1291.2010年11月25日(木) 「チボリ会」解団。寂しいなぁ。

 今日は先週に続いて茨城県教職員海外視察団のひとつ、「チボリ会」の解団式である。会場の国民宿舎「鵜の岬」は、聞くところによると全国に数々ある国民宿舎の中でも最も利用率が高く、中々予約を取れないという。それがどういうわけだか、この「チボリ会」では、今回を合せて5度目の開催で、私にとっても2度目の利用である。

 日立駅に降りたった時、佐藤弘之先生が車で出迎えてくれた。そのまま日立市名誉市民で作曲家の吉田正を紹介した「吉田正音楽記念館」を見学して、その後日立繁栄の基礎を築いた久原房之助財閥が興した日本鉱業、日立製作所の前身でもあった日立鉱山の鉱山跡地に建設された「日鉱記念館」を見学した。さほど期待はしていなかったが、意外に興味深いものだった。公害問題が世間の注目を浴びる前に、この鉱山の山中に立つ煙突が日立のシンボルだったようだ。驚いたのは、今どき2つの設備がそれぞれ入場無料ということだった。

 最終回ということもあって、私を含めた20名の団員構成だったが、4名の物故者を除くと16名中12名が参加された。その当時の文部省係長で海外視察団にも参加された佐野紀さんも出席された。

 開会に先立って今年2月に亡くなられた吉成貢先生の霊に黙祷を捧げた。吉成先生は昨年ご長男を亡くされ、今年はご自分が旅立たれた。偶々先生は慶応義塾の通信課程で学ばれたので、私にとっては先輩にも当たる。一昨年の慶応義塾創立150周年記念祭の折、天皇・皇后両陛下がご臨席された式典にも雨の中を出席されたとお話いただいた。私も出席の予定だったが、急遽韓国・束草(ソクチョ)市で開催の国際シンポジウムにパネリストとして招かれ、欠席することになり、お会いすることが叶わなかった。近年は「吹き矢」に熱をいれられ、スポーツである「吹き矢」について愉しそうにお話していたことが懐かしく思い出されてくる。心よりご冥福をお祈り致したい。

 次いで今月9日に叙勲された外山彬先生に海野千秀団長から記念品が贈られた。会は解散を惜しむかの如く大いに盛り上がり、地元料理の宴会から2次カラオケ大会、3次部屋内懇親会と深夜12時過ぎまで思い出話やら、エピソードやら名残が尽きない一夜になった。

 団長はもう80歳を超えておられるにも拘わらず、カラオケ大会では相変わらずのバリトンで演歌を熱唱され、他の団体客も聞き惚れ拍手喝采であった。最後の一曲として唄われた五木ひろしの演歌「凍て鶴」は、まさに「チボリ会」の名残り歌としていつまでも心に残るものであろう。

 それぞれの団員が個人的な思いを込めて近況報告されたが、やはりこれが最後となると感慨深いものがあるのだろう。別れ難い感情が込みあげてくる。おかげさまで、この「チボリ会」では素晴らしい団長とともに、優しく思いやりのある先生方に恵まれたことは幸せだった。1980年に海外研修へ出かけてから30年間毎年繰り返された「チボリ会」も、遂に終止符を打つ時がきた。いろんなメモリーが後から後へと脳裏を駆け巡る。やはりしんみりしてしまう。これも時の流れというべきであろうか。

 海野千秀先生をはじめ、団員の先生方から愉しい想い出を沢山いただいた。心より感謝している。

2010年11月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1290.2010年11月24日(水) 尾を引く北朝鮮砲撃事件

 昨日北朝鮮が韓国を砲撃した事件は、瞬く間に世界中に伝えられた。各国は痛烈に北を非難し、北に圧力をかけていくと公式声明を発表した。特に、日米韓は6ヶ国協議の参加国であり、近隣国として安全保障の問題もあり強い口調で北の行動を責めた。

 民間人の間にも新たに2人の死者が判明した。

 その中で唯一の北朝鮮支援国と呼んでもいい中国は、北への働きかけを求められているにもかかわらず、相変わらず情報を精査するとか、これ以上この事件が拡大しないよう見守りたいとか、一歩退いた立場を取っている。いつもながら自分たちにとって不都合なことから逃げて、ひたすら自らの立場を守ることに営々と努めている。

