2199.2013年5月21日(火) オクラホマ・シティで大竜巻発生

 漸くトラック島取材旅行の日程をフィックスすることができた。来月6日に成田を発ち、グアムで1泊した後にトラック島へ渡り4泊して11日に帰国する予定である。9日が故アイザワ酋長の誕生日に当り、アイザワ家では家族揃って墓前にお参りするので、娘のナンシーさんからも私にぜひ一緒に墓前へ行きましょうとお誘いいただいた。喜んでお受けし、アイザワ一族のできるだけ大勢の皆さんに会ってアイザワ酋長の生前のさまざまな話を聞いてみたいと考えている。

 一方、旅行前に森喜朗元総理にお会いして若干情報を交換したかったが、今朝事務所に連絡してみたところ、現在海外へ出かけているという話で、6月初旬にもアフリカへ行かれるという多忙なご様子であるので、旅行前にお会いするのは難しいと思っている。森さんもプーチン・ロシア大統領と会ったり、サッチャー元イギリス首相の葬儀に参列されたり、国会議員を辞められても安倍首相の名代として外交活動にお忙しいようだ。

 先輩の佐々木信也さんにも電話して、トラック島へ出かけることをお話した。その際湘南高野球部の創部や甲子園優勝メンバーについても伺った。トラック島から帰った後に、佐々木さんと元高橋ユニオンズのチームメイトにトラックの写真をお見せしながらアイザワ酋長を偲ぶ懇親食事会を持ちましょうということになった。今は旅行予約がコンファームされるのを待つだけである。

 さて、アメリカ中西部のオクラホマ州を今日大規模な竜巻が襲った。思い起こせば、1977年文部省教員海外派遣団にお供した時、州都オクラホマ・シティで学校訪問の際の印象的な記憶がある。今日は小学校が破壊されたようだが、念のため当時の視察報告書で学校名を調べてみる限りわれわれが訪問した学校ではなくてほっとしている。尤も市内から15㎞南のムーア地区に最も激しい被害があったらしい。1977年はオクラホマ・シティの後、テネシー州ナッシュビルでも学校訪問をしたが、何といっても衝撃的に憶えているのは、オクラホマ・シティの「5年生センター」だった。それは、小学校には1年生から6年生までの生徒が在籍していたが、5年生だけ別のセンターに通っていて小学校には5年生が1人もいなかったことである。教育委員会によれば、5年生が最も難しい時期で、能力が伸びるかどうかもこの1年が勝負ということから、5年生センターという隔離した施設を作り、市内の全5年生をここへ通学させているという話で、日本の先生方もびっくりしていた。

 いろいろ属地的で個性的な教育制度があることを知った各文部省教育派遣団だったが、今考えてもオクラホマ・シティの5年生センターは異色だった。そんな強い印象を受けたオクラホマ・シティであるが、現時点で50人を超える犠牲者が出ている。これ以上大きな被害に発展しなければ良いがと願わずにはいられない。

2013年5月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com