672.2009年3月16日(月) 出版プロジェクト・チームのトレーニング

 今年「知的生産の技術研究会」が予定している出版書の編集スタッフのうち6人が、インタビューの方法等についてレクチャーを受けるために「知研」久恒啓一理事長宅を訪問した。熱心な若手会員が3人も会社から半休をとって来てくれた。理事長宅のマンションは、居住スペースのほかに、屋外ガーデンスペースとそこに離れがあり、全体としてはかなり広い。所有スペースは110㎡もあるという。余計なお世話かも知れないが、ご夫婦お2人で住むには充分なスペースではないだろうか。知の源泉である書斎を主に見せていただいた。図解関係の書類のほかにも、多くの資料をファイリングして分りやすく保存しておられる。いろいろな分野で資料を蒐集したり、作成したりすると管理と保存を余程しっかりしないと不明になったり、散逸したりしてしまう。整理の仕方から几帳面な性格であることが察せられる。現在お勤めの多摩大学も4月から寺島実郎新学長の下で新体制に入るので、この機会に新しいウェブサイトをアップすることを考えておられるようで、作成等のために多くの資料を抱えておられる。

 プロジェクトの打ち合わせは、最初に書斎で保存資料の整理方と理事長個人の人生プランについてじっくり話していただいた。その後リビングルームで理事長を囲んで、取材のポイント、話の聞き出し方、取材者の組み合わせ、等について話を伺わせてもらった。プロジェクトはスタートしたところだが、これからが胸突き八丁である。近々スケジュールの進め方について編集スタッフ同士で更に打ち合わせをして、プランを煮詰めていく必要があると思う。

 今日理事長から伺った話の中で、ご自身が具体的な人生プランをかなり早くから決めて、ほぼそのスケジュール通りに歩んできたという話に感銘を受けた。30歳で将来の人生にかくも明確な目標設定が出来るものなのか。自分自身のケースを振り返ってみると、29歳で辞表を提出してチェコへ留学する準備が整ったところに、世界を震撼させた「プラハの春」事件が勃発して、前途が見えなくなってしまった。暫し精神的に彷徨って自分の将来を見定めるなんてとても考えられなかった。

 その点で久恒理事長の「30歳人生プラン設定」と、それを実行できる能力は、考えようによっては超人的で、滅多に真似出来ることではない。しかし、現実にそれをやってのけるというのは意思の強さと実行力、そのうえに幸運も見方した面もあるだろう。

 それはそれとして、出版プロジェクトを遅滞なく、確実に前進させていかなければならない。

2009年3月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

671.2009年3月15日(日) 知研総会で永年会員として感謝状を頂く

 NPO「知的生産の技術研究会」総会がルーテル市ヶ谷センターで開催された。ここで開催された例会に出席するのは、初めてである。例年通り決算書、予算案、定款一部改正、来年度活動方針について久恒啓一理事長より報告がなされ、それぞれ承認された。遠方の仙台、名古屋、岡山からも会員が出席された。

 久恒理事長は活動方針報告の中で、今年度は知研として久しぶりに出版プロジェクトを発足させ、年内に出版するということを話された。知研活性化へ向けた第一歩である。実際私自身編集スタッフのひとりとして、すでに部分的に走り出しているプロジェクトである。かつて知研から何冊かの書籍を発行したが、近年出版活動から遠ざかっている。会員の平均年齢が上がり会員数は減少傾向にある。この際知研の存在感を高め、より活性化のためにももっと知研の活動を外へ向かってPRすべきであると考えている。知研のような知的集団が停滞したままでは、知性の向上、社会の進歩も期待出来ない。そのくらいの意気込みを持って、今こそ知研が知的活動面で起爆剤となって活動することを誓いたい。

 もうひとつの報告は、機関紙「知研フォーラム」を人材面、資金面、時代の要請等でウェブ中心の情報提供に切り替えるという方針である。現状は機関紙編集から発行、郵送まで一手に引き受けておられる八木哲郎会長に負担をかけ過ぎていることである。八木会長の負担軽減を考えるとこれも止むを得ない。しかし、ウェブだけの情報提供では、会員の投資効果感覚、手元に知研資料を持てない不満、知研としての記録、意見・提言・エッセイ等の発表の場の喪失、等々を考えると、平行して冊子の発行も検討する必要があるのではないかと問題提起をした。他の会員からも発行間隔が開いても冊子として知研の機関紙を発行することに意義があるとの提案がなされ、結局冊子の発行については改めて検討することになった。

