592.2008年12月26日(金) 早乙女貢氏の会津史観

 昨日胃癌のため亡くなられた早乙女貢氏は享年82歳だった。髪は黒々としてとてもそんなお年には見えなかった。今朝の朝日によると「会津藩主と藩士の苦難を通じて、小藩に逆賊の汚名を着せた官製の正史に対する疑念を提示。敗者の視点に立って日本の近代化の歴史の再検証を試みた」と紹介されている。会津魂に対するこだわりと思いのたけは、早乙女作品に集約されている。とにかくライフワークとして書き上げた会津魂シリーズは、吉川英治文学賞を受賞した第一期幕末編「会津士魂」が全13巻、第二期明治編「続会津士魂」が全8巻である。早乙女氏の作品は、恥ずかしいことにほとんど読んでいないが、解説を読むと中々骨のある歴史文学のようなので、いずれ読んでみたいと思っている。阿刀田高・日本ペンクラブ会長は早乙女氏の推薦でペンクラブ会員になられたそうだが、小中陽太郎氏の推薦と併せて、その阿刀田高氏の推薦で同じくペンクラブ会員になった私は、早乙女氏にとってさしずめ孫弟子のようなものだろうか。謹んでご冥福をお祈りしたい。

 内閣府が発表した2007年度国民経済計算によると昨年の日本人の一人当たり名目国内総生産(GDP)は、世界で19位だった。G7の中で最下位だそうだ。必ずしも経済力の実態を表しているわけではないが、凡その見当はつく。昨年はユーロ高傾向だったので、ヨーロッパ各国のGDPが膨らんだ一方で、日本は成長率が伸び悩んだせいでもある。イタリアに追い抜かれた。実際日本の上位18カ国のうち、アメリカとカナダを除く16カ国はすべてヨーロッパだった。今年が円高だったので、日本のポジションも来年度は昇格するのではないかとのコメントもある。さあどうなるか。

 早稲田出版と拙著の重版について話し合っている。やや暗過ぎた写真をもっと明るい印刷にしてもらうということで落ち着いた。嬉しいことに出版社に拙著への電話注文が相次いでいるという。何となく黙っていても内心から嬉しさがこみ上げてくるものだ。この分だと気分よく年を越せそうだ。

2008年12月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

591.2008年12月25日(木) クリスマスに年賀状を書く。

 景気が芳しくない情報ばかりがマス・メディアを席捲している。期間労働者や契約社員がバタバタとクビを切られる厳しい雇用環境に直面して、地方自治体が積極的に彼らを臨時職員として雇用しようと乗り出した。これは明らかに政府が動いた結果ではない。自治体が地域内の企業が非正規社員を解雇する状況を見て、独自に対応した救済策のひとつである。まったく政府や中央官庁の機能不全状態に自治体が動くしかない状況となっている。極端であるが、これでは政府や中央官庁は必要ないのではないかと考えてしまう。それでいて政府や頭の良いとされる(実際にはプライドばかり高くて頭なんて良くない)中央官庁の役人が考える来年度予算は、過去最高の支出額である。短絡的にそう間単に考えるわけには行かないが、実際役人なんて要らないと考えたくなる流れと社会の構図になっている。鈍感な政治家と、国家観のない役人はこういう状況にぶち当たり、国というのは何が骨格であり、どう組み立てなおすのかというアイディアがまったくない。ポーズだけとって手を拱いているのだ。情けない。

 年末となってこのところ年の瀬の恒例となった年賀状を書いている。この3日間で500枚近い宛名書きをした。あと100枚少々書くつもりだ。印刷はかつて本職の印刷屋に依頼していたが、今ではPCを使い自分で作成している。宛名だけは万年筆で気持ちを込めて書くよう努めている。これは子どもの頃から習慣となっている。やはりこだわりがある。どんな手紙でも相手の名前や、あて先は万年筆で丁寧に書きたい。書いているとふっと相手の顔が浮かんでくる。中にはほとんど連絡がなく、どんな生活をしているのか分らない友人もいる。でも、1年に1回の直接言葉を交わさない交流であり、相手が止めるならともかく当方から文通を止める気はない。まもなく今年も幕を下ろす。早いなぁというのが率直なところ。

 また訃報である。直木賞作家の早乙女貢氏が今日亡くなられた。いつも日本ペンクラブの例会には和服姿で参加しておられたが、会津武士に格別のこだわりを持っておられた。例会後のパーティでも独特の存在感があったが、個性的な作風の作家がまたひとりいなくなった。

