942.2009年12月11日(金) 三井三池闘争を想う。

 今日の駒沢大清田義昭講師の講座は、映画「三池-終らない‘炭鉱’の物語」DVDで鑑賞しながら話し合うことだった。2007年日本ジャーナリスト大賞を獲った作品である。女性監督の熊谷博子が三井三池で7年間に亘って克明に取材したドキュメントで、中々の力作だと感じた。

 三井三池闘争と言えば、ちょうど60年安保闘争と同じ年に日本を東と西に分けて闘われた大きな社会事件だった。われわれ学生は、安保闘争に夢中で繰り返しデモを行っていたが、三井三池にも関心がなかったわけではなかった。「総資本と総労働の対決」と言われて三池を支援する労働団体が全国から駆けつけたので、デモは大きく広がり連日メディアで報道された。指名解雇を打ち出した会社側とこれに反対する三池労組が対立し、乱闘騒ぎになり、その渦中で死者も出た。労組の精神的支柱だった向坂逸郎・九大教授が、思想面で組合を支えた。その当時法政大学で向坂教授の講義を聴きに行き、冴えているなあと感銘を受けた覚えがある。

 問題は2つあった。ひとつは、会社側が第二組合と呼ばれる新労組の結成を画策して組合の分裂を図ったことである。2つ目は、1963年に炭鉱内で爆発事故が発生して、458人もの死者を出し、助かった人の中にも炭塵災害による2次災害が発生したことである。

 この2つが後々まで尾を引いた。三井鉱山会社は手に負えなくなり、国が介入するようになった。同じ炭住街に住む隣人を仲たがいさせるような結果と、後遺症に悩まされる人たちが家族を含めて相当数発生して、被害家族が長きに亘って苦しみ、結果的にCO特別立法の成立にまで突き進んだことである。

 それにしても闘争を支えた原動力は、驚くべきことに主婦連合の忍耐力とネットワークにあった。特に、炭住街に三池労組の主婦連が結成され、炭鉱婦人協議会なるものが成立した。1960年2月には、三池主婦会総決起大会を開催し、国会へ特別立法を働きかけるまでになった。最終的に、不十分ながらも国から炭鉱事故被害者への補償金を勝ち取った。

 この一連の動きを見てみると、明らかに時代の差を感じる。同業者が一体感を持って目的へ向け意思統一を図りながら邁進していく。この運動の進め方は最近では見られないものだ。また、総資本と総労働の対決のように、労働側は必死になって一丸となって情熱を抱いて闘っていた。

 いずれも現代では残念ながらもう見られないものだ。これが今日「醒めている」「自分に関係ないものには関与しない」「ひとつのことに情熱をかけることはない」「夢を描かない」等々と云われる現代の若者とは大きく異なる。

 久しぶりに1960年代の国民的な社会運動を懐かしく感じることが出来た。

2009年12月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

941.2009年12月10日(木) 国会議員なら脱税しても軽く済まされるのか。

 「知の現場」の宣伝チラシがプロジェクト・マネージャーを経由して送られてきたので、私なりのPR文を付けて早速知人や友人にメールで送信したところ、間髪を入れず本命のチラシではなく、私が最近の鳩山政権の迷走ぶりを非難したブログについて、フロリダ州マイアミ市在住の鹿住一夫さんと仰る方から「アメリカから見ていても、どうもリーダーシップに欠けるように思われます。連立政権の弱みかも知れませんが、社会党、国民新党の言い分を重視し過ぎていて、議員数では圧倒的に勝る民主党としての主張が希薄のように見えてなりません。また偽装献金問題にしても、かつての野党の党首時代に『秘書の犯罪は議員も同罪』と繰り返していたのが、今では『母親から送金を受けていたことを自分は知らなかった』で逃げている。こんな大金が動いていて本人が知らないはずはありません」とのメールをいただいた。まったくその通りである。長い間アメリカでご苦労されておられる市井人だけに、反って日本の混乱ぶりがニュートラルに見えるのだろう。

