2265.2013年7月26日(金) 野党各党のてんでんバラバラぶり

 参議院選挙で自民党がひとり勝ちした影響で、敗れた野党各党の間では党内に意見対立が表面化して、今にも内紛が爆発しそうな感じである。 

 最も深刻なのは結党以来最も多くの議席を失って完敗した民主党である。党執行部は口では全役員に責任があり、反省を踏まえて立ち直りの方策を考えると発言していた。ところが、誰も役員を辞めない状況を見て、これだけの大敗北に誰も責任を取らないのは組織として有り得ないと細野豪志・幹事長が敢然として辞表を提出した。

 民主党は軽薄な発言を繰り返していた鳩山由紀夫・元首相と、自党候補者がいるのに無所属候補を応援した菅直人・元首相らを除名処分にする方針だった。ところが彼らにもヒモ付きの支援党員がいて、この方針に抵抗した挙句、菅氏は3ヶ月の党員資格停止、最高顧問解任という処分で済ますことになった。鳩山氏に対しては、すでに党籍を離脱している現況を踏まえて厳重に抗議し、氏の発言については今後党として関知しないという結論になった。完全に腰砕けで、民主党自体の歩いてきた道のりとまったく同じである。結局党役員人事は細野氏の後任に大畠章宏氏を就けることでチョンとなった。

 一方、過去10年に亘って代表の座に就いていた社民党の福島瑞穂代表は、けじめをつけるとして代表を辞任することになった。福島氏が代表に就任して以来、社民党は下り坂を転げ落ちる一方だった。かつては飛躍的に議席数を増やして、当時の土井たか子・社会党委員長が「山は動いた」と名セリフを吐いたが、今では見る影もない。

 お粗末なのは、「みんなの党」である。内輪もめを外部に発信して内部崩壊をさらけ出している。しかも対立しているのが、ツー・トップの渡辺喜美代表と江田憲司幹事長というのだから始末に終えない。これでは折角伸びつつある党勢を萎みさせかねない。

 それにしても各党代表者らの言い分を聞いていると、頭のハエも追えず未来への展望がまったく見られない。政治家たちは好き勝手に言いたい放題で、高い俸給をもらい、国のために働かない。こんなに気楽で実入りのいい商売はないと思う。気の利いたしっかり者の若者に政治家になることを勧めてみようかと思う。私だってもう少し若かったら政治家になりたいくらいだ。

2013年7月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2264.2013年7月25日(木) スペインで高速鉄道が脱線事故

 今日25日が「聖ヤコブの日」に当たることから、偶々その前日、24日はスペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かうクリスチャン巡礼者が多かったようだ。その「聖ヤコブの日」前日に聖地近くで高速鉄道「アルビア」が脱線事故を起こし、80人の死者を出した。負傷者がかなりいるようなので、さらに死者が増えることが予想される。無謀にも制限速度80㎞のところを200㎞以上の猛スピードで走行してカーブを曲がりきれなかったようだ。

 さて、連日の暑さ続きに加え、各地では豪雨に襲われる地域もある一方で、場所によっては雨が降らず、水源地ダムでは例年以上の渇水状態で、一部には今日から取水制限を行っている。どうもチグハグである。

 そんな炎暑の中で今朝の朝日新聞社説のおまけ「余滴」に、スポーツ担当記者が興味深い記事を書いている。この暑い東京都内で、真夏にオリンピックを開催することについて疑問を呈しているのだ。オリンピック開催の是非を問うているのではなく、その開催時期の適否を取り上げているのである。これまで関係者は「2020年東京オリンピック開催」の一点に絞り声を上げてきたが、その開催時期についてはまったく無関心だった。1964年の東京オリンピックが素晴らしい秋の10月に開催され成功したことを念頭に、同じく日本の秋に開催されると早飲み込みをしている人が多いが、そうは問屋が卸さないようだ。国際オリンピック委員会(IOC)では、例外を認める気持ちは毛頭ないようだ。つまり暑い盛りの日中に全種目をやろうというのである。選手や観客が熱中症でバタバタ倒れないか心配している。朝日記者はもし東京開催が決定したら、来年夏にIOC委員に東京で暑さを体験して欲しいと述べている。

