3406.2016年9月9日(金) ならずもの国家・北朝鮮が核実験を強行

 今日は重陽の節句に当たる。重陽とは、陽(奇数)の一番大きい数字「9」が重なり、同時に古くから菊に長寿を祈る日とされている。昭和9年9月9日生まれの小中陽太郎さんも重陽の節句からお名前を取られた。毛沢東が83歳で亡くなったのもちょうど40年前の今日である。旧文部省教員海外視察団のお供でアメリカへ出発する直前羽田空港でその重大ニュースを聞いて、団員が驚いていたことが昨日のことのように思い出される。義母も15年前の今日他界した。

 一方で、毛沢東の死に遡ること28年前の1948年9月9日「駄々っ子王国」北朝鮮は独立した。つまり今日は問題国家・北朝鮮の建国記念日でもある。何かやらかすのかと思っていたら案の定とんでもないことをやってくれた。北朝鮮北東部で5度目にして過去最大級の核実験を行ったとの情報が入った。先日弾道ミサイルを打ち上げたばかりである。明らかに国連憲章違反であり、当然国連からその旨厳しい警告を受けるだろうが、これまで再三に亘って同種の警告を無視している対応から察すると、恐らく北朝鮮は今回も馬耳東風と聞き流すのではないだろうか。何を考えているのか、まったく分からない国である。

 安倍首相はもちろん北東アジアの脅威が現実化してとして怒りを表し、早速米韓大統領と電話会談して対応を協議した。まったく非常識な酷い国である。この蛮行を許している大きな原因は、中国の対応にある。最近では北朝鮮のミサイル発射の度に制裁を与えると厳しい発言をしていたが、実際には強い態度に出られず、その辺りを北朝鮮に見透かされている感じである。対北朝鮮制裁はどうなるのか。いつになったら北朝鮮の非常識なパフォーマンスは止まるのか。

 さて、恒例のJAPAN NOW観光情報協会主催の観光セミナーは、正午から麹町の海事センタービルで駒沢大学講座でお世話になった菱山郁朗・日大文理学部客員教授の「日本の政治・不可解な真実~記者が見てきた永田町~」と題するテーマで行われた。一般的に聞ける内容ではなく、長年現場で取材して、個人的にも政治家とのおつきあいのある取材体験だからこそ臨場感のある話として伺える講演で、受講者にとってはメディア関係者が多いせいもあって、興味深く聴講してくれたのではないかと思っている。特にほんの数分間ではあったが、とっておきのリクルート関係のビデオを放映してくれたことが大受けだった。中身が豊富だったので、食事時間と質問を交えて2時間ではやや不足だったかも知れない。

 駒沢大講座の受講者仲間が参加してくれ、講義終了後近くのカフェで久しぶりに菱山講師を交えて有意義なひとときを過ごすことができた。

2016年9月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3405.2016年9月8日(木) 岩手県岩泉町が被る厄災

 今日から18日までブラジルの首都リオ・デ・ジャネイロでパラリンピックが開催される。オリンピックもさることながら、同時に開催されるパラリンピックも近年注目されるようになった。残念ながら国がらみのドーピング違反によりロシアが今大会から締め出された。だが、開会式を観ている限り、派手なショーではオリンピックに一歩も引けを取らない。当分テレビでも賑やかに伝えられることだろう。

 さて、今月に入ってから№のついた台風が日本列島を出入りして今日も13号の影響を受けて各地で大雨、洪水の警報が出されている。その中で先月末台風10号による豪雨のため「森と水のシンフォニー」をアピールする岩手県岩泉町が大きな被害を受け、現在人口約1万人の内1割の住民が避難している。本州では最も面積の広い町として知られている岩泉町は、県内の北東部位置して陸中海岸からやや離れ、山林に囲まれたいわゆる農村地帯である。町には唯一の観光施設として龍泉洞という鍾乳洞が知られている。ここに突如のように襲来した台風によって小本川沿いの山が崩れて道路が寸断され、現時点で約70名が孤立して死者が今日判明した2人を含めて17人も出ている。