 ゼミの後輩のひとりからもメールをもらった。彼は幾分民主党に理解があって、政権を取って間もない民主党は充分体制が整っていないので、明治維新時に明治政府が体制作りに時間がかかったことを例に挙げ、もう少し時間をかけて見てみたいとのメールをもらった。まあそれも分からないわけではないが、今回の迷走ぶりは、そういう安定基盤に時間がかかるという問題ではなく、信念の問題である。まして外交問題、特に対米同盟、それも火急的な基地移設という重要課題が絡んでいるので、そうのんびり待っているわけにも行くまい。鳩山政権の腰が定まらない迷走の最大の原因は、一にかかって鳩山首相自身に政権運営の哲学と信念が欠けているからに他ならない。

 大体母親から9億円にものぼる巨額の贈与を受けていながら、知らぬ存ぜぬで罪を秘書に押し付けて、挙句の果ては母親からの資金であることが判明するや、検察の解明を待って法律に則り対処したいなどと誰も信用しないような言い草で時間稼ぎをしている。法律を犯した本人が、一旦ばれるや法律に則って適正に対応するなどという図々しい発想はどこから出てくるのだ。まるで盗人猛々しい鉄面皮ではないか。同じように母親から9億円の資金供与を受けていたことが判明した弟の鳩山邦夫・元総務相のごときは、得意気に(脱税していた)贈与税を納めると言い出し、兄の首相へ白状した方が良いようなニュアンスの発言をしている。反って潔いなどと見当違いで次元の低い持ち上げ方をするメディアまで出る始末である。

 どっちにしろ、兄弟ふたりして巨額脱税行為をやっておいて、ばれたから納税しますとの論理は、一般市民の感覚ではとても理解出来ない。もう少し自分の身を潔白にして議員活動が出来ないものか。

 民主党が民主党なら、邦夫議員のほかにも自民党は脱税議員が多士済々?である。負けずに脱税行為をやっていた二階・前国交相の悪質な政治資金規正法違反も秘書を略式起訴かなんかでお茶を濁し、議員本人は逃げ切るつもりのようだ。部下に罪を被せて放ったらかしにする「先生」ばかりだ。少しは軍神廣瀬武夫・海軍中佐の部下・杉野孫七兵曹長を思う気持ちを見習ったらどうか。国会議員というのは、悪事をするために議員になったのではないかと皮肉のひとつも言いたくなる。

2009年12月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

940.2009 年12月9日(水) 日米両政府は普天間基地問題を解決する気があるのか。

 このところ政治が動いていないように思える。沖縄普天間基地移設問題は袋小路に入り込んだかの感がある。政権内部でも、鳩山首相は持論を述べず、リーダーシップを発揮せずの他人任せであり、岡田外相、北沢防衛相、福島少子化担当相らはばらばらに持論を述べている。沖縄の仲井真知事は当然地元の考え方を主張している。

 アメリカが痺れを切らして、日米同盟が危ういような発言をしていたが、日米高官の発言が沖縄住民の気持ちをすっぽりと見落としていることが問題だ。これまでの日本側の準備や手順も悪かったが、アメリカにも沖縄、日本を軽視する考えがあることは事実だ。アメリカは大体安保条約がある以上基地使用は当然という言い方をしているが、一体どこの国の土地の使用問題かという点にまったく配慮が足りない。日本もその点を強調するのではなく、説明して分からせる努力が必要なのではないか。

 今日アメリカから伝えられた一高官の「このままCOP15で両国首脳が会うことは、オバマ大統領の時間の浪費だ」の傲岸不遜な発言に至っては、相手の気持ちを慮る姿勢がまったく感じられない。まるでこちらの言い分を認めなかったらもう相手にしないとでも言っているようなものだ。もし、こういう傲慢な意見がアメリカ政府内部に他にもあるとするなら、相当覚悟して日米関係を基礎から構築し直すことが必要である。

  そもそもどうしてこんな相互不信の状態になってしまったのか。岡田外相の言動を見ていても、虚虚実実のかけひきをあまりやった経験がないと分かる。外交下手なのだ。いつも義務のように巨額の拠出金ばかり負わされる日本の外交下手は、日本人の消極性、へりくだりや、謙虚さに負うところもあるが、外交官が現場レベルで丁々発止と渡り合う訓練と度量が足りないからだ。これから普天間基地問題はどうなるか。このままで良いわけはないので、どういう動きをするのか、当分目を離せない。