2008年12月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

590.2008年12月24日(水) 「知研」編集の単行本発行へ向けて

 「停年オヤジの海外武者修行」増刷につき、若干の課題を早稲田出版と打ち合わせた。来年1月に第2刷発行であるが、表紙帯の折り目部分の色落ち、写真の明るさ具合、1文字の誤植の修正についてお願いした。帯は角の折り目が色褪せるので、これにもうひとつ無色のコーティングをかけてもらうことにした。この点については同社社長が一般的に帯はコーティングしないと言って同意しなかったが、色褪せた実物を示し説得して納得してもらった。写真は1枚を除き、すべてもっと明るくしてもらう。文字の誤植は訂正してもらう。これですっきりすると思う。

 終えてから紀伊国屋裏の喫茶店へ向かい、「知研」久恒啓一理事長、八木哲郎会長、秋田英澪子事務局長、小林尚衛氏に私も加わり、知研が編集する「知の現場」なる書の発行について、久恒理事長と東洋経済新報社が考えているアイディアの実行方法を話し合った。「知的生産の技術研究会」編集、発行とする魅力的な書を企画する予定である。

 現在それぞれの分野で多岐に亘って活躍している人の知恵の現場で話を聞きながら取材して、1冊の書にまとめようというものである。リストアップされている人をさらっと見ても、興味を惹く魅力的な人ばかりであり、その泉のような知恵の源泉を知ることは、多分読者にとっても興味を掻きたてるのではないかと思っている。知研としても新しいプロジェクトを発足させることは、知研自体を刺激することになり、知研会員にとっても大きなモチベーションとなる。忙しくなるが、これはこれで結構面白い企画ではないかと期待が高まってくる。

 さて、景気の悪化は金融危機ばかりでなく、大企業、中でも自動車産業をいろいろな分野で窮地に追い込んでいる。一昨日トヨタが発表した2008年度業績予想では、大幅に再下方修正した。雇用現場で非正規社員の削減が大きな話題を提供したばかりだが、各企業の業績がここまで悪くなるとは1年前には思いも及ばなかった。とりわけトヨタにおいておやである。というのも、昨年度の営業利益は2兆2,700億円を計上したが、それが今年度もそれに近い営業利益のはずが、一転して1,500億円もの大赤字に急降下したのである。トヨタの赤字決算への転落は連結決算開示以来初めてである。連結営業利益は95年度からうなぎ上りだった。昨年は新しい時代の夢を語っていたトヨタ首脳陣も、あまりのボディブローに、ついに来年4月には社長が交代する思わぬ事態に発展してしまった。これはトヨタ経営者の責任ばかりではない。円高という外的要因も影響している。経営者にとってもある面で不幸な時代に巡りあわせたと言えるのかも知れない。

 まさに一寸先は闇である。それにしても今度の不況に際して、これほど多くの非正規社員がいるとは寡聞にして知らなかった。

2008年12月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

589.2008年12月23日(火) 王鐵城先生を送る。

 20日に亡くなられた王鐵城先生の葬儀に参列した。新宿2丁目の太宗寺前には警察官も出ていたが、驚いたのは大勢の取材陣が境内の指定場所に固まっていたことだ。さすがにスーパー有名人を弟に持つ名医の葬儀である。

 しかし、ともすればマス・メディアの関心は「世界の王」の兄、しかも王選手の進路や、悩みに相談に乗っていた優しい兄と有名人の弟との関係に偏りがちであるが、葬儀の雰囲気は医師としての顔の方が強かった。弔事は新宿区医師会長だったし、読み上げられた弔電も母校・慶応義塾大医学部関係の方々からのものばかりだった。姿を確認したのは野球界ではOBの張本勲氏、国松彰氏、現役では福岡ソフトバンク・ホークスの斉藤和巳投手程度だった。

 ついぞ知らなかったが、今年3月に医院を閉めて、10月に入院されていたという。ご焼香の後喪主である奥様にお悔やみの気持ちをお伝えした時、来年2月の拙著出版記念パーティにご案内をいただきながらご返事もしないで申し訳ありませんと頭を下げられ恐縮した。隣に介添えしていたご長男の康雅医師には、久しぶりにお会いした。王貞治・前監督と挨拶を交わすのは7年前母上の百賀のお祝いで世間話をして以来である。「大変お世話になりました」と言っていただいた。出棺をお見送りしたが、王家を代表してご長男の康雅医師がご挨拶されたが、中々感動させる内容のスピーチだった。「父は厳しかった。いろいろ教えてもくれた。優しい父でもあった。今日ご参列の皆さまに父がこの場でご挨拶されるとしたら、お礼とともに毎日どうか健康にはくれぐれも気をつけてほしいと言うと思います」と。