 なぜこの岩泉町に関心があるかと言えば、古い話だが終戦の年から住んでいた千葉県勝山町(現鋸南町)の明治乳業(現明治)社宅の隣の家屋の今戸さんが、戦後まもなくして岩泉工場へ転勤されることになり転居前にひとしきり岩泉という町の話題に花を咲かせたことがあった。その時岩泉は広い町で山に囲まれ酪農には恵まれた土地だと聞かされていた。だが、岩泉は山中にあり勝手ながら海に面した勝山から考えて寂しいところではないかと母が気にしていたことが思い出される。

 このような自然災害に襲われるとは、不運としか言いようがない。明治乳業岩泉工場は今では閉鎖され、ここには地元の岩泉乳業という後継会社がヨーグルトを主力商品に生産に励み、過去2度に亘って国際最高品質賞を受賞したという。

 父が明治乳業京都工場長として京都へ赴任したのは、昭和27年だったが、その京都工場でヨーグルトを初めて本格的に製造販売し、我々子どもたちに栄養価が高く美味しいから食べてみろと商品を持って帰って来た。それがヒット商品となった「明治ブルガリア・ヨーグルト」につながっている。懐かしい思い出である。

 今では今戸家の人たちとはお付き合いはなくなったが、この豪雨により図らずも子ども心にも遥かに遠い町だと思い込み訪れたこともない岩泉町のイメージが、思いがけず自然にふっと浮かんできたから不思議なものである。

 台風の爪痕は町のいたるところに残されている。町は南北の山を後背にして狭い平地に川が流れ、その沿岸が崩れて道路が寸断されている。復旧には相当時間がかかることだろう。町をこれからどうやって復旧させていくのか、県、町、そして地元民ならずとも気になるところである。

 今日も関東から北日本にかけて台風13号の影響で大雨を降らせている。今日から明朝にかけて再び岩泉町にも大雨がやって来る。これで先月末から入れ代わり立ち代わり襲来する台風に日本列島全体が痛みつけられている。自然の摂理とは言え、日本はいつまで経っても自然災害が最強の悪魔であると覚悟しなければならないのだろうか。

2016年9月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3404.2016年9月7日(水) 外国人観光客向パック商品の開発について

 ここ数年訪日外国人旅行者の数が増え続け、そのお陰で今では国家財政も大いに潤っている。私が旅行会社で海外旅行に携わり、時に外国人旅行に関わっていた当時には考えられないほどの変わりようである。

 今から約35年前私が中心になって箱根地区への外国人旅行者向きパック商品を開発し、販売した。自画自賛するようだが、商品のクオリティは高く、他の旅行会社にはないユニークな内容で絶対売れると自信たっぷりだった。実際AMEX海外版広報誌や「夕刊フジ」にも紹介され、当時の国際観光振興会(JNTO)やJTBからも高く評価された。だが、残念ながらまだインバウンド業の時代環境が充分整っていなかった。企画した1981年当時の訪日外国人数はやっと160万人程度であり、昨年の訪日外国人の数1973万人に比べても1割にも満たなかった。結局商品価値は高くても市場が付いて来なかった。苦労して商品発売まで到達しながら、傑出した商品は売れ残った。悔しかった。

 近年箱根地区に外国人も押し寄せるようになった。ひとつには、全体的にインバウンド業の底上げもあるが、富士山が世界遺産に登録され、箱根と富士山を一体化し、富士山を眺められる絶好のデスティネーションとして箱根を訪れる外国人観光客が増えたことが大きい。

 4月に社友会で小田急電鉄社長に35年前の外国人向箱根パック商品の話をした時、関心を示してもらったので、その後資料を送り再現はできないかと提言した。今日その件で秘書課長からグループ会社としてのインバウンド業、並びにパック旅行商品について説明を受けた。つまり今グループ全体でフリーパスという箱根地区のフリーチケットの外国人版に力を入れ販促活動しているということだった。私の提言も考慮に入れてもらっているようなので、いずれ両方のメリットを活かした商品を企画するようにしたいとの話だった。

