2031.2012年12月4日(火) 社会資本基盤のインフラ整備は大丈夫だろうか。

 一昨日中央自動車道の笹子トンネル内で、天井が落下して通行中の車の中で9人が亡くなるという悲惨な事故が発生した。過去にこのトンネルを何度か車とバスで通ったことはあるが、どうしてこれだけ大きな事故になったのか分らない。専門家はトンネル完成後すでに30年以上を経過しているので、材質の劣化による一般的な老朽化が原因と見ている。トンネル内には厚いコンクリートの天井が上から吊るされ、その上には通気用と排気用に分けられたスペースがあるたようだが、素人考えからすれば、その天井にどうして軽量のアルミのような素材ではなく、重いコンクリートを使用したのかどうしても理解できない。理由はあろうが、仮にアルミなら死者が出るような大惨事になることもなかったのではないだろうか。

 今朝の朝日「天声人語」にこういう話が紹介されている。「アルプス最高峰、モンブランのトンネルを車で走ったことがある。約4千円の通行料より時速50~70㌔、車間150㍍という厳格な規制にたまげたものだ。1999年の火災事故(死者39人)の教訓と聞いた」。

 実際2003年6月に私自身添乗員としてバスでヴェネチアからイタリアのアオスタを経てこのモンブラン・トンネル(11.6㎞)を通りフランス領シャモニーへ抜けたことがある。この時われわれのバスは長距離を走ってきたせいだろうか、やや車体が熱くなっていた。そのため入り口前の車体検査所?で引っかかり、外で冷却時間を取らされた。しばらく後にもう一度検査を受けたところ規定内の車体温度に冷却化したということで通行することを許された経験がある。これも事故の教訓に基づく安全対策のひとつであった。

 これも「天声人語」が指摘しているように、大惨事が起きたからこそ安全基準が見直し厳格化されたのである。笹子トンネル事故もこれから検証が行われ、反省点が出されて新しい安全基準が示されるだろうが、首都高速道路の橋脚などの老朽化も懸念されて久しい。だが、未だに手がつけられない有様である。今改めてトンネル内の安全基準について、問題が提起されたが、同じような構造で、しかも竣工後30年以上を経過したトンネルは国内にかなりの数に上がるようだ。国の予算が逼迫している最中に、一斉にトンネル安全工事を行うにしても予算が足りないのではないか。

 こんな時今日公示された衆議院総選挙の選挙公約の中で、自民党は国土強靭化基本法として事前防災・減殺対策を推進するとした。金額こそ明確に提示されなかったが、本音は以前から度々俎上に上がっている10年間で200兆円である。これに呼応して自民党が勝利したら与党となる公明党がやはり日本復興を旗印に、10年間で100兆円の予算を提示している。

 自然災害国日本では、やはり常に社会基盤のインフラ整備に気を配って先手を打たないと、実際に天災が降りかかってきた時には何ら成す術がないということになる。だが、1年間で10兆円とも20兆円とも言われる巨額の金額を、土木投資に注ぎ込んで、厳しい財政事情の中でその他の重要な予算に支障を来たさないだろうか、選挙後の対応になるが些か気がかりである。

2012年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2030.2012年12月3日(月) 「日本未来の党」嘉田代表の軽薄な朝令朝改発言

 一昨日当ブログで槍玉に挙げた「日本未来の党」の嘉田由紀子代表は、1日午前テレビでの自らの発言をその日の午後あっという間に撤回した。というより誤解を与えたならお詫びすると恥ずかし気もなく述べ、改めて原発再稼動については容認しないとした。また、「日本未来の党」は、10年以内に全原発の廃炉を決める工程表を盛り込んだ「卒原発カリキュラム」の骨子を発表した。

 国政選挙に当って公約とも言うべき重要な課題をいとも簡単に短時間の間に2度までも変更する浅慮が許されるのだろうか。嘉田代表は国民に対して恥ずかしいと思わないのだろうか。また、この心境変化について本人からは変更の理由について一言も釈明なり、説明がなされない。ただ誤解を与えたので、お侘びするだけである。この人は一体何を考えているのだろうか。国民の気持ちをまったく配慮しない醜い政治家である。こんなに国民を馬鹿にした行為はあまり聞いたことがない。

