319.2008年3月28日(金) 沖縄の集団自決は日本軍が関与

 大東亜戦争末期の沖縄で住民が集団自決したことは、日本軍の命令によるものだったと記述した岩波新書「沖縄ノート」作者の大江健三郎氏と、発行者・岩波書店に対して名誉回復の訴えを起していた、沖縄戦・元守備隊長と遺族の訴えを大阪地裁は今日却下した。

 真実は当人たちにしか分からないが、集団自決から63年が経過して、当時の沖縄戦から生き残っている人も年々数が減り、新しい歴史的事実が判明したり、未詳の記録が発見される可能性もいまや極めて少なくなった。結局当時残された資料や記録を検証して事実誤認がないことを確認する作業と、生き残り証人の告白等を地道に確認する裏づけ作業が、より大切で欠かせなくなったと思う。

 軍の命令がなかったとする原告の主張には、ほとんど客観的に当事者である沖縄県民や国民を納得させる証人証言が得られなかった。云うまでもなく旧日本軍の組織内には、厳然とした縦社会の構造と厳しい上意下達の命令系統があったことは明らかで、かつて戦友会慰霊団をお世話していた当時、多くの元兵士の方々から伺った話では、この2つは絶対無視出来ず、一兵卒としてはただ服従するのみだったそうだ。こういう命令服従の空気はなかったと原告は断じて主張するのだろうか。裁判所は、住民の証言から日本軍の関与を示す内容は、合理的で根拠があると明確に判断した。

 昨年の教科書検定で沖縄集団自決は棚上げされた形になったが、これが昨秋沖縄県民を怒らせた。戦場となった沖縄では、県民は日本軍の命令によって集団自決に追い込まれたと理解している。この県民感情に逆らうような主張で、果たして沖縄県民を納得させることが出来るのだろうか。

 正反対の主張をしている原告側と被告側のどちらかが、正しいのか正しくないのかは、双方の言い分を聞いただけでは真実分からない。しかし、集団でことを成したということから考えれば、集団の中のリーダーによって実行されたことは明らかではないだろうか。リーダーは誰かから命令を受けたものと推察すると、最早軍内部以外には考えられないだろう。断言は出来ないが、裁判所の下した判断は、溢れる資料、生存者の証言、客観的状況証拠から考えて妥当ではないかと考えている。

 だが、原告の元守備隊長側はどうしても納得せず控訴するという。遺族の気持ちはどうなるのだろう。

2008年3月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

318.2008年3月27日(木) 平安高校最後の試合?

 野球シーズンが到来したので、野球に関して話題2題。

 ひとつは、プロ野球開幕スケジュールのあり方に関してである。パ・リーグが開幕してロッテとソフトバンクの好試合が展開されたが、セ・リーグはまだ開幕していない。そのセの巨人軍のホームグランド、東京ドームではアメリカ大リーグの開幕試合(レッドソックス対アスレチックス)が行われている奇妙な展開になっている。このメジャー・リーグの開幕試合をパの公式戦にぶつけるという無粋さは、常識的には考えられない。些か常軌を逸している。

 すでに昨年ロッテのバレンタイン監督と当時の日本ハム・ヒルマン監督が、せっかく盛り上がったパの開幕試合に水を差すようなスケジュール編成はおかしいと指摘していたくらいである。レッドソックスの先発投手・松坂大輔ですら、パの開幕試合に気兼ねしてしまうと率直な胸の内を語っていた。日本のプロ野球が開幕して熱が入ろうという瞬間に、ファンの眼をメジャー・リーグへ向かわせようというのだから、日本のプロ野球関係者は一体何を考えているのか、仕掛け人が外部の人ならまだしも、主催者・読売新聞社は、普段の言葉とは裏腹に実際はプロ野球の興隆なんて屁とも思っていないことを暴露したようなものだ。球界の盟主を標榜する巨人軍のオーナー会社としては、血迷ったとしか考えられない。日本のプロ野球の発展を考えているどころか、日本人ファンのメジャー志向を煽っているとしか思えない。これには野球評論家諸氏が挙って反対していた。反対の意見が圧倒的であることぐらい、気がつきそうなものなのに、今日のマス・メディアのやり方らしく世論やファンの声には一切耳を傾けず、自分の都合だけを優先し、ただ金儲けに走る。どこかコンプライアンスに欠ける日本相撲協会とも共通点がある。

