230.2007年12月30日(日) 今年1年を振り返って

 とうとう今年もあと2日となった。ありきたりだが、あっという間の1年だった。来年はいよいよ「古希」を迎えることになる。幼いころや、若いときにはとても老いた自画像なんて想像もしなかったが、現実にそれに近い年齢になってみると、何だか寂しいような気がする。振り返ってこれまで自分がやってきたことについて、特別悔いが残ることはないが、これから先新たに、大きな目標を持ち先頭に立って動ける可能性がないことが残念で寂しい。ちまちまとのんびり生きていくことは、まず大丈夫だが、やはりこれまでガツガツとやってきただけに、大勢の先頭に立ち、身体を使って動く機会がないことは、人生において画竜点晴を欠くような気持ちに捉われないこともない。人生というのは、自分が主体的に動かなければ成長もしないし、やりがいも生きがいもない。

 人並みに今年を振り返ってみると、健康面でドック検査を2度も受け、内臓疾患のないことが確認出来た。また、通院しながらも両膝の炎症が若干回復しつつあるが、まだ完治に至っていない。後は風邪をひいたことと、ひょうそうをやってしまったことぐらいか。血圧もやや高くなってきたので、内科で血圧降下剤をもらい、毎日数値を測定し経過観察している。幸い、一時は上が160ぐらいあったものが、最近では120前後にまで下がってきた。充実した生活を送るためにも、年齢的には来年も健康管理が最大の目標である。

 執筆関係では、ある程度自由に書くことが出来たが、肝心要の次回作品「停年オヤジの海外武者修行」を上梓出来なかったことが情けない。今年の年賀状では年内に上梓すると宣言しておきながら実現出来なかった。大体大筋は書き上げたのだが、構成上どうも気になって文章の入れ替えをやったり、書き換えたり気持ちが定まらないまま遅れている。日本旅行業協会会長・新町光示先輩(㈱ジャルパック会長)に推薦文をお願いしたのは、昨年のことである。お詫び状は差し上げてご了解はいただいたが、期待していただいている新町さんには申し訳ないと思っている。

 特記事項は、①元旦早々高校ラグビー部OB会長を辞したことだ。7年間会長職を務めたが、やはり心身ともに解放された感じである。これからはOBのひとりとして側面的に協力していきたい。②4年ぶりに海外へ出かけたことである。それも念願としていたチベットへ行き、ポタラ宮殿を見学したことと、青海チベット鉄道に乗車して海抜5千mを越えたことである。③自分の墓石を近藤家の墓地内へ建てたことも大きい。

 長い間気がかりだった、湘南高ラグビー部の1年先輩である、清水丈夫さんが元気でどこかにおられるということが分かったことは嬉しかった。前進社へ連絡すれば、メッセージは届けてくれるようだ。清水丈夫選集を1冊入手しただけでも清水さんの息吹を感じられるようで安心出来る。失礼ではあるが、一時はもう亡くなられているのではないかと心配していただけに、直接コンタクト出来なくてもどこかに元気でおられるということだけでも、ほっとしている。清水さんは学生時代に六〇年安保闘争へ導いてくれた人でもある。

 来年の目標としては、①健康管理にもう少し気を配って、血圧を安定させ、風邪をひかないよう注意する。②前記拙著を上梓する。③気の利いた自信作エッセイを書きたい。④この「ご意見番の意見」を軽装丁の自費出版物として記録に残したい。⑤海外へ1~2回は出かけたい。等々挙げることが出来るが、どの程度実現出来るだろうか。健康状態は今年よりは良くなると思うので、何とか大(中)願成就してみたい。