 それにしても党の大看板を一転二転させて国民を惑わせるが如き嘉田代表の軽率な発言は、政党のトップとしてはあまりにも無軌道、無節操ではないだろうか。他にもスローガンが決めきれないようだ。いかに急いで立ち上げた党であるにせよ、あまりにも拙速でとても信頼することはできない。

 元の鞘に納まったとは言え、「日本未来の党」が露呈したほやほや新党の慌てぶりと好い加減さは、国民の審判を仰ぐには些かお粗末としか言いようがない。それより嘉田代表が間違い発言をした後のメディアの対応はもっと感度と反応が鈍かった。ほとんど厳しく追求しないうちに、嘉田代表本人の方からさっさとお詫び発言でチョンボを認め、一件落着とされてしまうほどののんびりぶりである。メディアの情報管理の杜撰さも問われるところである。

 国内が総選挙でばたばたしている間に、海外でも大きなでき事があった。パレスチナ自治区の内戦状態は幸い停戦となったが、同時に11月30日、そのパレスチナ自治区が従来の「オブザーバー機構」という立場から「オブザーバー国家」へ格上げが国連総会で承認され、今後国連総会において投票権こそないが、意見を述べることができるようになった。アメリカやイスラエルら9カ国が反対する一方で、約7割の加盟国が賛成した。日本も珍しくアメリカに同調せず、賛成へ回った。国際的な空気は、パレスチナを国際社会で認知しようという空気が年々高まっていた。現在「パレスチナ国家」はヨルダン川以西とガザ地区に分離されているが、その人口は440万人を数える大きな国家である。もっと小さな国家は世界中にまだいくらもある。これを敵対関係にあるからと言ってひとつの国家であることを認めないということは、不自然でさえある。どういう事情があるにせよ、不自然な状態のまま放置することは、平等、公平とか、平和に対する理解などを考えると止めるべきであろう。現在非加盟国としてはバチカン市民国があるが、パレスチナとは大いに事情は異なると思う。

 そして、つい最近の爆弾発表は北朝鮮が人工衛星打ち上げを予告したことである。北朝鮮は今年4月にミサイル打ち上げを失敗したばかりである。直ちにアメリカ政府は発射計画の撤回を求める声明を発表し、日本政府は日朝局長級会談の無期延期を発表した。韓国大統領選が行われる10日~22日の間に、人工衛星か弾道ミサイルを発射しようという裏には、北朝鮮らしい政治的アピールが隠されているのだろう。

 当るも八卦当らぬも八卦だが、これまでに現代のグレゴリオ暦と1日に17秒程度しか誤差がないくらい、正確無比な暦で知られるマヤ暦では、人類の滅亡を示唆、予言しているが、それが今年12月21日とされている。すっぽり北朝鮮の予告の日時と重なっているのが、まさかとは思うがどうもひっかかる。

 さて、まだどうなるか分らないが、今日出版ニュース社清田社長から、ニェゴシュ訳書「山の花環」の文庫本化について岩波担当者に話をする機会ができたと連絡をいただいた。その情報を早速山崎洋さんに伝えたが、実現されるならこんなにハッピーなことはない。夜になって清田社長から明日山崎さんと二人で岩波書店の担当者を訪れお願いすることになったと連絡をいただいた。私としてはこれ以上手を尽くせないので、幸運を祈るしかないが、セルビアの叙情詩人ニェゴシュ作、山崎洋訳「山の花環」(岩波書店発行)を手にすることを願うばかりである。

2012年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2029.2012年12月2日(日) クラシック・コンサートと早明ラグビー

 年2回の上野浅草フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に、飯田ゼミの仲間とご夫人方、ゲストとして一時帰国中の山崎洋さんとともに会場の浅草公会堂へ足を運んだ。ゼミの赤松晋さんがチェリストとして参加してからゼミ仲間が応援団としていつも駆けつけるようになった。定期演奏会も今度で通算53回目というからアマチュアとは言え、伝統として立派なものだと思う。われわれ飯田ゼミ会員としてもこの10月に飯田会が解散して一つの拠り所が無くなってしまったが、この演奏会がゼミの求心力として今ではかけがえのないものになったような気がする。赤松さんにとっては、演奏会が終了しても直ぐ次回の演奏準備があるので、心の負担になるだろうが、何とか老境に入ったゼミ仲間のために頑張って欲しいというのがわれわれの勝手な願望である。