 IOCが開催時期を7月15日~8月31日の期間内に収めようとしているのは、人気のヨーロッパ・サッカーや、アメリカのプロスポーツが主に秋に行われ、その間はオリンピック中継のためのテレビ放送時間が取れないからと、IOCがオリンピックはそれらのスポーツの後塵を拝し二番煎じスポーツに甘んじることを認めているからである。テレビ放送ができなければスポンサー料が手に入らず、大口の資金が手元に入ってこない。このためIOCは夏季開催に拘っている。

 まだ実感として受け止めている人は少ないようだが、朝日記者の言うことが杞憂に終わればよい。つまり、上手くいけば東京オリンピックは秋開催となり、下手をすれば東京で開催されないということである。

2013年7月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2263.2013年7月24日(水) パソコンの基本ソフトをWindows 7に

 来年いっぱいで使用できなくなるPCの基本ソフト‘Windows XP’をひとつ上のソフトに交換しようと考えていたが、今日ITコンサルタントの小糸武彦氏に来宅いただき、10年ほど使っていたデスクトップのPCをソニー‘VAIO’から ‘DELL’に交換した。これで基本ソフトは‘Windows 7’になった。これによりデスクトップ、ノートPCともに‘Windows 7’になったことになる。PCのブランドに特別のこだわりはないが、今使用しているPCは、これで‘Panasonic’から‘Lenovo’へ、‘VAIO’から‘DELL’へ代った。いつの間にやら私の端末機も、かつての日本製品から外国製に変わっている。これも日本産業の地盤沈下を象徴している証なのだろうか。

 まだ、馴れないせいで戸惑いも感じるが、一日も早く新しい機種に馴れないといけないと思っている。

 さて、今朝森善朗・元首相事務所長谷川秘書から電話で、一昨日電話とFAXでお願いした元首相への取材申し込みと質問内容について、今忙しいことと、私の要望が少々プライベートに過ぎることを理由に、取材を遠慮したいとの元首相のメッセージを伝えてきた。6月までは時間を取って話をしてもらえることになっていたが、突然のキャンセルの後、こういう残念な話になってしまった。

 最近森元首相が多忙であることは承知しているが、一昨年の2度の取材と今までのいきさつから考えて僭越だが元首相関係のエピソードは決して、元首相にとってマイナスではなく、むしろメリット面が多いと思っていたので、当然協力していただけると思っていただけに意外な感がした。長谷川秘書も口ぞえしてくれたそうだが、強制ではなかったのに写真の注文などが少し細かく鬱陶しかったのではないかと私もその点では反省している。秘書がもう一度話をしてみると言っているので、少し待とうと思っている。

 しかし、もし元首相がこれ以上協力していただけないようなら、ノン・フィクションの構成も少し変えないといけない。佐々木信也さんからは情報をいただいたし、トラック島の故大酋長についても新しい情報を得たので、元首相から私的な情報を得られないとなるとちょっと残念な気がしている。

2013年7月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2262.2013年7月23日(火) イギリスにロイヤル・ベビー誕生

 イギリス王室に待ち望まれたロイヤル・ベビーが誕生した。今月中旬に誕生すると言われていたが、中々予定通り誕生というわけにいかず、病院周辺で取材体制に入っていた世界中からやって来たメディアをいらいらさせていた。これで漸く取材網もほっとして解散ということになるだろうか。‘IT’S A BOY’生まれたのは、男の子だった。3番目の皇位継承権者である。名前はまだ決まっていない。

 今では世界に王室は少なくなっているが、その中で最も権威のある英王室の世継ぎということでもあり、イギリスでは寄ると触るとロイヤル・ベビーの話で持ちきりのようで、王子誕生という明るい話題に久しぶりにイギリス中が盛り上がっているようだ。5月にはわが家でもロイヤル・ベビーならぬ5人目のグランド・チャイルドが生まれたばかりで、やはり嬉しいものである。

