2204.2013年5月26日(日) 死海を懐かしみチャスラフスカさんを想う。

 大相撲夏場所は今日千秋楽となったが、相変わらず横綱白鵬の強さが群を抜いて、25回目の優勝を春場所に続く10回目の全勝で飾った。最後三役の取り組みの前に控えに構えていた大関稀勢の里の直ぐ背後に、何と森喜朗元首相が座っているではないか。先の火曜日にトラック島取材旅行の件で事務所に電話した時には海外出張中と言っておられたので、恐らく帰国したばかりなのだろう。来月初めにはまたアフリカへお出かけと聞いているので、国会議員を辞められても中々お忙しそうだ。そのトラック島旅行について今日大酋長の娘、ナンシーさんに旅程と依頼事項を書き送ったところだ。

 さて、今朝の日経紙に気になる2つのトピックスが掲載されていた。ひとつは、「縮む死海・悩む観光」との見出しで、中見出しには「毎年1~1.5㍍水位低下、海水注入案も」、「周辺国、対立超え連携なるか」と深刻な事情を取り上げている。昨年6月に死海を訪れ、塩水の中に身体を浸かって浮遊体験をしたが、確かに不思議な体験でそれはあまり味わえない得がたいものだった。実際に体験してみないとこういう不思議な感覚は中々分らないと思う。その時現地で死海は形が少しずつ変わっていると聞いた。記事によれば、かつては1つの湖だったものが、今では2つに分離しかけているという。元々海抜が-420㍍と地球上で最も低い場所にある湖で、降雨量が少なくその水分が蒸発するため塩分濃度は30%と言われている。

 今では死海の水位は年々1~1.5㍍も低下して過去20年間に25㍍以上も低下した。死海の恩恵により周辺は観光地として潤ってきたが、今や必ずしもその恩恵に浴さなくなった。沿岸のホテルが水位低下のため沿岸とは程遠くなり、宿泊客に死海に接してもらうために無料バスで沿岸までお客を運んでいるようなケースもある。

 その原因として自然現象の他に、企業が沿岸に工場を建て取水量を増やしたことが水位低下に拍車をかけた。とても観光業界だけの努力ではこの逼迫した事態を解決できるはずもなく、両岸のイスラエル、ヨルダン両国による根本的な死海救済対策が急がれている。

 もうひとつのトピックは、「ひと言の余韻」という連載エッセイでノンフィクション作家の後藤正治氏が「節義のために」と題して書いた、チェコの名花と言われたベラ・チャスラフスカさんの近況である。東京、メキシコ両オリンピックで体操女子総合優勝を飾ったベラさんは日本人の間に人気が高く、大会でも大きな話題をさらった。実力はもちろん、美人でスタイルが良く、笑顔が良かったことが人気の秘密だったが、オリンピック直後に男子400㍍の代表選手だったオドロジル氏と結婚して話題となった。その後ベラさんは、1968年の「プラハの春」事件で「2千語宣言」に署名して自らの信念を貫き、ソ連支配の当時の共産党体制に抵抗したことにより、以後不遇を囲った。私自身この「プラハの春」で、当時のチェコ・スロバキアへの留学を諦めざるを得なくなった苦い思い出がある。その後4回ばかりチェコを訪れたが、留学断念の哀しいメモリーと、プラハの美しい風景と雰囲気は格別印象に残っている。

 後藤氏のエッセイでは信念の人としてベラさんを描いているが、その後別れた夫が酒場で息子ともみ合った末に息子に突き倒され死亡するという悲劇が襲い、ベラさんは鬱病となり長らく療養所暮らしを送っていた。この衝撃的な息子の元夫殺害事件は初めて知った。ベラさんがプラハ市内の一等地にボヘミアン・グラス店を経営していた時に、私も店内へ入ってみたが会えなかった。

 東京オリンピックから随分時間が経ったが、ベラさんの素敵な笑顔と容姿は今でも多くの日本人の心に焼き付いていると思う。人生に紆余曲折はつきものだが、前半生が華やかな人だっただけ、また信念の人であっただけに、お気の毒で仕方がない。

 スメタナの名曲「モルダウ」のイメージがぴったりの、プラハを流れるモルダウ川から見るプラハ城の景観がまぶしい百塔の街を思い浮かべながら、かつてのヒロイン、ベラ・チャスラフスカさんの回復を心よりお祈りしたい。

2013年5月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2203.2013年5月25日(土) 橋下発言のおとしどころは?

