603.2009年1月6日(火) 転機のアメリカはどう決断するのか?

 イスラエルのパレスチナ・ガザへの攻撃は益々激しさを加えている。いつになったら戦火は止むのか。サルコジ仏大統領のイスラエル政府との即時停戦調停は結局失敗に終った。パレスチナ暫定自治政府を代表するファタハは停戦を受け入れる姿勢を示したが、過激派のハマスがイスラエルの存在自体を認めない態度を取っていて、イスラエル側が妥協することを拒否した。この間国連はまったく無力である。アメリカが反対するとこうもすべてが機能しなくなるものか。その意味では反面教師のように、アメリカはその存在感と力を見せつけてくれたようなものである。

 アメリカにしても、今はそれどころではないというかも知れない。自動車産業ビッグ3の経営不振は落ちるところまで落ちて、政府が相当な覚悟で資金援助しないと数ヶ月でまた行き詰まるそうだから、えらいことである。どうしてこうもジリ貧になるまで誰も緊急事態に気がつかなかったのか。3社の販売実績は対前年18%減である。アメリカ市場におけるシェアが50%を割った。

 アメリカ政府にとって政治的、外交的、かつ経済的に清水の舞台におけるシビアな決断を迫られている。オバマ次期大統領はまだ公式に動けず、さりとてメッキの剥げたブッシュ大統領では、説得力と指導力を失っている。さあ、アメリカさん、どうする?どうする?

 今朝の日経紙によれば、各地方自治体に「隠れ債務」が30兆円あるという。これまで地方債など自治体が抱える借金は約200兆円とされていたが、このほかに企業などが積み立てている退職給与引当金が加算されていないことが明らかにされた。損益計算書は作っていたが、貸借対照表が作成されていなかった。これで当然かかる経費が帳簿から落ちていたことになる。これにしても今まで誰も気がつかなかった、放っておいたこと自体が怠慢でずるいやり方ではないか。都合の悪いことは表に出さない役所の隠蔽体質が、こういうところにも表れている。

 ところで個人的に昨年秋辺りから血圧が上昇気味で、このところ上が160前後になってきて、些か心配になったので、森内科で診てもらったところ、下は比較的安定しているので、今服用している血圧降下剤を現段階でワンランク・パワーアップした降圧剤に代える必要はないとの診断だった。寒い時期を考えて仕事にあまり精を出さない方がよいとアドバイスされた。それは、その後松本整形外科で診てもらっても同じことを言われた。松本先生からも少し仕事の手を抜いたらどうかと言われてしまった。昔からどうもひとつのことに掛かりきるとそれに没頭してしまう熱中症のキライがある。年齢を勘案して、ゆっくりゆっくりを心がけるよう自戒したい。

 正月明けということもあり、いずれの医院も千客万来で随分待たされた。混雑する整形外科へ中年のインド人夫婦と妙齢の娘がやってきたが、狭い待合室で大声を出してペチャクチャ話し続けて煩くてしようがない。他の患者も迷惑そうな顔をしていたが、話を止めるどころか、オクターブの高いインド方言は一向に止む気配がない。ついに見るに見かねて、もう少し小さな声で話してくれと英語で注意したら、母親が不満そうな顔をしながらも、少し小声になった。だが、その内に揃って外へ出て行ってしまった。あの後彼らは戻ってきて診察を受けたのだろうか。あの大声があのインド人親子にとっては当たり前の話し声なのだろうか。はた迷惑も甚だしい。インテリ親子に見えたが、節操のない外国人にも困ったものである。 

 思い返すと、昨年多摩大学でおしゃべりを止めない学生を怒鳴りつけたことといい、相変わらずわが若気の至りは止まるところを知らない。血の気が多く衰えるどころか、益々意気軒昂である。

2009年1月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

602.2009年1月5日(月) 第5次中東戦争へ発展するか。

 ガザ地区に対するイスラエルの攻撃は、今日も益々熾烈になり、空爆に加えて地上攻撃も開始され、ガザ地区の死者は民間人を含めてついに500人を超えた。イスラエルはガザ地区への攻撃を続行することによってガザを南北に二分した。