 もうひとつは、選抜高校野球である。いつ見ても選手は溌剌とプレイしていて、清々しい。今日の第一試合は、中学2年生の時、2~3学期の僅か半年間だけだったが在籍した京都・平安中学の付属校・平安高校が21世紀枠の推薦校・愛知県立成章高校と対戦した。最後まで観たのは、創部百年目の平安が最多出場回数を誇る伝統校でありながら、4月から校名変更するというのが残念で、伝統の「HEIAN」ユニフォームの見納めと考えたからである。応援席には野球部OBが駆けつけていたが、その何人かは昭和31年夏の甲子園優勝メンバーで、私とは平安中学の同級生になる。龍谷大学付属平安高校というのが新しい校名だそうだから、「平安」という名前が完全になくなるわけではないが、元在校生としては些か寂しいし、系統が変わるわけでもなく、敢えて名称変更までする必要はないのではないかと思うのは、私の単なるセンチメンタリズムだろうか。

 ラグビーの名門校である大阪の大阪工大高と同じく啓光学園高が経営母体の学校法人同士が統合されたことにより、来年からともに校名変更する。なぜか流行のように校名変更を簡単に決めてしまう風潮が見られる。かつての野球名門校、浪華商と中京商も校名変更により、それぞれ大阪体育大付属浪商高校、中京大付属中京高校となった。時代の流れかも知れないがどうもしっくりしない。

 さて、最後の「平安高校」は反撃を凌いで勝ち残った。これでまだ「平安高校」は試合が出来る。

 テレビから流れてくる校歌斉唱に合わせて、つい口ずさんでしまった。

   ♪紫匂う雲の彼方

     希望の星の燃ゆるところ

      目指し羽ばたく若き生命

     燦たり ここにこぞる

      おお 称えよ 称えよ

       たぎる力を♪

          (平安高校校歌)

2008年3月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

317.2008年3月26日(水) 成田空港開港延期から30年が経った。

 30年前の今日、開港直前だった成田空港管制塔が、空港建設反対派グループに不意を突かれて侵入され、計器、設備類が完全に破壊され、ついに新空港開港が延期された歴史上の汚点がある。航空会社はもちろん、旅行会社も当然空港開港を前提にすべての作業を進めていたので、その当座はどう対処すべきか、案内書もすべて成田空港出発との文言を挿入していたので、本当に弱り当惑したことを昨日のことのように思い出す。

 しかし、現在もまだ成田空港問題は円満に解決しているわけではない。いまも土地売却に応じない地主もいて、滑走路への補助通路上に民家が建ち航空機は迂回するような障害が残っている。運輸省は、当時国家事業だから国民が協力するのは当然と腹を括り、反対するなら土地収用法を適用すると威嚇的に住民の権利をないがしろにした。そのような話し合い無視の対応が底流にあったことが、そもそも問題を深刻化させた素である。ただ、NHKテレビによれば、高橋寿夫・元運輸省航空局長が、当時開港一辺倒でまったく問題なしと考えていた運輸省保守派官僚の中では、このような過激なテロが起こるとは誰も考えていなかったが、逆にこの破壊的行動に直面して初めて反省や、再検証をしたと語っていたことが救いだった。