 この事態に在日韓国人もショックを受け、呆気にとられている。この事件は日本国内でも意外な形で影響が出てきた。今年度の民主党政権の目玉政策のひとつ、高校無償化制度について朝鮮学校へ適用するかどうかを決定していなかったが、風向きが変わってきた。これまで、朝鮮学校が金正日崇拝により、反日教育を行っていないかどうかをチェックしていたが、とんだ事件が飛び込んだことにより、政府は審査を停止すると発表した。無償化を適用しないという結論ではなく、改めて北への制裁を含めて審査をやり直すということだろうか。

 子どもの教育に政治を持ち込むのは必ずしも賛同出来ることではないが、ここまで身勝手な主張をし、蛮行を行うようでは、政府の判断もある程度やむを得ないということになる。

 JTB、近畿日本ツ-リスト、HISなど旅行会社の発表では、ツアーキャンセルする旅行者も出ているという。また、国境の軍事境界線に近い板門店の見学ツアーを当分中止する措置を取ったという。私も来月6日から韓国へ出かけるが、機会があれば板門店へのオプショナルツアーの参加を考えていたが、多分だめだろう。

 横須賀に停泊中の空母ジョージ・ワシントンが動き出して、不気味さが増してきている。いつまでこの緊張状態がつづくのだろうか。

2010年11月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1289.2010年11月23日(火) 第2次朝鮮戦争勃発か? 北が韓国を砲撃

 今日は祭日、勤労感謝の日で、昔から毎年ラグビー早慶戦が行われる日と覚えている。今年の慶応ラグビーは今月3日の「文化の日」に戦った明治に20-17のスコアで7年ぶりに惜敗して、優勝戦線から一歩後退した。

 昼間は小田急百貨店にお歳暮の買い物に出かけたので、帰ってからのビデオ観戦となった。今日の慶応は終始押されていたようだったが、確実なタックルでよく早稲田の攻撃をしのぎ、前半3-3、後半7-5の2点差で逃げ切り、2000年以来10年ぶりで早稲田に勝ち、12月の早明戦次第によっては関東大学対抗戦グループで優勝の芽が出てきた。高校の後輩、栗原大介くんも地味なプレイながら相手のトライ寸前でボールをはたき、未然に早稲田のトライを防いだ。このプレイがなかったら負けていたわけだから、殊勲甲と言ってもいい。

 さて、今日の買い物でスェーター、カーディガン、Gパンをそれぞれ1枚づつ買った。Gパンを買ったのは初めてで、一度試してみたいとは思っていたが、来月6日に韓国へ出かけるのを機会に‘MICHEL KLEIN’でしっかりしたデニムを購入した。ちょっと恥ずかしい気もしたが、寸法合せをしてはいてみると割合フィットしてその感触がいい。それに柄にもなく体形もスマートに見えるので、気に入っている。今まで食わず嫌いだったGパンだが、これからは少し熟年のお洒落も楽しんでみることも必要ではないかとも考えている。

 ところで、今日午後突然えらく物騒な事件が勃発した。北朝鮮軍が韓国のヨンピョン島(延坪島)に突然砲撃を加えたのである。これに応戦した韓国軍との間で射撃戦が行われた。砲撃戦で韓国軍兵士2名が亡くなり16名もの重軽傷者が出て、民間人も十数名が負傷した。小学校6年生の時勃発した朝鮮戦争以後も、これまで何度か北朝鮮が挑発して騒ぎが起きたことはある。記憶に新しい事件では、3月に韓国哨戒艦が北朝鮮軍の魚雷攻撃によって撃沈され、乗組員46名が亡くなった。その際にも北は関与していないと言い張った。

 それにしても世界中の嫌われ者・北朝鮮の無茶で身勝手な行動により困ったことになった。今までの局地的な事件とは異なり、北が遅れて発表したコメントでは、最近北朝鮮海域に近い黄海で行われている米韓合同軍事演習が北の安全を脅かしていると北は韓国に対して警告していた。そこへ北朝鮮のウラン濃縮用施設の開発、金正日総書記の後継者として三男金正恩が決まったこと、等々が重なりマイナス・イメージで存在感を強めてきた。一方で北朝鮮軍部内における人事を巡る内輪揉め、それを抑えるために敢えて軍部が暴発したとの専門家の指摘もある。まったく先がよく分らない筋書きである。

 北朝鮮がどうしてこういう荒っぽい行動に走ったのか、まったく理解に苦しむ。当分この事件に関して世界中が姦しいことだろう。第2次朝鮮戦争に発展しないことを祈るばかりである。

