最近政治的に気になる点を3つばかり本ブログで指摘したが、それが今朝の朝日にすべて取り上げられている。それに関連して私としてももう一言付け加えておきたい。
第1に復興財源として漸く臨時増税方針を決めたのに、所得税を主に増税時期を1年以上先延ばしにするという。理由は民主党内の増税反対派に配慮したからである。国会議員というのは、一体どこの誰のために政治を行っているのだろう。これでは被災地への支援が益々遅くなるばかりではないか。結局被災者の支援より身内の都合を優先させているのだ。情けない。
2番目は、国家公務員向け官舎の建設問題である。3日前の本欄で指摘した朝霞住宅の建設決定に次いで、杉並区の方南町住宅の建設も近々着工される。財務省の言い分が自分たちだけに都合の良い論理になっているのも筋が通らない。①緊急時の参集要因、②国会対応での早朝深夜勤務、③全国からの新規採用職員、などには宿舎が必要との判断で一度は事業仕分けで建設凍結となった事案が解凍された。こんな必要度合いなんて民間会社だっていくらでもある。国家公務員だけを優遇する、こんなずるい理屈があるだろうか。有識者も仕分けの結果は強い拘束力を持つと言っていたのに、なし崩しだと批判している。これでは、民間会社のサラリーマンや商工業に従事する人たちへの住宅は国の援助は必要ないと言うことになる。とにかく役人というのは、自分たちの仕事は民間のお前たちとは比べ物にならないくらい国のために重要であり、高い給料や厚い住宅手当てが賄われて当然だと思い上がっている。役人の業務なんて何ひとつ生産的なものがないことを知るべきである。
第3に、野田首相が脱原発の方向へ歩み出すと思われたのに、むしろ原発容認回帰と受け取られかねない発言を行ったことだ。第1変節期である。元々財務大臣時代から「完全に原発をゼロにするのは個人の夢」と脱原発を表明した菅前首相に異を唱えた。ところが、首相就任直後には、「寿命が来たら廃炉、新規は無理という基本的な流れの中でエネルギー計画を作る」と脱原発論を述べたばかりである。それがまた原発再稼動容認のスタンスを取っている。明らかに変節している。
以上3つのアイテムを考えてみると、政治家のデタラメぶりと軽薄、不誠実、無信念、ウソツキ、国民愚弄、不真面目、等々の言葉が頭に浮かんでくる。結局震災者や税金を払っている国民のことは、どうでもいいと思っているのが国会議員と役人どもである。
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1595.2011年9月25日(日) プーチン・ロシア首相が大統領にカムバック?
今日大安吉日は姪の結婚式である。妻が着付けを手伝ってもらうので、式が行われた赤坂の日枝神社へ早めに行くことになり、昨日泊った二男家族より先に自宅を出た。朝からてんやわんやである。その後披露宴は恵比寿のウエスティン・ホテル東京で行われたので、日枝神社からタクシーで移動した。長男家族と二男家族と再び合流することになった。近藤家としては長男家の長男が出席しなかったが、9名もの大家族集合となった。
高級ホテルでの披露宴だったが、場所はいわゆる披露宴会場ではなく22階のフランス・レストランを借り切ったという感じだった。他の例でもそうなのかも知れないが、結婚式のスタイルは以前とは大分変わったように思う。昔のように媒酌人が新郎新婦と両家を紹介するのではなく、プロの司会者が本人や、家族、友人らに要領良くインタビューするスタイルで、中々上手な進行ぶりに会場も和やかな雰囲気になって、これが最近の流行なのかなと思う。ただ、気になったのは主賓である新郎新婦のスピーチがやや長く、会社の宣伝が多かったことだ。もう少し手際良くまとめられないのかと思った。
姪も普段私が世話してあげた旅行会社で忙しく働き、つい婚期が遅れてしまったが、漸くお似合いのパートナーを見つけて嬉しそうだった。幸せな結婚生活を送ってほしいものである。