 ところで、最近わけが分らない、常軌を逸したような残虐な事件が頻発している。つい最近広島県で16歳の少女が元高等専修学校同級生とその友人、男3人及び女3人に車の中で殺害され、山中に捨てられた事件が格好のメディアのターゲットになっている。お互いにまったく知らない同年齢の少年少女同士が、携帯電話のソフトを使い遊び感覚で、いとも簡単に人を殺してしまうおぞましさにはぞっとする。

 ところが、一昨日山口県周南市内の山間集落に起きた5人の殺人事件にはそれ以上に度肝を抜かれた。2件の家が放火され中で高齢者3人が殺されているのが発見されたが、その近くの別の2軒の家でまた高齢者が殺害され、近所の老人が姿を消した。しかもこの老人は何やら、周囲をあざ笑うが如き川柳「つけ火して 煙り喜ぶ 田舎者」のような紙切れを自宅窓に張って行方をくらませる異端ぶりである。こういう今まで考えられないような悪辣で、愉快犯的な事件が起きるのは、現代の世相を反映している証なのではあるまいかと思うと空恐ろしくなる。

 さて、NHKの夜7時と9時のニュースに高校の同級生で、文化功労者でもある産業技術総合研究機構のフェロー・中西準子さんが、福島原発の除染に関する取材に応えていた。最近会ったことはないが、相変わらず専門家として元気に活躍している姿に感心している。同級生として頼もしい限りである。

2013年7月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2261.2013年7月22日(月) 自民党の圧勝で、民主主義は大丈夫か。

 昨日はどこのテレビ局も参議院選挙報道一色だった。開票直後から当選者が出ていたのは、いかに速報とは言え、これは実数ではなくあくまで予想であり最近の傾向とは言いながら戸惑わざるを得ない。心配していた投票率は、大きく下がり52.61%で前回に比べて5.31%も低下した。自民党の圧勝が伝えられる中で、どうせ自民党が勝つだろうとのしらけ気分があったとも考えられるが、結局は選挙に無関心な人が増えたということだろう。

 今回はネット選挙も採用して投票率の向上を期待した。だが、結果的に国民の半数が投票所へ足を運ばなかった。この2人に1人の無関心層の行動次第では、憲法改正だってやり遂げることができるわけだから、単に投票率が下がっただけでなく極めて深刻な問題をはらんでいると思う。彼らが投票権を行使せず、権利と義務を放棄した責任は重いと断じざるを得ない。その意味では民主主義の危機と受け取ることだってできる。メディアも今後投票率低下について原因なり、向上のための対策などを追って、時折経過を報告して欲しいと思う。そして、次回選挙で棄権が減少することを願っている。

 さて、投票の結果は予想通り自民党の圧勝だった。その一方で対立軸にあった民主党は見る影もなく惨敗を喫した。他の野党に浮き沈みはあっても、相対的には自民党の1人勝ちと言える。この圧勝の結果を踏まえて、選挙活動では「ねじれ解消」だけを言い続けて「選挙公約」のトップに掲げて訴えていた自民党は、勝つや法衣を脱ぎ捨て、鎧姿で出陣と相成った。

 今夜NHKの各党代表者が出席した特別番組「討論スペシャル」で、石破茂・自民党幹事長がついに本音を語り出し、ねじれは手段であって、目標は経済であり、外交であり、TPPであり・・・と話したが、早くも鎧姿となって話している。それなら選挙運動中にそう言うべきだった。ひたすらねじれのマイナスを語らず、ただ「にじれ解消」を声高に叫び続け、吹き続ける強風を避け、ひたすら耳に栓をしていた。こういうずるい戦法もあることを知った。言うなれば国民を騙してねじれを解消したことになる。

 ねじれ解消には別の視点から問題がある。今回の選挙で自民が大勝したことによるねじれの解消は、参議院の勢力分野が衆議院と似てきたことであり、良識の府として独立的な存在であった立法府が2院制の意義を失うことであり、同時に参議院が第二衆議院化することでもある。これでは、参議院自体の存在価値がないと考えている。いまや現行の参議院制度について検討すべき時に来ていると思う。

