1931.2012年8月26日(日) 国民が知らぬ間に、外国軍隊に支援事業

 鬼の居ぬ間にこっそりやってしまうということはありがちだが、これだけ情報網が発達している現代社会において、国民の知らぬ間に国の予算を使って外国の軍隊を対象に、地雷除去や医療活動など非戦闘分野の技術支援という口実を借りて防衛省の裁量で支援を始めたとは、一国民として極めて心外である。国民のひとりとして、防衛大臣に問責決議案を提出したいところである。いずれ言い訳を並べながら要求をエスカレートさせ、武器の支援にまで手を染めることは想像に難くない。しかも、こんな重要なことが国会でもまったく議論されていない。どうしてこういう強引なことが秘密裏にできるのか。国民への裏切りではないか。

 外務省主管の政府の発展途上国援助(ODA)は外国軍隊への支援が禁止されている。ところが、防衛省の支援はこのODAの枠外で制約を受けない。この点が姑息である。この辺りに抜け道がある。この支援は「能力構築支援事業」と称される防衛省の活動事業だそうである。こんな事業が存在することすら知らなかったが、一昨年の防衛大綱で「アジア太平洋地域の安定保障環境の安定化」を目的に盛られたらしい。文言だけ見てもその意図するところがよく分からない。これを今年度予算に1億6千万円も計上しているが、来年度には2億円を超える予算を要求するようだ。この苦しい国家財政の折に随分気軽に大判振る舞いをするものである。金銭感覚に乏しい防衛省が始めれば、予算が10億円を突破するのは時間の問題だろう。防衛省は国民の血税を黙って使うことに些かのためらいもなく、特別立法もなしに防衛省設置法に則り、安易に多額の資金を要する事業を実行してしまうのだ。

 しかし、あまりにも好い加減で卑怯ではないか。税金を投入する以上その意義と効果について、国民にきちんと説明する義務があるのではないだろうか。防衛省の都合だけで、外国の軍隊におねだりされたからといって、防衛省関連法でいとも簡単に財布の紐を緩めて大金を放出するのはいかがなものか。明らかに国民を出し抜いている。これを許している国会議員は、本来国の番人ではないか。それなのに何の行動もせずに知らんぷりである。いまに始まったことではないが、まったく役立たずだ。加えて、この件については、毎度スキャンダルとあらば蜂の巣をつついて騒ぐマス・メディアが、一向に問題視しないのが不思議である。メディアはこの問題に関して国会議員とつるんでいるのではないか。

 ならば、一般国民は、国費の無駄遣いや憲法違反すれすれの事案を見つけたら、一体どこへ訴え、これらを止めさせることができるのだろうか。

2012年8月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1930.2012年8月25日(土) 核燃料サイクル限界で方針転換

 毎週金曜日の夕刻首相官邸周辺で、市民団体による「脱原発」「原発再稼動反対」のデモが行われ、原発反対の国民の声が少しずつ大きくなってきた。22日には市民グループの代表が野田首相と直接話し合いする場も持たれた。しかし、残念ながらこれはごく限られた30分程度の時間内で双方がお互いの言い分を主張するだけの平行線に終わり、市民団体側にはやや失望と消化不良の気持ちが残ったようだ。 

 原発に関しては、相変わらず政府・民主党内に容認派と反対派が混在していて、党としての見解がまとめられず、党としてどういう方向を目指し、どういう考えで政策を進めていくのかどうもはっきりしない。実際菅直人・前首相は脱原発を主唱していたし、野田佳彦・現首相は将来的には脱原発路線を歩むという煮え切らない態度に終始している。今判断の基準として提示されている「2030年」という目安の時期についても、民主党内有力者のひとり、政調会長であり、エネルギー・環境調査会長でもある前原誠司氏が、この期に及んで「2030年に拘わる必要はない」と言い出す始末で、その時期の変更も示唆するような無責任なコメントを述べる有様である。これでは、党内で意見がまとまる筈がないし、国民の信頼も得られない。

