289.2008年2月27日(水) 確定申告に相変わらずの不親切

 確定申告シーズンに入り、例年通り送付された書類と昨年の控えを手元に記入準備を始めたところ、どうも申告書類が違うようだ。よく見てみたら「書式B」が封入されている。来年からは個人事業主の申告をするので、その場合はそれでよいのだろうが、今年は例年通り「書式A」で申請する筈で、なぜ書類が間違って送付されてきたのか分からない。この書類では申告出来ない。所轄の玉川税務署へはいくら電話しても話し中で埒が明かず、止むを得ず国税庁税務相談室世田谷支所へかけてみるが、案の定ここもつながらない。いま最も多忙な時期の税務署だから分からないこともないが、何度トライしてもつながらない。これでは税務相談室の電話番号をPRする意味がない。何とか国税庁のHPから申告用紙「書式A」をダウンロードして下書きをしたが、このプリントを提出することが可能なのかどうかも聞けない。役所だからサービスの悪いのは、最初から諦めているが、電話回線を増やすなりして、簡単に問い合わせることは出来ないものか。山手線の電車の最前部と最後部に大きな4文字、「確定申告」と書き、車体にはe-Taxの広告を貼り付けて走っているが、もうちょっと納税意欲を喚起する気のきいた手段を考えたらどうか。お役人天国の国民無視、納税者軽視には文句を言う気にもならない。いつまで待っても役人につける薬は開発されないか。

 折も折今朝の日経紙は「なぜ日本は失敗し続けるのか」とのタイトルで「ニッポンの停滞・元凶は政治家」と糾弾し、「改正建築基準法による住宅着工大幅減など官僚の失敗」とも言及した英エコノミスト誌最新号を紹介した。政治家のお粗末さは百も承知ですよと言ってやりたいが、外国では日本の官僚のレベルダウンも気になるようで、外国の有力誌に批判的に書かれるとなるとお墨付きの「本物」だ。さも有りなむと思った。日本がいま成長出来ないのは、政治家と官僚(役人)が悪いことはいまや国際的にも認知されたわけだが、エコノミスト誌はさらに日本停滞の責任の一端は、増益を記録しながら賃金を引き上げない企業サイドにもあると厳しく指摘している。このようにニュートラルな立場から誰に対してもおもねることなく、何事にも遠慮せず報道する姿勢が大切で、その点日本のマス・メディアの身勝手、日和見的取材ではとてもエコノミスト誌には敵う筈もない。

2008年2月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

288.2008年2月26日(火) 2.26事件は忘れられた。

 今日2月26日は、日本の近代史上忘れてはならない「2.26事件」発生の日である。昭和11年、昭和の暗い時代に軍部は中国大陸への侵略から大東亜戦争へ一直線に突き進んで行った。「2.26事件」は、そのひとつのきっかけともなった青年将校によるクーデターである。

 まだ30代の頃、松本清張の「昭和史発掘」シリーズを夢中になって読んだ。横浜のマンションに住んでいた時、同じフロアに事件当時の中国課長が年老いて住んでおられた。その後、陸軍航空隊の戦跡巡拝団をお世話する過程で多くの元軍人の方々と親交を深めさせてもらった。事件の主役だった安藤輝三陸軍大尉や栗原安秀同中尉らと士官学校で一緒に学んだ37期生山之口甫・元第134師団参謀長とも何度かお話をした。しかし、山之口さんはついぞ肝心な点について話してくれるようなことはなかった。それは山之口さんにとってはとても耐えられることではなかったであろう。同期生処刑班のリーダーとさせられ、同期生を死地へ送る命令役を務めたのだから。個人的には静かな方ではあったが、眼光鋭く気の許せない人だという印象があった。時折きっとにらんだ鋭い目つきには、怖いような感じさえ抱いた。言動や所作の中に、さすがは職業軍人だと思うこともあった。職務とは言え、友を処刑した罪悪感と後悔に苛まれて生きていても辛いんだろうなと思った。それが山之口さんの口を重くさせていた。

 結局この5年後に日本は大東亜戦争へ一本道で突っ込み、310万人もの多くの犠牲者を生むことになった。そして終戦である。この終戦と原爆投下だけは、毎年欠かさず式典が行われ、そのニュースは全国に伝えられている。終戦記念日に東京武道館で天皇・皇后両陛下ご臨席の下に全国戦没者追悼式が行われ、全国各地で慰霊祭も行われマス・メディアによって大々的に伝えられる。