 その他の式次第としては新理事が選出された。東京支部・小林尚衛氏と岡山支部・定金章氏を新たに理事に選出した。私は20年以上長期会員として貢献したとの理由で、久恒理事長から感謝状をいただいた。感謝状なるものをいただいたのは、わが70年の人生で初めてである。実際に会員になったのは、昭和51年だったと記憶しているので、33年生であるが、残念ながら証拠がない。しかし、30年前の証拠品として、1979年10月開催セミナーの私宛案内ハガキを持参した。今年発足40周年の知研としては、ベテランの域に入るが、これからは従来に増して機関紙編集の面で出来る限り協力したいと考えている。

 総会後の会食には、気配りと行動力が売り物の秋田英澪子事務局長が近くの洒落た店を見つけて予約しておいてくれた。日曜で定休日のところを敢えて開店してもらった。リーズナブルな価格で楽しい場を提供してくれた。秋田さんの心配りと面倒見の良さには脱帽!

2009年3月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

670.2009年3月14日(土) 加藤周一氏と中谷巌氏

 今朝NHKアーカイブスで「今をどう生きる‘知の巨人’加藤周一が残した言葉」を放映していた。加藤周一は昨年12月に亡くなって、その直後にいくつか追悼番組が放送され、その一部は観た。今日の番組を観て改めて加藤周一の終始一貫ぶれない姿勢に感銘を受けた。その中で加藤氏の強い信念を持った毅然とした言動が印象に残った。

 ひとつは、東大医局に勤めていた頃に、アメリカと戦争をやっても勝てる筈がないことは明らかだと確信した。にも拘わらず、そのアメリカと交戦して先行きが心配であると感じていた。戦後になって当時の学者が戦争情報を政府から知らされていなかったと他人事のように文句を言っていた。しかし、それは可笑しい。知りえた筈だというのが加藤氏の説明である。

 もうひとつは、戦時中知識人(河上徹太郎も入っていた)が雑誌で座談会を行った時の言い分と戦後の発言ががらっと替わったが、彼らはそれを恥ずかしいとも思っていないという主旨のことを述べている。

 加藤氏は多くの言葉を残しているが、それが悉く真理を突いている。信念が微動だにしないことである。6日の本稿に書き込んだように中谷巌氏とは大きな違いである。「中谷巌氏『転向』の波紋」との見出し記事が朝日朝刊の2/3頁を費やしている。氏の最近著「資本主義はなぜ自壊したのか」がベストセラーとなった話題性のゆえに取り上げられたのではなく、市場経済の行き過ぎ批判へ転向表明したことが賛否両論の波紋を広げたという点で記事になっているのである。一部に同情論もある。しかし、ほとんどが中谷氏の「転向」に厳しい意見をぶつけている。

 松原隆一郎・東大教授は、「経済情勢が変わるくらいで立場を簡単に変えるべきではない。・・・時流を意識したとしか思えない」と極めて批判的である。これに対して当人の中谷氏は、批判を受けることは百も承知で、「人間は成長とともに意見を変えるもの」と確信犯的にシャーシャーとしている。一橋大学教授として名を成し、多摩大学学長を経て、現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長として著名な氏が、世の批判を承知のうえで、敢えて「転向」を表明することに何ら良心のかけらもないのだろうか。

2009年3月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

669.2009年3月13日(金) 西八王子「颯爽庵」で酒宴を楽しむ。

 昨年の今日、鎌倉で3ヶ月前に旅行したチベットについて講演した。ところがちょうどその頃チベットでは、州都ラサを中心とするチベット民族居住区で中国の圧制に対する反対と、チベット民族自治権獲得のためのデモが起き、それは暴動へ発展していった。チベット民族自治のための戦いは、あっという間に各地に野火の如く広がり、一時は北京オリンピック開催が危ぶまれるほどだった。その後チベット自治区では中国軍によって自治獲得の運動は完全に封じ込まれてしまった。あの暴動直後の中国と中国人の世界におけるわが物顔のパフォーマンスにはうんざりし、反吐が出るほどだった。この様子を見て中国が嫌いになったという人を大勢知っている。他国で自国の正当性を言いたい放題振りかざし、世界中の顰蹙を買ったのはつい最近のような気がする。今も中国政府はチベットには本当の自治を与えていないようだし、チベット民族の自治なんか認める考えは毛頭ないようだ。中国が他国のことを考慮し精神的に自立するのはいつのことやら。