 そこへ、また大きな問題が持ち上がっている。政府はこれまで原発を推進する前提で、すべての使用済み核燃料を捨てずに再利用するスケジュールの下にエネルギー政策を推進してきた。そのスケジュールの下に1993年建設以来トラブル続きで試運転すらできず、経費も予算を大幅に上回る2兆円を超えている青森県六ケ所村の中間貯蔵施設のようなゴクツブシがある。まったく無駄な投資に終わっている。しかし、脱原発を進めると核燃料の再利用の必要性がなくなるため、この六ヶ所村の施設は将来的に必要なくなるし、無駄遣いになる。当然核燃料サイクル政策の転換を考えざるを得ない。そうなると現在ある使用済み核燃料を再利用するための六ヶ所村以外の再処理工場の処遇も問題となる。原発を稼動する以上、使用済み核燃料、つまり核のゴミが排出される。このゴミを処理、或いは保管しておくための一時的な施設が中間貯蔵施設であり、その後ゴミを最終的に処理するための最終処理施設が必要である。だが、現在わが国には最終処理施設はない。中途半端なまま保管されている核のゴミを今後は最終処理しなければならず、それを地中へ埋めて捨てる直接処分ができるように法改正しようとの方針が経産省で考えられている。その場所の決定は今後に委ねられる。

 先日福島県内の中間貯蔵施設の建設場所を巡って予定施設周辺住民から強い反対意見が出ていた現状から考えると、最終処理施設の建設には今後相当な時間と労力が求められそうだ。それでも今も毎日ゴミは排出されている。原発はトイレのないマンションと揶揄される始末だ。はてさて、この重要な使用済み核燃料排出物処理問題をどう解決しようというのか。

2012年8月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1929.2012年8月24日(金) 懐かしい昔の企画ツアー

 夜になって不意に福岡県みやこ町にお住まいの方からお電話をいただいた。かつて私が毎年企画し、お供した海外旅行へ参加していただいた女性の方で、改めてお歳をお伺いしたら85歳と仰っていた。1週間前にも北九州の医師ご夫妻から残暑お見舞い状をいただいたが、申し合わせたようにロンドン・オリンピックをテレビで観ていると一緒にロンドンへ行ったことが懐かしく思い出されると仰っていた。素晴らしい旅行に連れて行ってもらい、本当に楽しい思い出ができて感謝しているとも言っていただいた。率直に嬉しく思う。旅行業者冥利に尽きる話で、こういう旅行業者の気持ちをくすぐるような話を聞かせてもらうと嬉しくなる。このグループの方々は九州・関東を中心に、毎年ヨーロッパへクオリティの高い贅沢な旅を続けていた。ご高齢の方が多かったので、私の退職とともにグループは解散し、今ではかなり多くの方々が亡くなられた。約20年に亘り、ともに欧米、アジアを旅行して私自身も随分大きな経験を積むことができて、多くのことを学んだ。このツアーとグループは、旅行業者と顧客の理想的なあり方として旅行業界紙‘Travel Journal’にも紹介されたことがある。私が旅行業界人として多くのことを学んだ背景には、ひとつにこの個性的なツアーの存在があった。参加される方々も旅行から帰ったらすぐ翌年のツアー参加を楽しみにしてくれ、旅行中もみんな和気藹々で雰囲気の良い心に残る印象的なツアーだった。こういうツアーを企画できて、多くの方に参加していただき、私自身も旅行業界人として少しは成長できたことをつくづく幸せだったと思っている。こういう方々のお蔭で旅行業界人として楽しく充実した人生を送ることができたと思っている。ありがたいことである。

 昨日から過激になった日韓両国の対立が今日も尾を引いている。衆議院本会議で李明博・韓国大統領の竹島上陸と、香港の活動家らの尖閣諸島上陸に対する抗議決議を賛成多数で採択した。竹島関連の決議は1953年の李承晩ラインで初めて韓国が自国領に取り込んだ時以来2度目である。