 国連安保委員会が3度に亘って両陣営に停戦を訴えたが、まるで暖簾に腕押しである。むしろ攻撃は日々激化している。かつて私が中東を訪れた第3次中東戦争のころは、アラファト議長率いるパレスチナ解放機構(PLO)だけがイスラエルと対決していた。今ではパレスチナ暫定自治政府は穏健派のファタハが主導し、過激派でイスラム原理主義組織のハマス、北部のヒズボラがガザ地区内に分散して活動している。当初サルコジ仏大統領が仲介に乗り出そうとしたが、両陣営から相手にされず1度は退いた。しかし、サルコジのスッポン作戦は、ならばと明日イスラエルに入って直にオルメルト首相の説得工作に当るという。イスラエルとファタハに電話で自制を促したという麻生首相もお体裁だけではなく、この果断にしてアグレッシブなサルコジの行動力を少しは見習ったらどうか。戦火はエスカレートするばかりである。目立ちがりやのロシアと、地上の様子を眺めているモグラ中国は渦中の栗を拾う様子もなく、じっとアメリカの出方を見守っている。そのアメリカは、攻撃を続けているハマスこそ戦争をたきつけているとして、ハマスを非難してイスラエルに対しては攻撃を停止させようとの素振りも見せない。これでは難題が解決する筈もない。アメリカはニューヨークに6百万人もの裕福なユダヤ人が居住して、彼らからの見返りが多い。平和とか、人類愛とか、生命の大切さなんかより、ユダヤ人から得られる金銭勘定ばかり考えている。

 サルコジがイスラエル入りして果たしてどんな交渉力と説得力を示すことが出来るか。仮にサルコジに成果があった場合、アメリカの地位と信頼は急速に低下するだろう。

 もしこのままの戦闘状態が続けば、パレスチナが焦土と化すことは間違いない。ユダヤ人国家アメリカ、パレスチナ紛争の火種を作ったイギリス、覇権争いの常連ロシア、モグラのおっちゃん中国はこのまま放っておいて良いと思っているのだろうか。

 さて、今日から日本も再起動である。早速大発会で日経平均は9,000円を超えた。円安傾向も示した。このままこのトレンドが維持されればよいが、専門家の予測でも今年中には景気は元に戻らない。

 通常国会が今日召集された。まずは、人気のない定額給付金を盛り込んだ来年度一般会計予算を成立させようとの政府の目論見である。政策論争よりも常に政局にらみである。政治家の無為無策にはまったく呆れ果てる。

2009年1月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

601.2009年1月4日(日) 「カティンの森」を考える。

 昨晩NHKのアーカイブスで放映された、ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダがメガホンを取った「カティンの森」の製作意図の紹介を通して、初めて「カティンの森」事件の真相を知った。

 第2次大戦前のポーランドはドイツと旧ソ連に挟まれて複雑な立場にあった。1939年ポーランドはドイツとソ連に侵略され降伏した。1943年ソ連領内へ進撃したドイツ軍はソ連領内カティンの森で、ポーランド将兵及び民間人、併せて4,000人の残忍な殺戮手段による遺体を発見した。ドイツはソ連が虐殺したと主張したが、ソ連はドイツ軍によって殺戮されたと反論し、お互いが対戦国に罪を被せようとした。第2次大戦中、更に戦後になっても双方が罪をなすりつけようとして真実は解明されなかった。ポーランド統一労働者党ですら、同じ社会主義のリーダーであり、同盟国であるソ連に気兼ねして真相の解明に及び腰だった。しかし、カティンの森だけに止まらず犠牲者の数は益々増え、その数は実に22,000人が加えられた。

 1952年アメリカ議会では、虐殺はソ連内務省によって計画され、赤軍が処刑を実行したものと断定した。しかし、ソ連が公式にその残虐行為を認めたのは、社会主義体制が崩壊した1989年になってからだった。スターリンの命によって実行されたと公表されたが、すでに殺人鬼スターリンはこの世にいない。それでもなお、ソ連政府は隠し通そうと試みたようだが、すでに証拠が明白となり、1990年になって漸くゴルバチョフ大統領が対外的にその大量虐殺を認めた。あまりにも遅く、極悪非道の振る舞いは長きに亘って表沙汰にされることはなかった。しかも敗戦国ドイツに罪と責任を被せようとした。許しがたい反道徳的蛮行である。