 さて、今日は暦の上では、あまり縁起の良い日ではない。しかし、以前からの約束で、嬉しいことに昨年駒澤大学の公開講座を受けた時の講師のひとりである、菱山郁朗講師からもうひとりの受講者とともにご自宅へ食事に招かれた。菱山講師は日本テレビで政治部長や解説委員長を歴任され、ミュンヘン・サミットも取材されたり、フィリッピンのマルコス大統領への単独インタビューにも成功された、日本のマス・メディアの中でも傑出したジャーナリストのひとりである。首相経験者を始め、多くの政治家ともお付き合いを深めており、政界にも広く通じている。授業もマス・メディアの現場を踏んでいただけに、秘蔵のビデオを見せてくれては取材経験を話してくれ、それが随分勉強になった。

 招かれたのは、JR西八王子駅近くの「颯爽亭」と称する、自宅とは一軒離れた角地にある風流な和風建物である。こういう民家風の日本家屋も久しぶりである。しばしば駒沢大学の学生たちを招いては、学生と交歓していると聞いた。永井荷風の「断腸亭」ならぬ、亡き父上お気に入りだった「颯爽庵」で談論風発したわけである。今話題の「小沢一郎」「中川昭一」「竹中平蔵」「岸恵子」「江川紹子」についても異論、反論、オブジェクションだった。コタツに足を突っ込みながら酒を酌み交わしたのも久しかった。遠慮することも、気兼ねすることもなくあっという間に愉快なひとときに、気がついたら4時間ほど経ってしまっていた。

 腹がへったから軽くラーメンでも食べようと外出して、3人でそのままカラオケボックスへ飛び込んだ。ここで下手な軍歌をご披露して、すっかりリフレッシュして帰途につく。

 すっかりいい気分になった1日だった。菱山先生、お世話になりました。ありがとうございます。

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668.2009年3月12日(木) 映画「シリアの花嫁」鑑賞

 前から見たいと思っていた映画「シリアの花嫁」が岩波ホールで上映されている。今日飯田ゼミの佐藤博信さんから先日寄稿した吉祥寺雑学大学機関紙の原稿について相談したいとのことだったので、朝渋谷で会い話を聞いた。当初A4判4枚の条件だったが、私が提出したのは図解を入れると5枚だったので、1枚削除出来ないか、できれば図解を外してほしいとの話だった。ただ、図解を外すとテーマがまったく面白くなくなり、アピール度が弱くなるので、ここは本文を4枚から3枚に減らすということで折り合った。

 その後「シリアの花嫁」を観たが、中々シリアスな映画である。フランス、ドイツ、イスラエル3ヵ国の合作映画だが、舞台設定がゴラン高原のある村の結婚式に絡んだストーリーで、家族、友人、警察、出入国管理官らのやりとりがほとんどで、部分的にはユーモアもあるが、終始重苦しい雰囲気の映画である。

 実際どれだけの日本人が、第3次中東戦争後にイスラエルに占領されたシリアのゴラン高原について知っているだろうか。ちょうどこの戦争直後にレバノンとヨルダンを訪れ、アラブとイスラエルの敵対関係を目の当たりにしただけに、ひと際関心が高い。不倶戴天の敵である、イスラエルとアラブの微妙な空気が流れる現場の雰囲気を理解するのは中々難しい。デモ行進とそれを阻止しょうと動く警察。イスラム少数派・ドゥルーズ派の花嫁、ヒロイン・モナはイスラエル占領地に住んでいるので、無国籍である。そのモナがゴラン高原の部落からシリアへ嫁いでいく中で、政治運動に関わった頑固な父、自分を理解してくれるが夫と不仲の姉、ロシア人医師と結婚した弁護士の兄、遊び人で商売人の兄らが、それぞれ故郷の実家で個人的事情とモナへの愛情を画面に映し出す。モナは会ったこともない映画スターの婚約者の許へ境界を越えて嫁いでいく。シリア側出入国管理の無理難題に翻弄される。最後に出た、モナの「もう2度と帰れない。でも私はこの境界を越える」とのテロップが重いメッセージを伝える。

2009年3月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

667.2009年3月11日(水) 日本人拉致被害者家族、キム・ヒョンヒと面会

 北朝鮮に拉致された田口八重子さんの兄と長男が、今朝韓国プサン市で大韓航空機爆破事件犯人のキム・ヒョンヒと対面した。厳重な警戒の下で初めて会った3人の感想は、お互いに会えて感激したとプラス面を生き生きと語った。日本で3人の記者会見の様子を見た拉致事件被害者家族も、素直に喜びを表し一歩前進と受け止めていた。これが北朝鮮に少しでも真実を話させるきっかけになれば良いと願えども、現実は中々一筋縄では行かないようだ。