 演奏会で演奏される曲目はいつもあまり有名な曲ではなく、今日もベートーヴェンの交響曲第2番と、ブルックナーの交響曲第7番だった。いずれも私にとっては初めて聴く作品だ。演奏曲の合間に普通の演奏会では滅多にないことであるが、指揮者の河地良智氏が難しいブルックナーの曲について簡潔で分りやすい解説をしてくれたのが良かった。

 楽しいのはその後の食事会で、最近定番になった近くの「アリゾナ」でステーキを楽しんだ。生前永井荷風がお気に入りだったお店である。

 この席上私が山崎さんの略歴と活動歴を参加者に簡単に紹介して、その後山崎さんが自分の生い立ちやご両親の話、お墓の話などを率直に話してくれた。お父上、ブランコ・ド・ブーケリッチ氏がゾルゲ事件に連座して網走刑務所で獄死された苦い思い出であったろうが、淡々として話してくれた。参加者がみんな好意的に山崎さんを遇してくれたので、彼にとっても慶應の学生時代を思い出させる心豊かな交流ではなかったかと勝手に推察している。その点では時折しか日本に帰って来られない山崎さんにとって、母校との思い出をつなぐことができる数少ないチャンスでもあったと思う。

 次回の来年6月の次回定期演奏会ではチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」だそうで、次回の集まりも再生飯田会として考え楽しみにしている。

 さて、毎年12月第1日曜日は早明ラグビー定期戦が行われる。今日はコンサートに出かけたので、試合は録画しておき帰ってからゆっくり観戦した。関東大学対抗戦はすでに帝京大の3連覇が決まっていたが、昨日その優勝校・帝京大が筑波大に破れ、同じ6勝1敗となって筑波大も同率優勝の栄誉に輝くことになった。ところが、明治大が筑波大に勝っていたために明大にも優勝の可能性が転がり込んで来た。仮に明大が早稲田に勝つとやはり6勝1敗となって3校同率優勝という対抗戦史上初めてのケースになる。そこで早明戦を注目して観た。明治が先行し前半リードしたが、後半逆転され、ノーサイド直前ぎりぎりになって明治が執念の逆転トライを挙げ、33-32の僅か1点差で3校優勝の一角を占めた。この逆転トライは私にはスローフォワードのように見えたが、テレビカメラの角度のせいでそう見えたのかも知れないので何とも言えない。それより早稲田にとっては、その前に明治に取られた認定トライが痛かったのではないか。

 この結果敗れた早稲田は優勝校3校に次いで第4位、残念ながら母校・慶應義塾は第5位となってしまった。

 かつては国立競技場を満員にした早明ラグビーだったが、近年は6~7割の入りとなってしまって、少々寂しい気がしていた。しかし、今日のゲームは優勝がかかっていたせいもあり熱い戦いとなった。録画観戦ではあったが、伝統の一戦らしく中々の好ゲームに久々に大学ラグビーを満喫した。

2012年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2028.2012年12月1日(土) 大ウソツキの新党代表者・嘉田由紀子知事

 毎年1度だけ講義を引き受けている東京交通短期大学の「特別教養講座」で、今日「海外ひとり旅のすすめ」と題してパワーポイントを使用しながら、1時間40分間学生相手に私のひとり旅体験をベースにした講義を行った。臨場感、現場に行かないジャーナリスト、大事件の予知、現場体験で培われる勘、読書のすすめ、手紙と日記を書く習慣をつけること、等々について持論を話した。

 担当の桑原賢二助教がかつて私の下で働いていてくれた関係もあり、遠慮なくスムーズに打ち合わせすることができるので助かる。松岡弘樹副学長も交えて就職問題を話し合ったが、同短大では学生が交通関係企業への就職に拘る傾向があるので、採用数も減りつつある鉄道会社などの事情を考えると、全般的に就職が年々厳しくなってきたと実態を話していただいた。