さて、今朝の朝刊一面を見てびっくりである。ロシアのプーチン首相が来年の大統領選挙に立候補すると表明したのだ。ついに、と言うか、やはりと言うべきか、法衣をかなぐり捨て鎧を着て躍り出てきたのである。3年前に2期務めた大統領を辞めた時から、もう1回大統領になって威張ってみたいとの飽くなき権力欲を見せていた。一時は連続2期しかできない大統領職を続けるために、憲法改正までして大統領職に留まり続けようとした。しかし、国際世論を考え、また時期も熟さず一期置いてカムバックする手段を選択した。そのために操り人形として無難なメドベージェフ氏を大統領に推薦し、自らは一歩退いて首相の座に就き、虎視眈々と次のチャンスを待つことにした。
結果的にプーチンの言いなり子分のメドベージェフ現大統領に因果を言い含めて、2012年の大統領選にはプーチン首相自らが「統一ロシア」の候補者として立候補し、メドベージェフ大統領には首相の座に就くことを受け入れさせた。
ただ気になるのは、プーチン首相の強権的な手法が再び大統領になることによって一層保守的、かつ対外強硬派になることである。この間大統領在任期間は従来の4年から6年に延長された。今後2度大統領選挙に勝利すれば、12年間最高権力者として君臨することになる。前回の2期8年を通算すると世界の大国の指導者として20年という異例の長期間に亘って権力を掌握するわけだ。KGB出身らしく良心的な革新候補などは暗殺手段等によって抹殺し、恐怖感を植えつける手荒な手法で対立候補を葬ってしまう。更に選挙制度自体にも問題があるのではないかと考えてしまう。いくら選挙によって選ばれるにしても、投票直前までには民主主義的考えはそり落としてしまうやり方は些か常軌を逸している。これでは少々民主主義路線から逸脱しているのではないかと勘ぐってしまう。いかに選挙によって選ばれた大統領とは言え、独裁国家とあまり変わらない。実際ゴルバチョフ元大統領が懸念を示している。
ロシアは果たして民主国家か、独裁国家か。
1594.2011年9月24日(土) パレスチナ暫定自治政府の国連加盟は実現するか。
明日姪の結婚式が行われるが、それに出席する二男夫婦が、買い換えたホンダの新車で孫とともに新潟からやってきた。二男は明後日品川の本社へ出張ということなので、ちょうどタイミングが良かった。
さて、今年の国連総会は野次馬根性から言えば、中々興味津々である。その中でも最も世界中の関心を呼んでいるのは、パレスチナ暫定自治政府の国連加盟申請である。23日パレスチナ政府を代表するアッバス議長が潘基文・国連事務総長に申請書を提出した。
早々にニューヨーク入りしたアッバス議長に対して、オバマ大統領が申請をしないよう懸命に説得していたが、功を奏しなかった。アメリカがパレスチナの加盟を阻止するためには、常任理事国に認められている拒否権を行使することが一番手っ取り早い。しかし、いま中東問題が世界の注目を集め、国連加盟を認めるべきとの国際世論が高まっている中で、アメリカが反対票を投じることは国際的に反米感情を高め、同時に中東和平の解決を遅らせることになる。アメリカ政府がパレスチナ政府を加盟させるようなことにでもなれば、アメリカ国内で強い勢力を形成しオピニオン・リーダーでもあるユダヤ人が、オバマ現政権を許さないだろうとも言われている。来年の大統領選でのオバマ民主党の勝利も疑問符がつくだろうと推測されている。何とかしてパレスチナの加盟を阻止するための、第1の手立てがダメになった。次の手段として考えられるのは、加盟には安全保障理事会で加盟勧告を得ることが必要である。ならば、安保理事会で加盟勧告を得られないようにすればよい。安保理事国は15カ国(5常任理事国=アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国と10非常任理事国=ガボン、ナイジェリア、ブラジル、ボスニア・ヘルツェゴビナ、レバノン、インド、コロンビア、ドイツ、ポルトガル、南ア)だが、このうち9カ国以上の賛成が求められるから、アメリカ政府はこれら15カ国のうち7カ国以上の反対票を取り付ければよい。今後理事国へ個別交渉で猛烈にアプローチするのではないか。幸か不幸か日本は非常任理事国から外れたので、アメリカからの説得を受けることがなくなり、外務省首脳はほっとしているのではないだろうか。