 1987年の大韓航空機の爆破事件については、実行犯はキム・ヒョンヒと服毒自殺した北朝鮮籍の男によるもので北朝鮮政府の指令に基づくものだと言われているが、北朝鮮政府は事故は韓国政府のでっち上げで、北朝鮮はまったく関与していないと言い張っている。事故被害者遺族団の中にはキム・ヒョンヒ犯人説に疑念を抱き、真犯人は他にいるのではないかと言う声もある。遺族らはキム・ヒョンヒに対して対面を望んでいるが、キムは思惑を持って話そうとする遺族との話し合いを拒んでいる。そこへキムが無条件ながらも日本人拉致家族に会ったということに対して、韓国人遺族を始め、一部の韓国社会からも厳しい声が上がっている。こうなると手放しで「まずは良かった」と浮かれてはいられない。

 さて、秘書逮捕から一週間が経過した小沢民主党代表に対する献金問題であるが、西松建設以外にも清水建設、大林組、大成建設、戸田建設の4社から迂回ルートで多額の献金を受けていたことが明らかになった。ここまで暴露されて、小沢代表はまだ捜査の進展と次の総選挙で民主党が勝てるかどうかを見極めて代表職の進退を最終判断するとの考えを示した。自分の行動の結論として議員生活40年でここまで辿り着いたので、しばらくは自分の主張を続けさせて欲しいと民主党幹部会で述べた。ここまで民主党が力をつけてきたのには、小沢氏の強引なまでの手法が功を奏したとの思いがあるからだろうか、幹部は誰一人として小沢氏に異を唱えるものがいない。誰も猫の首に鈴をつけようとしないのだ。小沢氏の言わんとしているのは、疑いは疑いとして自分の思うところをやらせて欲しいと言っているのだ。よくもまあおめおめとこんな図々しいことを言えるものだ。

 はっきりしているのは、これだけ多額の献金を受けた中で、実際に西松がダム建設を受注しているし、その上で他の4社も公共工事を受注しているとすれば、これは完全に受託収賄罪に当る。田中角栄、竹下登、金丸信とほぼ同じトレースを歩んでいる。小沢氏は彼らの一派であったが、やはり朱に交われば赤くなる。まったくどうしようもない。

2009年3月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

666.2009年3月10日(火) 最近碌なことがない。

 昭和20年の今日3月10日は東京空襲があった日で、10万人もの多数の犠牲者を生んだ日である。海外では、50年前チベットが中国によって「征服」され、中国の1自治区になった日である。このときから中国は社会主義の仮面を被った独裁強権国家となった。今日も反政府デモを警戒してチベット自治区には大勢の軍隊が送られているらしい。2つの歴史はいずれも悲しい傷跡として今も残っている。

 昨日経済的にもひとつの壁というか、流れが強力になってやってきた。東証では日経平均株価が昨日26年ぶりに7,086円を示してバブル期以降の最安値を下回った。今日も前日に比べて更に下がって7,054円にまで下がり、安値を不気味に進行させている。このまま行くと早晩7,000円の大台を割るのではないかと憂慮されている。年初に比べても2,000円も下がっている。これでも一向に打つ手が出せない。政府から賢明な具体案が出てこない。

  他方で、人権問題が絡んだ外国人在留問題と、北朝鮮拉致事件に関する報道も脚光を浴びてきた。

 前者は不法滞在で国外退去処分が確定したフィリッピン人親子3人が改めて在留許可を求めたが、昨日の入国管理局の判断は、両親の在留は認めず、15歳の娘については改めて検討することになった。難しいのは、娘の人権問題と両親の悪質と云われる偽装入国のバランスをどう考えるかということである。罪は罪として罰するのか、そして無慈悲に罪のない娘をひとりぼっちにするのか。日本で生まれた娘に罪はない。娘がいなければ、両親だけを国外退去にすることで解決する。問題は、日本で生まれ、日本語しか話せない娘がまだ中学生で日本国籍も持っていないという現実である。娘のためには両親と別れさせるわけにはいかない。難しい判断である。