 そういう厳しい就職環境の中にある学生を対象に、思い切って海外へ武者修行してみろと薦めてもどれほどの効果があるかは分からないが、例え少なくとも若いうちにどんどん海外へ出かけ、外国人の考えを直に知ることは将来的にも決して無駄ではない。若者には少しでもそういう事情を分ってくれて海外へ出かけ、多くのことを掴み取って欲しい。

 さて、昨日は外出していたので残念ながら総選挙を前に、開かれた11党による党首討論会をテレビで観ることはできなかった。雨後の筍のように乱立した政党が、既成政党に対してどれだけ自らの公約を主張して独自性を訴えることができるか関心を持っていたが、朝令暮改のように主張がころころ変わるので些か戸惑いを覚えるほどである。

 今日一番がっかりしたのは、発足したばかりの「日本未来の党」の嘉田由紀子代表の発言である。これまで嘉田代表は脱原発という以上に卒原発を主張していた。当初は原発再稼動を認めない立場から協調していたと思っていたところ、その後「日本維新の会」の橋下副代表と袂を分ったのはそもそも脱原発に対する考え方に大きな違いを感じたからである。嘉田代表は断固原発再稼動に断固反対の立場にいると思っていた。事実昨日の党首討論では、「大地を汚し、ふるさとを奪う原発から卒業する。10年後までの卒業を目指す」とまで述べていた。しかも「日本未来の党」副代表は原発再稼動に終始反対してきた、環境エネルギー政策研究所所長である飯田哲也氏である。

 しかるに今日午前テレビの嘉田代表の発言は、「原子力規制委員会が安全性を担保し、必要という判断を政府がした場合には再稼動になる」とこれまでの主張を180度ひっくり返してしまったのである。はっきり言って、今日嘉田代表は国民に対して大きな嘘をついたことになる。よくもまあこんな嘘をテレビで国民に向かって平気で言えるものである。これまで学者らしく誠実に知事職をこなしてきたと考えていたが、いざとなればこんな裏切り行為を堂々と行う人間なのだということを世間に暴露した。

 これほど1日で国民を騙した人はあまりいないのではないだろうか。大人しく、実直そうな雰囲気を漂わせていながら、やることはヤクザも顔負けではないか。「日本未来の党」なんてとても信用できない。

2012年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2027.2012年11月30日(金) 山崎洋さんの講演を聞く。

 日本セルビア交流130周年記念行事「日本とセルビアの交流についての講演会」が、日本セルビア協会主催・在日セルビア共和国大使館後援により学習院女子大で開催された。ゲスト・スピーカーは山崎洋さんだ。先週渋谷で会った時、ぜひ出席するよう依頼されたので、ゼミの仲間3人と高田馬場駅で待ち合わせ、初めて学習院女子大へ向かった。暗くなったので、キャンパスの情景はよく分からなかったが、それでも女子大としては中々良い環境で、建物も新しい。

 山崎さんに先立ち日本セルビア協会会長で三井物産戦略研究所特別顧問の都甲岳洋・元ロシア大使が15分間前座講演を行った。都甲氏は元外交官らしく日本とセルビアの公式外交関係について歴史を遡って話された。1882年3月10日ミラン一世オブレノヴィッチ王が明治天皇に書簡を出し、明治天皇から返書が届いたことで国交が始まった。あまり知られていないが、2007年今上天皇誕生日を祝して、セルビアで「初日」と題された記念切手と封筒が発売されたことについても話された。

 山崎さんの講演テーマは「私の日本・セルビア文化交流史」で、大学卒業後渡った旧ユーゴにおける翻訳家人生と父・ブーケリッチ氏のポリティカ紙への送稿文をユーモアたっぷりに解説してくれた。特に、翻訳家として先輩の故田中一生氏について述べたことが印象的だった。山崎さんは田中氏との共訳著書が多い。田中氏の人間性、能力、心構えなどに惹きつけられたと敬愛の念を込めて語っていた。今岩波文庫で発行するべく話を進めているセルビアの抒情詩人ニェゴシュの著書「山の花環」について、生前田中氏に文庫本として上梓すると約束したと話していたが、山崎さんが岩波文庫本に拘っていた気持ちが何となく分ったような気がした。

