1817.2012年5月4日(金) ビルマは民主的改革路線を歩めるか。

 先月行われたビルマ議会の補欠選挙で、アウン・サン・スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)が圧倒的な勝利を収め、スー・チーさん自身も悠々当選した。晴れて国会議員となった彼女は議会へ登院するかと思いきや、登院を前に現行憲法を護持するとの宣誓文を読み上げることについて、「護持」を「尊重」に変えるよう要求して暫し宣誓を拒否した。スー・チーさんにしてみれば、非民主的な現行憲法を改正することを目指している以上容易に妥協できなかったわけである。しかし、その後支持者からとりあえず議員になることを勧められ、不本意ながら宣誓文を読み国会へ登院した。

 ビルマ政府への経済制裁を課している先進諸国は最近のビルマ政府の変身ぶりを見て、英米を始め制裁解除の動きを見せている。だが、議員総数のうち僅か6%程度のNLD勢力がいくら正当性を主張しても、所詮選挙で選出されない軍出身議員</B>が幅を利かせる国会では、スー・チーさんたちの声は埋没しかねない。民主化のポーズを取るティン・セイン大統領も訪日してビルマの経済開発に対する日本政府の援助取り付けに躍起になっている。一方、亡父アウン・サン将軍と親密だった関係から日本に支援者の多い、スー・チーさんも今秋来日が予定されている。経済界もビルマ経済への投資に積極的な活動を始めた。元々歴史的にも日本とのつながりが強く、親日的なビルマにおける日本企業の投資はビルマで期待され、ビルマ経済を発展させることは間違いないと思われている。かつては、諸外国の中でも心情的に最も固い絆で結ばれていたのが日緬関係だった。親密な友好関係が途切れて25年もの歳月が経つが、幸いにして仄かな復活の芽が芽生えてきたのは喜ばしいことである。

 日本政府としては、過去において返済されないままに残されていた3千億円の円借款を思い切って放棄し、改めて円借款再開に踏み切るという。財政が豊かではないわが国も随分思い切ったことをするものだと思う。もちろん反対するわけではないが、どうも結論先にありきの感が拭えない。放棄する円借款3千億円のうち、1千7百億円は向う1年間のビルマ政府の改革努力を見て決めるという。ビルマの民主化次第だが、ビルマの再生に日本が力を貸してあげられるのは、ビルマとの長くプライベートな交流史を抱える私にとっても嬉しいことではある。

 さて、昨日ニューヨークのサザビーで絵画のオークションがあり、1枚の絵画が史上最高額で落札されて大きな話題を呼んでいる。その落札額が何と約96億円というのだから驚く。その名画とはノルウェイのエドヴァルド・ムンクの作品「叫び」である。一時盗難に遭ったが、その後発見されたものである。1998年にオスロのムンク美術館で鑑賞したので、私はその作品だとばかり思っていたところ、さにあらずこの「叫び」には油絵、テンペラ画、リトグラフ、パステル画など5点があるそうである。私がムンク美術館で観たのは、その中のひとつのパステル画だった。それにしても一度観たら絶対忘れることがないほど強烈に脳裏に焼き付けられる。その点で本物を観られたというのは、幸せだと思う。

 先日プロ野球の北海道日本ハム・ファイターズの稲葉篤紀選手が史上39人目の2000本安打記録を達成した。そして、今日東京ヤクルト・スワローズの宮本慎也選手が40人目の2000本安打達成選手となった。新潟に住む二男が妻子を連れて神宮球場へその試合を観戦に行った。偶々わが家に単身居候中の長男が弟家族に合流した。朝から雨が降って試合開催が危ぶまれたが、何とか試合が行われ記念すべき宮本選手の記念的大記録を見られて息子たちは幸運だったと思う。

2012年5月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1816.2012年5月3日(木) 米中間に新たな外交問題の火種