 橋下徹「日本維新の会」共同代表が頑なに放言を撤回しないと強気の姿勢を押し通していたが、ついにアメリカとアメリカ人に謝罪し、発言を撤回すると述べた。つまり沖縄米軍司令官に風俗業活用を働きかけたとの非常識な発言を撤回し、米軍と米国民にお詫びすると釈明したのである。だが、一方で肝心な従軍慰安婦発言については撤回する意思がなく、相変わらず「戦場の性の問題をタブー視していたら女性の人権は守られない」とピントのボケた持論を展開している。

 ところで、今日小中陽太郎さんの「翔べよ 源内」の最終講義終了後、懇親会で「降る雪や明治は遠くなりにけり」で知られる俳人・中村草田男の娘さん、中村弓子・前御茶ノ水女子大教授と話した折りに、彼女が橋下発言を厳しく批判し、昨日二人の韓国人元従軍慰安婦の橋下氏との会見ドタキャンについて、会見が橋下氏の政治的立場を結果的に有利に導くことになりかねないので、反ってキャンセルは良かったと言われた。更にこの騒動で憲法改正の動きが頓挫して改正が難しくなるのではないかと喜んでおられた。まだまだ憲法問題に決着がついたわけではなく、また自民党や「日本維新の会」もそう簡単には諦めるとは思えないが、着々と準備を進めつつあった運動がトーンダウンすることは思いがけない福音だ。

 今日もう1人具体的な話を交わしたのは、アジアを歩いてドキュメントを書き、著書「ビルマとミャンマーのあいだ」をいただいたことがある瀬川正仁さんだ。NHK・BS旅番組取材のために瀬川さんが近々ミクロネシアへ取材に出かけ、トラック島にも行かれるという話だったので、私がトラック島から帰ってから情報を提供することを約束した。

 さて、橋下発言撤回のニュースにやれやれと思っていたところ、今日の日経夕刊に「米軍で性暴力深刻」との記事が掲載された。橋下もひどいが、アメリカも偉そうなことを言っている割に、やっていることはろくなものじゃない。これでは橋下発言を世間に認めさせ、ただ勢いづかせるだけではないのか。米軍も綱紀粛正に取り組む必要がある。

 こうなると何ともはや、情けないというより、本音と建前の使い分けなんて奇妙な考えが浮かび上がってこないとも限らない。

2013年5月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2202.2013年5月24日(金) 明るいニュースと暗いニュース

 昨日は大きなニュースが3つあった。一つは三浦雄一郎さんの世界最高齢エベレスト登頂の快挙であり、二つ目は株価の大幅下落であり、3つ目は韓国「中央日報」の「原爆投下は神による懲罰であり、人間の復讐」の傲慢な社説と考えている。

 最初のトピックスについてはメディアを挙げてお祝いと感動の報道で心温まるものがある。若干気になるのは、今まで世界最高齢のエベレスト登頂者だった81歳のネパール人登山家が、この機に再び三浦さんの最高齢登頂者記録を塗り替えるべく来週にもエベレスト登頂へチャレンジするというニュースである。これで気になるのは、やるなら早くトライしないとモンスーン期に入り、天候が荒れ遭難の危険が高まるのではないかとの心配と、これが記録作りのためのエベレスト登山となって本来の登山の意義が失われる恐れが生じることである。人命がかかるだけに、あまり登山競走のようなことはやってもらいたくないというのが正直な気持ちである。

 2つ目のニュースの日経平均株価の下落は、むしろ暴落とも呼べるほど大幅な値下がりとなった。何と前日に比べて1143円も値を下げ、その下げ幅の大きさでは13年ぶりというから尋常ではない。昨年12月以来異常な上昇カーブを描いて株価は上がり続けていた。その原因として、アベノミクスの反動、長期金利の値上がり、コンピューターによる自動売買、そして最も大きな影響を与えた原因と言われているのが、中国の景気動向だと言われている。かつては、中国の景気が株価に即座に反映するなどということなぞとても考えられなかった。それほど現代では中国の影響力が世界的に大きくなっているということだろう。そして、今日市場では大きく上昇、反落を繰り返した末に、再び株価が上昇へ転じた。