 9日に西国分寺でコンサートを開くセルビア在住のヴァイオリニスト豊嶋めぐみさんも会場へ来られて、山崎さんから紹介された。

2012年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2026.2012年11月29日(木) 徐々に高まってきた選挙ムード

 一昨日新党「日本未来の党」が結成されたが、これは「卒原発」とか「脱原発」とか、要するに原発稼動をやめるということを「錦の御旗」に、この指止まれとばかりに第三極を結集しようとのひとつのプロパガンダ的動きである。そこへ最近存在感が薄くなっていた「国民の生活が第一」が積極的に合流し、他にも「脱原発」の一点で合流を模索している集団がある。

 来月4日の総選挙告示を控えて慌しい動きであるが、あまりにも短兵急にことを進めている様子から察するに、「日本未来の党」嘉田代表も表向きは、「国民の生活が第一」の小沢一郎代表を役職に就けないと語っているが、果たしてどうだろうか。党内で圧倒的な勢力を占め、百戦錬磨で選挙上手の小沢氏をないがしろにする形で総選挙も党内結束も順調に行くのだろうか。現時点ではともかく、総選挙後に波風を立てずにうまく話し合って行けるのだろうか。今のところ小沢氏は沈黙を守っているが、小沢氏周辺はいずれ出番が来るだろうから、それまで出過ぎた行動を差し控えていようとの自制があるのではないかと勘ぐらざるを得ないところだ。これから他のグループの合流も考えると、あと半月の間に合従連合、付和雷同などが激しくなり、今までとは少し違った選挙戦になるような気がしている。

 それにしてもひとつ気になっていることがある。今度の嘉田滋賀県知事ばかりでなく、橋下大阪市長、松井大阪府知事など、都知事を辞めた石原氏は別にして現職の地方自治体の長が、総選挙の台風の目になっているが、全国に遊説に走って本職の首長の業務は大丈夫なのか気になるところである。

 今朝の日経紙の世論調査によると、支持政党ではトップは自民党23%、次いで「日本維新の会」15%、民主党は三番人気で13%だそうだ。まだできたばかりで不安定な「日本未来の党」は、旧世帯の集団を集めると5%ほどになり、公明党とみんなの党のそれぞれ4%を追い抜くことになり、このまま伸びれば声強き党になるのではないだろうか。それにしても、「脱原発」だけでは投票しようにも判断材料が少なすぎるのではないかと思う。

 今日総選挙と同じ投票日の東京都知事選が告示された。都知事選も多くの候補者が立ち、選挙戦がどうなるのかちょっと判断がつかない。石原前都知事の辞任があまりにも唐突だったため、候補者自身も心の準備ができていなかったようだ。こちらは国政と違って争点は新銀行東京の扱い、五輪招致、行政改革などだが、東京も予算規模としては韓国やノルウェイに匹敵する規模で、それがため両国の大統領と同じ権限を持っていると勘違いする御仁がいるようだ。

 今度の知事選では、これまでの石原前知事が80歳という高齢だったせいもあろうが、9人の候補者がややお歳を召していることが、厳しい問題を抱える都政を担っていくうえでかなり健康上の負担になるのではないかとの心配がある。3人の高齢候補、84歳の中松義郎氏を筆頭に、77歳の笹川尭氏、76歳の元ネパール大使・吉田重信氏、そして伯仲するであろう猪瀬直樹・元副知事66歳、弁護士・宇都宮健児氏66歳、松沢成文・前神奈川県知事54歳の有力3候補と、3人の泡沫候補、81歳、64歳と46歳で、平均何と68.2歳である。在職中に70歳を超える。激職の割りには、少々年老いていないだろうか。

 ちょうどこのブログを書いていた夜9時少し前、総選挙に関して投票行動のアンケート調査に協力を求める電話があった。地元選挙区の候補者名、比例代表区の党名、投票に行くか行かないか、年齢・性別などについて録音による無機質な協力要請だった。まだ考えがまとまっていない中で多少中途半端に応えてしまったかも知れない。

