973.2010年1月11日(月) 新成人は精神的に自立せよ!

 今日は成人の日であるが、残念なことに最近各地でアホな若者がわけもなく暴れ回る光景が見られる。沖縄や広島辺りでは、マイナス・イメージの風物詩の趣さえある。20歳にもなって他人に迷惑をかけることでしか、自分の存在を示せない欠陥成人が新たに生まれるとは嘆かわしいことだ。こういう若者は大体無職である。仕事にも就かず、世間の顰蹙を買うことでしか世間から省みられない。情けない奴らだ。

 さて、予め連絡をもらっていたが、今朝の産経新聞に「知の現場」の出版記念パーティ開催が告知されていた。これを見てパーティに参加する読者もいるのではないかと思う。幸い大分話題になりそうな気がする。私にとってもこういう書を仲間とともに世に出すことが出来たということは誇らしい気分である。

 その産経新聞に社会学者の加藤秀俊先生が、最近の若者について感じたことを「正論」というコラムに寄稿しておられる。加藤先生は京都大学教授でもあったので、久しぶりに京大を訪れて感じたことを率直に書いておられる。キャンパスが小奇麗になってタテカンが無くなったことに些か複雑な心境でおられる。先生がおられた時代は、まさに学生運動が活発だったころである。実際60年安保闘争を闘ったわれわれの学生時代は、キャンパス内にタテカンはもちろん、ビラ、スピーカーの嬌声が煩く、大学とはアカデミックな場所ではなく、戦場ではないかと思ったほどである。

 タイトルが加藤先生らしくて良い。「精神が朽ちている若者では困る」というものである。論旨にはまったく同感である。「学生に限らず、いつの時代でも若い世代というのは既成の価値や制度にもっとも敏感に反応し、批判し、ときには攻撃的になるものだ。それは若者にとって本能にちかいものであり、またそうした元気を社会はひそかに期待してきた」と言っておられる。

 一昨年加藤先生のお話を伺った後で、まもなく上梓した拙著「停年オヤジの海外武者修行」の「あとがき」に先生が仰った「知的道楽」という言葉を使用しても良いでしょうかとお伺いを立てたら、「ふとつぶやいたことばに『知的所有権』などあるはずもなく、どうぞご自由にお使い下さい」とユーモア溢れるお手紙をいただいたのには恐縮した。

 それにしても「近頃の若者は」とでも言おうものなら、古いなぁ、或いは時代錯誤と笑われてしまいそうだが、それでも私の知る若者の中にもおかしな青年が何人かいる。一人前のことを言っておきながら、礼儀を知らないというか、手紙を書いたり、拙著を送っても受け取ったとの連絡すらくれないような非常識な豪傑?もいる。

 先般「知の現場」で、評伝作家・北康利氏にインタビューした時、北氏は若者にもっとチャンスを与え、育てないといけない。彼らは良いものを持っていると言っておられた。それはそうだ。しかし、その話の後に、現在の高年者は若者に借金を残したまま世の中から消える前に、自分たちがこれまでに得たものを若者に伝承して欲しいと言われた。短い時間の中であり本意は分かりにくいが、若者は希望に溢れ、高年者は消え去るものと考えておられるような印象を受けた。

 初対面の時から、この北氏はエリート意識が強すぎ、自意識過剰で変わった人だという印象があったが、やはり少し若者に甘すぎ、高年者に失礼ではないかと感じた。こういう若者を迎合するような空気が彼らの自立を邪魔している一面もあるのではないかと思う。

2010年1月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

972.2010年1月10日(日) 戦没者遺骨収集について

 今朝の産経新聞に戦没者遺骨収集に関するトピックスが載っていた。私自身20年近くに亘って旧厚生省の同事業のお手伝いをしていただけに、関心の高い話題であり、じっくり目を通した。先日テレビ・ニュースがフィリッピンにおける同事業について、現地では必ずしも歓迎されない事態も起きていると報道していたが、私が関わっていた当時の状況に照らしてみても、事業そのものに対する取り組みが日本サイドはもとより、相手国でも変わりつつあるように思う。

