243.2008年1月12日(土) 山崎洋さんの話を聞く。

 セルビアのベオグラードで活動している友人、山崎洋さんが一時帰国した。駐日セルビア大使館で開かれた、近訳書「ブランコ・ヴケリッチ 日本からの手紙」の出版記念会に出席するためである。その出版記念会に合せて、渋谷のNPO「歴史文化交流フォーラム」が定例セミナーの一環として、今日山崎さんと元朝日新聞記者砂山清氏を招き、講演会を催した。数日前に山崎さんから、その企画について手紙で連絡があり、ゼミにも声をかけたところ須藤晃くんが参加してくれた。

 大体4~50人ぐらいの人たちが出席したが、ジャーナリスト、大学教授、海外留学者、海外生活者、旧東欧圏文化に関心のある人等々、真面目でインテリの人がほとんどだった。実際現地へ行った人もかなりおられた。代表者は法政大学国際文化学部・南塚信吾教授で、やはり東欧方面の研究者だった。

 山崎さんはジャーナリストとしての父親について、父上が残された多くの記事を通して得た情報を要約して話されたが、中々話が上手で1時間少々よどみなくポイントをついて飽きさせず、時にはジョークを交えて話された。あんな追い詰められた時代だったが、日本人と違って外国人特派員は、精神的に余裕のある取材をしていたことや、日本人記者が得られない情報を持っていたことが訳書からもよく覗える。父上の送信原稿には、日本の社会状況とか、日本人の実生活、日本の文化や伝統、日本人が野球好きだという話等をユーモアたっぷりに書いている。初めて山崎さんの話を聞いて、話の論点を整理してうまくまとめて話す人だということがよく分かった。最近になって父上の遺骨を預かってくれた神父のトレースを追って行った結果、遺骨が戦火に遭って消失した場所が判明したので、偶々明日13日が父上の命日に当たることでもあり、明日その地を訪れ追悼するつもりだと話していた。場所は三軒茶屋だそうである。

 一番驚いたのは、その後の立食パーティで佐々木(平井)和子さんという女性にお会いしたことだ。佐々木さんは60年安保闘争にも参加して、その後チェコ・プラハのカレル大学へ留学したが、それよりも早大生だったころ檄を飛ばしに度々早大キャンパスへやって来た全学連書記長だった清水丈夫さんをよく知っているとの話には本当にびっくりした。清水さんの奥さんも早大生で友人だったと聞いて、意外な縁を感じる。元同志のスタンフォード大・青木昌彦名誉教授の「私の履歴書」の内容もよくご存知で、青木氏の性格、行動についても批判的だった。参加された皆さんは、真面目な方ばかりでNPO組織でポジティブに勉強に励んでいる。向上心に富んだ方々ばかりで、良い出会いだった。

 今日午後、雨の中を国立競技場で大学ラグビー決勝戦が行われた。出かける時間の関係で前半戦しか見られなかったが、久しぶりに決勝戦へ進出した慶応は、やはり好敵手・早稲田に及ばず、後半ミスが出てノートライのまま26-6で敗れ、残念ながら8年ぶりの優勝は成らなかった。

2008年1月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

242.2008年1月11日(金) 政治家の怪しげな行動と登山家の潔い行動

 新テロ法と称される、補給支援特別措置法が衆議院を通過、成立した。参議院で否決された与党が伝家の宝刀である「3分の2以上の賛成」条項を使い、同法を衆議院で可決、成立させた。この条項を使って法案が成立したという記憶がどうしてもない。何と57年ぶりだそうである。何でも競艇か何かに関係する法案だったらしい。憲法に則っているとはいえ、政治家のやることは普通人の感覚とやっぱりずれている。法律、この場合は憲法であるが、認められているなら、試行するのに躊躇する必要はないとの見解のようだ。法律をその通り履行するだけだと大見得をきるなら、自分たちの都合を優先させることばかり考えずに、普段から徹底的に法律遵守を貫けと言いたい。驚いたことに、この重要な場に民主党党首の小沢一郎氏が採決直前に議場を退出していなかったのもふざけている。その理由が大阪府知事選の応援というのだから、救いようがない。やはり政治家の常識と判断力は少し狂っているし、その小沢氏の政治センスはてんでお話にならない。