それにしてもアメリカはあまり得な役回りではない。世界の世論を敵に回してまでも、イスラエルの肩を持たなければならない。アメリカ社会は構造上かなりユダヤ人に支えられた形になっているからだ。どうしてもユダヤ人の顔色を見ながら、アメリカ社会をリードして、世界一の力を見せ付けなければならない立場にある。
表舞台から隠れたところで国益を賭して、虚虚実実の駆け引きと戦いが行われている。当分続くことになる。果たして結果はどう出るか。
1593.2011年9月23日(金) 復興増税も決めず、身内には大甘の財務省
東日本大震災の復興財源をどう捻出するかという話は震災勃発直後のとっくの昔に言い出されたことである。しかしながら、震災後すでに半年を過ぎてもなお財源をどう工面するかが決められない。仮に決めても第3次補正予算が決定して初めて認められる。情けないことにその財源捻出に関して、政府税務調査会は未だに明確に決められないままでいる。先日民主党税制調査会が藤井裕久会長の下で漸く動き出したように見えた。だが、民主党員の中には代案を提示せずに増税に断固反対を主張する議員もいて、これでは何のための税調なのか、まるで税調の体を成していない。議論百出と言えば聞こえが良いが、各人が勝手気ままに自己主張しているだけで、建設的な議論が行われていない。従って当然ながらいつまで経っても結論が出ない。これが未熟な民主党政権の実態である。
現時点では復興増税11.2兆円に対して政府税調は所得税7.5兆円、法人税2.4兆円の他に、住民税と所得控除の見直しで賄おうとしているが、民主党税調は所得税7.5兆円をたばこ税と相続税を併せて7.5兆円にしようの方針を固めたようだ。所得税の割合が大きいことは、若い働き手の負担があまりにも大きいと配慮したからである。まあそれもそうだが、それを主張するなら高齢者の年金からも相応の所得税を支払っていることを考慮すべきではないか。それにその論理を主張するなら、やはり消費税が最も公平ではないだろうか。野田首相は復興増税に消費税を含むことを認めないとの言葉を残し国連総会に出かけたが、その陰で国の財政を預かる‘ベビーギャング’安住淳・財務相は、ワシントンで開催の財務相・中央銀行総裁会議(G20)の合間に来年は消費税を10%にしたいとブレーキの効かない発言をしている。稚拙なベビーギャングに心配された勇み足を早くもやってくれたという感じである。消費税を上げるのか、このままなのか、一体どっちなんだと問いたい。
それにしても被災地の苦しみを知ってか知らずか、政治家の決断はあまりにも身勝手で遅すぎる。その一方で、財務省は批判を浴びていた国家公務員宿舎「朝霞住宅」に国費105億円を投じて、建設に着手した。何とまあ図々しい強欲ぶりか。この官舎建設は事業仕分けで「凍結」を宣告された事案である。自分たちが潤えば良しとする国民無視、震災被災者無視のインチキがまた行われたのだ。財務省は財政再建の旗をふりながら、自分たちには大盤振る舞いをして甘い蜜を舐め、国民には徹底して増税を訴えるという二律背反を平然と行っている。
野田首相は、事業仕分けで「凍結」と判断された官舎建設を、財務省の政務3役(身内ばかり)で判断した結果、真に必要な宿舎として事業再開を決定したとふざけたことを言ったそうだが、身内で決めれば結論は最初から分っている。前財務相だった首相としてはちょっと身内に甘すぎるのではないか。それは首相の本心かと聞いてみたい。ずる賢い役人どもに完全に言い含められているのではないか。
やはりわが国は完全なる役人天国であり、この体質はいくら口を酸っぱくしても直るまい。税金を払うのがバカバカしくなる。
1592.2011年9月22日(木) 野田外交お披露目の成果は?