 3つ目は韓国紙社説の日本を誹謗する主張である。「中央日報」と言えば、韓国の大手新聞でその影響は無視できない。同社説は原爆投下のみならず、第2次大戦中の連合軍のドイツ・ドレスデンへの空襲も神による懲罰と言っている。当然日本、そして被爆地の広島、長崎からは抗議と疑問の声が相次いでいる。広島や長崎への原爆投下による被災は何があっても擁護されるべき悲劇である。それをこともあろうに、被災者の傷に塩をすり込むような非人道的な主張をするのは、いかに日本に占領されて虐げられた過去があろうとも絶対許されることではない。

 だが、やや心配していたことが現実になったとの思いがないことはない。橋下徹・「日本維新の会」共同代表の慰安婦必要論が、韓国人慰安婦が日本人軍人に利用されたと慙愧の念に駆られている韓国人にとって、極めて理不尽で傲慢だと受け取られるのではないかと心配していたからである。それが現実になったということなのかも知れない。実際橋下氏の発言は、韓国人のみならず日本人を含む世界中の人々にとっても容認し難いものである。現実に国際人権団体アムネスティ・インターナショナルなど20カ国の68団体が共同で抗議声明を出した。相変わらず橋下氏は反省や撤回を行わず、ただ持論の正しさを訴えているだけで、これに対して世論の橋下氏への批判は衰える気配がない。こうした抗議に対して橋下氏は真摯に応えるべきである。さもなければ、橋下氏は政治家として不適格者であると天下に示しているようなもので、即刻政治の世界から身を退くべきであろう。

 こういう橋下発言という下地があって、「中央日報」の原爆被災者を傷つける社説となったと思う。しかし、「中央日報」も内容が不適切と感じるなら記事を訂正すべきであろう。それを反省の言葉を一言も表さず一記者の個人的な見解と葬り去るようでは、記者と一蓮托生と見られても仕方がないのではないか。

2013年5月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2201.2013年5月23日(木) 祝!80歳の三浦雄一郎さん、世界最高齢でエベレスト登頂

 待ちに待った朗報が届いた。今年80歳になるプロスキーヤーの三浦雄一郎さんが世界最高齢でエベレスト登頂に成功した。大したものである。いくら若く元気な登山者であっても世界最高峰のエベレスト登頂ともなると、そう簡単にできるものではない。それが三浦さんは、日本人男性の平均寿命をも超える80歳にしてこの快挙である。三浦さんは事前にトレーニング方法などもメディアに公開していた。70歳の時の総合体力年齢は39.6歳だったし、80歳になって骨密度が20代と測定されたという。70歳でエベレスト初登頂の時、すでに世界最高齢と言われ、75歳で2度目の登頂に成功した時には、その前日76歳のネパール人が世界最高齢で登頂したために三浦さんの記録は破られ、密かに今日を期していたのではないだろうかとつい余計な詮索をしてしまう。それにしても凄いと思う。

 私自身学生時代から結婚するまでの約10年間はかなり登山に熱中して、幸い良く知られた山々や高山にも登ることができた。頂上を極めるためには途中で一瞬たりとも手を抜くことが許されないことを身に沁みて知ったのも実際に登山をやったお蔭である。また、海外で高い山の近くに行くと、どういうルートで登ったら効率的に登れるかと漠然と考えることも大きな楽しみだった。登山は奥が深いとつくづく感じているところだ。

 残念ながら6,7年前ぐらいから膝を痛めて、今もリハビリ中のため登山とは縁遠くなってしまったので、元気に登山に夢中になっていた時代が懐かしい。それにしても三浦さんのタフネスぶりには脱帽である。日頃からたゆまざる努力を傾注して健康管理を怠らず、節制して、前向きな気持ちを持ち続けるチャレンジ精神には、ただ敬服するばかりである。息子の豪太さんを始めとする家族やスタッフの協力とチームワークもこの登頂を支える大きな陰の力になった。

 先般国民栄誉賞を受賞された、あの長嶋茂雄さんが現在77歳であることを思えば、80歳でなお前人未到の活動を続けて多くの人々に感動を与えている三浦さんにはもちろん国民栄誉賞を差し上げて欲しいと思うし、それは当然だと思う。