 それにしても、あの当時国の腰の定まらないような航空行政の煽りを受け、結果的に右往左往させられたことが、ちょっと癪に障るが何となく懐かしい。

 ところで、2日前にJR常磐線・荒川沖駅構内で24歳の若者が誰でもよいから殺したかったなどとナイフを持って暴れ周り、結果的に行き掛かりの8人に切りつけ、1人が亡くなった。昨晩は、JR岡山駅構内で進入してくる電車にホームで待っていた人を、突然後から線路内へ突き落とし、突き落とされた人は死亡するという事件が発生した。この犯人は高校を卒業したばかりの若者で、殺せば刑務所へ行けると言っているという。これだけに留まらず、最近はすぐ切れる若者が増えて、われわれの周囲にも狂気が漲っているような危ない雰囲気が表れるようになった。少子化を受けて子どもを甘やかす、無責任と無秩序は社会への影響が極めて大きいと思う。今日の日本は、教育、特にモラル教育が荒廃している。やるべきことを親も学校も、社会もしっかり教えていないのだ。

 自宅近くのある私立女子学院の傍を通ると、時折テニスボールが道路へ飛び出てくることがある。今日は2つのボールが飛んできたので、拾って校庭へ投げ返してやっても何の言葉も返ってこない。他人に対する礼儀を忘れ、自分たちの大切な財産も大切にしない、「小悪習慣」が肌身に染み付いてしまっている。小悪の根源は一体何だろう。根は深いかも知れない。

2008年3月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

316.2008年3月25日(火) 拙稿が進学塾のテキストに採用された。

 社団法人日本文藝家協会から、先日些少ではあるが銀行振り込みにより送金してきた。どういう謂れの送金かと思っていたところ、今日明細書が送付されてきた。日本文藝家協会には拙著の著作権関係を一括委託しているので、所謂著作権料であるが、送金内訳4件の中に、黙っていても笑みが止まらないのが、㈱ジーニアス・エデュケーション経営の大手進学塾「SAPIX(サピックス)」の教材に拙文が採用されたということで、中学受験生向進学塾のどんな教材に使われたのか些か興味がある。多分国語だろうと思うが、どんな形であれ、勉学用のテキストに拙文が採用されたということは、嬉しいかぎりである。

 ところが、せっかく評価をしていただいた、拙著「現代・海外武者修行のすすめ」を発行してくれた新風舎が先日倒産したことで頭を痛めている。その資産関係、業務関係一切を自費出版大手・文芸社に引き継いだと代理人である弁護士から書状を受領したが、次のドキュメント「停年オヤジの海外武者修行」を執筆中でまもなく脱稿の予定でもあり、これをどこの出版社に依頼しようかと思案しているところである。拙著の場合、新風舎は自費出版ではなかったので、自費出版を前提に文芸社が提案をしてきたら困ると思っている。前著と次著は、内容的にも共通性があるので、出来れば同じ出版社から出して場合によっては、2冊まとめて広告を打つという手もある。前著も在庫が少なくなり、第3刷の話が持ち上がっていた矢先に倒産で頓挫してしまい、どうにも後味が良くない。

 前著の増刷はもう諦めていたが、こういうテキストなどに採用されるとなると、このまま消滅させてしまうのも惜しい気がする。ましてや、小中陽太郎氏のご推薦をいただいたり、冒険作家・椎名誠氏からもお便りをいただき「・・・いやはや面白い。いまの日本の若者すべてに読ませたいと思いました」とまでお褒めのメッセージをいただいている。しばらく悩むより仕様がない。

 午後、元会社の先輩が入院している東海大学病院へお見舞いに行った。年齢的にも丁度十年年長であるが、腕利きのセールスマンだったので、いまでも嘱託としてセールス活動をやっておられる。在職中はともに同じ部署で仕事をやって切磋琢磨した。随分お世話になったし、助けてもらったことがある。この先輩がいなければ私がこれほど国内の僻地辺地へ旅することはなかった。セールスの極意を教えてもらった恩人のひとりである。1月に入院して2月に手術をしたとのことであるが、一日も早い回復を願わずにいられない。