2010年11月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1288.2010年11月22日(月) 柳田稔法務大臣ついに辞任

 偶々と言おうか、今夕の日経紙スポーツ欄に巨人軍の東野峻投手の今季の活躍が大きく取り上げられている。優勝を逸したとは言え、東野投手は今年13勝を挙げ巨人軍投手陣の勝ち頭となった。読んでいてパッと目がいったのは、東野投手の出身校が何と昨日櫻井先生とともに訪れた茨城県立鉾田一高だったことである。そう言えば、校舎の裏側に広いグランドがあり、更にその向うに野球場があった。こんな環境なら思い切ってプレイ出来るだろう。確か一時センバツにも出場して、その後プロ入りした戸田投手?が活躍したことがあった。それにしても昨日学校へ行ったのは、偶然のまた偶然と言えようか。

 さて、今月14日に柳田稔法務大臣が広島市内の後援者の集まりで、大臣が国会答弁を軽視するような大臣としてあるまじき発言をしたことが物議を醸し、野党から辞任要求が出されていた。これまで通り柳田法相は、最近話題になっている検察制度を検証し、必要なら改正するために全力を注ぎたい、と検察改革に強い意欲を示していた。そのためにこのまま大臣の椅子に座り続け職務を果たすことこそが責務であるとして、頑として辞任要求をはねつけていた。

 しかし、今年度の補正予算成立などの難問を抱え、民主党もこの苦境を逃れるために法相を更迭することを決断した。

 自民党、公明党、みんなの党などの野党はこれだけでは引き下がらず、菅首相の任命責任も追及する構えも見せている。この先すんなり国会運営が出来るのか気がかりであるが、言葉尻を捉えた与野党の不毛の論争となった感がある。結論から言えば、大臣の質が低い。法相自身「法相はいいです。答弁は2つだけ覚えておけばいい」などと軽率な発言をしたが、よくもそんなことを言えたものである。柳田法相が大臣としての資質に欠けることは明々白々である。

 政治家と言えば、今や世襲政治家でなければ中々重要職には容易に就けないカラクリがあるようだが、それが苦労知らずのお坊ちゃんをダメ政治家に育てる温床になっている。それにしても、民主党は程度の低い国会議員の定数を削減すると約束したマニフェストも実行しようとの素振りすら見えない。国会議員の歳費の縮減だって、約束のほんの僅かしか実行していない。

 法相の愚かな発言が出てくるのは、元を糺せば国会議員のレベルの低下に歯止めをかけようとしないからだ。どうあろうとも、いつも一番バカを見るのは国民である。

2010年11月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1287.2010年11月21日(日) 櫻井先生と鉾田一高へ

 昨晩はすっかり飲みすぎてほろ酔い気分のまま部屋へ帰り、バタッと眠りについてしまったが、今朝になっていよいよ「スマイル会」も解団となると気持ちとしては寂しい。朝食後水戸まで何とか足を確保しようと考えていたら、取手市にお住まいの櫻井徳郎先生が、常磐線の駅まで送って下さるとの親切なお誘いに甘えてJR石岡駅まで車に同乗させていただいた。

 櫻井先生の特技と専門知識を生かされた園芸については、日頃から努力されてご自宅の庭園や田畑を解放されて園芸や、土いじりを味わいたいという地域の方々を広くお招きして、「櫻友会」と称して楽しみながら和気藹々と園芸をご指導しておられる。茨城県内の学校や施設で講演をしながら、花壇の設計や造園計画にもかなり携わられたようだ。石岡駅への途次大洗海岸沿いに南下して、鉾田市内を通り抜けた時、造園を手がけられた県立鉾田一高へ寄ってみようということになり、狭い道路を走って校庭へ到着した。生憎休日なのでキャンパスはひっそりしていたが、トラック1周400mの広さがとれ、公式記録会が催されるほど校庭が広いのには驚いた。

 やはり地方の学校の方が施設は広々と運動環境に恵まれている。生徒たちは思う存分走り回ることが出来て幸せだと思う。

 櫻井先生がしみじみお話されたが、学校などの造園設計はほとんど設計者の名が表示されない。仮に名前が出るとしても代表者、つまり学校なら校長の名前が刻まれると話された。それは、他の記念碑的な彫刻や石碑でもそうだ。この鉾田一高でも校門から校舎へ向かってその前に創立周年記念彫像が建立されている。その下にその時の校長の言葉が達筆で刻まれていた。