 ところで、現在「世界遺産」としてユネスコから承認されているのは、851箇所である。そのうち、134箇所を訪れたつもりで、チベットのポタラ宮殿と大昭寺を加えて136箇所と計算したら、ポタラ宮殿も、大昭寺もラサ市内の施設ということで一括承認されている。ということは、1箇所追加するだけだ。京都市内の寺院が一括して京都歴史地区として指定されているのと同じである。そこで、改めて私自身が訪れた世界遺産を正確にチェックしてみた。新たに登録された場所も付け加えたりして増減を調整したところ、その数は138箇所だった。昨日訪中している福田首相が、世界遺産である孔子の故郷・曲阜を訪れたそうだが、もう20年以上も前に列車で北京から上海へ向かう途中で曲阜を通過した時に孔子に思いを馳せたことがある。その福田首相が今日中国から帰国した。人気が低迷して自民党としても悩んでいたようだが、薬害肝炎一律救済を議員立法化で解決しようとの意気込みと、中国内における首相への好評価によって点数を稼ぎたいようだ。就任以来、3ヶ月余で福田色も充分な結果も出せず、真の評価は来年が正念場だろう。

2007年12月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

229.2007年12月29日(土) いつも楽しいゼミの忘年会

 いよいよ年の瀬も迫ってきた。とりあえずほんの少し大掃除の真似事をする。今年は、次男・崇史が新潟へ転勤して正月に戻って来ないので、夫婦水入らず?の正月を迎えることになる。

 夕方ゼミの忘年会で下北沢へ出かけた。普段から親しい仲間ばかり、12名が集まった。ゼミの先輩、東北公益分科大学の小松隆二学長が来年3月で学長を辞められるという。山形県酒田市に開学以来7年になるというので、もう一度大学を見学がてら酒田市中心に、東北地方をみんなで旅行しようという話もある。この飯田ゼミは、ご高齢の飯田鼎先生がまだお元気でおられるので、毎年秋の例会を始め、ちょっとした理由をつけては現役を去り、時間的余裕が出来た仲間が集まって親交を深めている。いつも刺激を受けて、まだ若いつもりでお互いが切磋琢磨しているのも、それとなく恩師飯田先生に倣っているところがある。いつもながら学生時代に飯田ゼミで学ぶことが出来たことを、ラッキーで幸せだったと思っている。飯田先生のご薫陶を受けることがなかったら、きっと考え方も、生き方も別の方向へ進んだのではないかと思う。飯田先生を中心に、いまでも先輩、同期生、後輩がしっかりスクラムを組んでゼミの同窓会組織を継続させ、その中で知的刺激を受けることが出来ることはありがたいことである。

 来年になると古希を迎えるゼミ会員も多いので、古希と還暦祝い、そして小松先生のご苦労さん会を兼ねて、4月にパーティをやろうということに一決した。

2007年12月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

228.2007年12月28日(金) ブット・パキスタン元首相暗殺される。

 昨晩の臨時ニュース「パキスタン・ブット元首相暗殺」にはびっくりした。いま、世界中で最も政治・社会情勢が不安定で、崩壊すると最も危険な国はパキスタンと言われている最中である。ブット氏は10月に亡命先のイギリスから帰国したが、まさにその直後カラチ市内で自爆攻撃により間一髪で難を免れたばかりである。帰国当初はムシャラフ大統領と手を組むのではないかと憶測されていたが、結果的には離反する結果となり、事件の背後にはムシャラフ派の暗躍があるのではないかと噂されてもいた。

 昨日ブット氏が銃撃されたのは、ラワルピンディ市内の集会後、車へ乗ろうとした瞬間である。首都イスラマバードから西へラワルピンディ、ペシャワール、そしてタリバンの潜むパキスタン・アフガニスタン国境へ通じる国道沿線は、部族勢力、タリバン、パキスタン国軍らが激しい綱引きを繰り返している、極めて治安の不安定な地帯である。現場の臨場感はぴりぴりしている。今年7月にも宗教学校寄宿舎で軍隊と衝突があり、多数の犠牲者を出している。この様子では、来年1月8日に予定されている総選挙も予定通り実施出来るかどうか微妙になってきた。

 ブット氏の父、アリ・ブット氏は国連外交で鳴らした著名な外相だった。その後首相になったが、反対派のシャリフ元首相に追放され、挙句に処刑された非業の人だった。娘のブット氏は昭和天皇の葬儀に参列されたが、その来日時、日本の警察制度を高く賞賛し、交番制度をパキスタンでも採用することを決断された。