 これから選挙ムードが高まってくるにつれて世間も騒然としてくるだろう。しかし、これは一国民として受け止め、応えなければならないことだと思う。

2012年11月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2025.2012年11月28日(水) 永山事件に隠された複雑な事情

 今日駒沢大で今年度最終回の講義に出席した。いつも清田義昭講師が精選される社会的問題作品のビデオを鑑賞するが、今日鑑賞したのはNHK教育テレビの「永山則夫100時間の告白」で、副題として「封印された精神鑑定の真実」が付されていた。1時間半もので、80分の授業では時間不足なので、いつもより早めにスタートさせたいとの清田講師の考えもあり、普段より早く出かけた。

 永山則夫とは昭和43年に世間を恐怖に陥れたあの連続殺人犯である。何の縁もない4人の市民を殺害した少年死刑囚として世間を騒がせた、連続殺人事件犯人・永山則夫の精神鑑定書を書いた石川義博・精神科医師が、犯人とのけれんみのない会話を録音した49巻・100時間の記録のダイジェストである。今まで寡聞にして知らなかった内容だった。石川医師が犯人永山に面会して長きに亘って録音すると同時に、永山の母親からも話を聞いて複雑で壊れた家庭環境、肉親の愛情に恵まれなかった少年時代を描くことによって、犯罪に走った永山の暴走ぶりを許容せざるを得ない気持ちにさせる作品である。

 問題となったのは、ひとつに裁判で精神鑑定書が採用されず、また最後には同鑑定書に石川医師が指摘した永山の大人として成熟していない点を永山自身が他人事のように述べたことである。また、医師が正常な家庭環境ならこのような事態にならなかったと指摘したことに対して、検事が家庭がダメでもまともに成長した人間はいくらでもいると論告の中で述べたが、永山の場合、両親が不仲で、幼少時に面倒をみてくれた長姉は精神病院へ入退院を繰り返して若くして亡くなったり、高校生の時女性を孕ませた早熟な長兄、次兄とも警察のお世話になって若くして世を去っている家庭環境からすれば、医師の指摘は至極的を射ている。その裁判の結果を左右する場で重要資料の精神鑑定書が採用されなかったことが、後々まで司法の在り方に問題を残したのではないか。

 4人を殺害したとは言え、当時永山はまだ少年だった。その点で罪が軽減されることはないが、1審で死刑判決を受け、2審で無期、最高裁で再び死刑となった難しい裁判だっただけに、重要な要素を含んだ石川医師の精神鑑定書が採用されなかったことはやや疑問を残したと思う。

 救いは、永山が死刑を望んでいたかのような死生観から、一旦は永山に裏切られたと感じた石川医師が、実は永山が医師の指摘を充分理解していたことを永山の鑑定書に書き込まれたメモから汲み取って石川医師も納得したことであり、永山の最後の写真が意外に安らかで良い笑顔だったことである。

 いずれにせよ昭和43年永山が犯した連続殺人事件は、その当時世間に強い衝撃を与えた。今もって司法の場で反省を含めて多くの問題を提起しているのは、いかにも特異な事件であり、特異な犯人によって引き起こされたからだということをつくづく感じさせられる。

2012年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2024.2012年 11月27日(火) 終戦翌日の讀賣新聞「社説」

 今年の駒沢大の公開講座も今週が最後だが、今日は2つの講座を合体してそれぞれ担当の菱山郁朗講師と片山正彦講師が代わる代わる交替して講師を務め、現在日本が抱える大きな問題として挙げられている、憲法改正、原発、中国問題などについて受講者の意見や考えを聞きながら授業を進めるスタイルを採った。僭越ではあったが、私も60年安保闘争に参加した忸怩たる経験から感じ取った考えとして、現行憲法に対する一般的な理解の現状と、憲法と安保条約の関係などを話し、改憲に反対する持論を述べさせてもらった。