 それにしても何となく寂しく侘しい。昨年の夏新宿御苑の催しに出かける折に、妻とともに医院へご無沙汰のご挨拶に伺った時がお目にかかった最後である。あの優しい笑顔が懐かしい。王先生、お世話になりました。

 今日は天皇誕生日で祭日でもあるが、同時に「東京タワー」が完成した日でもある。満50歳である。私は2度ばかり昇った程度であるが、結構東京タワーファンという方々がいるようで、タワーに関して個人的な珍記録を持っている人も多いようだ。しかし、今江東区に第2東京タワーとも言われる、新しい東京名所として売り出そうとする「東京スカイツリー」が建築中である。新しい時代の電波発信基地としての要請に応えて、新しいものに変わりつつある。これも時代の移り変わりを反映しているのだろうか。

 昨日VAIOのデスクトップ・パソコンが修理を終えて戻ってきた。スイッチは入り、メール通信は可能となったが、インターネットがダメだ。また、明日にでもソニーに電話で問い合わせてみないといけない。まったくPCというのは、うまく機能するうちはよいが、一旦故障すると他にも影響が出る。まるでモグラ叩きである。

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588.2008年12月22日(月) 原寿雄氏最終講義

 岩波市民セミナーの原寿雄氏による「ジャーナリストとして生きて」 4回シリーズは今日が最終回である。「現場を離れて見えたもの」のテーマの下に共同通信社記者から離れて、ジャーナリストとして各方面の委員会委員としての経験等について話された。また、マス・メディアが抱える問題点やジャーナリズムの今後について持論を話された。総括として、ジャーナリズムは権力に立ち向かえるか、発表ジャーナリズムから調査報道へ転換出来るか、社説は必要か、等々についても語られた。

 前回受け付けた質問のうち、4点について回答された。そのひとつは私が今年正月以来気になっていた韓国利川市内の冷凍倉庫爆発事件の報道のあり方について、ジャーナリスト、或いは原氏の考えを伺ったものである。原氏はこの事件をご存じなかったようだ。会場の雰囲気でも誰もこの事件を知らないようだった。実に意外である。証拠としてインターネットからダウンロードした事件の文章と写真を回覧してもらい質問した。死者のうちかなりの数が、朝鮮系中国人であったことに対して事件直後に中国の胡錦濤・国家主席が 韓国政府に対して最善の処理をするよう要望した。この点について、原氏はこの辺りがどうも引っかかるようなことを仰っていた。しかし、事件の概要についてはご存じないようなので、突っ込んだ回答は引き出すこと出来なかった。

 この事件については結局国内では専門家でもほとんど知らないということであり、ニュースなんか権力者の意向でどうにでもなるものだ、ということを改めて知らされたように感じた。

 折も折り、今朝の新聞に外交文書がいくつか公開された記事があった。佐藤栄作首相が1965年に訪米した時、アメリカ政府に「(日中戦争になれば)米国が直ちに核による報復を行うことを期待している」と表明し、核戦争を容認していたことが明らかになった。大変なことである。こんな国家にとって大事な約束、話を国民は何も知らされていなかった。日本政府にとっては防衛上の機密が沢山あり過ぎて、とても国民に説明することは考えられなかったのだろう。しかし、政府の隠蔽体質は核持ち込みの密約等について、嘘をつき通したことが明確になった。それでも存在しないというのだから、隠蔽体質も極まれりである。

 それにしても原氏の講義は、久しぶりに硬骨漢の哲学をじっくり聞かせてもらったという印象である。素晴らしい講義だった。

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587.2008年12月21日(日) 王鐵鉄城先生逝く。

 今日は冬至である。今年の神奈川県高校ラグビー新人戦2回戦が行われたので、近所の和田正温先輩を誘って母校グランドへ出かけた。対戦校は私立湘南学園高で、これまであまりラグビーでは活動していなかった。しかし、試合では終始押されっぱなしで、何とか5-5の引き分けに持ち込まれ抽選勝ちとなって何とかベスト16に進出したが、次の3回戦が厄介だ。セットスクラムが押され、ラインアウトはボールが獲れず、ハンドリングが悪くて相手ペースのまま終ったが、次のゲームではこんな調子ではとても勝負になるまい。ただ、3週間の間隔があるので、これからどの程度修正出来るか。