 しかるに、昨年の大東亜戦争開戦記念日について、ほとんどのマス・メディアは報道しなかった。この点について、12月8日付本稿でも批判的に意見を述べた。いままた「2.26事件」について、新聞やテレビでは一向に報道しない。なぜだと問いたい。朝日夕刊のコラム「窓」―解説委員室から―というのがあるが、ここに「無言で語る是清碑」として関連記事が掲載されていた。だが、「2.26事件」について直截的に書かれた記事ではない。事件当日、高橋是清は自邸を襲撃され非業の死を遂げる。その邸宅を遺族が都に寄贈していまそれが公園となっている。そこに石碑があるが、「昭和11年2月、にわかにこの自邸で亡くなられた」という趣旨のことしか刻まれていないそうだ。今日のこの日の「2.26事件」の歴史や、真実と意味を伝えることをマス・メディアはサボタージュしているように見える。日ごろから自分たちに都合が悪くなると、言論に自由とか報道の自由の抑圧だと言っているが、関心が持たれないと報道しようとしない。いまのマス・メディアはぬくぬくとした環境の中で過保護になり、厳しい取材活動には顔を向けなくなった。情けない。

 とにかく近年史実をありのままに伝えることが少なくなった。理由はたくさんあるだろうが、マス・メディア側に研究心が足りずに書ききるだけの能力が欠如していること、真実を追究するというジャーナリズム魂が欠落していること、ジャーナリスト一人ひとりのレベル低下、その他諸々であるが、これではいずれ歴史が変わってくるのではないかと凡人は寂しく思う。

2008年2月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

287.2008年2月25日(月) コソボ独立宣言

 1週間前にセルビアのコソボ自治区が独立を宣言して以来、各国のコソボ独立に対する賛否の駆け引きが露骨になり、先行きがどうなるのか分からなくなってきた。まず、国の一部が独立されるセルビアにとっては反対するのは当然として、国内に多数の異民族を抱えるロシアも強硬に反対を唱えだした。ロシアは国連常任国の立場を利用して、対抗措置まで持ち出しコソボの国連加盟、IMF加盟にも反対すると表明した。

 旧ユーゴスラヴィアはバルカン半島の火薬庫と言われたほど、過去に紛争の絶えなかった地域で、戦後しばらくはチトー大統領のカリスマ的なリーダーシップにより何とか一枚岩の形をとってきた。チトーは民族、宗教、言語それぞれが異なる国民をひとつの社会主義国家として巧妙にまとめてきた。それが、チトーの死後、社会主義体制が崩壊し、各民族が自治権を要求して独立を望み、結果的にバルカン半島は、クロアチア、スロベニア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナに分割されることになった。いままたセルビアからコソボ自治区が独立しようとしている。

 国際的には民族自決のスローガンの下に、独立を志向する流れが加速する一方で、必ずしも新たな独立を歓迎する空気が、世界的に流れているわけではない。そんな中にあって一筋縄で行かないのがコソボ独立である。独立するなら、旧ユーゴ崩壊の時がひとつのタイミングだったのではないか。しかし、コソボ問題はその時点でも民族抗争事件がありながら、独立まで突き進むことはなかった。

 独立国家として世界から認められるためには、国連の合意が必要である。アメリカやEU諸国はロシアが強く反対する安保理事会での解決を断念し、国連の枠外での独立を模索している。出来るだけ多くの国からコソボ独立の承認を得て、「コソボ共和国」の既成事実化を狙っている。

 今日までで独立承認は、米、英、仏、独、伊、オーストリア、豪、トルコ、台湾、承認予定国はベルギー、ポーランド、オランダ、ハンガリー、クロアチア、保留国はチェコ、ギリシャ、ポルトガル、スロバキア、中国、反対はロシア、キプロス、ルーマニア、スペインである。国内に独立爆弾を抱える国が揃って反対なのは当然であるが、チベットや台湾を抱える中国が態度を明確にしないのも不思議である。

 いずれベオグラードにいる山崎洋さんにセルビア住民として聞いてみたい。「知研フォーラム」に書いたエッセイ「巨人小田実を追想する」の中で、彼と小田実の関係について一寸触れた箇所があるので、近々送ろうと考えている。その際彼の本音をぜひ聞き出してみたい。