 そんな折り、政治家たちの汚いパフォーマンスがまた炙り出された。3日前に政党各支部が国の補助金を受けた団体から政治献金を受けた非常識を非難したが、何と政党ばかりでなく、政治家個人、特に多くの閣僚が団体から怪しげな献金を受けていたことが判明した。呆れた連中である。16人の閣僚が甘い汁を吸っていたらしいが、これははっきり言って収賄ではないだろうか。懲りない彼らに鉄槌を浴びせる一番効果的な方法は、議員数を削減することだ。彼らの気持ちを背水の陣に追い込むことである。そして、徹底的に政治家の行動を監視することだ。それ以外に政治家につける薬はもうない。

 さて、エベレストへ初登頂したヒラリー卿が亡くなった。今朝のNHK「この人にトキメキ!」に今年5月世界最高齢でエベレスト登山を目指す、75歳のプロスキーヤー・三浦雄一郎氏が出演していた。その時点では、まだヒラリー卿の死を知らなかったようで、夕刊をみると、登頂後にヒラリー卿に挨拶することを楽しみにしていたので、落胆したと素直な気持ちを述べている。それにしてもこの人のチャレンジ精神には脱帽である。75歳にして自分の限界に挑む闘争心は、現場を知らない高級官僚や政治家には絶対見られないものである。現場の厳しさと価値を知っている人だけが、悟る現場から得る信念と行動である。

 先日絵画を購入したアルピニスト画家・芳野満彦さんから個展を麻布十番で開催しているとの案内状をいただいたので、六本木ヒルズ周辺を散策がてら妻と出かけた。芳野さんは数年前に脳梗塞で倒れたので、もう本格的な登山は諦めたようだが、相変わらず好々爺然として、気さくな感じの方である。このように達観された方も政治家にはいない。よく私のことを覚えていてくれて、先日購入した「マッターホルン快晴」と中川一政画伯のバラ画をわが居間の壁に並べて掛けた写真を差し上げたところ、喜んでいただいた。芳野さんも中川画伯を尊敬し、好きな画家だとのお話だった。ここでまた、ハガキ大のスケッチ原画を2枚買い求めた。これもそれぞれ気に入ったもので、2人の息子に宛ててメッセージを書いていただいた。こういうものに普段あまり興味を示さない2人の息子に上げようと思っている。

2008年1月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

241.2008年1月10日(木) 出版社のレベルダウンは必至

 昨日のテレビ、今朝の新聞で中堅出版社「草思社」が民事再生法の適用を申請したと伝えた。一昨日の新風舎に次ぐ出版社の倒産である。草思社の場合はかなり知られたヒット作品を世に送ったので、やや意外な感じがした。しかし、良い作品やヒット商品をいくら販売しても、所詮後が続かないとなると、当然のことながら経営的には苦しくなる。その点で経営者が中長期的な経営計画をきちんと立て、会社と社員が一体となって事業展開を図り、読者の信頼を得て永続的に事業を続けていく志と強固な体制を構築していけるかどうかという点で、いまの出版業界には危機感があまり感じられない。

 これまで、報道内容や、発行書籍の大きな表現上の間違いについて、世間に誤解を与えたり、惑わしてきたマス・メディアは数知れない。個人的にもこれまで「ワールド企画」「NHK」「講談社」「選択出版」に対して、事実誤認や表現の誤りを指摘し、確認し訂正する約束を取り付けてきたが、この内「ワールド企画」は間違いを認めた後、まもなくして倒産した。「NHK」は当方の主張する主旨と表現上の間違いを認め、一旦は訂正し正しい表現を採用した。にも関わらず、内部の頑固な「間違い至上主義者」の声に押されたのか、性懲りもなく元の木阿弥となり、現在では各地のNHKアナウンサーは、再び間違った表現、言葉遣いのまま国民に話しかけている。これなんか典型的なNHKの老醜というべきか、視聴者を舐めきり国民の先頭に立って日本語を乱し、日本の国語教育をミスリードしているのである。「講談社」も伝統企業としてのプライドばかり高く、断固自社の間違いを認めなかった。しかし、論理的に正論を突いたらあっけなく間違いを認め、訂正すると約束した。昨夏のことである。しかし、いまだに約束した「訂正公表」は実行されていない。マス・メディアなんて所詮変幻自在の軽業師のようなもので、その場の風当たりをどう避けるかという一点だけを気にして、顧客とか消費者に対して心から悔い改めるなんてことは露ほども考えていない。

 さて、旧蝋月刊誌「選択」を出版する「選択出版」社と、同誌12月号が犯した大失態について話し合った。あろうことか、いま話題の主、ロシアの次期大統領と目されているメドベージェフ氏のブロマイド写真を他人と取り違える大チョンボをやったのである。こういうお粗末を仕出かしておいて、まったく反省も謙虚さもなく、世間に対して頬かむりしようとしている。