 2000年3月、私がインダス文明のモヘンジョダロ遺跡を見学した時に、モヘンジョダロ入り口に、ブット元首相のアイディアで設置された、新しい交番がぽつんと建ってあった。しかし、地元の人に聞くと、あまり効用がないようで、巡査はおらず子どもの遊び場になっていたのが、何とも儚かった。

 それにしても、核保有国パキスタンの治安が不安定なのが気になる。強烈なイスラム教徒を抱えるパキスタンから世界中に放たれたテロリストも、どれくらいいるのか見当もつかないという。いまや不穏な空気が漂って危険ゾーンとなった国道線も、私が訪れたころもすでに不穏な空気が漂っていて、カイバル峠近くの銃砲店の繁盛する現場を見て、臨場感から近々反米テロを指摘したものだった。ニューヨークの9・11テロが勃発したのはこの1年半後だった。

 世界中の指導者が一斉にテロリストを非難する声明を出した。地球上に安全なところは益々なくなりつつある。

 今年の東京株式市場の大納会は、日経平均株価が前日比256.91円安の15,307.78円で終わった。年初から下がったのは、実に5年ぶりである。アメリカのサブ・プライム・ローン問題の影響を受け、世界中が衝撃を受けた中で最も打撃を受けたのが東京市場である。7月9日に最高値18,261円になったにも関わらず、結局日本の株価は世界経済の中で評価されず、瞬く間にしぼんでしまった。日経夕刊紙にも「世界主要市場の中で東京市場の低迷ぶりが際立つ一年になった」とある。来年はもう少し明るい年であって欲しい。

2007年12月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

227.2007年12月27日(木) ミクロネシアのモリ大統領と高校ラグビー人気低下

 来年4月20日に講師を引き受けている小金井市の雑学大学事務局から、2週間繰り上げて6日にお願い出来ないかと要請があった。当日は特に予定が入っていないので、了解の回答をした。タイトルは「中高年の海外旅行の楽しみ方」というもので、7月に宇都宮市民大学でお話したタイトルと同じである。宇都宮のパワーポイントに、さらに最新のニュースも加味して受講者に興味を持っていただける内容を準備しようと思っている。

 「JAPAN NOW」紙に連載している2つのエッセイ原稿を書き上げ送信した。ひとつは、「世界遺産物語」の4回目で、先日訪れたチベットのポタラ宮殿について書いた。もうひとつは、もう6年目で32回目の連載になるコラム欄である。来年1月号だが、課題を終え、とりあえず年末はのんびり過ごせる。

 今朝の朝日にちょっと気になる記事が2件載っていた。ひとつは、「ひと」欄に取り上げられた、ミクロネシア連邦大統領のエマニュエル・モリ氏である。パラオ本島で手広くスーパー等を営んでいた「モリさん」の子息である。エマニュエルさんにお会いしたことがあったかどうかは、記憶にないが、お父上には何度となくお会いしたことがある。お父上は、「冒険ダン吉」の孫だったから、大統領はダン吉のひ孫に当たる。厚生省の戦没者遺骨収集事業に関わっていたころ、パラオでよくお世話になった。一方トラック島にも同じような生い立ちの実業家・相沢進さんがおられた。親戚の方がJR藤沢駅前で手広く不動産業を営んでいる。相沢さんは一時プロ野球のトンボ・ユニオンズの投手として活躍された。偶々湘南高校の先輩というご縁もあり、同じ遺骨収集事業では随分助けていただいた。遺骨収集事業では、多くの人と出会い、人脈を利用させていただいた。懐かしい人たちである。