 今日は憲法記念日である。民放はいざ知らず、流石にNHK・BSは真面目に現行憲法以前の大日本帝国憲法の誕生秘話を専門家による座談会形式で、映像を交えて分かりやすく伝えていた。帝国憲法制定につき、伊藤博文が国家と国民のあるべき姿、つまり義務と権利をどう憲法に採り入れるべきかという点に腐心した経緯と背景を克明に映していた。旧憲法誕生の裏面史を改めて知った。

 今日も朝から激しい雨が降り続く中を母校・湘南高校へ出かけた。県立静岡高校ラグビー部が練習試合のためバスを仕立ててやって来た。前日からの降雨でグランド・コンディションを心配したが、予定通り試合を行うと連絡があったので車ででかけた。

 試合は31-12(トライ数5-2)で昨年負けたリベンジを果たした。悪コンディションにも拘わらず、幸い選手たちにも大した怪我もなく練習試合、親善試合としての役目は果たせたと思う。その後校内セミナーハウスで開かれた両校関係者参加のファンクションでレフェリーを務めてくれた相田真治氏の話を聞いた。相田さんは高校生にラグビー、ラグビーのルールを知ってもらおうとの気持ちで笛を吹いたと言っておられた。それが一時退場だったり、アドヴァンテージをしっかり見届けるレフェリングだと仰っておられた。高校生にも参考になる話だったと思う。

 相田さんは、これまで日本ラグビー界のトップ・レフェリーだったが、若手育成の立場から51歳になったのを機会に昨年度限りでA級国際試合では笛を吹くことを退いたという。今年の日本選手権準決勝で最後の試合のノーサイド後に両軍フィフティーンから胴上げされたというから、選手からもレフェリングを信頼されていたのだ。その他にも創立130年という伝統校・静岡高の先生からも、同校校歌の裏話など有意義な話を伺った。高校生のこういう交流は我々の時代にはなかったが、昨今は私立校のみならず、公立校でも校外でのいろいろな交流を広げている。羨ましい限りである。多感な高校生たちにとって、こういう機会は貴重な経験になると思う。ラグビー部OB会としても陰ながら支援していければ良いと思う。

 さて、先月末中国の盲目の人権活動家・陳光誠氏が軟禁されていた山東省の実家から脱出し、北京のアメリカ大使館に駆け込み身柄を保護されたニュースが世間の注目を集めた。何でも陳氏が一人っ子政策によって生まれた二人目の子どもを中国は強制的に妊娠中絶させていると再三告発したことから、中国政府の監視が厳しくなり故郷を逃げ出した。いずれにせよ米中両国にとって外交上の難しい問題になるのは必至と見られているが、敢えてアメリカは中国の非民主化、反人権政策を国際社会で糾弾するためにも、中国から非難を浴びせられるのを承知のうえで陳氏に救済の手を差し伸べたように見えた。

 それが、昨日陳氏が米大使に付き添われ北京市内の病院へ入院した辺りから様子がおかしくなった。米中政府間で充分話し合った末に妥協が成立してそうなったと見られていた。陳氏はアメリカへの亡命を申し出ず、家族と中国に留まることを望んだと伝えられた。だが、その両国の公式ステートメントにはどこか奥歯に物が挟まっているような印象を受けた。両国とも問題の解決を急ぎ過ぎていると受け取られている。

 案の定陳氏が病院でアメリカ人記者団に自分は家族とともにアメリカへ亡命したいともらしたのだ。米大使館を追い出されるように入院させられた陳氏は、アメリカの対応に失望したとも述べた。これによって事態がこじれる恐れが出てきた。今日米中戦略・経済対話が開かれたが、早くもこの問題で両国首脳の応酬が始まった。現時点では陳氏を救った形のアメリカが逆に陳氏を欺いたとの報道がなされている。米中両国はこの問題にどう決着をつけるつもりなのか?