台風15号の通過により各地で多くの被害が出ているが、東北大震災被災地にも新たな被害を及ぼす事態となった。被災地の宮城県女川町では、津波で町が冠水したため高台に仮設住宅を建設し住民をそこへ仮住まいさせていた。ところが何とそれが台風15号の襲来でその仮設住宅に避難勧告が出されたのである。そして仮設住宅の前を流れる川が増水し橋が流され、住民は避難できなくなってしまった。幸い住民が被害に遭うことはなかったが、仮設住宅の建設場所が問題とされた。
もうひとつ、福島県須賀川市では仮設住宅が浸水し、住民はそこから2度目の避難をする有様である。隣市の郡山市では大雨を予想して被害を避けたはずのバス100台が、会社の駐車場で水に浸かる状態である。どうもちぐはぐである。それぞれ理由はあろうが、みんなやっつけ仕事になって計画的な対策が考えられていないことが分る。台風の来襲は自然災害なので、ある程度避けられないが、それでも必ず何年かに1度はやってくるものであり、近くに河川や山岳地帯がある場合は、堤防決壊や山崩れに対する備えは、平素からもう少し注意深く心がけていなければいけないのではないかと思う。
さて、今週から国連総会が始まっている。今年の国連総会は問題山積である。リビアの暫定政府を正式にリビア政府代表として承認した。国旗もカダフィ前の王制時代のものを再びリビアの正式なナショナル・フラッグとして国連ビルに掲げられた。
2つ目は、パレスチナの国連加盟申請について、アメリカとイスラエルが強硬に反対している。アメリカはオバマ大統領がパレスチナ暫定政府に加盟をしないよう直々に説得している。仮に加盟申請されたらアメリカは常任理事会で拒否権を行使すると見られている。
野田首相は今日原子力の安全に関する首脳級会合で演説を行った。過去6年間に6人の首相が登場したことで、回転ドア・トップとしてあまり大きな期待をされていないようだが、やはり福島原発事故が世界中から注目されている折でもあり、原発に関するコメントが注視されていた。いくつかの反省を述べていた。誤りがあったと言ったが、地震がある場所に原発施設を作ったことは失敗だったと反省の弁を述べた。しかし、国会の所信表明で述べた、これから脱原発へ向けて歩むとの決意には触れず仕舞いだった。
アメリカ政府は日本と足並みを揃え、日米同盟の深化を口では言っているが、本音は実務的な結論を出すことを求めている。特に、これから沖縄の普天間基地移設計画の結論を早く出すことを要求してくるだろう。
野田外交は刃を突きつけられている。早くも正念場である。
1591.2011年9月21日(水) 官僚、国策企業、御用学者が国をダメにする。
久しぶりに台風の直撃を受けたように思う。四国沖合から紀伊半島沿いに大量の雨をもたらせた台風15号は中京地区から東海地方を襲い、午後2時ごろ浜松市に上陸、首都圏西から宇都宮を通り抜け福島方面へ縦断して行った。夕方になって一層激しい雨が降ってきた。案の定各地で河川の氾濫や家屋の浸水被害が出ている。いま午後10時だが、相変わらず避難勧告が出ているところが多い。これから台風は東日本大震災被災地へ向かうようだ。被災地の中でも大槌町では仮設住宅に住んでいる人たちにも避難勧告が出された。今度の台風15号は日本列島の東側を舐めるように襲った。気の毒なのは、震災の被災者である。先日12号では紀伊半島がやられたが、つくづくわが国は自然の脅威に曝されている国土だと痛感する。福島原発では、多少落ち着いてきたという程度で、相変わらずいつ放射能事故を収束できるのか楽観視できない。その原発に大量の降雨があると、更に汚染水が増えると見なければならない。やれやれである。
