1595.2011年9月25日(日) プーチン・ロシア首相が大統領にカムバック?

 今日大安吉日は姪の結婚式である。妻が着付けを手伝ってもらうので、式が行われた赤坂の日枝神社へ早めに行くことになり、昨日泊った二男家族より先に自宅を出た。朝からてんやわんやである。その後披露宴は恵比寿のウエスティン・ホテル東京で行われたので、日枝神社からタクシーで移動した。長男家族と二男家族と再び合流することになった。近藤家としては長男家の長男が出席しなかったが、9名もの大家族集合となった。
 高級ホテルでの披露宴だったが、場所はいわゆる披露宴会場ではなく22階のフランス・レストランを借り切ったという感じだった。他の例でもそうなのかも知れないが、結婚式のスタイルは以前とは大分変わったように思う。昔のように媒酌人が新郎新婦と両家を紹介するのではなく、プロの司会者が本人や、家族、友人らに要領良くインタビューするスタイルで、中々上手な進行ぶりに会場も和やかな雰囲気になって、これが最近の流行なのかなと思う。ただ、気になったのは主賓である新郎新婦のスピーチがやや長く、会社の宣伝が多かったことだ。もう少し手際良くまとめられないのかと思った。
 姪も普段私が世話してあげた旅行会社で忙しく働き、つい婚期が遅れてしまったが、漸くお似合いのパートナーを見つけて嬉しそうだった。幸せな結婚生活を送ってほしいものである。
 さて、今朝の朝刊一面を見てびっくりである。ロシアのプーチン首相が来年の大統領選挙に立候補すると表明したのだ。ついに、と言うか、やはりと言うべきか、法衣をかなぐり捨て鎧を着て躍り出てきたのである。3年前に2期務めた大統領を辞めた時から、もう1回大統領になって威張ってみたいとの飽くなき権力欲を見せていた。一時は連続2期しかできない大統領職を続けるために、憲法改正までして大統領職に留まり続けようとした。しかし、国際世論を考え、また時期も熟さず一期置いてカムバックする手段を選択した。そのために操り人形として無難なメドベージェフ氏を大統領に推薦し、自らは一歩退いて首相の座に就き、虎視眈々と次のチャンスを待つことにした。
 結果的にプーチンの言いなり子分のメドベージェフ現大統領に因果を言い含めて、2012年の大統領選にはプーチン首相自らが「統一ロシア」の候補者として立候補し、メドベージェフ大統領には首相の座に就くことを受け入れさせた。
 ただ気になるのは、プーチン首相の強権的な手法が再び大統領になることによって一層保守的、かつ対外強硬派になることである。この間大統領在任期間は従来の4年から6年に延長された。今後2度大統領選挙に勝利すれば、12年間最高権力者として君臨することになる。前回の2期8年を通算すると世界の大国の指導者として20年という異例の長期間に亘って権力を掌握するわけだ。KGB出身らしく良心的な革新候補などは暗殺手段等によって抹殺し、恐怖感を植えつける手荒な手法で対立候補を葬ってしまう。更に選挙制度自体にも問題があるのではないかと考えてしまう。いくら選挙によって選ばれるにしても、投票直前までには民主主義的考えはそり落としてしまうやり方は些か常軌を逸している。これでは少々民主主義路線から逸脱しているのではないかと勘ぐってしまう。いかに選挙によって選ばれた大統領とは言え、独裁国家とあまり変わらない。実際ゴルバチョフ元大統領が懸念を示している。
 ロシアは果たして民主国家か、独裁国家か。

2011年9月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com