 その中で一番理解できないのは、かつての戦地における日本人戦没者の遺骨収集を目的とする日本人の民間組織が存在するということである。国家事業として始まった遺骨収集であり、国家が予算の手当てをして実施するのが筋であり、また、相手国との間には諸々複雑な問題もある。そんな事情で以前はすべて日本政府ベースで行われていた。民間協力団体も旧厚生省の指揮下のもとで収集作業を行っていた。

 それが、今ではフィリッピンで「空援隊」という日本のNPO団体がご遺骨の収集のために活動しているという。以前日本政府は民間人による遺骨収集を禁じていた。それは相手国との間に民間人では対応出来ないことが頻発したからである。それが、いつの間にか民間人が「異国に残されたままになっている多くの戦士が祖国へ帰れるように」という崇高な気持ちだけで、民間団体として認められ、実際に遺骨収集事業で活動している。随分変わったものである。

 しかし、その純粋な気持ちだけで、思いや目的はスムーズに叶っているのだろうかとつい気になった。昨年1年間だけで、「空援隊」がフィリッピン各地で収集した遺骨は実に8,675体に上るという。率直に言って、そんなに多くのご遺骨をたった1年間で収集出来るのだろうかという疑問が実感としてある。昭和27年から始められた遺骨収集事業で毎年ほそぼそと遺骨収集を実施して、海外戦没者概数240万柱の内、まだ半分の125万柱しか奉還していない。フィリッピンでは、約50万人の方々が亡くなられて、山地が深く思うように収骨出来ない点から推察して、産経の記事による、1年間で1万人近い戦没者のご遺骨を収集したというのは、いささか戸惑い疑問に思う数字である。こういう言い方は顰蹙を買うかも知れないが、1年間に8,675人というその数字がどうも腑に落ちないのである。収骨したご遺骨のカウントのし方が従来の政府のそれとは微妙に違うのではないかと考えられないこともない。民間組織が参加したことにより、作業は効率的に進んでいるということになる。ご遺族が納得出来るならは、それはそれで良いのかも知れないが、どうも素直に受け入れられない。

 ご遺骨収集数の問題はともかく、より問題なのは現地で住民との間にトラブルが発生していないかということである。それが、3日夜NHKニュースで報道された日本政府とフィリッピン政府との間で遺骨収集に関するガイドラインを取り交わすという問題に突き当たる。産経紙によれば、昨年末には持ち帰る予定だった遺骨4千体以上が、直前になって書類の不備という理由で足止めを食った。中々難しい問題を孕んでいるのだ。

 私が長年関わった中部太平洋地区では住民感情は頗る良かったが、収集作業は年々難しくなっていった。それは、ご遺骨が人目につく場所にはほとんど見られなくなって、私有地や岩山などの危険な場所でしか発見出来なくなったからである。ガダルカナルなどでは、住民が私有地に入るに際して、条件を出してきたこともある。

 日本人の民間団体の善意と崇高な気持ちだけでは、必ず壁に突き当たる。その際果たしてNPOのような民間組織の力だけで英霊を母国へ迎える尊い事業が貫徹できるだろうか。

 日本国内には、日本人が決して言ってはならない「戦後60年以上も経って、いまさら遺骨収集もないだろう」のような無神経で否定的な声も一部には聞かれる。すべての戦没者のご遺骨を持ち帰ることは確かに難しい。しかし、可能性があるなら、やはり国を挙げて祖国へご遺骨を奉還するというのが、戦没者に対する尊崇であり、また、生き残った日本人にとっての責務であり、日本人としての真心ではないだろうか。ことさら関わっていた事業だけに行く末が今も気にかかる。

