1311.2010年12月15日(水) 公共投資の無駄

 長崎県諫早湾干拓事業の潮受け排水門を13年ぶりに開門することに政府が同意した。福岡高裁の判決に対して上告しないと判断したのである。外野から見ているとどういう判断が正しいのか、またその判断が関係者に実質的な損害を与えないのか即断は出来ない。かつて菅首相は野党時代に、この排水門は税金の無駄遣いではないかと強く非難していた。それゆえ排水門を使用しなくなるということは菅首相の当初の考えと矛盾するものではない。

 しかし、この判断によって対立と膨大な無駄が生じる。巨額の資金を投資して排水門を作り、漁民の生活を脅かし、新たに干拓地で農業に従事する農民が生まれた。今回の判断はこのサイクルを元へ戻すことになる。漁民は元通りに漁獲を得られるようになり、その一方で農民は生活の基盤を失うことになるわけである。

 これと同じことは群馬県の八ツ場ダムでも行われている。ここでは民主党政権により建設中のダム中止の決定が出た。これまでに注ぎ込んだ投資を今後どう回収しようというのか。八ツ場ダムでは、馬淵国交相のごときは再び計画推進の発言をしている。この無責任な決定に振り回され困っているのはその周辺に暮らす人々である。どうしてこういう大事な問題を、建設から中止へと簡単に覆すのだろうか。

 もう少し慎重に検討して結論を出してもらわなければ、周辺住民が苦しむだけである。

 先日来もめにもめている名古屋市議会リコール問題も住民不在で厄介である。これは河村たかし市長の個人的なパフォーマンスが極端に表出し過ぎているように思う。先日解散を求めた住民による署名でほんの僅かであるが、定数に達しなかった。これで市議会解散は流れたかに見えたが、署名の無効数に異議ありとして再審査したところ、今日になって無効署名の内、相当数の有効署名が認められてリコールは成立し、市議会は解散することになった。

 これにはまだおまけがつく。当初署名が予定数に達しなかったと市長は辞任を決意し、改めて市長選挙を実施して信を問うと言っていたが、これもおかしな話である。目立ちたがりやの市長は考えを変える気はなく、約束通り辞任してもう一度市長選での当選を目指すらしい。

 これこそ政治の停滞であり、費用と時間の無駄遣いではないか。こういう無駄の屋上屋を重ねるようなことは止めて欲しい。

 今日はJAPAN NOW観光協会の定例企画会議と出版記念会を兼ねた忘年会がいつも通り海事センターで行われた。

 企画会議は取りとめもない個人的な話だったが、先週訪れた韓国で感じたことを話した。朝鮮半島の雰囲気、米軍装甲車の隊列、ソウル市内の住宅事情、朴正熙大統領の人望、李正子さん、韓国人のお墓等々について雑駁とした内容について述べた。しかし、忘年会の席で松尾道彦理事長と朝日記者だった加納隆さんから、韓国の話は良かったと言っていただいた。

2010年12月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1310.2010 年12月14日(火) 楽しいゼミ仲間との語らい

 先月14日の朝日新聞書評に社会学者・加藤秀俊先生の「常識人の作法」(講談社刊)が紹介されていた。書評したのは江上剛氏である。江上氏は作家であるが、元銀行員(みずほ銀行)であり、最近まで経営の苦しくなった日本振興銀行から経営建て直しを頼まれ代表取締役社長を務めていた。しかし、結果的に江上氏の思うようにはならず、社長の地位を去ったばかりである。その江上氏が加藤先生の随筆の感想を書いている。