2008年3月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

315.2008年3月24日(月) イラク戦争のアメリカ軍犠牲者4千人に

 イラクで戦ったアメリカ兵の戦死者が、ついに4,000人の大台に達した。開戦5年でこれだけの戦死者を出してしまった。1日に2.2人、5日で11人が命を落としたことになる。朝鮮戦争では戦死者34,000人、負傷者は10万人と云われた。泥沼戦争となって厭戦気分が横溢し、私も参加した反戦運動が激しくなったベトナム戦争では、戦死者46,000人、戦闘以外で亡くなった兵士が1万人、負傷者は30万人を超えたと云われている。いまのところ数字的にはベトナム戦争ほどの戦死者を生んでいるわけではない。しかし、世界的に生活水準が向上し、平和志向になっている現代社会で、これだけ多くの若者が意味のない戦争で尊い生命を落とすことは、非人道的であり、罪悪ですらある。

 実際アメリカ国内では、PTSD障害により多くのイラク帰還兵が社会復帰出来ずにホームレス化していることが、大きな社会問題となっている。

 いま接戦を繰り広げているアメリカ大統領選挙運動でも、イラク戦争賛否は大きな論点となっている。共和党のマケイン候補はアメリカ兵のイラク駐留継続を主張しているが、民主党の二人の候補者、オバマ氏とクリントン氏はいずれもイラクからの早期撤退を明言している。誰が大統領になろうとも前途は険しいが、仮に米軍撤退となれば、別の面で新たな混乱を引き起こすことになろう。散々イラク国土を荒廃させ、イラク国民に犠牲を強いた現在のマリク・イラク傀儡政権からアメリカの影響力を取り除いたら、曲がりなりにも築かれていた支配体制は一気に崩壊し、イラクは一層混乱の極に達するのではないかと懸念する。アメリカにとって、自己都合によって他国へ土足で踏み込んでおいて、結果的に自国の兵士に犠牲者が生じたからといって、このまま勝手に身を引くわけにはいかないのではないか。退くも地獄、留まるも地獄というのがアメリカの立場であろう。いまやイラク国内の混乱の最大の原因は、アメリカによるイラク開戦それ自体にあるからである。

 それに引き換えて日本の役人は気楽なものである。散々行政を手前勝手に操り、手抜きと欲で失敗してもまず責任はとらないまま見過ごされる。敵前逃亡すればよいからである。イラク国民と同じ苦渋を味わうのは、いつもわれわれ国民なのだ。

2008年3月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

314.2008年3月23日(日) 一次情報の大切さ

 昨日加藤秀俊先生とお話した中で、先生は1次情報が大切で、いまの日本ではとかく2次情報や3次情報に頼りがちの傾向があると話された。私自身もまったく同感である。直に見聞してそれを情報として活用することがいかに大切かということを、ご自身の体験を通して仰った。戦時中に来襲した敵機から機銃掃射された時のパイロットの怖い顔とか、昭和27年のメーデー事件の際に警官隊に追われた体験のような、必死の体験は忘れることはなく、いつも現場で1次情報を得る大切さにつながるというようなお話だったと思う。

 自分なりに解釈すれば、新聞社の外電は自社特派員が現地で得たホットなニュースでなければ、ほとんど価値がない。ましてや他のメディア媒体から得た情報は、すでに新鮮なニュースではない。地方新聞に多い共同通信配信の情報は、共同通信の自社特派員が現地で得た情報は一次情報であるが、契約した地方新聞社が共同通信から得た情報は2次情報になる。それがまったく意味がないというわけではなく、そう割り切って読む必要がある。

 昨今日本のマス・メディアが現地通信社から得た情報やニュースを採用しなかった例として、1月の韓国利川の冷凍倉庫爆発惨事と今月韓国で判明した中国産ネズミ死体混入食品が頭に浮かんでくる。日本のマス・メディアはいずこもその情報を何らかの手段によって得ていたと思う。これらは、2次情報だから採用されなかったのではなく、報道の段階で何らかの規制、あるいはそれに類する圧力があったのではないかと考えざるを得ない。マス・メディアはうっかりしていると周囲からの圧力によって、抹殺されかねない。よほど信念と意志をしっかり持ち、報道の自由と権利を守るという毅然とした姿勢を忘れないようにしていないと為政者に魂を抜かれてしまう。最近の日本のマス・メディアの取材や報道を見ているとどうもそんな嫌な予感がしてならない。