 手前味噌だが、私が開発したパック商品の方が勝れていると自負しているが、会社の事情もあるので、しばらくは全体として見守って会社のインバウンドツアーがどう進展していくのかを注視していきたいと考えている。

 まあこの次の著書の中でも紹介することを検討しているが、私の企画したパック商品についてインバウンド業の流れをそっと見守っていきたいと考えている。

2016年9月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3403.2016年9月6日(火) 韓国の若者は今どう行動しようとしているのか。

 北朝鮮からの無差別ミサイル攻撃阻止を目的に東シナ海に、米韓両国が迎撃ミサイル‘THAAD’を配備したことに対して、その射程内に入った中国が強くその設置を非難し、一時接近中だった中韓の関係が刺々しくなった。一方でいま韓国内では優良企業ロッテのお家騒動が大きな話題になり、同社の不法経理に対して司直の手が伸びようとしている。

 このところ比較的順調に経済が伸びている韓国だが、今夕の日経新聞によると若者の間でスラングのような新しい造語がいくつも生まれているらしい。そのひとつ「クッポン」は、過剰な愛国心を薬物中毒に例えたようで「クッポンをいっぱい飲んで愛国心が高まった」というように、それが将来を嘆き、ふてくされ、自らを卑下する若者言葉として世相を反映して使われているようだ。

 表面的には経済的に順調な韓国でありながら、過剰な愛国心や生きづらさを表す言葉が、現実社会への不満や不安を映し出しているのだ。特に世界的にも知られる韓国の厳しい受験競争、一流企業への就職戦争が知らず知らず若者の心を蝕んでいる。今や所得上位者10%への所得集中度がアジアでは最高水準となり、高所得層が毎月支払う教育費が低所得者層のそれの約8倍に上るという。大手企業では世襲や縁故採用が堂々と行われ、例え過酷な受験戦争を勝ち抜き有名大学を卒業しても大企業に就職するのは至難であり、仮に就職できて厳しい就職戦線をクリアしても、待ち受けているのは超ピラミッド型の苛烈な出世競争である。それらの範疇から外れた人たちは将来への希望が抱けなくなる。この辺りに希望のない将来に悲観した皮肉っぽいスラングが生まれる土壌があるのだろう。

 面白い例え話がある。ソウル市内で最近目につくのはカフェが急増していることらしく、その理由というのが、「40歳代で失職した人が再就職を諦め、退職金を元手に開業するから」だそうである。

 流石にこういう倦怠的、且つ退廃的なムードが国家にとって良いわけはなく、パク・クネ大統領も光復節でこの風潮に懸念を示し、自己卑下や悲観、不信と憎悪は決して変化や発展の動力とはならないと述べた。こんな退廃的なムードを反映しているのか、近年韓国では朝鮮戦争や2002年の韓国・北朝鮮の海上銃撃戦を扱った映画に人気があるという。これも危険な兆候ではないだろうか。表面上窺い知れない忌まわしい戦争の影が密かに忍び寄っているように思える。

2016年9月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3402.2016年9月5日(月) マザー・テレサ女史が聖人に

 貧しい人々を救済する活動に尽くしたとしてノーベル平和賞を受賞した修道女マザー・テレサが、ローマ・カソリック教会で「聖人」に認定され、昨日バチカンのサンピエトロ広場で行われた列聖式には多くの信者が集まった。

 10日の淑徳大学講座で保岡孝顕講師の講義を聞くことになっているが、保岡さんはバチカンともツーカーの間柄でもあるので、様子を尋ねてみたいと思っている。

 実はマザー・テレサ女史が亡くなられた1997年9月5日、偶々私はカナダに滞在していてケベック・シティからトロントへ移動した時その死を知った。しかし、6日前にドラマチックにもイギリスのダイアナ妃が不慮の事故死をされた。ダイアナ妃はパリ・セーヌ河沿いで8月31日早朝に突然の死を遂げたが、当時私が滞在中のバンクーバーでは時差の関係から西海岸ではその日は8月30日夜半だった。私は図らずも遅れた時差のせいでダイアナ妃の死を公式に8月31日とされている事故当日より1日早い8月30日に知るという珍しい体験をすることになった。