 冒頭から「痛快、愉快、爽快。本書を読むと、そんな言葉がすぐに浮かんでくる~」というように、確かに抱腹絶倒ものである。最後に「私たちが常識だと思って気にもとめない多くのことが加藤さんから見れば、実は非常識極まりないことばかりだということに目を覚まされ、たたきのめされる。それがなんとも心地よい。加藤さんは高名な社会学者で、現在80歳。もはや怖いものなんかなんにもないんだろう。ああ、うらやましい」と結んでいる。今どき加藤先生のように急所をずらしたような指摘の仕方で、しかもユーモアがあり、なるほどなるほどと頷いてしまう文章はそうざらにお目にかかれない。特に、「科学と感性」編の「開花宣言のふしぎ」が面白い。軽妙洒脱な文体で現在の科学とか合理性を皮肉っているのだ。

 加藤先生とは何度かお会いしているが、いつぞやはシカゴ博物館に展示されているホルマリン漬けされた人間肉片スライスについて意気投合して語り合ったことがある。社会を独特の見方で観察する、感性の鋭い社会学者である。拙著「停年オヤジの海外武者修行」上梓に際して、先生から授かった言葉「知的道楽」を使用すべきかどうか考えあぐねご相談した時に、「会話の折に不意に口を突いて出た言葉に知的財産とか、知的所有権なぞあり得ようはずもなく、どうぞ自由にお使い下さい」とお便りをいただいた。

 同じ世田谷区にお住まいの中々愉快な先生で、世田谷区には「沢」がつく地名が5つ(駒沢、深沢、野沢、北沢、奥沢)もあり、馬と関係が深い地名(上馬、下馬、駒沢)もあるなどと世間話も愉しい方である。とにかく面白い。ぜひお読みになることをお薦めしたい。

 今日はゼミの忘年会で、毎年のように下北沢のイタリア・レストラン「JACK POT」で、生牡蠣料理を食する。学校関係でいくつもの集まりがあるが、今になって三田の大学専門課程で学んだ飯田ゼミほど郷愁を感じるアカデミックなグループはない。先日の浅草のオーケストラ演奏会でも声をかけると錦の御旗に何人かのゼミナリストが集まってくる。これは飯田先生のお人柄もさることながら、ゼミ会員が在学中ゼミで、また卒業後もゼミで学んだことをベースに向上心を失わなかったことが大きいと思う。

 今日も11人の仲間が集った。出てくる話題は、最近の民主党政権の頼りなさに対する不満である。つい最近利光さんは、何人かの同志とともに岡田幹事長に会った時に、それなりの提言をしたと仰っていた。冗談半分にわれわれが内閣を組閣した方が、よほどましな政策実行が出来るのではないかという幻想とも言えないジョークが出るくらいだった。誰に聞いても民主党に対する不満が口をついて出てくる。こんなことで良いのだろうか。

2010年12月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1309.2010年12月13日(月) 民主党は国政をどうしようと考えているのか。

 与党民主党内のドタバタ騒ぎには呆れ果てる。どうしてこうも情けない政権が出来てしまったのか。民主党は、政権交代前には国民の大きな期待を集めていたが、政権の座に就くや、この体たらくである。

 国の政策実行が思うように出来ないのは、党代表である菅首相のリーダーシップが欠けていることと、党の組織が充分機能していないからだ。最大の難題になっているのは、前幹事長の小沢一郎氏に政治倫理審査会で疑惑に応えてもらい、民主党の国会運営がスムーズに進行させられるかどうかという、本質的には政権運営とは次元の異なる問題であり、それが抜き差しならなくなっているからである。政治倫理審査会への出席は自民党ら野党の強い要望でもある。われわれから見ると小沢氏はさっさと政倫審に出席して疑問に応えたらよさそうなものだと思う。ましてや小沢氏は民主党代表選の折どこへでも出かけるし、質問にも応えると言っていた。それがいつの間にか貝の如く口を閉じ、司法の場で身の潔白を証明すると態度を変えてしまった。やましい点はないと小沢氏は言うが、言葉通りに信用は出来ない。