2012年5月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1815.2012年5月2日(水) ベオグラードの山崎洋さんと再会

 天候が昨日から崩れてきたが、今日は降り出した雨が時間の経過とともに本降りになってきた。その中を渋谷「ハチ公」前でベオグラードから一時帰国中の山崎洋さんと待ち合わせ、そのまま地下鉄半蔵門線で神田神保町の出版ニュース社へ向かう。アポを取っていただいた同社清田義昭社長にお会いして、山崎さんが日本語に共訳した、セルビアの叙情詩人ニェゴシュの「山の花環」と「小宇宙の光」の日本語文庫本出版について、清田社長の出版へ向けた戦略とお考えを伺い、同書出版に関してご協力をお願いした。山崎さんとしては作品自体がセルビアでは国民誰でもが知っている国民的英雄の著作なので、日本の出版社もそれなりの大手有名出版社を望んでいる。感触としては、まず岩波書店に、そして中公文庫に話をつないでもらうことになった。希望通り話が進行すれば、御の字である。清田社長には無理なお願いをしたが、快く引き受けていただきありがたいと思っている。吉報を待ちたい。

 その後ゼミの赤松さんを呼び出して銀座「ライオン」で会食をする。3月にベオグラードでコンサートを行うに当たって事前にヴァイオリニスト豊嶋めぐみさんに、演奏曲「慶應義塾塾歌」の楽譜とテープを提供してくれたのが赤松さんだ。幸いコンサートは盛況だったという。赤松さんは亡くなられた芸大出の母上を始めとして音楽を趣味としている音楽一家で、クラシック曲ばかりでなく他のジャンルすべてに精通している。

 3人で思いつくまま自由に話をして実に気分の良い一日だった。

 さて、来月ヨルダンへ行くことを決めた。もともと今年中に訪れたいと思っていた。実に45年ぶりである。観光地としては世界遺産ぺトラ遺跡があるが、どちらかというとヨルダンは特殊な国であり、昔と比べて少しは治安が安定してきたとは言え、今も北隣のシリアが内戦状態にあり治安は完全に安心できる状態とは言えない。それでも今度はパレスチナ紛争の相手国イスラエルもちょっと覗いて来てみたいと思っている。以前からパレスチナ問題を考える時、アラブ諸国側からばかり見るのではなく、対峙国側からの視点も必要だとは思っていた。その点で今回の旅行は良いチャンスだと考えている。やはり45年ぶりにかつて戒厳令下の国で身柄拘束された都市を再び訪れるというのは興奮するし、緊張もする。ヨルダンはどう変わっただろうか。或いは変わってはいないだろうか。楽しみである。

2012年5月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1814.2012年5月1日(火) 高速バスの安全管理に手を拱いている役所

 一昨日深夜群馬県藤岡市の関越自動車道と信越自動車道の分岐点辺りで、観光バスが壁面に激突し、防音壁を車体がノコギリを引くような形で破壊し、7名もの死者を出し、その他の乗客全員が重軽傷を負う悲惨な事故を起こした。

 かつてバスを手配して旅行を企画した立場から感じることは、随分ツアーバスが増えたということである。昔は請負団体旅行のためにバスを手配したが、今では単なる輸送のためのバス手配が主流を占めているようだ。交通費としても航空機、鉄道に比べて安く、利用者は年々増えている。

 最近では僅か数年間で利用者数が230倍に増えたというから驚く。その利便性、低価格に影響され、当然歪も生まれ、それが今回の事故のような形につながるケースが多い。とにかくツアーを企画する旅行会社がバス会社に仕入値段をたたく。バス会社はコストダウンのため、無理な運行を行うようになる。それが今回問題になっている、深夜バスの運転手が一人か二人かという問題である。この事故では途中休憩を取りながら深夜金沢から東京ディズニーランドまでたった一人のドライバーが運転してくる予定だった。

