今日は冬至である。今年の神奈川県高校ラグビー新人戦2回戦が行われたので、近所の和田正温先輩を誘って母校グランドへ出かけた。対戦校は私立湘南学園高で、これまであまりラグビーでは活動していなかった。しかし、試合では終始押されっぱなしで、何とか5-5の引き分けに持ち込まれ抽選勝ちとなって何とかベスト16に進出したが、次の3回戦が厄介だ。セットスクラムが押され、ラインアウトはボールが獲れず、ハンドリングが悪くて相手ペースのまま終ったが、次のゲームではこんな調子ではとても勝負になるまい。ただ、3週間の間隔があるので、これからどの程度修正出来るか。
ところで朝刊を見てびっくりした。ソフトバンク・ホークス王貞治・前監督の兄上で、医師の王鐵城先生が亡くなられたとのニュースである。来年2月に予定している拙著の出版記念会にもご案内状を差し上げてご返事を待っていたところである。4年前の出版記念会にもご夫妻でご出席いただいた。律儀で礼儀正しい方だったので、まだ期限前とはいえご返事をいただいておらず、気になっていたところだが、入院されていたようだ。
まだ会社勤めの頃王鐵城先生を始め、王家の皆さんには随分お世話になった。王先生には長年に亘りご信頼いただき、王家の旅行はすべて手配させていただいたことが良い思い出となっている。
1995年5月に王先生ご夫妻と妻と一緒にヨーロッパを旅行したことがある。その折現地での行動は別々になったがパリで同じホテルに泊まり、1度食事をご一緒しましょうということになり私の行きつけのレストランへご案内したことがあった。楽しいディナーも終わりに近づいたころ、顔馴染みのギャルソンが、食事を楽しんでいるお連れの女性(正美夫人)が顔から出血して倒れているとの話に慌てて現場へ行ってみると、夫人が口を押さえて倒れていた。聞けば階段で転んだ拍子に顔面を階段に強打して前歯を折ってしまったとのことだった。心配顔のレストラン従業員に対して王先生は、軽く顔を打撲した程度だから心配しないようにとレストランとわれわれ夫婦にそれとなく気遣ってくれた。そのうえ、自分らだけでホテルまでタクシーで帰ることが出来るので、お先にお帰りくださいと私たち夫婦にも気を遣っていただいた。そして帰国してからすぐご連絡をいただいた。折角パリでご馳走になりながら、反って迷惑と心配をかけて申し訳なかった。その償いをさせて欲しいと言われ、その数日後新宿御苑近くの割烹料理店で妻ともども豪華なご馳走に与ったことを鮮明に覚えている。そのくらい他人に気を遣われる方だった。王先生とのお付き合いを思い返すと、いろんなことが脳裏に浮かんでくる。
毎年正月になるとご家族、ご親戚の方々で揃って箱根に滞在された。王貞治氏夫人がご存命のころ、王家ご一行さまが揃ってハワイに行かれたこともある。その時ご夫妻だけでアメリカの野球の殿堂へも行かれた。父上の何回忌だったかに一族でバスをチャーターして東京霊園に墓参されたこともある。印象的なことは、母上の百賀のお祝いをお世話した時、王監督とその年のドラフトについて話し合ったことだ。
思い出せば限りがない。78歳でまだまだお元気そうだったのに、痛恨の極みである。王鐵城先生、長い間お世話になりました。ありがとうございます。どうぞ安らかにお眠りください。 合掌