 石岡駅まで櫻井先生に送られて帰宅したのが、午後1時過ぎだった。櫻井先生には随分お世話になってしまった。この「スマイル会」の先生方には多くのことを教えてもらった。いま歩んでいる未熟な旅行ジャーナリストとしての仕事でも参考になったことが沢山あった。

 しかし、「スマイル会」解団となるとやはり寂しい気がする。鹿嶋市から車で来られた石橋先生には、近くへ来られる時はぜひ連絡して欲しいと仰っていただいた。良い想い出を与えてくれて感謝の気持でいっぱいである。

 さあ次の教育海外研修団は1週間後で、これも今回限りで解団である。

2010年11月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1286.2010年11月20日(土) 「スマイル会」結団25年を前に解団

 1986年11月に茨城県海外教育視察団にお供して、当時の西ドイツ・アウグスブルグとフランスのエブリーで学校訪問をしてから、すでに24年が経過した。その後ほぼ毎年の如く同窓会を行ってきたが、参加された先生方もかなり退職された。幸いどなたも亡くなられてはいないが、今年が最後の同窓会と相成った。24回目同窓会の思い出は尽きない。万難を排する気持で参加した。

 今回その視察団「スマイル会」の最後の同窓会は、大洗海岸を目前にする鴎松亭で開催された。そもそもユニークな会の名前は、添乗員だった私が、旅行中学校訪問だけに限らず、常々「スマイル!」「スマイル!」と笑顔を湛えることを連発、強要していたことから、帰ってから「スマイル会」と名づけられたものである。

 当初は車で出かけるつもりだったが、大洗には水戸から牧歌的な鹿島臨港鉄道が運行されていると聞いたので、滅多に乗るチャンスがないと思い、試験搭乗さながらに電車で出かけることにした。JR常磐線・水戸駅で特急「スーパーひたち」から単線の単車輌に乗り換えた。車窓から見る沿線風景は稲穂も刈り取られ、まさに晩秋の田園風景である。人家はあまり見られず、これではあまり収益が上がらないのではないかと余計な心配をする。ほのぼのとした風情がいい。

 ところが座席の前の方から、揚げ物の匂いが漂ってくる。ところどころでポテトチップスや、ポテトフライをつまみ食いしている乗客がいる。それが車内にぷ~んと匂ってくるのだ。乗客の様態を見ているとつまみ食い、携帯メール、居眠り、おしゃべりに分けられるようだ。そんな短い旅の中15分で大洗駅に到着した。この駅舎内にはこの鉄道会社の本社がある。ここからタクシーで鴎松亭まで10分。

 大洗と言えば、旧大洗荘の早稲田大野球部OBの石井藤吉郎氏が有名人であるが、聞いてみるととっくの昔に亡くなられたと、タクシーの運転手がそんなことも知らないのかと言わんばかりの口の利き方だった。

 団員は私を別にして25名であるが、「最後のスマイル会」が効いたのか、万障繰り合わせて出席して欠席者は僅か6名だった。石橋喜代雄団長の挨拶に続いて、出席者全員が近況報告をされたが、懐かしい顔が見られる。この視察団では、ロンドン滞在中にホテルの火災騒ぎがあり、朝方になって全員が部屋から逃げる騒ぎがあったが、その当時の情景を説明される先生がおられて、改めてこの「スマイル会」が、火事現場に出遭わせたのだと再認識した。

 この団のまとまりが良いのは、やはり石橋団長のお人柄と統率力が秀でているからである。近況を伺っていると淀川ゆき先生のように、現在女性として初めて牛久市教育長の職を務めておられる先生もおられるし、来年定年を迎えられる3人の先生はそれぞれ小中学校長として勤めておられる。他にも公民館や生涯学習センターで活動しておられる先生も4人おられる。皆さんそれぞれ元気に地域で活躍されている。団結成以来24年となったが、まだ物故者がいないこういう時期に解団して、当時を偲ぶのが良いのではないかという考えで未練はあるが今回が最終回となった。

 走馬灯のように想いは駆け巡る。若い時代の感傷である。

 部屋に引き上げてから、お声がかかり別室で2次会を12時半まで続けていた。みんな口では解団もやむを得ないと言っていたが、実は別れがたいのである。窓の外は打ち寄せる太平洋の波に月光である。ついセンチメンタルな気持になる。