 今日になってその無謀とも云える手配ぶりが問題になった。谷本石川県知事も、夜行バスの運転手が670km以内なら違法ではないというのは何を根拠にしているかと問うている。流石に総務省も是正するよう発言したが、本家の国土交通省は、いくらルールを決めても守られない規則を作っても無駄だというような発言をしている。国交省は安全のための規則なんか決めなくても良いと考えているのだろうか。常識的に考えても一人の運転手が深夜に東京から青森まで670kmを走行するといのはちょっと無理ではないか。

 監督官庁のお役所がこんな感覚で行政をやっているのだから、事故がなくなる筈もない。途上国辺りでは、しばしばバス車両や道路状況などハード面の不備により事故につながる恐れを感じることが多いが、わが国の場合ではむしろソフト面の不具合で大きな事故を呼び込む可能性が高い。

一度国交省のお役人に自家用車でもよいから、深夜一人で東京から青森までドライブして感想を聞いてみたらどうだろうか。

2012年5月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1813.2012年4月30日(月) プラハの思い出いろいろ

 先日ある知人からショパンのBGM入りスライド画像を送ってもらった。GWとX’mas前後になると毎年楽しいスライドを送ってもらっているが、中々の佳作が多く観ていると心が和らぐ。今年のGWにもいくつか見ごたえのあるスライドを送ってもらったが、その中で「冬のプラハ」が中々気に入っている。これを早速友人らに転送したところ、殊のほか喜んでくれた。高校ラグビー部の仲間、大島くんからは友人たちに送ったと言って、その友人らのコメントまで伝えてくれた。

 「百塔の街」と呼ばれるプラハには、6月、8月、10月、1月と大体春夏秋冬訪れているが、それぞれの季節に季節感が感じられ、それが伝統と文化の色濃い歴史的な街の雰囲気とオーバーラップして、独特の中世的ムードを漂わせている。ヨーロッパでは私の最も好きな都市のひとつである。

 友人たちのコメントのひとつに、BGMにはショパンのピアノ曲より、地元チェコの英雄・スメタナの「モルダウ」の方が良いのではとの声もあった。しかし、私なりの考えでは、冬のプラハのイメージとしては「モルダウ」はあまりフィットしていない。むしろ「モルダウ」は、春の曲のように思うとお応えしておいた。生意気なようだが、それでも皆さんに楽しんでいただいたように思う。

 そのプラハのスライドに関して今日小中陽太郎さんからメールをいただいた。素晴らしいの一言とともに、ハベルと飲んだよとのメッセージが書かれていた。確かに小中さんは、ビロード革命により社会主義国家チェコスロバキア連邦の最後の大統領で、チェコ共和国の初代大統領にもなったハベル氏と体制崩壊後最初に会った日本人のひとりである。ハベル大統領も詩人だったから、胸襟を開き、ともに飲んだと知り、ほのぼのとした気分になった。あのハベル大統領も昨年12月に亡くなった。

 今大学ゼミの恩師の追悼文集を作成中であるが、拙稿では会社への辞表提出とそれを恩師に伝えた直後に「プラハの春」が勃発して、計画していたプラハへの留学が挫折したストーリーを書いた。初めてチェコへ行った時も航空機の故障で予定が大きく変わり、プラハ市内の学校訪問が中止になった忌まわしい思い出がある。良きにつけ、悪しきにつけ、プラハは印象に残る都市である。

 また、いつか訪れてみたい。

2012年4月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1812.2012年4月29日(日) JN協会の須田寛さんに旭日大綬章

 今日は祭日「緑の日」であるが、かつての昭和天皇誕生日である。恒例により今日の朝刊に春の受勲者の名簿が発表されていたが、その最高の栄誉である旭日大綬章を受賞された4人の中に、わがNPO法人「JAPAN NOW観光情報協会」の副理事長であり、初代JR東海社長で現顧問の須田寛さんが名を連ねておられた。JN協会としても大変名誉なことであり、須田さんを知るひとりとして大変嬉しく思っている。

