2299.2013年8月29日(木) 国連事務総長の中立性を欠いた発言

 国連の藩基文・事務総長が26日にソウルで反日的な発言をして内外に波紋を呼んでいる。安倍政権の歴史認識問題や領土問題について「正しい歴史認識を持ってこそ、他の国々から尊敬と信頼を受けられる」と批判めいた発言をしたり、さらに日本国内の改憲論議にも触れ「日本政府と政治指導者は自らを顧みて、国際的な未来を見通すビジョンを持つことが必要」と内政に干渉するような発言までしているのである。

 藩事務総長の考え方を絶対許せないと反対しているわけではない。韓国人なら歴史問題で日本に対して言いたいことがあることは理解できる。ただ、国連事務総長という立場上、国境、国籍を超えてあくまで中立でなければ、自国へのエコヒイキになって客観的な判断を下すことができなくなり、その職に留まり続けることは問題である。その辺を藩氏は何を考えて血迷ったのか。絶対に中立であるべき国連の最高権威者が自国に有利な発言をしたのは、母国における記者会見でつい気が緩み口を滑らせたと思いたい。それにしても、こんな軽薄な発言をする人によく国連総長が務まると思う。案の定藩基文・事務総長が就任以来、国連が抱える難問は何ひとつ解決されていない。

 国連憲章第100条に、「国連総長、及び職員は、この機構(国連)に対してのみ責任を負う国際的職員としての地位を損ずるいかなる行動も慎まなければならない」と書かれている。この藩総長には、自らの職位が中立でなければならないとの認識はあるのだろうか。

 就任以来これという目立った実績に乏しい藩氏には焦りがあったのだろうか。これまでにもとかくの噂はあった。特に顰蹙を買っていたのは、国連の主要ポストに自国の韓国人を優先的に採用した縁故主義である。また、ある年の「国連の日」に行った事務総長主催のコンサートにソウル・フィルを招き、英文パンフレットに「日本海」と書かずに、韓国が一方的に主張する「東海」と書き込まれてもそ知らぬ顔をしていた。

 国連事務総長就任前には韓国の対外交渉を行っていた外交通商相として政界の要職にあった人の発言にしてはあまりにもお粗末で、多分この御仁は外相というより内相を務めた方が能力を発揮できるのではないかと思う。現職はとても身に余るということであろう。

 今日オランダ・ハーグで藩事務総長は松山政司・外務副大臣に対して、ソウルでの発言内容は中立的な発言で日本についてのみ指摘したものではないと言い訳がましく釈明した。とても納得できるものではないが、菅義偉・官房長官は発言の真意は明らかになったと大人の対応を見せ幕引きをすることにした。

 それにしても、藩事務総長の発言直後に、これを評価した中国はこの発言の中立性をどう捉えているのだろうか。中立性に欠けると見られた時点で、それを佳しとしたことは、中国政府は事務総長が中立性を損なう発言を是認したということを意味してやいまいか。

 できることなら中立性を欠いた中国の反日的な言い分も聞いてみたいものだ。

2013年8月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2298.2013年8月28日(水) 映画「少年H」を鑑賞する。

 いま評判の映画「少年H」を観た。今朝の朝日紙上にコラムニスト天野祐吉氏がエスプリの利いたコメントを書いている。天野氏はこう言っている。「近ごろは『人類の危機』とか『地球の崩壊』とか、資金力と技術力にモノを言わせたハラハラドキドキ大作がハヤリだが、いま切実なのは『人類の危機』より『人間の危機』であり『地球の崩壊』だろう。で、戦争はそんな人間性の危機や崩壊をもたらす最大のものだということを、『少年H』はあらためて実感させてくれる」。なるほど。

 確かに庶民の生活感覚で厭戦気分を伝える映画というのはあまりないように思う。欲を言えば、最後の場面でHの鋭い問いに対して父親が丁寧に応えなかったことから父子が言い争い、自殺を試みるが失敗し、一転変心する気持ちの葛藤や改悛に至る過程が心理的に充分描写されていない点がやや物足りなかった。父親が中学生のHに対して「あんた」と呼んでいたのも不自然な感じがした。しかし、全体的には戦時色がうまく表現できた作品ではなかったかと思う。米軍空襲や焼け野原のシーンも中々よく描けていたと思う。