 日経夕刊ではこう言っている。「今回のテーマである究極の抗加齢への挑戦において、人類史に一つの『希望の軌跡』を残したと言っていいのではないか」。

 あまり過剰に期待してはいけないとは思うが、次の目標は何かとか、また85歳になったら4回目のエベレスト挑戦を目指すかとか、誰も彼もが興味本意に尋ねたくなるようだ。とにかくおめでたいニュースである。久しぶりに心地よい快挙に巡りあった。三浦雄一郎さんに心よりお祝いを申し上げたいと思う。

2013年5月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2200.2013年5月22日(水) 東京スカイツリータワー開業1周年

 早いもので東京スカイツリータワーがオープンして今日でちょうど1年となった。搭乗者数も当初の予定を大幅に上回る約638万人に達したようだ。浅草界隈の商店街との相乗効果もあって、外国人観光客を中心に観光振興も効果を上げているようで、ともかくめでたしめでたしである。私も昨年10月に搭乗したので、江戸っ子としてはノルマを達成した。話の種としてやはり1回は登った方が良いと思っている。

 今日突然のようにNHK「ニュースウォッチ9」がビックリするニュースを伝えた。お騒がせ男、猪瀬直樹・東京都知事が日本の標準時間を2時間繰り上げることを産業協力者会議で唐突に提案したのである。どうしてこういう馬鹿なことを言い出すのだろう。知事の意図は世界経済の中心であるニューヨーク、ロンドン、東京の商取引の時間帯に2時間の空白があり、日本の標準時間を2時間繰り上げればこれが解消できるというものである。それに始業を繰り上げればビジネスも効果を上げ、極端だがデフレ脱却も早まると短絡的な持論を述べた。まったく実生活面の不便さを考慮に入れず、金融面のことだけしか頭にないのだ。知事の独善的性格の故か、これでは海外諸国のことはもちろん、気象や地勢的な点はまるでお構いなしである。これはロンドンを起点に経度15度で1時間の時差を設定したグリニッジ標準時(GMT)のレギュレーションに背くことになる。例えば、韓国とは現在時差はないが、仮に日本の標準時間を2時間繰り上げたら、時差が2時間できることになり、位置関係は差がないのに気象、地勢だけ日本が2時間進むという奇妙なことになる。日本の冬の朝はそれこそ真っ暗闇ではないか。北京時間に合わせられた中国西方の農村地帯の空模様を一度見てもらってから発言してもらいたい。 

 いずれにせよ、猪瀬都知事の意表をつく発言には、自分の存在感を強めようとか、自分を売り込む観測気球を上げてみる助平根性とか、他に何らかの思惑があるように思えてならない。過日イスタンブール五輪開催を貶めるが如き失言をして世界中からブーイングを浴びたばかりである。まったく懲りない御仁である。好い加減にしてくれと言いたい。国際都市東京都の知事としては、いささか資質と見識に欠けるのではないかと心配である。

 さて、来月6日出発のトラック島旅行の航空便とホテルの予約がすべてクリアになった。

2013年5月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2199.2013年5月21日(火) オクラホマ・シティで大竜巻発生

 漸くトラック島取材旅行の日程をフィックスすることができた。来月6日に成田を発ち、グアムで1泊した後にトラック島へ渡り4泊して11日に帰国する予定である。9日が故アイザワ酋長の誕生日に当り、アイザワ家では家族揃って墓前にお参りするので、娘のナンシーさんからも私にぜひ一緒に墓前へ行きましょうとお誘いいただいた。喜んでお受けし、アイザワ一族のできるだけ大勢の皆さんに会ってアイザワ酋長の生前のさまざまな話を聞いてみたいと考えている。

 一方、旅行前に森喜朗元総理にお会いして若干情報を交換したかったが、今朝事務所に連絡してみたところ、現在海外へ出かけているという話で、6月初旬にもアフリカへ行かれるという多忙なご様子であるので、旅行前にお会いするのは難しいと思っている。森さんもプーチン・ロシア大統領と会ったり、サッチャー元イギリス首相の葬儀に参列されたり、国会議員を辞められても安倍首相の名代として外交活動にお忙しいようだ。

 先輩の佐々木信也さんにも電話して、トラック島へ出かけることをお話した。その際湘南高野球部の創部や甲子園優勝メンバーについても伺った。トラック島から帰った後に、佐々木さんと元高橋ユニオンズのチームメイトにトラックの写真をお見せしながらアイザワ酋長を偲ぶ懇親食事会を持ちましょうということになった。今は旅行予約がコンファームされるのを待つだけである。