 昨日からコペンハーゲンで気候温暖化に伴う地球環境について、2012年に失効する京都議定書後の取り決めを話し合うCOP15なる会議が始まった。世界中から190ヶ国、15,000人が集まった。110ヶ国から首脳もやって来るそうだ。オバマ大統領も出席するという。最近の情勢では途上国が強気で意見がまとまりそうもない。そのカギを握るのは、やはり中国だろう。8日間の間に結論は出そうもない。政治声明を発表して、今後解決へ向けて話し合いを進めていこうとのスタンスを見せるだけのものだろう。国際交渉の舞台でもメリハリの利いた論理的な欧米流儀から段々日本的曖昧さが表に出るようになってきた。この傾向は世界を益々停滞させることにつながるのではないか。

 余計な話だが、このCOPというのは何を意味しているのだろうかと考えたら、COPENHAGENの略字ではなく、‘The Conference of the Parties’を略したもので、日本語では「第15回国連機構変動枠組み条約締約国会議」というのだそうだ。英語は簡単過ぎてよく分からない。一方で、この日本語は分かることは分かるが、少々長過ぎないか。これなら大幅に詰めて今流行の簡略語にしてみたらどうか。「カラマーゾフの兄弟」を不見識にも「カラキョー」とやったように。

 9月から受講していた多摩美術大学の生涯学習講座「世界の都市を歩く」も今日が最終日で、ターゲットはチュニジアだった。これまでヨーロッパとメキシコだったが、ちょっと珍しいテーマだと思う。しかし、建築と音楽を紹介してくれて結構面白かった。終って修了証書をいただいた。

2009年12月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

939.2009年12月8日(火) 誰も話さないが、今日は大東亜戦争開戦記念日

 真珠湾攻撃により大東亜戦争が開戦されてから、今日で68年になる。最近は時代のターニングポイントとなった大事件でもマス・メディアがあまり報道しない。しかし、あの大東亜戦争開戦記念日であるにも関わらず、ほとんどのテレビ局がだんまりを決め込んでいるのは、一体全体何を考えているのだろうか。今問題になっている普天間米軍基地移設問題にしても、元をただせばこの戦争から始まっているのにだ。過去を真剣に振り返って反省することも、検証することもあまりないようだ。過去の戦争の真実を分析することなくして、想像の話として戦争を語ったところで真実が分かるはずがない。

 先日来かつてお世話になって、先年亡くなられた方の生涯をご遺族から伝記風に書いてくれるよう依頼され、実のところ困っていた。家族にとって大切な記録を後々まで伝えたいので、文書にして欲しいという依頼をいただいたのである。しかし、評伝なんて書いたこともないし、とてもその任に非ずとご高齢の奥様に2度もお断りしたが、たってのお願いと迫られ、資料や謄本、写真まで送ってこられた。その挙句に電話までいただいて書いてくれないと死にきれないとまで言われては、お断り出来なくなり、悩みに悩んだ末に昨日からその履歴について少しずつ書き始めた。こういう話は誰でも書けるというものではない。実際いかにその方の姿を知っているとは言え、性格的な点や癖までは分からない。見込まれて頼まれたこととは言え、こういう家庭内にまで入り込むプライベートな話は気がひけるし、気の重い話である。ただ、ひとつ興味深かったのは、故人のご先祖が平安中期に酒呑童子退治や、謡曲「羅生門の鬼退治」で京都一条の戻り橋で、鬼の片腕を切り落としたとされる「渡辺綱」だと知ったことである。 由緒のある家柄なのだ。果たして本当に実話なのか信じがたい気がするものの失礼だと思い、尋ねようとは思わないが、一寸興味を惹く話である。

 夕方3ヶ月ぶりに「酒のペンクラブ」例会に出席のため神田の「樽平」へ出かけた。長老の山中保学さんに久しぶりにお会い出来て嬉しかった。脳梗塞で倒れて気にかかっていたところだった。今月初めにMRAで診てもらい、心配ないと言われたと早速好きなお酒を旨そうに飲んでいた。もうちょっと慣らし運転をして、少しずつ量を増やしていった方が良いのではないかと思う。他人事ながら少々気になる。閉会間際になって、来月の例会冒頭に簡単なスピーチをやることになった。テーマはこれからゆっくり考えたい。