 須田さんは私自身も理事を務めている「JAPAN NOW観光情報協会」の活動に献身的に貢献され、セミナーともなれば一年中東奔西走して講師を務められ、協会のためにご自分のお年を厭わず精力的に活動され、著名人であるにも拘わらず偉ぶらずソフトに対応される温厚な紳士である。81歳のご高齢にも拘らず、お声がかかればどこへでも出かけられるエネルギッシュな行動力には常日頃から敬服している。その須田さんが天皇陛下から直々に勲章を授かるとはご本人はもちろん、須田さんを知る人すべてにとってもこれほど誇らしいことはない。これも偏に常日頃から私心なく、観光業発展のために献身的に貢献されておられるご活躍ぶりを国から高く評価されたということだと思う。心より須田さんの受賞をお喜びしたい。

 一昨年JN協会が会員の共同執筆で観光書「そこが知りたい 観光・都市・環境」を発行することになり、私は執筆者のひとりとして観光編を須田さんと共同執筆して、本書全体の1/3ほど書いたが、出版社を紹介してくれたのも須田さんであり、何くれとなくアドバイスをいただいたことも忘れられない。須田さんの益々のご活躍を祈ってやまない。

 なお、旭日小綬章の受章者の中に女優の岩下志麻さんがおられた。彼女の父上で、劇団俳優だった野々村一雄氏と亡父が高等学校の同級生だったというのも何かのご縁か。なおさらに言えば、岩下さんの夫、映画監督・篠田正浩氏の最後の作品「スパイ・ゾルゲ」に出てくるゾルゲの仲間、ブランコ・ド・ブーケリッチの遺児で、現在ベオグラードより一時帰国中の山崎洋さんに来週会うのもご縁だろうか。

 篠田氏には、小田実没後1周年に明治大学で開かれた小田実追悼講演会でお会いした際、同映画で山崎さんの母・山崎淑子さん(つまりブーケリッチ氏未亡人)が初めてブーケリッチに会った時着ていた服装について、映画では和装になっていたが、実際は洋装だったと山崎さんから直接聞いた事実を伝えた。すでに、それ以前に小中陽太郎さんを通して篠田氏に尋ねたところ、篠田氏は事実はそうであろうと思ったが、そこは衣装担当のデザイナー森英恵さんの強い意向を汲んで洋装に決めたと篠田氏の考えは伺っていた。

 その辺りの事情については拙稿「ある女性の波乱の生涯」を参考にされたとWikipediaの「スパイ・ゾルゲ」項目に紹介されている。

 いずれにせよ、どんな事象、ハプニングでも案外連鎖的につながっていくから面白い。

 来月JN協会の定期総会で須田さんにお会いした時、お祝いの気持ちをお伝えしようと思っている。

2012年4月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1811.2012年4月28日(土) セザンヌ展を鑑賞する。

 開館5周年記念の催しに六本木の国立新美術館で、フロアは違うが「セザンヌ展」と「エルミタージュ展」の二つの美術展が開かれている。今日妻と前者の「セザンヌ展」を鑑賞に出かけた。

 ポール・セザンヌと言えば、学校では「静物画の巨匠」と習ったが、モネ、ルノワールら印象派後の画家として風景画や人物画を見ることも多い。風景画の中では、「サント・ヴィクトワール山」の連作がつとに知られている。

 1982年10月文部省派遣茨城県教員海外視察団の添乗員として同行し、セザンヌの故郷・エックス・アン・プロヴァンスに4日間滞在して教育施設、学校を訪問した折に、エックスが生んだ巨人であるセザンヌや、彼が描いたサント・ヴィクトワール山について散々自慢話を話し聞かされ、マロニエ並木の美しいエックスからキャンバスに描かれた独特の山容である名山を遠望して、しばしセザンヌを偲んだものだ。

 今日久しぶりに名画の幾点かを楽しんだが、現在この種の企画は斬新な仕掛けやアイディアが施され、割合気軽に楽しむことができる。ただ、70点ばかりあった作品は効率的に配置されてはいたが、作品に対する照明の当てかたがやや強すぎるのか画が一部に光って見え、鑑賞する立場からはちょっとまぶしいような気がした。その点では幾分見にくい点もあった。このセザンヌ展は3月から6月まで開催されているが、同時開催のエルミタージュ展は4月から7月まで観られるようなので、いずれまた訪れてエルミタージュ展も観てみたいと思っている。