 今夏は他にも戦争関連の映画がいくつかあるが、いずれも評判がよろしいようだ。

 もう実際の戦争はゴメンだという声が圧倒的だが、他方で現実には戦火拡大の様相を見せている地域がまだまだある。

 先日エジプトで暫定政府が、2年前の「アラブの春」で身柄を拘束されたムバラク前大統領の身柄保釈を決定したこともそのひとつである。反体制派のムスリム同胞団の力の低下を狙い、宗教団体の政治活動の禁止を決定したのである。暫定政府は反対派の行動を徹底的に弾圧する行動に出た。現在双方の対立はやや沈静化しているが、イスラム同胞団にとって政治活動の禁止は死活問題であり、デモは再燃の火種を抱えている。早晩再び紛争が勃発し過激化するのは避けられないだろう。

 もうひとつ緊急問題化しつつあるのは、シリア内戦問題の過熱である。ついに化学兵器を使用したとの疑惑が広まり、国連調査団の調査結果とアメリカの目撃証言と科学的証拠を分析した結果、シリア政府の化学兵器使用の疑惑は深まり、アメリカと英仏がシリアへ軍事介入の構えを見せている。地中海沿岸にはすでにアメリカの艦隊が集結し、いつでも攻撃できる態勢にある。アメリカの高官はここ数日が勝負と見ている。危機一髪の状態に追い込まれたが、まったく世界には争いが絶えない。もううんざりである。

 当分シリア情勢から目が離せない。

2013年8月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2297.2013年8月27日(火) 小学校先輩の元東映エース・土橋正幸さん逝く。

 24日プロ野球東映フライヤーズのエースだった土橋正幸さんが亡くなった。連続9奪三振のプロ野球タイ記録や、日本シリーズのMVP獲得のような派手な現役時代の活躍に加えて、その後ヤクルト・スワローズと日本ハム・ファイターズでも監督を務め個性的で目立っていた。それ以外にも東映入団はテストだったとか、江戸っ子選手であるとかとかく話題に事欠かない人だったが、その土橋さんとちょっとだけ接点がある。

 新聞では浅草の鮮魚店の息子として日本橋高を出て、フランス座に勤めた江戸っ子だったとしか報じられていないが、インターネット‘Wikipedia’で調べてみると、戦時中から戦後にかけて千葉の幕張に疎開していたと紹介されている。実は、これが私との小さな接点である。土橋さんは幕張小学校では担任が湯浅和先生だった。5年生時に幕張小に転入した3年後輩の私も同じ恩師の湯浅先生が担任となった。土橋さんが東映で活躍するようになって初めて湯浅先生から土橋投手は3年前の教え子だったと教えてくれた。それ以来土橋さんの活躍を期待するようになった。

 その恩師が1984年に亡くなられた。当時土橋さんはヤクルトの監督を務めていた。訃報をお知らせした方が良いと考え、試合中の神宮球場へ電話してヤクルト球団の担当者に、試合が終わったら監督に恩師・湯浅先生が亡くなられたことを伝えて欲しいと葬儀日程と併せて連絡したことがある。土橋監督からは残念ながら通夜と告別式に何の連絡もなかった。生前お会いしたことはなかったが、いま亡くなられた先輩・土橋さんを想うと後輩の声援に応えて精一杯活躍してくれたことを嬉しく誇らしく思っている。心よりご冥福をお祈りしたい。

 その恩師を偲ぶ「和会」は、今月3日にも千葉市内で開かれたが、いつも湯浅先生の思いやりのある言葉や、校外の田んぼでの俳句作りや、版画など先生独特の情操教育的教え方が思い出され懐かしい。いつもクラスメートの間で話題になる湯浅先生の思い出は今も尽きない。

 さて、いまノン・フィクション作品「南の島の日系大酋長が示した大和魂と謎」に取りかかっているが、残念ながらご協力いただいている森喜朗元首相が忙しすぎて中々お会いする時間が取れない。今日森事務所に都合を聞いてみたところ、秘書から近日10日間ほどアルゼンチンへ出かけるとのことだった。2020年オリンピック開催地が決定するIOC総会に東京招致の応援団として出かけるそうだ。森さんの話とは別に、いまアイザワ大酋長が戦中戦後に寄宿していた藤沢市辻堂にある父親の実家の継承者に会って話を聞きたいと手を尽くしているところである。このアイザワ本家から身近な情報を得られれば、さらにドキュメントのストーリー性にも確かな裏づけが加えられると期待している。

2013年8月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2296.2013年8月26日(月) ボー・グエン・ザップ元将軍がお元気とは!