 われわれが最も注視し警戒しなければならないのは、今後3年間は国政選挙がないとされる中で、大勝に慢心した自民党が1強体制に胡坐をかくことである。国民は必ずしも安倍政権にフリーハンドを与えたわけではない。

 元々憲法改正論者の安倍晋三首相は、選挙期間中は改憲について慎重な発言を繰り返していたが、最後の日の街頭演説では、誇りある国を作っていくためにも憲法を変えようとぶった。これも法衣から鎧姿への変身である。近い内に改憲に向けて動き出すことは間違いないと思う。すでに、自民、公明、維新、みんなの党を合わせると発議に必要な3分の2を超える議席を獲得した。右傾化した安倍政権の対中、対韓外交も気になるところである。

 最大の関心事はエネルギー政策である。将来的には、原発比率を減らしていくと言っているが、本音は原発再稼動にあることは明らかである。福島第一原発がまだ完全に収束したわけでもないのに、各電力会社は続々と安全審査を申請している。自民党は安全が確認されれば、再稼動を容認するとのスタンスを崩していない。福島は収束処理できず、使用済み核燃料処分は宙に浮いたままで、問題を先送りしつつ見切り発車する自民党のエネルギー政策をこのまま見過ごしても良いものだろうか。また、自民党の地すべり的勝利で民主主義は果たして大丈夫だろうか。

 将来へ多くの課題を残した参議院選挙である。

2013年7月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2260.2013年7月21日(日) 参議院選挙の結果は、再び自民党の躍進だ。

 参議院選挙の投票に出かけたが、昨年の総選挙の時は投票所の東深沢小は校庭まで列がつながり、随分時間待ちをしたので、今日は早めに出かけた。ところが、投票所は意外に空いていて些か拍子抜けしてしまった。有権者があまり足を運ばないのではないか危惧していたところ、案の定投票率が前回よりかなり低いことが分った。少々がっかりする。

 どうしてこうも投票率が低いのだろうか。自分自身を例えるのは僭越であるが、いままで投票を欠かしたことはない。記憶にはないが、もし投票しなかったとするなら、生憎海外出張していた時だと思う。当時は、期日前投票があまりポピュラーではなかった。ところが、今や期日前投票も事前のPRを始め、条件的にも非常にやりやすくなった。世田谷区役所を始め、区内28箇所で受け付けている。これなら無理して投票日当日に拘る必要がないくらいである。この制度を利用した有権者が全有権者のうち、約12%にもなり過去最高だという。それにも関わらず全体の投票率が前回より大分下がったということは、ある意味で民主主義が危機にあると言える。

 選挙の結果が最終的に決定していない現時点(21:30)では、総括的にコメントすることは差し控えざるを得ないが、簡潔に言えば、自民党が大幅に議席を伸ばしている現状は、庶民に必ずしも福音をもたらさないだろう。憲法改正を目指し、中国・韓国との対立を深めつつある姿勢から推すと日本が一層右傾化の道を歩むようになるのではないかとの一抹の不安がある。

 明日にははっきりする選挙結果を見て分析してみたいと思う。

2013年7月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2259.2013年7月20日(土) 目の前の問題から逃げようとする政治

 昨日大きく報道されたデトロイト市の財政破綻は、アメリカ社会に大きな陰を投げかけている。2009年に一旦破綻した、デトロイトの象徴だった自動車産業の雄・ゼネラル・モーターズ社(GM)が税制優遇を受けて立ち直ったが、それがデトロイト市にとっては税収の減少につながり、GMだけが陽の目を見ることになった。息を吹き返したGMがやったことは余裕のできた資金を、税制優遇を受けたデトロイト市へ納入するのではなく、発展途上国の工場用地の買収に投資する恩知らずの返礼である。

 市民は郊外に脱出して町は寂れ、失業者は増加し、治安は悪化の一途だそうである。特に人口減少の主要因として裕福な白人が市内から逃げ出し、それが市の税収を減らした一因にもなっている。残ったのはアフリカ系住民ばかりで白人と黒人の住民比率が逆転する有様である。