 さて、今朝ベオグラードの山崎さんから電話があった。25日に一時帰国して滞在先からの電話だった。来月2日に一緒に出版ニュース社の清田義昭社長を訪れることを確認した。セルビアの抒情詩人ニゴシェについて彼が共訳書として現地で出版した立派な書物の文庫本版の出版打ち合わせだが、果たして引き受けてくれる出版社が見つかるかどうか現時点ではまだ分かっていない。少しでも力になれて日本でも彼が望む文庫本で出版されたら、これに勝る喜びはない。今度の訪日では東北地方を訪問してからご両親の墓参をすると話していた。出版の話が順調にいってご両親の供養になれば申し分ないのだが・・・。

2012年4月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1810.2012年4月27日(金) 現代若者に一言言いたい。

 去る23日京都府亀岡市内で登校途中の児童の列に、無免許運転の18歳の少年の車が突っ込み保護者と児童を死亡させる悲惨な事故が起きた。その後の警察の対応を巡って遺族が抗議する事態になった。教育委員会、学校、そして地元警察が集団登校の是非、安全通行路の確保について漸く検討を始めた。

 そんな最中に今朝千葉県館山市内で、またまた登校中の小学生がバス停へ突っ込んで来た車にはねられ亡くなった。そして死亡事故にはならなかったが、愛知県豊橋市でも今日二人の小学生が車によって押しつぶされた。いずれも運転していたのは20歳と24歳の加害者意識の薄い若者である。

 流石に川端文科相も全国の教育委員会へ児童の安全な登下校を確保するよう通達を出した。

 それにしても降ってわいたように小学生の集団通学の列へ無謀に突っ込む事故を連鎖的に引き起こす愁嘆場は些か異常であり、これは偶然とばかりも言っていられない。

 ここには現代の病弊が見られる。あの通学路を見れば危険だと分かりそうなものなのに、学校も教育委員会もまったく児童の安全に気を配らなかった。警察にしても然りである。まったく他人事と見ているようだ。加害者である運転手にしてみると、安全運転の感覚がまったくなく、無免許、居眠り、ぼんやり運転、近道通行、そしてスピード違反もあったのではないか。それよりも何と言っても運転手個人の人間性とか、交通道徳意識欠如が大きいと思う。そして、他人のことをかまわない現代若者気質が事故の遠因ではないかと推察している。他人を配慮する気持ちがなくなっていることは、歩行者のことも考えなくなっていることにつながると思う。

 例えば、電車内のシルバーシートの若者の占拠状態を見れば、大体分かる。座席が空いていれば、われ先勝ちにシルバーシートに突進し、座席を確保するや漫画を読むか、携帯をいじくっている。そして居眠りである。自分よりシニアの乗客に座席を譲ろうとの気持ちはさらさらない。根底に世間が相対的に若者に甘いということが云える。もっと若者に厳しい注文をつけ、教育的な態度でしつけ、社会奉仕を求めることを小学生の頃から教え込まなければこの風潮は直らないと思う。

 私なりに若者に対してひとつだけ注文をつけておこう。電車内のシルバーシート周辺の目立つ場所に、「65歳以下のお客様はこの座席に座らないでください」のステッカーを貼ってはっきりダメということを言ってやることである。そうでもしなければ、現代若者は社会の常識も掟も何も分からないのだ。

2012年4月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1809.2012年4月26日(木) 要注意!小沢一郎元代表の行動と橋下徹大阪市長の本心