 日韓両国ともに最悪の事態に陥るのは、両国にとってプラスにならないとの考えはあるが、現実は今の事態沈静化のための有効な方法を、探しあぐねているというのが実態である。流石に日韓両国の友好国であるアメリカのヌーランド報道官は、「アメリカの重要、かつ価値ある同盟国同士の争いが愉快でないことは明白である」と述べている。子どもじみた相手国への批難の応酬が呆れられているのである。

2012年8月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1928.2012年8月23日(木) 大阪桐蔭高校が全国優勝

 今日は暦の上では「処暑」といい、そろそろ暑さが治まる時節だという。ところが、関東地方ではこの夏最高の暑さで、館林37.5℃、熊谷37.2℃、東京34.2℃だったそうだから、当分の間涼風は期待できそうもない。その暑い中で、ロンドン・オリンピックに続いて連日野球ファンを熱狂させていた甲子園の高校野球も、今日決勝戦が行われた。昨年の決勝戦とまったく同じ顔合わせである。つまり学校ごとに強弱がはっきりしてきたのだ。公立高校はほとんど甲子園への出場すら難しくなった。大阪代表の大阪桐蔭学園と青森代表の光星学院という春のセンバツと同じカードで争われ、大阪桐蔭学園が勝って3度目の優勝をした。両校とも他府県出身の選手が多くなった。これでは地元高校として応援する気持ちにはなれないのではないか。どちらが勝ってもそれほど力が入るわけではないが、一種の夏の風物詩となっている。

 かつては母校・湘南高校も優勝したし、中学時代に一時学んでいた平安中学の同級生が平安高3年生になった夏には、岐阜商を倒し全国優勝した。かつての同級生が優勝旗を持って誇らしげにグランドを行進する姿がいつまでも脳裏に残っていた。例え1回戦で敗れても、この大舞台でプレーできた経験はきっと将来に役立つものと信じている。

 さて、日韓の外交関係がまた荒れてきた。李明博大統領の国家を代表するトップとして儀礼と常識を欠く言動に対して、野田首相は李大統領に宛てて抗議と謝罪を求める親書を送った。ところが、韓国側はその親書を受け取らず、そのまま返すと公表した。今日駐日韓国大使館員が外務省へその親書をアナンでいた届けに来た。しかし、件の大使館員は外務省の建物内へ入ることができず、結局親書を持ち帰った。その後韓国側は親書を書留郵便で外務省へ送り返したというからどうしようもない。

 この鞘当と批難の応酬合戦はいつまで続くのだろうか。わが国はもうひとつの領有権問題である、尖閣列島も抱えている。普段から外交に理念のないわが国が、これだけ外交問題をこじらせてしまって、今後果たして対応していけるのだろうか。

 今日は朝っぱらから恩師の追悼文集の原稿のチェックと印刷会社とのやり取りに忙殺された一日だった。ある程度PCで作文、編集、組版などを行うことは問題ないが、それでも新たな問題が後から後から生じて、その意味では今日はその処理に追われていたと言ったら良い。

 友人には「世界一の暇人」と嘯いているが、これでは看板を下ろさなければなるまい。

2012年8月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1927.2012年8月22日(水) 電力は足りている。つまり原発は要らないということ。

 今年の夏も電力不足に悩まされるとの官製事前PRによって、各地で節電ムードが高まり、その中で関西電力地域では大飯原発が再稼動された。この結果消費電力に少しは余裕が出ると期待されたが、あにはからんや電力は充分足りているとの報道がある。昨日の朝日朝刊一面トップに「節電効果、ピークも余裕」の記事が堂々と出ていた。今夏はいつもより暑く心配されたが、何のことはない、電力は足りそうなのだ。狼少年が、電力が足りないと声高に叫ぶのに乗せられ、本当に不足であるかの気持ちにさせて電力不足を煽り、世論を原発再稼動へ誘導する一種の策略なのではないかと勘ぐりたくなる。