 民主党の自浄能力の欠如と言うべきか、実行力のなさか、党が1党員に疑惑のある行動について毅然として説明させることが出来ないのだから情けない。だらだら党内抗争を引きずっているだけである。その結果、菅政権の支持率は下がる一方で、NHKの直近の世論調査によると遂に支持率はたったの25%、不支持率は58%の散々たる結果を示した。さらに昨日行われた茨城県議会選挙では民主党は惨敗した。その最大の理由に、民主党の実行力不足が挙げられている。菅首相は、その辺りの事情を承知しているのかどうか、今までは仮免許だったが、これからは本免許で思う通りに推進したいなどと暢気なことを言っている。相変わらずノー天気で、ご自分の立場が分っていない。これでは逆風が順風になるわけがない。

 さて、今日民主党内の役員会で小沢氏を国会へ招致する問題について話し合ったが、結局岡田幹事長に一任するとのあいまいな結論しか出せなかった。岡田幹事長はすぐにでも小沢氏と会って説得するというが、まず希望は持てない。小沢グループの議員の反発もあり、党内対立が激化する可能性もある。こんな状態では、相変わらず活路が開けない経済問題や、複雑な外交問題、沖縄基地移設問題を早晩打開できる見通しは立たない。民主党政権がこれからしっかり政治を立ち直らせ、経済にも効果的な対策を講じてくれる期待が持てないとなると、期待して政権を託した国民としてはまったくお先真っ暗でがっくりである。

2010年12月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1308.2010年12月12日(日) 人はなぜ自分のことしか考えないのか。

 いつかは到達する数値であるが、今日実際にその数値をクリアした。数値とはホームページへのアクセス数で、その数は「20,000」である。3年7ヶ月を費やして辿り着いた数字である。先日自分自身が書き込んだブログ「ご意見番の意見」の連続書き込み回数1,300に匹敵するものかも知れない。ただ、この連続回数は自分が地道にやっていれば、いつかは達成可能な数値である。それに引き換えホームページのアクセス数は、友人や知人ら誰かがアクセスして見てくれなければ数字は伸びない。その意味でも友人たちに感謝したい。どのくらい数字が伸びるのかは分らないが、50,000回ぐらいは何とかアクセスしてもらいたいものだ。

 COP16がメキシコのカンクンで開催されていたが、もめにもめて漸く「カンクン合意」を採択して昨日閉幕した。10月に横浜でAPECが開催されていた時、名古屋でCOP16のための予備会議のような会議が開かれていたが、地球温暖化対策で各国が自国のエゴを主張するために一向に全体案がまとまらない。日本は2012年に期限の切れる京都議定書の延長に強く反対して、結果的に難しい立場に立たされていた。最大の排気ガス産出国であるアメリカと中国が、削減数値目標を盛り込んだ条約の発効に消極的というのが、最大のネックだった。この姿勢は今もあまり大きく変わっていない。中でもGDP世界2位になろうとする中国が、自分たちは発展途上国であるとの立場を都合よく主張して、経済発展のために排出ガスの規制には同調出来ないと拘ったから厄介である。

 結局確たる結論を出すことも出来ず、あいまいなまま次回のCOP17に今後の交渉は委ねられることになった。各国が自己の都合ばかり主張して、地球全体のグローバル的な視点に目をつぶっていることが問題の解決を妨げている。地球は汚れ、温暖化となり、海面は上昇しているにも拘わらず、自らの経済活動を阻害することには敏感である。人々は自分たちのことばかり考えて問題の本質を避けている。これでは地球は益々住みにくくなる一方である。

 科学が日進月歩なのに反して、人間の知恵や傲慢さは益々劣化している。問題の本質はこの辺りにあると思う。

2010年12月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1307.2010年12月11日(土) 中国はノーベル平和賞を何と思っているのか。