 後者は、北朝鮮拉致事件の被害者田口八重子さんの息子と兄が、北朝鮮で田口さんから日本語を教えてもらっていた、大韓航空機墜落事故の犯人とされるキム・ヒョンヒ容疑者と明日プサンで対面するという生々しいドラマである。日韓の両メディアがフィーバーとなって万一の事態を恐れた警備当局では、現時点でキム・ヒョウンヒ容疑者の居場所を明らかにしていない。明日午前対面することになるが、罪もないのに北朝鮮の鬼畜のような行為によって母親から引き裂かれた田口さんの息子の心境は複雑だろう。自分の人生には夢も希望もないと思っていただろうが、多少なりとも母親につながる光が見つかるのではないかとの淡い期待が叶うことを祈りたい。

 もう嫌な事件はあって欲しくない。それは、個人1人ひとりのことであろうと、国家的なことであろうと、早く解決して欲しいと思うのが普通だろう。それにしても事件を呼び込みそうな、政治資金規正法を出し抜こうとするトリックは、いかに惚けようとも怪しいと想像されてしまう。今日も小沢民主党代表が記者会見に応じていたが、どうも信用出来ない。疑念の晴れない言い訳は何度言ってもその裏に嘘が隠されていることは明白である。麻生首相も酷いが、小沢代表もとても首相になどなってもらいたくないものだ。

2009年3月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

665.2009年3月9日(月) 小沢氏も臭いが、二階経済産業相も怪しい。

 小沢民主党代表の秘書が逮捕された1件で、民主党内も当初代表の説明を了としていたが、各方面からの批判を受け微妙に態度が変わってきた。特にイメージダウンにより総選挙を心配する声が出始めた一方で、党内で小沢代表の手法に批判的だった若手を中心とする党員が党首交代を考えるようになった。今朝の朝日世論調査によれば、小沢代表の説明に対して納得出来ないと答えた人が77%、小沢氏は代表を辞めるべきだと答えた人が57%もいる。確かに現状の淀んだ空気を払拭するには、清新で実行力のある岡田卓也副代表にでも代わった方が民主党の株は上がると思う。もう小沢氏は自分自身の不徳に腹を括り、潔く代表の座を降りた方が今後の自分のためにも、党のためにも有利に展開するに違いない。

 そして、いずれ小沢代表への検察の事情聴取があるだろう。

 ところで理解できない動きもある。小沢氏が西松建設、或いは関係団体から相当額の献金を受けたとの嫌疑がかかったが、西松建設側から献金を受けたのは、小沢氏だけに留まらない。その他の政治家の中でも二階俊博・経済産業大臣が受け取った金額は、1,000万円近い。この事実が表沙汰になるや、二階氏は受領した全額を返そうというのである。しかも献金ルートは迂回路を通った。二階氏への献金もまた西松建設OBが責任者を務める2つの政治団体を経由したものであり、それらがもうすでに解散して実体がないという。二階氏はいただいたお金をどこへ返そうというのだろうか。それに二階氏は「いちいち誰からいただいたかは分らない」と言っているが、これだけ多額の献金をいただいていた以上その発言は信用出来ない。しかも和歌山県出身の二階氏の地元のインフラ整備を西松建設が請け負ったり、二階氏の地元事務所と西松建設の営業所が同じビル内に同居していることは、充分疑心を抱かせる。

 大体一旦受け取った政治献金(?)が嫌疑を受けそうだと判断して、問題が広がらないうちに早めに返してしまおうなどとどうしてそんなさもしい考えが出るのだろう。他にも怪しい自民党代議士が数人いる。彼らは普段から甘い蜜に手を出して、蜂に刺されてしまったのである。

 小沢代表を始め、他の国会議員も相変わらず叩けば埃が出る身体である。この際、小沢氏は民主党代表を、二階氏は経済産業大臣を即刻辞めるべきである。

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664.2009年3月8日(日) 麻生首相は何のために沖縄へ行ったのか?

 麻生首相が首相就任後初めて沖縄を訪れた。現在政府と沖縄県との間には、基地、米軍駐留、滑走路移転、等々の難問が山積している。喫緊の課題は、普天間(宜野湾市)及び辺野古(名護市)基地の海上沖合移設問題である。しかるに首相は仲井真弘多・沖縄県知事との会談では肝心な問題に一切触れず、2つの滑走路変更予定地の視察にも行かなかった。講演でも基地問題にまったく触れなかった。沖縄と言えば米軍基地とは切り離せない。しかも、海兵隊の2014年までのグアム移転計画と普天間基地の移転問題が暗礁に乗り上げている泥沼状態にある。それらは米軍再編成問題を絡めた微妙な難題であり、その近くまで来ていながら、その核心には触れようともせず、腫れ物に触るように及び腰だったとは、何を考えているのか、その馬鹿さ加減に呆れるばかりである。