 そして1週間後に引き続き世に知られた著名人のひとり、マザー・テレサ女史の死を知ることになったのである。それ以来偉大な修道女・マザー・テレサ女史について関心を抱くようになった。テレサ女史はインドのコルカタ(カルカッタ)地方で貧しい人々を開放するために献身的な活動を続けておられたが、元々はマケドニアの首都スコピエの出身だった。

 世の中には他人のために自らの利得や自由を投げ捨ててまでしても奉仕活動する奇特な人がおられるが、そこまで自らを捨てて他人のために尽くす真心はどこから生まれるのだろうかと思うことが時にある。マザー・テレサ女史を知るにつけ、彼女の行為は普通の人間にはとても真似できるものではないと思う。世知辛い世においてそうまでする人々がいる反面、彼らとは正反対の言動を行う人たちがいることは周知のことである。利己主義、とりわけ自分の利益・利得のためにしか行動しようとしない人々(国家)である。その点では、訪れたばかりのキューバのフィデル・カストロやチェ・ゲバラらの行動は国民のために行ったものであることを実感した。

 さて、今日北朝鮮がミサイル3発を発射し、日本海のわが国の排他的経済水域へ打ち込んだ。昨日、今日の2日間に亘って中国・杭州で開催されたG20サミットの開催に抗議するかのような駄々っ子ぶりである。今年に入ってから13度目、21発のミサイル発射である。世間から相手にされなくなった腹いせを外国へ迷惑をかけることによって憂さ晴らしをする心中は、普通の常識ではとても考えられない。

 今日の会議で安倍首相は北朝鮮のこの暴挙について強く非難したが、思考能力が極端に劣化した北朝鮮のお坊ちゃま・金正雲総書記には理解できないようで、今後も同じような行為が繰り返される恐れがある。

 いつまでこんな状態が許されるのか。現状では不満とイライラが高じるばかりである。現地のメディアからの報道では、安倍首相の非難に対して各国の反応が充分伝えられていないような気がする。この辺りも最近の日本のメディアらしく、的外れの報道が多いことを表しているのだろう。これも別の意味で問題である。

2016年9月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3401.2016年9月4日(日) 米中の協調と対立

 このところ我が安倍首相は連日東奔西走の忙しなさである。プーチン大統領との会談を終えて昨日ロシアから帰国したと思ったら、今日は主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席のため中国・杭州へ向かった。

 一方で、すでに1日早く杭州入りしていたオバマ米大統領は、昨日中国の習近平・国家主席と首脳会談を行ったが、2大国の間では協調と対立が改めて浮かび上がった。まず最大の協調は、地球温暖化対策における温室効果ガスの排出削減に対する国際ルール「パリ協定」について、米中がともに締結したと発表したことである。これまで頑なに排出削減に異を唱えていた2大排出国が一気に協定発効の可能性がほぼ固まった。

 現在中国の温室ガス排出量は20.09%で、アメリカは17.89%であり、両国だけで世界全体の排出量の4割を占める。このまま放置したら地球はこの2大国のせいで汚染ガスにより覆われることになりかねない。まずまずほっとしている。尤も3.79%のガスを排出している日本は、この数字の実現性に中々自信が持てないらしく、実施期限が先延ばしされることを内心願っていたようだ。事実日本はこの協定を締結していないのだ。だが、イニシアチブを握る米中が一歩前進した現在これ以上もたもたしてはいられまい。

