2407.2013年12月15日(日) あまり良い話がない。

 このところ内外を騒がせている事件が多い。その筆頭は北朝鮮の金正恩第一書記の後見人だった張成沢氏の処刑である。次いでマンデラ・南アフリカ元大統領の追悼式とその際手話通訳をやった人物の不自然な話題である。そして、国内では猪瀬直樹・東京都知事の医療法人・徳州会から5千万円を借りたとされる公選法に触れる疑いの事象である。

 まだ他にもいろいろあるが、南アフリカの手話通訳の話は想像もできないお粗末極まるものである。世界中からあれだけ注目された大物の追悼式で参列者も世界の超一流人物が挙って出席した中でなされた通訳がまるで能力不足で偽者だったという、お粗末さには呆れるばかりである。世界最高水準を求められるような場で、まったく用を成さなかったといわれる偽通訳を雇った南アフリカは、世界に恥を晒したことになる。その人物は能力がなくズマ現大統領の親戚筋の男性だと言われている。これでは南アフリカは、残念ながら未成熟で賄賂の国家だと見做されてしまう。アパルトヘイト賛成者にとっては思う壺ではないか。

 折角マンデラ氏が忍従の中で目的と方向性を定め、国がそれへ向かっている最中にその主導者だったマンデラ氏の追悼式にかくも未熟な式典を行うとは、マンデラ氏も泉下でさぞや落胆しているのではないだろうか。

 国内で問題の猪瀬知事の金銭やり取り事件は低次元のレベルの話で、かつては威勢の良かった知事の発言がまったく様変わりで、ぼそぼそ話す自信なさそうな態度が別人のようである。

 まるで辻褄が合わない。連日物足りない説明を聞かされている様子を見ていると、最早知事の職を全うするのは、難しいと見ている。猪瀬知事はいつ辞めるか。それだけが関心事である。

 さて、夕方になって日本大使館員が襲われたニュースが入ってきた。イェメンの首都サヌアで起きた事件であるが、どうも強盗によるものらしい。刃物で刺されて車を奪われたというから、テロリストではあるまい。サヌア市街の風景を写していたので、半世紀前にアデンを訪れた時を懐かしく思い出した。市外風景はアデンと似ている。私が訪れた時は内戦が終結したばかりで、極めて治安が悪い状態だったが、妙に懐かしい気がするのは臨場感の強烈だった印象が強いせいだろうか。

2013年12月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2406.2013年12月14日(土) 県立浦和高ラグビー部、花園全国大会へ

 今日は外国の友人へ当ててクリスマスカードを書いたところだ。カードは昨日伊東屋で購入した。年々洒落たものが増えてきたが、値段は上がる一方である。ブラジル、セルビア、ビルマ、その他へ宛てて8枚書いた。今日ドイツの今井正純氏から最初のカードを頂いた。昨年ベルギーの安原さんが亡くなられたので、ちょっと寂しい。明日以降は年賀状を作成しないといけない。毎年600枚近く書いているが、孫たちにはそれぞれ異なるデザインで書くので、6種類ほど作成しなければならない。その点で、ちょっと時間がかかる。年末近くなると年賀状欠礼の挨拶状をいただくことが増え、やや寂しい思いをすることが多くなってきた。中には欠礼の言葉を書いていながら、年賀状を頂かないのは寂しいので、年賀状を頂くことに遠慮はしないと書いてある挨拶状もあった。

 人それぞれ千差万別である。

 さて、今日の朝日夕刊のトップ記事は、宿敵浦和高ラグビー部の花園大会出場を賞賛して「浦和高、文武両道トライ」である。副題は「54大会ぶり全国ラグビー出場」「『勉強』『部活』『行事』‘三兎を追え’体現」と紹介されている。浦和高ラグビー部が進学校であるにも拘わらず、高校ラグビー激戦区の埼玉県で近年良い成績を上げているので、注目していた。その期待に応えて全国でも私立高校全盛の中で公立校、しかも受験校と言われている浦和高が堂々代表校となったのは特筆ものである。