 中でも電力不足が最も心配された関西電力管内では、大飯原発の再稼動がなければ厳しい状況だったと関電自身が述べているが、西日本全体でトータルすると電力供給力には充分余裕があり、電力会社間で融通し合えば充分足りると言われている。なんだかんだ言っても、原発推進派の言うことには、その裏に原発再稼動の理由を何とか見つけようと考えていることは明白である。

 政府が将来のエネルギー政策として原発をどう考えるのか、各地で調査を行っているが、脱原派の勢いが日に日に強くなっている。

 討論型世論調査と称して、政府が国の政策をテーマに初めて実施した「2030年の原発割合」について、3回の調査では討論した後に「原発0%」を支持する人が徐々に増え、32%、41%、そして

 46.7%へと増加している。これは国民が原発の実態を知ってから、その危険さを知り反対する気になったからではないだろうか。

 今日は脱原発を主張して毎週金曜日に国会、首相官邸周辺でデモ行進している市民団体の代表者と、野田首相が官邸で初めて対談し、市民代表は首相に脱原発、廃炉を要求した。それに対して首相は脱原発志向への気持ちはあるというばかりで、僅か30分間の話し合いでは市民代表は納得できる回答は得られなかった。どうも民主党政権内には、原発賛成派と反対派が混在しているようだ。民主党政権は政府としての考えを早くまとめるべきではないだろうか。

2012年8月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1926.2012年8月21日(火) 日本人女性ジャーナリスト、シリアで撃たれ死亡

 内戦中のシリアで日本人女性ジャーナリストが死亡したとのニュースが今日伝えられた。最近になって激しい戦いを続けているシリア第2の都市アレッポで、山梨県出身の山本美香さんという45歳の記者が銃弾を浴びて死亡した。ジャパン・プレスという組織に所属し、同僚とシリアに入り、戦闘を取材中に政府軍兵士から銃撃を受けて亡くなった。大変お気の毒である。彼女の存在はまったく知らなかったが、一部ではその能力は高く買われていて、一時日本テレビ系の番組でキャスターを務めたり、2003年にはボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受章している。昨年の政府の事業仕分けで質問者にもなっていたようだ。

 私自身の浅い戦場取材経験から考えても、戦場取材は危険が多く、敏捷な行動力と判断力を求められ、どうしても男だけにしかできないと言われていたが、彼女は女性とか、子どもたち弱者の視線から戦争の現場を取材したいと女だてらに勇敢に活動を続けていたようだ。有能な人を失ったものである。

 シリアの内戦は、政府軍と反政府軍の対立がエスカレートして休戦の見通しがまったく立たなくなっている。4月以来休戦交渉をまとめるため現地に入っていた国連休戦監視団が、休戦のメドが立たず、危険が身辺に押し寄せてきたため撤収する有様で、団員らは昨日事務所を閉鎖して母国へ引き上げたばかりだった。

 この後、シリアはどうなるのだろうか。このまま双方が対立を激化させたまま戦闘だけがエスカレートするようだと、結局国民は一層死の危険に晒されたままである。市街でゲリラ戦になると住民が巻き込まれるようになり、双方合意の休戦へ持ち込む以外に悪化した事態は解決しないと思う。その点でも、現状は国連安保理がシリア制裁決議を成立させ一気に事態を打開しようと思っても、毎度常任理事国、ロシアと中国の反対で実行できず、休戦へ持ち込むことができない状況にある。ロシアと中国の責任は重いと言わざるを得ない。

 それにしても、アサド政権は反政府軍に対して他国から援助を受けたテロ集団だと喝破しているが、だからと言って丸腰の国民を武装兵士が残虐に殺戮し続けるというのでは、事態を悪化させるばかりでいずれ国民を巻き添えにして国家を滅ぼしてしまう。墓穴を掘ることになるのではないか。医師として人を救うことを徹底して頭に叩き込まれている筈のアサド大統領が、非業な手段で自国民を平気で殺害できる野蛮な原動力は、一体いかなる思考回路に根ざしているのだろうか。この独裁者の責任は極めて重いと思う。