2010年11月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1285.2010年11月19日(金) 厳しい今年の就職戦線

 大学生の就職状況がはかばかしくないらしい。10月1日時点で、来春卒業予定の大学生の就職内定率が過去最低の57.6%まで落ち込み、就職活動は再び氷河期に突入した。

 このところ毎日のように大学生の就職活動の様子がテレビで放映されている。特に、地方の大学生が苦戦を強いられているようだ。地方には学生を受け入れる企業が少ないことがその最大の原因である。関東や近畿は60%を超えているが、九州や北海道、四国などの大学生は中々内定を得られず、50%をちょっと超えた程度である。

 翻って自分たちの時はどうだったか。卒業の1年前が空前の売り手市場で、あっと言う間に就職が決まっていた。そのおこぼれを受けてわれわれの卒業した昭和38年もあまり就職状況は悪くなかったような気がする。本気になればどんな会社だって入れると思い上がった気持があった。それで父親に頼ることもなく自分で職探しをして失敗し、私なぞは友人が次々に決まっていくのに、中々決まらず、親を心配させた。それでもゼミの先輩のルートで何とか就職することが出来た。

 それに比べれば今の学生たちが気の毒でならない。尤も全般的に今の学生たちは世相の影響か、昔の学生のようにひたすら前向きに進むと言う感じを受けず、妙に余裕があるのか、あちらこちら目移りがしてじっと前を見つめて突き進む学生はあまり多くないような気がする。

 2年前のリーマン・ショック以来就職状況は悪化の一途であり、「就職氷河期」と呼ばれた2000年前後でも60%台を維持していたことを考えると、今年の数字には極めて悲観的にならざるを得ない。特にこれまでと違って、大学院卒、理系が芳しくなく、これにいつも通り女子の内定率が低い。経済が沈滞して、就職先としての受け皿が大きく凹んでいることが致命傷であり、こればかりは経済界だけではなく、国を挙げて取り組まなければならない深刻な課題である。

 今や昇り調子の中国でも、大学生の就職難は深刻な問題となっているようだ。しかも中国では大学生の就職難は日本以上に悪化して、精々内定率は40%というから驚きである。一部にかなり高いレベルを求める企業がある反面、ほとんどの労働市場は単純労働者を求めている傾向に原因があるらしい。結局大学出が就職するマネージャー・クラスの仕事が思ったほど多くないことが効いている。

 一気に解決するのは難しいだろうが、就職内定率60%に対して求人率が1.28倍というのは、企業と学生の間のミスマッチを証明している。学生も高望みはほどほどにして、自分の実力にあう企業を探すよう頭を切り替えることも必要ではないか。

2010年11月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1284.2010年11月18日(木) 菱山郁朗・駒沢大講師が「週刊新潮」で話題に

 今日駒沢大学で大泉克郎講師による「高度情報社会のメディア論」講義開始前に、受講者のひとり、須田修一さんが大泉講師に「週刊新潮」を手渡していたが、講義の冒頭に講師がその週刊誌の記事について説明と解説をされた。

 今日発売された「週刊新潮」11月25日号に、「『ナベツネ』と『氏家』を大批判した日テレの元政治部長」というタイトルで、「日テレ・元政治部長」菱山郁朗講師に関する記事が3頁に亘ってセンセーショナルに取り上げられている。併せて菱山氏の写真も掲載されている。菱山論文が記載された「駒沢大学マス・コミュニケーション研究所」発行の研究所2009年報の写真まではっきり掲載されている。

 実は、先日やはり日テレの元部長だった大泉講師からこの年報をいただいたところである。

 「週刊新潮」の記事というのはこういうことのようだ。菱山氏が、研究所年報に「ナベツネ」こと、読売グループ総帥・渡辺恒雄会長と日本テレビ・氏家斉一郎会長のワンマン的言動と読売グループ内に充満する2人の強烈な存在感を非難する論文を寄稿した。それが読売・日テレの首脳陣の怒りを買ったらしい。その論文とは「メディア権力の研究」と題するもので、菱山氏が日テレ在職中に取材したドキュメント番組の社内の見方や評価について、氏の視点で書いたものだ。リクルート事件当時、検察捜査が政治家にまで及んだが、菱山氏はリクルート社が社会党・楢崎弥之助代議士に賄賂を手渡そうとする現場を隠し撮りして話題になった。だが、当時の読売グループ首脳陣は隠し撮りビデオが自民党幹部、特に中曽根氏、竹下氏らに捜査の手が及ぶことを懸念して、そのスクープ的取材手法を批判したことを菱山氏は論文の中で不条理で納得出来ないとの感情を吐露し、同時に高齢にも関わらず渡辺、及び氏家両氏が読売グループ内に鉄壁の備えをして君臨し、隠然たる権力を行使している古い体質を堂々と批判した。

