363.2008年5月11日(日) 再びビルマへの熱い想い

 部屋をリメイクしようと先日デパートで机と本立て2竿を買ったが、今日配送されてきたので、早速部屋を整理する。本を買っては書斎内に手当たり次第に積み重ねていたので、いつの間にか大分溜まって足の踏み場もなくなっている。本立ては五段のものを二つ購入したのだが、それでも足りずどうすべきか考えあぐねている。どうもいま流行の「整理術」がうまくない。まったく同じ書が2種類も出てきて、そのうかつさと無駄遣いに自分でも呆れている。

 整理していた小物類の中で、サイクロン被害により、いま世界中の人々からお見舞いの気持ちを受けているビルマの民芸品が、いくつも出てきて、ついビルマへの郷愁が募ってくる。年々ビルマの友人、知人との連絡も細くなっている。いまコンスタントに手紙のやり取りをしているのは、たった2人になってしまった。あとニューヨークにひとりいる。

 一説には、被災者は150万人とも言われている。国民生活が危機に瀕している最中、やはり一部の地域を除いて新憲法案の是非を問う国民投票が強行された。この結果が出るのは、延期された地域の結果を待つので、相当遅くなるとは思うが、結果的にはどう出ようと意味のないものになるだろう。いまのところ、日本の援助は最高額のようである。いまでこそ軍政体制でお互いにあまり友好的な付き合いではないが、かつては極めて良い互恵的な関係にあった。特に、戦時中日本軍がビルマに迷惑をかけたというお詫びと反省の意味から、戦後賠償を奮発して、率先してビルマには援助を惜しまなかった。それを憶えているビルマの人たちは多い。ビルマを訪れて嫌な印象を持つことはまずない。少し滞在すると、ビルマという牧歌的な大地と素朴なビルマ人の良さがじわっと分かってくる。それが「ビルキチ」(ビルマ狂いの意)が、いっぱいいる理由である。いまのタン・シュエ政権は強引で独裁的な統治で、ビルマの国際的なイメージをどんどん壊している。国際的にビルマという国が、このように独裁的で、他国の忠告を一切聞かず、悪い意味の唯我独尊の国家との固定観念が定着するのが残念であり、それが一番心配だ。

2008年5月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

362.2008年5月10日(土) ビルマの被災民が気の毒だ。

 今月2日、3日にビルマ南部を襲ったサイクロンの被害が、想像もできないほど酷いものだったようだ。ビルマ政府が外国人ジャーナリストの受け入れを頑なに拒絶しているため、中々真実を伝える正確な映像が入ってこないが、断片的な映像では目を覆いたくなるようなシーンばかりだ。

 ビルマ軍政の無情な対応は、当初海外から支援物資は一切断るというものだった。しかし、あまりにも甚大な被害が明らかになるにつれて、物資の援助は受け入れるが人的支援は必要ないというもに変わった。だが、とても普通の感覚ではない。それでいて、被災現場で援助活動に精出すビルマ軍人の姿は皆無である。こうして、被災者はどんどん増えていく。食糧が不足し、疫病が流行り、住むところがなく、家族を亡くして将来への希望を失い、それでもなお国家は国民を見捨てたままにしまうのか。あまりにもむごい。しかも、海外からの援助物資を政府の人間がネコババしているらしい。被災に遭った人々があまりにも気の毒である。さすがに見るに見かねてアメリカも、サイクロン被災者の援助を優先的に行うようビルマ政府にお願い?しているありさまである。

 そこへ今日非常識にも、新憲法案の可否を問う国民投票が、被災地を除くビルマ各地で行われた。悪評さくさくの新法案である。多分軍政の思惑通り、新憲法案は承認されるのだろう。

 それにしても、サイクロン被災の現場周辺に軍関係者、政府関係者の姿がほとんど見られないのは、どういうことだろうか。援助活動の指揮は誰が担っているのか。国家として成り立っていないのではないだろうか。あのビルマが酷い国に成り果てたというのが実感である。

 多くの国の中でも、最も国民性が素晴らしいと思っているビルマだが、国のトップが機能不全を曝け出し、これだけ無責任、無能、非情、非民主的、私利私欲だと国民があまりにも気の毒で可哀想である。

 さて、今日は結婚記念日だったので、妻と車で玉川高島屋へ出かけディナーで祝った。いつの間にやら39回目になった。25周年のときは、カナダへ銀婚旅行に行ったので、来年の40周年には、またどこかへ行こうかと思っている。