 昨日ストックホルムとオスロでノーベル賞授賞式が行われた。ストックホルムの授賞式後の晩餐会で、わが湘南高校の偉大なる先輩・根岸英一博士が化学賞受賞者3人を代表して記念スピーチを行った。冗談が苦手の日本人の中で、英語の流暢な根岸さんは軽いジョークの後「研究は賞のためであってはならない。どんなことであれ、私たちの探求の営みは常に学問的な高みを目指すためであるべきだ。それが実現したとき、賞はあとからついてくる」と話され、万雷の拍手を浴びた。その話は根岸さんの実感から出たものであろう。先輩が最近のノーベル賞受賞者の中でも、学者らしからぬ如才なさ、物腰の柔らかさとスマイルなどの点で人気と評価が高いのは嬉しいことである。

 ところで、オスロで開催されたノーベル平和賞授賞式には、肝心要の受賞者である劉暁波氏本人はおろか、代理人も出席せず、1935年ナチス治世下にドイツ人平和運動家・オシェツキー氏が受賞したが欠席して以来75年ぶりの主不在となり、名ばかりの授賞式となってしまった。その原因は受賞者である中国民主化活動家・劉暁波氏が中国当局によって収監され、家族も軟禁状態にあって物理的に出席出来ないからである。中国の民主化のために活動した人権派作家の自由を拘束して、名誉ある授賞式に出席を認めない強権的中国政府は完全に世界の民主化とはかけ離れている。

 中国政府が自分たちの論理だけを世界中に押し付けているのは、何もこのノーベル賞に限ったことではない。今回中国が国家として外交上非礼だと思うのは、権威あるノーベル賞選考委員会をこき下ろし、ノルウェイ政府に八つ当たりして経済取引を中止したり、あまつさえ授賞式に出席しないよう出席予定国に欠席を要請したことである。まったく子どもの対応である。

 更に常識を疑いたくなるのは、ノーベル賞授賞式を茶番とけなし、対抗上自分たちで即興的に独自の「孔子平和賞」とかいうアウォードを設定したことである。その対象者として早速台湾の元副総統・連戦氏に賞を授与すると発表したが、本人には伝えられず、代理人として連戦氏とは親族関係のまったくない少女に賞を授与した。これこそ茶番と呼ばずして何と言うべきか。もうこうなると中国の論理と行動は、支離滅裂で良識的な人々からは評価される筈もなく、正当性や論理性もない八方破れのパフォーマンスとしか言いようがない。

 中国の指導者は良心的でまともな国々の信頼を失っても、こんな非常識な対応でいつまでも経済発展を続けられると本気で思っているのだろうか。国民の声に耳を傾けることをせず、共産党内の内部事情と身勝手な都合だけを優先して政治を動かしていこうとする非民主的な政治体制の中国が、このまま体制をいつまでも維持していけるだろうか。怪しいものである。いつになったら幼児国家・中国は目覚めるのだろうか。

2010年12月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1306.2010年12月10日(金) 日本人若者からバイタリティが失われたか。

 韓国を旅行している間に、歌舞伎役者・市川海老蔵が先月末に犯した暴行事件のお詫び記者会見が行われたと旅行グループのひとりから聞いた。昨日の朝刊を読んでみると海老蔵は無期謹慎することになったという。当然だろう。梨園の名門に生まれた名声を鼻にかけ、好い気になって過去には艶聞を振り撒き、あれだけ酒乱で世間を騒がせ、公演にも穴を開けて多くの関係者に物心両面で大きな損害を負わせた。常識的にはとても考えられない破廉恥な行動に、同情の声はまったく聞かれない。すべて社会人として未熟な海老蔵の思い上がりと甘え、社会的常識と責任感のなさから生じたトラブルである。身近の年長者らや成田屋一門の指導と教育が充分でなかったことも影響していると思う。ここは冷静に猛省を求めて生まれ変わるつもりで再起して欲しいものである。