 先日「ペンの日例会」で浦和高OBの吉沢日本ペンクラブ事務局長にお祝いを伝えたところ喜んでおられた。代表校に決定した直後に浦和市内で号外が出たと言っていた。最近お顔を見ない轡田隆史さんは浦和高サッカー部のご出身だが、きっと喜んでおられることだろう。

 ライバル校として母校湘南とは、40年以上に亘って定期戦を行っていたが、諸般の事情もあり先年それは幕を引いた。湘南も浦和を見習ってもう少し力をつけることが求められるが、湘南は男女共学、浦和は男子校で湘南の男子生徒数が浦和の半分しかいないこと、神奈川県には慶應高校、桐陰学園など埼玉県以上に強豪校が目白押しの不利な点を考えると全国大会出場は難しいとは思う。それにしても浦和の強さは見習いたいものだ。因みに浦和高の部員数は72名と紹介されていた。ざっと湘南の2倍以上だ。湘南ラグビー部OB会としても花園の浦和高合宿所に激励の祝電を送ることにしている。

2013年12月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2405.2013年12月13日(金) 北朝鮮、№2張成沢氏を処刑

 昨晩遅くなって突然衝撃的な外電が入ってきた。暗黒の国・北朝鮮の№2で金正恩第一書記の後見人だった張成沢・国防委員会副委員長が4日前に全役職から追放されていたが、昨日特別軍事裁判にかけクーデターを計画していたとして死刑判決を下し、直ちに処刑した。あっという間のスピード粛清である。

 現代社会でこのような冷酷非道な処罰が認められていること自体異常である。北朝鮮は普通の国とは異なる異様な国ではあるが、ここまで異常な国とは空恐ろしいことだ。

 60年前スターリンを批判したソ連のマレンコフ首相が、同じように厳しい処分で役職から追放されたが、処刑されることはなかった。ただ、内部抗争の過程で政敵ベリア第一副首相がフルシチョフ第一書記との政争に敗れ、処刑されたことをぼんやり憶えている。その当時父から酷い事件だなぁと言っていたのが頭に残っている。

 その後中国の文革時代には党内の対立から毛沢東に追放され、中には殺害された大物も数多くいた。

 そして今回北朝鮮のこの粛清である。独裁者による一方的な断罪で、申し開きもできない。クーデターを画策し、国家転覆陰謀行為を行ったとして反党・反革命的と決め付けられた。

 今後金正恩体制がこの残虐な行為に対して国際社会へどう納得できる説明をするだろうか。もしこのまま金体制が突っ走ったら、ミサイルを発射したり、核実験を繰り返すことにもなるだろう。行き着く先は地獄だろうが、取り敢えずどんな火花が飛び散るか、周辺国としては気になるところである。

2013年12月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2404.2013年12月12日(木) ノン・フィクションも大詰め

 いまノン・フィクション作品の追い込みに気持ちを集中している積りだが、土壇場へ来て中々思うように行かない。新しい事実がいくつも出てくるのでそれを無理に解明しようとするから余計難しくなる。左膝の関節炎もあって医師からはウォーキングを禁じられ、外出ができない。どうもストレスが溜まりそうだ。

 新しい事実の中で、先日偶々知った母校湘南高の戦時中の制度が現在の感覚では理解しにくかった。昭和14年に旧制湘南中の内部に、私立の湘陽中という1クラスだけの学校が設立された。同じ校舎内に校長も同じ、教師も同じ、教室も同じ、授業も同じで湘南中の1学年にただ1組だけ湘陽と称する別の中学校があり、それが終戦直前の昭和20年3月に廃止されるまでの6年間営々と維持されていた。卒業生を出したのは、昭和19、20年だけだった。軍部の幹部の子息が湘南中の入学試験に失敗して強硬に入学を求めた結果、無理難題が通り別の中学として創設されたらしい。だが、この制度が何と神奈川県の県令によって創設されたというから、今日の常識ではとても考えられないほどおかしな学校制度だった。これにノン・フィクションの主人公が多少からむので、中々すっきりしなかったが、漸く割り切って書き続けている。