2008年2月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

286.2008年2月24日(日) 三浦和義、サイパンで逮捕

 驚いたことに三浦和義容疑者が、サイパンで逮捕された。もう多くの日本人の記憶の彼方に去ってしまった「ロス疑惑」銃撃事件の主役である。昨年4月に三浦はスーパーマーケットで万引事件を起こして逮捕され、ほんのつかの間話題になった。ロス疑惑事件は、1881年三浦がロスアンゼルスで妻を銃で殺害したとの容疑で逮捕、起訴されたが、日本では無罪となって一件落着となった筈であった。しかし、そもそもこの無罪判決も堂々身の潔白を証明して勝ち得た勝訴ではなかった。最高裁が高裁の無罪判決に対する検察側の上告を却下しつつも、「妻を殺害したと認めるには、なお合理的な疑いが残るとした高裁判決は是認できる」と述べたように、どうも奥歯にものが挟まったような「疑わしきは罰せず」で、自白や完全証拠がない点で幕引きせざるを得なかったとのあいまいな印象が残った。どうもすっきりした無罪放免とはいかない、いわくつきの事件だった。敢えて言えば、限りなくクロに近いグレイな事件だった。しかも三浦は事件直前にも知人の元女優による妻殴打事件を起し、殺人未遂罪で懲役6年の実刑により服役した前科がある。相当な悪党だ。いつも灰色でお騒がせの男だが、いままた身から出た錆で、日本の法律とは関係ないアメリカの司法当局により逮捕された。

 三浦のようなケースはあまりないと思うが、ロス警察から追求されている人間が、日本で解決したからと言って、事件を起したアメリカの自治領までのこのこ出かけていく神経もどうかしている。それにしても、アメリカの警察というのはどこまで執念深いのか。すでに当時の捜査官はいなくなっているらしい。それを未解決事件担当チームというプロジェクトが追っかけていて、油断してのこのこアメリカ領へ入り込んだところを御用となったわけだ。しかし、「悪い奴ほどよく眠る」と言って、悪事を犯しながら大きな顔でのさばられたのでは敵わない。こういうワルは日本だろうと、外国だろうとどんどんしょっ引いて欲しいものだ。

 テレビで当時の映像を見ていて思い出したが、あの当時ロスの高速道路をバスで走っていてガイドに教えられ殺害現場を望見したことが何度かある。当時随分話題になり、マス・メディアの取材で連日大騒ぎをしていたが、もう27年も経ったと思うと感慨も一入である。週刊誌は喜ぶだろうが、こういう薄気味悪い事件はもう好い加減に願い下げにして欲しい。

2008年2月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

285.2008年2月23日(土) 初めて認められた陵墓立ち入り調査

 宮内庁が管理する神功皇后陵に考古学会・歴史学会の代表者が初めて墳丘の立ち入り調査をした。陵内に入り古墳の外周を歩きながら、測量図と実際の古墳の形を見比べ、写真を撮っただけだったが、初めて天皇・皇族クラスの墓と言われる「陵墓」へ立ち入りが認められたということ自体に意義がある。今回は立ち入ったというだけであるが、いままで認められていなかった内部への立ち入りが許されたことを評価したい。始めの一歩である。これからはもっと考古学的な調査が細部に亘って出来るような、実のある立ち入り調査を認めてもらいたい。

 それにしても情報公開の世の中で、宮内庁はどうしてこれまで陵墓への立ち入り調査を頑なに認めてこなかったのか。陵墓では、かりに発掘調査まで許されるなら相当価値のある考古学的な、また歴史的な遺跡、遺品が発見される可能性が高い。日本史上の新しい歴史的発見だって見出せる希望がある。こうした陵墓が日本国内には700箇所ほどあるという。史跡の宝庫ではないか。考古学者がよだれを流して流し目を送っているのがよく分かる。

 エジプトやインド、その他の陵墓には観光客ですら容易に見学することが出来る。日本では、現存する天皇家の出自にも関係する、遺品発見だけに慎重になるのも分かるが、あまりにも閉鎖的ではないだろうか。

 現在活動しているNPO「江戸城再建を目指す会」の目的は、国民の賛意を得て旧天守閣跡地へ当時のままの天守閣を再建することにあるが、皇居東御苑の天主跡は完全に空き地になって、しかも天皇ご一家がお住まいの吹上御所や、東宮御所とは大きく仕切られている。防犯上の問題点も見られないと思う。されど宮内庁には、天守閣再建について拒絶反応が強いようだ。宮内庁職員には、国の土地、つまりは国民の土地だとの意識がまったくなく、自分たちの土地だとの気持ちがあるようだ。