2009年12月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

938.2009年12月7日(月) すごい高校生ゴルファーと優柔不断の総理大臣

 男子プロゴルフ界にえらい選手が出てきたものだ。昨日石川遼選手が今年度男子の最年少賞金獲得王に決まった。プロ入り2年目の、僅か18歳の高校3年生である。今年はトーナメントに4勝して、獲得した賞金が1億8千余万円というから、そんじょそこらの高校生とはわけが違う。

 それにしてもこれまでの最年少賞金王は、プロ野球出身のあのジャンボ尾崎選手で、その当時26歳というから大きく年齢の壁を破ったことになり、その素質はずば抜けている。外国でもこれまでに一番若かった賞金王は、アメリカ男子ツアーのタイガー・ウッズの21歳、ヨーロッパ男子ツアーのセベ・バレステロスの19歳だという。私自身ゴルフはやらないので、ゴルフについては詳しくは分からないが、たかが高校生がこんなにも簡単にトップ・プレイヤーになれるものかと驚くばかりである。感心するのは、石川選手の応対にそつがなく、話の内容もしっかり考えて話していることで、普通の高校生のそれとは大いに違う。しかも生意気そうな印象がまったくなく、控え目な感じでこれでは人気が出ない方がおかしいくらいだ。

 さて、今日になって急に普天間基地移設問題が慌しくなってきた。これまで岡田外相、北沢防衛相が個別にばらばらのことを言っていた。しかし、日米間で問題が起きないように努めていたが、アメリカがそろそろ堪忍袋の緒が切れて、このまま日米合意を無視するようなら信頼が損なわれるとアメリカの要人が話し出した。今の鳩山首相のスタンスを見ているとアメリカよりも、むしろ連立政権を支えている社民党と国民新党への配慮が度を過ごしている。福島瑞穂・社民党党首のごときは、この普天間移設は海外か県外でなければ重大な決意をするとまるで脅しをかける発言である。一方、補正予算では亀井静香・国民新党代表の筋の通らない強引な発言に、民主党は振り回されている。大体補正予算を2兆千億円以内に抑えようと考えている民主党幹部の神経を逆撫でする「8兆円で景気刺激策を」には、民主党の弱さが表れていると思う。なぜ断固として、民主党独自の考えを主張するなり、反論をしないのか、不思議でならない。こうしている間に、普天間施設問題では、アメリカ政府はおろか、国内でも沖縄県仲井真知事や、沖縄県民に不信感を募らせ、益々こじれさせている。補正予算問題では、連立政党間で綱の引っ張りあいをやっている。結果的に総選挙直後には、民主党の支持率が75%にも達していたのだ、最近では60%を割った。このままの状態では、人気は下る一方である。

 それにしても鳩山首相の何と優柔不断なことか。これがわが国の総理大臣かと少々心配になってきた。

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937.2009年12月6日(日) 慶応ラグビー、9年ぶりの優勝を逸する。

 ケースは多少違うが、昭和35年東京六大学野球の秋の早慶6連戦を思い出すともなく思い出してしまった。

 今日テレビを観ながら関東大学ラグビー早明戦で明治を応援していた。今シーズン低迷する明治が勝てる可能性は極めて低かったが、仮に明大が勝てば母校慶応に9年ぶりの優勝が転がり込んでくるからだ。

 半世紀前の早慶6連戦は全6試合を外野席で友人らと応援していた。その当時長らく東京六大学で優勝していなかった慶応にやっとそのチャンスが巡ってきた。最後の早慶戦で勝ち点さえ挙げれば、優勝だった。それが1勝2敗で勝ち点を失い、早大と優勝決定戦を行って負けてしまったのである。その間に同点引き分け2試合を挟んだ6連戦で大いに盛り上がったが、負けた悔しさの方が強くて、最後に負けた後友人とどこかへ妬け酒を飲みに行ったように思う。大学キャンパス内には丁度60年安保闘争の余韻があり、試合前からどこもデモの熱気があったように思う。