 昨日の新聞に懐かしい名前を見つけ、その人物像をありありと思い出した。あのベトナム戦争の英雄、ボー・グエン・ザップ将軍である。昨日102歳の誕生日を迎えたという。30年近く前に亡くなった母と同じ年齢とは知らなかった。ベトナム人民軍総司令官として、独立戦争ではディエンビエンフーでフランス軍を打ち破り、母国ベトナムをフランスの植民地支配から解放した功労者である。ベトナム戦争中にも独立の父、ホー・チ・ミンの側近としてアメリカ軍と南ベトナム軍に対する戦いを指揮して、ベトナム再統一の原動力となった軍人でもある。ベトナム統一後も副首相兼国防相として要職にあったが、1979年カンボジア侵攻に反対して以降、共産党内における立場は難しくなり少しずつ後退して、1991年80歳の時すべてのポストから外れた。

 しかし、独立戦争における功績はベトナム国民から敬愛され、2年前の100歳の誕生日には国内で記念行事が行われたほどである。

 ベトナム戦争当時の指導者は、ベトナム軍高官を始め、アメリカ人もジョンソン大統領を含めほとんどが世を去った。その物故者の中にはベトナム国民の尊敬を一身に集めていたホー・チ・ミン大統領や、悪名高かったグエン・バン・チューや、グエン・カオ・キら2人の南ベトナム大統領もいる。ベトナム戦争反対運動に関わったひとりとして思うのは、「ベトナム戦争、いまや遠くなりにけり」である。

 さて、昨日行われた横浜市長選の最終投票率が、何と29.05%だったから呆れかえる。10人の有権者のうち7人が投票所へ足を運ばかったということになる。前回が衆院選と同時とは言え68.76%だったことを考えると、横浜市民のあまりの無関心さに憮然とするほどである。この投票率は過去最低である。かつて横浜市民だった立場上言わせてもらえば、あまりにも情けなく現在の横浜市民に対して一体何を考えているんだと言ってやりたい。横浜市は人口だけなら東京都に次ぐ日本第2の巨大都市である。その存在感のある筈の住民が自分たちのリーダーを選ぶ選挙を自ら棄権するというのは、どういうことだ。

 正確な投票率は覚えていないが、我々が30~40年前に住んでいた時には、当時の飛鳥田一雄市長が斬新な改革を次々に実行して横浜市の評価を上げたので、投票率も上がり飛鳥田市長は悠々当選したように思う。それに比べて結果的に昨日林文子市長が再選されたのは、待機保育児童ゼロの目標を達成した実績が大きかったと思う。それはそれとして結構であるが、圧勝したとは言え、市民の2/3から支持を棄権され当選という結果には、林市長本人が一番面食らっているのではないだろうか。

 横浜市民は大都市ぶっているようだが、決して市民の民度は高くないということを認識した方がよいと思う。

2013年8月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2295.2013年8月25日(日) 街づくりとネーミングにもう少し配慮を

 日経新聞夕刊の「あすへの話題」というコラムに各界の著名人がエッセイを綴っているが、数日前「子孫に美観を」と題して藤崎一郎・前駐米大使がなるほどと相づちを打つような洒脱な文を書いていた。外交官らしく長い海外勤務から戻ると日本の誇れる美点に感心するのだそうだ。それはダジャレのようだが「アカセキレイ」と呼んでいるそうで、「安全」「確実」「清潔」「規律」「礼節」等、それぞれの頭文字をつけたモットーだそうだ。日本人の誇るべき資質と性格を表しているのだが、果たして最近はどうだろうか。

 「安全」は福島第一原発事故以来、有名無実化した。「規律」に至っては国を代表する国会議員の日頃の行動を注意して見てみれば、望む方が無理だということは明らかである。「礼節」なぞは、最近の若者の無作法な言動や無軌道な行動を考えると風前の灯である。

 藤崎氏は街の景観についても独自の考えを持っているようだ。画一的ではなく、個性的な街づくりを提唱し街づくりには一定の調和が必要だと提言している。流石に優秀な外交官だけあって、都市を世界的な美的視点から見ている。