 とにかく宮内庁は一歩踏み出した。この動きがどこまで進展するのか。国民のためにも、考古学のためにももっと英断を振るってもらいたい。

2008年2月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

284.2008年2月22日(金) 防衛省と海上自衛隊のお粗末

 心配していた通り、房総沖の漁船とイージス艦「あたご」の衝突原因の究明で上へ下への大騒ぎである。問題が段々大きくなってきた。もう4日間も行方不明になった漁船の乗組員父子の海上捜索で、地元の漁船が動員されている。少しずつ様子が分かってきたが、いまだに防衛省では「ただ今調査中」の一点ばりで、責任や原因を明言していない。「あたご」が漁船を発見した肝心の時刻が少しずつ修正されている。辻褄あわせをやっているとしか思えない。自衛隊の呆れた体質には、堂本千葉県知事や、20年前の「なだしお」事件の被害者の遺族からも批判の声が挙がっている。元海上自衛官や専門家に言わせれば、この状況下での衝突自体があり得ないという。防衛省の言い分にはいくつかの疑問点がある。漁船を視認した時刻、それが艦内に伝えられた後の措置と対応、漁船に対して警戒注意を発しなかったこと、自ら回避しようとの行動をとらなかったこと、等々で地元の漁業組合員に不信感を与えてしまった。防衛省はそれに対して、即応した的確な回答や対応をしていない。こういう公海上の事故に対してどうすべきかは、専門家や当事者でなければ分からないが、今回ばかりは防衛省と自衛隊サイドに過失があることが徐々に明らかになりつつある。

 それにしても国会質疑を聞いていると、防衛大臣の責任論ばかり追及しているが、いま辞めてどうするのか。漁業組合からもすぐ辞めるようなことはしないで、きちんとかたをつけろと言われているのだ。大臣が逃げたら、真相はもっと暗闇である。政治家というのは、政局だけで動くからピントが外れている。防衛省という官僚機構も内部崩壊しているが、政治家どもの馬鹿さ加減も一向に良くならない。

 だいたい行方不明者父子の捜索に、漁業組合の僚船が毎日仕事を休んで必至になって当っているのは、本来の主旨から言えばおかしいのではないか。いまごろになって海洋探査船を捜索活動に投入してきた。防衛省はすべて人任せで自分のミスで起した事故の責任すら解明出来ないでいる。対空ミサイルを打ち落とす性能は抜群と自慢たらたらで、杜撰な航行によって国民を犬死させたりして、こんな傲慢な「海軍」で、国家を守ることが出来るのか。

2008年2月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

283.2008年2月21日(木) 国際ペン・フォーラム前夜祭

 いつもなら日比谷の東京會舘で開かれる日本ペンクラブの月例会が、今月はペンの年間行事の一環として「世界P.E.N.フォーラム『災害と文化』」前夜祭を兼ねて、新宿・京王プラザホテルで開催された。件のフォーラムは明日から4日間代々木の全労済ホールで、自然災害に関係する劇、映画、各種の催しが行われる。各国からのゲストも参加した前夜祭は、江戸火消組による木遣りがあって中々威勢のいいものだった。ペンとしても力を入れ、意気込みのほどが感じられる。ただ、挨拶者が多いことと、スピーチが長いのでもう少し参会者の年齢等も考慮して端折るなり、カットするなりした方がよいと思う。実際会場でもそんな声が聞かれた。開会が午後6時で、セレモニーが延々1時間も続いていたのは少々興ざめである。

 小中陽太郎さんは無理しても来るとメール連絡をいただいていたが、姿を見せなかった。いま小田実さんについて書いておられるとのことだったので、忙しいのだと思う。阿刀田高会長、浅田次郎常務理事にはご挨拶したが、昨年週刊誌上で読んだ、浅田さんがモン・サン・ミッシェルで会った日本人若者カップルについて書かれたエッセイに関して尋ねてみた。

 モン・サン・ミッシェルのテッペンは中庭と回廊から成っているが、浅田さんが若いカップルからカメラのシャッターを押して欲しいと頼まれ、気安く引き受けたが、彼らが浅田さんだとはまったく気がつかなかったという。浅田さんにとってはそれが不満で愕然とされた。それを面白おかしく浅田さんはエッセイに書かれた。今日浅田さんに「彼らは分からなかったんでしょうかねぇ?」と、意地の悪い質問をしたところ、本気になって「本なんか読んでないんでしょう」と憮然としていた。それが失礼ながらまた面白い。程度が低い近頃の若者なんて所詮そんなものだろう。

 さて、一昨日明け方房総半島沖合いで、漁船が海上自衛隊イージス艦「あたご」と衝突して船体が真っ二つに割れ、乗り込んでいた父子が行方不明となった。防衛省、海上自衛隊の説明が明快でなく、疑念の目で見られている。今後相当問題になりそうな様相である。

 海外では、コソボ自治区がセルビアから独立を宣言し、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツが承認した。セルビアはもちろん、ロシアも強烈に反対している。

 アメリカ大統領選は民主党候補のつばぜり合いが、益々ヒートアップしている。オバマ候補が流れに乗って勢いをつけ、スーパー・チューズディ以降9連勝で、ついに獲得代議員数でもクリントン候補を圧倒した。このままオバマ候補の優位が保たれるか?