 地元沖縄では、首相は何の目的で沖縄へ来たのか理解出来ず、不信感と疑念は広がるばかりである。この辺りに首相周辺の政治オンチを感じざるを得ない。情けない。

 日米安保条約と極東地域の安全問題から逃れられない日本政府の対応としては、とりわけ沖縄問題は慎重に、しかし熱意と誠意を持ってハイ・スピードで取り組まなければならない。一日も早く政府は地元沖縄と米軍を交渉相手に事態の前進と解決に向けて積極的に動くべきである。それにも拘わらず、現状は首相のノー天気な訪問を始めとして、浜田靖一・防衛大臣が就任以来いまだに沖縄を訪問していないという沖縄軽視を続けている有様である。首相にも、大臣にも真剣に沖縄問題を解決しようとの気持が見られないのだ。

 戦後米軍に占領され続けた沖縄を、かつて日本政府は見捨てたのである。1972年漸く本土復帰となったが、沖縄には重い足かせがつけられていた。それが、米軍基地である。沖縄県民の願いを汲み取るべく基地の撤去、移転を、国は県民に約束してきた筈である。しかるに40年近くに亘って日本政府が確約した沖縄県民への約束は空手形のままなのである。現政府は沖縄県民に対して2度目の棄民をしようとしている。

  政府の対応は、むしろ沖縄県民の意向とは反対の方向へ進んでいるのではないか。政府筋では、今や沖縄は「触らぬ神」になっているように思えてならない。そうでなければ、折角沖縄まで足を運んだ総理大臣が、日光・東照宮の「見ざる・聞かざる・言わざる」の猿の真似をするわけがない。「信用出来ないのはいつも総理大臣」というのではあまりにも切ない。

2009年3月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

663.2009年3月7日(土) 世界遺産の評価は難しい。

 NHKが3年前に視聴者からアンケート募集した「世界遺産ベスト30」番組が再放送された。どんな観光地がポピュラーかと興味を持って改めて見直してみた。5月に鎌倉で「世界遺産の旅」の講演を行うので、参考にしようとの気もある。ベスト30の中に私が訪れた観光地は、18箇所しかなかったが、このリストを見て感じたのは、全方位的に選んだわけではなく、投票した視聴者の限られた視界に入ってきた、個人的な好みや思い込みで選んでいるので、必ずしも公平ではないような気がする。例えば、ロシア、バルト三国、北・東・中欧、英仏独、中東、メキシコ、東南アジア、ギリシャ、トルコ、イラン、パキスタン等偉大な文化遺産を有する地域や国々からただの一ヶ所も選出されていないことではっきりしている。加えて30箇所のうちに自然遺産が13箇所もある。やはり人間の叡智が造り上げた文化遺産にもっとウェイトを置くべきではないかと思う。

 幸い1位のマチュピチュ、2位モン・サン・ミッシェル、3位イグアスの滝は、実際現場を訪れた感じでみて公平な選出だと考えているが、美とか文化に序列をつけるのはつくづく難しいものだと思う。それにしてもルクソールの王家の谷、敦煌、ポン・デュ・ガール、ペルセポリス、アクロポリス、プラハ、モヘンジョダロ、名峰スイスの山々などが入らないのはどうしてだろう。

 さて、過日「かんぽの宿」一括売却問題で、日本郵政に対して鳩山邦夫総務相がイチャモンをつけ、売却を取り止めさせて、契約を白紙に戻した。売却価格決定の過程に不明瞭さと疑義があることが、鳩山大臣に賛同する世論が大臣の強気に勢いをつけた。そして、今度は東京駅前の旧東京中央郵便局ビルの解体・建替工事に文句をつけた。このプロジェクトはもう走り出して解体へ踏み出してしまっている。確かに、文化的価値の高い建造物を土地の活用上メリットがあるからと言って、安易に高層ビルへ立て替えるのは、問題だと思う。しかし、それをまったく無視したわけでもあるまい。

 鳩山大臣の行動は、むしろ筋を通すとか、文化遺産の保護とかときれいごとを言うより、自分の存在感とか権威をひけらかすパフォーマンスが大きいように思う。「・・・と言ってんだ」とか「文化が分らないからこうしてやってやってんだ」とか、思い上がった横柄な態度がミエミエで、鼻持ちならない。この傲慢さは政治家の最も嫌味な点でさえある。やはり所詮苦労知らずの世襲議員だなぁと思ってしまう。

2009年3月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com