2012年8月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1925.2012年8月20日(月) 何の理念も感じられない外交官人事

 ゼミ恩師の追悼文集もすべての原稿が集まり、組版も終えたところで大体の形を煮詰めようと、編集委員のひとり、赤松さんに同行してもらい印刷会社へ出かけた。窓口になってくれている印刷会社部長が、懇切にアドバイスをしてくれる。若干決めかねている点もあるが、作成には大きな問題もなくほぼ予定通り仕上げられると思う。29日の次回編集会議で全般的な了解を得ようと考えている。印刷会社のアドバイスによれば、原稿がA4判なので、実物仕上げのB5判のサンプルを1冊作成してみると凡その感じがつかめるということだったので、まだ名簿ができていないが、名簿抜きで仮作成してもらうことにした。今度の文集のできにはある程度の手応えを感じている。

 ロンドン・オリンピックの盛況でやや陰が霞んだ感じの甲子園の高校野球だが、それでも今年は神奈川代表の桐光学園の松井裕樹投手が三振奪取ショーを見せている。残念ながら今日準々決勝で敗れ、一大会の個人三振奪取記録は途絶えることになってしまったが、今日の15三振を加えて4試合で68個を奪ったことになる。これは過去の三振記録に比べても見劣りせず、歴代3位だというから驚きである。トップは1958年の徳島商高の坂東英二投手で、6試合完投して83個の三振奪取だった。松井投手がもし勝ち続けていれば、坂東投手の記録を破ったであろうことは間違いない。高校野球に個人記録はあまり求められないが、それでもこの三振奪取はダントヅである。まだ、2年生だそうだから、来年にも期待できるだろう。

 さて、今日外務省の人事報道によれば、駐米、駐韓、中国駐在大使がそれぞれ交代することになった。駐米大使に転出するのは、何と佐々江賢一郎・外務次官である。また、昔に戻る先祖還り人事である。外交官のトップ・外務次官を経て特命全権大使に転出するのは、おかしいという話が以前あって次官になったら勇退するということになった。それが11年ぶりに復活したのである。つまり駐米大使が外務次官より上位にいるという奇妙な構図である。結局外交に理念も哲学もないから、せっかく決めたルールをいとも簡単に反故にする。それを政権政党の民主党がやってのけた。

 もうひとつの目立った大使人事は、中国大使・丹羽宇一郎氏が更迭されることになったことである。民主党政権発足とともに、目玉人事として民間大使に鳴り物入りで任命された丹羽氏が、石原都知事が尖閣諸島を購入すると発言したことを受け、日中関係に重大な危機をもたらすと発言したことが民主党内の批判を受け、結局辞めさせられることになった。本人にとっても極めて不本意であり、無念だろう。ここにも民主党政権が毅然として「民間人外交」を貫く姿勢が見られなかった。刺々しくなった日中関係に、経済人としてのセンスを見せてくれるのかと期待していたのに、残念である。

 民主党のマニフェスト違反と実行力のなさ、それに加えて理念がないことには、今更ながら呆れ果てる。

2012年8月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1924.2012年8月19日(日) オリンピック馬術競技で話題の法華津寛さんは、同期生だった。

 日本海と東シナ海は荒れ模様である。毎日ニュースは李明博・韓国大統領の一連の言動から、昨日の香港船の尖閣列島上陸まで、専門家があちこちのテレビ局を駆け周り日本の外交、領土問題について持論を述べている。今日は日本の強硬派地方議員ら10名が尖閣諸島の魚釣島へ上陸した。国会議員も近寄ったが、上陸が法律に触れるとのことから周辺で先の戦争の犠牲者の慰霊を行うことに切り替えたようだ。中国国内では反日デモが行われたようだ。当分この騒ぎは収まりそうもない。