 今日は有力政治家を被告人とする裁判として、ロッキード事件の田中角栄被告に次ぐほど世間の関心を集め、強制起訴されていた民主党小沢一郎元代表に対する政治資金規正法違反の判決公判が行われた。検察審査会という民意が政権与党の実力者を起訴に持ち込んだ極めて異例の裁判で、無罪判決が下された。この無罪判決によって小沢派の国会議員たちは涙を流し握手して小沢氏の復権であると無邪気にはしゃいでいる。早くも党員資格停止処分を解除すると息巻いているが、国会議員としての立場をよく考え短絡的な行動は慎んでもらいたい。第一にこの無罪判決だって疑問だらけである。小沢氏が秘書らと共謀しなかったという点が証明されなかっただけであり、土地購入代金4億円の出所の不透明さや、虚偽を記載していたことは事実であり、そのプロセスは限りなく黒に近い灰色である。しかも現在政治状況が停滞している渦中で、小沢氏の復権を目論み小沢派内の結束を固めるための相談ごとなんかやっている場合だろうか、よくよく考えて行動してもらわなければ困る。

 この裁判では3つの争点があった。①報告書の虚偽記載、②共謀、③起訴の有効性、である。裁判所は虚偽記載を認め、共謀があったことは認めなかった。起訴は有効とも判断した。検察官役を務めた指定弁護人は、裁判長の判決文の朗読の中で、九分九厘有罪だと信じて疑っていなかったらしい。それが思いもよらず無罪となった。この裁判はなにやら分かりにくいが、小沢氏に無罪判決が下されたにしても、依然として小沢氏の行った行為は完全にシロとは信じがたい。説明責任も果たしているとは言えないと思う。これまでの小沢氏の行動で疑惑を自ら晴らすような行動がまったくなかったからである。これまでもだんまり作戦を続けて、自らの身の潔白について公に説明したことがない。それより何より国会議員としての倫理感はどうなのか極めて疑わしい。国民として小沢氏の言動は信用できない。当分この判決は話題になるだろう。

 野党の攻勢も激しくなるのは当然としても、民主党内でも野田首相の消費税値上げ法案提出に反対する勢力が勢いを増し、下手をすると国会審議がストップしかねない。また、今後検察側がこの問題にどう向き合い解決策を探っていくのかも注目していきたい。

 さて、先日来福井県大飯原発の再稼動が大きな関心事となっているが、「ブレる」政治家として枝野幸男経産相が再稼動を前提に精力的に動き回っていることが話題を呼んでいる。これに対して地元民の声として、安全性の確認を訴え、再稼動は拙速に過ぎると異を唱えていた山田京都府知事、嘉田滋賀県知事らと歩調を合わせていた、橋下大阪市長が今日の読売新聞でおかしなことを言い出した。原発を再稼動しなくても今夏の電力需要を乗り切れるかどうかは関西府県民の努力次第で、仮に厳しいライフスタイルの変更が受け入れられないなら再稼動は仕方がないというような、判断を住民に下駄を預けるような言い回しに切り替えた。確かに橋下市長は完全な脱原発論者ではなかったと思う。しかし、再稼動に反対する姿勢を示しながら世論を取り込み、国や電力会社に原発再稼動について慎重に検討するよう求めてきた。それが、自分の意思に関係なく住民が決めるべきことであるとその発言はトーンダウンし、君子豹変と受け取られてもやむを得ない中途半端なものだ。

 橋下市長の行動原理にはどうも市民の腹の内を測りながら、自分に都合の良い方向へ話を持っていこうとする狡さがある。一種のアジテーターの手法である。まだ、本心は測りかねるが、見出しに騙されてはいけない。市長の考えの中身をよく調べて彼の考えに賛同するのかそうでないのか、熟慮して決めないとどんでん返しを食う恐れがあると感じた。またひとり「ブレる」政治家首長の誕生か?