 冒頭菱山郁朗講師が資料を配布してくれた。終戦翌日・8月16日付「讀賣報知新聞」だった。当時の新聞は裏表の1枚紙だったと思うが、その一面に「鈴木内閣総辞職」「阿南陸相自刃」「休戦協定連合軍代表マッカーサー指名」等々の鮮烈な歴史的トピックスが掲載されている。更に社説には「気力を新たにせよ」と題した一文が載っている。当時の讀賣新聞論説委員で、何と菱山講師のご尊父が書かれたものである。以前話には伺っていたが、このような玉稿を手にして興奮すら覚えた。菱山講師もこのような名文を書かれた父上を尊敬されていると話されていたが、最も心を打たれたのは、敗戦が決まってからほとんど時間的余裕がない中で、翌日の朝刊に敗戦の現実と今後の日本の歩むべき道筋、そして日本人が再起するために、政治の安定と若返りについて書き、提言していることである。

 予想もしなかった現実に、慟哭し悲憤痛憤した中で狂騒にかられることなく、何を置いても堪忍が大切だと切々と訴えている。筆者の心中を思うと切ないものがある。

 終戦でしゅんとなった当時の日本国民の惨めな気持ちを思い、日本の再生を誓った国民心情を考え、改めてこの新聞に目を通すと今の日本人は当時の人々の気持ちを忘れてしまったような印象を受ける。その意味では、このような当時の新聞記事を精読することによって歴史を学び、未来観を育み、しっかりした日本観と自己思想を構築することができるのではないかと考えた。学生たちに対しても昔の新聞を何度も読み返して、当時の人々の心情を斟酌するような研修の仕方を考えてみてはどうだろうか。

 さて、今日の授業の中でさわりとして述べておられた政界第三極の一分が、また大きく動き出した。嘉田由紀子・滋賀県知事が「日本未来の党」を立ち上げると発表した。第三極の中でも「日本維新の会」と脱原発構想で相容れなかったために、「脱原発」を旗印に新たな仕掛けを行ったのである。夜になって早速小沢一郎氏が代表を務める「国民の生活が第一」が合流を決断した。更に毀誉褒貶の激しい「脱減税党」も合流を視野に入れているようだ。まだまだ一波乱も二波乱もありそうで、当分目が離せそうにない。

2012年11月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2023.2012年11月26日(月) 「ぺンの日」にドナルド・キーンさんの楽しいお話

 今日は「ペンの日」である。昭和10年の今日日本ペンクラブが発足した。朝からの雨模様が午後に入って段々激しくなり、夕方「ペンの日」懇親会場の東京会館へ出かける頃には、本降りとなってきた。キャンセルする人も出るのではないかと心配していたが、幸いにも500人近い会員、同伴者が出席していたのではないかと思う。いつもの会場より広い9階の大宴会場に多くの人が集まった。顔見知りの人も多い。開会前に小中陽太郎さんから先日送っていただいたご著書「翔べよ源内」が、面白かったと感想をお話したところ、得たりと「面白いでしょう」と自信たっぷりの様子だった。手応えを感じておられるのではないだろうか。源内に肖って数日前にも長崎に行かれたという。

 序に現在取りかかったばかりのドキュメント「トラック島の日系大酋長の大和魂」について、私自身の第一人称で書くべきか、大酋長を主人公に仕立てて私を別名で第三人称スタイルで書くべきか、悩みをお話しして結局後者で書いてみようということに落ち着いた。

 さて、「ペンの日」懇親会は、会場の照明を消した中で、松尾けいさんと仰る女性篠笛奏者が平安衣装を装いながら篠笛を奏でて古式ゆかしく登場された。その後浅田次郎会長の挨拶に続いて、ゲスト・スピーカーには日本国籍を獲得した日本文学者ドナルド・キーンさんが15分間壇上で椅子に座りながら話された。

 今年90歳になられるキーンさんは、日本文学との関わりを自身の体験を含めて話された。日本文学に造詣の深いキーンさんでも初めて日本文学に接したのは、1940年18歳の時「源氏物語」に出会った時で、その後戦争となり、外国で日本文学の存在を知ったのは戦後になってからだった。その当時英訳書は火野葦平の「月と兵隊」ただ一冊だけだったそうである。

 57年前初めて日本で開かれた国際ペン大会に出席した時のエピソードもいくつか話された。9月で台風シーズンだったために、外国人の参加者の中には建物の崩壊を心配する人もいたが、キーンさんは世界で最も古い木造建築物(法隆寺)が現存するくらいだから大丈夫だと話した裏話をユーモアを交えて話された。 

