1923.2012年8月18日(土) なぜか雑然としているJR新大阪駅構内

 1985年10月に兵庫県海外教育派遣団の添乗員としてアメリカ東海岸へお供したが、あれから27年が経って今日27回目の同窓会というか、団長の名前を冠した「岸野会」と称するリ・ユニオン・パーティが神戸・元町の割烹料理屋で開かれた。岸野団長を中心に私も含めて12名の先生方が出席され、あの当時のことを懐かしく話し合った。

 団長は昨年前立腺手術を受け、その後ヘルニアも患ったそうだ。その他にもドライマウスと言っておられた。やはり82歳になると完全な健康体というわけにはいかない。その中で鳥取市内に住んでおられ、団長より1歳若い井本幸太郎先生は、あの当時と変わらず元気一杯で駄洒落も相変わらずである。「とっとり県民カレッジ学友会会長」にして、よく分からない「とっとりマスター」という肩書きを名乗っておられる。丹波篠山に住んでおられる井口剛先生とは、娘さんの住んでいるボストンのフェンウェイ・パークやシカゴの博物館の人間輪切りの話で盛り上がった。他の先生方も皆退職されたが、悲しいことに2人の先生が亡くなられた。他には地元で地域の活動に精出されている人が多い。

 私にとっては、久しぶりの関西旅行だったが、やはり少しばかり東京とは違うということを感覚的に感じる。新大阪駅で降りると構内は天井が低く雑然としてごった返している。お盆休みの影響かもしれないが、標識に従って辿って行っても目指すトイレにたどり着けない。新大阪から神戸・元町までの電車の種類が多くて分かりにくく、混みあうホームで駅員に尋ねたがどうも要領を得ない。仕方がないので各駅停車で元町まで向かった。

 「岸野会」の案内状が簡潔にして分かりやすかったので、改札口前で待ち合わせの集団にすぐ会えた。27回も休むことなく続けられるのは、どの団を見てみても団長に人望があるからだと思っている。すでに30回をひとつの区切りにして一昨年解散した茨城県団でも、団長のお人柄によって命脈を保っていたようなものである。今いろいろなグループがあるが、中々人望があって、全員を掌握できるような人物が少なくなった。政治家なんかその典型ではないだろうか。

 お世話役の阪上先生の面倒見の良さも会が長続きしている要因であると思う。良き参謀である、その坂上先生が会の直後に関西空港からドバイ経由で、スイスへ出かけるというので、ひとしきりスイスの山について話をしたが、それもあっていわゆる二次会がなかった。予約した新幹線を2時間ばかり繰り上げて帰ってきたのだが、元町駅から新大阪までの米原行電車が遅れだし、新大阪へ着いた時点で、高槻で打ち切りと車内放送していた。理由はよく分からなかったが、その後構内放送で雷雨による被害でダイヤが乱れたと伝えていた。雨漏りで大勢の駅員が清掃と後始末で大童の新大阪駅構内の乱れようには、午前中の雑然ぶりが何となく理解できた。察するところ普段から、少々欠陥がある駅構内の不整備が、激しい雷雨によって当然のように馬脚を表したのではないか。

 7年ぶりに参加した「岸野会」は楽しかった。いつまで参加できるか分からないが、時間的に余裕があれば次回も出かけたいと思っている。

2012年8月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com