 昨暮当方が指摘した通り、メドベージェフ氏の写真は「取り違えたので訂正する」とのお詫びを1月号に公告すると文書による回答があった。しかるに、訂正文は発行された1月号のどこを探しても見当たらないのである。何のことはない。誤字で結んだ回答文書は、意図的な大言壮語の欺瞞だったのである。その回答文書には言い訳とともに、「購読者の方々のご意見は編集部一同真摯に取り組ませていただいております」との白々しいメッセージまで添えられていた。真っ赤な大嘘である。よくもまあこんな嘘っぱちを、誤りを指摘した顧客に言えるものだなあと開いた口が塞がらない。重大ミスをしゃあしゃあと見過ごし、大失態は世間に黙って隠してしまおうというのである。これでは、次期大統領にもなろうとするメドベージェフ氏に対しても失礼ではないか。もはやメドベージェフ氏に関するコメントや、評論は今後同誌上には書けまい。

 マス・メディアには、自分たちが世論を形成しているとの思い上がりやうぬぼれが強い。もううんざりである。こんな気持ちだから、顧客である購読者や、常識人の意見や指摘に対して謙虚で誠実な対応も取れない。加えて、スタッフはインテリが多いと一般的に信じられているが、どうしてどうして、知的レベルも彼らが意気込んで自慢するほどのことはない。文面を見ても手紙の書き方のイロハが分かっていなかったり、誤字が多く、これでは日本のマス・メディアも衰退するのではないかと他人事ながらいささか気になるほどである。

 「新しい情報誌を創るんだという心意気が編集部から失われています」とは、「選択」1月号編集員氏の嘆きであるが、これではまるで他人事ではないか。自分たちの知的レベルが急ピッチで地盤沈下していることに全然気づいていない。これが現実の出版業界の知的レベルと常識である。

2008年1月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

240.2008年1月9日(水) あれっ!韓国の大火災事件はどうなった?

 一昨日夜韓国のソウル近郊利川?で倉庫が火災を起こし、有毒ガスが発生して30人が死亡し、倉庫内に閉じ込められている人が10人、行方不明者が10人という、大惨事が発生した。最終的に死者は50人を超えそうだ。テレビは興奮した現場実況により大々的に、吹き上げる猛火と巻き上がる煙、慌しい消防団員の動きを映し出していた。テレビでこれだけ生々しい大惨事を放映し、かつて50人以上の死者を出した地下鉄駅構内火災に匹敵する大事故と報道していた。行方不明者はどうなっただろうと心配していたが、不思議なことに一夜明けて昨日のマス・メディア、つまり新聞とテレビニュースでは、一切その後の経過、被害は報道されなかった。そして、今日どこのテレビ局からも、このニュースの続報はまったく伝えられていない。

 一方同じころ国内では、北九州市で水道工事中に3人が酸欠により死亡したことを大きく伝えていた。

 今夜11時過ぎになってやっとTBSが、爆発した火災現場で取材していた記者のPCから、煙が噴出し慌てて外へ持ち出したら、電気系統から火を出し爆発した。関連性があるのかどうか、これも不思議な事件である。そしてPC爆発事件の映像も映し出された。

 事故発生当初あれだけ派手に報道し、相当の死者を出した大火災のニュース報道を、マスコミ各社はぷっつんと絶ったのだ。世にも不思議な物語である。火災が実際に起きたことは、あの混乱した現場と仰々しいニュースの伝え方を見れば隠しようがない。それが、世上から消えてしまったかのようなのである。まったく雲をつかむような話である。しかも今日火災現場近くのPC爆発だけが断片的なニュースとして伝わってきた。何かしら背後に意図的なものを感じる。とても尋常ではない。燃え出した火災がなくなってしまったのである。いや、事件が隠されている可能性が高い。死者は闇の中で処理されているのかも知れない。あれだけ世界中のマス・メディアが追っていた大火災が、ある時を境にまったく何事もなかったかのごときフォローなのである。亡くなった人たちはどうなったのだろう。現場では大騒ぎになっているはずである。