2010年1月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

971.2010年1月9日(土) 「遠野物語」の評価と功績

 今まであまり気がつかなかったが、今朝の日経「春秋」と朝日の「天声人語」の話題が同じなのには不思議な思いがした。新聞記事が重なったり、同じ話題を取り上げるということはニュースなどではよくあることだが、今日の小欄は時間的に制約のある社会ニュースや時事ニュースではなく、時間を超越した柳田国男の民話の世界にスポットを当てたものだったから余計に気になった。取り上げられた話題は、昨年10月に火事で消失した「座敷わらし」が現れると噂になっていた、岩手県二戸市金田一温泉郷の旅館「緑風荘」と、発刊100年の柳田国男著「遠野物語」に関することである。偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。少しはライターの間で話し合いがあったのだろうかと想像する。

 恥ずかしながら「遠野物語」は読んだことはないが、柳田国男が地方に口承で伝えられていた民話や物語を文章にして書き残し、後世に伝承したという点において高い評価を得ていることは言うまでもない。

 京都や江戸から遠い地方にも豊かな文化がいくつも息づいていた。伝承は各地にあるものを誰かが書き残さねば、いずれは口と耳の間にこぼれ、消えていく。その意味で柳田が書き残した功績は傑出したものであり、他に比類がない。あの三島由紀夫をして「遠野物語」を、「文学として読んできた」「これ以上はないほど簡潔に、真実の刃物が無造作に抜き身で置かれている」と絶賛せしめた。

 さて、新年になって多少株価が上がっているが、今後どうなるかはまったく見通しが立たない。そんな折りも折り、今週初め藤井裕久・財務大臣が辞任した。難産の末漸く来年度予算案を策定したばかりだったが、体調不良を理由に首相に辞意を申し出て受理された。財務相辞任の真相は、いろいろな憶測が流れているが、77歳という高齢を考えれば、一番の理由はやはり健康問題だと思う。

 昨年引退を決意していた藤井氏を、敢えて首相は比例代表区に立候補させ、当選となるや組閣において官僚のトップ省庁である財務省を任すことになった。そして直ぐに予算編成である。財源不足の中でマニフェストとの整合性が注目され、例年以上のプレッシャーがあったものと思う。

 そして後任の菅直人・副総理が早々と勇み足をやってしまった。円安を誘導するような発言をしてしまったのである。歴代の財務大臣が決して触れることのなかった聖域である。しかもかなり具体的に1$=90円台半ばが好ましいとまでしゃべった。途端に外為相場は円安へ振れ、担当大臣の恣意的な発言によって外為相場が簡単に動くということがはっきり証明された。

 それにしても、鳩山首相は政治資金問題でふらふらし、小沢一郎・民主党幹事長の土地購入代金の不透明さにも黒い霧が立ち込めている。菅大臣もその発言は軽率だった。すぐ陳謝したが、副総理がこんな軽い気持ちで大臣職を務めているとは、前途に普天間基地問題等の難問を抱えているだけに鳩山内閣もそう長くは持たないのではないかと心配である。

2010年1月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

970.2010年1月8日(金) 日本航空の再建は可能か?

 日本航空の再建問題がいよいよ節目を迎えている。予想以上に債務が嵩んでいて完全に債務超過の状態である。昨年来再建問題が政府、主力取引銀行、企業再生支援機構、日航の間で協議されたが、これという決定的な再建案が決められずに、今日までずるずる来てしまったというのが現実である。投入されると予想される公的資金は、とりあえず8,000億円と言われている。

 今日政府は法的整理の活用を前提に、企業再生支援機構が支援する方式を採用することにほぼ腹を固めたようだ。段取りとしては、日航が東京地裁に会社更生法の適用を申請し、その後に再生機構が支援を決定するスキームである。つまり体のいい「隠れ倒産」である。主力取引銀行と日航自体が、会社更生法適用はイメージダウンにつながり、旅客離れを招くと強く抵抗してきたにも拘わらず、このスキームを渋々受け入れたのは、ぬかるみのように日に日に増え続ける債務金額と、企業年金減額に対する日航OBの強い抵抗に遭って進むに進めず、まともに政府保証を取り付けることが難しくなったことと、法的整理を全面に打ち出されて、最早手の打ちようがなくなったからではないだろうか。