 新ルールは2020年以降発効される。米中の実効性もともかく、日本としてもいち早く実現へ向けて対策を急ぐ必要がありそうだ。

 さて、米中対立の最大の問題は、アメリカが南シナ海問題や人権問題を中国側に糺したのに対して、中国は自国の立場を主張し内政干渉の立場を譲らない。南シナ海問題は遥かに内政問題を踏み越えているにも拘わらず、自説の押し売りである。自分の立場でしか考えることをしようとしない中国の強引な中華思想には、世界中から顰蹙を買い、呆られるばかりである。

 実は昨日もこんなことがあった。杭州空港に到着したオバマ大統領が搭乗したアメリカ大統領専用機、並びに同行者に対して中国側から異常に立ち入った干渉があったようだ。あまりに傲慢で常識的な慣例を無視した中国側の態度に、業を煮やしたアメリカ側担当者が抗議したところ、「ここはわが中国国内だ」と突っぱねたと言われている。どうして中国という国は、こうも傲慢な自己主張に凝り固まっているのだろうか。これではまとまる話もまとまらないのではないだろうか。G20は果たしてどんな成果を生み出してくれるだろうか。中国が議長国だけに会議の成果にどうしても懐疑的にならざるを得ない。

2016年9月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3400.2016年9月3日(土) ある友人の死

 腰打撲の状態を診てもらうため、早速かかりつけの松本整形外科へ伺った。レントゲン検査で診断していただき、コルセットをつけて無理せず生活するようアドバイスを受けた。しばらくは窮屈な生活になる。

 さて、帰って来てから随分訃報を知る。中学・大学の同級生・伊藤嘉信くんが肺がんのため、旅行に出かける前日の8月25日に他界されたことを別の友人からのメールで知った。ショックである。

 伊藤くんの葬儀は旅行中の31日に執行されたと帰ってから知った。彼とは千葉県市川学園中学で同級だったが、2年生時に私は京都へ転校し、彼は千葉の地元中学へ転校した。偶々高校卒業後互いに2年間の浪人生活の末、同じ慶大経済学部に入学し、登山のアルペンクラブに入部するという稀有な再会を互いに喜び合った。在学中東北地方の飯豊連峰を縦走したことが懐かしい思い出であるが、その他にも一緒に南北アルプスや八ケ岳、秩父など他の山々にもよく登った。卒業後、彼はキッコーマン㈱役員として活躍され、また個人的にはマンズワイン㈱社長時代に山梨のマンズワイン工場を見学させてもらったことがある。長年気の合う友人として半世紀以上に亘って厚誼を深めてきた。2年前の拙著出版記念会には健康が勝れず出席してもらえず、しばらく会っていなかった。今日奥様にお悔みのお電話を差し上げたところ、3年前から肺がんで入退院を繰り返していたという。まったく知らなかった。好漢の死は実に寂しく残念である。

 著名人としては、映画監督の松山善三氏、そして世界的にはチェコの元体操選手で一世を風靡したベラ・チャスラフスカさん、そしてウズベキスタン独立以来四半世紀以上に亘って大統領の職にあったカリモフ大統領が亡くなった。

 この中では、チャスラフスカさんが強く印象に残っている。オリンピック東京大会とメキシコ大会の妖艶な演技で金メダル10個を獲得し、今の曲芸師のような演技とは異なり上品な演技でファンを沸かせた。家庭的にはあまり恵まれず、東京大会で400mに出場したオドンネル選手と結婚したが、その後別れ、その元夫が長男によって殺されるという悲劇を背負った。彼女を最も有名にしたのは1968年の「プラハの春」で反体制側を支援したため、その後厳しい生活を余儀なくされたことである。親日家で日本人にとっては五輪史上最も印象に残る選手のひとりである。数か月前に癌で余命を宣告されたが、いつまでも自分の意思を曲げずに行動し、思い通り自らの選んだ道を歩んだことはもって瞑すべしであろう。