 さて、アメリカ中西部のオクラホマ州を今日大規模な竜巻が襲った。思い起こせば、1977年文部省教員海外派遣団にお供した時、州都オクラホマ・シティで学校訪問の際の印象的な記憶がある。今日は小学校が破壊されたようだが、念のため当時の視察報告書で学校名を調べてみる限りわれわれが訪問した学校ではなくてほっとしている。尤も市内から15㎞南のムーア地区に最も激しい被害があったらしい。1977年はオクラホマ・シティの後、テネシー州ナッシュビルでも学校訪問をしたが、何といっても衝撃的に憶えているのは、オクラホマ・シティの「5年生センター」だった。それは、小学校には1年生から6年生までの生徒が在籍していたが、5年生だけ別のセンターに通っていて小学校には5年生が1人もいなかったことである。教育委員会によれば、5年生が最も難しい時期で、能力が伸びるかどうかもこの1年が勝負ということから、5年生センターという隔離した施設を作り、市内の全5年生をここへ通学させているという話で、日本の先生方もびっくりしていた。

 いろいろ属地的で個性的な教育制度があることを知った各文部省教育派遣団だったが、今考えてもオクラホマ・シティの5年生センターは異色だった。そんな強い印象を受けたオクラホマ・シティであるが、現時点で50人を超える犠牲者が出ている。これ以上大きな被害に発展しなければ良いがと願わずにはいられない。

2013年5月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2198.2013年5月20日(月) 超音波検査の結果は問題なし

 うっかりしていたが、2007年にこのブログを書き始めてから今月15日で丸6年が経過した。あっという間であるが、幸い6年間の書き込み回数は連続2193回を数えることができた。ある程度いけるとは思っていたが、考えてみるとよくも続いたものである。学生時代に毎日日記をつけていたので、それが多少習慣になっていてそれほど大変だとは自分では感じていない。

 京都市立中学3年生になって日記を書き出したのが昭和28年4月で、その後高校3年間、そして2年間の浪人生活を経て大学に入って登山を始め合宿で山に篭る期間が多くなり書けなくなって日記を止めた。それが昭和34年7月だったから、その間6年3ヶ月に亘って毎日日記を書き続けていたことになる。このブログはその期間をまもなく超えられそうだ。

 これからあと何日連続して書き続けていくことができるだろうか。呆れられた友人からは取り敢えず3千回を目指せと励まされているが、問題はその後だろう。3千回の後の4千回、そして80歳を超えている5千回がどうなるか。意欲、そして健康が一番気がかりである。特に、パソコンを使用するので、眼が一番大切である。眼を疲れさせないように、休憩を取りながら続けられれば良い。

 自分だけの拘りだが、大きな目標があること自体が張り合いとなって貪欲に前進しようという気持ちが湧いてくることは間違いない。これから先の先は風の吹くまま気の向くまま、気楽にやってこのまま来年3月に連続2500回達成を当面の目標にしていこうと思う。

 さて、一昨日腹痛症状を森内科で診てもらって、今日その結果が判るというので午後遅く医院を訪れた。「案ずるより生むが易し」の諺通り、心配することはなかった。いつも松本整形外科で数値を調べてもらっているCRPが1.40にまで上がっているのには驚いた。ここ何年来0.30以下を目標に四苦八苦して0.35まで落としてきているのに、また1.40まで一気に上がるのかよという感じだが、森先生に伺うと私の症状からすれば、この突発性の痛みから上がる可能性はいくらでもあり得るし、いずれ下がるでしょうとのことだった。他にはほとんど問題ないようなので、取り敢えずほっとしているところである。先生も最初は少々心配されたようだが、良かったと言っていただいた。

 ところで、今夕の朝日新聞「素粒子」欄にある政治家についてこんな皮肉っぽい寸評が書いてある。「暴言を吐いて曲解されたといい、言い訳を丁寧な説明という。子どもには教えられない融通無碍な政治家の言葉」。なるほど、なるほど。

2013年5月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2197.2013年5月19日(日) 「侵略」と「村山談話」の意味をどこまで判るか。