2008年5月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

361.2008年5月9日(金) この世はおかしなことばかり。

 ロシアも、中国もどうもおかしなことをやっている。昨日ロシアではプーチン前大統領が首相に就任した。メドベージェフ新大統領に任命されたものであるが、大分前からきな臭い動きはあった。大統領職を禅譲されたメドベージェフ政権は、実質的にはプーチン首相による院政で、プーチン首相自身がかつてほしいままにした強大な大統領権限を、次から次へ封鎖して首相権限へ移行し、思い通りに政治を操っている感じである。昨日の日経紙に依れば、プーチン大統領は離任直前に州知事など地方自治体首長の人事権を、事実上大統領から首相に移す大統領令にも署名していた。これも明らかにプーチン氏のしたたかな計算によるものだ。これで地方の政治家が忠誠を誓うのは、メドベージェフ氏ではなく、プーチン氏だということがはっきりした。まあ、よくやるなぁと思う。こんなことまでされても、メドベージェフ氏は大統領になりたいのか。げに恐ろしきは、名誉欲と権力欲である。

 一方、中国も北京五輪成功のためには何でもありだ。問題の聖火リレーが海外で終わり、いよいよ国内で始まったと思ったら、あっという間にチョモランマ頂上の聖火リレーとなった。中国国内では、中国ナショナリズムが盛り上がり6時間も生中継をやっていたという。しかし、本当かな?というのが、実は率直な感想である。頂上の聖火をどうも手放しでは祝福できない。下衆の勘ぐりかも知れないが、本当に約10名のリレー走者チームが一辺に登頂したのだろうか。チョモランマというのは、仮にも世界最高峰・海抜8,848mの英名エベレストであるが、そんなに簡単に登れるのかという疑問がある。たった1人でも登頂するのが至難な英雄的偉業であるのに、団体で聖火を携えたパフォーマンスをやって、団体でいとも簡単に(?)登頂成功である。本当かなぁ? しかも、頂上で聖火を点した(された)のがチベット人女性というのが、何やら怪しい。「中国の、中国による、中国のための北京五輪」成功のために、国家総動員で田舎芝居を演じているように思えて仕方がない。

 どうも、近年は普通で、ごくまともな社会がどんどん消えつつある。嫌らしい傾向である。

 さて、今夕のテレビニュースで報道されたが、広島県の公立高校入学試験で、学業成績、内申書は合格点に達していたが、県教委は面接の態度が悪いとの理由で不合格になった受験生の入学を一転して認めることに決定した。現在すでに他校へ通学している1年生に対して当初の希望校入学を許可するらしい。

 よく考えてみると、この対応はどこかおかしく、筋が通らないのではないか。これでは面接試験をやる意味がないと思う。家庭の事情のようなプライバシーの理由で不合格にしたなら、その理不尽さは糾弾されてしかるべきである。だが、このケースは、学力以外の人物評定の場で、受験校の教育関係者がその学校のカラーに合わない行儀の悪さに不合格の烙印を押したのだ。それにも関わらず学校側が下した面接評価は認められず、逆に態度の悪かった生徒が合格になるという。この措置はやはりおかしい。その生徒がいまさら入学し直したところで、学校、同級生、保護者の間にしこりが残り、教育的な見地から好ましくないのではないかと思う。それより何より、その生徒にとって一旦拒否された高校へ入りなおすことが、本人にとって幸せなことなのかどうか、県教委は考えたことがあるのだろうか。それと肝心要の入学を認めた基準と根拠は何なのか、はっきりさせる必要がある。ご意見番としては、どうも納得がいかない。

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360.2008年5月8日(木) 酒井啓子教授によるイラク講座

 多摩大学・現代世界解析講座第3回は、イラク問題に詳しい酒井啓子・東京外大大学院教授の「イラクを巡る国際情勢」と題する講義である。酒井講師は、アジア経済研究所主任研究員として、イラク戦争勃発の際、連日テレビに出演されていたので、いまも知名度は抜群だし、当時は歯切れの良い解説に随分理解を深めさせてもらったものである。

 80年代に3年間も研究者としてイラクに滞在し、戦争直後にも現地を訪れているので、現地情勢に詳しく、現地の人と同じ目線でイラク情勢を観察し、アメリカに対しても真っ当で、結構きつい意見を持っておられる。いま読んでいる岩波新書「イラク・戦争と占領」でも、戦争直前に戦争へ向かう段階的なイラク内外の動きについて詳細に分析している。