 ワイダ監督の父親もその犠牲者のひとりである。社会主義体制内のポーランドにあっては、身内の死、行方について疑問を抱いても、体制を批判する行為は許されず、苦悩の時代を送ったようである。

 冷静に考えてみると、戦争中とは言え蛮行を計画し、それを実行する風潮に対して、阻止しようとの声は抑止されたのであろう。だが、それでもなお一片の良心と人間としての誠実さでその行為を止めることは出来なかったのか。今世界各地で繰り返されている人間性無視の流れには、同じように空恐ろしさを感じることがしばしばである。文明は進歩しても人間の行為の野蛮性は、むしろ原始狩猟時代よりも進んでいるのかも知れない。

 力で権力を奪い取った者たちの所業には、そういう残忍さと怖さが隠されている。絶対的に強大な力は、ともすると良い面より道を誤らす方へ向かう傾向があることを心配する。

 寡聞にして知らなかった「カティンの森」の大虐殺であるが、戦争がもたらす非人間的行為について深く考えさせられた。

2009年1月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

600.2009年1月3日(土) 故加藤周一氏1968年を語る。

 今年の関東大学箱根駅伝では、去年のように途中で3校も棄権するようなことはなかった。終盤になって城西大が唯一リタイアした。しかし、2区で22人抜きのような記録はあったが、全般的にハップニングのない平板なレースだった。今年は85回目の記念大会とあって、出場チームも例年より多い23チームだった。

 今年のレースで特に面白いと思ったのは、予想の外れ方だった。優勝候補の駒沢大は、選手全員揃って一級品と予想されていたが、蓋を開けてみると揃って二級品だったことである。選手が誰ひとりとしてブレーキを起こしたわけでもないのに、ダントツの優勝候補が優勝に1度もからむことなく、力を発揮せずに選外の13位に落ち、来年度のシード権すら獲れなかったことである。あれだけ前宣伝で華やかに書きたてられていながら、この結果には唖然とするばかりである。監督は淡々と全体の力がなかったと悔しさをおくびにも出さない。昨年の正月は堂々逆転優勝し、11月に伊勢で行われた全日本大学駅伝でも優勝して優勝候補の筆頭だった駒沢大学だが、トラブルもないのに最初からぱっとせずにすべてのランナーが2日間何の存在感も示せないままに終った。過去10年間に6回の優勝を誇る強豪が、かくも脆いとは意外だった。マス・メディアの予想もまったく外れてしまった。こうなると記者の取材能力にも疑問符が付く。とにかく駒沢大の予想外の不振がなんとも腑に落ちない。

 さて、静かな正月休みを利用して、12月14日にNHK・ETV特集で放映された「加藤周一、1968年を語る」DVD録画を妻とともに観る。1時間25分の少々肩の凝る作品だった。同月5日89歳で亡くなられた加藤氏に関する文献は、「羊の歌」を始め、主に学生時代に岩波の月刊誌「世界」を通して読んでいたが、このビデオに関する限り加藤氏は「1968年」という年に、格別のこだわりを抱き、世界的なエネルギーの爆発と圧倒するようなうねりを感じたように受け止めた。実際世界的な動きを見てもその年はエポックメイクな1年だった。まず5月にパリでゼネストが起き、パリ市内は機能麻痺に陥った。8月「プラハの春」事件発生、そして同じころシカゴでベトナム反戦デモが勃発して警官隊が無抵抗の市民に暴力を振るった。日本では東大篭城を始めとする全共闘紛争等があったが、当時のフィルムを振り返りながら加藤氏は解説された。懐かしいフィルムがかなりあった。その中でも「プラハの春」には私自身格別の思いがあり、大きな影響を受けた。フィルムが映し出すソ連軍侵攻当時の光景は、強く印象に残っている。地下放送によって事件を外国へ伝えた当時の放送関係者の話は貴重な資料である。私自身この事件によってチェコへの留学を諦めたし、その後3度訪れたチェコへの郷愁を募らせてくれたきっかけとなった。