 それにしても世間一般に非常識な若者が目立つようになった。経済力の向上に伴ってモラルや倫理観の教育が充分なされていないからではないか。

 それに関連して6日付朝日夕刊によると、アメリカへ留学する日本人若者の数が激減している。つい最近ちょっと気にかかるニュースとして伝えられていたが、積極的に海外へ出ようという前向きな若者が極端に減っているようだ。若い頃より外向き志向だった私にはとても信じられない。それほど今の若者が内向き志向に偏り、海外で学び自分とは異なる国々の人々と切磋琢磨しながら成長しようとする若者が減少しているのは嘆かわしい。

 因みにアメリカへの留学生の対前年国別増減率では、中国の30%増、サウジアラビアの25%増に比べて日本人は15%減である。絶対数では、トップの中国128千人に次いで、インド105千人、韓国72千人、カナダ28千人、台湾27千人の次が日本の25千人である。ここでも韓国に圧倒的な差をつけられている。才能を開花させるためにアメリカ留学が絶対的に重要ということではないが、日本が力を発揮した1994~98年には日本人の留学生数はトップだった。そのことを考えてみると、まさに今の日本が行き詰った経済と国民の閉塞心理を如実に示していることになるのではないだろうか。

 今日裁判員制度に関して2つ異例の判断がなされた。ひとつは、鹿児島地裁で老夫婦を殺害したとして強盗殺人罪に問われ死刑を求刑された被告が、無罪の判決を得たことであり、もうひとつは福岡地裁で暴力団員の一審判決に裁判員を採用しないと判断したことである。後者は裁判員に指名された市民が暴力団から仕返しされる可能性を排除した裁判所の親心と言われている。それにしてもいずれも初めての判断であり、早くも専門家や識者の間で論議を呼んでいる。新しく導入された裁判員制度であるが、中々一筋縄では行かない。一般には裁判制度に関する興味と関心が高まったが、当事者にとっては頭の痛い問題だろう。これからも乗り越えなければならない多くの課題や難問が表出されるものと思う。

2010年12月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1305.2010年12月9日(木) 韓国の真面目さとエネルギーを感じた旅

 韓国最後の1日は昨日の雪のせいだろうか、外はかなり寒い。ソウル市内を案内してもらいながら考えることがあった。30年前の印象とは大分変わって、韓国も大きく成長して日本に匹敵する力を得た自信から、想像していたような自意識過剰とか、むきになったような顔は見られず、人々の表情にも優しさが感じられることである。この辺りは中国とは違う。

 今日も食事はやや辛い韓国料理だが、慣れてきたせいだろう、食べ易い気がする。特に昼食の石焼ビビンバはおこげが美味しかった。漬物は後から後から、注文すればいくらでも目の前に出される。少々辛過ぎるキライはあるが、慣れれば韓国料理ははまってしまうのではないか。空港への途次立ち寄った漬物店で、弁当箱ほどの漬物を6つ、焼き海苔を2束、いかの塩辛1瓶をついつい衝動買いしてしまったのは、いつもの悪い癖だ。最初から同乗していた写真店の具さんが親切で感じが良いので集合写真やスナップもついまとめ買いしてしまったのも、セルフ・コントロールが欠如してしまったせいだ。

 今日の観光は、最初に警戒網の中を大統領府である青瓦台前広場を訪れた。李王朝歴代の宮殿同様に青い瓦の建物は事務室を表すということを聞いた。ここでも北朝鮮兵士による過去の大統領暗殺計画について聞かされた。われわれが考える以上に韓国国民には北朝鮮への警戒心が強い。その後王宮・景福宮を見学する。ここは世界遺産には登録されていないが、登録されている昌徳宮より古く、規模も決してひけを取らない。面積も王宮の中で最も広く、各建物の姿・形も美しい。この景福宮は私にはひとつのノスタルジャがある。亡父が旧府立一商時代に修学旅行で訪れ、制服姿の同級生たちとともに集合写真を撮った宮殿内の慶会楼を見てみたいとかねがね思っていた。あのセピア色の写真のイメージはどういうわけか子どものころより脳裏にくっきりと残っている。池の中に王族の賓客接待の場として造営され、今も凛とした全体像は時代を経ても一幅の絵になる。亡父が写真に納まったスポットは、今や立ち入り禁止になっていたが、その息子は池の前に立ち慶会楼を背後に納めた写真を撮って納得することにした。個人的な小さな思い出に過ぎないが、その修学旅行当時の亡父は朝鮮占領下の京城で何を思っただろうかと考えると感慨無量な想いに駆られる。8年前に亡くなった父と異国で再会したような気持になった。