2012年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1808.2012年4月25日(水) 近くに活断層、身の回りは危険だらけ

 今日北朝鮮の朝鮮人民軍が創建80年の記念日を迎えた。例によって自分たちの権利の主張、そして北朝鮮に対する(彼らの一方的な言い分だが)誹謗、中傷に対して戦慄的反撃を国際社会に向かって声高らかに宣言し、虚勢的な軍事パレードを行った。その一方で国民は益々貧困に追い込まれ将来の希望が持てなくなっている。いつまでこんな虚勢を張り続けたまま国家としてやって行く積もりなのだろうか。手前勝手な国家戦略で指導部に振り回される北朝鮮国民が気の毒でならない。

 一方、国内ではJR西日本の福知山線列車脱線事故からちょうど7年を迎えた。100名以上の死者を出した大事故を起こし、会社として安全対策は万全になったかと思いきや、今でも時々速度超過違反を冒す列車があるらしい。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のか、無神経な運転士がいるのか。車による事故も増えている。ここ数日で京都市内と京都府亀岡市内で無茶な運転による悲惨な死亡事故が連続して起きている。自然災害による事故ならともかく、人為的で無軌道な行為にはやりきれない思いがする。 

 さて、朝日朝刊の第一面を見て驚いた。「敦賀原発直下 活断層か」とある。地震に襲われる可能性が原発のすぐ近くにあるという可能性が指摘されたのである。もしその可能性が高まれば恐らく廃炉だろう。これまでにも原発立地近くに断層の可能性と危険性が言われ、調査もされていたようである。だが、これまでその種の調査はおざなりだったのだろう。今度の調査で敦賀原発1号機と2号機の近くに断層が通っていることが明らかになりそうだ。福島原発の事故の影響で慎重に調査された結果、このような可能性が明らかになった。万が一福島原発事故なかりせば、原発周辺は調査もなされず危険がいっぱいだった恐れがある。何が救いとなるか分からないが、まったく安心して眠れない危険な世の中になったものだ。その中であと何年生きられるか分からないが、生命の危険なぞ感じないで生きていきたいものだ。ちょっと憂鬱である。

 今日北朝鮮の朝鮮人民軍が創建80年の記念日を迎えた。例によって自分たちの権利の主張、そして北朝鮮に対する(彼らの一方的な言い分だが)誹謗、中傷に対して戦慄的反撃を国際社会に向かって声高らかに宣言し、虚勢的な軍事パレードを行った。その一方で国民は益々貧困に追い込まれ将来の希望が持てなくなっている。いつまでこんな虚勢を張り続けたまま国家としてやって行く積もりなのだろうか。手前勝手な国家戦略で指導部に振り回される北朝鮮国民が気の毒でならない。

 一方、国内ではJR西日本の福知山線列車脱線事故からちょうど7年を迎えた。100名以上の死者を出した大事故を起こし、会社として安全対策は万全になったかと思いきや、今でも時々速度超過違反を冒す列車があるらしい。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のか、無神経な運転士がいるのか。車による事故も増えている。ここ数日で京都市内と京都府亀岡市内で無茶な運転による悲惨な死亡事故が連続して起きている。自然災害による事故ならともかく、人為的で無軌道な行為にはやりきれない思いがする。 

 さて、朝日朝刊の第一面を見て驚いた。「敦賀原発直下 活断層か」とある。地震に襲われる可能性が原発のすぐ近くにあるという可能性が指摘されたのである。もしその可能性が高まれば恐らく廃炉だろう。これまでにも原発立地近くに断層の可能性と危険性が言われ、調査もされていたようである。だが、これまでその種の調査はおざなりだったのだろう。今度の調査で敦賀原発1号機と2号機の近くに断層が通っていることが明らかになりそうだ。福島原発の事故の影響で慎重に調査された結果、このような可能性が明らかになった。万が一福島原発事故なかりせば、原発周辺は調査もなされず危険がいっぱいだった恐れがある。何が救いとなるか分からないが、まったく安心して眠れない危険な世の中になったものだ。その中であと何年生きられるか分からないが、生命の危険なぞ感じないで生きていきたいものだ。ちょっと憂鬱である。

2012年4月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com