 それにしても晩年の加藤氏の記憶力と鋭い観察眼には感嘆するばかりである。平凡社で出された加藤周一著作集の「言葉と戦車」は、氏が実体験した「プラハの春」から感じたことを書いたものだ。パリのゼネストのあとオーストリアからプラハへ車で出かけ、周囲の雰囲気が怪しいと感じてウィーンへ帰り、そこでチェコのテレビ(地下放送)でソ連軍の戦車による侵攻を知ったという。書斎に閉じこもっただけの人とはやはり違う。それが著書「言葉と戦車」に書かれている。リベラルな方で、核心を突く論考にはいつも頷かされていたものだった。こNHKの番組も良かった。

2009年1月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

599.2009年1月2日(金) 正月2日の過ごし方

 正月2日のわが年中行事は、毎年決まっていて関東大学箱根駅伝と全国大学ラグビー準決勝をテレビ観戦することである。生放送は時間的に一部ダブルが、お熱を上げるのはやはりラグビーだ。リーグ戦グループでは優勝した東海大だったが、対抗戦グループの2位早稲田にディフェンス面で完全に押さえ込まれ、完敗だった。やはり伝統の力というのは、いざという時大きな力を発揮する。もう一試合は、対抗戦グループ優勝の帝京大がリーグ戦グループ2位の法政大を文句なく破って、結局決勝戦は対抗戦グループの1位と2位の決戦と決まった。あまり新鮮味のない対戦であるが、身体的に優れ今シーズン全勝の帝京大と、伝統校の良さを発揮してチーム戦力を整備しつつある早大の対決は、質の高い玄人好みの試合になるかも知れない。

 さて、今年は西暦で2009年であるが、9年というのは過去世界史上においてエポックメーキングというより、ショッキングな事件がしばしば起きている。古くは1929年10月にニューヨーク証券取引所で株価が大暴落を起こした。世界大恐慌の始まりである。1989年になってベルリンの壁が崩壊した。アフガニスタンからソ連軍が撤退した。同じく天安門事件が起きた。これがきっかけとなって東西冷戦時代が終結し、社会主義国家が崩壊して民主国家・アメリカの一極集中に拍車がかかった。1999年にはヨーロッパの単一通貨「ユーロ」が産声を上げた。これにより従来のドルの機軸通貨化に風穴を開けた。必ずしもドルだけが機軸通貨ではないが、ドルの圧倒的な価値観は何と言おうと比類ないものである。

 果たして今年2009年には、内外にどんな政治的、経済的な事件が待っているだろうか。

 それから今日2日にも年賀状が配達された。これは小泉元首相の郵政民営化のおかげではないだろうか。

2009年1月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

598.2009年1月1日(木) 多事多難な中に新年を迎える。

 新しい年、2009年(平成21年)の幕開けである。いつものように7時30分ごろ起床して、同じようにお雑煮と簡単なおせち料理をいただくが、お屠蘇はいただかない。これは毎年元日になると母校・湘南高校ラグビー祭へ車で出かけるので酒抜きはやむを得ない。

 郵便受けに今年最初の新聞を受け取りに行ったら、もう年賀状が届いていた。こんなことは初めてだ。更に驚いたのは、母校から帰ってみると午後の配達分として第2便の年賀状が届いていたことである。これは遅ればせながら郵政民営化の効果が良い面で表れた結果だろうか。そうだとしたら国民が恩恵に浴したことになる。だが、果たして明日は年賀状が配達されるだろうか。

 空を見上げると真っ青に晴れ、無風快晴の素晴らしい天候である。ラグビー祭はOB会(SRC)総会の後、グランドでOB対現役戦、OB紅白戦で出場者は気持ちのよい汗を流したようだ。同期生の大島くんは、今も茅ヶ崎ラグビースクール校長で相変わらず若者に負けずにグランドを走り回っている。脱帽である。一年先輩の武智さんも、ジャージーを着てお子さんやお孫さんの声援を受けながらプレイする熱心ぶりである。こうしていつまでもラグビーを楽しむ習慣が健康にも、家族融和にも効果がある。武智さんは今年年男で、大島くんは去年古希だった。