 恐らくそれが大方の読売グループ社員の本音だったのではないだろうか。だが、それは読売グループ首脳陣にとっては到底許せないことなのであろう。読売も日テレも菱山論文に対するコメントはしないとジャーナリズムらしからぬ逃げの姿勢に終始している。

 記事の最後では菱山論文を引用し、「身体を張って日々取材活動を続けている大多数のジャーナリストにとって全く模範とはならないし、健全なジャーナリズムは育たない。むしろ2人はジャーナリストとしては失格であり、一日も早く後進に道を譲って引退すべきだ」と手厳しい。そして、記事は「2人が単なる後期高齢者に成る日。その日を待ち望んでいるのは、ひとり菱山氏だけではなかろう」と結んでいる。

 菱山氏はすでに退職したとは言え、元読売グループ社員として中々思い切った行動をされたと思う。実は、先日私の共著を菱山氏へお送りした際、この論文は久しぶりに力を入れて書いたので、ぜひじっくり読んで欲しいとメールをもらったところである。

 まだ、さらっと目を通した限りでは、事実をしっかり記述しているとの印象が強い。じっくり読んで感想を菱山氏へ書き送るつもりだ。実は、菱山氏から氏の12月14日の最終講義に、聴講と懇親会に参加しないかとお誘いがあったばかりである。残念ながら当日は飯田ゼミの忘年会があるので、出席出来ないが、近日中にお会いすることがあるならいろいろ話し合ってみたい。

 それにしても、菱山氏は蛮勇をふるって行動した、気骨のある人だ。その勇気ある言動に敬意を表し、喝采したい。今度お会いした時、とくと話し合えるのが楽しみである。

2010年11月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1283.2010年11月17日(水) 「はやぶさ」 お見事!

 昨日注目すべきニュースが2つあった。ひとつは、裁判員制度としては初めて横浜地裁で死刑判決が下されたことである。しかも、どういう意図か分らないが、裁判長が被告に控訴するよう話をしたことである。真意については憶測の域を出ないが、それでも各界から裁判長の気持を量りかねるとのコメントが寄せられたりして世論は揺れている。

 今日駒沢大学で清田講師は、裁判長の発言には裁判員の負担を軽くする意味があるのではないかと話された。確かに控訴すれば、2次裁判である東京高裁で裁かれることになる。その場合は裁判員が参加しないので、仮に死刑の判決が下されても裁判員が関わった割合が小さくなり、負担が軽くなる。無期懲役になれば、プロの裁判官が自分たちのクビキを多少解いてくれたように感じられる。深刻な心境を語っていた裁判員の姿を見ていた裁判長は、そんなことを望んでいたのかも知れない。

 しかし、異例な発言の裏には、裁判長が自ら下した死刑という判決に自信を持てないからだとか、これでは裁判員制度導入の意味がないとか、議論百出である。

 もうひとつのニュースは、6月に回収された宇宙衛星「はやぶさ」のカプセルから小惑星「イトカワ」の成分が採集されたことが証明されたことである。これは文句なしに素晴らしい業績であり、日本の科学技術のレベルの高さを世界へアピールするものだ。

 公式発表するひな壇席の宇宙航空事業団(JAXA)関係者の嬉しそうな顔が何とも微笑ましい。

 「はやぶさ」が、打ち上げられたのは2003年5月で、05年11月には20億㎞も離れた小惑星「イトカワ」に着陸した。だが、05年12月から06年1月の間は通信が途絶えて一時行方不明になった。JAXA研究者や職員の懸命な回復作業の末、漸く07年4月に地球へ向けて出発することができた。そして3年後の今年6月地球へ戻ってきた。それ以来JAXAでカプセル内に約1,500個の微粒子を確認した。