 さて、昨日加藤先生が紹介された夏目漱石の「私の個人主義」を早速読んでみようと、読書好きだった義父から譲ってもらった、初版「夏目漱石全集」全18巻(昭和11年、岩波書店発行)を書庫から引っ張り出し一通り調べてみたが、その書名ではどうしても見つからない。かなり細かく小品、雑記、日記、手紙まで掲載されている権威のある全集にも関わらず、洩れている。仕様がないから加藤先生がお持ちだった講談社文庫本を購入するより術がないか。

2008年3月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

313.2008年3月22日(土) 感銘を受けた加藤秀俊先生のお話

 「知的生産の技術研究会」総会が例年通り東中野のテラハウスで開かれた。2007年度決算、2008年度予算、事業計画の説明があり、承認された。

 意見具申、提案、ご意見拝聴の時間をとってくれたので、久恒啓一理事長に対して、JN協会立教支部をひとつの参考例として話し、多摩大学内にも学生支部設立を考えてみてはいかがでしょうとお尋ねしてみたところ、そういうお考えがあるとのお応えだったので安堵した。久恒理事長がせっかく多摩大学教授へ就任される機会でもあるので、多摩大学支部設立はグッドタイミングだと思う。学生にも積極的に会員になってもらい、知研に若いエネルギーを注入して活性化してもらえれば、知研のみならず、学生たちにとっても従来とは別の面で飛躍の可能性が出てくると思う。相互相乗効果を大いに期待したいと願う。

 今日何よりの収穫は社会学者・加藤秀俊先生の基調講演だった。今西錦司、梅棹忠夫、川喜多二郎先生らに連なる京都学派俊秀のお一人である。4年前の講演に続き、密かに期待していたが、「知的生産と知的道楽」と題して、ご体験から滋味溢れるお話を約50分に亘って楽しく伺った。先生はそもそも「知的生産」という言葉自体に、少々違和感を抱いておられるそうだ。消費の伴う瑕疵性のある物的生産なら理解出来るが、非物的生産である知的生産は原価計算の根拠もなく、価値が成り立たないと言われた。確かにその通りで、著作活動とか学者のようなものも知的道楽だと仰った。さらに、他人のためにやるのは職業で、自分のためにやるのは道楽である。漱石の「私の個人主義」を参考にされ、漱石のユニークな論を披瀝された。

 京大式カードについては、知識を共有するための工夫であるとは初めて伺った。

 一番感銘を受けたのは、人間臭い1次情報を大事にする習慣を身につけることが大切だとのお話である。今日日本には、2次情報、3次情報が溢れすぎていると懸念しておられた。現場で直接見て感じた情報が最も大切であるとのお説は、私自身臨場感の大切さをいろいろな機会に講義しているので、先生のお話に納得しつつ心強く感じた。序に僭越ではあったが、60年安保闘争体験から最近のチベット旅行体験まで質問も交えてじっくりお話させていただいた。その後の食事会でも隣席で親しくお話させていただき、チベット、ビルマ、シカゴ、最近のパキスタン情勢についても話題が広がり愉快なひとときを過ごすことが出来た。小中陽太郎先生とも親しいとも伺った。八木会長から世田谷区野沢の加藤先生と世田谷区等々力におられる小中先生、私も世田谷区深沢に住んでいるので、近くにお住まいのご縁もあり、自由が丘辺りでお2人の先生から一緒にお話をお聞きする機会を設けようとのご提案をいただいた。。