 懇親会ではいつもながら現役部員の保護者が、食事の手配をしてくれる。現役とOBが一体となって立食で交流を深める。時代が移り変わり親がこういう場で、子供たちのために献身的に協力してくれるようなことは、我々の時代にはまるで考えられなかったことである。OBの中には酒が提供されないからと不満を漏らすものもいるが、こればかりは場所柄我慢してもらうより仕方あるまい。自画自賛するようだが、こういう試みはきっと子供たちにとっても将来忘れられない高校時代のグラフィティとなることだろう。

 夜は妻といつも通り毎年恒例のNHK「ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサート」をテレビで楽しむ。今年の指揮者、アルゼンチン生まれのイスラエル人、ダニエル・バレンボイヤ氏は元々ピアニストであるが、生誕200年に当るハイドンの「告別」ではコミカルに演奏してオーケストラがいなくなるカラオケ?状態となった。こんなところにも、演奏者のみならず観客の間にもゆとりというものが感じられた。格調の高い芸術は、本当はじっくり生で味わうに限る。その意味では物足りないとも言えるが、それでも新年早々に芸術の一端に触れることができるニューイヤー・コンサートは、定番の愉しみのひとつである。

 今年は昨年よりもう一歩質的にグレードアップの一年間を送りたいと思っている。

2009年1月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

597.2008年12月31日(水) この1年はどうだったか。

 今年もあっという間に大晦日を迎えることになった。

 まず、自分自身にとって果たして納得のいく1年だったろうか。健康面では血圧が上がり気味だったが、それほど心配する1年ではなかった。食欲もまずまずだった。

 活動面では、一応満足することができたと自分自身で納得している。いつのことになるかと心配していた「停年オヤジの海外武者修行」も何とか早稲田出版から上梓することができた。おまけにこの売れ行きが頗るいい。すでに来年1月10日をメドに重版が決定している。2月には出版記念会も控えている。加えて、前著「現代・海外武者修行のすすめ」を「新・現代海外武者修行のすすめ」と改題して12月に文芸社から再販することができた。

 講演では、従来の定期的な講師のほかに、新たに海外の活動が加わった。11月の韓国・束草(ソク・チョ)市におけるシンポジウムの参加である。そのほかに国内でも新しい講演活動が加わった。岩手県の気仙広域連合、東京交通短期大学、新宿法輪会ほかである。その間隙を縫って小論やエッセイを書いた。

 セミナーや大学の公開講座にも足しげく通って、その道の多くの先達やプロの話を聞くことに努めた。4月から始まった週1回の多摩大学・寺島実郎「現代世界解析講座」、5月から始まった週3時限の駒沢大学・マスコミ研究所公開講座、そして12月に4回の岩波市民セミナーの原寿雄氏の「ジャーナリストとして生きて」等は、既定の「構想日本」、ふるさとテレビ、JN協会のセミナーと併せて、脳軟化症に陥りがちの頭脳に刺激を与えてくれ、新たな知識を涵養させてくれて大いに向上心をステイミュレイトしてくれたと思っている。その他にもほぼ毎週パソコン教室で個人指導を受けて、とても完璧とはいかないまでも、ある程度力がついたと思っている。ホームページも若干手直しすることができた。来年はもう少し手を加えてみたい。このブログにしても一年半の間休むことなく継続して今日597回目を書き込むことができた。ある程度続けていくことに自信を持つことができた。省みて不十分だったり、納得のいかない点も多々ある。両膝が少し回復してきたので、もっと海外にも出かけるべきだったとの思いも強いし、もっと厳しい目で現実を見つめた社会評論を書くべきだったとも思っている。それでも全般的にはまずまずだったと言えるのではないかと思っている。