さて、菅直人・前首相がテレビ・インタビューで、一時東電が福島第一原発から撤退したいと申し出たことに対して断固認めなかったことをいくらか誇らしげに応えていたと一昨日の本欄で書いた。それでも菅さんはなおテレビだけではこの「ご自慢の決断」をアピールできないと思ったか、今朝の日経紙の全一面(広告なし)で思いのたけをぶちまけている。いかに菅さんが東電の対応に不信感を抱き、躍起になって東電幹部に叱咤しながら指令を出していたかが分る。見出しだけを取り出してみよう。
「原発事故・問われた初動」「最悪、国会移転も想定」「東電、話せる相手2人だけ」「首相官邸X原子力保安院―『炉心溶融』食い違った」「重大事故の想定ゼロ」「原発再稼動問題・知らぬ間に既成事実化」「福島を自然エネ拠点に」とざっとこんな具合である。これを見ると菅さんと経産省、原子力保安院、東電とまったく意見を異にしていたことは明確である。当事者同志が最初から意思の疎通を欠いていたのでは、初動が遅れるわけだ。そして、それが取り返しのつかない後手後手の対応となってしまった。
この春?沖縄はたかり、ゆすりの名人と沖縄県民を愚弄したような発言をしてアメリカ国務省日本部長を更迭されたケビン・メア氏が、最近「決断できない日本」なる1冊を文春新書から出版した。その中で「大津波襲来による電源喪失から一週間が経過したその日、日本という大きな国家がなし得ることがヘリ一機による放水に過ぎなかったことに米政府は絶望的な気分さえ味わった」と書いている。日本を見下したようなこの御仁には、日本人のやること、なすことすべてが稚拙で小児病的に見えるようだが、この言葉には案外正鵠を射ている点がある。
日本では政治家はダメだが、官僚がしっかりしていると思い込まされているが、とんでもない。官僚なんてとんだ食わせ者だったということが上記のインタビュー記事からよく分る。官僚にゴマをする国策企業、御用学者等々、みんな信用できない。その点では、菅さんなんか手法は拙かったが、行おうとしたことは案外的を射ていたのではないか。
1590.2011年9月20日(火) 台風来襲!最大級の警戒が必要
昨日辺りから急激に冷え込んできた。今日も寒くこれまで着ていた半ズボンTシャツを長ズボン長袖のシャツに代えた。気象状況が変則的に動くので、自然災害に弱い地域ではその防止にてんてこ舞いのようだ。先日大雨により大きな被害を受けた紀伊半島山岳地帯では、土砂崩壊により川が堰き止められ、深い谷に大きな堰止め湖が生まれている。その堰止め湖が台風15号の停滞により、また大雨で決壊することが心配されている。九州、四国、紀伊半島ばかりでなく、今日は名古屋市内や多治見市内のような平野部でも河川が決壊一歩手前で市内には水が溢れている。夜になって気象庁より最大級の警戒が必要との警報が発せられた。
さて、福島原発事故の影響で日本中が打ちひしがれている最中、景気が一向に上向きにならない。そこへ円高が企業経営を益々苦しめている。政府でも今日円高対策の具体策に関する中間報告をまとめた。産業空洞化の回避が最大の課題として、企業の国内立地を促す補助金の拡充やら、企業の海外移転に備えた雇用対策基金の積み増しなどを検討している模様である。
具体策のひとつ、観光について対策はどうかとみると「訪日旅行者の誘致など観光支援」と言葉だけが並べられている感じである。こんな文言が円高対策に入っていることに少々驚く。これは普段の観光振興策であり、格別円高対策と呼ぶようなものではあるまい。はっきり言って円高の大波に対して力の弱い観光業界ができることは限られている。ことさら円高対策ということでなく、観光業にとって何が求められるのかと突き詰めて考えてみることだ。外国から当分旅行者がやってくる可能性が期待できないとするなら、国内観光業を活性化することが大切だと思う。陳腐だが手っ取り早い方法は、かつての電気製品にインセンチブを付けたように、国内旅行関連商品にポイント制の導入でインセンチブを与えたらどうだろうか。日本国内の物価が上がったために、海外からの旅行者が日本へ来にくくなったので、こればかりは短期的な解決策は思いつかない。