 その他に戦時中連合艦隊司令長官だった南雲忠一中将の子息4人が、いずれも湘南OBで長男が卒業後海兵に進み、フィリピン沖合いで戦死されたことや、4男が昭和24年野球部の甲子園初優勝時にベンチ入りできなかったが、野球部2年生部員だったことも知ることができた。当時の湘南OBの内かなりの生徒が海兵に進学していた。北原白秋作詞の校歌の一部に♪~立身報告期せよ 友よ~♪というフレーズがあり、入学当初から気にかかっていたが、これが戦時中陸士や海兵へ生徒を煽ったとは断定できないが、気にはなっていた。いずれにせよ私の嫌いなフレーズである。

 あと数日ぐらいの間にある程度仕上げたいと思っている。

2013年12月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2403.2013年12月11日(水) あまり使いたくない言葉

 最近気になる言葉がある。若い女性が平気で使う「~のやつ」という表現で、汚く下品な言葉で私の大嫌いな言葉のひとつである。元々男性言葉であまり良い意味には使われないが、それが若い綺麗な女性が使うから違和感がある。「青い板」とか、「赤い棒」のようにそのものズバリの名詞を使えば良さそうなものなのに、「青いやつ」「赤いやつ」と言うから耳障りで聞いていられなくなる。

 今日もテレビの街頭インタビューで若い新婚の外交官夫人が「あのやつ」という言い方をしていたが、折角美人でインテリなのだろうが、傲慢に見え、件の女性が下品に見えてきたからあまり得にはならないのではないかと思う。

 最近は男女間に言葉の境界が失われつつあり、男は弱々しくなり、女はガラが悪くなったような気がしている。これはテレビなんかの影響もあるだろうが、本人は自分を時代にマッチさせ時流に乗っているという勘違いしたアピールの仕方なのではないだろうか。本人たちはそれで佳しとしているかも知れないが、決して褒められた言い方ではない。聞いていてこちらが恥ずかしくなるし、軽蔑したくもなる。やはり、あまり境界線を越えない方が良いと思うが、「そんなやつ」は放っておけと言われそうだ。

 もう大分前になるが、ツアーの添乗員としてイタリアへお供した時、現地でガイドを務めてくれた中年の日本人女性のきれいな言葉遣いと物腰にお客様が感心していた。とても清々しいと言っておられたが、いまではきれいな日本語は、このように外国に行かなければ耳にすることができなくなってしまったのだろうか。

 言葉の表現の序に、黒川玲子・東京理科大学教授のエッセイを紹介したい。今夕の日経夕刊「あすへの話題」で取り上げられた英語の「L」と「R」の発音についてである。この「L」と「R」の区別は日本人には難しく耳の感覚の鋭い子どもの頃に英語圏で聞きなれないと聞き分けるのは無理と言われているが、彼女は外国人からはよく冷やかされるそうである。それに対してご自分の名前を‘Reiko’か、‘Leiko’で外国人をからかっているそうだが、この点で彼女が一番気にしているのは、PCで英語の表現をローマ字でタイプする場合のようだ。例えば、ロンドンをLONDONと打ち出すためにはロンドンをローマ字でRONDONとタイプする必要がある。確かにそう言われればそうだ。

 もうひとつ、「トラウマ」という言葉が日本語ではないと初めて知った。いまのいままで「虎」と「馬」、或いは「寅」と「午」を組み合わせた日本語だと思っていた。‘Trauma’は英和辞書を引くと「精神的外傷」と出ていた。タイミング良く、今日ロンドンでG8の認知症サミットがあった。

 少々座興が過ぎたかも・・・。

2013年12月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2402.2013年12月10日(火) マンデラ元大統領の追悼式挙行

 右手を剥離骨折してちょうど3週間が経った。全治3週間との診断だったので、今日整形外科へ行ってレントゲンを撮って診てもらったが、剥がれた骨はまだ完全には付いていない。引き続き、いままで通り添木を当ててもう1週間後に改めて診てもらうことになった。少しうんざりしてきたが、こればかりはしようがない。友人からお見舞いのメールをいただくが、ほとんどが年齢を考えて行動を注意深く、セーブするようとのありがたいご託宣である。

