映画監督の市川昆氏が亡くなった。大変話題の多い監督だった。ヘビースモーカーとしても知られていた。監督をされた東京オリンピックの記録映画が、芸術か記録かと論議を呼んだことが懐かしい。凝り性の市川監督は、随分多くの名画を撮ったが、本人が納得しないともう一度同じ映画をリメイクして撮った。私自身どちらかというとあまり映画は観る方ではないが、市川監督が撮った2つの「ビルマの竪琴」だけは、いずれも観た。第1作はモノクロで安井昌二が水島上等兵を演じた。第2作はカラー映画で中井貴一が主演した。なぜ監督はこの映画を2度も撮ったのか。今朝の日経「春秋」によれば、「赤い土の色、僧侶たちの黄色い衣、金色に輝くパゴダをカラーで撮りたい」渇望を忘れられなかったからだそうだ。確かに赤、黄色、金色はビルマを象徴するカラーと言えば言える。しかし、監督が惚れこむほどビルマを表すのにカラーに魅力は感じない。私は、第1作のモノクロ映画の方が、ビルマの落ち着いた雰囲気をよく表していると思っている。
映画は現地ロケを敢行したが、ビルマにおいては非現実的なシーンをいくつか撮っている。私自身かつてビルマへしばしば行っていた頃に、2つの点でビルマの人たちから教えられたことがあった。ひとつは、第1作で日本兵が土足のまま、ラングーンの象徴、シェ・タ・ゴン・パゴダ内を走り回るシーンで、あの光景はあり得ない。確かにあそこでは靴を脱がなければ、上へは上がれない。2つ目は、お坊さんが楽器を奏でることは絶対ないということだった。修行する僧侶が悦楽のための楽器なんか絶対に弾くことはないと強く言われた。小説の内容は、なかなか日本人の琴線に触れるストーリーで、戦後まもなく出版されたこともあり、戦地に残る日本兵のことを考えると身に詰まらせられて、つい涙もろくなった時代性が背景にあった。原作者の竹山道郎氏は元一高の教授だったが、残念ながらビルマへ行ったことがなかった。それが、細かい点で整合性を欠く結果になってしまった。
まあしかし、小説も映画も良かった。市川監督のご逝去でついビルマに話が行ってしまったが、国情が落ち着いたら再び行ってみたいと思っている。国民性が素晴らしく、懐かしい国である。