 どうも日本のマス・メディアが揃いも揃ってこの奇怪な事件を追及し、報道しようとしない姿勢もおかしい。各社とも取材活動を止めてしまったらしいのは、特別な理由があるに違いない。ことによると韓国公安当局による厳しい報道管制があったのではないのだろうか。それにしても仮に韓国政府から圧力や規制を受けたにしても、事実を正確に伝えなければならないマス・メディアが自ら矛を収め、その権利と義務を放棄してしまうのでは話にならない。ジャーナリズムが報道の自由と、公正に伝える権利を放棄したことになる。日本国内の事件ではないので、よく分からないが、それにしても不可解である。マス・メディアが一斉に取材から手を引いたように見えるのは、まず国家がらみの機密に関する不幸な事件であると考えざるを得ない。韓国政府にとって都合の悪い、機密に触れるようなアイテムだと思う。いずれ何らかの形で実情は暴露されると思うが、それにしても大火災発生と隠蔽事件は、予測出来ない怪しげな展開になってきた。

2008年1月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

239.2008年1月8日(火) 法の目をかいくぐる政治家の錬金術

 長い間お世話になった方がまた亡くなられた。北九州市小倉にお住まいの折田夫實子さまのご遺族から、昨年12月にお亡くなりになったとのご挨拶状をいただいた。旧蝋いつも通りお歳暮をお贈りしたところ、折田さまからもお返しをいただいた。しかし、いつも手紙のやりとりがあったのに、今回はそれがなかった。それからまもなくして亡くなられたことになる。今年確か米寿ではないかと思う。このところややお疲れ気味で文通も途絶え、いただいた手紙の文面も乱れがちだったので、もしかしたらと健康状態を心配していた矢先だった。

 折田さまは日赤病院のご出身で、大東亜戦争下にビルマへ従軍看護婦として派遣され、厳しい戦地の体験をお持ちである。戦時中折田さまが勤務しておられた、ラングーンの元兵站病院(現ヤンゴン大学)、同じくモールメンの兵站病院跡へも戦没者の慰霊でご一緒したことがある。何度も一緒にビルマへ行ったが、もう慰霊巡拝の役目は充分果たしたのでこれ以上は結構というところで、お気持ちを切り替えられ欧米への観光旅行へ行かれるようになった。折田さまの海外旅行にはいつもご一緒させていただいた。多分20回ほどお供したと思う。国立東京第2病院(現国立東京医療センター)看護部長のころにも、顧客の救急関係でしばしば助けていただいて、ご恩は尽きない。存じ上げている方々が段々亡くなって寂しくなるが、いままた一番親しくしていただいた折田さまも他界されて、一段と寂しさがこみ上げてくる。折田さまのご冥福を心よりお祈り致したい。

 さて、国から補助金を受けた企業・団体が、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に巨額の献金をしている。どうしてこういうふざけたことが出来るのだろうか。政治家の腹黒さが見え見えではないか。勘ぐれば、自民党は企業にキックバック織り込み済みで関係省庁へ圧力をかけ補助金を出させ、一部を自らに還流させていることになる。

 政治資金規正法では、国から補助金交付決定通知を受けた法人が一年以内に政治献金することを「原則」禁止している。これは、献金は基本的に認めないということだ。政治家の悪賢いのは、これをどうやってカムフラージュしながら法律の網をかいくぐるかということに注力している。法律に「原則」条項を書き込み、原則外で法律をごまかそうとしている。さらに、「例外」規定を設け、常識的には当たり前のことを「例外」と見做そうとしている。もっと悪質なのは、期限付きのものに期限が過ぎたうえで運用しようとする巧妙な手口である。かくして、資金が枯渇すると与党自民党は、法律を作り、「原則」でごまかし、「例外」で処理し、「期限内」を期限外で運用して、法人経由で国民の税金を吸い取る。これに、政治家べったりの官僚が、規制を甘くして適法と言い、監督官庁の総務省は「例外の解釈が難しい」と逃げる。かくして、税金はどんどこどんどこ政治家へ還流されていく。

 これは何も与党自民党だけに留まらない。野党民主党だって12社から計1,039万円の献金を受けている。民主党は法律違反なら返金するなどとたわけたことを抜かしているが、所詮自民党と同じ穴のムジナであることを露呈したに過ぎない。どいつもこいつも根性が腐りきっている。

 6日付朝日朝刊によれば、抜け道はいくらでもあるようで、現金の献金に制約のあるJAのような団体のごときは、「寄付出来ないのでパーティ券を購入した」と広言している。06年には、補助金を受けた109の団体・企業から合計8億円近い献金があった。専門家は、強制力を持つ法整備やチェック機関の設置が必要とか、補助金を受けた企業は団体に対し、例外を設けず政治献金を禁止すべきだと述べているが、一の矢がダメなら二の矢を放つ、転んでもタダでは起きない政治家がこの程度の抵抗でおとなしくなるとも思えない。そもそも政治家なんて、もともと人間離れしているのだから。

2008年1月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

238.2008年1月7日(月) 新風舎民事再生法申請報道にギョッ!