 さて、今日先日亡くなった南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の追悼式がヨハネスブルグで行われた。アメリカからはオバマ大統領夫妻以下、歴代大統領のブッシュ、クリントン、カーター氏らが、イギリスからはキャメロン首相、ブレア元首相、フランスからオランド大統領、サルコジ前大統領、潘基文・国連事務総長ほか世界の政界で活躍中の大物がやって来た。日本からは皇太子、福田康夫元首相が出席した。最近アフリカ諸国への経済投資が活発な中国は誰を派遣したのだろう。

 これだけ世界の要人が出席する追悼式はそうざらにはないと思う。どれだけ世界中の人々から尊敬され慕われていたかということが分る。何といっても一番尊敬できる点は、人種の対立を止め、融和を目指すことを信念として、自分自身が白人政権から投獄されていながら釈放されるや白人への復讐を禁止し、白人至上主義と黒人至上主義をなくし、相互の融和を図ったことである。その結果黒人の白人へのあからさまな攻撃はなかった。このマンデラ氏のヒューマニティはどうしたら培われるのだろうか。敬服するばかりである。

 今日はもうひとつ嬉しく思うニュースがあった。着任間もないキャロライン・ケネディ駐日米大使が長崎を訪れ、慰霊碑にお参りし、原爆資料館を見学したことである。これまで原爆投下国アメリカの駐日大使では着任後大分経ってから訪れた前任のルース大使を除いて原爆被災地を訪れた米大使は残念ながらいなかった。被災地訪問を電光石火で行ったケネディ大使は20歳の時、叔父のエドワード・ケネディ議員とともに広島も訪れている。ケネディ大使の行動には、自らの強い信念と積極性が窺えるようだ。日米2国間には問題が山積しているが、専門ではないとされる政治を学んで日米間の融和を演出していただけることを期待している。

2013年12月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2401.2013年12月9日(月) よく分らない特定秘密保護法

 昨日の朝日新聞朝刊に「特定秘密保護法(全文)」が頁いっぱいに掲載されていた。実は、先月27日付朝日朝刊にも同じように一面いっぱいに掲載されていた。それは「特定秘密保護法4党修正案(全文)」で、同じように組版されているので、どこがどう違うのかよく分らない。読み出してしばらくして難解な法律用語と文字を詰め込んだ窮屈な紙面にはお手上げである。これを果たして国民のどれだけの人が読んで理解するのだろうか。それより何より、これに賛同し支持した国会議員は本当に条文を読み、理解して国民のため、国家のために正しいと思ったのだろうか。

 どうしてこの法案をもう少し分りやすくできないのだろうか。国民に理解してもらおうとの考えがまったく窺えない。法律の中身が悪く、その内容も分り難い。これでは悪法と言わざるを得ない。

 いまミクロネシア連邦に関するノン・フィクションを書いているが、同連邦の憲法前文には次のような簡潔でほのぼのとする表現がある。

 「この島々に住むようになったわれら先祖は、先住者を押しのけてここに住んだのではない。この地以外に移ろうと望むものではない。・・・ミクロネシアの歴史は、人々が筏やカヌーで海を探索した時からはじまった。ミクロネシアの国は星をたよりに航海した時に生まれた。われらの世界はそれ自体1つの島であった」と素朴で分りやすく優しくて格調高い。特定秘密保護法も「秘密」「秘密」とばかり騒がないで、少しはこういう素朴な表現と視点を見習ってはどうか。

 さて、お隣のお騒がせ国家・北朝鮮で政変があった。数日前に韓国放送が公表していたが、今日になって朝鮮労働党が金書記の後見人である張成沢・国防委員会副委員長をすべての職務から解任し、党から除名することを決めたと朝鮮中央通信が正式に伝えた。張氏は金正恩第一書記の叔父である。それがある日突然追放されるのだから、「一寸先は闇」の怖い国である。

 とにかく生活の乱れや麻薬問題まで理由に挙げられているが、具体的な理由が知らされないまま突然失脚した。張氏が今日政治局拡大会議場から引っ立てられるように連れ出された屈辱的なシーンがあった。2人の側近はすでに処刑されたそうだ。