 こんな紛争や戦争に直結しそうな醜悪なニュースを毎日聞かされるのは気分が悪いし、もううんざりである。

 そんなバッド・ニュースに比較して、ほのぼのした身近な情報を得た。先日セルビア・ベオグラードの山崎さんから、ロンドン・オリンピックに出場した馬術競技の法華津寛さんは大学でわれわれと同期だったのではないかと訊ねてきた。調べてみると確かに私立武蔵高校から現役で経済学部に入学し、我々と同じ1963年に卒業している。授業も一緒に受講していた可能性もある。卒業アルバムには詰襟姿の凛々しい個人写真が載っていた。ドイツで馬術修行をしていくらいだから、多分第2外国語はドイツ語を専攻したのではないかと推測したところ、間違いなくドイツ語組の「E組」に名前が載っていた。名簿を見ると部活は何もやっていない。大学では馬術部に所属せず、個人的に馬術クラブ辺りでトレーニングを積んでいたのだろう。

 それより何よりゼミでは「尾城ゼミ」に所属していたのには、驚いた。というのは、山崎さん自身も尾城ゼミに属していたからである。どちらかがあまり熱心にゼミに出ていなかったので、はっきり覚えていないのかもしれない。山崎さんも顔を見たような気がしていたのだろうし、名前も珍しい「法華津」だったので、ぼんやりと記憶に残っていたのだろう。

 早速山崎さんに連絡してあげようと思う。でも、この年齢で同期生がオリンピック選手とは愉快だ。法華津さんはロンドンでは成績は芳しくなかったが、全出場選手の中でも最年長ということから話題となり、イギリス国内でもBBCで取り上げられ注目を集めた。加えてこれもご縁というのか、法華津さん名義のマンションは拙宅から東横線・自由が丘駅へ向かう途中にある。こんな身近な場所に住まわれていたとは、縁は異なものというが、本当だ。

 尖閣諸島や竹島の陣地取り合戦で争っているのに比べて、身近のほのぼのとするトピックに少しは気持ちも救われる。

2012年8月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1923.2012年8月18日(土) なぜか雑然としているJR新大阪駅構内

 1985年10月に兵庫県海外教育派遣団の添乗員としてアメリカ東海岸へお供したが、あれから27年が経って今日27回目の同窓会というか、団長の名前を冠した「岸野会」と称するリ・ユニオン・パーティが神戸・元町の割烹料理屋で開かれた。岸野団長を中心に私も含めて12名の先生方が出席され、あの当時のことを懐かしく話し合った。

 団長は昨年前立腺手術を受け、その後ヘルニアも患ったそうだ。その他にもドライマウスと言っておられた。やはり82歳になると完全な健康体というわけにはいかない。その中で鳥取市内に住んでおられ、団長より1歳若い井本幸太郎先生は、あの当時と変わらず元気一杯で駄洒落も相変わらずである。「とっとり県民カレッジ学友会会長」にして、よく分からない「とっとりマスター」という肩書きを名乗っておられる。丹波篠山に住んでおられる井口剛先生とは、娘さんの住んでいるボストンのフェンウェイ・パークやシカゴの博物館の人間輪切りの話で盛り上がった。他の先生方も皆退職されたが、悲しいことに2人の先生が亡くなられた。他には地元で地域の活動に精出されている人が多い。

 私にとっては、久しぶりの関西旅行だったが、やはり少しばかり東京とは違うということを感覚的に感じる。新大阪駅で降りると構内は天井が低く雑然としてごった返している。お盆休みの影響かもしれないが、標識に従って辿って行っても目指すトイレにたどり着けない。新大阪から神戸・元町までの電車の種類が多くて分かりにくく、混みあうホームで駅員に尋ねたがどうも要領を得ない。仕方がないので各駅停車で元町まで向かった。