 今日の早明戦は先月の早慶戦、昨日の帝京大戦に続いて慶応の優勝がかかった試合となった。早慶戦は勝てば優勝だった。しかし、前半リードしながら最後の土壇場で同点に追いつかれ20-20の同点引き分けとなってしまった。そして、昨日の帝京大戦も勝てば優勝が決まるはずだった。勝てると思っていて予想通り前半だけで17-0とリードしていながら、ノーサード(試合終了)直前に逆転され19-17で敗れてしまい、またも優勝を逸してしまった。

 そして今日の早明戦は早大が負ければ優勝という漁夫の利を狙うものではあったが、戦前の予想に反して明治が試合を優位に進め、前半は14-3で明治がリードした。これでやっと慶応に優勝が転がり込むと取らぬ狸の皮算用をしていたところ、早大もさるもの、ノーサイド直前になって逆転トライを挙げ試合を16-14とひっくり返してしまった。これで優勝はついに泡と消えてしまった。

 早慶6連戦の時もそうだったが、慶応というチームはどうしてか優勝がかかるとプレッシャーに弱い。いつもこんな調子で期待を裏切られてしまう。またまた来シーズンに期待するしかないが、暮から正月へかけて全国大学ラグビー選手権大会が開催されるので、新規まき直して優勝を目指して頑張って欲しい。

2009年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

936.2009年12月5日(土) 迷走する鳩山由起夫氏は果たして首相の器か。

 沖縄の米軍普天間基地の移設問題が混迷の度合いを深めている。その最大の原因は、鳩山首相のリーダーシップの欠如と、アメリカよりも連立を組んでいる国民新党と社民党の意見を取り入れすぎることにあるようだ。アメリカは不信感を強めており日米関係も聊か危うくなってきた。

 ところで、鳩山由起夫氏は果たして首相の器なのか。理想も良い。人望もあるようだ。マス・メディアを始め対人関係には丁寧に対応している。だから、人気もかなり高いようだ。しかし、政治を司り国を動かしていくトップとしては、決断力に乏しく、あまりにも頼りない印象を受ける。朝令暮改も甚だしい。いろいろな意見を持っていても、それを充分こなし切れず、是々非々の判断に迷いが見られる。いろいろな方針を大臣に検討させたり、命じたりするのは善しとして、上がってきた材料を料理する知恵と工夫が足りないよいだ。

 今迷走中の普天間基地問題は、アメリカとの合意事項には辺野古への移設が盛られていた。代案「海外か県外移設」を充分検討しない間に総選挙が近づき、沖縄県民の理解を得られやすい代案をぶち上げた。まったく成算なしにである。その軽薄さが、ここへきて首相自身自らの首を絞めることになった。

 鳩山首相は、良家のお坊ちゃまのまま苦労を知らずに今日まで来てしまった。潤沢な資金を持ち、苦労したことがないから、ちょっとした苦難にも耐えられそうもないし、苦衷の中で知恵が生まれてこない。さらに普通の人間の感覚が分からないところもあるようだ。あまりにも一般の常識とずれている。それが「宇宙人」と呼ばれる原因にもなっている。これだから閣僚や取り巻きも大変である。

 最近の偽装献金問題のお粗末さは、救いようがない。自分は知らなかった。秘書がすべて仕切っていた。こんな言葉は中間管理者あたりまでの下っ端の人間の言うことだ。まして、政権を取る前の2002年の加藤紘一・自民党元幹事長の秘書疑惑、その後の社民党辻元清美・現国土交通副大臣の秘書給与流用事件の際は、秘書の責任はすべて議員の責任と言っていたのではなかったか。資金が母親から拠出されていたことには驚いているとまでしらばくれている。これには漢字を読めないと笑い者になった麻生太郎・前首相にまで「驚くのはおかしい。驚いているのはむしろこちらの方だ」とまで皮肉られている。弟の邦夫元総務相ともども母親から資金を出してもらって、自分は与り知らぬとはよく言えたもので、とても普通の神経ではない。兄弟2人して贈与税の脱税を繰り返していたわけである。こういう世間を欺くような頼りにならない人物を総理大臣に押し上げた責任は、やはりわれわれ国民が負うべきなのであろう。やれやれである。

2009年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

935.2009年12月4日(金) 日本的曖昧さで右往左往

 些かうんざりである。今日の朝日夕刊「ニッポン人脈記」に、3人の国語学者による部首「しんにゅうは1点か2点か」が紹介されている。近藤姓の「近」の部首「しんにゅう」は、このパソコンで見る限り1点であり、私自身この文字を覚えて以来ずっと1点と信じ、1点の「近」を書いてきた。