 それにしても思い出すのは、共産党独裁国家と言われたスターリン時代のソ連、文化革命時代の中国で反対意見の幹部を次々と粛清した恐怖政治である。今回の北朝鮮の政変により金体制の権力集中化が進むと見られているが、金第一書記が操り人形にさせられているのではないかと思っている。怖いのは今後軍部がどういう動きを見せるかである。

2013年12月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2400.2013年12月8日(日) 戦争の恐怖。初めチョロチョロ、あとパッパ

 一昨日深夜特定秘密保護法案を強行採決した自民党、公明党への批判が激しい。朝日新聞の世論調査に依れば、同法案の反対者は76%だという。国民の3/4が反対していることになる。冷静に分析して少なくとも国民の過半数は反対だと見ている。これではもう世論の支持を得られているとは思えない。それを(議員)数の力に物言わせ、拙速に自分らの考えを押し通す政権政党自民党の傲慢さに対して腹が立つが、よく考えて見れば自民党議員を当選させた我々国民にも大きな責任があると思う。

 今日テレビで識者が、なぜこれほど急いで法案の成立を図るのかとの質問に、早く法案を通さないと法案の内容が国民に理解されるようになり反対意見が多くなり、法案成立が危ぶまれるから国民がまだ気がつかない今のうちにエイコラサとやってしまおうとの考えのようだ。事実朝日の世論調査の結果も前回の反対者は50%、前々回は42%だった。どんどん反対が増えている。これだから後ろめたい政府が採決を急ぐわけである。しかし、これでは国家の国民に対するだまし討ちではないか。国民こそ良い面の皮である。これこそ一党独裁の怖いところではないか。

 今日も友人たちから政府のやり方に憤るメールをもらった。口では民主政治なんて言っていながら、天下を取った自民党には謙虚とか、遠慮とか、少数意見の尊重なんてまったく考えてもいないことは明らかである。

 さて、今日は太平洋戦争の開戦記念日である。開戦時は3歳だったから当時の世相は知る由もないが、時恰も特定秘密保護法案が戦時中の秘密とか、密告を想像させ、暗い時代の到来を思わせる。

 今朝の「天声人語」に永井荷風「断腸亭日乗」に書かれた開戦3日後の文章が面白い。荷風らしく浅草の踊り子が気になったようで「歓楽街の人出はいつもと変わりなく、芸人や踊り子のふるまいもまた同じ」とあった。

 書棚に大分前に入手した吉野俊彦・元日銀理事の「『断腸亭』の経済学」なる荷風文学の収支決算と称した分厚い評伝書がある。平成11年11月に読了とのメモがある。所々朱線を引いてあるが、著者には申し訳ないことに内容はあまり印象に残っていない。

 だが、荷風書の12月11日に確かにこう書いてある。

 「~日米開戦以来世の中火の消えたるやうに物静なり。浅草邊の様子いかがならむと午後に往きて見る。六区の人出平日と変りなく、オペラ館芸人踊子の雑談亦平日の如く、不平もなく感激もなく無事平安なり。余が如き不平家の眼より見れば、浅草の人達は堯舜の民の如し~」

 最初は案外こんな程度だったのだ。この後にじわじわと恐怖がやって来る。特定秘密保護法案が戦時中の治安維持法のように法衣の下の鎧でないことを祈りたい気持ちである。

2013年12月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2399.2013年12月7日(土) 恐ろしい戦後の治安維持法(特定秘密保護法案)成立

 昨日深夜ついに特定秘密保護法案が参議院本会議で可決成立した。国民はもちろん、新聞各紙、テレビなどメディアは一斉に反発している。戦前の治安維持法以来の悪法である。

 今朝も横浜にお住まいで亡父の元同僚だった91歳になる方から、日中戦争から太平洋戦争に突入していった過程に治安維持法が果たした危険と怖さをメールでご連絡いただいた。陸軍経理学校を出てビルマ戦線へ応召されて戦争の恐ろしさを知りすぎるほど知っているご高齢の方である。大学の後輩からも国民の知る権利の平等を脅かしかねない法律の成立であると危惧したメールをもらった。