いずれにせよ、政府の具体策は業界の実態を知らない官僚たちが考えたものだろうが、まず非現実的である。いつもそうである。まったく心が篭っていないのである。
結論を出す前にその効果をよくよく考えてもらいたいものである。
1589.2011年9月19日(月) 敬老の日、少子高齢化が進む。
敬老の日である。65歳以上の高齢者と呼ばれる人口は2,980万人、全人口の23.8%で、100歳を超えた高齢者は47,000人おられるそうである。世界でもいまや日本は突出して少子高齢化社会となった。これからもこの傾向は進むと見られている。
われわれ夫婦にとって年齢的に老人資格はあるが、その恩恵はまったくない。せいぜい思い出すのは、今は昔この敬老の日に何と妻とお見合いをしたことである。今から43年前だが、当時は敬老の日と言えば9月15日に決まっていたので、それを考えると今日は正確な日時とは言えない。
あの年、1968年は8月20日に「プラハの春」事件が勃発したためにチェコ入国ができず、留学を思い留まらざるを得なくなり打ちひしがれていたことと、その2年前から海外の戦乱地帯?にばかりひとりで出かけていたので、心配した両親がしきりに私に身を固めさせようと画策していたことを思い出す。後で知ったことだが、両親の知人に息子に適当な女性はいないかとあっちこっちにお願いしていたようだ。高輪プリンスホテルで見合いした直後、父は彼女(つまり妻)との話を直ぐにも決めろとまるで命令口調だった。タレント・綾小路きみまろの台詞ではないが、「あれから43年~」ということになるか。結局翌年5月に結婚して以来今日まで42年が経つ。
近年になって定番の見合い結婚が姿を消しつつあるようだが、私の経験から言って見合い結婚はそんなに悪いものではないと思う。その理由のひとつは、本人同士とお互いの家族同士の間にあまりギャップがないことだと思う。結婚生活破綻の原因となる「こんなはずではなかった」という後の祭りが、バランスが保たれ、事前調査の行き届いた見合い結婚なら比較的少ないのではないかと思う。まあ、これぐらいにしておこう。
さて、昨夜NHKの特集番組「宇宙の渚」が、国際宇宙ステーションからの実況中継を含めて珍しい宇宙中継を存分に見せて楽しませてくれた。NHKが世界初と自慢するだけあって、画面でオーロラ、カミナリ、流れ星、日の出、月の入り、地上の夜景など、珍しいシーンをたっぷり観ることができた。50年前初めて宇宙へ飛び立ったガガーリン少佐が発した言葉「地球は青かった」は、その当時強烈な印象を与えてくれたが、その青い地球もはっきり確認することができた。こういう普通では観られない特殊な画像を自宅で気軽に観られるとはとにかく「ラッキー」の一言に尽きる。
意外にもメキシコ・シティの夜景が煌々と輝いている場面は、とても想像できないといつかあるコンサルタントから言われたことがあるが、その時私自身が上空から見た経験を話してメキシコ・シティの夜景は、世界でも例を見ないほど明るいと応えたことがある。昨夜そのメキシコ・シティの上空から真夜中過ぎの夜景を写してくれた。やはり電光が煌々と輝き明るかった。景気に関係なく、陽気でお祭好きなメキシコ人の町、メキシコの首都は相変わらず不夜城なのだ。
さて、今朝あるテレビ番組で菅直人・前首相へのインタビューを観ていた。ここで珍しく菅さんの理性と福島原発事故の東京電力の無責任な対応を見た。今更と思いながらも改めて菅さんを見直したのは、3月15日に東電が海江田万里・前経産相を通して、東電が原発事故収拾の最中に福島原発から撤退したいと伺いを立ててきた時、断じて認めないとはねつけたことである。当然と言えば当然である。一時東電は事故収束を諦め、現場を放っぽり出して事故現場から逃げ出そうと考えたのである。その時の菅さんの対応は、その後の東電本社への怒鳴り込みなどもあって、あまり高く評価されていないようだが、菅さんの毅然とした対応は責任ある人間の立場として当然であり、その一方で東電の行動は事故を起こした当事者として卑怯であり、国民を危険に追いやるものであり、到底許すことができない。今後この東電の対応と判断についても精査されることを望む。