 日本でも財政再建が謳われているが、政治家には解消へ向けて一向に動き出す気配がない。明日は参議院議員選挙の投票日であるが、各党代表者から「財政再建」の言葉は一切聞かれない。まだ、それが自分たちのこととは思っていないようだ。否、喫緊の課題から逃げているのだ。

 さて、参議院選挙だが、候補者は現場で有権者に訴えることに余念がない。実際立候補者事務所から何枚かの投票依頼葉書が送られてくるし、勧誘の電話がかかってくる状態である。しかし、今回は昨年12月の衆議院総選挙に比べてほとんど論争がない。与党の自民党が、政権交代したこの半年間の実績を誇らしげに訴えているだけである。それは、経済の回復である。それだって評価は大いに異なる。にも関わらず今一番肝心な原発問題やエネルギー問題は絶対反対を唱えている共産党や社民党、みどりの風以外は、口を濁して逃げまわっている。選挙制度の改革や、憲法改正、特に96条の改正についても議論を避けようとしてお茶を濁している。結局今最も大事な問題から政治は逃げているだけなのだ。自民党は原発で逃げ、沖縄の米軍基地問題で逃げ、TPPでも煮え切らない。

 参議院選挙の結果は自民党の圧勝ではないかとほとんどのメディアが予想しているが、これから自民と公明の連立内閣ははっきり公約したことと、逃げ切っていた問題について真剣に解決へ向けて前進する気持ちがあるのかどうか。明日以降の与党の動きから目を離してはならないと思う。

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2258.2013年7月19日(金) 車の街・デトロイト市が財政破綻

 昨日あるテレビ局で衝撃的ニュースを見出しだけ伝えていた。その後今日の日中はどこのテレビ局でも伝えなかったが、夕方のニュースや、夕刊で詳細がどっと伝えられ始めた。そのニュースとは、アメリカのデトロイト市が財政破綻したというのである。アメリカの自治体の破産としては、過去最大である。

 日本でも2006年に夕張市の財政が破綻した。ゼネラル・モーターズがある自動車の街として知られるデトロイトのケースは、夕張市とは桁違いの巨額の債務で、日本円にして約1兆8千億円に達するという。小さな国の年間国家予算を遥かに凌駕する。アメリカは日本と違って連邦破産法という法律があり、地方自治体などの債務整理手続きについて条項を定めている。デトロイトは裁判所の指導を得て、これから長い時間をかけて財政を建て直していかなければいけない。それに比して、日本にはアメリカの連邦破産法に当る法律はない。いま夕張市は国が定めた地方財政健全化法に基づいて、財政再生計画策定を定め、財政破綻からの一日も早い脱出を目指している。

 デトロイトには行ったことはないが、自動車産業がアメリカ産業の花形だっただけに、往時には街は繁栄し、多くの労働雇用により人口も膨れ上がり、街には活気があった。実際、ピーク時には200万人近い人口を抱えていたデトロイト市は、現在70万人規模にまで減り、市内は廃屋が増え、街灯も暗く、失業者が増加して治安も悪化し、それが人口減少を来たす悪循環となって税収も落ち込み、ついに破産という最悪の事態を迎えることになった。

 しかし、この事態をわが国も指を銜えて見ているわけにはいかない。デトロイトを他山の石として謙虚に日本の収支を見極めた、堅実な財政運営を行わなければならない。これまで度々財政再建が叫ばれながら、相変わらず大盤振る舞いをして毎年赤字財政を繰り返している。今に日本でも国家破綻とならなければ良いがと、転ばぬ先の杖を用意する必要を警告したい。

2013年7月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2257.2013年7月18日(木) 恩師・飯田鼎先生を想う。