 さて、寡聞にして存じ上げなかったが、民俗学者の谷川健一氏が昨日92歳で亡くなられた。氏は「風土記日本」や「日本残酷物語」などを手がけた後、柳田国男、折口信夫らの民族学を独自に発展させた「谷川民俗学」を打ち立てたとされていた。

 1981年に「日本地名研究所」を設立したのは、市町村合併などで失われゆく由緒ある地名が消滅していくことに危機感を感じて警鐘を鳴らすためだった。実際近年の地名変更には、歴史、伝統、文化などへの配慮がなされず、簡単であれば佳しとする傾向が見える。例えば、地名にカナ文字を安易に使用するのもいかがかと思うし、合併自治体の新名称でも双方に折り合いをつけたような、それぞれの旧名を1字ずつ採用して意味不明の都市になったり、まったくセンスも工夫も見られない。

 「さいたま市」は、どうして「埼玉市」ではダメだったのか。「何でも合併」時代にひとつになった市町村名には炊飯物が多い。例えば、平成15年6町村が合併して誕生した「南アルプス市」は、南アルプス山麓の市だから宣伝上そう名づけたのだろうが、南アルプスとは通称赤石山脈と呼ぶ連峰で山梨県韮崎市西部から静岡県島田市北部まで連なる大動脈を指していることを考えれば、現在の南アルプス市が全南アルプスを領有しているが如き名称の付け方には、文句のひとつも言いたくなる。平成16年に生まれた長野県「東御市」の場合は、「北御牧村」と「東部町」からただ1文字いただいただけの新市名である。更に神経を疑いたくなるのは、平成18年にできた茨城県「小美玉市」のケースで、市名が中々決まらず最後に合併する「小川町」「美野里町」「玉里町」のその最初の文字を取ってくっつけただけという無神経、かつ軽薄ぶりである。

 民間会社でも次元の低い例はある。つい最近東武鉄道の由緒のある駅名「業平橋」を「東京スカイツリー前」に変更した例などは史上最悪の駅名変更であろう。さぞや在原業平も泉下で嘆いていることだろう。

 わが国の場合、近年名前をつけることに関しては、自治体名にせよ、都市名、人名にせよ、無意味でセンスが感じられなくなったような気がする。名前だけならまだましだと無理に言い聞かせるとするか。

 果たして谷川氏は泉下でどう思っているだろうか。

2013年8月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2294.2013年8月24日(土) 原発事故処理の対応と難しさ

 いま東電福島第1原発の高濃度放射能汚染水漏れが猶予ならぬ事態に立ち至っている。漏れたのは、原子炉の冷却の過程で出た高濃度の汚染水である。ほとんど地下にしみ込んだとされていたが、先日はそれが海水へ流れ込んだというニュースがあったばかりである。

 原子力規制委員会はこの事態を重大視して国際原子力事象評価尺度(INES)で8段階の上から5番目の「レベル3」(重大な異常事象)に相当すると発表した。その報告に基づいて昨日規制委は、福島第一原発に立ち入り調査をした。あまりにも東電の報告が変更に次ぐ変更で変わりやすく信用できないと自ら調査に乗り出したのである。その前段階として、19日に東電から少なくとも120㍑の汚染水が漏れているとの報告を受け、それは「レベル1」(逸脱)に当ると暫定的に判定していた。しかし、その報告の翌日にはタンクから漏れた量が早々300㌧に修正された。これを受けて規制委が評価を見直したものである。INESの評価尺度では、福島第一原発やチェルノブイリ原発事故が最上位の「レベル7」と評価されたのを筆頭に、過去の原発事故がランクづけされている。

 福島第1原発は現在廃炉への道を急いでいるが、一向にゴールが見えない。問題山積でこのままいつまでも排出される放射能を処理できず、この危険な状態が続くようだと国民の間にも嫌悪と諦め、そして失望感が生まれてくるのではないかと心配される。

 政府は原子力を国のエネルギー政策の根幹として捉えてその高い技術力を買いかぶり、海外諸国へ原発の売り込みを図っているが、頭のハエを追えずに他国で商売しようとはあまりにも商業道徳に悖るのではないだろうか。そのため、政府の対応にはことさら福島原発事故を過小評価しようとの腹の内が透けて見える。