 今朝の朝日を見てびっくりした。一面に4段抜きで「自費出版大手『新風舎』きょう再生法申請」とある。一瞬本当かな?との疑問が湧いた。しかし、日経夕刊でも、今日東京地裁に民事再生法の適用を申請したとある。確かに、昨夏「夕刊フジ」紙に自費出版した一部の著者が契約違反だとして新風舎を訴えて一部に波紋が広がった。信用を重視する出版業界にあって大きなイメージダウンである。にもかかわらず、その際も同社はきちんと訴訟の原因と経緯、そして経過を書面で連絡してくれた。対応は誠実で割合しっかりしていると思っていた。最大手とはいいながら、好い加減な対応しか出来ない講談社とは大違いである。実際、新風舎自体は、講談社を抑え2年続けて出版業界内で取扱高トップを維持し、評論家・江川詔子氏らはあまり問題視していなかった。強いて原因を探れば、この新興出版社の社長は作家であるだけに、あるいは経営全般を見る目に欠けていたか、目に見えないところで経理面にずさんな点があったのだろうか。負債総額は関連会社分を合せて25億円だそうだ。私自身は担当者とのコンタクトは切らさず、彼らもいろいろ情報を流してくれた。よいコミュニケーションを築いていたのに残念である。気になり午後になって新風舎へ電話したところ、明日債権者宛に説明会の案内状を郵送する手はずになっているとのことであった。ここはぜひ説明を聞いてみたいものである。

 それより何より、いま書き続けている「停年オヤジの海外武者修行」もまもなく脱稿して、近々前著「現代・海外武者修行のすすめ」に続いて、新風舎から上梓しようと思っていただけにショックだ。こればかりは、前著が正編、次回作品が続編となったセット書であり同一出版社でないと宣伝上もメリットが減殺される。幸い、印刷会社2社から支援を得たようでもあり、再生法は受理されるだろう。しかし、倒産企業と受け取られかねない民事再生法を申請したので、世間一般のイメージはあまり良くないと思う。すでに、今年上梓を予定している拙著の推薦文は旅行業界の大物氏にお願いしてご快諾をいただいている。知人の紹介で新風舎へ接触するようになったが、すっきりするためにも、ここは次の手を考えた方がよいのかも知れない。暫時思案のしどころである。

2008年1月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

237.2008年1月6日(日) 国会議員削減と世襲議員について提言

 今年は、少し政治的な意見を提言しようと考えている。取り敢えず、提言したいことは2点ある。ひとつは、制度として国会議員の数を減らすことである。これによって付帯経費、特に衆参両議院事務局の経費を大幅に節減することが出来る。数字はまだ検討段階だが、国会議員数を半分に減らすことを目標にすればよいと思う。無駄な経費の節約というより、国会議員が真剣に国民のために働いてもらうよう国民が監視するためには、少数の方が細かく目が行き届く。また、議員削減のような荒療治も必要であり、国民の理解も得やすいのではないか。実際、現状の国会議員数は多すぎる。いまの不真面目な議員たちの奪税ぶりには、もう国民はうんざりしている。

 第2点として、現行制度を大きくいじるのではないが、問題の「世襲議員」を失くすことを制度上考えるべきではないかということである。見渡してみると、近年の総理大臣はほとんど「世襲議員」であり、国会議員も半数が「世襲議員」である。「大臣」と呼ばれる閣僚もほとんど「世襲議員」である。世襲でなければ国会議員にはなれないくらいである。大臣、また首相になるためにも、早く箔をつける意味で大臣を経験することが重要であり、そのためにはより早く議員になる必要がある。それには、「世襲議員」になることが早道である。一方で、こういう反対意見もある。たとえ「世襲議員」であっても有権者が自分の意志で投票し、結果的に当選することが出来るなら、順法精神に適っているし、法的に「世襲議員」を止めることは、逆に「自由」「平等」であるべき憲法の精神に反するとの至極当然の反論である。