 人が去るのは世の宿命である。だが、身近な人、親しい人が手の届かないところへ行ってしまうのは耐え難い悲しみである。これを無情と言うのだろうか。

2016年9月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

3399.2016年9月2日(金) カストロ、ゲバラに比べて自己顕示欲の強い安倍首相

 とにかく機内が寒い。幸い隣の席が空いていたので、その座席の分とともに薄い毛布を2枚かけることができたが、それでも寒い。もちろんスェーターを着たうえでの感触である。私自身個人的な感想から言えば、以前に比べて機上の居心地は良くなくなったというのが率直な気持ちである。トイレの利用回数も増えたし、座席が窮屈に感じるようになった。それでもやはりあれこれあっても相変わらず楽しい気分に捉われるのも旅だからだ。

 搭乗機ジャンボB777-300ERは確実に羽田へ向かっている。まもなくこの旅も終わるが、この次出かけるのは、いつ、どこへだろうか。今のところ自分自身でも見当がつかない。

 今回お誘いを受けて幸い半世紀以上も前からの念願だったカリブ海のキューバを訪れることができた。キューバについては、革命を含めてカストロ前議長、チェ・ゲバラについて事実関係はほとんど知らなかったと言ってもいい。特に2人の人間性を含めて革命成功のための私利私欲とはまったくかけ離れた強い意思と高邁な思想、そして国民の福祉実現のためのあくなき思いには心を打たれた。これほどまでに国民のためを願って1個人が大きな目標である「革命」に2人3脚で取り組むことができるものだろうか。これだからこそ今以って2人はすべての国民から広く尊敬されているのだ。同じ革命家でもレーニン、スターリン、毛沢東らとは大きく異なる点だろう。

 幸い今回事前の研究も含めて、現地で臨場感から身体全体で知った知識は計り知れないと思う。まだ見学して見たかった所もある。特に革命の大きな力となったメキシコからキューバへ乗り込んだグランマ号を見ることができなかったことである。健康上でも運悪く旅の最初にシャワーを浴びている際転んで腰を強打したために思うように動けなかったこともある。部分的には見たが、屋外のキューバン・ミュージック・ショーが降雨のため鑑賞できなくなってしまったことも残念だった。でもキューバで世界遺産も4カ所見学できた。これで訪問世界遺産は182カ所になった。見たこと、思ったこと等々について、いずれ近いうちに考えたことや感じたことを拙稿にまとめてみるつもりでいる。

 今度の旅行で気分的に大分助かったのは、エア・カナダ機の利用空港が羽田だったことと、時間的に利用し易い時間帯だったことだ。昨夏孫を連れてサンフランシスコへ出かけた時利用した成田だと往復するだけでもかなり時間の無駄が生じる。その意味でもラッキーだったと言える。

 帰宅してみると何と岩手県と北海道南東部を中心に台風10号が舞い戻って襲来し、多くの犠牲者が出ている。一方ウラジオストックを訪問中の安倍晋三首相は、ロシアのプーチン首相と会談し、12月にプーチン首相の訪日の約束を得た。そして会見の場が、首相の出身地・山口県だというのだからどういうつもりなのか。自己顕示欲の強さに呆れかえる。短期間の滞在に際して日本の政治的都市ではなく、自分の出身地に世界の要人を招こうというのだから首相自身の力の誇示であり、地元の日頃からの支持への恩返しではないかと思う。カストロやゲバラに比べて何とまぁ我利我欲と自己顕示欲が強いのだろうか。これでは彼らのように国民の信頼を勝ち得ることは到底無理だろう。

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3398.2016年9月1日(木) キューバにお別れ

 3時にモーニングコールを頼んでおいた。ベッドから起き上がる時に体調は大分良くなってきたが、まだ腰の辺りが痛む。それではと時間をかけてゆっくり動作を開始する。外は真っ暗闇である。チェックアウトして絵葉書を3通投函してもらおうとしたところ、この4ツ星ホテルでは取り扱わないということにはちょっとがっかりさせられた。それでは空港内で切手を買おうと思い6時前のこの早朝時だが郵便局は開いていないかとガイドのエライネさんに尋ねてみると、それも難しいといい、個人的に彼女に投函をお願いすることにした。一流ホテルなら宿泊客からのハガキ投函の対応ぐらい当然の業務だと思っていたが、それもお国変われば品変わるの類ということだろうか。ここは案内書か何かに注意書きとして書いてもらいたいものだ。