 来年は今年の反省を踏まえて、もっと外へ向かって実績を誇れるような仕事をしようと考えている。

 外の世界では、イラクやアフガニスタンの戦争の行方も定まらない。年末になってから始まったイスラエルのガザ地区に対する激しい空爆は、2千年の怨念の篭った恨みを露呈するものだった。イスラエルの攻撃は休む間もなく、5日間に亘って続けられ、すでに死者は400人近くに達している。国連事務総長が何度も自制を訴えているが、イスラエル、ハマス両者とも一歩も後へ引かない。こうしている間にも犠牲者は増えている。ガザは今や世界中で一番激しい戦火が交わされている地となっている。益々複雑な道へ入り込みそうな気配である。

 国際経済面では、不況に終った1年だった。北朝鮮の核問題も何ら前進することはなかった。それにもまして世界的な景気後退は一体全体どうなってしまうのだろうか。来年も早々からあまり展望の開けない状態が続く気がする。

 今晩は例年通りNHK紅白歌合戦を観ることになった。終るともう新年である。来年こそは私自身は勿論であるが、周囲も、外の世界も事態が好転することを願って、問題の多かった1年を送りたい。

2008年12月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

596.2008年12月30日(火) 終わり悪けりやすべて悪いか。

 年末の大掃除というのは、師走13日から始める習慣になっているそうで、いよいよ押し詰まってくると、静かに年神様をお迎えする気持ちと状況を作ることになっていて、普通大掃除はやってはいけないらしい。だが、その中で1日だけ掃除をやってもいい日というのがあって、それが今日30日だそうである。そんなことはあまり意識しないが、一応新年を迎える準備だけはしておくべきと、掃除の序に松飾りを門扉から玄関にまで飾った。これで形だけは年神様を迎える準備ができた。各室内は妻が片付けて、以前と違い老夫婦だけになるとあまり整理することもない。

 そして、書き残した年賀状と郵送物を持って近くの特定郵便局へ行ったが、局内には一人も客がいなくて拍子抜けだった。局員に聞いてみると彼らも意外なほどの閑散ぶりに意外だと言っていた。昨日訪れた時は行列だったので、或いは今日は休日だと思っているのかも知れない。

 兜町の東京証券取引所は、例年通り今日が大納会だが最悪の年末を迎えることになってしまった。日経平均株価は8,859.56円で年初に比べて過去最大の42%の落ち込みである。東証上場企業の時価総額は1年間で200兆円が消失したことになる。外為相場も円高の傾向は衰えず、1$=90円で、年初の112円に比べて20%も上昇している。この調子だと当分輸出産業の景気が復活しないのではないか。外国へでも行かなければ、普通の庶民にはぴんとこない円高だが、これが輸出企業にとっては想像以上にきつい。トヨタの赤字決算予想もその原因はそもそも円高によるものだ。今日の今年を振り返るニュースの中でも営業不振、不正規社員解雇等について、次々と報じていたが、一方的に企業側の発表を信じ、黙っていて良いのかと思う。どうも本質とか正論が議論されていないような気がする。

 例えば、ソニーはつい最近国内外の事業所で正社員8,000人を含む16,000人の従業員を解雇すると発表したが、これだけ多数の従業員を一気に、しかも突然解雇するのはいかにしても強引で、無責任な気がする。営業計画、雇用計画、成長予測等々についてソニーのような世界企業なら、独自の調査網を駆使して早めに手を打てる情報をいくらでも取れたと思う。そうすれば、これほど酷な解雇問題を表面化させることはなかったと思う。これは明らかに経営者に大きな責任があると思う。いずれにしても嫌なことの多い1年だったように思う。