 現時点では原発中止は考えていないようで、虎視眈々とその再稼動のチャンスを狙っているようだが、福島原発の処理が思うに任せず、収束までにどのくらいの時間がかかるのか見当もつかないようだ。そのうえこの杜撰な東電の処理作業に対して、海外メディアから日本が収束に向けて真剣に取り組んでいないと非難される有様である。 

 こんな最中に22日付朝日夕刊にチェルノブイリ原発の事故処理に関する記事が掲載されていた。事故を起こした4号炉が、高い放射線量に阻まれ手がつけられず、コンクリートで覆った石棺も崩壊して放射能が飛び散らないよう、さらに巨大なシェルターの建設が進められている。ところが、この4号炉が相変わらず強い放射能を放って近づけない。その廃炉作業のメドは立っていないという。1~3号炉については2064年までに廃炉作業を終える予定だという。気の遠くなるような話ではないか。問題は、事故当時建設中だった5、6号炉がそのままに残されていて、事故直後に放射能に汚染された瓦礫や機器が運び込まれ、廃墟のままになっている。このまま放置すると倒壊する危険性があるようだが、撤去のメドはまだ立っていないそうだ。つまり、現状は放射能が放出されるまま放ったらかしにするようである。どうにも厄介で無責任なことになっている。事故処理作業は勇断を持って急いで進めなければならない。

 将来事故の危険性のある原発の新設は、各国ともここらで中止するという勇気を持てないものだろうか。

2013年8月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2293.2013年8月23日(金) 教育制度は拙速に変更すべきではない。

 東京都教育委員会が現在12年の「6・3・3年制」カリキュラムを「4・4・4年制」に区切った新制度に変更したうえで導入を検討している。早ければ2017年度に都立小中高一貫校の開校を目指すという。それにしても随分拙速ではないか。ことはわが国の教育の根幹に関わることである。日本の教育制度がさらに複線化して益々複雑になるということでもある。

 少なくともわが国には、文部行政を預かる中央官庁として文部科学省が「君臨」する。にも拘わらず、首都とは言え、1地方自治体である東京都の地方行政の理念と制度が、それだって都民から同意を得ていないまま国を差し置いて先行実施されようとしている。

 これまでも時代に合った教育行政と制度について、政府の教育再生実行会議を始め、有識者会議などがしばしば提言してきた。しかし、新カリキュラムは義務教育とその後の教育を跨いで改革しようという以上、義務教育を超えた教育期間にかかる税金の使い方の問題も派生するので、もっと時間をかけて広範に国民的見地から検討されるべきではないか。東京都の制度改革はあまりにも拙速に過ぎる。

 この東京都の動きに対して下村博文・文科相は「時代が変化し、こどもの発達段階も違う。東京都の取り組みは参考のひとつになる」と傍観者のようなコメントを述べている。まるで他人事なのである。自ら自分の所管事項に手をつけようとしない。文科省担当者も「自治体が地域ニーズに応じて柔軟な教育課程を作ることは多様な人材育成につながる」と歓迎しているようなコメントを述べている。上司が上司なら部下も部下である。これでは文科省の主体性がまったく発揮されないし、自ら国の文部行政をリードしていく気構えが感じられない。文科省の存在意義がないのではないかと疑われても弁解の余地があるまい。

 本質的な点について言及するなら、カリキュラムの改革のような大仕事は、一地方自治体だけに任せるべき事柄ではないように思う。例えば、「4・4・4年制」に組み替える根拠も示されておらず、何のためにカリキュラムを変更するのか、その意図がはっきりしない。単に国民に対して最初の4年間は基礎学力を身につける期間であると一方的に言われても、すんなり受け入れる気にはなるまい。現在の6年間ではなぜいけないのか、という肝心な点がまったく説明されていない。少なくとも戦前日本がドイツから採り入れ、今もドイツで根付いている教育制度を参考に採り入れた「グラン・シューレ」という4年制基礎学校制度や、アメリカ・オクラホマ州の生徒の発育を考慮した4年制小学校の制度を、参考にして4年制を採り入れるという事情を分りやすく説明するというのなら理解できる。しかし、ただ闇雲に語呂合わせと考えたのではあるまいが、そう受け取られかねない「4・4・4年制」への変更は到底納得できるものではない。先ず以って国民に充分説明、啓発し、国民の理解を得るべきが先決である。

 そうでなくても、最近の政治家の言動は危なっかしくて信頼できないというのが、一国民としての率直な感想である。政治家の「無責任」「無思慮」ぶりが、端無くも教育制度の変更の過程で表れたとでも申すべきか。