 今日の講義で、特に印象的だったのは、隣国同士ではあるがアラビア人のイラクと、ペルシャ人のイランの異質な点を挙げて、両国民の民族的な違い、イラク人のイラン人に対する考え、等について話された。イラク人は戦後アメリカが去った後に、国内でイラン人につけ込まれることを心配している。現在のマリキ政権の要人は、ほとんどイランとつながっている。彼らはフセイン政権下でイランへ亡命し、何十年間もイランで生活し、イランの協力も得た人々であり、イラン的思考に染まっている。イラク国民としては、イラク人とはいえ、そういう人たちに支配されることと、しばらくアメリカ軍が駐留することのプラス面を天秤にかけている。

 変わったところでは、フランス・サッカーのジダン選手と日本ハムのダルビッシュ投手のイスラム教徒論まで話され、中々面白かった。

 ささいなことだが、2点気になった。ひとつは、質問を受けるということを多摩大学学部長が開講前に突然言われたが、その時間はほんの10分。これだけの講義内容でたった10分とは常識的には考えられない。こんな僅かな時間では、最初から中身の濃い質疑は無理に決まっている。案の定質問者は1人だけだった。受講している飯田ゼミの遠藤靖子さんも、イラクの女性について質問したかったと言っていたくらいだ。

 もう1点は、酒井講師から事前に配布されたレジュメが、「11月7日、龍谷大学」とタイプされていた。いくらなんでも半年前他大学で行った講義のレジュメをそのまま配る、無神経はちょっと理解できない。この表示を削除するとか、タイプし直すとか、もう少し気を遣ってもらいたい。

 しかし、講義内容はさすがにイラク専門家で充分期待に応えるものだった。お陰であまり聞けない専門的な知識を直接仕入れさせてもらった。この後のセミナーにも期待が持続される。

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359.2008年5月7日(水) 胡錦濤・中国国家主席の本音はどこに?

 午前中皇居で天皇、皇后両陛下が胡錦濤・中国国家主席を歓迎する式典が中継放送され、その後両国首脳会談が行われ、記者会見、そして夕べには天皇主催宮中晩餐会が行われた。この間両国が話し合った内容が断片的に伝えられた。実質的な成果があったのは、中国側がパンダの1つがいを日本に貸与するという政治とはまったく関係ないものだけだった。

 両国の首脳が会談しながら、何がゆえに実質的な成果をあげさせないのか。お互いへの奇妙な遠慮である。かつて初めて田中角栄首相が中国を訪問したとき、最後に田中首相と会った毛沢東主席は、「もう喧嘩は済みましたか?」と尋ねたことが当時話題になった。つまり、良き友人は相手にとって厳しい意見やアドバイスを言い、解決した後は喧嘩を水に流してお互いに友情を育てるという中国古来の格言に倣ったものだ。

 それに比べると、胡錦濤主席も福田首相も籠の中の儀式で、しゃべる言葉もブレーンが作成したものをそのまま読んでいる感じだった。これでは、いま両国間に横たわっている①東支那海ガス田開発、②冷凍ギョーザ問題、③チベット問題、④北京五輪開会式福田首相出席、ほかについて腹を割って話し合ったということにはならないのではないか。

 日本は、胡錦濤主席にうまく利用されているのではないかとの考えがある。ヨーロッパ諸国から厳しい見方をされている中国が、日本と外交的に良い関係にあって日本の支持を得ているというPRではないかとの声である。

 したたかな中国と日本が渡り合うのは、中々大変であるし、現在の力関係とか個人的な能力を考えると日本には分が悪い。日本の外交下手は、政治家がほとんど世襲議員で、自ら苦労した体験がなく、周りにすべてのお膳立てをやってもらう環境の中で育ってきた人たちだからである。

 日本滞在中にどんなサプライズがあるのか。

 ロシアでは、今日プーチン大統領が8年間の大統領職を退き、メドベージェフ新大統領が就任した。明日プーチンが首相に就任して、いよいよわけが分からない二頭立て政治がスタートする。この国も何を考えているのかよく分からない国である。

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358.2008年5月6日(火) 胡錦濤国家主席来日とビルマのサイクロン