 わたしはこの反論に対して敢えて反論したい。まず、「世襲議員」、それ自体は法の精神に反したり、矛盾するものではない。ただし、法はあくまで、自由と平等の上に成り立っている。その自由と平等という名の下に保護された「世襲議員」には、自由と平等を他人から奪う自由が無条件に担保されているのである。「世襲議員」がなぜ選挙に強く、当選することが出来るのか。これがこの問題の根源である。「世襲議員」には通常の選挙で勝てるような仕組みが付与され、すでに完成されているからである。はっきり言って、政治のために大切な人物本位とか、資質、政策、理念や哲学、志等は2の次である。選挙に勝つためには3つの必要条件があると言われている。曰く「地盤」「看板」「カバン」である。この中で最も強力なものが、「地盤」なのである。この地盤こそが、候補者にとって最も重要であり、これなしには現行体制で勝つのは中々難しい。この「地盤」を先代からすんなり継承することが出来るかどうかが、今後政治家としてやっていけるかどうかを決めるのである。すでに、獲得票数まで予測できる強力なシステムを引き継いだ時、政治家として、ひょっとすると一国の総理大臣となる幻想と可能性も得ることになる。

 この仕組みはどこかおかしくないだろうか。あまりにも理不尽だと思ったことはないだろうか。親が政治家なら容易に総理大臣へのパスポートが得られる。一般の有権者ではとても考えられないことである。どうして政治家の家に生まれた人間と普通の家庭に育った人間との間に、こんなに不平等で大きな格差があるのだろうか。

 ここでは、持論を提起しておきたい。政治家の家庭に生まれた場合は、そのまま「地盤」を継承して立候補すれば、並外れた「有利性」を享受出来る恩恵に浴している。これは、完全に憲法が保証する「自由」と「平等」に反している。端的に言えば、「世襲議員」制度?は、憲法の精神に反しているのである。では、どうすればこれを防止出来るか。国民一律に平等に取り扱えばよいのである。世襲を継承する立候補者から、一定期間有利な「地盤」を預かればよい。つまり、肉親からそっくり「選挙地盤」を引き継ぐやり方から、「地盤」における立候補、被選挙権行使を一時封印し、その代わり「地盤」を行使出来ない他の選挙区から、自由に立候補を認める制度に法改正することが望ましいと考えるがいかがだろうか。

2008年1月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

236.2008年1月5日(土) アメリカ大統領選挙とパリ・ダカ中止

 一日明けて今朝の新聞は、米大統領選挙党員集会の結果を大々的に報じている。大統領選指名争いにおける緒戦で、ヒラリー・クリントンが敗れた衝撃はかなり大きいようだ。キーワードは「変化」「希望」「脱ブッシュ」「統合」であり、そこに見られるのはブッシュ政治に対する批判、新しい風への期待と流れ、そして実行力への信頼ではないだろうか。日本と異なるリーダー選出の過程で、市民が意見を戦わせ合意を形成していく流れは、談合と投票だけの日本のそれとは確かに違う。若いオバマ氏の考え、人柄、行動、弁舌等が徐々に受け入れられ、支持者の間に彼の考えが浸透していく。一方で、日本スタイルは本日付「天声人語」氏によれば、「福田首相の口ぶりは評論家を思わせ、『ひとごと感』さえ漂う」。アメリカは原色の自己主張を塗り重ねた油絵だが、日本の政治風景は水墨画的であるとまでいう。日米の政治風土やメディア観は違うが、少なくとも弁論で切り結ぶ覚悟がなければ、どの国の有権者もついて来ないと厳しく断じている。

 まだ、先行きは不透明だが、オバマ氏が一気に活路を開くのか、はたまたヒラリーが巻き返すのか予断を許さない。3日後にニューハンプシャー州予備選挙があり、これでオバマ氏が勝ちを制するようだとオバマ・ブームを巻き起こし、一気に突っ走るかもしれない。現在60歳のヒラリーはすでに既成候補者と見られ、NYタイムズ紙は「指名獲得は既定の流れだと示そうとする(クリントン陣営の)戦略はズタズタになった」とまで指摘している。失地回復を目指し、劇的な戦略の変更を考えざるを得ないヒラリー陣営にとっては、小さなつまずきであったかも知れないが、負けゲームへの大きな落とし穴になる可能性がある。

 60年代初めに若き無名?のJ・Fケネディが瞬く間に躍り出て指名を獲得し、そのまま米大統領まで上り詰めていったドラマが思い出されてくる。ニューハンプシャー州の予備選に続く、ニューヨーク州、カリフォルニア州など22州で予備選と党員集会が開催される、来月5日(火)の「スーパー・チューズデー」で、ある程度方向が決まるのではないか。世界の指導者を決めるイベントだけに、こればかりは単に他国の選挙と言って指をくわえて見ているわけにはいかない。当分の間、気がもめることである。