 ところで朝刊を見てびっくりした。ソフトバンク・ホークス王貞治・前監督の兄上で、医師の王鐵城先生が亡くなられたとのニュースである。来年2月に予定している拙著の出版記念会にもご案内状を差し上げてご返事を待っていたところである。4年前の出版記念会にもご夫妻でご出席いただいた。律儀で礼儀正しい方だったので、まだ期限前とはいえご返事をいただいておらず、気になっていたところだが、入院されていたようだ。

 まだ会社勤めの頃王鐵城先生を始め、王家の皆さんには随分お世話になった。王先生には長年に亘りご信頼いただき、王家の旅行はすべて手配させていただいたことが良い思い出となっている。

 1995年5月に王先生ご夫妻と妻と一緒にヨーロッパを旅行したことがある。その折現地での行動は別々になったがパリで同じホテルに泊まり、1度食事をご一緒しましょうということになり私の行きつけのレストランへご案内したことがあった。楽しいディナーも終わりに近づいたころ、顔馴染みのギャルソンが、食事を楽しんでいるお連れの女性(正美夫人)が顔から出血して倒れているとの話に慌てて現場へ行ってみると、夫人が口を押さえて倒れていた。聞けば階段で転んだ拍子に顔面を階段に強打して前歯を折ってしまったとのことだった。心配顔のレストラン従業員に対して王先生は、軽く顔を打撲した程度だから心配しないようにとレストランとわれわれ夫婦にそれとなく気遣ってくれた。そのうえ、自分らだけでホテルまでタクシーで帰ることが出来るので、お先にお帰りくださいと私たち夫婦にも気を遣っていただいた。そして帰国してからすぐご連絡をいただいた。折角パリでご馳走になりながら、反って迷惑と心配をかけて申し訳なかった。その償いをさせて欲しいと言われ、その数日後新宿御苑近くの割烹料理店で妻ともども豪華なご馳走に与ったことを鮮明に覚えている。そのくらい他人に気を遣われる方だった。王先生とのお付き合いを思い返すと、いろんなことが脳裏に浮かんでくる。

 毎年正月になるとご家族、ご親戚の方々で揃って箱根に滞在された。王貞治氏夫人がご存命のころ、王家ご一行さまが揃ってハワイに行かれたこともある。その時ご夫妻だけでアメリカの野球の殿堂へも行かれた。父上の何回忌だったかに一族でバスをチャーターして東京霊園に墓参されたこともある。印象的なことは、母上の百賀のお祝いをお世話した時、王監督とその年のドラフトについて話し合ったことだ。

 思い出せば限りがない。78歳でまだまだお元気そうだったのに、痛恨の極みである。王鐵城先生、長い間お世話になりました。ありがとうございます。どうぞ安らかにお眠りください。  合掌  

2008年12月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

586.2008年12月20日(土) 懐かしい「ビルマの竪琴」

 今朝新聞を見て驚いたが、「ビルマの竪琴」の主役・水島上等兵のモデルとされていた群馬県昭和村雲昌寺の住職で中村一雄さんという方が亡くなられた。92歳だった。しかし、在職中随分長い間ビルマ関係者、特にビルマ戦線へ従軍した多くの兵隊さんにお付き合いいただいたが、モデルと称せられた人が現実に生存されていたとは寡聞にして知らなかった。戦友会の方々はどなたも水島上等兵らしき日本兵の話をされなかった。作者の元一高教授・竹山道雄氏自身ビルマへは一度も訪れたことがなかったくらいだから、当然元ビルマ従軍兵から、モデルらしい話を実際に聞かされて書いたものと思う。また、断片的な話を継ぎ合わせてひとつのストーリーに仕立て上げたとも考えられる。だが、ひとりの日本兵の実在の人物が小説の主人公・水島上等兵と同じようなことをやって同じ経緯を辿ったとはとても信じられない。事実、小説では水島上等兵はビルマで亡き戦友の霊を慰めるために、故国日本へ帰らずそのままビルマへ残ったということになっている。一方中村さんは終戦の翌年に復員している。その辺りの整合性も問題である。しかし、小説は小説として、中村さんはずっとビルマのことを思い続けてビルマで亡くなった戦友の慰霊のために、1998年にはビルマの地に慰霊塔まで建てたそうであるし、ビルマのために小学校を寄贈するような支援活動も行っていた。