 胡錦濤・中国国家主席が来日した。チベット問題と北京五輪が話題になっている折柄、世界中が主席の言動を注目しており、日本政府としてもその対応が中々難しい。日中両国間には、東支那海ガス田開発と毒入り冷凍ギョーザ事件の未解決問題がある。いずれも中国側に問題があると思えるが、日本はそこをずばっと突くことが出来ない。外交交渉がまったく下手で、外交の何たるかが分かっていない日本の政治家と外務官僚では、いつまで経っても解決は無理だろう。

 胡錦濤主席は4日間ほど滞在するようで、その間に福田首相と会談するが、チベット問題で事を荒立てたくない日中両首脳は、肝心の点をぼかすのではないかと思う。10年前に江沢民主席来日の折には、江主席は過去の歴史問題ばかりを取り上げて、日中関係をこじらせた経緯もあり、今度はあまり踏み込んだ話し合いにはならないだろうというのが専門家の見方だ。ということは、中国側の立場を容認することになりかねず、海外から日本を見る目が厳しくなる心配がある。

 それよりいま私が個人的に気になっているのは、ビルマのサイクロンによる被害状況である。ビルマ駐在の外国人マス・メディアが少ないので、詳しいニュースが伝わりにくいが、今月3日に襲来以来毎日被害者数が増え続けている。最初が死者350人、翌日には3,000人になり、昨日10,000人になり、今朝15,000人から夕刻には22,500人になった。加えて約4万人の行方不明者が出ている。細々と写る映像を通して見える、吹き飛ばされそうなラングーンの街が哀れである。この国の一途な外交の背後に、中国の影があるのも皮肉である。

 意地を張ったビルマ軍政は、国連救援部隊の入国を拒否していたが、ビルマ国内のライフライン停止、道路輸送の途絶、食糧不足、衛生薬品不足など国民生活の停滞により、ついに国連の援助を受け入れると発表した。10日に新憲法承認のための総選挙実施が危ぶまれていたが、軍政は意に介することなく予定通り選挙を実施する予定だった。しかし、さすがに国内にこれだけの被害を蒙ると、選挙に拘ってもおれず、とりあえず被災地区では選挙を延期するらしい。新憲法と総選挙に世界中の厳しい目が注がれている折に、このような災害を蒙るのは、天罰とも言える。軍政はもっと素直になって、ビルマ国民と国際社会の声を聞き入れ、民主化を進めなければ国際社会が国家として認めないだろう。いまの状況では、ただ優しい国民が哀れに思えて仕方がない。

2008年5月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

357.2008年5月5日(月) 少子化と教育問題をどうとらえるか。

 こどもの日である。いまや少子高齢化で、こどもの数は年々減少している。その分、こどもは大切にされ、やや過保護気味になってきた。しかし、これはあくまで表面上のことで、その陰でこどもに対する養育放棄や、こども虐待事件が後を絶たない。児童相談所も問題を抱え過ぎて、手に負えないところも多いようだ。

 戦後しばらくベビーブームと呼ばれ、児童数も毎年うなぎのぼりに増え、昭和24年には、270万人の新生児の誕生があった。昨年は、新生児の誕生がやっと100万人を超える程度で、ピーク時に比べて4割程度にまで減ってしまった。かつてのベビーたちは団塊の世代と呼ばれるようになり、いまや彼らのこどもたち、団塊ジュニアが問題児になっているケースが多い。

 教育面で評価の高いフィンランドでは、1人の女性が一生に産むこどもの数は、1.84人で日本の1.32人を大きく上回っている。1970年には、日本が2.2人で、フィンランドは1.8人だった。この背景には、女性がこどもを育てるための福利厚生や、教育予算の拡充が必要である。その裏づけとして、北欧諸国は概して税金、とりわけ消費税が高い。ほとんど22~25%で、高負担・高福祉が徹底している。それでも国民はそれを支持している。税金は高くても必ず自分たちに還ってくると信じている。この点が重要なポイントだと思う。高負担が結果的に国民の福祉向上、教育水準上昇に貢献していることを国民が納得し、支持している。高邁な政策を打ち出して、実行できる仕組みをしっかり構築できるかどうかが大切で、北欧の国民は政府を信頼し、政策を委ねる。この点では残念ながら、わが国はとても難しいと思う。税金を上げても消えてしまったり、無駄に使われるのがはっきり分かっているからである。それに、政治家が福祉問題にまったく熱意がなく、勉強せず、教育についても問題点そのものが分からないようでは、とても頼りにすることができない。