それにしても東電のような親方日の丸の会社ともなると、普段から危機管理意識に欠け、監督官庁のご機嫌ばかり伺い、果たすべき責任をまったく果たさず、困ったら逃げ出そうと考えている不届き千万な輩どもの集団である。
今日ウィーンの国際原子力機関(IAEA)年次総会で細野豪志・原発担当相が、「年内に原発冷温停止を達成」と世界へ向け約束した。これまで散々予定を覆してきたが、今度こそ本当に大丈夫だろうか。
1588.2011年9月18日(日) 放射性物質の危険と国が犯した大罪
どうも日本国中に原子力放射性物質汚染の危険が広がりつつあるようだ。それを承知の原子力村の人たちや政治家、経産省、東電が、その事実を懸命に隠そうとしている。それが、原子力研究機関の中枢から外れた良心的な科学者や一部のマス・メディアを通して少しずつ外部へ漏れ伝えられてきている。
われわれはこれまで政府のいう「原子力安全神話」というものを信じてきた。原発は何よりも費用がかからず、二酸化ガスを排出せず地球温暖化を防止し、安全であり、今世紀以降の資源エネルギーの切り札と信じ込まされてきた。それが、福島第1原発事故をきっかけに偽りだということが少しずつ分ってきた。これまで信じ込まされてきた原発のメリットが、悉くウソであることが明らかにされ出した。想定以上に巨額な費用がかかり、(これまでの条件付の囲みを取れば)二酸化ガスを排出し、一旦放射性物質が漏洩すればこの上なく危険なものになるという「当局にとって都合の悪いこと」が、分ってきたのである。
私自身これまでテレビのドキュメンタリー番組や、使用済み核燃料処分に関する映画、幾冊かの専門家の著書を読むことにより、このまま今の原子力政策を推進するとわれわれは核の汚染に晒される危険が極めて高いということが少しずつ分ってきた。
現実に案外軽視されているが、実は一番深刻な問題は使用済み核燃料の処分ではないかと考えている。これまで使用済み核燃料は当然最終処分されているものとばかり思っていたが、マイナスイメージとなることは、国は情報として流さず、メディアも報道してこなかった。そういう意味では、今回の事故による唯一のプラス要因は、その隠蔽された実態と原子力が危険だということが分ったことである。
今朝の朝日新聞に「原発列島・ニッポン」と題する連載記事9回目が半頁に亘って掲載されている。その4つの大きな見出しを書き出してみよう。「迫る廃炉ラッシュ」「埋設地決まらぬまま」「処分費用も巨額」「事故の教訓どう生かす」と暗い言葉である。原子炉の寿命は数十年、通常40年前後と言われている。1970年代後半に本格化した日本の原発はこれから「廃炉時代」に入る。ところが、わが国では放射能廃棄物の管理や具体的な処分方法を最初から決めないまま進めてきたため、今になってそのツケが重くのしかかってきている。これまでに産出された原子力のゴミがほとんど最終処分されていないのだ。
例えば、1963年にわが国で最初に原子力発電に成功した日本原子力研究所の動力試験炉は76年に運転を停止し、96年に廃炉を完了した。だが、廃炉で出た放射性廃棄物は敷地内に一時的に保管されたままである。処分場の候補地すら決まっていない。福井県敦賀市の新型転換炉「ふげん」だって同じようなものだ。すでに「ふげん」計画は中止され、2003年に運転を終えた。だが、その後の処分が進まない。やりっぱなしなのである。これから処分場所の決定をし、気の遠くなるような処分完了までの時間とこれにかかる膨大な費用などを考えると、いかに理解が難しい科学の分野とは言え、実情のあらましを少しずつでも国民に啓蒙してこなかった国の責任は重いと言わざるを得ない。