 何度も「ビルマの竪琴」は読んだし、映画も安井昌二主演ものと中井貴一主演ものを観た。あの時代だから小説も映画も当ったと言えるだろうが、今日では小説は現代っ子にはぴんとこないだろうし、映画もスローテンポであまり受けるとは思えない。しかし、数少ないビルマ関連物としては優れものだと思う。ビルマの空は突き抜けるように青く、人々は純朴で穢れない。軍事政権になってビルマは世界中から誤解され、ビルマの良さもどこかへ行ってしまった。ひとりのビルマファンとしては、残念なことである。それにしても時が経っても懐かしい国である。

 今日来年度の国の予算原案が出てきた。案の定一般会計は88兆5千億円まで膨らんでいる。本年度の当初予算に比べても6.6%アップで過去最大である。景気低迷で税収は減るにも拘わらず、社会保障費が増加するので、ある程度赤字予算の傾向は止むを得まい。だが、国の借金はどんどん膨らみ、新規国債発行額は4年ぶりに30兆円を突破するという。そんな非常事態に対しても何の手も打てないのが現今の政治家である。どうも無能な政治家たちは、簡単に国債を発行したがる。小泉改革で借金を少しずつ減らしつつあったが、今の政府は財政改革なんて一顧だにせず、簡単にパンドラの蓋を開けてしまう。これから社会保障費は益々増え続けるだろう。それに合わせるように、簡単に国債を発行し続けて良いのだろうか。

 ホームページに拙著を紹介するページを追加しようと先日来格闘してきたが、今日一気に公開してみた。内容的には未熟であるが、一応自分の作品を紹介する手段として有効に使いたいと考えている。アクセス数も開設以来今日「10,000」の節目を超えた。やったぁ!

2008年12月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

585.2008年12月19日 不況になると変なことばかり起きる。

 ソニーのサービスセンターとVAIOデスクトップの不具合について話し合ったが、VAIOのPCはスイッチを入れても起動せず、結局修理のために今日引き取りに来てもらった。幸い他の2つのノートパソコンが使えるので活動に支障はないが、PCというのは周辺機材を含めてよほど故障の際の対応を普段からしっかり考えておかないととんでもないことになる。

 昨日の続きで今日も新聞紙上はすべて不況にからむ異変や事故のオンパレードである。日銀が昨日アメリカのFRBがゼロ金利政策を採ったことに倣い、金利を0.3%から0.1%に下げることを決めた。同時にコマーシャルペーパー(CP)の買い取りも行うという。一種の禁じ手である。CPを買い取った企業が倒産でもしたら、日銀が責任を負うことになる。中央銀行がそこまでやってもよいのだろうか。中央銀行とは、政府と市中銀行の間にあって金融政策を指導するもので、一般の商業活動に類するものには関与すべきではないと思っていたが、そこまで市場に介入してくるようになると商業活動に携わっているような印象を与える。まあそのくらい今の経済情勢が霧の中にあるということだろうか。

 他方で、企業スポーツの撤退が国内外を問わず注目を浴びているが、日本でもアイスホッケーの西武、アメリカン・フットボールのオンワード等の一世を風靡した企業チームが撤退するのは哀れな気がする。特にアイスホッケー界に対する国土計画から西武へ引き継がれた西武グループの貢献は計り知れない。海外でも大リーグやヨーロッパのサッカーチームに対する企業の支援が厳しくなっているらしい。

 一方で奇妙というか摩訶不思議な出来事もある。先日駒沢大学で資産運用資金が金融危機により、デリバティブ取引で約154億円の巨額損失を出したとの報道があった。気の遠くなるような金額である。今朝の朝日のトップ記事は、その責任を追及された大学理事長以下理事が解任されたというものだ。かつて資金潤沢な組織はその運用により、かなり純利益を生み出していたという噂はかねがね耳にしていた。今回の金融不安さえなければ、引き続き安定した利益を得ていたことだと思う。ただ、資金運用により損失を出した以上管理責任者は、その責任を追及されても致し方あるまい。駒沢大学以外にも愛知県の南山大学で約34億円、愛知大学で約28億円の損失が明るみに出た。げに恐ろしきは資金運用という実体経済とかけ離れた形のないものに頼ることである。

2008年12月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

584.2008年12月18日(木) 周りは不況、不況のオンパレード

 現在世界中を襲っている経済不況は、100年に一度の世界不況ともいわれているが、新聞、テレビとも今の経済状況を金融危機と雇用問題の両面から捉え、これでもか、これでもかという具合に報じている。今夜もNHKはニュースの中で伝える以外にも、「クローズアップ現代」を75分に拡大して、雇用問題について地方工場の最前線の希望のない解雇、雇用の実態をルポしていた。