 仁寺洞の賑やかさは、昨晩訪れた明洞に匹敵する。ぶらついている最中に尿意を催したので、地下の公衆トイレに入った。これが中々清潔で、多くの設備があるのには感心した。公衆衛生感覚が鋭いのだろうか。昨日まで利用したドライブインのトイレも施設、衛生面で日本のそれに比べてもむしろ優れていると感じたほどである。

 僅か4日間の韓国旅行であったが、そこかしこに日本人が学ぶべき点が多く見られた。狭い国土の有効利用を考えると元々賢明な韓国の人々にとっては、智恵を出すのが最善の解決策ということなのだろう。ソウル市内は坂道が多く、気候も厳しく、生活するのは日本以上に厳しいのではないかと感じたが、人々は明るく愛想が良い。改めて好印象を持った旅行となった。

 一緒に旅行した人たちも、良い人ばかりで雰囲気良かった。再び来たいという人も数多くいたようだった。この旅行の企画会社・阪急交通社の手配については、よくやっていると感じた。これならあまり詮索しなければ、多くの参加者を獲得出来ると思う。ただ、いくつかの問題点もある。それは大手旅行社と大きくツアー企画の発想が異なることである。また、その点については、別の機会に精査して書いてみようと思う。

 帰路羽田から初めて京浜急行に乗って品川へ出た。従来定番として利用したモノレールに比べて便利とは感じたが、運行本数がまだ足りないと思う。

2010年12月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1304.2010年12月8日(水) 3つの世界遺産と初雪

 このツアーでは朝食をすべてホテル外で取ることになっている。今朝も外で食事をして高速道路をひたすら北上し、ソウル郊外45㎞にある世界遺産・水原華城を見学した。市内の目抜きにあって城内を車の往来の激しい道路が貫通している。城壁一周が5.7㎞でとても全体を見ることが出来ず、ごく一部の城壁を歩いただけだったが、まあそれなりに歴史を偲ぶことは出来る。しかし、周囲をビルに囲まれていて味気がない。どうも歴史の重厚さが感じられない。

 午後訪れた2つの世界遺産、宣陵と昌徳宮は李王朝の墓と王宮だが、ソウル市内のいずれも交通至便な地にある。それでも水原華城ほど街の喧騒やビルが気にならない。昌徳宮では、ガイドさんが李王朝最後の王に、梨本宮家から輿入れされた李正子さんにまつわる話をしみじみされた。話によると歴代の后妃の中でも2番目に人気があった妃とか。

 そう言えば、歴代大統領の中で1番人気の高かったのは、1979年に暗殺された朴正熙大統領だというのは意外な感じがした。軍人大統領として強圧的との印象が強かったが、私利私欲がなく国の発展のために献身的に努め、亡くなった時大統領の私財はほとんどなかったと言われている。その朴大統領が戦後悲運な境遇にあった李正子さんの生活を気にされ、国の費用を捻出して面倒をみたという。その点でも朴正熙大統領の真面目な人柄が窺える。

 今日訪れた3つの世界遺産に、6日の安東河回村を加えると、これで私が訪れた世界遺産は156ヶ所になる。これもひとつの勲章と考え、出来ればこれからも200ヶ所を目指して旅を続けたい。

 夕食後は今売り出し中のNANTAのコミカルな芸も観てみたいと興味があったが、今回はコリアハウスで公演中の伝統芸術を鑑賞した。韓国の伝統芸能というと必ず演奏されるアリランや、韓国民族舞踏の扇子舞があるが、それらを充分楽しむことが出来た。