 ところが、実際には敗戦直後の1949年に当用漢字の字体を決めた際、従来の2点を簡略化という見地から1点にしたのだという。それならそれでずっと1点にすれば混乱もなくて良さそうなものだが、いつの間にやら「しんにゅう」を使った文字には1点と2点の2通りのケースが存在するらしい。これは、パソコンの文字に倣って使用されるようになってからのようだが、正統派の国語学会が、ビジネスのパソコンに寄り切られてしまった例である。正にグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」の典型ではないだろうか。

 ほかに「しんにゅう」を使う文字の中でも、どの部首が1点なのか、2点なのかは普通あまり気にしていない。自分なりに信じる文字を書いているものと思う。私は2点の文字は書いたことがない。実際「邁進」を見てみると「邁」は2点であり、「進」は1点である。

 教育現場を知る人は、「『しんにゅう』の形が統一されていないと、子どもがわかりづらい」と言うが、今年1月の常用漢字表の試案では、2点派に軍配が上がった。よく分からない理屈だが、部首の整合性より混乱を避けることが重視されたからだという。

 1点か2点、どちらに決めるにせよ、こういう身近なところで偉い学者が検討しても決められず、日本語がたいして意味もなく2通りに使われているところが、曖昧さを残す日本的なやり方で、同時に決断力がないところであろうか。

 漢字ばかりではなく、わが国では総理大臣まで決断力が発揮できず、沖縄住民のみならず、日米間で政治家が右往左往している。言うまでもなく普天間米軍基地移設問題である。総選挙前からどうも代替移設地が首尾一貫していない印象を受けていたが、今になってもどうするのか、宙に浮いたままである。

 今日になって鳩山首相は普天間代替地として「グアムも検討」と言い出した。民主党マニフェストでは「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてあった。それを一歩踏み込んで、いつの間にか普天間基地を海外か、県外移設という具体的な代案となっている。確かに3年前の日米合意のロードマップには、沖縄駐留の米海兵隊と家族をグアムへ移転させる計画はあった。しかし、内閣の主要閣僚の発言が日米合意とは別のところで迷走するようでは国民は信用出来ないし、アメリカ政府からも信用されないのではないか。日米の了解事項がばらばらに別の方向へ走り出している。一体どこが具体的な移設先なのか、現状のままなのか、首相の考えも外相、防衛相もばらばらになったまま見当がつかない。まったく締まりのない話で、困っているのは沖縄住民である。

 果たしてこの無様な動きに日本政府はどう決着をつけるのか。アメリカ政府も大分イライラしているようだ。

2009年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

934.2009年12月3日(木) エコ・ポイント制度をもっとスマートに

 9月初めにエコ・ポイント申請書を送付したが、ほぼ3ヶ月経ってもウンでもないスンでもない状態に痺れを切らし、環境省のエコ・ポイント事務局へ電話した。1ヶ月ほど前エコ・ポイントの申請手続きや、支払い方法等について作業が遅れて、申請者の元へ商品が送られてくるまでに大体2ヶ月ぐらいかかっていると新聞に報道されていた。新しく発足した国の景気浮揚策のひとつで、取扱量も多く手続きも煩雑だろうから、ある程度の時間的な遅れは止むを得ないと理解していたが、その後になっても何らの情報や連絡もなく、国の制度としては些か杜撰ではないかと抗議の気持ちも込めて問い合わせたわけである。

 ところが電話が通じない。電話が不親切である。例によって録音テープによる案内で、所定の係りへかけると「ただいま混み合っていますので、もうしばらく後におかけ下さい」とプッツンと一方的に切られること4回、漸く5度目に話をすることが出来た。私が送付した書類の記録は事務局がしっかり抑えてあり、11月中旬には支払いの資料を日本百貨店協会へ送ったので、実際にいつ希望した物が送られてくるかどうかについては、直接百貨店協会に問い合わせて欲しいと電話番号を教えてくれた。そこで、また百貨店協会に聞いてみると、今月14日に送付する段取りになっているとの回答だった。