 12日にOBの企業年金減額の諾否の回答期限が来る。この回答次第では一気に事態は動く。日航とは現役時代にともに随分仕事をやった。当時も日航の親方日の丸的な仕事ぶりには、全面的に納得しているわけではなかったが、お世話になったことは事実であり、今日の事態を考えるとかつてのパートナーとしては残念であり、あの威勢の良かった当時を思うと昔日の感を禁じ得ない。

 とりわけ印象深いのは、長年協力しあった旧厚生省・援護局の大東亜戦争戦没者遺骨収集事業である。特に、中部太平洋地区では必ず日本航空を利用し、毎年便宜を図ってもらった。その当時はサイパンから日本への直行便がなく、収骨したご遺骨をミクロネシア航空機でサイパンから護持してきたが、経由地のグアムで日航機の接続便がないために、いつもまる1日間グアム空港内の日航特別施設に預かってもらったことなどがその最たるものだ。

 ほかにも日本航空との思い出は尽きない。セールススタッフとの業務上、業務外のお付き合いも忘れられないものが多い。

 政府は航空機を飛ばしながら、会社の再建を図ることを目指している。そのためには、日航にまだ大きな試練が待っている。社員1万人の削減である。どこまでも厳しいが、税金で支援してもらっているのだから、日航自体にもうひと頑張りしてもらいたいと思う。

2010年1月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

969.2010 年1月7日(木) 確定申告準備始める。

 今年も確定申告の時期が近づいてきた。申告期限は3月だが、きちんと準備をしないと間に合わなくなってしまうので、些か気になっている。昨日から漸く個人事業主としての申告書類作成の作業に取り掛かった。

 最近もの忘れがやや進んできたことと、しまった物をどこへ整理したのか、すっかり忘れていることに愕然とすることがある。ある程度は年齢を考えれば許容範囲かも知れないが、それにしてもつい先ほどまで覚えていたことを思い出せない。何とも情けなくてうんざりである。

 今年の申告に当っては、昨年青色申告書の記入を済ませ、初めて税務署へ提出してほっとした時に、次は絶対PCで申告しようと殊勝に考えたが、ついそのままにして今また申告の時期が近づいてきてしまった。今更PC申請しようにも準備が間に合わない。今年も昨年同様に手書きによる申告書類の書き込みとならざるを得ない。

 ところが金銭出納簿と総勘定元帳にゴム印を押印していた、そのゴム印を箱ごとどこへしまってしまったのか分からない。家捜しをしたが、遂に発見出来ずに困っている。こんなことなら、やはりPCによる申請の準備をすべきだったと思ってももう後の祭りである。

 一昨日近所の文房具店でいくつか使用頻度の高いゴム印を探しに行ったら、「あなたの探しているゴム印があるかどうか分からないが、ゴム印はもう処分しようと思っていたので、よかったら持って行っていいよ」と言われ、20個ほどタダで頂いてきた。もう古いゴム印なんて商売にならないようだ。今どき個人が手書きで青色申告をやっている人も、ほとんど居ないらしい。仕事量が多ければ税理士に頼んでいるようだし、そうでなければみんなPC、つまりe-Tax申請のようだ。

 とにかくこの期に及んでは今年も手書きで申請書類を書き上げるより方法がない。案外細かい書き込みが多いので、コツコツやっていけばよいのだが、情けないことに1年前必死になって憶えた書類の書き込み方法をかなり忘れてしまっている。昨年同様今年もこれから苦戦しそうである。

 さて、このところ血圧が上昇気味で森内科で、2週間前に従来の降圧剤プロブレス錠8に加えて、別の降圧剤ノルバスク錠2.5mgを服用した。しかし、あまり効果が表れないので、今日の診断の結果この錠剤に替えてやや強いアムロジンCD錠5mgを服用することになった。とりあえず冬の間だけでもこれによって様子を見ようということになった。