 フィンランドの教育施設を見学したことはないが、見学した北欧スウェーデン、オランダや、その他の欧米各国の教育機関を訪れた後の率直な感想は、学校現場においても彼我の差は、その関係する役所の差ではないかと思えたことである。日本の教育現場があまりにもお役所的に強請されているような印象を受けた。こども本位ではなく、先生が教育より書類作成に時間を費やしている。こどもの時に読むべき本は読まず、マナーやエチケットを学ぶこともなく、塾が氾濫してロボット化した頭でっかちの子が溢れている。これでは、世の中に愛情、情熱、思いやり、創造性、独立心に欠けた、嫌なガキがのさばるのも分からないでもない。

2008年5月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

356.2008年5月4日(日) 長編時代小説「大菩薩峠」を観る。

 大分前から観たいと思っていた、中里介山の映画「大菩薩峠」を観た。先日NHKで放映された番組を録画しておいたものである。私が初めて海外へ出かけた、昭和41年に製作された岡本喜八監督作品だからかなり古い。三船敏郎、西村晃のように、すでに故人になった有名俳優が大勢出演していて、主役の仲代達矢や加山雄三もまだ若い。「大菩薩峠」は、中里介山が世界最長を目指して書いた長編小説で、大正2年から昭和16年まで、約30年に亘って複数の新聞に連載した41巻の未完の大作で、作者が亡くなって連載は終わった。長すぎて中々読む機会がなく、せめて映画でも観てみようと思っていた。どうも同じように考える人が多かったと見え、戦前から度々映画化され、名優大河内伝次郎や、片岡知恵蔵らも主役として出演している。大菩薩峠という名に憧れ、実際に登ったことがある。あまり登山向きの山というイメージではなく、むしろハイキングに向いた、登りやすい山という印象だった。しかし、目前に雪を冠した南アルプスの峰々が素晴らしいランドスケープを見せてくれたことが強く印象に残っている。

 長編小説なので、映画ではストーリー全編を取り入れるのは難しいとは思っていたが、やはり相当割愛されている。この映画では話の筋をどう決着をつけようとしたのか、中途半端な印象がぬぐえない。主人公の机竜之介が新撰組の宴会で狂ったように暴れまわったまま終わったラストシーンはどうにも納得できなかった。課題が後へ持ち越されたようなエンディングである。原本では、まだ脇役が入れ替わってストーリーは続く。しかもつけ狙っていた宇津木兵馬が近くで待機しているし、始まったばかりの兵馬とお松のラブストーリーの結末はこの先どうなるのか。映画のシナリオがどうも腰砕けのような気がしてならない。実際、竜之介と兵馬の決闘、とストーリーの結末はどうなるのだと聞きたい気持ちである。主人公竜之介は生き残って極悪非道の殺人を犯し続け、ついには故郷近くで夜毎に辻斬りとして現れる。その辺りは映画ではまったく触れていない。やはり30年近くも世間に話題を提供しながら、連載された小説では、スケールが大きすぎて映画のスクリーンには納まり切れなかったのだろう。

 最近は映画もまったく観なくなってしまったが、先日来話題の「靖国YASUKUNI」も昨日から厳重警戒の下で一般に公開されている。この「靖国YASUKUNI」も機会があれば、是非とも観てみたいと思っている。

2008年5月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

355.2008年5月3日(土) 憲法審査会は何をしているのか?

 ゴールデンウィークも真っ盛りで、TV各局は交通機関の混雑した様子や、成田空港の海外旅行客、各地の天気予報、スポーツイベント等々中々賑々しい報道ぶりである。ところで、あまり大々的に報道されないが、今日は61回目の憲法記念日なのだ。GW休みで一昨日からガソリン代の値上げにも拘らず、郊外へ出かける人たちはどれだけ憲法記念日を意識しているだろうか。

 安倍政権時代に勢いのあった改憲の熱気も、このところぐっと冷えて、昨年春国民投票法案まで可決しながら、その後改憲の動きはさっばりだ。どうもあと一押しが出ない。国民投票法では衆参両議院に憲法審査会を設置することが決まった。しかし、ここから先へ進まない。昨年は勢いに乗って、本当に憲法改正まで突っ走りかねなかった。しかし、国民投票は決まったが、何歳までの国民に選挙権を与えるのか、具体的に肝心な点がまったく決まらなかった。最後の詰めが甘いのか、どうも熱しやすく冷めやすい性格は相変わらずだ。何のための国民投票法だったのだろう。いざという時に肝心なことが決められていない事態に、また肩透かしを食うようだ。安倍首相の病欠の事態に、首相代理職を置くという話があったが、それもすっかり忘れられてしまった。