 専門的なことは分らないが、この結果には宇宙のロマンを感じるとともに、精度の高い技術を駆使して、精巧なロケットを製造して宇宙へ打ち上げ、一旦は故障して通信も途絶する苦難の中で、再び「はやぶさ」制御して地球へ戻すというオペレーションには、感嘆するばかりである。技術も凄いが、このプロジェクトに関わった関係者の辛抱強い努力と研究心には頭が下がる。最近にはない慶事であり、心から嬉しく誇らしく思う。

 このところ政治、外交、経済で行き詰まり状態だった日本も、科学分野では世界に冠たる実力を証明してくれた。大いに自慢して良いと思う。

2010年11月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1282.2010年11月16日(火) 事業仕分けは国の政策と矛盾している。

 昨年政府の事業仕分けが注目され、大方の喝采を浴びた。これは私も所属する政策シンクタンク「構想日本」の提言を受けて初めて実行されたもので、国の事業内容の効率性と無駄をびしびし査定して、その必要性に断を下したものである。

 それが、どうも言いっぱなしになり、中には看板の付け替えをすることでしぶとく生き残る事業もあって、実際には喝采を浴びた仕分けの成果にも疑問が呈された。そして、昨日事業仕分け第3弾後半戦が始まり、過去の仕分け結果が予算要求に充分反映していない事業を対象としてチェックが為された。

 仕分けでは対象となった28事業の内、9事業が廃止、6事業が予算圧縮、6事業が見直しとされた。その中で国の重要政策とされた観光が、オヨヨと思わせる国家の政策に逆らうような判断が下されたことには唖然とさせられた。

 観光関係の3事業の内、「観光地域づくりプラットフォーム支援事業」が予算要求を半減され、これからの観光業の目玉とされている「訪日旅行促進事業(VISIT JAPAN事業)」は予算要求の1/3を圧縮され、今後期待される「国際会議の開催・誘致の推進」は、何と予算計上が見送りとされた。

 観光は菅政権の成長戦略の主要な柱ではなかったのか。

 観光については、言うまでもなく近年国は経済再生の柱のひとつとして力を入れていくことを強く意識して、観光立国懇談会を発足させ、観光立国推進基本法を制定し、更に観光立国推進基本計画も策定して、着々と環境整備を行い、実効も上がっていた。更にその執行機関として一昨年には国土交通省は、外局として「観光庁」まで発足させ、わが国の遅れた観光行政を推進するための目標と枠組みは漸く緒に就いたばかりである。

 近著「そこが知りたい 観光・都市・環境」の中でもこれらの政策を評価し、近未来の観光振興に大きな期待を抱いていたことを記述したばかりである。しかも、観光の振興はこれまで国の強い支援策もなくほとんど民間の手によって行われてきた。事業仕分けチームは、国家予算を削減すると強圧的な文言を弄して、観光庁予算が倍増している(21年度62.5億円→22年度126.5億円)と言いがかりをつけているが、厚労省の22年度一般会計予算27兆円と比べれば分るようにごく些少であり、観光は雇用創出を含めて経済的にも成果が上がることは明らかである。

 それより何より、昨日まで観光は日本経済の切り札だの、21世紀は観光の時代だのと散々観光業界を踊らせておいて、その挙句にポイ捨てとは、やはり腹の中では観光産業は蔑視されているのだと改めて認識した。

  NHK「ニュース7」で、民主党が決めた政府予算を同じ民主党議員が事業仕分けで、廃止を決めるのはおかしいと民主党内から批判的な意見が出てきたと伝えていた。出足は良かったが、このところ事業仕分けに対する全面的支持という風向きが、少しずつ変わりつつあるようだ。

 それにしても納得がいかないのは、仕分け人と質問に対する説明者が観光の実態と本質についてまったく分かっていないことである。そういう人たちが過剰なパフォーマンスで演技している。これでは残念ながら日本の観光産業はいつまで経っても日の目を見ることはないのではないか。

 ところで先般オープンしたいま話題の羽田空港国際線ターミナルビルを見学がてらランチをいただきに妻と出かけた。まあ物見高い見学客を含めてロビー周辺と土産物店、レストラン街は芋を洗うような人混みだった。昨年12月に新管制塔見学で訪れた時とはまったく変わった熱気が充満していて、新しい観光ブームが元気づけてくれるような気がした。

 そんなムードに引き比べ、何と事業仕分けはがっかりさせてくれることだろうか。残念ながら政治家には肌で感じる観光の臨場感は分かるまい。

2010年11月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com