2013年8月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2292.2013年8月22日(木) イチロー選手日米通算4000本ヒットを放つ。

 大リーグ・NYヤンキースのイチロー選手が日米通算4000本安打を打った。大したものである。一部のアメリカ人ファンの中には、暗に日米の実力の差を考えて、日本で打った安打をあまり評価しようとしない向きもある。だが、誰が何と言おうともイチローの力はそんな偏屈な考え方を吹き飛ばすくらい抜きん出たものだ。イチローは日本で9年間活躍した後にアメリカへ渡ったが、日本では試合数がアメリカより少ないせいもあって年間200本の安打を打ったのはたった1度きりである。それに比べて、アメリカでは今年13年目を迎えたが、最初の年から10年連続で200本以上を打っていることから考えても、単に数字を比較するだけでは公平とは言えないと思う。

 イチローが今日までに打ったヒットは日本で1278本、アメリカで2722本である。イチローの両国における活躍年数とヒット数を考えると、最早アメリカでの成績だけを評価すること自体ナンセンスに思えてくる。

 アメリカ人選手で4000本を超えるヒットを打った選手は、ピート・ローズとタイ・カップの2人だけで、その2人もイチローの39歳より年長になって大台に達したので、イチローは彼らを追い抜いて最多ヒット記録の可能性もあると思う。それだけイチローの記録は、人一倍優れた大記録だということが言えるのではないだろうか。

 蛇足ながら、猛烈なヘッドスライディングで知られたピート・ローズは引退してからビジネスで晩節を汚したが、フィラデルフィア・フィリーズに在籍していたころ、彼をフィラデルフィア・スタジアムで観たことがある。すでに下り坂だったが、流石にスター選手らしくバッターボックスに入ると「ピー!ピー!」と物凄い嬌声が上がったことを思い出す。このローズ氏はイチローの実力を評価しながらも、アメリカ以外で打ったヒットは問題外と考えているようだ。自分の記録が塗り替えられることを恐れるご当人の言い分に、ちょっと人間としての器の小ささを感じて失望させられる。

 国内では夏の名物、高校野球決勝戦が今日行われた。群馬県代表校・前橋育英高と宮崎県代表校・延岡学園高の戦いとなったが、接戦の末4-3で前橋育英高が初出場・初優勝を飾った。

 さて、6月にトラック島のホテルでお会いしたスキューバ・ダイヴィングを趣味とする渋谷の歯科医熊谷光剛・道代ご夫妻の親切に甘えて、トラック周辺海底の写真を見せてもらいに夕刻クリニックにお邪魔した。DVDを預かってきたが、ちょっと見せてもらったところ素晴らしい写真が沢山あったので、じっくり見てみようと楽しみにしている。このうち何枚かを今執筆中のドキュメントに使わせてもらいたいと考えている。

2013年8月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2291.2013年8月21日(水) 「風流無譚」とテロ事件を想う。

 60年安保闘争の年に「楢山節考」の作者・深沢七郎の「風流無譚」が「中央公論」12月号に掲載された。翌61年2月にその内容に憤慨した右翼の少年が嶋中鵬二・中央公論社長宅を訪れ、留守だった嶋中社長に代わり応対に出た夫人を傷つけ、お手伝いさんを殺害して世間を恐怖のドン底に陥れた。「風流夢譚」の内容があまりにも過激で、右翼を怒らせたことがその原因だった。確かに天皇や皇太子が無残に殺害される過激なストーリーは、その内容があまりにも不穏であるとして作品は長らく物議を醸した。著者の深沢は一時世間から姿を隠し、中央公論社は謝罪文を発表し、編集長が宮内庁に謝罪する有様だった。

 一方で、言論の自由の擁護や、書き過ぎについて甲論乙駁の議論が戦わされた。吉本隆明や武田泰淳らは、深沢作品を擁護した。その後死傷者が出たことに深いショックを受けた深沢は、記者会見で涙を流し、「風流無譚」の書籍化を封印したと伝えられた。実際同書がその後世に出ることはなかった。ところが、最近になって当時の中央公論編集部次長の子息が同書の電子書籍版を発行した。著作権継承者が了解したからだという。しかし、深沢本人はどんな気持ちでいるだろうか。そして、それが結構販売数を伸ばしているという。これはあくまで電子書籍化ということで、通常の書籍としては現状では出版されない。