 今までにも20歳代、30歳代それぞれに幸せと感じるところがあったが、90歳となり日本人になった今が一番幸せだと、元気の良いところを見せておられた。とにかく前向きな方だと感動すら憶えた。少しでも肖りたいと思う。素晴らしい話を直に聞けて短い間だったが充実した時を過ごすことができた。

2012年11月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2022.2012年11月25日(日) 第3極政党を頼りにしても良いのか。

 19日民主党を離党した山田正彦・元農水相と、国民新党を離党した亀井静香・元党代表が結成した長たらしい名前の新党「反TPP・脱原発・消費増税凍結を実現する党」が、発足僅か2日にして実態として自然消滅、そして形式的にはその翌日河村たかし名古屋市長が代表を務める「減税日本」と合併という「離れ業」をやってのけた。たった2日で作った党を簡単につぶしてしまう。あまりにも節操に欠けるのではないか。この長たらしい党名を省略した仮称「反TPP党」も「反減税党」と変えてしまった。「反TPP党」には当然ながら設立趣意書というのがあった。第三極政党のひとつとして、どんな立派なことを掲げているのか、HPから拾ってみた。

 「昨年の東日本大震災以降全ての国民が日本の狭い国土の中で果たして安全に暮らしていけるのだろうか、又この国の繁栄を守り子孫に引き継ぎ存続させていくことができるのかとの危機感を共有しました。しかるに政治は各政党間の我欲を律することができず長らく停滞し、すっかり国民の信頼を失ってしまいました。この上、国民と国土を守る政策が置き忘れられ、政治家の都合で国民不在の政治が行われることは断固として看過できません。

 我々は先ず現在の国民にとって緊急の課題である、「反TPP・脱原発・消費増税凍結」を掲げ、国民と国土を守るために決起します。

 上記の政策課題と共に下記綱領を掲げる。

  1.新自由主義からの脱却と日本の伝統文化を守り日本人の魂を喚起する。

  2.誰もが豊かで命と暮らしを守れる経済と社会構造に変革し、国土の均衡を図る。

  3.諸外国と対等な友好関係を築くことが最大の防衛であることを前提に自主外交交を展開する。

  4.沖縄が占領下の延長線上で苦しんでいることを深刻に受け止め基地の問題と向き合う。

 アメリカや中国をはじめとして世界中が経済や社会構造の転換を図る中で我が国も民族の存続を掛けた大きな転換を図らなければなりません。大きな文明の反逆を受ける現在、国民が共有している危機感をうねりとして同じ目線にたち、共に喚起し合い闘う決意で真の国民政党として新党を立ち上げます」。

 何だ? こりゃ? 思わず呆れた。上記設立趣意書には自分たちが今まで、国政の場で何もやらなかったことを自白しているようなものではないか。こんな気構えでこれからも国政を背負っていこうというのですかと問いたい。

 そしてその翌日「減税日本」と合流するや、党名略称を「反減税党」とした。こんな思いつきだけで政治活動として実際減税をやってくれるのか。上記綱領からは、今喫緊の課題である、脱原発、TPP、消費税増税問題を解決してくれる文言すら見つけられないではないか。こんな好い加減な第三極政党が雨後の筍のように乱立したところで、所詮政治ごっことしか思えない。虚しいだけである。

 それに引き換え、今晩観たBS朝日の旅の2時間番組「常盤貴子・本と旅するポルトガル」が良かった。きつい女性のイメージが強い女優・常盤貴子が可愛らしく映り、三島由紀夫と檀一雄のポルトガルに関するエッセイを読み、現地を旅しながら印象を突合せする趣向で、長時間の旅番組であるにも拘わらず終始飽きさせることがなかった。首都リスボンでローマ少年遣欧使節団やフランシスコ・ザビエルら日本とポルトガルとの関わりに触れ、その後シントラ、ポルトを訪ね、ユーラシア大陸最西端のロカ岬では檀一雄所縁のバー、旧住居、檀の石碑、旧知人を訪れ、彼らと檀の思い出話に耽る。私自身も訪れたところなので、思い起こして懐かしく感じた。

2012年11月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com