 さて、今日から開催の予定だった「パリ・ダカ」ラリーが昨日になって主催者側が急遽中止と発表した。だいぶ前からこんな環境破壊、住民虐待ラリーは中止すべきだと考えていたので当然だと納得したが、その中止の理由は「競技に対する直接的な危険がある」とテロを警戒するものだと苦渋を匂わせた。先月モーリタニア旅行中のフランス人家族4人が殺害され、容疑者がイスラム過激派と見られ、組織がラリーを妨害する恐れがあるからと初めて世界的ラリーの中止に踏み切った。

 日本人の間にも人気のあるラリーで、過去にも日本人レーサーが優勝し、そのひとりである増岡浩選手のごときは「残念でならない」と嘆いているが、自宅前でこんな埃っぽいラリーをやられる住民の気持ちを考えたことがあるだろうか。この凄まじいラリーの乱暴な走行ぶりを見て呆気にとられたことがある。言ってみれば、自動車の耐久レースであり、車メーカーの宣伝の場と化している。車を製造するメーカーの国で堂々とやるならともかく、貧しいアフリカにつけこんで大金をばらまき、特に今回問題になったモーリタニアを中心に何百台の車がガソリンを撒き散らし、埃を巻き上げ、砂塵をあげて、草木をなぎ倒し、道なき道を走りまわり、砂漠を壊し、住民を騒音と埃まみれ追いまくっている。ついに、パリで走れず、今年はリスボンからダカールまで走行する「リス・ダカ」計画だった。こんな気狂いじみた環境破壊で住民いじめのイベントは、「地球温暖化防止」、「地球環境保全」の今日、時代のテーマにそぐわない。もう止めるべきである。これを中止に追い込んだ「イスラム・マグレブ諸国のあるかいだ組織」(AQIM)に対して拍手、ハクシュ~、改めて拍手である。

2008年1月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

235.2008年1月4日(土) 東京証券市場は大波乱で今年の幕開け

 今日1月4日は、ビルマ(ミャンマー)の独立記念日である。1948年にイギリスから独立したが、その過程で大東亜戦争戦禍や、南機関による独立への支援活動を無視することは出来ない。もう大分前になるが、毎年のように、この日駐日ビルマ大使館で開催されるお祝いに招かれ楽しみに出かけた。1970年代には、南機関でアウン・サン将軍の同志として活躍された高橋八郎さんや、川島威伸さんもおられ、それにウ・チ・コー・コー大使やサン・テンさんのような親しいビルマ人もおられたので、ビルマの民族舞踏を楽しみ、ビルマ料理をご馳走になり、楽しい思い出を沢山もらった。

 そのビルマが、昨秋軍政の市民デモ鎮圧によって、世界中から非難を浴びていることが残念でならない。

 軍政はアメリカにおけるビルマ政府要人の資産凍結や、入国制限に対する対抗措置として、ビルマへの入国に際し空港でアメリカ人入国者全員にデポジットとして、約33万円を納めさせるとか、また国内向けには衛星テレビ視聴許可料を、一気に170倍に引き上げた(1月3日付朝日)。年間525円だった視聴料を9万円に値上げするもので、まずほとんどの契約者が支払えない桁外れの高額である。これは、衛星テレビを通して反政府的なニュースに国民が接するのを抑制しようとの明白な意図がありありで、あこぎなやり方はあの穏健で常識的なビルマ人のやることとは到底思えない。明らかに軍政による報道の自由の締め付けである。

 ところで、今日が仕事始めということであるが、早速ドカンと大砲を打ち込まれた。東京株式市場の大発会で、東証平均株価が一時765円の大幅な下げ幅となり、終値は616.37円安で東証平均株価14,691.41円で取引を終えた。大発会一日の値下がり幅としては過去最大だった。昨日アメリカで原油価格が[1バレル>100$]を超えたことがすぐ効いた。昨年の今ごろは確か[1バレル>50$]に値上がりして大騒ぎしていたが、早くもその高値の2倍となった。石油消費国日本としては、今後とも頭の痛いところだ。明日は少し反発すると思うが、このままの状態では、日本の株式市場はまったくお先真っ暗だ。