 その後松本整形医院でも先生から、仕事量をもう少しペースダウンしなさいと昨年と同じことを言われてしまった。できるかなぁ。

 高校ラグビー決勝戦が花園ラグビー場で行われ、東福岡高が桐蔭学園を31-5で破り2年ぶりの優勝を飾った。桐蔭は4年前と同じ準優勝だ。神奈川勢としては残念なことだ。内容的には、高校日本代表7人を含めた東福岡が終始優位に試合を進め、桐蔭を圧倒した。それにしても選手の体格は年々向上してがっしりとして、それていてスピードがあるのには感心した。今年の各チームの特徴としては、かなり1、2年生が活躍したことである。

 ゲームを観ていてやはりサッカーとは面白さが全然違う。本質的にラグビーの面白さはサッカーのそれを遥かに上回ると確認出来たし、ラグビーファンとしては大いに力づけられた。

2010年1月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

968.2010年1月6日(水) 茂木健一郎氏はテレビ出演を止めよ!

 雑誌「選択」1月号に「指導者不在のメディア帝国・NHK」という記事が載っている。内容は「ジャーナリズムとは無縁の風土」とか、「『暴走』する素人経営委員たち」とNHKに対する批判に満ちて、NHKにとっては散々であるが、仮に話半分にしても現状のNHKを痛烈にこき下ろしたものだ。指摘されていることの中で、実際少し前から些か首を傾げるパフォーマンスがあったことは事実である。

 ひとつは、「坂の上の雲」のあまりにも過度のCM放映を見せつけられ、視聴料をいただきながら、これほどまでに毎日予告編を流す必要があるのかとその神経をおかしいと感じていた。ところが、これはNHK内で今も隠然とした力を持つ海老沢元会長の熱望で作った番組だから、余計事前告知に力を注ぎ、何としても成功させたいのだそうである。これではそもそも番組作りの視点がおかしいのではないか。NHKの職員は上ばかり見ているひらめ職員ばかりと皮肉られているが、その極致となったシーンが海老沢氏の希望により、日露戦争の撮影ではCGは使わず、何万着分もの軍服を実際に作り、巨額の無駄をしていることだという。

 2つ目は、福地現会長お気に入りの「プロフェッショナル・仕事の流儀」のキャスターだった脳科学者・茂木健一郎氏が、所得税申告漏れが発覚したにも関わらず、ひらめ職員の間では茂木氏が引き続きキャスターを務めることに一向に疑問の声が上がらなかったことである。昨年この脱税が明るみに出た時、私は本稿で脱税確信犯である茂木氏が、番組から降板しないのはおかしいと疑問を呈した。「選択」によれば、茂木氏の続投については流石に視聴者から怒りの声が寄せられ、降板が決定したとある。

 ところがである。昨晩の同番組に、厚顔無恥の茂木健一郎氏は恥も外聞もなく出演し、ご高説をのたまわったのである。降板の真実はどうなっているのか。NHKの恥知らずは言うに及ばず、「選択」の千里眼だって曇ってやしまいか。

 これだから、テレビのみならず雑誌を含めて出版物が信用されず、発行部数は減少の一途を辿っているのではあるまいか。ひとりCMに頼らずにいられるNHKだけが、相変わらず愚行により延々と生き延びている。

 それにしても、茂木氏なるものが、偶々売れっ子になったからと言って、脱税まで冒していながら性懲りもなく、持論をテレビでぶつような厚かましさは、学者の風上にも置けない。少しは恥を知れと言いたい。こういう欠陥人間をちやほやするから、おかしな奴が広く蔓延るようになったのではないか。

2010年1月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

967.2010年1月5日(火) 平城京遷都1300年祭

 奈良が今年遷都1300年祭を計画していて大分盛り上がっているらしい。長男の連れ合いが奈良県吉野の出身である関係で吉野を訪れたことはあるが、奈良市内は高校の修学旅行以来行ったことがない。世界遺産に興味を抱くようになってからは、世界遺産「奈良」への関心が格別に強まっているが、訪れる機会がない。何とか今年中に行ってみたいと思っている。

