589.2008年12月23日(火) 王鐵城先生を送る。

 20日に亡くなられた王鐵城先生の葬儀に参列した。新宿2丁目の太宗寺前には警察官も出ていたが、驚いたのは大勢の取材陣が境内の指定場所に固まっていたことだ。さすがにスーパー有名人を弟に持つ名医の葬儀である。

 しかし、ともすればマス・メディアの関心は「世界の王」の兄、しかも王選手の進路や、悩みに相談に乗っていた優しい兄と有名人の弟との関係に偏りがちであるが、葬儀の雰囲気は医師としての顔の方が強かった。弔事は新宿区医師会長だったし、読み上げられた弔電も母校・慶応義塾大医学部関係の方々からのものばかりだった。姿を確認したのは野球界ではOBの張本勲氏、国松彰氏、現役では福岡ソフトバンク・ホークスの斉藤和巳投手程度だった。

 ついぞ知らなかったが、今年3月に医院を閉めて、10月に入院されていたという。ご焼香の後喪主である奥様にお悔やみの気持ちをお伝えした時、来年2月の拙著出版記念パーティにご案内をいただきながらご返事もしないで申し訳ありませんと頭を下げられ恐縮した。隣に介添えしていたご長男の康雅医師には、久しぶりにお会いした。王貞治・前監督と挨拶を交わすのは7年前母上の百賀のお祝いで世間話をして以来である。「大変お世話になりました」と言っていただいた。出棺をお見送りしたが、王家を代表してご長男の康雅医師がご挨拶されたが、中々感動させる内容のスピーチだった。「父は厳しかった。いろいろ教えてもくれた。優しい父でもあった。今日ご参列の皆さまに父がこの場でご挨拶されるとしたら、お礼とともに毎日どうか健康にはくれぐれも気をつけてほしいと言うと思います」と。

 それにしても何となく寂しく侘しい。昨年の夏新宿御苑の催しに出かける折に、妻とともに医院へご無沙汰のご挨拶に伺った時がお目にかかった最後である。あの優しい笑顔が懐かしい。王先生、お世話になりました。

 今日は天皇誕生日で祭日でもあるが、同時に「東京タワー」が完成した日でもある。満50歳である。私は2度ばかり昇った程度であるが、結構東京タワーファンという方々がいるようで、タワーに関して個人的な珍記録を持っている人も多いようだ。しかし、今江東区に第2東京タワーとも言われる、新しい東京名所として売り出そうとする「東京スカイツリー」が建築中である。新しい時代の電波発信基地としての要請に応えて、新しいものに変わりつつある。これも時代の移り変わりを反映しているのだろうか。

 昨日VAIOのデスクトップ・パソコンが修理を終えて戻ってきた。スイッチは入り、メール通信は可能となったが、インターネットがダメだ。また、明日にでもソニーに電話で問い合わせてみないといけない。まったくPCというのは、うまく機能するうちはよいが、一旦故障すると他にも影響が出る。まるでモグラ叩きである。

2008年12月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com