 6月に赤松さんの上野浅草フィルハーモニー定期演奏会の後、飯田ゼミ関係者で夕食会を行った際、私が出しゃばって次のような提案をした。

 昨秋私が不束ながら編集委員長を務め、発行した飯田先生の追悼文集を配布した飯田会を最後として一応飯田会を解散することになったが、全会員に今年5月先生の3回忌にお花を届けたこと、会の剰余金を一定期間毎年ご命日に供花を送ること、等々を知らせることが必要であると説明して了解をいただいた。今月に入ってこれらの点について説明した手紙を私の名前で全会員に郵送した。

 それに対してここ数日多くの会員から感謝の手紙をいただいた。やはりそうすべきであると考えてくれた会員が多いようだ。偶々行きがかり上私が犬馬の労を取った形になったが、予想以上に喜んでいただけて本当に良かったと思っている。後は今後しばらくご命日に供花を送るためにきちんとフォローすることと、会員からの問い合わせに対する対応をすることで、飯田会の作業は終わりにしたいと考えている。

 いただいた手紙の中にも書かれていたが、何と言ってもわれわれゼミナリストにとって飯田鼎先生という素晴らしい恩師に巡りあえたことは最大の幸せだったと思う。60年安保闘争という激動の中で送った学生生活は間違いなく充実したものになった。ゼミではゼミナール委員を務めた割りには、あまりお役に立てなかったことを反省しているが、それでも先生は許してくださるのではないかと勝手に考えている。そのうえ、卒業後も度々先生のお宅をお訪ねしては随分ご指導していただいた。誰もが尊敬する素晴らしい先生の下で三田の2年間を過ごして、良い思い出を残すことができた。充実して幸せな学生時代を過ごすことができたということは断言できる。それは取りも直さず飯田先生のお蔭である。心より感謝している。

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2256.2013年7月17日(水) ケニア・モンバサの印象

 一昨日ケニアの港町モンバサで建設会社の日本人が殺害された。懐かしく感じた都市名だったが、実情を知ってちょっとがっかりしている。

 このモンバサにはいろいろな意味で思い出がある。1968年1月首都ナイロビを訪れた時、他にどこへ行こうかと考えた。

 最初に1泊サファリツアーへ参加しようと考えた。草原を象の群れが轟音を響かせて走り去る勇壮な姿に圧倒されたり、アメリカ人の青年とルームをシェアしたバンガローでは、月光の下に窓際まで近寄ってきたシマウマの大群に驚いたり、ファンタジックで楽しい思い出が沢山ある。

 それからタンザニアへ入国してキリマンジャロ山麓へ行ってみようと思いつき、ナイロビから夜行列車でモンバサに翌朝着いた。しかし、これは一旦取得したタンザニアの入国ビザは私の旅券が条件不充足の理由で、すぐキャンセルされてしまい夢は叶わなかった。翌日路線バスに乗ってナイロビまで帰ってきた。この時幻のビザを取得したのが、モンバサだった。

 駅からメイン・ストリートを歩いて通りがかりのホテルに何の気なしに宿を取り市内を歩き回った。涼しげな夕方になって灯台方面へ歩いて行ったところ、インド人父娘が近づいてきて、灯台へ行くのならあの辺りに怪しげな男が2人入って行ったはずだから近づかない方が良いと注意された。そんな危険な感じはしなかったが、土地の人から親切にアドバイスされたので、灯台へ行くのを思い留まった。あの時薄暗い灯台方面へ行っていたら、危険な目に遭っていたかも知れない。親切な人もいるものである。

 それにしてもモンバサは近年殺傷事件も多発して随分危険なところだとメディアでは報道しているが、あの当時市内の空気にはそんな危険な雰囲気はあまり感じられなかった。テレビの画像ではモンバサには部分的には記憶があるが、かつて私が訪れたころの港町の面影は見られない。ケニヤは独立の父・ケニヤッタ大統領時代には国全体が落ち着いているという印象だったが、国の経済発展とともにがさつな感じが増してきたように見える。

 モンバサで訪れたことがあるフォート・ジーザズが昨年世界遺産に登録され、モンバサの良い思い出を突然甦らせてくれたが、今度は逆に悪い印象を与えられた。折角の楽しい印象が潰れるのは何ともがっかりである。

2013年7月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com