2008年12月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

595.2008年12月29日(月) 「文明の衝突」のハンチントン教授亡くなる。

 昨年までハーバード大学教授だった政治学者サミュエル・ハンチントン教授が亡くなった。81歳だった。何と言っても同氏を世界的に有名にしたのは、1996年に喧々諤々の議論を巻き起こした著作「文明の衝突」の発表だろう。その当時「ニュース・ステーション」のキャスターだった久米宏が、番組の中で実物を手にとって、民族間の問題点と本音を抉って極めて面白いと異例の紹介までしたので、興味をそそられ読む気になった書である。実際読んでみて考えさせられ、特にオーストラリアが大洋州という地勢に満足できず、アジア圏に入るべきか悩んでいる心情とか、トルコがアジアとヨーロッパの間で心が揺れ、本音はヨーロッパでありながら、宗教的にヨーロッパたりえず、宙ぶらりんの状態にあるとの、ユニークな論旨と指摘が興味を惹いた。それでは私自身の感覚で探ってみようと思い立ってトルコへ出かけたのが1999年の夏だった。そのトルコでは思いもかけぬ大地震に遭い、地震を通して文化の違いをつくづく思い知らされたのだった。その旅行記については近著「停年オヤジの海外武者修行」にも書いた。その意味では異文化への興味を一層掻き立ててくれたハンチントン氏は、多種多様な文化へ気持ちを誘ってくれたという意味でも私にとっては恩人である。カーター大統領時代に政策スタッフとして、政界入りした多彩な経歴がありながら、その割に17冊と比較的著作は少ない。まだまだ彼なりの視点や見方を啓発して欲しかった。惜しい人を亡くした。

 さて、現在の経済界は不況風邪をどう避けるかという一点から、いろいろ対策を考えているようだが、そのひとつが、企業同士の統合合併だろうか。三井住友、あいおい、ニッセイ同和の損保三社が統合検討を始めているようだ。これが実現したら業界トップになる。しかし、我々が社会人となった45年前には、三井、住友、あいおいの前身東京火災と千代田火災、日生、同和火災と言えばそれぞれが選りすぐられた一流会社だった。それが一心同体になるとは、思いがけない事態である。そうしなければこれからの乱世を生き抜いていけないということだろう。この大同団結によって、確かにムダは省かれ組織としては強力になるだろう。強いものは益々強くなり、弱いものは弱くなり淘汰されていく。その弱くなったものが今問題視されている非正規社員などではないだろうか。経済発展のためには、企業が強くなることが求められ、そうなればしわ寄せは最下層に寄せられる。やるせない現実だ。

2008年12月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

594.2008年12月28日(日) ちらつく中東戦争の影

 世界の国家対立、民族紛争の中で日本人には分りにくいが、恐らく最も長く、激しい戦いを続けている地域はパレスチナ地区だろう。根っこにキリスト教とイスラム教の根源的な宗教対立があることが問題を複雑にし、解決を難しくしている。

 昨日パレスチナ自治区ガザをイスラエル軍が空爆した。今朝の新聞では死者が195人、負傷者は300人以上と報道されていた。一日の死者としては1967年の第三次中東戦争以来である。この第三次中東戦争直後に中東地域を訪れ、戒厳令下の厳しい治安情勢や、シナイ半島を列車で走り車窓から破壊された戦車群を見て、乾燥した土地に流れるウェットで熱い感情を知ったことを今更の如く思い出す。あのころは自分自身も若くて、言動も少々無鉄砲だった。あの当時中東諸国に対する事前知識もほとんどなく、新聞情報だけを頼りに中東を訪れた。中東諸国が他の国や地域とはまったく異質だと知ったのは、実際自分がその土地を訪れ、そこで臨場感を感じた時である。今日国際問題に関心を持ち続けていられるのも、あの時の危機一髪の実体験があるからである。そういう意味では、今のジャーナリスティックな自分を育んでくれたのも、あの第三次中東戦争直後の荒れた現場である。あれから40年が経ち、世界はもちろん中東情勢も大きく変わった。感慨無量である。午後になって空爆による死者の数は益々増えて遂に300人近くに達し、1948年の第一次中東戦争以来最大の犠牲者を産む悲惨な結果となった。

 今回のイスラエル空軍のガザ地区にあるイスラム過激派ハマスの拠点地区に対する攻撃は、全面戦争に発展する可能性を秘めている。これだけ一方的にイスラエルが停戦協定の失効を待ちかねていたかのような攻撃を見ていると、そう簡単に停戦が再成立するとは思えない。アラブ連盟は緊急声明を出してイスラエルを非難し、国連に安全保障理事会の開催を求めた。一時的解決、いわゆる停戦協定までは多分かなり時間がかかるだろう。

 昨日何とか年賀状を書き終え、565通を投函した。何とかノルマを果たした心境である。元旦には知人や友人からどんな年賀状をいただけるか、楽しみである。

2008年12月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com