 もうひとつ気になった記事は、高校ラグビーについて「『3K競技』参加校激減」という衝撃的なものである。ついにここまで来たかというのが率直な感想である。「きつい、汚い、けが」というのが、ラグビーの代名詞になり、高校生に最も嫌われるスポーツのひとつになってしまったようだ。はっきり言ってこれでは成長期に身体を鍛錬することから逃避してしまっている。16年前の最盛期に比べると高校全国大会への予選出場校が、1,490校から900校台まで減少した。ほぼ三分の二に減ったことになる。16年前と言えば、ちょうど次男が高校ラグビー部で全国大会出場、全国制覇に向け汗を流していた時代だ。あの頃は、教師も気合が入り保護者も熱が入っていた。いまは、危険だからというだけで学校も、親も腰が引けているらしい。時代の空気も随分変わったものである。ラグビーが他のスポーツに比べて、どれだけ人間を成長させるか、分からない人が多い。また、一度プレイしてみると、どんなに面白いスポーツであるかということが身体で分かるのに、最初から子どもにその機会を与えることを避けているのは、教育全体から考えて如何なものかと思う。みんな人間としてのスケールも、肝っ玉も小さくなったものだ。

2007年12月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

226.2007年12月26日(水) 役人天国・日本

 「文芸春秋」新年特別号に「暴走官僚」-エリートたちが日本を食い荒らす-という特集記事がある。5人の識者がそれぞれ専門のアイテムについて官僚の悪賢さと狡さを暴いて糾弾したもので、中々興味深い。初めて知ったことが多いが、それにしても官僚の悪質な仕事ぶりと自分自身への利益誘導ぶりには、いまさらながら開いた口が塞がらない。

 これを読むと役人にはそもそも国家公務員、あるいは地方公務員になるための志がまったくないことが良く分かる。敢えて言えば、本来なってはいけない人たちが公務員になっている。公僕としての誇りや、責任感がまったくない。どうしてこういう奇妙な組織、組織人になってしまったのだろうか。

 国民の収入のうち約40%が所得税を中心に国家に掠め取られている実態、公務員の高額年収、天下りのなくならない理由、等々について分かりやすく説明されている。中でもジャーナリスト若林亜紀氏の「公務員の仰天手当て」を読むと、ほとんどの国民は血が上るのではないだろうか。筋の通らない互助組合的発想で給料を下げない諸々の仕組みを考え出して、挙句に国家公務員の昨年度平均年収は、814万円に達している。地方公務員なら東京都職員の801万円を筆頭に平均700万円台である。民間企業は435万円、大企業でも616万円だそうだから、公務員はかなり優遇されている。加えて、公務員は官舎が格安、リストラなし、退職金や年金が多い、天下り斡旋、等々を考えると馬鹿馬鹿しくて税金を払うことに懐疑的にならざるを得ない。これだけの高待遇に甘えて、仕事はしない、公金はポケットに入れる、威張る、罰せられない、では話にならない。特に、技能・労務職員の高給ぶりがひどいと若林氏は指摘する。本給のほかにいくつもの手当てを組み合わせてもらっているからだと説明する。電話交換手800万円、清掃職員900万円、給食調理員850万円、バス運転手の如きは、何と1,600万円を年収としていただいている。高給の原資は、すべて国民の税金である。やはりこれは異常という以外にないのではないか。マス・メディアももっとこの点を論点として訴えるべきではないか。現下の公務員と他の国民のアンバランスは、何とかしないといけない。あ~腹が立つ。

2007年12月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

225.2007年12月25日(火) 年賀状を書く気持ち

 15日から年賀状を受け付けている。今日第一弾として535枚の年賀状を近くの郵便局へ持参した。15日の朝日「天声人語」によると、最近は文面デザインはおろか、宛名も印刷された年賀状が増えたようで、「天声人語」氏に今年届いた年賀状の約6割が宛名は印刷され、そのうち半数はまったく肉筆がないと慨嘆していた。相手を思い浮かべながら名前と住所を書いて一言添える旧来の年賀状が徒に機械化され、情緒や通い合う温もりが薄れつつある。年賀状も本来の意味を失い、形式的になりつつある。

 私自身文書については、こだわりを持っていて宛名書きは万年筆を使って手書きで書けるなら、出来るだけ万年筆で仕上げることに固執している。時間もかかるし、時には書き損なうこともあるが、やはり書簡の類は、数百枚程度なら手書きに限る。