 「岸野会」の案内状が簡潔にして分かりやすかったので、改札口前で待ち合わせの集団にすぐ会えた。27回も休むことなく続けられるのは、どの団を見てみても団長に人望があるからだと思っている。すでに30回をひとつの区切りにして一昨年解散した茨城県団でも、団長のお人柄によって命脈を保っていたようなものである。今いろいろなグループがあるが、中々人望があって、全員を掌握できるような人物が少なくなった。政治家なんかその典型ではないだろうか。

 お世話役の阪上先生の面倒見の良さも会が長続きしている要因であると思う。良き参謀である、その坂上先生が会の直後に関西空港からドバイ経由で、スイスへ出かけるというので、ひとしきりスイスの山について話をしたが、それもあっていわゆる二次会がなかった。予約した新幹線を2時間ばかり繰り上げて帰ってきたのだが、元町駅から新大阪までの米原行電車が遅れだし、新大阪へ着いた時点で、高槻で打ち切りと車内放送していた。理由はよく分からなかったが、その後構内放送で雷雨による被害でダイヤが乱れたと伝えていた。雨漏りで大勢の駅員が清掃と後始末で大童の新大阪駅構内の乱れようには、午前中の雑然ぶりが何となく理解できた。察するところ普段から、少々欠陥がある駅構内の不整備が、激しい雷雨によって当然のように馬脚を表したのではないか。

 7年ぶりに参加した「岸野会」は楽しかった。いつまで参加できるか分からないが、時間的に余裕があれば次回も出かけたいと思っている。

2012年8月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1922.2012年8月17日(金) 尖閣、竹島の裏で戦後日本の大事な問題が置き去りである。

 昨日、一昨日と領有権を争っている竹島と尖閣諸島への上陸問題を巡って、日韓と日中間でお互いにボルテージが上がり止まらなくなってしまった。尖閣諸島へ上陸し、逮捕された香港の活動家は今日強制送還ということで香港へ送り返された。一方の竹島は、当面の相手が大統領であるだけに始末が悪い。しかも、現在韓国が実効支配しているだけに、日本としては物理的には手が出せず、両国がお互いに批難の応酬合戦をやっている。

 実効面では、日本政府はわが国の領有権を求めて国際司法裁判所へ提訴することを韓国側へ伝えて、同意を得るという形になっている。実際には、韓国政府が領有権問題は存在しないとの立場を取っており、日本の提案に同意しないと見られている。更に日本と韓国との通貨交換(スワップ)協定の融資枠の減少と、協定が今年10月に期限切れとなるが延長する気持ちがないことを公表した。

 こんな大騒ぎがあったせいで、終戦記念日の行事や、それにまつわる肝心要のニュースがかなり陰が薄くなってしまった。

 その中で、海外で戦没された遺骨が年々収骨できなくなっているというニュースが言われ出して久しい。一昨日の朝日新聞によると、戦没者数が240万人で、そのうち113万人がまだ還っていない。

 私自身長年に亘り厚生労働省の戦没者遺骨収集団に関わってきたので、特別関心を抱いている。昨年3月ごろフィリピン地域の遺骨収集をNPOの杜撰なやり方で、日本人でない遺骨も混じっていたことが問題になったが、それ以外にも問題は多い。戦後67年が経ち、外国の山野に放置された遺体は、草蒸す屍となり、自然の中で風化している。しかも、人里遠いジャングルや山中であり、発見される可能性ははっきり言って少なくなっている。

 私が関わっていた中部太平洋海域は、通気性が良いこともあり、遺骨の保存状態が良く、割合収骨数は他地域に比べて多い。24万人の戦没者のうち、17万人の遺骨が収集されている。中国・東北部に次いでその比率は高い。全般的に年々収骨数は減り、最終的には不可能という段階に到るのではないだろうか。経過時間、外交問題、場所的な難しさ、等々が絡んで、先行き益々至難となるだろう。戦友の方々から実体験話を聞いていて、その惨めさを知っているだけに戦没者に同情せざるを得ない。寂しいことである。

2012年8月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com