動を停止する。それを承知のうえで、枝野大臣は「原発が5月6日から一瞬ゼロになる」と軽はずみな発言をしてしまった。全原発停止は42年ぶりである。この「一瞬」の言葉の裏に、すぐ大飯原発が稼動することを想像したのではないかと思われている。

 そこへ昨16日になって民主党仙谷由人・政調会長代理が「原発を一切動かさないということであれば、日本は真っ暗闇になる。ある意味日本が集団自殺をするようなものになる」とも、「日本の経済、社会が電力なしでは生活できないことは、昨年の計画停電騒で明らかだ」とも述べ、「原発ありき」を暗示するような発言をしてしまった。この仙谷発言もデータ・ソースは再稼動に熱心な電力会社であり、一般の理解とはまったく相容れない。苦しいことは事実であるが、贅沢さえしなければ、昨夏だって何とか切り抜けられたのではなかったか。

 民主党内幹部の間でも若干考え方のニュアンスは異なるが、再稼動容認はもう決まっているようだ。フリをするだけのこんな言葉遊びはもういい加減にしてもらいたい。

 野田首相の言う「脱原発依存」どころか、民主党内では意見は分かれ、揺れ動き、ぶれてどういう結論を出すべきか、まったく分からなくなっているのではないだろうか。これだから、橋下徹・大阪市長に「民主党には統治するのは無理」と言われてしまうのだ。

 朝日朝刊にコメントが載っていた。「政権の芯のなさが枝野氏の揺れを生み、国民を戸惑わせてもいる」。その通りである。

2012年4月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1799.2012年4月16日(月) 亡父が出征した北朝鮮は今どうなっているのだろう?

 昨日北朝鮮の首都・ピョンヤンでは金日成主席の生誕100年を祝う閲兵式が行われ、朝鮮民主主義人民共和国、朝鮮労働党、朝鮮人民軍の最高位に就任したばかりの金正恩第一書記が生の声で演説した。

 意外に通る声で20分ほど話したようだが、最初から最後まで誰が書いたか分からない原稿をただ読んでいただけだった。これで国民は金正恩のカリスマ性を崇め奉り、拍手喝采するのである。こうして国は内部から劣化し、国民は益々極貧状態に追い込まれていく。誰が黒幕なのか分からない形にして、国民は完全に掌に乗せられてリモートコントロールによって動かされているような気がした。北朝鮮としては、国民の国家に対する忠誠を集めるためにカリスマを作る必要があり、そのカリスマ人物として金正恩が祭り上げられただけに過ぎない。ミサイル発射に対して、重大な国連決議違反として国連は議長名による非難声明を採択した。そういう諸外国の非難にも関わらず、早くから北朝鮮の次なる出方は核実験と噂されている。

 昭和19年1月亡父は応召され、勝田(茨城県)で予備訓練の後、北朝鮮のピョンヤン(当時平壌)へ出征した。幸い長く留まることはなく、思いやりのあった軍医の計らいで平壌陸軍第一病院へ入院させられ、内地へ送還となったお陰で部隊の南方派遣から免れ、命拾いしたと父から度々聞かされた。父のエッセイにもそう書いてある。エッセイには傷病兵姿の父の写真が載っている。そんな父がエッセイの中に家族を偲ぶ思い出として、下関へ向かう列車が芦屋駅周辺を通過した時、その当時芦屋に住んでいた我々家族を思いながら朝鮮へ行ったと記している。やはり辛かったのだろう。その一年前に兄と私を大東亜戦争展開催中の阪神パーク動物園へ連れて行ったことを懐かしそうに綴っている。私もその当時5歳だったから、連れて行ってもらったことだけははっきり憶えている。

 そんなピョンヤン(平壌)の現況を今父が生きていれば、どう思うだろうか。首都の中心部だけは立派なビルが建ち並び、馬鹿でかい二人の大物の銅像が建ち、広い人民広場には着飾った市民が歩いている。その裏で貧困に喘ぐ庶民がいる。アメリカ政府は2月に条件付きで北朝鮮に食糧支援を約束していたが、北朝鮮が約束を破ったため今日正式に断った。これで国民は益々貧しくなる。今後も当分の間この北朝鮮の強がりは続くだろう。まったくおかしな国である。

2012年4月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1798.2012年4月15日(日) 校歌の歌詞は時代とともに変わる?

 今朝のNHKテレビで興味深いニュースを耳にした。熊本県立熊本第一高校の校歌歌詞を変更する、しないで揉めているらしい。熊本県の公立高校としては、何といっても済々黌高校が有名だが、熊本高校もよく知られている。話題の高校は、熊本第一高校と呼ばれ、戦後は男女共学校となったが元熊本女子師範学校だった前歴もあり、女子校の伝統を受け継いできたらしい。そのため、最近34年間は男子生徒が一人もいなかった。それが今年4月に男子生徒が一挙に70名も入学してきて、これまで問題にもならなかった些細な?校歌の歌詞が波紋を呼んでいる。

 歌詞の一部に乙女ならではの「純潔」とか、「清き操」という言葉が歌われていることが槍玉に挙がっているらしい。男子生徒が在籍しない時は問題にもならなかったが、久しぶりに男子生徒が入学した機に乗じて年配の男子卒業生が騒ぎ立てているようである。確かに言葉は異なものに映るが、これを変えることには女子生徒から反対がある。作詞は勝承夫、作曲は名曲「平城山」を作曲した平井康三郎である。女子卒業生が入学した時この校歌を聞いて素晴らしいと思ったと思いのたけを述べていたので、きっと素晴らしい校歌なのだろう。だが、この判断は難しいと思う。

 ニュースの結びでNHKアナが新しい4番か、5番を作ってみてはどうでしょうかと提言していたが、妥協案として耳を傾ける必要があるのではないだろうか。

 校歌の歌詞については、母校湘南高校の歌詞にも気になる箇所がある。しかし、この校歌は最初から最後まで歌詞、メロディーはともに素晴らしいし、私自身気に入っている。北原白秋作詞、山田耕筰作曲の名曲で、福岡県柳川市内にある北原白秋記念館内のショーケースにも歌詞と譜面が収められている。その歌詞3番の真ん中辺りに、♪~剛健 ここに勢ふ 我等 胆大に 意図は壮なり 『立身報国』 期せよ 友よ~♪というくだりがある。この民主主義の時代に立身報国を目指すのかと入学式で最初に聴いた時、エッ?と些か面食らった。いかにも戦前の軍国時代のイメージが強くて白秋先生には申し訳ないが、やや違和感を憶えた。周囲の友人に聞いてみても格別気にしている様子は見えない。実際その該当部分を現代風に変えるのが良いのかどうか判断が難しいところだが、私にはどうしても引っかかる。

 ことほど左様に時代が変われば、歌詞もそぐわなくなるのもある面で致し方ないのかなと思う。

2012年4月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com