 ついに、キューバの象徴であった、カストロ議長がその座を退くという。81歳だから激職の議長職は少しハードだと思う。アメリカにとっては、実に好ましからざる人物だっただろうが、最早東西冷戦は終止符を打ち、キューバも旧ソ連という後ろ盾がなくなったので、カリスマ性は完全に失せた。われわれ安保世代にとっては、象徴的な人物である。キューバはこれからどんな道を辿るのだろう。

2008年2月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

282.2008年2月20日(水) 元上司との懐かしい昔話

 久しぶりに元上司とお会いして昼食をご馳走になり、その後のコーヒータイムを含め、5時間もの間話詰めだった。若かったころ経理時代の上司で、いろいろお世話になったのにわがままを言っては困らせてしまったことが気にかかっていた。かねがね一度お会いしたいと思っていたところ、一昨年秋電話をいただきご自宅へお邪魔して、懐かしい話に興奮して時の経つのも忘れて7時間ぐらい話し込んだような気がする。

 もともと経理という仕事が性に合わなくて、いやいやながら机に向かっていたようなので気持ちが集中出来るはずもなく、毎日職場でうっとうしい気分のまま過ごしていた。一大決心をして会社を辞めようと、海外留学を考えていたそんな時代の直属の上司である。辞表を提出した時に説得されたが、頑固に退職ばかり主張して上司をはじめ周囲を悩ませていた。結局1968年8月に「プラハの春」事件で、チェコ留学が吹っ飛んだことから、辞表を取り下げるというみっともない結末で幕引きをした。上司は、いまでもその当時私がこのまま仕事を続けるよう説得したことが、私のために良かったかどうかとのジレンマに陥るというが、個人的なわがままでそのような精神的な負担をかけたことを申し訳ないと思っている。経理時代は気が向かないままに、ちゃらんぽらんな仕事ぶりだったのではないかと、いま思い出すと反省しきりであるし赤面の至りでもある。でも、今になって振り返ってみると、その後経理を続けていたことが、天職と信じている旅行業に転職する結果となり、そこで自分が思うように精一杯やれたような気がする。サラリーマンとしては、必ずしも順風満帆と言うわけではなかったが、人生の勉強は充分することが出来たと思っている。それが今でも自分のエキスになっている。悩み深かった若気の至りで、ご迷惑をかけた元上司に対して今では思いのままを素直に話せることが嬉しい。上司も不出来な元部下と会って旅行談を聞くのが楽しみだと言ってくれている。ありがたいことである。これからも時々お会いして、人生が楽しいと思えるような話が出来るよう、自分自身ももっと研鑽を積みたいと思っている。

2008年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

281.2008年2月19日(火) 中條高徳氏の気炎溢れるセミナー

 永田町の憲政記念館で、第2回「ふるさとテレビ」顧問セミナーが開かれた。先月の第1回は、当日になって喉が痛み出して参加出来ず、今日初めて出席した。講演会場でテーブルに着席してカレーライスを頂きながら、講演開始を待った。

 講師は、アサヒビール名誉顧問・中條高徳氏で日本の伝統、文化、しつけ等について、全国で元気のない現代人の心に「活」を入れておられる。日本は国家としての緊張感が足りないとも言われた。今年81歳とはとても思えない、張りのある声の通る元職業軍人である。

 主に「ふるさと」について話された。「ふるさと」と「戦争」について、ご自分の強い思いと信念をお持ちの方である。自分の存在、生活、人生の原点は、自分の「ふるさと」であることを忘れてはならないと強調された。「ふるさと」は母親の子宮であり、自分は十月十日間母の子宮で育ち、しかも自分が選ぶことなく育った場所であるとの強い気持ちについて熱っぽく話された。