 昨日の朝日夕刊に取り上げられていたこの関連記事を読み、何とも感慨深いものがあった。エポックメークな年に起きたこのテロ事件は、もちろん私自身よく憶えている。この事件の直後に長野県ラジオ局の街頭録音でこの事件に対する意見を尋ねられて応えた経験があるからである。ちょうど中央アルプス宝剣岳から下山した後に国鉄駒ヶ根?駅前でインタビューされ、内容はおぼろげながら、テロリストの少年と右翼の行動を非難したような記憶がある。安保騒動の後で日本中に反権力の空気と名残があり、まだまだ学生たちは社会改革へ気持ちが向かっていた。こういう動きを警戒した右翼勢力がいろいろな形で民主化運動を妨害し、反動化していた時代である。

 こんな野蛮なことは決して許されることではないが、半世紀以上も経過すると懐かしいような気もするから不思議なものである。

2013年8月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2290.2013年8月20日(火) 英語表示を分りやすく

 国土交通省と東京都が国会議事堂周辺の道路標識をローマ字から英語標識に改めるという。こんなことは当たり前の話で、ローマ字表示は日本人には必要性がなく、外国人にとっても、ないよりましだが、読めても意味は理解できるものではない。そのため外国人から苦情が寄せられていたという。今頃になって何を今更という気がしないでもないが、まあ本来の目的が達せられると思うので、英語標識をさっさと実施した方が良いだろう。

 「国会前」が「Kokkai」から「The National Diet」へ、「総理官邸前」が「Sorikantei」から「Prime Minister’s Office」へ変わるそうだから分りやすくなることは間違いない。

 以前に地下鉄「国会議事堂前」駅のローマ字表記「Kokkaigijidomae」をフランス語で発音すると「コッケイジジドモー」と聞こえて、まさに実態をずばり言い当てていると思ってエッセイに書いたことがあるが、その点で地下鉄も駅名表示に少し気を遣ってはどうだろうか。

 ついては、目下熱戦を繰り返している夏の高校野球の出場校は今や私立校が圧倒するようになった。所謂スポーツ重点高校の進出である。昨日準々決勝に出場した8校のうち、公立校は徳島県立鳴門高校だけだったが、その鳴門も敗れ準決勝に駒を進めたベスト4はすべて私立校だけになった。そこで興味を引かれたのは、ベスト4に進んだそれら私立高校はユニフォームの校名が日大山形高を除き、漢字で書かれていることである。アメリカから輸入されたスポーツのユニフォームに、なぜチーム名をデザイン的にも洒落た英語にしないで日本語で表記するようになったのだろうか。また、どうして近年出場する高校は漢字表記の学校が増えたのだろうか。そこには学校側の何らかの思惑でもあるのだろうか。学校当局も何か考えたのだろうが、柔道着のような武道ならともかく、どう見ても野球のユニフォームには、英語名の方がセンスが良いと感じられるのではないだろうか。

 因みに母校湘南高が昭和24年に全国優勝した時に対戦した相手校は、決勝戦の相手校・県立岐阜高まですべて公立高校だったし、相手校のユニフォームの校名はすべてローマ字で書かれていた。

 さて、内戦状態のシリアのアレッポでジャーナリストの山本美香さんが亡くなってから今日でちょうど1年になる。昨日が国連人道デーというから皮肉なものである。山本さんのパートナーでもあったジャーナリスト佐藤和孝氏が民放テレビで現地から実況生中継で現状を伝えていたが、一向に内戦が止む気配がないようだ。膠着状態になったアサド大統領派と反アサド派の対立は益々エスカレートして、今日化学兵器使用の事実関係を調査するため国連調査団がシリアへ入った。一方、エジプトでは暫定政府に反対するイスラム同胞団指導者のバディウ団長が身柄を拘束された。今やエジプトの騒乱が頂点に達しつつある中で、シリアの事態も一向に愁眉が開けない。

 かつてエジプトがナセル大統領時代には一時この両国がアラブ連合共和国というひとつの国家となって、アラブ諸国の中で強烈なリーダーシップを握っていたが、それも今や昔となってしまった。アラブの宗主国であり、強大な国家だったエジプトとシリアの国内紛争が一日も早く解決し中東情勢が安定することを願わずにはいられない。

2013年8月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com