 ただ事務が輻輳して支払いが遅れただけのことかも知れない。しかし、何たる不誠実な対応だろうか。どこかで一寸連絡さえしてくれれば、こんな心配をせずに済んだ。3ヶ月も放ったらかしにして、電話1本くれるわけではない。申請者はただひたすら待つしかない。業を煮やして直接尋ねたから事情は分かったが、これが国の制度として国民に対して行うサービスなのか。どうもやることにすべて魂がこもっていないと思う。まあ国がやるサービスというのは、せいぜいこんな程度かなとも思う。

 午後からJN協会の企画会議が麹町の海事センターで開かれ、唐突に白澤事務局長から来年JN協会として「都市・観光・環境の情報事典」なる書籍を出版する予定だから、その一部について私に執筆担当して欲しいとの話だった。来年は国際ペン東京大会開催で忙しくなりそうだし、それに合わせて次作品も書こうと思っているので、おいそれと安請け合いすることに躊躇する気持ちがあったが、お断りするわけにも行かず、「観光」章についてお引き受けすることにした。だが、詳しい説明がなく雲を掴むような話で書籍編纂の意図と主旨がよく分からない。近日打ち合わせをするというので、具体的な内容等についてはそれからだ。

 昨日東洋経済新報社が作成した「知の現場」の表紙デザインを、プロジェクト・マネージャー経由で送ってきた。珍しいデザインだが、これが今風なのかなと思う。しかし、見た感じは悪くない。内容は充実しているし、うまくすると売れそうな気がする。24日に1,600円で店頭販売されるが、販売結果が楽しみである。

2009年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

933.2009年12月2日(水) 証言! 外交文書の密約はあった。

 日本画家の平山郁夫氏が今日亡くなられた。79歳だった。平山画伯と言えば、シルクロードを描いた作品や、仏教の歴史・風物を主題とした作風で知られる。箱根の彫刻の森美術館、成川美術館にも画伯のシルクロードの大きな絵画が飾ってある。これらの絵を見ていると古代へのロマンが限りなく拡がっていくような大きな気持ちがしてくる。惜しい人を失った。

 さて、このところ噂が、実は噂ではなく真実だったのではないかと考えられていた、日米間の外交文書密約問題について、昨日東京地裁に証人として出廷した吉野文六・外務省元アメリカ局長が密約文書に署名したことを当事者自身の口から証言した。更に、当時の愛知揆一外相ら外務省幹部もその内容を知っていたはずだとも述べた。密約の内容は、沖縄返還時の沖縄住民への土地原状回復を行うための経費をアメリカが負担するという約束を履行せずに、実は密約によって日本が肩代わりするという内容である

 これで、日米間の4つの密約のひとつが当事者によって明かされたことになる。まだ残る3つの密約がどうだったか明確にされたわけではないが、外務省は来年1月にまとめて報告書を公表する予定である。

 こんな国民の目を騙すような例はこれまでなかったと思う。自民党政府はこれまで、一貫して「日米間に密約はない」「密約はないということは歴代の首相がはっきり答えている」との一点張りで押し通してきた。こうなると歴代の首相はみんな嘘つきだったということになる。この偽証の責任はどう償うつもりだろうか。そして、歴史上ウソを真実とした記録はどう修正するつもりだろうか。珍しいケースであるが、外交史上重大なことであり、どう決着をつけるのか注視する必要がある。

 それにしても証言した91歳になる吉野氏は、閉廷後の記者会見でこれまでも随分悩んだと言った。その挙句に「歴史を歪曲しようとすると国民のためにマイナスになることが大きい」とも述べた。覚悟のうえで真実を述べられたのだろう。人生も終盤になって、腹の中に溜っていたこれまでの心の負担や悩みを曝け出そうと決意したのだろう。

 日本とアメリカでは公文書管理制度が異なる。日本はアメリカの制度を見習い、25年か30年経てば公文書を公開して、誰でも研究出来るので、そういう制度を日本の外交にも採用することが良いとも提言した。

 今回の事件の経緯から、幸いにしてすっきりした形で密約文書が公開されることになりそうだ。一密約文書というだけではなく、制度としてあるべき形を整備することもこの際考えるべきことではあるまいか。

2009年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com