 元職業軍人、そして元陸士60期生としての強いプライドと戦争観を持ち、「いかなる戦争においても国際法が適用されるべき」「勝者の論理が優先するのが戦争」と捉え、大東亜戦争について、また日本の敗戦についても持論を話された。職業軍人としては国家のために身を捧げることで国家に貢献する。国際法に則り、日本は止むを得ず戦争を始めた。敗戦は力が足りなかったからだと仰る。敗戦後、日本人にとって最大の願いは、国体の護持であったが、戦後処理、憲法制定はすべて勝者の思い通りになされた。しかし、日本人の気持ちは、アメリカが朝鮮戦争を朝鮮半島で戦うことによってマッカーサー司令官にも理解された。だが、それはアメリカ政府にとっては不都合で危険思想であり、それによって結局マッカーサーは解任されたとのお説であった。

 また、人には強い縦軸がバックボーンにある。つまり、先祖であり、子孫である。この縦軸を通して日本固有の伝統、文化が継承されていく。これを壊してはならない。地域社会、隣組との関係は横軸であり、「恥」を知るのはこの横軸である。

 次のような話もされた。「言い分にはいつも正しいふたつの考えがある」とか、「時の正義」と言われる通り、正しいことも時代に合わないと正しいと見られないことがある。

 アサヒビールの経営者としては、戦後の企業分割のせいもあり、企業再生に苦渋を飲んだようだが、結果として「スーパードライ」のようなヒット商品を生み出し、結論として、「豊かさは人に気づきを忘れさせる」「勢いは勢いを呼び、勝ちは勝ちを呼ぶ」との哲学を得られたように感じたがどうだろうか。

 中條氏の話は必ずしもすべてが正しく、すべてが誰にも受け入れられるというわけではないが、いま日本人にとって一番大切な精神論を分かりやすく伝えるという点で、元軍人が日本の文化観を守りながら、戦後の経済界で自分を確立させた成功談について、その原因を熱の入った信念の吐露の中で披露してくれたと思う。81歳に負けてはいられない。

2008年2月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

280.2008年2月18日(月) 寺島実郎氏定期講演会

 「知的生産の技術研究会」の定期講演に、顧問を務めておられる寺島実郎氏の講演をお願いした。毎年大体この時期の恒例として寺島講演会も定着して、毎年決まって聴講に来られる人もいる。昨日八木会長から受付の手伝いをして欲しいと依頼されたので、少々早めに会場のテラハウスへ出かけた。

 高校の先輩である天野武和さんと和田正温さんもお誘いしたら快く参加してくれた。やはり寺島人気で熱気が溢れ、会場には100名を超える受講者が待っておられた。寺島さんの講演は、7日に伺ったばかりだが、その時は前段に大勢のお祝いの挨拶やら、その後のパーティもあり、中に挟まった寺島さんご自身の講演はほんの30分程度だったので、何となく物足りなく消化不良の点があった。今日は、質問も交え2時間たっぷり時間をとってくれた。

 寺島さんの話は、相変わらず核心をずばりと突く小気味よさがあり、いまナウい話題を捉えては次から次へ関連づけて解説してくれて、聴く者を納得させてくれる。話に数字の裏づけが伴うので、とにかく説得力がある。講演時間がたっぷりだったおかげで、前回に比べ論点を掘り下げて、分かりやすく説明してくれた。

 前回同様中国の巨大さ、進展について、アメリカとの対比の中で日本がいつまでもアメリカの後追いでよいのかとの問題点を再び指摘された。

 いまの日本経済力低下を救うために、輸出に有利な円安誘導を唱える声があるが、過去湾岸戦争時に原油価格高騰を凌いで経済破滅を防止出来たのは、国内産業成長によって培われた底力と、外国経済の波を円高によって吸収したものであり、一概に円安、低金利がよいとは言い切れない。また、企業物価指数として素材原料と最終財の極端なギャップや、ワーキングプア、さらに失われた10年についても熱をいれて話された。

 今回特に力説していたのは、空海についてだった。昨年夏高野山のセミナーで講師を務めて、改めて空海を学んでいるという。空海が理工系の人だったとは初めて知った。

 日本国内では、科学で飯を食えない。そのようなプラットフォームが整備されていないと嘆いてもおられた。まだまだ書ききれないほど話されたが、受講者は私語もなく熱心に聴いておられた。ほとんどの人が満足されたのではないだろうか。終わってから、天野さん、和田さん、それに「JAPAN NOW観光情報協会」の杉さんに感想を尋ねたら、とても良かったと言っていた。こういう講演会は主催する方としても、やりがいがあって楽しい。

2008年2月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com