 ヨーロッパでは、ショパン生誕200年祭が生地ポーランドを中心に世界中のクラシック・ファンを魅了するイベントが目白押しのようだ。ピアノの詩人と言われたショパンだが、小学生のころショパンの伝記を読んでからショパンに興味を持つようになった。仕事のおかげで「雨だれ」を作曲したマヨルカ島の教会を訪れ、ショパンが「雨だれ」の譜を書いた愛用のピアノの鍵盤を叩いたことが今では良い想い出となっている。

 父が存命のころ父に頼まれ、作曲家・高木東六さんを車で鶴見のご自宅へ迎えに行き、藤沢のコンサート会場までご案内したことがあった。その車中で高木さんが、まだショパンの故郷へ行ったことがないので、いずれ行きたいがその時は案内して欲しいと仰った。残念ながらその望みは叶わず、高木さんは亡くなられた。

 さて、昨日4日はビルマ(ミャンマー)の独立記念日だった。ビルマでは軍事政権トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長が、独立記念日式典でメッセージを読み上げ、予定通り年内に総選挙を実施すると公表した。これまで空手形ばかり発行して来た軍政幹部の言葉をどこまで信じて良いものか。民主化運動を進めるグループは、アウン・サン・スー・チーさんの解放を求める声明を発表しているが、軍政が認めることはほとんど望み薄である。これまでの軍政の厳しいやり方は極めて弾圧的であり、選挙で敗れていながら敗北を認めず強引に政権に就いた現政権の言質は、まったく信用出来ない。ビルマ国内にもささくれだった空気が漂っているのではないかと心配でならない。

 かつては、独立記念日には決まって東京のビルマ大使館で祝典を開いていた。私も何度となく招かれて、パーティに参加した。ビルマ大使夫妻を始め、大使館のスタッフもにこやかに応接され、楽しいひとときを過ごしたことを今でも懐かしく思い出されるくらいだ。1975年ごろ赴任されていたウ・チ・コー・コー大使には、いろいろお付き合いさせていただき、旅行の手配もさせていただいたり、浜松まで一緒に旅行したり、そのお人柄はお付き合いしていて楽しかった。あの当時の大使館内には和気藹々とした空気も流れていた。大使館にも気軽に訪れることが出来た。今ではビルマと聞いても嫌な事件ばかり連想してしまう。国連加盟国でありながら、世界遺産条約を調印せず、素晴らしい史跡がありながら世界遺産ただのひとつも登録されていないのも異常だ。

 もう少し様子を見て、行けるようなら近いうちに再び訪れて、今も連絡だけは欠かさない優しいビルマの友人たちに会ってみたい。

2010年1月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

966.2010年1月4日(月) 冬山登山遭難事故が心配だ。

 今朝の日経紙に予定通り「知の現場」の広告が掲載された。東洋経済新報社発行の他の書物と抱き合わせの広告なので、他の書物に比べて特別に目立つというほどのことはないが、気にしていれば目に入ってくる。先月25日付朝日朝刊の広告よりは目立つようだ。

 知研のHPにも「知の現場」の啓蒙・宣伝・広報用にプロジェクトの若手が立派なサイトを作ってくれた。まだ、半製品だが中々良く出来ていると思う。その中に関係者の写真、自己紹介、取材エピソードが載せてある。まだ、2~3人しか載せてないので、何とも論評しにくいが、私も写真、自己紹介、そして4氏とのインタビューに関するエピソードや感想を掲出してもらった。他の2人の写真が俳優なみのすっきりしたものであるのに対して、私の写真は「インド門」前で撮った一見浮浪者風のもので、些か見劣りがする。それはともかくラインアップが出来上がれば、結構面白いサイトになると思う。

 昨年12月に元カーレーサーの片山右京氏が富士山で遭難騒ぎを起こし、同行者2人が亡くなったばかりだが、年末から年始にかけて悪天候により広い範囲で山岳遭難事故が連続して発生している。すでに今日2人の死亡が確認され、まだ生存者が冬山に取り残されている。明日にも遭難救助ヘリを飛ばすという。天候の急変による遭難と言われているが、気象判断も甘かったようだ。遭難者の年齢を見るといわゆる中高年者ばかりで、女性が多いのもひとつの特徴だ。これらの点を考えてみると昨夏北海道・大雪山の遭難事故と共通項がある。