 「侵略」に関する定義について、政治家の言いたい放題の気ままな妄言が、昨今国内で国民を惑わせ、海外からも不信、失望と顰蹙を買っている。大変残念なことである。今「戦時では慰安婦は必要だった」との発言で世間を騒がせている橋下徹「日本維新の会」共同代表は、戦時の日本の侵略は侵略であると認めると言ったが、もう1人の共同代表・石原慎太郎氏は、日本は自衛のために戦争を起こしたのであり、国家としての侵略は容認しないと詭弁を弄している。安倍首相は「侵略という定義は学問的にも国際的にも定まっていない」と述べた。だが、「例えどうあろうとも外国の地へ武力を持って無断で乗り込んで行けばそれは侵略であって、それ以外の表現はない」と村山富市・元首相は明確に戦時の日本のアジア進出を「侵略」であると断言している。

 今朝のTBS番組「サンデーモーニング」で、「日本がアジアへ侵略してアジアの人々に迷惑をかけたことについてお詫びして、深く反省する」と1995年8月戦後50周年に当り公表された「村山談話」について、番組準レギュラーの田中秀征・元経企庁長官が説明をつけ加えた。「村山談話」については個人の名で公式表明されたが、それは当時の自民、社会、新党さきがけの内閣が共同で作り上げたもので、それを当時の社会党の村山富市首相が代表して発表したものであると説明したのである。決して村山元首相の個人的な見解だけではなく、3党の合意で所属議員の賛成多数で練り上げられた内容である。

 偶々今朝の日経紙にもその村山氏が、当時の舞台裏を披露している。それによれば、村山談話を出そうと決意した理由は、「過去の反省をしたいと3党で申し合わせて国会決議をしてもらったが、本質は大分ゆがめられた。けじめをつける意味で談話をつくる決意を固めた。首相個人の発言ではなく、内閣で決めて日本政府の方針として明確に示した方がいいと考えたので閣議に決定を諮った。3党連立の申し合わせもあるので満場一致で賛同された」ということだった。

 この言葉から考えれば、当然村山氏と田中氏は個人の資格で談話を発表したのではなく、3党連立政府の立場で発表したものであるとはっきり説明している。それにも拘わらず村山談話について独断的に述べる現職議員にとっては、そんなことはお構いなしである。先の参議院予算委員会で安倍首相が「村山談話は安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」と述べたり、高市早苗・自民党政調会長のように「村山談話は自分としてはしっくりしない」と軽々に言ってみたり、先輩議員らが知恵を寄せ合って合意し発表した「3党談話」を、でき損ないの後輩議員たちがいとも簡単に否定するような発言をする。そして中韓からのみならず、アメリカからも歴史認識の点で手厳しく非難される。苦労もせず、勉強もしない輩はこれだから困る。

 今朝の朝日新聞「天声人語」の最後の一節がいい。「判断力も持たなければ品位も欠く。そんな政治家に日本の将来は託せない。危なくて仕方がない」。まったくその通りである。

2013年5月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2196.2013年5月18日(土) 腹痛のため検査を受ける。

 4,5日前から下腹部お臍の下に時折痛みを感じていたが、新潟への旅行中に断続的な腹痛状態になり、用便をしては多少痛みを和らげていた。それが昨晩辺りからどうも痛みが消えない。今日思い切って近くの内科・森先生に診てもらった。腸にがん細胞でもこびりついていなければ良いがなぁと心配していたが、先生のお見立てではそれほど心配するようなことはないらしく、採血と超音波検査で月曜日には正確な結果が判明すると仰り、現状では特段悪いとも思えないとの診察だったのでほっとしている。現金なもので、今日は用便後に痛みは退いてしまった。服用薬をいただき、今日は自宅で静養することにした。月曜日に森内科で検査の結果を聞くことになるが、大したことがなければよいと思っている。これからは年齢的な面もあり、ありきたりだが毎日の健康が大切だと実感している。

 腹痛のせいでせっかく楽しみにしていた元外務省主任分析官・佐藤優氏の講演を聴くことができなくなってしまったのは返す返すも残念である。今日のタイトルは「新・帝国主義下の諜報戦争」という、よだれの出そうなテーマで楽しみにし、ゼミの友人たちにも声をかけていたのに残念である。数年前新党大地代表・鈴木宗男氏の言動が批判を浴びた際、ふたりが揃って上野精養軒に来られて当時話題になっていた佐藤氏の話を聞いたことがあり、その際佐藤氏と個人的な話もした。