 ハバナからトロントまで3時間余りの空の旅だったが、機内の寒さには閉口した。スェーターを着込んでも寒い。中には半袖、半ズボンの乗客も見かけられたので、きっと彼らも閉口する寒さだっただろう。往路と同じようにトロントでも一応入国検査を済ませたが、テロ防止対策とは言え、随分手間のかかることになった。

 さて、トロントからは一路羽田へ向かう。この機内も寒い。今回の旅行はキューバという少々特殊な国だったので、かなり興味があったが、やはり革命の地を踏むことができて、カストロやゲバラの話を存分に聞き、カストロの生家やゲバラの住宅を見ることができたのは最大の収穫だった。もう2度とキューバを訪れることはないだろう。たった1度の経験ではあったが、得たものも大きかったと思いたい。

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3397.2016年8月31日(水) キューバ最後の1日

 今日は明日の帰国に備えてサンチアゴ・デ・クーバからハバナへ移動した。早朝6時に空港へ向けて出発したのでホテルでは朝食は取れず、サンドウィッチ弁当を携帯することになったが、私は朝食をお粥と缶詰、そして緑茶で自炊することにした。幸い携帯湯沸かし器も新式を用意してきたので、さして問題はない。

 予定通り1時間15分のフライトでハバナ国内線空港に着いた。キューバへ足を踏んでから感じるのだが、とにかく緑が多いことで空港から市内へ向かう道すがら左右は緑で溢れている。道路の中央分離帯が緑で覆われている都市は多いが、それはほとんど芝生である。だが、ここキューバでは大木まで生えていて風当たりが実に爽やかである。

 それは降雨量が多いことが大いに与っている。午後にはキューバ全体に降雨があり、そのせいで土が更地となっている場所は極めて少ない。これらを含めて今回の旅行でキューバの気象が強く印象に残っている。

 さて、ハバナの中心地へ戻って来て港沿いのサンホセ民芸品市場へショッピングに出かけた。これほど1か所にまとまって屋内に屋台式でお店が立ち並んだ広大な場所は他に知らない。どこも同じような民芸品を売っているが、とにかく安い。また、ゲバラやカストロ関係のTシャツや帽子が販売されているのもこの国の特徴だろう。私も安さにつられていくつかのお買い物をする。

 昼食がそこから歩いて近くのビア・ガーデンだが、ビールの醸造所の屋内にある。中央部の舞台ではラテン・ミュージックのショーを6人のグループがやっていた。中々リズミカルで歌手が中々愛嬌たっぷりに腰をくねらせながら美声を披露していた。珍しいビア・ガーデンのランチとともに楽しいものだった。珍しかったのは、テーブルに持ってこられた生ビール給器の形だった。自分でひねるとビールがグラスに注がれるがその給器の筒のような縦長の器には初めてお目にかかった。

 その後は旧市内を池上さんの案内で散策に出た。キューバ最古のカテドラル、サンフランシスコ修道院、砦跡、などを回り、ヘミングウェイ所縁のバーや定宿だったHOTEL AMBOS MUNDOSなどを興味深く見学した。いずれもヘミングウェイの写真とサインが掲げられてあった。古い路地裏のような住宅街は、世界遺産として登録された旧ハバナ市内の特徴を如実に伺わせてくれる。最期の晩餐は、キューバ国内で33階建ての最も高いビルの展望レストランで通り今や通り相場となった伊勢海老を食しながら楽しい思い出話に楽しい時を過ごした。高層階から眺望するハバナの市街にも取りとめのない感慨に耽った。いよいよ明日は帰国となったが、5時にホテルを出発ということで10時前にはベッドに入る。

2016年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com