 昨今のレジャーブーム、健康ブームに乗って、中高年者の登山が流行となり、あまり登山の経験がなく、必ずしもしっかりしたリーダーに伴われない登山が増えてきて問題になっている。定年後の趣味として始めたハイキングから登山へ進み、一直線に冬山まで直行したような印象を受ける。どうも事前の研究やチェック、そして肝心な山の知識、基礎体力に欠けているのではないかと思うことがある。

 昨年富山県中学生の立山集団登山のドキュメント番組をテレビで観て、その無謀さに呆れたものだが、その無分別な計画に対して教育委員会も指導、実施する学校もまるで意に介していないのである。無神経ともいっても好いほどリスク・マネジメントが出来ていなかったのだ。間違えば集団遭難にもなりかねない学校行事が、教育委員会のお墨付きを得て実施されている。こんな安易な感覚が今日の登山界にも、教育界にもあるのだとしたら由々しきことである。指導者も監督者も自分でリスク管理が出来なくなっている。このノーテンキは、むしろ社会全般に言えることではないかと思っている。これからこういう精神状態が蔓延するようだと何が起こっても不思議ではない。

2010年1月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

965.2010年1月3日(日) 戦没者遺骨収集作業について考える。

 今日も昨日に引き続いて箱根駅伝とラグビーをテレビで観戦した。駅伝は東洋大学が2連覇を遂げた。2位に入ったのが復路優勝の実力校・駒沢大学だった。今年の出雲駅伝、全日本大学駅伝を制した日大が案外だらしなく、10位以内にも入れず来年度はシード権を失ってしまった。やはり2日間に亘る200km以上の長丁場では、実力のある選手が数多く揃い、選手層が厚くなくては戦えないのではないかとチーム編成の難しさを思った。

 ラグビーは大学ではなく、高校ラグビーをスカパーで観た。花園ラグビー場の全国大会準々決勝は、神奈川代表校・桐蔭学園が勝って明後日の準決勝に勝ち上がった。高校の試合でもこのレベルになると個々の選手のプレイも力強く、試合展開もスピーディで面白い。

 昨日夕食をしながら長男から今年の東京マラソンにも出場すると聞いた。2月28日に予定されているようだが、運が良く2年連続で抽選に当り走ることが出来るという。抽選で当るのは8人に一人の確率らしく、2年連続で抽選に当るのは60数倍ということだから、息子もよほど籤運が良いのかも知れない。毎年抽選に洩れている人から散々ひがまれたと言っていた。マラソンに出場するモチベーションのひとつは、高校時代のラグビー仲間が先日つくばマラソンで3時間15分を記録したらしく、息子にとっては昨年の4時間をやっと切ったくらいの記録では満足出来なくなったらしい。まだ相当チャレンジ精神が盛んなようだから、子ども3人ぐらい養っていくのに泣き言なぞ言っている暇はあるまい。若いのに、向上心とチャレンジ精神を失ったら抜け殻だ。

 暮から体調を崩したことについて、ブログを読んだ高校時代の友人、大塚武夫くんから親切なアドバイスをもらった。運動不足だとずばりのご指摘をいただいた。さもありなむである。重々分かっているので、極力ウォーキングをするようにして万歩計で計測しているが、彼に言わせると1日1万歩がノルマだという。なかなか1万歩というのは難しい。11月にインドを旅行した時は、毎日1万歩を超えていた。それ以来大体5~7,000歩というのがごく普通になってしまった。これを1万歩にするのは一寸大変だなぁ。更に大塚先生は、スポーツセンターに通って専門家の指導を受けたら良いのではないかとのアドバイスも授けてくれた。

 そうかも知れない。1日8時間も机に向かってひたすらパソコンに向かっているのは、確かに身体には良くないと思っている。今年はどういう手段をとるにせよ、昨年暮れの椿事に鑑みて、少し健康管理を真剣に考えてみないといけない。