 これまでの動きを見ていると、何が何でも法案成立を目指していた自民党は、過半数を超える数を背に公明党とともに有無を言わせぬ強引な手法で突っ走ってきた。昨年暮れまでは野党だった自民党が総選挙で過半数を制するや、一転して力づくで正面突破を図ってきた。それが昨晩の強行採決である。これにいままでとは異なり、終始公明党が同調している。これまで独走気味の自民党のブレーキ役を務めてきたのに、最近はどういうわけか肝胆相照らした同一政党のような行動である。公明党の独自性がまったく姿を消して最早第2自民党となっている。

 公明党がなぜ自民党とこれほど仲良く足並みを揃えられるのか。公明党はこの法律の内容が自分たちに利すると承知したうえで自民党と足並みを揃えたに違いない。すでに両党の間で「秘密」を共有しているのではないか。これでは最早公明党は政権政党としての役割を終えたと言えるのではないか。

 この法律の怖いのは、秘密を知り、それを漏らすと重い罰則が課せられることであるが、一体何が秘密なのか国民にはまったく分らないことである。それを大臣の意向を汲んだ官僚が、国民に知らせずに恣意的に決めるという乱暴なやり方を法律が認めている。まるで恐怖政治が取り締まるスパイ防止法案である。

 こうなったら戦争の恐ろしさを知らないノーテンキな議員、そして世間知らずの自民党世襲議員らを次回の総選挙で法にギリギリの範囲内で絶対落選させるという運動を起こさないとお先真っ暗だと考えざるを得ない。

2013年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2398.2013年12月6日(金) マンデラ元南アフリカ大統領亡くなる。

 ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領が亡くなられた。95歳だった。最近健康を害してその様子が遠慮がちに伝えられていた。27年間に及ぶ獄中生活を送った不屈の人だった。何といっても人種差別を象徴するアパルトヘイト政策と闘い、獄中からその撤廃を訴えて実現して1990年釈放されるや南アフリカ最初の黒人大統領に就いた後も、黒人が白人に対して報復することを許さず、人種融和の象徴として世界中から尊敬を集めた。93年にはノーベル平和賞を受賞している。日本にも2度訪問された。

 1991年5月南アフリカを訪れた時、マンデラ氏は釈放され自由の身となっていたが、まだアパルトヘイトを支持する勢力は根強く、支援する人は数多くいた。彼らがアパルトヘイトを支持する理由は、居住地区を自由にすると反って治安が悪化するということだった。鉱山内に社宅を用意された黒人従業員はアパルトヘイトに賛成だと話していたことが強く印象に残っている。彼らの言い分は、働く職場や住居が与えられるなら働く意欲のある自分たちにとってアパルトヘイトは好都合であり、働き者の黒人にとってはその方がずっと良い。怠け者の黒人にとっては反アパルトヘイトは反って都合が良いので、アパルトヘイトに反対しているのは、こういう怠け者だと話してくれたことが妙に頭の隅に引っかかっている。

 ちょうどその春ロスアンゼルスで白人警官が寄ってたかって黒人を殴打する、所謂「ロスアンゼルス暴動」が発生したが、その時ガイドをしてくれた黒人の鉱山会社社員が、アパルトヘイトをやっていればこんな事件は起きなかったと言ったのにはびっくりした。

 しかし、幸いにしてマンデラ氏の強い反人種隔離政策の理念が少しずつ効果を上げ、黒人に対して白人を憎まず反白人運動を起こさないよう、つまり反差別を強く訴え続け、結果としてそれが功を奏した。恨みを相手にぶつけず、あくまで反差別と自由を追求して、その成果を国民に与えた、稀に見るヒューマニストだったと思う。

 1995年南アフリカでラグビー・ワールドカップが開催された時には存在感を示され、それが数年前映画にもなり、マンデラ氏に扮した俳優が出て来て中々面白かった。

 ヒューマニズムに溢れ、実行力のあったマンデラ氏のような理想と信念が固く実行力のある人は今後もそう現れないだろう。心よりご冥福をお祈りしたいと思う。

2013年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com