 朝日の世論調査によると、憲法改正を必要と考える人が56%、必要ないと考える人は31%、しかし、9条の改正に反対する人は66%もいる。つまり現憲法には、国際社会の中で内容的に問題も出ているので、ここいらで議論しようということを言っているように思う。だが、憲法9条の改正には明らかに反対している。こういう意見を政治家はどう汲み上げるのか。もっともこれまでにも憲法違反を繰り返してきた自民党政権だから、9条改正反対の声が上がっても大して問題にもしないだろう。

 それより今朝の日経紙社説は、憲法改正でいまの二院制を抜本的に見直そうと提案している。どうも憲法改正というと何でもかんでも、9条の削除は戦争へつながると短絡的に考えがちだが、日経はもっと基本的な点を取り上げ、現行の二院制度は憲法の最大の欠陥であると指摘して、議院内閣制がきちんと機能するよう憲法を改正すべきであると主張している。要は、諸外国の二院制に比較してもわが国のそれは、機能を充分果たしていない、参議院の権力が強すぎて本来の二院制の意味を成していないという。参議院の選挙制度も抜本的に見直すべきであると提言している。

 とにかく、憲法問題は聖域に押しやられてはまずいと思う。昨年の国民投票法成立を機会に、何の動きもない憲法審査会がそろそろ前向きな議論を始める時が来ているのではないか。

2008年5月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

354.2008年5月2日(金) 福田政権は末期症状か?

 案の定、朝日の世論調査で福田首相の人気が、ついに20%にまで下がった。毎日では18%である。日経では21%だそうだから、いずれにせよ平均して5人に1人しか福田政権を支持していないことになる。こんな低い支持率は、あの‘お坊ちゃま’首相・安倍晋三の最悪の時代にもなかった。竹下首相と森首相の退任直前の9%以来だという。この行き詰まった事態を打開する手立てが、福田首相にはあるのか。自民不人気のせいで、漁夫の利をさらったのは民主党である。支持率は自民党を抜いた。しかし、民主党の政策や、実績が支持されたわけではない。いうなれば、自民党のオウン・ゴール(自殺点)である。今回のガソリン税暫定税率問題にしても、結果的に国中を大騒ぎさせ、国民に迷惑をかけ結局元の鞘に収まっている、大騒ぎの責任は自民党ばかりでなく、全国会議員にある。民主党はもちろんのこと、共産党や民社党にも責任の一端はある。全国会議員に猛省を促したい。解散して民意を問えとの声が圧倒的に多いが、のらりくらりの福田首相はどうするのか。

 さて、前から問題視されていた静岡空港が来春の開港を前に、早くも赤字経営必至と言われている。これも発想において道路政策と変わりない。しかし、道路と違ってその必要性ありやなしやの議論が遠ざけられ、地元の中でも反対意見が強かったという。東京・名古屋間の大動脈の最高の立地にあり、既存の交通機関に恵まれ、地理的に空港を必要としない土地に、「なぜ空港なんか作る必要があるのか」との反対の声を敢えて押し切って着工した。新幹線が益々便利になる今では、新空港利用者はあまり期待できない。全発着便満席であっても黒字にはならないという、アダム・スミスも真っ青な計画を強引に実行した。この赤字は、国と静岡県が負担することになる。こうして、国家財政と地方財政はますます疲弊していくことになる。十年一日の如く、いつまでこういう馬鹿げたプロジェクトを「発明」し、税金の無駄遣いを続けるのか。

 ところが、この馬鹿げたプロジェクトにお追従する、よりアホな県があると聞いて開いた口が塞がらない。再来年春茨城空港が開港する。航空自衛隊百里基地滑走路に平行して、新滑走路を敷く。アホな茨城県は、「首都圏の北の玄関」として経済波及効果を期待しているらしいが、航空会社の関心は低く、全日空は羽田空港とは勝負にならないとつれない。当たり前だ。こういう無駄な空港を計画するお馬鹿さんの脳みそを覗いてみたいものである。

2008年5月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com