 佐藤氏がその当時に比べて現在あまり脚光を浴びるような活動をしてように見えないのは、ロシア専門家として最近あまりロシアを訪れていないために、情報が少し古いと見られているのではないだろうか。佐藤氏の著書を読む限りでは、これほどロシア社会の最前線の情報に精通している人は日本人にはいないと思えるほど詳しい。しかも佐藤氏の情報源はすべてロシア人から直接得ていることである。佐藤氏はまた聞きではなく、自らロシア人と付き合い、彼らからロシアの生の情報を入手している。体裁とか経歴、家柄などを気にする日本の外交官の中で、こういう現場主義の元外交官は少ない。

 ロシア人の友人も多く、ロシアの本当の実態を知っていて、ロシアにとって好ましからざる事実を書いてきたために、ロシア政府からは煙たがれているのではないだろうか。

 例えば、人命より経費を重視する炭鉱爆発事故の処理に関する報告、告発はロシア政府にとっては最も忌み嫌うところであろう。炭鉱の爆発と同時に、人命救出より爆発した炭鉱の坑道に注水して消火活動を始め、2次爆発を防止することが優先され、経済的な点を考慮して人命救助は後回しにされるそうだが、そんな後ろめたい暗闇の話を堂々暴露するのでロシア政府から入国ビザが許可されないのではないかと案じている。

 諜報活動についても似たようなシークレットな話を聴けることを楽しみにしていたが、残念である。

 それはそれとして、現在は6月にトラック島旅行を控えているので、今は健康を取り戻すことが喫緊の課題である。

2013年5月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2195.2013年5月17日(金) 最近の対米関係は悪化していないか。

 昨日に引き続き、二男家族と一日付き合って、夕方やや疲れを引き摺るようにして帰ってきた。元気な孫を見ることができて良かったと思っている。

 さて、昨今のメディア情報によれば、橋下徹・大阪市長兼「日本維新の会」共同代表の従軍慰安婦発言が予想以上に内外に波紋を広げているようだ。特に、アメリカが大分怒っている。日本人橋下氏個人の考えを、恰もアメリカ人の一般的な考え方でもあるかの如く「戦時下では慰安婦が兵士のストレス解消のためには必要だった」と述べたことが大分お気に召さないようだ。橋下氏の発言は、慰安婦は現実に存在して、それは日本だけに限らないと言ったことがアメリカも日本同様だったのではないかと思わせる発言だったことと、こともあろうに沖縄の米軍司令官に対してアメリカも沖縄の風俗業を活用すればよいと提案したこと、がアメリカを怒らせている。橋下氏の発言は言語道断で侮辱的なものだと相当いら立った口調で非難している。止せばよいのに向こう気の強い橋下氏はこれに懲りもせず反省するわけでもなく、逆に自身ツィッターで反論している。これでは対立はエスカレートするばかりである。国内でも沖縄県民や女性国会議員、有識者を中心に、女性の人格人権を著しく傷つけるものだと厳しい非難の矢が突きつけられている。今や「日本維新の会」は、四面楚歌となり良識ある人々の支持を失い地盤沈下の状態である。橋下氏がよほど心から反省し、発言を撤回し国民を納得させないと周囲に取り巻いた霧を消えさせる術はないのではないだろうか。

 もう一つ突然日米間にわだかまりを生じさせたのは、飯島勲・内閣官房参与の北朝鮮入りである。日朝間には話し合いの空気がないばかりか、一向に雪解けのムードさえ感じられない。北朝鮮の強硬なミサイル発射や、核開発問題が日本との関係をこじらせたばかりでなく極東地域に緊張を強いている。それが対北作戦で共同歩調を取ってきた日米中韓のスタンスであった筈である。北の申し出には、前記問題の撤回が条件との一札があった。その問題が解決しないうちに、米中韓に内密のまま日本が独断で隠密行動を取ったことである。中韓を訪れた後日本に立ち寄ったアメリカ政府の北朝鮮問題担当デービス代表が強い懸念を示し、韓国同様不快感を示している。

 ことの良し悪しを言う以前に、日本はどうして連携を深めなくてはいけない時期にこうした独自の行動でパートナー国に対して不信感を抱かれるパフォーマンスを行うのか。外交オンチと言われても仕方があるまい。

 安倍首相は自民党が復権成ってから日米の連携を固めることができたと自信たっぷりに語っているが、このザマは何だと言ってやりたい。

 どうも日本人政治家の外交センスと日本の外交力は、劣化しているのではないかと思わざるを得ない。

2013年5月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com