 今朝ソウルで雪が降ったとは聞いたが、午後遅くなってからかなり激しい雪がみぞれに変わり、コリアハウスを出てから繁華街明洞を「銀ブラ」していた時はかなり降っていた。それにしても、東京で今年はまだ雪にお目にかかれないが、外国のソウルで初雪に会うとは旅の意外性と妙味であろう。

 今日はあのビートルズのジョン・レノンが暗殺されてちょうど30年目になる。先日解団した「チボリ会」の先生方とともにマルセイユ滞在中の30年前の今日、号外でジョン・レノンの死を知ってびっくりした。まさに「光陰矢の如し」である。静かに雪のソウルでマルセイユを想う。(韓国・ソウルにて)

2010年12月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1303.2010年12月7日(火) 古都慶州を観光

 ぐっすり眠ってあたふたとバスに乗り込む。慶州は全韓国人が古都として誇りに思っている素晴らしい街だ。40年前にソウルで開催されたPATA会議に参加した時に、下関から関釜フェリーで釜山へやって来てソウルへ車で上る途中に訪れたことがある。随分綺麗になったと思う。だが、あまり昔のイメージが感じられない。全般的に少々垢抜けたように感じる。その後ここでエキスポが開催されたこともひとつの理由ではないだろうか。

 ホテルの近くの小さな食堂でカルビ湯の朝食をいただく。母子3代でお店を切り盛りしているというが、皺のしわくちゃなおばあさんが日本語で気を遣いながらお愛想を振りまいている。資格を取ったおばあさんが、主として料理の献立を作っているという。

 その後世界遺産に登録されている石窟庵と仏国寺を見学に訪れた。石窟庵への山道のアプローチはほとんど記憶がない。石窟もガラス越しで見学するようになった。仏国寺は有名な写真が取れる角度で数枚シャッターを押す。慶州観光で最近は取り上げられていない古墳内の見学がやはりなかった。その理由を明日ガイドさんに尋ねてみようと思う。

 山菜ビビンバの昼食後、高速道を今日の宿泊地・温陽温泉へ向かった。約300㎞を4時間近くかけて走ったが、その間に外岩里民俗村に立ち寄り見学した。昨日訪れた安東河回村とは異なり住民が実際に生活している。観光客がづかづかと敷地内に入り込んで、住民に迷惑をかけているのではないかと少々気になったが、入口で入村料を支払うようだ。きっとその一部は住民に何らかの助成金として手渡されるのだろう。ここの雰囲気は日本の古き里山だ。

 もう1ヶ所立ち寄った高速道のドライブインに米軍の軍用車と装甲車が数台やってきた。数人の米軍兵士の姿も売店で見られた。ヨンピョン島砲撃事件の直後でもあり米韓合同軍事演習が行われた時で、どうしても北朝鮮との対決を考えて無意識のうちに緊張感が走る。

 今日宿泊したのは、温陽の街の中心にある陰陽観光ホテルで、この土地の最高級ホテルとの触れ込みである。阪急の日程表によると英語で‘ONYANG KANKO HOTEL’と紹介されていたが、インターネットとホテルの備品には‘ONYANG HOTSPRING HOTEL’としてあった。外国で「観光」をホテル名につけるはずがないではないか。この辺りも格安ツアー阪急の面目躍如というところである。高級ホテルであることは全体の感じと付属施設の充実さで納得出来る。室内はオンドルであるが、昨日のホテルに比べれば完全にオンドルを承知の宿泊客を対象にしているように思う。室内に入ると左右にトイレ・バスルームと押入れがあり、だだっ広い10畳ほどのオンドル一間にはテレビと低い整理棚、卓袱台がおいてあるだけで、押入れから布団を出す。困るのは、事務用テーブルがないことで、パソコンを打つのにも一苦労する。幸い今日は充電出来たこととインターネット設備があったので、何とか原稿をパソコン送信出来る。