 これは幕張小学校時代の恩師・湯浅和先生の「三つ子の魂」の教えである。小学生に手紙の書き方、年賀状の書き方、手紙を書くことの心構えを丁寧に教えてくれた。湯浅先生が、手紙ばかりでなく、工作、絵画、俳句のほかにも賞状のいただき方や、朝鮮戦争に国連軍を投入した理由等も情熱的に教えてくれた。そのおかげで、授業も楽しく先生との絆が深められた。いまでもクラス会を和(やわら)会と称して先生を偲びながら、毎年2回教え子が集まり交流を図っている。あんな素晴らしい先生は、あまりいないのではないかと思う。時代性もあるが、いまの学校教育の現場では中々こうはいかないだろう。

 湯浅先生のおかげで、今でも手紙やハガキは必ず万年筆で認める習慣が身についている。筆で書くことはよほどのケースでなければしないが、万年筆による直筆だと巧拙、性格、感情もある程度推し量ることが出来るように思う。今日投函した年賀状も手書きなので、かなり時間がかかったが、少しでも自分の気持ちを相手に伝えたいとの心配りのつもりである。

 会社勤めのころ、お客様への便りとか礼状は書式に則って必ず万年筆で丁寧に書くよう若い社員に指導していたが、万年筆は使えない、理由は持っていないからと聞いて愕然としたことがある。いまの若い人たちもきっとそうなのかなあと考えてしまう。大体万年筆を英語で‘fountain pen’というのがいい。泉の如く知恵も流麗な文もあふれ出てくることを象徴しているようだ。

 他人のことはともかく、やはり丁寧に書かれた書状をいただいた時は、相手の気持ちを考えて気持ちが爽やかになる思いである。

 年賀状ではないが、今日ニューヨークとブリュッセルの知人からクリスマス・カードを受け取った。これだって近況報告が沢山書いてあって、彼らの日常生活を想像するだけで楽しい。ニューヨークの知り合いはマ・テン・チさんというビルマ人の女性で、ビルマ航空のスチューワデスだった。最近カレッジを卒業した娘を連れて、30年ぶりに母国ビルマへ帰ったと書いてあった。海外に生活するビルマ人は、軍政下のビルマ社会がどうなっているか情報がなく、とても心配している。

 ブリュッセルの知人、安原久雄さんとはもう30年以上のお付き合いになる。長い間ブリュッセルに住んで、マクロビオテックという有機農業や、自然食の分野で普及活動を続けておられる。今月80歳になったという。健康状態は良好だが、最近はトイレで用足ししてもペーパーは要らないと言っている。彼曰く「野生動物に近づいた」が、読書オタクになったというから、やはり野生動物とは決定的に違うインテリ人間だ。彼もコーヒーの飲みすぎとヘビースモーカーという活動の主旨に反する生活をもっと抑制すれば、さらに快適な生活を送れるだろうに。こういうプライベートな手紙のやりとりも手書きだから伝え合うことが出来ると思う。

2007年12月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

224.2007年12月24日(月) 政治家の見識と責任、アクセス5,000件突破

 一旦は政府の対応を「線引き救済」として批判し、決裂していた薬害C型肝炎訴訟問題は福田首相が検討を指示した議員立法によって、「一律救済」を目指し、急転直下解決へ向かい出した。まだまだ前途にハードルはあるが、それでも解決への道を政府が模索し出した点は評価しても良いだろう。罪のない被害者が、やがて自分たちを襲ってくる肝硬変、がん等の恐怖に怯える一方で、これまで無責任な対応で問題を放置してきた行政側の責任が問われてきた。大阪高裁の政府と患者原告団に対する和解勧告により、解決が期待されたが、原告団が最後まで譲らなかった「患者一律救済」が、結局ネックとなり首相裁断の「政治決着」とはならなかった。