 いよいよアメリカ大統領選挙戦が火蓋を切った。大統領選挙最初の民主、共和党の党員集会がアイオワ州で行われ、民主党では序盤やや有利と見られていたヒラリー・クリントンがバラク・オバマ氏に敗れた。大きな差ではないが、ヒラリーはエドワーズ元上院議員にも敗れた。かなり接線が予想されてはいたが、実のところヒラリーが負けるとは意外だった。これで、この先の各州党員大会・予備選が面白くなってきた。特に、来月のスーパー・チューズデイの結果次第では、これまでと攻守ところを変えるターニング・ポイントになる可能性がある。共和党は、マイク・ハッカビー前アーカンソー州知事が勝った。新聞評によれば、オバマ氏はジリ貧のブッシュ政権からの「変化」を強調して、若者を中心に支持層を集めた。保守とリベラルに分裂したアメリカの「統合」を訴えたことも、9・11後の閉塞感にあえぐアメリカ国民にアッピールした。いずれにせよ、これから秋本番までに各陣営がどういう戦略で、流れを取り込んでいくのか、興味は尽きない。

2008年1月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

234.2008年1月3日(木) 箱根駅伝で3大学も途中棄権

 さいたま市に住む長男が、嫁と3人の孫が年末から里帰りしている嫁の実家へ迎えに行くと言って昨晩泊って、今朝車で奈良へ向かった。

 昨日から2日間、楽しみにしていた関東大学対抗箱根駅伝をたっぷり楽しんだ。この駅伝には教えられることも多いが、今どきのスポーツ選手の考え方や実態を知って、切歯扼腕することもある。レースは予想通り駒沢大が逆転して「総合優勝」を飾った。「往路優勝」の早稲田、「復路優勝」の駒沢大、そして本当の実力証明の「総合優勝」は、駒沢大という順当な結果に収まった。意外だったのは、昨日往路最終区間で棄権した昨年の優勝チーム・順天堂大、今日途中で棄権した大東文化大、そして最終区間のゴール手前で棄権してしまった優勝候補・東海大と、3つものチームが中途でレースを棄権したことだった。こんなことは今までなかったのではないか。精神論を説くつもりはないが、練習環境、待遇、コーチング、情報等すべての面で恵まれ、たとえ練習量が豊富で、充分体調管理に留意していても、当日になってコンディションが狂うということはあり得ることである。しかし、これだけ揃いも揃って強豪校が討ち死にするとなると、その裏には現代っ子の精神面の弱さとか、根性の欠如のような表に出ない弱さのほかに、指導法の間違いも隠されているのではないかとつい考えてしまう。スポーツ選手に限らず、政治家にしたって苦労知らずの人が多くなった。取り巻きがすべてお膳立てしてくれ、本人は言われるままに動く。まるでリモコン操作で動くロボットである。こういう人間は一旦艱難に出会うと自分で処理出来ずに、その場から逃げ出す傾向が強い。つい最近だって一国の総理大臣が自分でどうしてよいか分からなくなり、無責任にも職を投げ出してしまった例もある。まあケースは違うが、棄権したチームにも似たような内情があったのではないか。今年棄権した駅伝常連3チームの来年度の捲土重来を期して待つとでもするか。

 さて、2008年の国際的な大きな動向が予想しにくい。国内でも総選挙が予想される以外に、政治、経済の動きが読めない。世界経済もサブ・プライム・ローンの影響や、原油価格高騰の余波を受け、日本経済は停滞したままで、株価もあまりぱっとしないのではないかと考えると憂鬱になる。因みに、今日の日経紙上の大企業社長・会長21人による経済・株価予想をみると、全般的に春先は安く、年末に高くなると予想している。日経平均株価でも、春先は、14,000~15,000円だが、夏以降は17,000~19,000円を考えている人が多い。いま持っている株式はこのまま当分持ち続けるしかないようだ。

 今日もいろいろな方から年賀状をいただいた。年々可笑しな現象を見る。同じ人から複数の年賀状をいただき、その文面や、内容が異なっていることである。書かれた方は、同じ年賀状を2通も同じ人に差し出していることに気づいていないのだろう。中には高齢になったので来年以後は年賀状の交換を遠慮したいと書かれている例もある。また、ご高齢で健康を心配していた方から、今年はとうとう年賀状をいただかなかった。あんなに筆まめな方だったのに、やはり健康が優れないのだろうと心配である。これも時の流れというのだろうか。かつては、あんなに元気だったのにお年を召されて、やはり世間から身を引くような心境になるのだろうか。いずれ自分もそうなるのだが、その時自分はどういう心境になるだろうか。加齢と老いは間違いなくやってくる。

2008年1月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com