 このホテルは温泉を売り物にしているので、話の種に初めて韓国の温泉に浸かってみた。男女別々の大風呂で日本の温泉旅館とほとんど変わらず、ゆっくり寛ぐことが出来た。この温泉利用スタイルは日本人が教えたそうだ。

 やや疲れ気味なので、好い加減な文をアップしてしまったが、何とか送信出来たので一安心である。明日は首都ソウルへ向かう。 (韓国・温陽温泉にて)

2010年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1302.2010年12月6日(月) 2年ぶりの韓国に期待高まる。

 新しくなった羽田国際空港へ妻に車で送ってもらい、初めてこの新ターミナルビルを使用してソウル金浦空港へ向かった。新空港ビルは斬新なデザインでテクノビルの感じであるが、広さもそれほどではなく、残念ながら新しい空港が出来たというわくわく感を抱かせてはくれない。これでは仁川空港や、シンガポールのチャンギー空港に対抗してハブ空港としては勝負にならないと思う。いざ搭乗となると大韓航空機へ乗り込むのに待合室からバスで案内されたのは、かなり時代に遅れているのではないかとややがっかりである。

 今回の旅行は僭越であるが、次回の書き下ろし作品のために格安旅行で業績を伸ばしてきた阪急交通社・トラピックスの対応とツアー・ハンドリング状況をチェックするのもひとつの目的である。そんなわけで格安団体旅行に参加してみた。安いのは結構だが、以前から会社と旅行参加者のハートフルな交流が乏しいと感じていた。実際この会社は、2004年エジプト・アレキサンドリアで1ヶ月の間に2度もバスのスリップ事故を起こした。察するところタイヤが磨耗した古いバスを利用していたからだと、TRAVEL JOURNAL紙へ寄稿した。同誌編集長によると同社から拙稿に対して苦情らしきものが寄せられたという。詳細は不明だが、痛いところを突かれて後ろめたい点もあったのだろう。

 申し込み段階から書類関係のやり取りでは、やはり不親切だと感じていた。やはり対応が冷たい感じがする。ところが、韓国でツアーが動き出すとツアーオペレーターは沢山のツアーを扱い慣れているせいか、そつなく今日1日のスケジュールを消化した。ガイドによれば、最近は圧倒的に阪急の牙城で、かつて盛んに送客していた大手業者のJTB、近ツー、日本旅行などでも、阪急の前では影が薄いそうだ。

 金浦空港に到着してから高速道路を走って今年世界遺産に登録された安東河回村を訪れ、1時間たっぷり朝鮮の伝統的な民家を見学した。1999年にはイギリスのエリザベス女王が訪れた。

 その後夕食を取って古都慶州のホテルへチェックインしたのは午後8時40分だった。この間走行距離約430㎞でかなり疲れた。外はやはり大陸性気候のせいでぞくぞくするような寒さだった。

 ガイドは中々意欲的な中年の女性で、李玉女さんと仰る。いま緊張している北朝鮮との関係について韓国人の気持を話してくれた。ソウル市内を東西に流れている漢江を境に、北部の地域が北朝鮮との対決の影響から南側に比べて住宅が少ないと意外な話を聞いた。いざ北が攻めて来たら逃げ易いためだという。こういう話は現地でないと聞けない。更に韓国の人びとはヨンピョン島を砲撃して民間人を殺害したことについては休戦協定に違反していると厳しい見方をしていた。

 ホテルは慶州のリゾートホテルで室内はオンドルで暖かく、これも経験だと思うが、インターネットの接続ができず、充電するコンセントが初めて見たタイプのもので持参したいくつかのオプションも使えずカメラ、パソコンの充電ができなかったのがやはり不満だ。

 明日からどんなスケジュールで、何を見せてくれるのか楽しみにしている。 (韓国・慶州にて)

2010年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com