 この問題の一連の動きをみていると、改めて解決へ踏み出そうと政府が考え直したのは、次の総選挙に対する危機感からにほかならない。ねじれ国会で法案はひとつも通らず、新テロ特措法は一向に前進せず、年金問題の不始末から自民党の人気は下がりっぱなしで、総選挙では相当苦戦することが目に見えている。それが証拠に、原告団に対する政府の回答を出した直後の伊吹自民党幹事長は会見で、最善の策を目指したが、何でもかんでもやったら日本の法律はどうなるのか、資金はどうなるのか、と原告団の神経を逆なでするようなことを話していた。国民のためを考え、国民に奉仕する政治家の言うことだろうか。それを考えるのが政治家の見識であり、責任というものではないのか。それが前向きになったとはいえ舌の根もかわかぬうちに方針転換である。偉そうにポリシーだとか、信念とか、聞こえの良いことばかり言っていた政治家は、都合が悪くなると急に口が重くなる。

 もっとも政治家が決断しようにも役所が反対しているのでは、政治家も手の打ちようがないということだろうか。大阪高裁の和解勧告は、一律救済を容認していない。司法の判断を立法、行政が冒してもよいのかという正論で反対したらしい。さらに財政面の手当てをこの厳しい財政事情の中でどう折り合いをつけるのかという深刻な問題もある。だが、その正論を受けた政治家が官僚に対応出来ないのでは、いつまで経っても官僚の言いなりだし、政治家の存在理由も出番もない。

 予算がないと言うが、救済原資は考えれば、いくらでも考え出すことが出来る。以前から主張している公務員のボーナス支給カットも然りである。これなら、国民から大うけすること必定である。そして、薬害患者を救済することも出来る。思い切って議員数を減らそうというのもこの際検討してみたらよい。議員側から国民誰もが歓迎するような提言もひとつぐらい提案されないものだろうか。いつものことながら政治家は自分たちの利益を国民から奪おうというケチな考えなんか捨てて、もっと国民が感動し喜ぶことは考えられないのか。

 今日このホームページへのアクセス数が開設以来大台5,000件を超えた。ありがたいことである。アクセス数自体が多いか、少ないかは分からないが、少なくとも開設7ヶ月余で5,000件に達した。来年はいろいろ工夫を重ねて、さらにコンテンツを充実させ、楽しいホームページに仕上げていきたい。

2007年12月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

223.2007年12月23日(日) またやった!懲りない講談社

 ケチがつきはじめた大手出版社・講談社がまたまたヘマをやらかした。同社発行のマンガ雑誌「週刊少年マガジン増刊マガジンドラゴン」に掲載された作品に盗用があったと講談社はしぶしぶ謝罪した(本日付朝日朝刊)。新人マンガ家・豪村中氏の作品に複数の作品からの盗用があったと外部から指摘があり、本人も盗用を認めた。講談社の言い分はありきたりで、「二度とこのようなことが起こらぬよう指導を厳にする」というものである。だが、この大失態はそもそも講談社の体質自体に起因しているとみている。指導すべきは、自分たちが選んだ執筆者に対してではなく、講談社内部に対してではないだろうか。すでに落着したが、私自身も今夏講談社と一戦を交え、誤りを訂正するとの言質を得た。この会社は、自分たちの誤りに気がついても、素直に自分たちの誤りを認めようとしない。傲慢不遜で謙虚さに欠けるのだ。この体質を変えない限り、このところトラブル続きで懲りない講談社には、また同じような失態が跳ね返ってくるのではないか。

 出版界のトップ企業であるという野間家世襲一族、および社員の思い上がり、オピニオンリーダーとしての自覚の欠如、世襲企業特有の隠蔽体質、外部の意見を傾聴しない傲慢さ等々、誤ったプライドを抱く講談社には、多くの問題が沈潜している。今度の件でも、多分外部から相当数の指摘があったと思われる。当初はこれを無視していたが、あまりの苦情に腰をあげて調査した結果、盗用と判明し、逃げられなくなって盗用を認めたというのが、実際の経緯だと思う。

 どうしてこうもマス・メディアの最前線にある講談社は、トラブルを頻発させるくせに性懲りもなく反省がないのだろうか。結局のところ企業ガバナンスがしっかり確立されておらず、世間知らずで、名門企業の名に甘えた妙なプライドで固まっている連中が、自分たちの論理だけでことを進め、自分の世界を作っているだけだからだろう。