 暮れから月末に始まるTEI図解塾講義のテキスト、資料作成に取り掛かっている。今日私が担当する「時事問題」の例題のひとつを作成して、久恒理事長ら関係者に送信した。どういうアドバイスを言っていただけるか。それによって準備を進めたい。

 NHKの夜のニュースによると政府がフィリッピン政府との間で、戦没者の遺骨収集事業に関するガイドラインを取り交わすと報道していた。何のことだろうと思っていたら、どうも収集作業に関して両国政府の間で了解されているにも関わらず、州政府やホテル事業者が収集作業のイメージが悪いということから、観光客が寄り付かなくなるので、受け入れを約束したが、断られることが多くなってきたそうである。

 私自身20年近くに亘って旧厚生省による平洋戦争戦没者遺骨収集に関わってきたが、国によっては難しい問題を孕んでいる。戦争で傷つけた相手国で土地をほじくり返し、土地の人びとにとっては敵国だった人間が行う作業だけに、誠実にお願いしてあくまで了解をいただくということが前提である。従って、これまでの遺骨収集はすべて相手国の人びとに遠慮しながら、日本政府職員の指示の下に行ってきた。それが問題だとするなら、やはり検討し直し、なお問題があるなら計画を縮小せざるを得ないかも知れない。

 私が長らく関わった中部太平洋諸島では、激戦地であるにも関わらず島民は遺骨収集団に対して極めて好意的だった。

 戦後大分時間が経過して、かつてのようにそう簡単に遺骨が発見されるという状況ではなくなった。しかし、お国のために戦った英霊を山野に放っておくことは出来ないという日本人の心情を無視することも出来ない。細々とではあるが、このまま相手国の温情にすがって了解をもらいながら粛々と続けさせていただくというのが願いであり、徒らに騒ぎ立てるべきではないと考えている。

 それにしても、久しぶりに大東亜戦争戦地の遺骨収集作業を思い出した。

2010年1月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

964.2010 年1月2日(土) 正月2日は駅伝とラグビー

 恒例となったが、正月2日は箱根大学駅伝と大学ラグビー準決勝戦で昼間はテレビを見続けている。駅伝は数年前に比べると強豪校の顔ぶれが大分変わった。駒沢大、大東文化大、中央大があまりぱっとせず、順天堂大や神奈川大などは出場もしていない。これには、ひょっとすると少子化をターゲットに新興大学も存続の危機を見越して名前を売り込むための手っ取り早い手段として、運動部の強化を考えているからではないだろうか。往路優勝は昨年に続いて東洋大だった。往路と復路とでは、大学によって作戦を考えているようだから明日の復路はどうなるのか分からないが、まあ気楽に楽しもうと思っている。

 次いで大学ラグビーは、慶応が東海大に14-19の1トライ差で敗れてしまった。まあフォワードが劣勢だったので、今日の慶応の負けは仕方がないとも言える。第2試合の明治と帝京大は43-12という大差で帝京が明治を圧倒した。この決勝戦の組み合わせ、帝京大対東海大では、ラグビー伝統校の早慶明が出場しないので、好ゲームは期待出来るが、残念ながらあまり観客を集められないだろう。

 昼前に妻子を実家へ帰えしている長男がやってきたので、夕食を食べに妻と3人で近くへ出かけた。正月とあって子ども連れの家族が多いらしく最初のレストランでは、待たされるということだったので、すぐ2軒目へ移動して何とか入ることができた。最初の店で待つことが嫌だったのではなく、2~4日は正月なので、普通の食事料金に正月サービス料金を追加請求すると看板に書かれているのを見たからである。普段は請求しないサービス料金を正月3日間に限って請求する特別料金を突然顧客に請求する図々しい商法とその神経に呆れ果てたからである。しかも法外なサービス料金というのが10%である。こんな理不尽なことってあるだろうか。嫌なら当店では食事をするなと言わんばかりである。そんな傲慢な態度が気に食わない。レストランで20分ほどお待ちくださいと言われたが、さっさと出てきた。

 まあこういう店もあるのかと思ったが、どうも納得できない。

2010年1月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com