 名刺を交換した人も多彩で、皆さん前向きな方々でそれぞれ尊敬出来る人たちばかりである。中でも市民満足学会事務局長・大島章嘉氏からいただいた「官民の大組織への信頼度など評価はどうなっているか?」と題した調査報告書はあまり眼にしたことのないユニークで、内容的にもよく調べられた資料だと感じた。一般的にそうだろうと予想していた業種の満足度が数値で裏づけされ、かなり参考になる資料である。

 「今日は昨日より物知りになった」有意義で愉快な一日だった。

2008年3月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

312.2008年3月21日(金) 知研が目指す方向

 明日「知的生産の技術研究会」総会が開かれる。もう随分長い間会員になっているが、いまでは「図解」講師を委任され、毎年2回福島県研修へ派遣される。総会に合わせて全国から会員が参集するのに先立ち、「図解」講師が集まって来年度の研修内容につき、勉強会を開くことが恒例となっている。その勉強会が今夕だった。依頼される県によって研修事情が異なるが、一応知研として統一的な見解とマニュアルに基づいて講義内容、講義方法、教え方等について、各講師の考え方を拝聴しようとの試みで、このこと自体は意義のあることだと思っている。

 4月から久恒啓一理事長が県立宮城大学教授の職を辞され、多摩大学教授に就任されるので、従来のように仙台を足場にしていた活動に比べて、地理的にも理事長は活動しやすくなるのではないかと思っている。今後は理事長も東京をベースに活動されるので、知研としても相乗効果といったらよいだろうか、もっと理事長とも、さらに多摩大学とも広い分野で連携プレイが出来るのではないかと思う。

 勉強会には、八木哲郎会長以下、秋田事務局長、福岡支部常富さん、岡山支部久保田さん、東京の中村さんと私の6名が集まった。これまでに比べて各自治体では、研修を「図解」のように研修項目ごとに依頼するのではなく、一括してマネジメント会社へアウトソーシングする傾向が表出してきた。これだと各行政の担当者としては手間が省ける。果たしてこういうやり方がよいのかどうか、われわれの判断することではないが、知研にとっては厳しい状況になることは間違いない。

 このために自治体へ売り込むためのパンフレットを作成しようということになった。さらに、会長が今後の知研の発展のための目標と考えを披露された。一時期に比較して会員実数は減少しているが、新旧会員がピラミッド型に登録されていて、それぞれ熱心な会員が多いので、会員数だけを詮索することは必ずしも意味があるとは思えないという点を強調された。今後は機関誌「知研フォーラム」の充実を図っていくことが大切だとも言われた。また、「知的生産の技術研究会」というブランドをじっくり伝える努力と、梅棹忠夫先生のお名前を汚さぬように、知研との関係が分かるような啓蒙も必要ではないかということになった。

 時代の変遷に連れ、変化はしていかなければならないが、知研の目指す方向性というものを見失ってはいけないというのは、全員同じ考えだと思う。

2008年3月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

311.2008年3月20日(木) イラク戦争開戦5周年

 5年前の今日イラク戦争が勃発した。シベリア鉄道の旅を終え、ウラジオストック経由で丁度モスクワから帰ってきた、まさにその日だった。ウラジオストック空港のトランジットルームのテレビで、米軍機がイラクを攻撃している映像を見て、ついに始まったかと感慨無量だった。新潟空港へ降り立ち、JR新潟駅へ向かう途上で地元テレビ局から街頭インタビューされ、「イラク戦争が始まりましたが、ご存知ですか?」と尋ねられたことが昨日のことのように思い出されてくる。実は、その数ヶ月前霞ヶ関ビルのトラベル懇話会で旅行業界関係者を前に「アメリカは必ずイラクを攻撃する」と持論を展開して、その場に居合わせた関係者の目をパチクリさせただけに、随分印象に残るイラク戦争開戦だった。

 そのイラク戦争は、結局アルカイーダとフセイン大統領の親密な関係とか、イラクが秘密裏に核兵器の開発を進めていると、アメリカが一貫して主張していた開戦の理由が、その後根拠がなかったとアメリカが自ら弁明するに至って戦争の大義は霧消した。そして、5年間にイラクでは15万人以上が亡くなり、アメリカ兵も4千人が命を落とした。フセイン亡き後、イラク国内の混乱は益々酷くなり、テロが絶えず、宗派対立は一層激しくなり、治安は悪化する一方である。