2007年12月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

222.2007年12月22日(土) 吉田修一著「悪人」の価値と評価

 18日の本ブログで吉田修一の新聞連載小説「悪人」が、いかにつまらない作品であるかと指摘したが、それが「毎日出版文化賞」に続き、また別の賞を受賞した。第34回「大佛次郎賞」である。同賞は「ジャンルを問わず優れた散文を対象とする」と謳った、数多くある文芸賞の中でも大賞のひとつである。「悪人」のどこが良いのか、その評価の基準がよく分からない。作者は「いろんな登場人物を描きたかったので、場面を短い区切りでどうにか収めようとしたのがよかった。突然、別の人物の声がモノローグとして入る手法がリズムを生み出し、結果的にうまくいった」。どうも自画自賛に過ぎるのではないかと思えてしようがない。前半のコメントは確かにその通りだが、だからといって「リズムを生み出し、結果的にうまくいった」となったかどうか。私にはどうもよく分からない。

 5人の選考委員がそれぞれ異なった視点からコメントを出されているのも興味深い。哲学者の山折哲雄氏は「一つひとつの情景をつみ重ねてクライマックスにもっていく構成的な作劇法が鮮やかである」。解剖学者の養老孟司氏は「なにを書こうとしたのか、そのあたりのわからなさがいちばん面白かった。著者は筆力があって、いったん読み始めたら、最後まで一気に読まされてしまう。そういう作品は決して多くない。そこを評価した」と必ずしも内容自体を賞賛していないコメントだった。多分私のように表層的に、平板的に受け取る読者がいることもお見通しの上で、論評しているのだと思う。

 それにしても、小説の評価について、文芸評論家と称される人たちと自分の考えにこれほどギャップがあるとは少しショックでもある。これで、4年ほど前の130回芥川賞同時受賞の綿矢りさ、金原ひとみ、ら若手女流作家が描いたセックスとマゾ表現が評価された時から、改めて文壇は純文学路線から外れ、何でもありのエロ・グロ路線へ走り出したように思える。

2007年12月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

221.2007年12月21日(金) 先行きの見えない福田内閣

 福田内閣の支持率が急落している。朝日の世論調査に依れば、発足当初53%だったものが、今や31%にまで下がった。不支持率は48%とほぼ半数近くの人が信頼していないことになる。福田首相就任当初は、「背水の陣」内閣として、もう少しやってくれるのではないかと期待されたが、ダメ安倍とそれほど変わらない。

 原因はいろいろあるだろうが、期待感ばかり抱かせて結果が思うように出ない。つまり成果として何も残らないことが、この不人気の最大の原因だと思う。その最たるものが、社会保険庁の無様な年金対策、厚労省のC型肝炎訴訟と防衛省の贈収賄にからむ規律の乱れだろう。朝日も少々人が悪い。いま衆議院比例区で投票するとしたら、どの政党へ票を投じるかとの質問を呈している。今月初めの調査では、自民と民主がそれぞれ32%とまったく互角だったが、現在は民主の38%に対して、自民はたったの23%だそうである。今日の「JAPAN NOW観光情報協会」12月飲み会でも、一度民主党に政権を渡した方が、お互いに緊張感が出て、真面目な政策論争と具体的施策をやって良いのではないかとの意見が聞かれた。みんな同じような考えを持っている。自民も今のまま何も成果を出せないような政権政党では、益々地盤沈下するに違いない。

 こんなムードの中で、来年度予算原案が発表された。近づく衆議院選挙を意識して、財政健全化は帳尻あわせに追われ、財布のヒモが緩みそうである。一般会計予算がざっと83兆円である。これは、私が経済学を習い始めた半世紀前の予算1兆4千億円に比べて、何と60倍である。これだけ大型の予算を組んで、どれだけ国民のためになり、国民が幸せになることが出来るのか。気になるのは、税収がまだとても足りず、消費税値上げの足音が聞こえてくることである。

2007年12月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com