 「日産、派遣社員ゼロに」「ホンダ、下期営業赤字」「新車販売500万台割れ」「クライスラー全工場1ヶ月停止、GMと合併交渉再開」「OPEC日量220万バレル追加減産」「来年度税収7.4兆円減へ」等々、世界中がこの不況の中でこのような見出しのように喘いでいる。

 多摩大の寺島実郎氏監修・現代世界潮流講座も今日の寺島氏の講演が最終回であり、是が非でも出席したかったが、生憎玉川青色申告会の複式簿記記帳講座とバッティングしてしまい、これも自分にとっては現実に大切なことであり、多摩大講座はゼミの後輩である遠藤靖子さんに譲り、複式簿記講習会に出席した。

 複式簿記が難しいということではないが、まったく初めてのことで戸惑いもあり、ルールや記帳の方式がすんなり頭に入らない。結構税理士さんの手を借りている人も多いようだが、会社の経理の先輩からは、自分でできるから自分で申告した方がよいとも言われたので、専門家の手を煩わすことなくやってみようと思っている。何でも新しいことに挑戦することは、脳軟化症になりがちな頭脳に刺激を与える意味でもムダではないと思っている。常に前向きに、いつもポジティブに、そして極め付きは上杉鷹山の「成せばなる。成さねばならぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」だろう。

2008年12月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

583.2008年12月17日(水) ついにアメリカもゼロ金利へ

 今日の赤羽紀元講師の授業をもって駒沢大の1年間の公開講座は一応幕引きである。1週間に3時限マス・メディア関係の講座に出席して、自分としても慌しかったが講義は中々面白かったし、アカデミックな雰囲気にも触れて良い経験になった。内容的にも興味のある講座を選択したし、講師もその分野の専門家だったので、あらゆる面で勉強になった。家から近く僅か5千円の受講料でこれだけリターンがあれば御の字である。

 それにしても、経済界の不況は止まるところを知らず、最近はメーカーの人員整理、それも期間労働者や、非正規社員に対する突然の首切り宣告は彼らに恐怖感を与えている。最近は国会質問でも雇用の問題が大きく取り上げられている。しかし、政府が対策を取るといっても限られた資金の支援を行う程度で、根本的な救済対策は出さず仕舞いである。肝心なのは産業界自体の逞しい自立であり、大きな雇用先である自動車産業、カメラメーカー、電気メーカー等が雇用を拡大しなければ所詮コップの中の嵐である。

 そこへアメリカの政策金利の利下げが発表された。「ビッグ」救済が議会で喧々諤々の議論の末ににっちもさっちも行かなくなった。その挙句、ついに連邦準備制度理事会(FRB)が利下げへ踏み切った。これまで日本のゼロ金利が長らく続き、低金利が当然のように思っていたが、アメリカは終始大体高利率を維持していた。1年半前には、日本の1%以下の金利に比べてアメリカの政策金利は5%台だった。梃子でも動かなかったアメリカの低金利への流れが、ついに堰を切って走り出した。こうなると心配なのは「円高=ドル安」の傾向に拍車がかかることだ。今日の東京外為市場はすぐ反応した。早くも1$=88円台にまで円高が亢進し、ニューヨーク外為市場では87円にまで高騰した。益々輸出関連企業は苦しくなり、株価は下がり、あっという間に不景気が蔓延する。まったく嫌になる。しかも、先行き明るい展望がまったく開けない。

 日経夕刊のコラム「あすへの話題」に作家・長部日出雄が鋭いことを書いている。「わが国の政治家の大半が、すっかり小粒になって、とても安心して国を任せられない状況になったのは、戦後のある時期からアメリカの属国の地位に甘んじて、自国を独立国として統治する経綸も矜持も必要とせずにやって来られたからである。国家の主権の正当な認識がなく、従ってそれを的確に行使する術に熟練する筈もなかった」とある。私も安保以降の日米関係を見ていてそう思う。イラクとアフガニスタンへの支援や、カンボジアのPKO派遣だって、それらの国家のためではなく、時の日本の政治家がアメリカに良く思われたいだけなのだ。コラムはけだし名言である。

 さて、昨日購入したプリンターだが、早速起動させてプリントすべく故障したデスクトップのPCを除いて、2つのノートパソコンにプリンターをつなげCDでインストールしようとしたが、ひとつはうまくインストールできたが、もう1つにはインストールできなかった。なぜだろう。これでは困るので何とかしないといけない。

2008年12月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com