 日本政府もサマワへ自衛隊を派遣することによって、渋々アメリカの要請による国際協力の一翼を担うことになった。イラク開戦によりアメリカは戦前の予想に反して、泥沼にのめり込んだ。駐留部隊を増やしながらも事態は好転せず、「留まるも地獄、退くも地獄」ののっぴきならない状態に喘いでいる。アメリカ国内にも厭戦気分が蔓延して、かつてのベトナム反戦運動が次第に二重写しになってくる。

 これからどういう道筋を辿って最終的に終戦へ収束させていくのか。アメリカの正義によるものだと度々アメリカは世界に向かって宣言していたが、つまるところ正義ではなく、アメリカの都合だった。戦争に勝者はないといわれるが、この閉塞状況を今秋の大統領選挙へ向け、アメリカはどのように世論を納得させるのか。前途は厳しく、気が重くなる話だ。

2008年3月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

310.2008年3月19日(水) メディアは自らを壊している。

 昨日のブログに書き込みした「中国製ネズミ死体混入食品」について、やはり今日のテレビ、新聞はどこも報じなかった。これは一体どういうことなのか。1月に起きた日本国内のギョーザ農薬混入事件の際は、各マス・メディアが寄ってたかって報道を競い合う騒ぎだったが、同種の事件が韓国で発生したことに対する取り組みは、突きっ放したような印象を与え、少々違和感がある。製造会社の中国と輸入販売先の日本と韓国が共同で原因捜査、究明し、当事国の3国が共同して真相を調べる必要がある。そのためには、同じように情報を共有してことに当らなければならない。ひとつの国が情報を公開しているにも関わらず、他の国で知りませんでは話にならない。

 同じ1月に起きたソウル市郊外の利川倉庫大爆発事故について、インターネットで改めて検索してみると、2つのことが分かった。これも日本国内では、ちょろっと小出しにして後は蓋をしてしまった事故である。

 どうも分かりにくい。利川事故そのものの死者が40名で、そのうち出稼ぎの中国人が12名も犠牲者となって、目下中韓両国が外交ベースで補償問題等の話し合い中である。国籍とはまったく関係なく大惨事である。爆発事故が日本では共同通信社を通して配信されていることが確認出来た。日本の地方新聞社はほとんど共同通信と配信契約を結んでおり、地方新聞社はこのニュースを手元に抱えていたことになる。それにも関わらず各社とも大手メディアと横並びで一斉に報道を控えた。何か隠された不透明さがある。

 もうひとつ、ゆるがせに出来ない事実は、いくつかの情報にクリックしたところ、WEBサイト上の「朝鮮日報」情報の相当数がウィルス駆除のためとか、他の理由によって記事が削除されていることである。1月末に覗いた時には、写真入りで詳細が記載されていた。どうも恣意的な感じがしてならない。

 これらの現象は何を意味しているのか。些か大政翼賛的ではないか。わが国では巷に情報が出回り過ぎて情報の洪水に飲み込まれそうなくらい報道の自由を謳歌しているような空気がある。それに引き比べて、先日のビルマの民主化シンポジウムでは、日本へ亡命したビルマ人が、ビルマの自由抑圧に比べて日本が自由で、書きたいことを何でも書ける自由が素晴らしいと、日本の報道の自由を褒めちぎり羨ましがっていた。だが、日本のジャーナリズムには表面的に自由があると思われながら、実は情けないことに、報道の当事者が自ら伝える自由に自己規制を課している構図がある。ジャーナリズムは意識しない間に、自らの権利と責任を放棄しているのだ。これこそが一番恐ろしい。ジャーナリズムは少しずつ内部崩壊しているのに、自分たちはまったく気づいていない。

2008年3月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com