夕方の日本テレビ「真相報道バンキシャ!」でも放射性汚染焼却灰を採り上げて報道していた。これは福島近辺ばかりでなく、南は神奈川県横須賀市にまでその影響が及んでいる実態を追求していた。放射能を浴びた樹木やゴミ、汚泥を焼却して出てくる灰の処分問題である。これらを処分する廃棄場所が見つからず、各自治体が独自に保管場所を見つけて保管したまま廃棄しようがないのである。各自治体も増える一方の焼却灰の処理には頭を抱えている。秋田県のある民間業者がコンクリート製の穴の中に捨てることを申し出たが、今度は受け入れ地区の住民から反対運動が起きる有様で、解決のための方法は依然として見つからない。
いずれにせよ「原発ありき」を前提に国民に情報を一切公開せず、国、経産省と電力会社が持ちつ持たれつのずぶずぶの関係の中で進めてきた、国のエネルギー政策と原子力行政は、国民の負担のうえに国民に生命の危険を押し付け国民を裏切ってきた。これは国家が犯した許すべからざる大罪ではないか。
1587.2011年9月17日(土) 自力では何もできない日本
昨日発行された文部科学白書に東日本大震災被災地の中学生が卒業式で述べた答辞が載っている。そのことは昨日のNHKニュースでも報道された。それは自宅工場が火災に遭い、どん底に落ち込んでいた久留米市の大の大人を唸らせ、その大人を叱咤し元気づけた。その中身とは、「大震災は天の試練というにはあまりにも厳しい。でも天を恨まず運命に耐えて自分を成長させたい」との主旨である。少しできすぎだと思えるくらいしっかりした言葉で、インパクトも強い。大した少年だと思う。政治家たちも少しはこういう少年を見習って平素から唯々諾々とせず、自分でじっくり考え率先実行してみてはどうか。
さて、ニジェールに亡命を求めていたカダフィ大佐三男に関して、ニジェール政府は明確な声明を発表していないが、身柄をリビアに送還することは否定した。その一方で、カダフィ派は最後まで徹底的な抗戦を続けると強気な意思表示を示している。
ところが、16日の国連総会では、これまでのカダフィ政権に替わってリビア国民評議会を国連代表であると承認した。国連による対リビア制裁の緩和も決定した。益々カダフィ政権は追い詰められている。親カダフィのケニアや南ア、キューバなどは反対したが、ロシアや中国などこれまでリビアに資金投資した国は今後どういう態度に出るのだろうか。昨日早々にリビアを訪問したイギリスやフランスも然りである。反カダフィ派の国民評議会に良い顔をして、政権樹立後に従来の資産保全と新しい利権を得ようとの思惑が透けて見える。
わが国は各国が進める対応策の様子を見ながら、その時点でまあまあの線を打ち出す。結局大きなアドヴァンテージは得られず、主要国の後塵を拝することになる。外交戦略がなく自己主張をせず、当たらず触らずのスタンスしか取らない。とどのつまりいつまで経っても主体性を欠いた外交を繰り返すことになる。骨のある外交官が現れず、外交的にリーダーシップが取れないまま外国に取り残され、他国からは信頼感を得られず、気がついた時には、周りには仲間がいない疎外感を味わうことになる。
政治がダメだから、外交もダメになる。国会議員は原発事故問題で参考人として国会に呼ばれた児玉龍彦・東大教授から「国会は一体何をやっているのですか」と一喝されたが、どれほど政治家としての責務を果たす努力をしているのかと問いたい。全政治家に反省を促したい。現状では政治家は何もやらず、責任を転嫁するだけだ。福島原発事故処理がどうなっているのか、詳しい報告すら国民になされていない。恐ろしく好い加減な国になったものである。